第3話 じゃんけん
「ほんとに通れちゃいましたよ…」
城壁の内に入ると、コーディリアが声をかけてきた。
「では早速服を買いに行きましょう!私のよく知っているところなので案内しますよ」
「いや、まだ服は買えない」
僕は、コーディリアの提案を断った。門番がくれたお金だけでは、服どころか今日の食事すら賄えないだろう。このお金を増やさねばならないのだ。
「コーディリア、この近くにものを賭けられる場所はあるか」
コーディリアは少し考えた後、やれやれ、といったふうに返事をした。
「はぁ、仕方ないですね。ありますよ。そこから直進して、大聖堂の手前で右に曲がってください。そのまま突き当りまで進んで右に曲がると目的地ですよ。」
言われた通りに進むと、先ほどまでの華やかな雰囲気とは対照的な、薄暗い路地にたどり着いた。
「おう、兄ちゃん、新入りか?」
突き当りを曲がるや否や、いかにもという感じの荒くれものに声をかけられた。
「はい。そうです。ここで面白いことができると聞いて…」
ここであの荒くれものに警戒されるのは良くない。こちらが仕掛けたとき、賭けに乗ってくれる可能性が低くなる。自分をカモだと思わせなければ。
「さっきも似たような場所へ行ったのですが、大負け?したらしくて…よく分からないのですが、着ている物もすべて取られてしまったんです」
荒くれものがにやけた。
「仕方ねぇなあ、俺は優しいから、相手をしてやってもいいぜ。だが、ちゃんと賭けるものは持っているんだろうなあ?」
門番のくれた貨幣を見せた。荒くれものは貨幣を見ると、予想通り、という顔をした。
「これじゃぁ流石に足りねぇよ。待っててやるからあそこで借りてきな。」
どうやら金貸しと賭博場という2つのビジネスで儲けているらしい。お金を貸し付け、賭博で摩らせて、骨の髄までしゃぶりつくすという魂胆なのだろう。だが今回は自分にとって好都合だ。誓約書を書き、無一文の人間が借りられる限界の金額まで借りた。
「おう、戻ってきたな。さぁ始めようじゃないか」
軍資金は35600円。これがなくなれば酒場で1か月間ただ働きとなる。もはや後には戻れないようだ。カクは席についた。
「公平性を期すために、互いの提案したルールで1戦ずつやりましょう。」
「わかった。じゃぁ先に俺の番からやるとしよう」
荒くれものは提案にあっさり承諾してくれた。むこうにも勝算があるのだろう。
「俺の提案するゲームは、じゃんけんだ。」
荒くれものは続けた。
「じゃんけんといっても、ただのじゃんけんじゃぁない。事前に決めた戦略の通りにしか手を出せない。」
「例えば?」
「俺がグー、チョキ、パーの順で出すと決めたら、それを相手に見せないよう、紙に書く。そして俺はその通りに手を出し続ける。お前も戦略を紙に書き、その通りの手を出す。勝負の間、戦略と違う手を出していないか司会がチェックする。戦略と違う手を出すか、先に4回負けた方が勝負に負ける。」
「戦略としてはどんなものを選べるのですか?」
「自分の持ちうる情報を基にするならなんでもいい。相手の前回の手をマネする、ってのもアリだ。」
なるほど。これはかなり複雑そうだ。その上十中八九相手はかなり強い戦略を知っているとみていい。
「考える時間を少しくれ」
「3分までだ」
残り180秒と来たか。だがこの頭脳をもってすれば恐れるものなど何もない。カクは思考を研ぎ澄ました。
このゲームの戦略は主に3パターン。1つ目は、予め手をすべて決まった通りに出すというもの。2つ目は、相手の手をもとに此方の出す手を決めるというもの。3つ目は、1つ目と2つ目の組み合わせ。どちらにせよ、戦略は無限に続くものでなければならない。あいこがずっと続く可能性もあるからだ。ということは、戦略には必ず何らかの小さな戦略を「繰り返す」ということになる。小さな戦略というのは例えば「1回目はグー、2回目はチョキ、3回目はパーを出す」というものだ。ここで重要なのは周期、つまり小さな戦略の長さだろう。周期の長さが違う場合、例えば相手がグー→チョキ→パーの順で出し、こちらがグー→パーの順で出すという場合を考えてみると、あいこ、負け、負け、勝ち、勝ち、あいこのルールを繰り替えすことになる。周期が違えば、大抵の戦略でじゃんけんの勝率は50%に収束する。2つ目、3つ目のパターンでも同様だ。周期が違えば、こちらと相手の勝ち数は最終的に同じくらいになる。つまりこのゲームに安全に勝つには、相手と同じ周期を選ぶか、とてつもなく長い周期にするかの2通りしかない。しかし後者は相手の戦略に臨機応変に対応するような戦略を作りづらい。前者にするしかないだろう。相手の周期をコピーできるような戦略がいい。…よし、決めた。
