二人の秘めた力
「あなた達のレベルアップについてよ」
神妙な顔つきで切り出したステリアは、ミーランとエルアナがしっかり話を聞いていることを確認する。
「まずはミーラン」
「ヤー」
今日の本題は今後の為の話し合いなのだが、その前に確認しなければならない事があった。
「黒い魔導書……というのはどういう事なの?」
そう言ったステリアの体からは、フレイシアを待ち受けていた時のように放電していた。
リルバ達を連れて帰省した際には触れずに居たが、自分の娘のように接してきたミーランが、そこまでの闇を抱えていた事など、ステリアはもちろんの事、ベアータも、実の母であるカレットさえも気づいていなかった。
いや少し違う。
ミーランは感情を切り離し、切っ掛けがないと表に出て来ない程完璧に隠蔽していたのだ。
齢十にも満たない子供が、大人達を欺き、憎悪にまみれた殺意を隠し通してきた。
なにより驚くべきは、他人の感情を敏感に感じ取れるフレイシアの側に常に居ながら、それを欠片も感じ取らせなかった事だ。
フレイシアと出会った時、ミーランは三歳だった。
その日から共に暮らすようにり、父を失ったばかりだったミーランは、毎晩悪夢にうなされていたのだが、それを見たフレイシアは聖者の怒りに怒り、共に復讐をしようと誓った。
だがその数年後、初めての狩りで動物を殺めたフレイシアは顔を真っ青にし、しばらくは体の震えが止まらないでいた。
その頃にもなると、ミーランの中で、フレイシアという存在がとても大きなものとなっており、親友のそんな姿を見たくなかった彼女は――誓いを撤回し、復讐を諦めると言った。
それが六歳の時、殺意を封印した年だ。
今ミーランとエルアナの向かいに座っているステリア達が不機嫌そうにしている理由は簡単。
――家族に相談をしなかったからだ。
自分達をないがしろにされたようで、大人達三人はミーランに腹を立てているのだ。
「ごめんなさい……なの……」
ミーランも反省しているのか、今にも泣き出しそうな表情である。
「まったく……。確かに、誰かに話しただけで解決する事ではないわ。それでもね、怒りを、苦しみを、悲しみを、喜びを、分かち合うことくらいは出来たはずよ。私達はそう思っていたわ」
さとすようにステリアが言えば、ミーランは押し黙ってしまう。
「ミーラン、ママじゃあ頼りなかった? ママだって同じ気持ちだと思ってたんだけどな……」
「ママ……」
カレットは、愛した夫と結ばれミーランを産んだ。
そして、親子三人で幸せを築いていこうと思っていた矢先に、その未来を奪われている。
だからこそ、ミーランとだけは――夫が遺した愛娘とだけは、思いを共有していたかったのだ。
そんなカレットの言葉は、ミーランの心に、何よりも重く響いていた。
今にも泣き出しそうなミーランは、ゆっくりと立ち上がり母の胸の中へ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
カレット達に詫びながら、暫くの間、ミーランは涙を流していた。
暫くそうしていたミーランが落ち着くのを待って、ステリアが釘を差す。
「よく覚えておきなさい、戦闘中に理性を失うことは、あなたにとっても、仲間にとっても危険なことなのよ」
「はい……なの」
これについては、ミーランも十分反省していることだ。
黒い魔導書を使った時のフレイシアの悲痛な表情は、脳裏に焼き付いている。
「あの子は、フレイシアはね……あな達のためなら、死ぬわよ」
ミーランの心を見透かしているようなステリアの言葉は、彼女の心を締め付けた。
「フレアが転生して間もない頃、とても不安定な精神状態だったわ……あなたとエルが居てくれなかったら、フレアの心は壊れていたかもしれない」
当時のフレイシアは、現実逃避と、有りもしない希望に縋ることで理性を繋ぎ止めていた。
いつ壊れてもおかしくない精神状態だったのだ。
「あの子にとっては、あなた達姉妹という存在を、何よりも大切に思っているの……それこそ、自分の命よりもね……」
フレイシアにとって、ミーランとエルアナの存在はとても大きく、最大の心の拠り所といっても過言ではない。
