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守りたい尊厳


 マルティ・クローニャは、現在十七歳。

 パーティには所属せず、フリーで活動していた女性冒険者だ。


 翡翠色の瞳を持つ彼女は猫獣人(キャッツ)であり、猫の耳と、ふんわりとしていながらも、しなやかな尻尾が生えている。

 介助人(メディカー)として、討伐系の依頼を受ける冒険者に雇われる形で場数を踏んできた彼女は、その愛らしい容姿と、健気に怪我人を看病するひたむきな心に惹かれて、地元では、隠れファンクラブが存在するほどに親しまれていた。

 非戦闘員の介助人(メディカー)でありながら、この若さで三つ星冒険者にまで上り詰めるという事は、それだけ信頼に値するということだ。

 

 だが、そんな彼女にも悩みがあった。

 それは、傷を癒す力を持たないことである。


 僅かに傷の悪化を遅らせることは出来る、重症を負う者が居れば、いくらか延命を図る事も出来る――いや違う、それしか出来ないのだ。

 傷の回復には、本職の医者、または回復術師(ヒーラー)に頼り、縋ることしか出来ない。

 そのもどかしさたるや、筆舌に尽くしがたい。

 手当を施した物に感謝されればされるほどに、胸の奥が締め付けられる思いだった。


――悔しい。


 癒し手としてのプライドは、すでにズタズタになっている。

 それでも彼女は諦めていない。

 

 まだ一つだけ、プライドを取り戻す道が残されているからだ。

 その道は険しく、果てしない道の先に、希望があるとも限らない。

 だからといって諦められるほど、彼女は達観していない。

 諦めの悪さだけが、折れそうな心を支えていたのだ。


 この日、マルティ・クローニャは、茨の道へ脚を踏み出す。

 己の尊厳を、愛する仲間を守るために――。


◆◇◆


 ウル達、ライヤーズ・プライドが秘密基地を尋ねてきた翌日、フレイシアとマルティは、国内最高峰の医師、ミケット・ハートの診療所へ訪れていた。


 この診療所では、ミーランの母、カレット・ダイスも働いている。

 錬金術師のカレットは、薬品の調合にも長けており、今はミケットの良きパートナーとなっているのだ。

 だが、この日は自宅で待機している。

 それは、ミーランとエルアナを自宅に呼び出し、大切な話をするためである。

 昨日も一昨日も、部外者――とまでは言わないが、家族以外の者達と共に居たため、ろくに話ができなかったからだ。

 それに伴って、リルバとルーリーは、二人で時間を潰している。


 ともあれ、この日ミケットの診療所に居るのは三人だけだ。 


「前にも話さなかったかい? アタシは弟子を取らないんだよ」

「でもッ、おばあちゃん!」


 眼の前で頭を下げているマルティに一つため息を吐いて、ミケットが発した言葉である。

 数百年を生きている彼女だが、その容姿は美しく若々しい。

 けれども、漂わせる雰囲気には貫禄が窺える。


 憧れの医師、ミケットの前で決意と覚悟を述べ、弟子入りを願い出たマルティだったが、当のミケットは何色を示している。

 何故なら、ミケットにもある想いがあったからだ。


「フレイシア、どうして旅を止めようとは思わないんだい?」


 マルティの決意には、フレイシア達を守りたいというものもあったが、懸念しているのはもっと根本的な話。

 危険の多い外の世界に、どうしてそこまでこだわるのかというものだ。


「この町に居れば、滅多なことじゃ命を狙われることもないんだよ? それなのに……」

「おばあちゃん、私は、この町が大好きだよ。大切な人達も居るし、思い出だって沢山ある」

「――だったら!」


 そう思うのなら、この町を、人々を大切に感じるのなら、態々旅になど出なければいいとミケットは言うのだが、フレイシアは静かに首を振り、思いを告げる。

 

「私はエルフ、ミィはウィッチ、エルはディアブロ。みんな寿命が長いでしょ? 怖いからって、何百年もこの町だけで生活するの? ……私は嫌だよ。今じゃないと、踏み出せないんだよ」


 ミクスの町は、世界で一番安全な場所だと言われている。

 ならば、危険が待ち受けている外の世界など忘れて、この町で、自分の近くで、生をまっとうして欲しい。

 そんなミケットの想いを知ってか知らずか、フレイシアは首を縦には振らなかった。


 フレイシアが危惧しているのは、影に怯え、この町に引きこもり続ければ、数十年後、例え力を付けていたとしても、長年刷り込まれた恐怖によって、踏み出すことが出来なくなるのではないかということである。

