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第2話 裸

紙一重


 目を開けると、平穏な世界が広がっていた。

 耳を澄ませば木々の葉擦れの音が聞こえ、遠くには城壁に囲まれた街並みが見える。休息にちょうどよさそうな丘の上に飛ばされたらしい。少し眠たくなってあくびをすると、右耳にどこか弱々しい、玉を転がすような声が聞こえてきた。

「もしもーし、聞こえますか?」

コーディリアの声の裏で踏切の音が聞こえる。向こうの転移もどうやらうまくいったらしい。

「聞こえるよ。そっちの様子はどう?」

「はい。夢で見たのと同じ風景です!あの女神様、本当にこんなことが出来たんですね。」

「それはよかった。ところでコーディリアさん、今いる場所はわかる?」

「建物の中にいます」

 うすうす気が付いていた。あの女神様は住んでいる世界を”入れ替える”と言っていた。もし2人の正確な位置まで入れ替えたのだったら、今コーディリアがいるのは自分の部屋ということになる。恐る恐る質問をした。

「部屋の色と形状を教えてください」

どたどたと歩く音が聞こえる。歩数で距離を測っているようだ。少しして、コーディリアが返答した。

「壁は白、カーテン等その他装飾は緑、大きさは縦八メートル、横六メートル、高さ2.5メートルです。」

自分の部屋と完全に同じである。念のため、さらに特徴を探してもらう。

「いまから2分間、窓を開け放して外の音を聞かせてくれ」

「わかりました」

窓を開ける音がした直後、聞きなれたお隣さんの話し声が聞こえてきた。これは疑いようもない。今コーディリアがいるのは自分の部屋だ。そうとくれば話が早い。

「コーディリアさん」

「なんでしょう」

「女神様に続いて、僕からもプレゼントだ。その一軒家を自由に使って良いよ。」

少し沈黙があった。表情は見えないが、おそらく驚いているのだろう。

「ほ、本当によろしいのですか?」

「だってその家の持ち主たる僕はもう戻れないだろうし、コーディリアさんが使うしかないと思って」

また少し沈黙があった。今度は悩んでいるのだろう。しばらくして返事があった。

「お言葉に甘えさせていただきます。」

これでひとまずコーディリアの拠点の問題は解決だ。後は自分の問題を解決しなければ。

「その代わりと言ってはなんだけどさ」

「はい」

「この世界のスライムって、友好的か教えてくれない?」

 そう言った時点ですでに、羽田は十リットル程度のスライム数体に囲まれていた。この絶望的な状況でさらに、絶望的な言葉が返ってきた。

「スライムは人間に対する警戒心が強くてかなり危険なので、見かけたら一目散に逃げてください」

 もはや逃げることも能わず。助けを呼ぼうにも街が遠い。戦うしかない。

「すでに囲まれているんだけど、スライムの弱点ってある?」

「ええっ!?どうしましょう、スライムに囲まれて助かった人なんて…」

 どうやら一巻の終わりのようだ。

「ええと、僕は死ぬの?」

「社会的に死にます。綿でできた服を溶かすので、裸になります」 

 なんだ。裸になるだけか。それなら問題ない。綿、つまりセルロースを溶かすということは、おそらく消化液にイオン液体が使われているのだろう。一般的なイオン液体と比べるとねばねばしているからおそらく別の液体も混じっているはずだが、それでも有用な素材には変わりない。

「よし、こいつをペットにして持って帰ろう」

「バカなんですか?」

 すかさずコーディリアのツッコミが返ってきた。

「バカではない。なんたって女神様に最高の頭脳をもらったのだから。」

「あれですね、バカと天才は紙一重というものですね。」

 そうこうしているうちに、服がすべて溶けてしまった。スライムの方は逃げない人間が珍しいのか、もう食べる服もないのにその場にとどまっている。

「スライムになつかれているんじゃないかな、これ」

「…」

 コーディリアはあきれて何も言わなくなってしまった。

 ともあれ、これで自分の問題も解決した。街へ向かって歩こう。歩き出すと、スライムのうち一番小さい1匹がついてくる。一緒に来てくれるようだ。そうして、裸の男とスライムは、街まで下りて行った。


問答


「そこの不審者、止まれ!」

 案の定、門番に止められた。ただの裸の人間であれば、「スライムにやられた」と泣きつけば通してくれるだろう。しかし、僕はスライムをペットとして連れている。この言い訳はできない。裸の男がスライムと一緒に街中へ入っても不審でないような理由を考えねばいけない。裸、裸…そうだ!

「もしかして僕のことでしょうか」

「他に誰がいるんだ」

「他に門を通っている人はたくさんいるじゃないですか」

 門番がしびれを切らすまでとぼけ続ける。

「僕のどこが不審者だというのですか?」

「お前が裸だからに決まっているじゃないか!」

 門番が怒鳴り散らす。

「えっ、裸だと不審者になるのですか?」

「当たり前だろう、お前のような常識知らずの奴は何をしでかすかわからないからな」

「それを言うなら、服を着ている人間の方が不審者なのではないですか?」

 門番が大笑いする。羽田は続けた。

「だって、服の下にどんな武器を仕込んでいるかわからないじゃないですか」

 さらに続ける。

「例えばあなたが街で事件を起こそうとした場合、裸で行きますか?おそらく持っているものを隠すためにも、なるたけ着込んで街に侵入するはずです。僕はこの街は来るのが初めてなので、恥を捨てて身の潔白を証明しているんですよ。」

「お前に本当に悪意がないことはよーくわかった。でも潔白ってんならその後ろの魔物が何なのか説明する必要があるよな?」

「これはペットです。街へ入るとき、今のように身の潔白を証明するため、服を溶かしてもらうんです。」

「ハハハ、どうやらお前は正真正銘のアホのようだ。いいぜ、通りな。ただし次からはちゃんと服を着ることだ。」

 そういうと門番は、いくらかの通貨を渡してくれた。気のいい人だったようだ。お礼を言い、羽田は門を通り抜けた。夢で見たのと同じ、線状の輝きがあたりにきらきらと舞っていた。ここまできて、ようやく羽田は実感した。自分はとうとうファンタジーの世界へ来たのだ、と。

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