ライラック
テスト前で部活もなくて、放課後に友達と少し話をして教室を出た。今日は友達はみんな塾だ。高3で塾も行っていない私だけ暇になる日だった。せっかく1人で帰るのだし、古本屋で立ち読みでもして帰ろうかなと考えていた。
下駄箱で靴を履き替えていると、少し先からよく聴く男子の声が聞こえた。顔を上げるとよく見る男子が友達相手に手を振っていた。声を聴く、姿を見る、それだけで胸のあたりがキュッと苦しくなる感じがした。
私はクラス委員に推薦されてしまうような、典型的な地味な女子だと思う。男友達が全くいないわけではないがほとんどいなかった。それに対して彼は私とは正反対な、頭の良い目立つタイプでクラス委員に推薦されるタイプだ。2ヶ月ほど前に2人でクラス委員になり、最初は緊張していたものの、最近では私から話題を振ったりもしながら委員の仕事をしていた。仕事もしっかりやってくれるし、私の話も聞いてくれるし、良い人だと思った。良い人というだけで私の中では終わらず、いつの間にか好きという感情が湧いていた。我ながら男子に少し優しくされただけで好きになるなんて単純過ぎるとは思う。彼はクラスの人気者で、私は名前さえ認識されているか怪しい地味な女子。彼が私のような女子にそのような感情を持つわけがないのに。
私が靴を履いて校舎を出ると、数メートル先のグラウンドの横あたりを1人で自転車小屋に向かって歩いていた。
私が名前を呼べば振り向いてくれるだろうか。立ち止まって私を待ってくれたりはしないだろうか。こんな少女漫画の1シーンのような妄想をする自分が少し恥ずかしくなった。無理だ無理だと思いながら、私も自転車通学のため、彼の数メートル後をついて歩いた。
そんなとき、背後から聞こえる足音になのか、私の気配になのか、彼が足を止めて振り返った。彼の姿を眺めていた私はバッチリ目が合ってしまった。「気まずい......」と思い目をそらしたが、私の自転車は彼の方向にあるのだ。彼に近づかないわけにはいかない。少し歩いてまた顔を上げると、立ち止まったままこちらに体を向けている彼の姿が目に入った。まさかとは思いつつも、気にしないようにしながら、彼の横まで歩いていくと、よく通る、男子にしては高い声が私の横から聞こえてきた。
「テスト期間入るのに、野球部明日試合らしいよ」
特に何も意識することのない、友達同士なら普通にするであろう、世間話。しかし今の私は好きな相手と2人で並んで歩いているという状況で、まともに世間話すらできなかった。
「そ、そうなんだ。野球部も大変だね」
なんて素っ気ない返答なのだろうか。自分で自分に呆れた。普段は委員の仕事で2人になるというのが念頭にあるから、会話をする準備ができているのだろうか。今はあまりに突然2人になったからうまくできないのだろうか。その場で脳内反省会が始まろうかとしていたが、彼が会話を続けてくれた。
「俺も明後日、サッカーの試合でさ。クラブチーム入ってるって話はしたっけ?今日もこの後練習なんだ」
だいぶ傾いた太陽で、彼の表情は夕日に照らされてよく見えなかった。
「大丈夫、聞いたよ。試合、どこか遠くまで行くの?」
質問をつけて返す。誰かに教えてもらった会話のテクニックだった。
「いや駅の方にある公共のグラウンド。近いから楽だよ。試合も午後からだし」
「それだと朝焦らなくてよくて、楽だね。がんばって」
緊張する。顔が熱い。うまく言葉が出てこない。
目を進行方向に向けると私の自転車が見えた。前に世間話で聞いた彼の家の方向は、自転車小屋から近い門を出ると私の家とは逆方向だった。名残惜しい。うまく会話はできないけど、私にだけ話しかけてくれている声を聞くのは嬉しかった。
「あのさ、」
「ん?!」
考え込んでしまっていて変な声が出た。彼の方向に顔を向けると、まっすぐこちらを見る彼と目が合った。思わず息を飲んだ。
「明後日さ、もし暇だったらでいいんだけど、試合、見に来てよ」
「......な、なんで私なんて誘ってくれるの?」
「んー......、応援しに来てほしいからかな。もし忙しいならいいから!それじゃ」
彼は早口でそういうと自分の自転車のところまで走って行ってしまった。さっきの返答はあまりにも素っ気なかったのではないだろうか。何か、このまま、別れてしまうのは良くないのではないだろうか。
「あのっ!」
思わず大きな声が出ていた。彼が足を止めて振り返った。ちゃんと、言わなきゃ。
「明後日、応援行くね!」
彼の表情が笑顔になるのがわかった。彼からしたら大したことではないのかもしれない。しかし、試合に誘われて、行くと言ったらこの反応で。
期待、してしまうではないか。