初めての依頼
「ん……ああ、アンタか。さっきは悪かったね、次の仕事が入ってたんだ」
食堂へ向かって歩いていた廊下で、フレイシアはリルバと鉢合わせしていた。
もう一度、合って話をしたいと思っていたフレイシアだったが、不意打ち的にリルバと再開したことで、言葉に詰まっていた。
しかし、以外にも、リルバの方から声を掛けてきた。
「えっと、あの……リルバさん……だよね? 実はギルドで……」
隠していても仕方がないことなので、フレイシアはギルドで聞いた話をリルバに伝えた。
「そうか……聞いたんだね。一応言っておくけど、同情ならいらないよ」
「――違うよ! 同情とかじゃなくて……ただ……」
「あたしはまだ仕事が残ってるんだ。話ならまた今度な」
早々に話を切り上げて立ち去ろうとするリルバの胸にかかるエプロンを見て、フレイシアは、ようやくリルバの仕事に合点がいった。
「そのエプロン、リルバさんはここで働いてるの?」
このエプロンは、ルーリーと女将も身につけていた、従業員用のエプロンであった。
「ああ、そうだよ。住み込みで働かせてもらってるのさ。だから、これ以上時間を割く訳にはいかないんだ」
「そっか……ごめんね……。そうだ! 私達ここに泊まることになったんだ、また……会えるよね?」
このままなんの進展もなく別れる訳にはいかないと思ったフレイシアは、この偶然を逃したくなかった。
「まあ、そうかもね。日中は他で仕事をしてるけど日暮れからはここにいるからね」
「そうなんだ、それでさっきはギルドに」
「受けてるのは簡単な依頼だけさ、町の中で出来る手伝いとか、ちょっとした採集依頼なんかをね」
「……もしよかったらなんだけど。私達と一緒に依頼受けない?」
ブレの町に来たばかりのフレイシア達も、町に慣れるまでは、簡単な依頼から始めるのも悪くないと思い、そう提案した。
「あたしはパーティを組まないよ。話は聞いたんだろ? あたしのことは放っといてくれ」
フレイシアがギルドで聞いた話は大方の事情だけだったが、それだけでも十分に理解出来ていた。
未だ、交わした言葉は少なく、この会話の中でも、リルバの表情が変わることはなかった。
今は踏み込むべきではないと感じたフレイシアは、大人しく身を引くことにした。
「……そっか。いきなりごめんね……。でも、また話しかけてもいい……かな?」
「…………はぁ。それくらいなら……いいよ。それじゃあ仕事に戻るから」
「うん! またね!」
次にまた話す切っ掛けを繋ぎ止める事が出来たフレイシアは、笑顔でリルバを見送った。
「…………あ! ミィとエルを待たせてるんだった!」
食堂へと急ぐフレイシアの足取りは、随分と軽くなっていた。
◆◇◆
「遅いの!」
「うぅ~……シアお姉ちゃん……おなか空いたよぉ~……」
フレイシアはすぐにやってくると思っていた二人は、一緒に食事をするために、フレイシアの到着を待っていたのだ。
ところが、思いの他到着が遅れたことで、二人の空腹は限界に達していた。
「ごめん二人共! 廊下でリルバさんに会えたから、ちょっと話してたんだ」
フレイシアは顔の前で手を合わせて、二人に謝罪した。
「ギルドで会ったあの子なの? ここに泊まってるの?」
「……っと。ううん、住み込みで働いてるんだって。だから、いつかちゃんとお話する時間もあると思うんだ」
フレイシアは空いている椅子に座りながら、少ないながらも、リルバと話したことを伝えた。
「よかったねぇ! シアお姉ちゃんならすぐに仲良く慣れるよぉ!」
「ミーにも覚えがあるの。シアと関わる人は………………不思議な縁で繋がれてしまうの」
「――呪いみたいに言わないでよ!」
リルバと話を出来たことをエルアナは素直に喜んでくれたのだが、ミーランは、テーブルに置いてあったロウソクを手に取り、その光で顔を下から照らし、ホラーチックな演出をしていた。
ともあれ、三人揃ったところで、料理を出してもらうために、ミーランが従業員を呼んだ。
対応に来たのはルーリーである。
「三人揃ったんだね~。それじゃあ料理を持ってくるから待っててね」
「楽しみなの。お腹ペコペコなの」
しばし待って料理が出揃い、三人は初めての宿での夕食に舌鼓を打った。
安いながらも量が多く、若い体に力がみなぎるような料理だった。
◆◇◆
「それで、明日からなんだけどさ」
