エルフの聖地
日が暮れる頃、メンバー達は秘密基地で合流して、今はマルティの入門が確定したことのお祝いをしている。
「おめでとニャン!」
「おめでとにゃの」
「おめでとにゃんにゃん!」
「おめでたーいニャン!」
「おめでと……にゃん……」
「猫獣人はそんな語尾使わないです!!」
マルティの門出を記念して、一同は猫耳を付け語尾をアレンジすることで祝福しているのだ。
「マルティはもっとにゃんにゃんした方が可愛いと思うよ?」
「大きなお世話です!」
「……なんであたしまで」
「ほら、こうだよ、こう!」
以前から、フレイシアはマルティの語尾について不満を覚えていたのだ。
したがってこの期に、マルティの語尾を修正しようというのである。
今もポーズを仕込んでいる。
「一回だけ、ね? 一回だけでいいから、ね?」
「うぐぅ……」
とてつもなく嫌そうな表情のマルティだが、ミケットに紹介してもらった上に、入門の口添えまでしてもらった借りがあるため、渋々覚悟を決めた。
頬を赤らめながらも、背中を丸めて上目遣い、両手は軽く握って顔の横と胸元に設置、そしてこう言うのだ。
「ありがと……にゃん……」
「「「「にゃおすぅ!」」」」
(……がんばれ……マルティ……)
妙に波長の合っている四人組にもてあそばれるマルティの姿を、早々にいじられ役に就任していたリルバが優しく見守っていた。
◆◇◆
翌日。
草原からミクスの町へ続く薄暗い街道とは打って変わって、木漏れ日の差し込む木々のトンネルを抜けた森の最奥には、世界樹のそびえるエルフの聖地がある。
そこは保護区と呼ばれ、様々な妖精達が動植物を管理している。
この日から感謝祭が開催されているが、初日は混み合い、町は人でごった返しているため、フレイシア達は保護区に来ている。
『キャアァァァァ!! イヤアァァァァ!!』
保護区の一角には、エルフ達の墓所がある。
フレイシアを産んだノーリン・ハートの墓参りの為にメンバー六人で墓所へやって来たのだが、墓所にチラホラと生えている草の一つを、リルバが抜いてしまったのだ。
リルバとしては掃除のつもりだったのだが、今回はその気遣いが仇になってしまった。
『エッチィィィ!! ヘンターイ!!』
「――エッ!? なッ!?」
「いやぁ~ん! えっち、すけっち、わんたっちィィィ!!」
そして茶化しているのはフレイシアである。
「リルが抜いたのはウーマンドレイクなの」
ウーマンドレイク――妖精の一種で、普段は土の中で眠っている。
一見普通の草のようにも見え、手のひらサイズの美少女の頭から草が生えているのだが、その美少女は全裸なのである――というよりは、土を着ていると言ったほうが正しいかもしれない。
「つまりね……リルは、美少女を裸にひんむいたんだよッ!!」
「な……ん……だってえぇぇ!?」
突然裸に剥かれたら、誰だって奇声を上げてしまうのではないだろうか。
ウーマンドレイクと話がしたいならば、頭から生えた草をつついて声を掛けるのがマナーである。
そうすれば、彼女達は土魔法を駆使して衣服を作り、土から出てきてくれるのだ。
『ちょっとアンタ! フレイシアじゃないのッ!!』
「――ギクッ!? ァ……イヤー? ハジメマシテデスヨー?」
このウーマンドレイクはノーリン・ハートの墓石のすぐ近くに住んでいた為か、フレイシアの事を知っていたようだ。
だがフレイシアは、事ここに至って、すっとぼけている。
リルバ達に説明しておくのをすっかり忘れていたのだ。
『ちゃんと教えておきなさいよ……ッ!』
「すいませんシターッ!」
白目を剥いて固まっているリルバに頭上の草を握られたまま宙ぶらりんのウーマンドレイクは、顔を赤らめ、体を腕で隠しながらも、土下座をしているフレイシアに蔑むような視線を送っている。
少しして、リルバの意識を戻し、ウーマンドレイクを地面に降ろして服を着せて、一先ずは落ち着きを取り戻した。
『お菓子は持ってきたんでしょうね……?』
「もちろんで御座います……どうぞお収め下さいませ」
『うむ』
腕組みをして頬を膨らませているウーマンドレイクに、マジックバッグから取り出した焼き菓子を献上したフレイシア。
それを受け取ったウーマンドレイクは、機嫌よく草を揺らしながら、墓石の隣に建てられている人形の家のような、小さな家の中に運び込んでいる。
