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第5話 ポーカー

「…さん、…さですよ」

 どこからか、聞きなれた声が聞こえる。

「カクさん、朝ですよ。」

 コーディリアか。そういえば、朝になったら起こしてくれ、と頼んだのだった。だがまだ眠い。

「あと5分…」

「そんなこと言ってると約束の時間に遅れますよ。」

 約束?…ああそうだった、まだ賭けの2戦目があったのだった。

「コーディリア、9時まであと何時間ある?」

 荒くれものとは、賭場で9時に待ち合わせとなっている。

「あと6分です。何回も起こしたのに、何度も二度寝して…まったく。」

「もう時間がないじゃないか!」

 僕は飛び起き、慌てて外着をつかんだ。

「それで、今日はどんなゲームで賭けるんですか?」

 しまった。今日は自分の提案したゲームで賭ける日だった。必勝法どころか、ルールも考えていない。その上、まだ寝ぼけていて頭が回らない。コーディリアならなにか思いついてくれるだろうか。

「それなんだが、なにかお薦めのゲームはあるか?」

「そうですね、やっぱり賭けといったらテキサスポーカーじゃないですか?」

 テキサスポーカー。配られた手持ちのカードと場に出された共有のカードを組み合わせて、役を作るトランプゲームだ。

「それだと運がかなり絡んでくる。僕の思考能力を活かせるものでないと…」

「なら、アレンジすればいいんじゃないですか?ほら、昨日のゲームもじゃんけんをアレンジしたものでしたし。」

 アレンジ、か。それは面白そうだ。僕は急いで賭場へと赴いた。


「15時間ぶり、だな」

 裏路地へ入るとすぐに、荒くれものが声をかけてきた。よく見ると、そこには昨日賭けをした荒くれものの他に、賭場に不釣り合いな好青年がいた。

「ええと、貴方がカクさんでしょうか?」

 その好青年は丁寧にお辞儀をして、握手を求めてきた。

「はい、私がカクです。そちらは?」

 つられて僕も畏まって挨拶をし、握手をした。

「私はエドワードです。こちらのアラック・レモンさんの紹介で来ました。」

 そう言いながらエドワードは荒くれものの方向を示した。

 絶対偽名だろう、それは。この世のどこに名前が蒸留酒、苗字が果物な人がいるというのだ。

「どうやらお前は頭で戦うのが得意なようだからな。今日は頭の回る助っ人を読んだんだ。」

 荒くれもの改め、アラック・レモンが事情を説明した。どうやら今日の相手はエドワードという人らしい。

「もちろん賭け金は俺が出す。今日はたんまり持ってきたからな。」

 そういうとアラックは手元の札束を見せた。札束というにはやや薄い。50万円程度といったところだろうか。

「それはいいが、僕はそんなにかけられないぞ。」

 僕の手持ちは宿代、衣類の代金に消え、残り4万円となっていた。その上それとほぼ同額の借金がある。

「そこは心配しなくていい。この俺が貸してやる。ただし25万までな。」

 自分で自分の首を絞めていないか、この人は。いや、よほどエドワードという人に信頼を置いているのだろう。エドワードが勝つと確信しているからこそ、賭け金を大きくしたがるのだろう。

「あまりお金を借りない方がいいんじゃないですか?今回はあの頭のよさそうな人が相手ですし…」

 コーディリアが忠告をしてきた。…いや待て、()()、といったか。声だけで人となりがわかるものなのか?

「コーディリア、もしかしてお前…」

「おい、誰に向かって話してるんだい。早く借りる金額を決めてくれ。」

 コーディリアに質問しようとした矢先、アラックが急かしてきた。仕方ない、コーディリアに問い詰めるのは後にしておこう。

「わかった。では25万満額を借りよう。」

「男前じゃないか。いいぜ、ほら。」

 そういうとアラックは25万円を渡してきた。

「それで、今日は何で賭けるんだ?」

 カクは今朝考えたルールを説明した。

「テキサスポーカーだ。」

「ほう?」

「ただし、ただのテキサスポーカーではない。まず、最初から手持ちのカードは4枚配られる。場のカードは2枚にする。また、指定した1枚または複数枚のカードを1回のみ交換できる。 それと、ディーラー以外は全員、自分と相手の手持ちのカードをゲームが終わるまで見ることができない。」

「それじゃぁどのカードを交換するか、適当に決めるしかねぇじゃねぇか。」

 アラックが憤った様子で此方を睨む。

「いや、自分のカードについてはヒントをもらえる。」

「ヒント?」

「『自分のカードの数字の合計はいくつだ』とか、『自分のカードのうち数字が3の倍数のカードはいくつある』とかいうことをディーラーに質問できる。質問するときも答えるときも、情報の交換は紙に書いて相手に知られないようにする。」