夕食を済ませ、ミーランのドールハウス内の浴場を使用して湯浴みをした三人は、宿の部屋でそれぞれのベッドの上に座って話をしている。
余談だが、この宿に浴場は無いが、近場に公衆浴場がある。
「お姉ちゃん達はどんなのがいいのぉ~?」
エルアナの希望は一貫して討伐依頼であるため、フレイシアとミーランの希望を聞いておきたかった。
「結局今日は依頼を見てなかったの。まずは依頼を確認しないと、予定のたてようがないの」
「冒険者の登録はしたけど、依頼を受けたことってないでしょ? やっぱり、最初は簡単な依頼からやってみたほうがいいかなって思ったんだよね」
ミーランは特に希望はないようで、張り出されている依頼を確認してから選ぼうという無難な考えだ。
一方フレイシアは、リルバに提案したように、簡単な依頼を受けて、冒険者の活動に慣らしていきたいというものだ。
「ふ~ん。じゃあ朝ごはん食べたら、すぐギルドに行くのぉ?」
「そうだね。まずはそれからだよね」
「仕方ないの、どのみちミー達は低ランクだから、あんまり難しい依頼は受けさせてもらえないの」
「そうだった……そうなると選択肢も少ないんだろうなぁ……」
「――えっ!? じゃあドラゴンとかと戦えないの?」
フレイシアもエルアナも、冒険者になったことに浮かれて、自分達が低ランク冒険者であることを失念していたようで、今更ながらにそんなことを言っていた。
「まさか気がついてないとは思ってなかったの……二人共しっかりしてほしいの……」
思い返してみれば少し話が噛み合っていないような感覚を覚えていたミーランだが、今の二人の反応を見て、ガックリと肩を落とした。
「「えへへ~!」」
血の繋がりこそないが、すっかり通じ合っているフレイシアとエルアナである。
「誤魔化してないでしっかり反省するの! 特にシアなの。エルがいい加減な大人になったらシアのせいなの」
「うぐっ……すみませんでした……」
「……エルも反省してます」
「よろしいなの。じゃあ明日は、朝食の後ギルドに行って、しっかり確認するところからなの」
「「イエスマム!」」
「…………絶対反省してないの」
反省したかと思った矢先におかしなノリで返事をする二人を見て、ミーランは再びため息を吐いた。
◆◇◆
翌朝。
朝食を済ませた三人はギルドへやってきていた。
今は依頼の張り出された掲示板を眺めている。
「一つ星の依頼って意外と多いんだね。町中のお手伝いもだけど、採集と、少しだけど討伐もあるね」
「エル、ゴブリンはやだぁ~……」
「ミーもゴブリンは汚いから嫌なの……」
冒険者のランクは大きく分けて五つ。
一つ星、二つ星、三つ星、四つ星、五つ星である。
エルアナとミーランがゴブリンを嫌がっているのは、単純に不潔だからだ。
そんなゴブリンを討伐したとて、討伐証明部位を剥ぎ取る際に触りたくないという、ミーランとエルアナの乙女心である。
ブレの町に向かう道中、草原を歩いているときにも幾度か遭遇したが、どれもフレイシアの風で、遠くに吹き飛ばしていたのである。
そんな風に掲示板を眺めながら、ああだこうだと選り好みしている三人に、一人の人間の男が近づいてきた。
ガタイのいい中年の冒険者だ。
「なあ君たち、ニュービーか?」
「ん? はいそうです。まだ登録したばっかりで、初めて依頼を受けるんです」
例のごとく、男に答えたのはフレイシアである。
ナンパ――というには、どうにも様子が違うようで、三人は首をかしげている。
ちなみに、ニュービーというのは、一つ星の中でも一番の新人という部類である。
各ランクは、上、中、下の裏階級が存在しており、一つ星は、ニュービー、ビギナー、アマチュア、などと呼ばれている。
この裏の階級は、あえて公表しているものではないが、ランクのみを指定して依頼を出す者が居た場合に、ギルド側が、裏の階級を見て、適正者を選ぶ時などに用いられる。
それはさておき。
「そうか、あんまり無茶な依頼は受けないようにな……。あー……その……なんだ。…………昨日、リルバに話しかけてただろ?」
男がフレイシア達に話しかけた理由はリルバのようだ。
新人を気遣うのもそこそこに、気まずそうに本題を切り出してきた。
「リルバさんがどうかしたんですか?」
フレイシアとしても、リルバのことは気になっていたので、男の話に乗ることにしたようだ。
「うん……まあ……な。ほらあいつ……そっけない態度だったろう? それでな……気を悪くしないで欲しいと思ってな……」
