宿屋での出会い――再開
ギルドで紹介してもらったのは、ニュージェネレーションという名の宿屋だ。
見た目は築十年程の、小奇麗な建物だ。
新米の冒険者、商人など、新しい世代の若者に向けた宿屋である。
宿泊料、食費なども格安で提供されているため、駆け出しの若者以外にも、金銭的に余裕のない者達にも人気である。
とはいえ、混雑時は駆け出しの若者たちを優先的に宿泊させる、あくまでも若者向けの宿である。
今フレイシア達は、宿屋に入り、部屋をとっているところだ。
「いらっしゃ~い! お泊りですか?」
元気の良い、明るい笑顔で声をかけてきたのは、十代半ば程の年齢で、フレイシアより少しだけ低い背丈の少女だ。
よく見ると――いや、まず目につくのは、頭についている垂れた犬耳と、ブンブンと振り回しているフサフサの尻尾だろう。
「こんにちは、三人で泊まれる部屋はありますか?」
三人を代表して、フレイシアが手続きを進める。
「三人部屋ですね~、ちょっと確認します! …………大丈夫ですよ! 一泊千五百メルンです! 食事は別料金になります。何泊のご予定ですか?」
メルンとはお金の単位で、大体、一メルンが一円である。
少しいい宿になると、一泊五千メルン程が普通である事を考えれば、この宿はかなり安いのだ。
「ん~、そういえばこの町にどれくらい滞在するか決めてなかったね……どうしようか?」
無計画に、着の身着のまま旅をしているフレイシア達は、滞在日数すらも決めていなかったのである。
「とりあえず一週間位借りておくの。……後から延長することは出来るの?」
ひとまず一週間分の料金を払おうとするミーランは、もしそれ以上滞在することになった時にそのまま滞在させてもらえるのかを犬耳の少女に尋ねた。
「もちろんですよ! ただし、一週間分の料金を頂いていた場合、それより早く出ていかれる場合でも、頂いている料金はお返し出来ませんが、よろしいですか?」
「オーライなの。延長する時はまたお願いするの」
「かしこまりました! では、一週間分の宿泊代で一万五百メルンになります。お食事はどうなさいますか? 先払いしていただければ、お一人で一食三百メルンです。飛び込みですと五百メルンいただきます」
犬耳の女性は続けて食事の確認を取る。
「折角だから料理もお願いしようよ。お昼はどこかで食べるとして、朝と夜の分をさ」
「エルはそれでいいよぉ~!」
「ミーも異論はないの」
「それじゃあ、朝と夜の食事を一週間分お願いします」
「かしこまりました! 本日は夕食だけですので……一万千七百メルンになります! 宿泊代と合わせて二万二千二百メルン頂戴いたします!」
宿に一週間宿泊するだけで、これだけの金額が必要になってしまう。
その為、新米の冒険者などは、地元での活動がメインになり、旅をすることは少ないのだ。
ともあれ、フレイシア達は今のところお金には困っていないため、フレイシアが代表して料金を支払った。
「……はい、確かにいただきました! それではこちらにお名前をお願いします――」
「じゃあ私が書くよ」
そう言ってフレイシアが三人の名前を帳簿に記入した。
「フレイシアさん、ミーランさん、エルアナさんですね。あ――申し遅れました! 私は犬獣人のルーリーです!」
「よろしくね。ルーリーちゃんって何歳なの?」
受付を任されている少女のことが少し気になって、フレイシアは尋ねた。
「今年十四歳になりました。私もいつか、フレイシアさんみたいな素敵なお姉さんになりたいです!」
「え……あ……えっと……」
自分より年上のルーリーに羨望の眼差しを向けられたフレイシアは言葉に詰まった。
そしてそのことに黙っていられない人物がいた――ミーランである。
ミーランはルーリーに近づき、目一杯背伸びをして口を開いた。
「……この中で一番お姉さんなのはミーなの! ……一番の! ……お姉さんなの!」
「――え!? あ……ごめんなさい! じゃあ……フレイシアさんって、おいくつなんですか?」
どう見てもフレイシアは大人の女性にしか見えなかったため、ルーリーは困惑している。
ミーランのことは一旦置いておくことにしたようだ。
「えっと…………十二歳です」