辺りを見渡してみれば、それぞれの墓石の隣には、必ず、その小さな家が並んで建っている。
「この子達はね、エルフ達を森に還してくれてるんだよ」
「森に還す?」
エルフの遺体は棺には入れない。
代わりに、特別な布で包んで埋葬するのだが、その布と遺体を、ウーマンドレイク達が土に還しているのである。
森に還すというのはそういう事なのだ。
そしてもう一つの役割は墓守。
墓を荒らす者が居ようものなら、ホイープ森林に住んでいる妖精達のネットワークに連絡され、バチではなく、洒落にならない罰が与えられる。
「なるほどな」
ともあれ、フレイシアは墓石を磨いて汚れを落とし、一同は黙祷を捧げた。
そうして場の空気がすっかり落ち着いた頃、彼女は意を決して口を開いた。
「リル、マルティ、ルーリー。……聞いて欲しい事があるんだ」
フレイシアは新しく仲間になった三人に視線を送り、どうしても話しておきたかった事があると、神妙な顔つきで言った。
ミーランとエルアナも息を呑んで見守っている。
「この人はね、この世界で、最初に私を受け入れてくれた人なんだ」
生みの親なのだから当然だろうとは思いつつも、三人は茶化すこと無く続く言葉を待っている。
一度瞳を閉じて息を整えて、フレイシアは再び言葉を紡ぐ。
「私は、転生者なんだよ」
「「「――!?」」」
それは突然の告白だった。
三人は目を見開いて固まっている。
転生者という言葉を初めて聞いたからではない。
この世界での転生者というのは、フォーカードと共に語られる、過去の英雄の一人だからだ。
自分達が所属するパーティのリーダーの彼女が――フォーカードの末裔の彼女が、新しく出来た友人の彼女が、突然転生者だと聞かされれば、耳を疑ってしまうのも仕方がないであろう。
眼の前の少女に課せられていた業の深さに、改めて驚愕してしまったのだ。
「今になってこんな事を言うのはズルいかもしれない……けど――ッ!?」
本当はもっと早く話しておくべきだった、パーティに入ってくれるという言質を取った今になって話したのは卑怯だったと言うフレイシアは、リルバの無言の抱擁によって、その言葉を遮られた。
(あの時流してくれた涙は本物だった……こいつが失ったものは、あたしの比じゃない)
「……リル?」
(時々陰りを見せる表情の理由が……ようやく……分かった)
突然の抱擁に驚いたフレイシアは、優しくも力強いリルバの温もりを感じ、僅かに安堵した。
黙っていたことに罪悪感を抱いていたフレイシアだったが、どうやら思い過ごしであったらしい。
自分を抱き寄せるリルバの肩は、いつの間にか震えていたのだ。
「言ったろ……あんたを守るって」
「……」
「話してくれて、ありがとう」
「……!」
「あんまり独りで、抱え込まないでくれ」
「うん……」
珍しく涙を流しているリルバにつられて、フレイシアの頬にも、涙が伝っていた。
そこへ、マルティとルーリーも身を寄せる。
「シアちゃん、私にも、なんでも話して欲しいです」
「私にもだよ!」
「……ありがとう」
そんな姿を、ミーランとエルアナ、家の窓から顔を出していたウーマンドレイク達が優しく見守っていた。
この後、ミーランが魔道士であること、そして、エルアナがディアブロの先祖返りであることも伝えた。
やはり驚きはしたものの、リルバ達三人は、これも抵抗なく受け入れてくれたのだ。
六人の絆は、こうして確かなものへと変わったのである。
「で、本当は何歳なんだ?」
「うーんと、二十二歳位かな」
「「「――嘘だッ!」」」
このパーティで最年長ということだけは、信じてもらえなかったフレイシアであった――。
◆◇◆
墓石に座り手を振るウーマンドレイクに別れを告げて、一行はとある泉にやって来ていた。
保護区の墓所から少し歩いた場所に、どこか神秘的で、透き通った水が湧く泉がある。
その水は、わざとらしいほどに水色に煌めき、訪れた者達の目を惹き付けてやまない。
「これは……すごいな……」
「キラキラ……してるですね」
「ほわぁ~……」
初めて訪れ目にした幻想的な風景に、ブレの町から来た三人もすっかり心を奪われている。
「ん!?」
「なんです!?」
「なにか出てくるよッ!」
