学校で
沙紀はその後学校で、つい阪口君を眺めてしまっていた。
お琴を弾くせいなのか、何をしても優雅に見える。男子小学生に優雅という言葉は変なのかもしれないけれど、いつも背筋が伸びている。姿勢がいい。
そういえばみのり先生が「家は神社だ」といった気がする。ではお父さんは神主? でも発表会で見た人はとてつもないピアニストだった。誰もが憧れてしまうような、会場を圧倒し、観客の心を持っていってしまうような。
目が合うと阪口君はいつでもにこっとしてくれた。他の男子みたいに「何だよ、見るなよ」とすごんだり、ぷいっと無視したりしなかった。そのせいか、ドキッとはしても眺めるのを止められなかった。
阪口君は「何でも屋の夏樹」と呼ばれるだけあって、勉強も体育も図工も家庭科もできた。何も無理せずさらりとこなしているように見える。
沙紀は、体育は苦手ではないけれど球技はしない。突き指や手首の捻挫が将来に響くからだ。転んで慌てて手をつくのも嫌だから短距離やハードルは本気で走らない。ピアニストになりたいという夢を意識して以来、自分で決めたことだ。
勉強のほうは一通りできる。算数がたまにちょっと難しいなと思うことがあるけれど、テストはいつでも平均点をクリアしている。
阪口君は行こうと思えば私立の進学校へいける成績らしい。全教科いつも満点なんだろうか。
沙紀は阪口君を見ながら、その度に自分と比較してしまっていた。
自分は心が狭い。自己中だ。みんなに優しくなんてできない。男子には朝「おはよう」と声をかけるにも身構えてしまって、前もって目が合わないように努める。
自分の世界も狭い。自分の夢に疑問はなくても、そのために子供らしさをどこかに忘れてしまったかもしれない。このまま大人になってしまう。もう生理が始まった。胸が痛い。大人用ではないけれど、ブラもつけている。
無邪気に笑ったのはいつだったろう?
やってみたいことを我慢せず、夢中になって時がたつのを忘れたのはいつだったろう?
阪口君は自然体で、学校生活の全てを楽しんでいるように見える。
好きなはずのピアノを弾いても音楽に集中できないときは、やればやるほど焦ってしまう。すると、皮肉な物の見方をしたり、心の中で嫌味を言ったりする。阪口君が目をつむってレコードを聴いていた、あんな余裕みたいなものが自分には……ない。