「――エルフはずるいです!!」
ルーリーは、まさか自分より二歳も年下だとは思わなかったため、成長が早いエルフに嫉妬してしまった。
「ミーも同感なの。シアはずるいの」
「そんなこと言われても…………」
生まれつきエルフだったことに文句を言われても、と、フレイシアはなんと答えればいいかわからずにいた。
「ねえねえ! エルは十歳だよぉ~!」
「うわぁ~! エルはいい子だねー! ちゃんと言えてえらいよー!」
「へへへぇ~」
無邪気に自分をアピールしてくれたエルアナのお陰で、フレイシアは話題をそらすきっかけを得た。
そんなエルアナに毒気を抜かれたミーランとルーリーは、一先ず落ち着きを取り戻した。
ちなみにミーランは十三歳である。
「ふぅ……失礼しました。お部屋にご案内しますね」
「仕方ないの……シアへの追求はまた今度にしてあげるの」
そう言った二人は何故か肩を組んで歩き始めた。
何か通じるものがあったのか、すっかり意気投合しているようだ。
◆◇◆
「へ~、みなさんは冒険者だったんですね。どこからいらしたんですか?」
「ホイープ森林のミクスから着たの。ここが最初の町なの」
部屋に到着した一行だが、当たり前のように、ルーリーも部屋に入り、ミーランと談笑していた。
「私も一度遊びに行ったことがあります。可愛い町ですよね~! 憧れちゃいます! いつか住んでみたいと思ってたんですよ~!」
「確かにいい所なの。いつか旅が一段落したら、ルーも一緒に行くの」
「行きます! 絶対ですよ! 楽しみです!」
――トントン
十分ほど部屋で寛いているルーリーを見て、仕事は大丈夫なのかとフレイシアが心配になった頃、三人が泊まることになったこの部屋の扉をノックする音が響いた。
「はーい」
ノックの音に答えたのはフレイシアだ。
部屋の扉を開けると、恰幅のいい中年の人間の女性の姿が見えた。
「ごめんなさいねお客さん。ここにルーリーは来てないかい?」
「あ……ルーリーちゃんなら……ここに」
フレイシアが体をずらして部屋の中を見せると、宿屋の女性は、ミーランと談笑しているルーリーの姿を捉えた。
「ったく……。ちょっと失礼するねお客さん。……コラ! ルーリー! 仕事中にお客さんの部屋に遊びに行くなと何度言えば分かるんだい!」
「――ひぇっ!? 女将さん!?」
「ひぇっ、じゃないよ! まったくあんたは! 仲良くなるのはいいけど仕事をサボるんじゃないよ!」
女将と呼ばれた女性はルーリーの首根っこを掴んで部屋を出ていこうとした所で、フレイシアに向き直った。
「……悪かったねお客さん。ちょっと人懐っこいのが玉に瑕でね……仕事の時間以外なら、遊んでやってくれないかい?」
「はい……こっちも今度から気をつけます」
「そうしてやっておくれ。やっぱり、同世代の友達もほしいだろうからね」
「またね、ミーランちゃん!」
ルーリーは女将に首根っこを掴まれたまま、ミーランに手を振っている。
ミーランも少し名残惜しそうに手を振り返した。
女将も、三人の中でフレイシアが一番年上だと感じたのは余談である。
ともあれ、女将とルーリーは部屋を後にして、仕事に戻っていった。
「はぁ……ミィも仕事中のルーリーちゃんを部屋に連れ込むのはダメだからね?」
「…………もとあと言えば、シアのおっぱいと美脚がいけないの」
「――なんッ!? 人のせいにしないで! ちゃんと気をつけてよね!」
「……オーライなの」
今ひとつ反省していないように見えるミーランだが、これはあえてやっていることである。
ギルドからの道中、フレイシアがずっと浮かない顔をしていたからだ。
その理由は、今日ギルドですれ違ったリルバというドワーフの女性を気にしてのことだった。
ミーランとしては、今日会ったばかりの人物に対して、フレイシアが過剰に入れ込んでいることを心配していたのである。
少し気分を変えさせるために、こうしてフレイシアをイジっていたのだ。
「まあいいよ……それより、食事が出来たら呼びに来てくれるみたいだから、それまで少し休もうよ」
フレイシアはそう言って魔装を解除し、ベッドにうつ伏せになった。
「くぅ……またシアが美脚を晒してるの……当てつけなの……」