 もし踏み出すことが出来なければ、狭い世界で生涯を終えるまで怯え続けることになる。

 それは、尊厳を奪われるということだ。


「なんだかんだ言って、アンタは戦う気なんじゃないか……本当に馬鹿な子だよ……本当に馬鹿で、優しすぎる子だよ……」


 どんな言い訳を並べてみても、フレイシアの潜在意識は、戦いを覚悟している事を窺わせていた。

 姉妹の笑顔を守るためなら、自分の孫はどんな悪にも立ち向かってしまう。

 ミケットはその事を痛感させられた。

 その気高さを誇りに思いながらも、同時に、自己犠牲を躊躇しないその姿に、悲しみを禁じ得なかった。

 何を言っても止まりそうにないフレイシアをギュッと抱き寄せて、涙ぐみながらも、その決意を受け止めることにした。


 ならば自分にできることはなにか。

 他者のために命まで捧げかねない、愚かで、気高い我が孫に、いったい何を与えることが出来るだろう。

 出来ることなら、自分が同行し、怪我でもしようものなら、その場で治療してあげたい。

 だがそれは適わぬ願いである。

 何故なら、平和と言われるこの町にも、病人や怪我人がおり、すでにいくつもの命を背負っていたからだ。

 それらを投げ出し見捨てることは、孫の尊厳を汚す事だと分かっている。

 となれば、信頼の置ける人物を連れさせるのが最善と考えた。

 己の知識、技術を叩き込んだ何者かを――。


 フレイシアを抱きしめたまま長らく思案していたミケットは、そっと体を離し、マルティに視線を向ける。


「覚悟は出来てるね? アタシは厳しいよ!」

「望む所ですッ!」


 ミケットの決意に応えるように、力強い瞳で、マルティは宣言した。

 そしてフレイシアは、満面の笑みで二人を抱きしめる。


「ありがとう、おばあちゃん! 良かったね、マルティ!」

「ぐッ……苦しいでず……」

「コラ、止めないかい!」


 こうしてマルティは師を得たのだが、踏み出した先にあるのは、終りがあるとも分からぬ道。

 苦難の先に光があると信じて、彼女は歩き出す――。


(この子は耐えられるのかねぇ……回復魔法の発現には……)


 笑い合うフレイシアとマルティを眺めながら、ミケットは意味深な想いを抱いていた。


◆◇◆


 フレイシアとマルティがミケットの診療所に到着した頃、ミーランとエルアナは実家に居た。


『アッ……アアッ……おのれ……おのれぇ……!』

「うりうりなの」


 ミーランはリビングのソファに座り、テーブルの上に仰向けになり悶えているハムスターの腹部を指で撫でている。

 このハムスターは、母親であるカレット・ダイスのエレメントで、エヴァという名前だ。

 エヴァと戯れるのは久しぶりとあって、ミーランの頬は高揚している。


 そんなミーランを尻目に、エルアナは部屋の中を不規則に歩き回っている。


「ふッふふ~ん♪」


 そして、伏せて眠っている狼――ステリアのエレメントであるサンダーボルトの後ろに差し掛かった時、その背に跨ったのだ。


『――んえぇ!?』

「イケッ!」


 跨ったエルアナは、驚くサンダーボルトの上からビシっと前を指さした。

 どうやらお馬さんごっこがしたいようだ。


『やめろッ! 降りろッ! 背中に乗るなと何度言えば分かる!!』

「おッ! わッ! いよッ!」


 エルアナを背に乗せたまま飛び跳ねるサンダーボルトだが、エルアナはバランスを取り、なおかつ、背中の毛を鷲掴みにしているため振り落とされることはない。


『イタタッ! タタッ! ヤメッ――!』

「はははは~ッ!」


 実に上機嫌なエルアナだが、サンダーボルトはそろそろ泣き出しそうである。

 そんな彼を見かねてか、リビングに入ってきたばかりのエルアナの母、ベアータが止めに入る。


「コラ、エル! サンダーさんに乗っちゃダメでしょう!」

「だってぇ~……」

『うッ……ぐぅ……』

 

 エルアナの脇を抱えて、ベアータはサンダーボルトの背から下ろした。

 その頃になると、彼の心はポッキリ折れていたのである。


『くそぅ……それもこれも、フレイシアの教育のせいだ……』


 そもそも、彼の背に乗るという技をエルアナに伝授したのはフレイシアだった。

 そのせいで、エルアナはいくつになっても不意打ちで背に跨がろうとしてくるのだ。


「ほら、エル。サンダーさんにごめんなさいしなさい」

「うぅ……ごめんなさい……また乗せてね?」

『――断るッ!』


 謝ったのだからまた乗せてくれとエルアナは言うのだが、過去一度として快く跨がらせたことはなく、いくら頼まれても承諾できないのだった。


 一方ミーランを見てみると、次の段階に移行していた。


「これも……これもなの……まだいけるの」

おう(もう)あいああいのあ(はいらないのよ)


 エヴァの頬袋がパンパンになっているのだが、これはミーランが豆を詰め込んでいるからだ。

 次々と豆を差し出される彼女は、呂律の回らないまま、ミーランに講義している。


「……かわいいの」

『むまあ~……』


 恍惚とした表情で頬袋をツンと突いているミーラン。

 そのせいで口から飛び出そうとする豆を、エヴァは必死に両手で抑えていた。

 この二人の姉妹にかかれば、精霊の尊厳を脅かすことは、いとも容易いことなのである。


 そうこうしていると、カレットとステリアがリビングにやって来た。

 先程まで昼食を摂っていたので、母親達三人は後片付けで席を外していたのだ。

 ステリアは紅茶を出しながら、皆をソファへ座らせる。


「さて、そろそろ本題にいきましょうか」

「そーねー、で、何を話すのー?」


 ステリアが切り出した所で、カレットがまったりとした口調でそう言った。

 普段抜けていることもあるカレットだが、今回はそうではない。

 具体的に何を話すかということが決まっていなかっただけである。

 一拍置いて、真剣な表情のステリアは、ミーランとエルアナへ視線を移し告げる。


「あなた達のレベルアップについてよ」


Tips:ミケットのエレメントはアリッサという名のイルカ。

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エレメンツ:ガールズ―elements girls―プロローグフレイシア達の幼少期の話です。 →のリンクに飛んでくだされば、外部サイトに投票されます。もしよろしければ一票ください!小説家になろう 勝手にランキング
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