この男は、フレイシアとリルバが宿で会話をしたことを知らず、昨日のやり取りだけを遠目に見ていただけだったため、フレイシア達がリルバに対して気を悪くしていないかを心配していたようだ。
三人が、ふと周りを見渡してみれば、他の冒険者達も、どこか不安そうな表情である。
この男が代表して、三人の気持ちを確かめに来たようであった。
「大丈夫ですよ! リルバさんが悪い人じゃないことは分かってますから! あの後も、宿でばったり再開して、少しお話出来ましたから」
「そ――そうか! それなら良かった……良い奴なんだよあいつは……ほんとにな……」
気にしていないというフレイシアの言葉で、ギルド内の空気が、いくらか軽くなった。
この男も安心したようである。
そして、どこか遠い目をして悲痛な表情になり、男の呟きがギルド内に響き渡って、軽くなったはずの空気も、再び重くなったような気がした。
「おじさんは……あ! 私はフレイシアっていいます。こっちはミーランとエルアナです」
男になにやら話そうとしていたフレイシアだったが、自己紹介をしていないことに気がついて、自己紹介とミーランとエルアナを紹介した。
「おっと、そうだった。俺としたことが、名乗ってなかったな。気が急いてしまって、済まなかった。俺はガジル、三つ星だ、よろしくな!」
「はいガジルさん。こちらこそよろしくお願いします。それで、リルバさんとはどういう……」
ただの知り合いにしては、随分と、リルバに肩入れしているようだったので、二人の関係が気になったフレイシアである。
「俺はあいつらの――リルバのパーティの、目付役だったんだ……」
「…………」
ガジルはリルバのパーティーが新人の頃、世話を焼いていた一人だった。
パーティが壊滅したのは、ガジルの手を離れ、リルバ達だけで活動を始めた矢先の出来事だった。
ガジルにとって、自分の子供のように可愛がっていた面々を失ってしまったことは筆舌し難い。
ガジルには、唯一の生き残りであるリルバの気持ちが、痛いほどに分かるのである。
初めこそ、励まし、慰め、元気づけようとしていたガジルだが、一向に心を開かないリルバに対して、最近では、一旦距離を置いている。
他の冒険者達にしてもそうであった。
皆で助け合い、支え合っているこの町の冒険者達にとって、リルバ達は自分達の妹や弟、そして我が子のように接していたのである。
フレイシア達三人は、そんなガジル達に、掛ける言葉が見つからないでいた。
「まあ、俺のことはいいんだ。ただ、あれからあいつは……誰にも笑顔を見せなくなった……すっかり心を閉ざしてしまったんだ……いい顔で笑う奴だったのにな…………いやちがう……俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……あー……つまりな」
ガジルはそこで言葉を区切り息を整えた。
「外から来た君たちになら、話せることもあるかもしれない。だから……少しずつでいい……あいつに――リルバに声を掛け続けてくれないか? 俺達だからこそ、出来ないことだと思うんだ……頼む!」
そう言って、ガジルは頭を下げた。
三つ星の冒険者が、たった一人の後輩冒険者のために。
駆け出しの一つ星冒険者に対して頭を下げた。
通常、あり得ない光景であった。
「――――ッ!? 頭を上げてください!」
フレイシアは慌ててガジルに頭を上げさせた。
そして顔だけを起こし、不安そうな表情でこちらを見上げるガジルに対して、フレイシアは優しく微笑み、言葉を続けた。
「そんなの、言われるまでもありません。リルバさんとは……絶対友達になります!」
その、曇りのない、青空のような瞳に宿した決意は、ガジルとギルド内の冒険者達の曇った表情をも、晴らしてみせた。
「――本当か!? 恩に着る! あいつを、よろしく頼む!!」
そう言ったガジルは、更に深々と頭を下げた。
「だから顔を上げてくださ~い!!」
ブレの町のギルドには、約一年ぶりに、明るい笑顔が溢れていた。
まだ結果は出ていないが、久しぶりの明るい話題に、ギルド内は活気づいた。
フレイシア達三人にとっての初めての依頼。
それは、ブレの町の冒険者達からの指名依頼であった。
――リルバの心を開かせ、友達になること。
それが達成条件だ。
Tips:ユイの名前の由来は、オムスビである。