その時、一同が覗き込んでいた美しい泉の水面が淡く輝き、盛り上がったかと思うと、浮世離れしている妖艶な美女が顕れた。
『妾は泉の精、セイレーンじゃ』
「セイレーンだと……」
「綺麗です……」
「ほわぁ……」
『うふふッ……』
透き通ったエメラルドグリーンの長い頭髪に、エルフを思わせる長い耳、新緑のような瞳を持つその美女は、自らをセイレーンと名乗った。
「アドだ」
「アドなの」
「アドだぁ~!」
『も~! すぐにバラしたら面白うないじゃろう!!』
泉から顕れた彼女はドライアド、森を管理する最上位の妖精である。
断じて泉の精では無いし、セイレーンでもない。
美しい容姿におちゃめな人格を持った森の妖精だ。
「大体、セイレーンは海の妖精でしょ?」
『むむぅ……びっくりすると思うたのにぃ……』
フレイシアのマジレスにドライアドは頬を膨れさせ、むくれてしまった。
幻想的な登場シーンが目に焼き付いている三人は未だキョトンとしている。
『折角ネットワークから連絡を受けて待ち伏せしておったのに……台無しじゃ!』
「ゴメンゴメン、ほら、お菓子持ってきたからさ」
『うむ』
この森に暮らしている妖精達は、お菓子さえ献上すれば、大抵機嫌をなおすのである。
その頃にもなれば、放心していた三人も気を持ち直した。
「えっと……ドライアド……なのか?」
「結局セイレーンではなかったですか」
「妖精さんっておちゃめだよね~」
『ハムハムハム……ごくん。そういえば、そっちの三人はシアの友人であろう? 紹介してくれんか』
「うん、この子達はね……」
と、フレイシアは三人を紹介した。
するとドライアドは三人に近づき、深緑色の双眼でじっくりと観察している。
「な……なんだ……」
『ふむふむ……フフッ』
自分を覗き込んでいるドライアドに僅かにたじろぐリルバ。
そんなリルバにクスリと笑って、ドライアドはフレイシアへ視線を向ける。
『流石だのう、フレイシアよ。お主の人を見る目は卓越しておる』
「でしょ~ッ!」
得意げに胸を張るフレイシアを見て、リルバは嫌な予感を覚えていた。
どうせあの流れだろうと当たりを付けて、今のうちにミーランに歩み寄っておくのだ。
「だってリルは~、将来私の、旦那様になるんだからねッ!」
『ほぅ、なんと』
(……ホラ来た)
「ダメーッ! リルはエルの旦那様になるの!」
そしてやはりエルアナも参入してくるのだ。
その様子を眺めるリルバとミーランはアイコンタクトを交わしてうなずきあう。
「エッ!? エルは私の……」
以下略。
なんやかんやとやり取りをして、フレイシアとエルアナは抱き合ってリルバを見たのだが、そこには寄り添い合うミーランとリルバの姿があった。
「リル……」
「ミーラン……」
見つめ合う二人に驚愕したフレイシアとエルアナが猛ダッシュで駆け寄り抗議を始める。
「――ちょっと待ったァー! 斬新過ぎる展開だよ! そのペアリングは考えてなかったよ!」
「あ~ッ! ずるいずる~いッ!」
「「Booo!!」」
ガヤガヤと罵声を浴びせてくる二人を満足気に眺めるミーランとリルバ。
すぐに小芝居を始める二人への対抗策として、リルバとミーランは、予め相談しておいた逆転の一撃を見事に炸裂させたのだ。
『随分と仲が良いようだのう』
「リルもすっかり馴染んでるですね」
「よく笑うようになったよね、リル」
いつまでも騒いでいるフレイシア達を見かねて、ドライアドが一息つくように促したのだが、それは泉の水を飲んでみてはどうかというものだ。
普通とは明らかに違うその水を飲む事よりも、その神聖さに一瞬たじろいだリルバ達の背中を押して、経験者のフレイシア達が先に飲んでみせた。
「美味しいよ、リル達も飲んでみなよ」
「アドが良いと言ってるの、遠慮はいらないの」
「普通の水より優しい味なんだよ~」
両手で掬ってコクリコクリと美味そうに喉を鳴らす三人に触発されて、リルバ達も恐る恐る泉の水を口にした。
その時。
『どうじゃ、妾の味がするかのう?』
「「「――ブフーッ!!」」」
再びの茶目っ気を発動したドライアドの一言は、水を口に含んだばかりのリルバ達三人に強い衝撃を与えたのだった。
Tips:ドライアドは泉に潜って登場の期を伺っていた。