「このカードの数字はいくつか、って直接聞くのはアリか?」

「ナシだ。1つのカードだけに関わる質問はできない。たとえば、このカードの数字は偶数か、というのもナシだ。それと、すべてのカードに対して対称的は質問をしなければならない。カードの位置が変わっても答えが同じになるような質問でなくてはいけない、ということだ。それぞれのカードについて計算する内容が違うような質問も禁止。ルールは以上だ。」

「なるほど。それは面白そうだね。おーい、だれかディーラーをやってくれないかー!」

 先ほどまでうなずくだけであったエドワードが急に乗り気になり、ディーラーを呼びに行った。どうやら、こういうゲームが得意なようだ。

 しばらくしてエドワードが戻ってきた。海賊稼業です、と自己紹介しても納得してしまいそうな、ひげ面の中年を連れていた。この人がディーラーになってくれるようだ。

 カクがルールを説明すると、待ちきれなくなったエドワードが張り切った声をあげた。

「よぉし、これで揃ったな。じゃぁ始めようじゃないか!」

 ディーラーがトランプをシャッフルし、場に2枚のカードを表に出して並べる。スペードの7とハートの3だ。その後、自分の前とエドワードの前に4枚ずつ、裏のままのカードが配られた。カードを配り終えると、ディーラーは周りに見えないようにカードを少しめくり、数字を確認した。これでディーラーが質問に答える準備が整った。ディーラーがイカサマをする余地もない。いよいよ、予測合戦のスタートだ。

挿絵(By みてみん)

 まずエドワードが紙に書いて質問する。ディーラーがそれに答えた紙を渡すと、エドワードはにやりと笑った。有益な情報が得られたのだろうか。いや、演技かもしれない。気を付けなければ。

 次は自分がディーラーに質問する番だ。

「自分の手持ち4枚のカードの数字全てを掛け合わせた数は?」

 そう紙に書き、ディーラーに渡した。返ってきた数字は、1680だった。素因数分解すると、2×2×2×2×3×5×7 となる。つまり、自分の手持ちのカードの数字は、この素因数を4つに振り分けて、それぞれの積で表すことが出来る、ということだ。カードの数字は1以上13以下なので、7に2以上の何かかけた数字のカードがある、ということはあり得ない。つまり、7があるのは確定となる。また、5を約数に持つカードは5か10だけだ。このうち5がある場合、2×2×2×2×3=48が残り2つの数字となる。2つの数字の組み合わせであり得るのは6と8の組、それと4と12の組だけだ。10がある場合、残り2つの組は2と12の組、3と8の組、4と6の組の3つとなる。

まとめると、自分の手持ちのカードの数字は、(2、7、10、12)、(3、7、8、10)、(4、6、7、10)、(4、5、7、12)、(5、6、7、8)の5通りまで絞られた。

「コール」

 エドワードが、賭けを続行する意を示した。これで、どちらも最低額の千円を賭けた状態になった。

「レイズ、千円追加」

 僕は賭け金を上げた。1手目で手持ちの数字の選択肢が5つにまで絞られたのだ。リスクを取っても問題ないだろう。

「コール」

 エドワードが、それに乗ってきた。向こうにも自信があるようだ。

 エドワードがディーラーに質問をする番になった。ディーラーから紙が返ってくると、エドワードは失望したような顔をした。無意味な情報だったのだろうか。いや、もしかしたら、僕に「エドワードが不利な状況にある」と思わせて掛け金を上乗せさせるための演技かもしれない。

 次は自分の番だ。この時点で、7のペアが作れることは確定している。もしかしたら、3のペアもできているかもしれない。それを確かめておくとよいだろう。

「各カードの数字の2乗の合計値は?」

 そう紙に書き、ディーラーに渡した。単なる数字の合計値を聞くと、(3、7、8、10)の時と(4、5、7、12)の時の答えが28となり、かぶってしまう。そこで、5つの場合すべてを区別できるよう、2乗の合計値を聞いた。返ってきた答えは、184だった。数字が(5、6、7、8)で確定した。仮にこのままいけば、7のワンペア。さらに0.52%の確率で絵柄がハートに揃い、フラッシュとなる。勝てる確率は55%程度だろう。対して、1枚交換するとどうなるか。もし交換するとしたカードが7だった場合、返ってくるカードは15.3%の確率で4か9となり、ストレートができる。こうなれば、ほぼ確実に勝てるだろう。また、9.6%の確率で3か7が返ってきて、ワンペアができる。ワンペアで勝てるかは5分だろう。結局、もし7を捨ててしまうと、勝てる可能性がかなり低くなる。しかし、もしそれ以外を交換できたら、ワンペアを保ったまま強い手を作りにいける。ここは1枚交換して、強い手が出来たか見てから決めるとしよう。