フレイシアの魔装、膝上まであるロングブーツを解除すれば、ホットパンツからスラリと伸びる、美しい脚線――生足が顕になるのだ。
少しだけ気を悪くしたミーランは、フレイシアの裏腿をスーッと撫でた。
「――ふぇっ!? もう! いきなりびっくりするでしょ! ミィもおとなしく休みなよ!」
「太腿くらいで騒ぎすぎなの。ミーはもっとエッチなところを触られたの」
ミーランは昨晩の事を根に持っていたのだった。
この間も、うつ伏せに寝転んでいるフレイシアの裏腿をさわさわしている。
「うぅ……くすぐったいってば……昨日のことは反省してるよ~……」
「スベスベなの……エル! スベスベなの!」
――ミーランは奔放なエルアナを召喚した。
「うわぁ~、すべすべぇ~!」
「ちょわ!? 援軍を呼ぶのは反則でしょ!?」
召喚されたエルアナは、フレイシアの臀部に座って、太腿をさわさわし始めた。
「ッハハ! やめて! フハハッ! くすぐったいってば!」
夕食の呼び出しが来るまでの間、フレイシアの太腿は、二人に弄ばれ続けるのだった。
◆◇◆
――トントン
「お待ちどうさま~! 食事の用意が出来たよ~!」
と、扉越しに声を掛けてきたのはルーリーである。
「はーいなの。すぐにいくの」
ルーリーからの呼び出しだったためか、フレイシアが答えられない状態だったためか、答えたのはミーランだった。
「じゃあ食堂でまってるね~!」
「オーライなの」
今回はすぐに仕事に戻ったルーリーの足音を聞き届けて、ミーランはフレイシアに向き直った。
「シアはいつまではぁはぁ言ってるの……無駄に色っぽいから規制が必要なの」
「だ……誰のせだと……思ってんのさ……」
「シアお姉ちゃん大丈夫?」
ぐったりしているフレイシアはミーランにジト目を向けている。
加担したはずのエルアナは、しれっとフレイシアを気遣っていた。
「はぁ……全然休めなかったよ……ふぅ……ご飯できたんだって? はぁ……先に行ってて。……落ち着いたら行くから……」
「シアはだらしないの……仕方ないの、エル、先に行ってるの」
「わかったぁ~。シアお姉ちゃんも早く来てねぇ~!」
未だ息がが整わないフレイシアは、二人に先に行っているように言った。
ミーランとエルアナは部屋を出て食堂に向かった。
部屋にはフレイシアだけが残っている。
「まったくもう……まだ触られてる感覚があるよ……まったくもう!」
『大変だったね~、でも、お陰でちょっと元気になったんじゃない?』
一人きりのはずの部屋でフレイシアに話しかけたのは、フレイシアのエレメントである白いフクロウのユイだ。
「……こういうのは元気って言わないよ……無理に気分転換させられたっていうか……。まあ、私に気を使ってくれたのかもしれないけどさ……それにしたって限度はあるよ!」
『ねえシア。やっぱりあの子が気になるの? ……昔のシアに似てるから?』
宿主とエレメントは繋がっているため、感情の変化でさえも、敏感に感じ取るのだ。
「そう……かもね。なんかね……ほっとけなくてさ」
『仲間を失ったって言ってたよね…………簡単じゃないよ?』
「うん……わかってる。身近に居た人たちを失う辛さは知ってるから……無茶なことはしないよ」
そう言ったフレイシアの瞳は、力強い輝きを放っていた。
孤独を、大切な存在を失う苦しみを知っているからこそ、リルバの心に触れたいと、フレイシアは思った。
「そうだ、ミィとエルを待たせてるんだった。ユイ、旋風」
これは、旋風と名づけられた、フレイシアの魔装であるロングブーツだ。
フレイシアはロングブーツを履いて部屋を出る。
食堂に向かうため廊下を歩いていたフレイシアに、見覚えのある人影が近づいてきた。
その人影を見てフレイシアは目を見開いた。
まさかここで再開するとは思っていなかったのだ。
その心に触れたいと心に決めたフレイシアだったが、こんなに早く再開するとは、思っても居なかったために動揺してしまった。
完全に不意打ちだった。
そして、その人影は前回同様、フレイシアの隣を通り過ぎようとしたが、フレイシアに気がついて足を止めた。
――フレイシアはリルバと向かい合った。
Tips:ニュージェネレーションの女将は独身である。