もしも、ミーランが我を忘れて突撃するようなことになれば、フレイシアは必ず後を追う。
それは確信などという次元ではなく――決定事項と言えるほどに。
「あなた達の友情を、信じさせて頂戴……あの子に、無茶をさせないで頂戴……」
ミーランとエルアナも、ステリアにとっては我が子のようなものであるが、やはり、それでも、フレイシアのことを一番に愛している。
ミーランが無茶をしなければ、フレイシアも無茶をしない筈である。
だからこそ、目尻に涙を溜めながらも、ステリアはミーランに釘を差さずには居られなかった。
「テアママ……ミーはもっと強くなりたいの……あの本に頼らなくて済むような力が欲しいの……」
頭では分かっていても、仇を目の前にしてしまえば、頭に血が上って、またあの魔導書を使ってしまうかもしれない。
だからミーランは、より強く、理性を失わずに行使できる力を求めている。
「あなたの憎しみを緩和するには……やっぱり、聖者の怒りを何とかする必要があるのでしょうね。本当は戦いなんてして欲しくないわ……でも……」
出来ることなら、何事もなく穏やかな生活を送ってほしいのだが、ミーランの記憶は決して色褪せることはなく、いつまでも鮮明に残り続けてしまう。
ならば、膨らみ続ける憎しみを少しでも緩和できる新しい記憶を残すしか無い。
時間が経てば立つほどに、感情というものは膨れ上がってしまいかねないからだ。
ステリアも、カレットも、ベアータも、本意ではないが、腹をくくっていた。
愛する娘達を、何人も壊せない程に鍛え上げようと。
「まずはミーラン。あなたには“気功術”を学んでもらうわ」
力強い眼差しで、ステリアは言った。
「――それなの! それを教えてほしかったの!」
ステリアの言葉がミーランの琴線に触れたのか、ミーランは立ち上がり、瞳を輝かせている。
以前にステリアに聞かせてもらった事がある気功という概念。
地球には分かりやすい形で体現出来る者はおらず、漫画やアニメの中だけのものと思われていた程に胡散臭いその言葉だが、この世界には確かに気というものが存在している。
地球で生活している中林楓と記憶を共有しているステリアとしても、なにかミーランに協力できることはないかと、数年掛かって色々と調べていたのだ。
その時にふと思ったことがある。
気が魔力に変換される際の効率はどの程度のものなのか。
十の気が魔力に変換される場合、十の魔力が生み出されるのか、それとも八や七、ともすれば、更に少ないかもしれないと。
魔法のスペシャリストと呼ばれる魔道士達だが、果たしてそうだろうか。
気を扱えるというアドバンテージは、その程度のものだろうか――と。
もしも気というエネルギーをそのまま扱うことが出来るのならば、膨大な力を行使出来るかもしれない。
そうであるなら、気功術を学ぶ価値は計り知れない。
卑屈過ぎる力などに頼らずとも、十分に猛者達と戦える筈である。
ミーランはやる気に満ち溢れていた。
逸る気持ちを抑えきれず、ステリアに詰め寄っている。
「まあ落ち着きなさいな。私も気功術というものを熟知しているわけではないから……そうね、感謝祭が終わるまでには、修行のプランを考えておくわ」
「サンクスなの! テアママ、大好きなの!」
余程嬉しかったのか、ミーランはステリアの胸に飛び込んでいた。
「……ママ寂しい」
面食らったステリアを抱きしめるミーランを見ながら、カレットは少しだけ寂しそうにしている。
ともあれ、後はエルアナの事だ。
「エルについては、ベアータに任せることになるわ」
と言って、ステリアはベアータに視線を向ける。
「はい。エル、あなたも強くなりたい?」
「なりたい! お姉ちゃん達に置いていかれたくないもんッ!」
一番若く、心も未熟なエルアナだが、秘めた才能なら、姉二人に勝るとも劣らない。
そう信じているベアータは、エルアナの覚悟を確かめた後、意を決したように口を開く。
「あなたには……ディアブロに会ってもらうわ」
「えっ……」
エルアナが超えるべき壁、それは――己の中に眠る、狂人との対話である。
Tips:サンダーボルトは子供好き。