「この1枚を交換してください」

 僕は右端の1枚を指さし、ディーラーに交換してもらった。どうか7がなくなっていませんように。そう祈っていると、エドワードが急に強気になって言った。

「レイズ、三千円追加」

 エドワードが一気に賭け金を上げてきた。今は手札が確定していない。もしかしたらブタ、なにも役が出来ていないかもしれない。ここで降りれば2千円の損で済むが、ここで乗って負けたら5千円もとられてしまう。だが、ここでやめるわけにはいかない。80%以上の確率でワンペア以上の手ができることが分かっているのだ。こちらが有利な状況であろうことは変わらない。

「コール」

 僕は賭けに乗った。エドワードはまたにやり、と含み笑いをした。自分よ、動ずるな。これはエドワードの作戦だ。どうせ僕が降参することを狙っているのだろう。

 エドワードは紙に質問を書いた。ディーラーから戻ってきた紙を見ても、その笑みは変わらないままだった。

 今度は自分がディーラーに質問する番だ。

「自分の手持ち4枚のカードの数字全てを掛け合わせた数は?」

 最初と同じ質問をした。この質問だけでは数字を1通りには絞れない可能性もある。だがこの質問だけで、うまい役が出来ているかはわかる。

 ディーラーから渡された紙を見ると、840と書かれてあった。最初の半分の値だ。

「レイズ、15万円追加」

 来るだろう、とは思っていた。しかし、しかしだ。まさかいきなり30倍なんて、ありえないだろう。おかしい。よもや、エドワードには本当に強い役が出来ているのではないか。そもそも向こうは、まだ一度も交換していない。最初から強い役が確定していて、交換する必要もないということだろうか。いくらなんでも15万円とは、強気すぎる。こちらの降参を狙うにしたって、もっと少ない金額でもいいだろう。ここで降りれば、5千円の損。このままいって負ければ、15万円の損。今度こそ降りるべきだろうか。

「頑張ってください。私、信じてますよ。」

 コーディリアの声だった。こちらが弱気になったのを察したのだろうか。コーディリアが応援してくれている。

 そうだった。こちらに役が出来ていることは確定している。相手がいくら強気だからと言って、こちらが有利なのは変わらない。

「オールイン」

 25万円、すべてを賭ける。もはや元に戻る術はない。


「では、両者ともカードを裏返してください」


 時が止まったように感じた。カードを4枚めくる、たった10秒くらいの時間なのに、それがゆっくり、ゆっくりと過ぎていった。

 

 エドワードが右端の1枚をめくる。スペードの6だった。自分も右端の1枚をめくる。ハートの6だった。

 エドワードが次の1枚をめくる。クラブの6だった。自分も次の1枚をめくる。クラブの5だった。この時点で、エドワードはワンペア。自分に役は出来ていない。その上、フラッシュができる可能性もつぶされた。これはまずい。

 エドワードが次の1枚をめくる。ダイヤの6だった。これで相手はスリーカードができてしまった。これに勝てる手なんて、そうそう作れない。

挿絵(By みてみん)

 恐る恐る、自分の次の1枚をめくった。クラブの7だった。ここまで見るとワンペアだ。ワンペアでは、スリーカードには太刀打ちしようがない。

 エドワードが最後の1枚をめくる。ダイヤのAだった。相手はスリーカードで確定した。

 これが最後の1枚だ。最後の質問によって、自分のカードを掛け合わせると840になるとわかった。そして、今までにめくったカードは、6、5、7の三枚。これらを掛け合わせると210となる。つまり、残るカードは…

 最後の1枚をめくった。ハートの4だった。ストレート。スリーカードよりも1つ強い役だ。

挿絵(By みてみん)

 エドワードは茫然としていた。そしてまた、自分も呆けていた。相手はとてつもない強運の持ち主だった。なにせ、最初に配られた4枚のカードのうち、3枚が同じ数字に揃っていたのだ。その上、ポーカーのテクニックも持ち合わせていた。自分は今まで、スリーカードという強力な役が出来ている相手のレイズに、まんまと乗っかってしまっていた。相手は、こちらが賭けに乗りやすくなるような技術を駆使していたのだ。自分がエドワードを上回れたのは、本当に最後の一瞬だけだった。強い。エドワードは強かった。


「お前さんよぉ、少しは手加減ってもんを…」

 去り際にそういってきたのは、アラックだった。

「賭けで手加減はないでしょう。それに、手加減してほしかったのはこっちですよ。」

 本心だった。アラックがどうやってこんな強者を引っ張ってきたのか知らないが、自分が勝てたのは運が大きかった。…いや、違うか。途中であきらめていたら、こんなに大勝ちすることもなかった。コーディリアのおかげかもしれない。

「おめでとうございます。」

 コーディリアがさも自分のことかのように、嬉しそうに声をかけてきた。

「ありがとうな。」

 僕は、心を込めて感謝の言葉を述べた。

「ふふっ、もっと感謝してもいいんですよ。」

 宿に帰るまでのしばらくの間、2人は今日のことを振り返りながら、互いに感謝を表現しあっていた。

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