カクは紙に自分の戦略を書いた。それを司会に渡した。
「用意はいいか」
荒くれものが賭ける金貨を出してきた。ピッタリ35600円。そういうことか。ここで僕の全財産を賭けさせて僕が負ければ、僕の提案したルールで賭けるお金が無くなる。逆転のチャンスは与えてもらえないようだ。このじゃんけんで負ければ再起への道は限りなく遠くなる。だがやるしかない。
「もちろん。」
僕は、同じだけの金額を前に出した。覚悟は決まった。あとは手を出すだけだ。
「じゃんけん」
2人が同時に掛け声を出す。
「ぽん」
僕がグー、荒くれものもグーだった。
1回目は小手調べだ。重要なのは2回目-そこで相手の戦略がわかるだろう。
「どちらも戦略通りの手です。では2回目をどうぞ。」
司会がゲームを進める。今、司会の手元には双方の戦略が書かれた紙がある。司会は今、今後の展開がどうなるか頭の中で考えているのだろう。
「じゃぁ次だ」
荒くれものが催促した。2人は掛け声を出す。
「じゃんけん、ぽん」
僕がチョキ、荒くれものもチョキだった。
「おいおい、またあいこかよ。まさかこっちと同じ戦略じゃないだろうな」
荒くれものが冗談めいた口調で言った。
「まさか。司会さん、同じじゃないですよね?」
僕が司会に聞こうと振り向くと、司会の顔が青ざめていた。どうやら勝負の結果がわかってしまったようだ。
「おいおい、司会さん、ポーカーフェイスポーカーフェイス。そんな顔してると俺が勝つってわかっちゃうじゃないっすか。」
荒くれものが調子づいた。
「は、はい。ええと、どちらも戦略通りの手です。では3回目をどうぞ。」
司会があわててゲームを進める。2人はすぐに掛け声を出した。
「じゃんけん、ぽん」
僕がチョキ、荒くれものがパーだった。
「ほぉ、そう来たか。」
「まずは一勝ですね。」
「たかが一勝だろ。見てな、ここから10連勝してやる。」
「どちらも戦略通りの手です。では4回目を…」
司会が言い終える前に、荒くれものが掛け声を出した。
「じゃんけん」
どうやら荒くれものは少しいらついているようだ。僕は慌てて次の手を出した。
「ぽん」
僕がパー、荒くれものがパーだった。
「次だ次、さぁ5回目だ」
荒くれものがとうとう司会を無視してじゃんけんを始める。そして5回目が始まる。
「じゃんけん、ぽん」
僕がグー、荒くれものがグーだった。
「これで1:0です。ここまで両者とも戦略通りの手です。」
「では、6回…」
「いや、ここからは連続で出そうじゃないか。」
荒くれものが提案する。どうやらしびれを切らしたようだ。
「わかった。」
「じゃんけん」
「ぽん」
僕がグー、荒くれものがチョキ。2:0だ。荒くれものが歯ぎしりをした。
「ぽん」
僕がチョキ、荒くれものもチョキ。
「ぽん」
僕がパー、荒くれものもパー。
「ぽん」
僕がパー、荒くれものがグー。3:0となった。荒くれものの額に冷や汗が見える。
「どんな手を使っているんです?」
コーディリアが唐突に質問してきた。向こうからしてみれば声が聞こえるだけで風景が見えないから、どちらの戦略もわからないのだろう。
「相手は『裏の裏をかく』作戦、こちらは『なにもかもの裏をかく』作戦だよ」
周りに聞こえないよう、小声で返答した。
「そんなものがあるんですか…」
コーディリアが興味をもったようだ。後で詳しく教えてやろう。それにしても、裏でコーディリアが煎餅をバリボリと食べる音が聞こえる。暢気なものだ。
じゃんけんもいよいよ大詰めとなった。あと1回勝てば勝負が決まる。
「ぽん」
僕がグー、荒くれものがグー。
「ぽん」
僕がチョキ、荒くれものがチョキ。
「ぽん」
僕がチョキ、荒くれものがパー。4:0。勝負がついた。
「チッ」
舌打ちをしつつ、荒くれものは掛け金を此方の方へ寄せた。
「あー、負けた負けた。試合に負けた。だがな、おれは勝負に負けたわけじゃあない。」
荒くれものがため息をついた後にそう言った。
「俺は次からお前の戦略を使うことができるからな。今日1回負けただけで明日からはこのゲームで最強になるって寸法さ。」
なるほど。確かに向こうはある意味得をしたようだ。
「今日は疲れた。次のゲームは明日にしよう。」
「ああ、わかった。俺も今は手持ちの金がないしな」
もう日が落ちかけていたので、荒くれものは僕の提案をすんなり受け入れた。僕にとっても、明日の戦略を考える時間が欲しい。後は服を買い、ご飯を食べて、宿屋を探さねばいけない。
勝ち取った金貨を手に、僕はようやく服屋へと赴くのであった。




