守りたい日常
「まあ、実際に接触があってから考えても良いんじゃないッスか?」
フレイシアが悩んでいるのは、見ず知らずの誰かを利用する、という漠然としたものだ。
なおかつ、まだ姫候補が目の前に現れた訳でもない。
聖者の怒りにしても、ただ警戒をされているだけかもしれず、ここまでの危機感を抱く必要も無いのかもしれない。
すべて妄想と言ってしまえばそれまで。
「確かにそうだな。人となりも分からないし、話してみたら、案外、気が合うかも知れないしな」
「ミーも少し気が急いていたの、大事なことだから、じっくり考えたほうがいいの」
勝手なイメージで、姫候補は名を挙げるためなら手段を選ばない者達だから、逆に利用しよう、などと考え始めていたが、まずは会ってみない事には始まらないのである。
実態の掴めない、凶悪な敵の影がチラついている事で、皆不安を抱えているのだ。
「姫候補の事は、今は置いておこう。それより、私達のレベルアップが必要だと思う」
他人の力を当てにする事に引け目を感じていたフレイシアは、より確かな防衛策として、自分達を鍛え直すことを提案した。
「それはミーも思っていたの。同世代では強い方でも、やっぱり、上には上が居るの」
「だな……あたしもまだ、この力を使いこなせてない」
「エルだって強くなるよ!」
「みんな……」
ミーランも、リルバも、エルアナも、力不足は自覚していた。
他人に頼る前に己を高める。
メンバーの意識は今、同じ方向を向いている。
そして、もう一人。
「シアちゃん、私も……」
ボソリと、そう零したのはマルティだった。
「マルティ?」
マルティを見やるフレイシアは首を傾げていたが、いつかのように自分を見つめるその瞳には、なにがしかの決意が窺える。
「時間は掛かると思うです、けど……」
僅かに表情を陰らせたマルティだが、一つ息を整えて、再び口を開く。
「回復術師になれたら、私も、パーティに入れて欲しいです!」
「「「「――!?」」」」
ウル達はキョトンとしているが、幼馴染のルーリーを含め、フレイシア達は驚いていた。
それは、彼女が、これまでパーティを組まずに活動していた事を知っていたからだ。
より多くの経験を積む為に、色々なパーティに同行していたのだが、場数を踏めば踏むほどに、傷の悪化を和らげるくらいが精々な介助人という役割に、もどかしさを感じるようになっていた。
そんな己を高めるべく、この町へ来たのだが、最近になって、少し、気持ちに変化があった。
弟子入りが果たせたとして、回復術師の口伝を授かったとして、その後どうするかということだ。
再び、ブレの冒険者ギルドで活動するのもいいが、身につけた力を活かし、なおかつ、より濃密な経験を積むには、やはり、町を出て、旅をする方が為になるのではないかと考えた。
気の早い話ではあるが、先を見据えることで、間近の試練にも、いっそう身が入るというものである。
もちろん、ここ数日、行動を共にしているフレイシア達との生活に、心地よさを感じているのも動機の一つだった。
「私は嬉しいけど、ほんとにいいの?」
「いつか義理を果たすと言ったですよ……だからその日まで、無茶はしないで欲しいです」
ウル達がいる為、言葉をぼかしているが、ライバルであり、親友だったリルバの元パーティメンバーである回復術師の女性と、再び言葉を交わせるようになった事への義理である。
更に、その後に付け加えた言葉には、無茶な戦いをして、傷つかないで欲しいという想いが込められている。
短い付き合いとはいえ、寝食を共にしてしまえば、情も湧こうというものである。
「ありがとう、マルティ……ちゃんと待ってるからね」
「約束ですよ」
フレイシアに続いて、他のメンバー達もマルティを快く受け入れ、約束の日まで、決して無茶はしないと誓っている脇で――ルーリーだけは、少し寂しそうな表情をしていた。
(リルもマルちゃんも居なくなっちゃうんだ……やっぱり寂しいな……)
宿屋の同僚であるリルバの旅立ちについては、薄々、そうなりそうな気がしていた為、覚悟していたルーリーだったが、マルティが弟子入りするために町を出るという話は寝耳に水で、未だに心の整理がついてはいなかった。
あとどれくらい一緒に居られるか分からないが、この旅行の間だけは笑顔で過ごそうと、ブレの町で旅支度をしている時に決めていた。
だとしても、二人との別れが現実味を帯びてきた今、否応なく心が揺れ始めていた。
「ルー、どうしたの……?」
ふと、ミーランがそんな事を言えば、ルーリーに皆の視線が集まる。
「「「「「……!?」」」」」
「エッ……あれ……あれッ……」
ルーリーの頬には、知らず、涙が伝っていたのである。
彼女に戦闘能力は無い、共に行きたいと思っても、足を引っ張るだけだという自覚がある。
まして、フレイシア達を脅かしているのは、国内最大級の犯罪組織である。
自分のような非戦闘員が側に居たのでは、最悪、弱点として利用されることもあるかもしれない。
――迷惑を掛けてしまう。
そんな事を思ってしまえば、一緒に居たいなどと、口にできる筈もなく、ただ、黙って二人を送り出してあげようと、自分に言い聞かせて来たのだ。
だからといって、簡単に割り切れるものではない。
例えそれが門出だとしても、寂しいものは寂しいのだ。
自分の中の葛藤に決着を付けることが出来なかった彼女は、ついに決壊してしまった。
一度溢れてしまえば、その涙は、簡単に治まるものではない。
今まで抱え込んでいた感情が、抑え込んでいた願望が、溢れ出して止まらなかった。
「ルーちゃん!」
「ルーリー!」
付き合いの長いマルティとリルバは、俯いて涙を拭っているルーリーに駆け寄り、身を寄せた。
「グスッ……ごめんね……ゴメンねッ! ホントは、笑って、送り出そうと、思ってたのに……ズズッ……でも……やっぱり……寂しいよ……! ……ズズッ」
感情を吐露するルーリーに寄り添う二人は、その言葉を黙って聞き届けている。
「私は戦えないから、ついて行っても、足手まといになるし……グスッ……迷惑、掛けちゃうかもしれない……それでも、一緒に居たい! マルちゃんとも、リルとも、ミーちゃん達とも、もっと一緒に居たい!」
そう出来ればどれだけ幸せだろうと思いながら、胸の奥に押し殺していた想いを、彼女は、吐き出さずには居られなくなっていた。
独り取り残される孤独を思えば、今、手を伸ばさずには居られなかったのだ。
もしかしたら――その小さな希望が残されている今なら、まだ間に合うかもしれない。
だから思いを口にしたのである。
「……お姉ちゃん」
フレイシアを見上げるエルアナには、覚えがあった。
今のルーリーが抱えている不安を知っていた。
限りなく近い感情を抱いた経験があったのだ。
ディアブロの先祖返りであるエルアナは、宿している精霊と反発し合い、覚醒出来なかった。
フレイシアとミーランの旅に付いていくための条件として、エレメンターへの覚醒を提示されていた彼女は、慕う姉達に置いていかれないように、必死にあがいていた時期があるのだ。
その頃を思い出したエルアナは、今のルーリーの気持ちが、痛いほどに伝わってくる。
不安げにフレイシアを見上げている彼女の心中は、二人の姉にも伝わっていた。
優しく微笑んでその肩に触れるフレイシア。
ミーランもそっと、その頭を撫でている。
静かに涙を流しているルーリーに、エルアナの肩に手を置いたまま、フレイシアが言葉を掛ける。
「ルー、ゴメンね、気付いてあげられなくて」
一言そう言って、ルーリーの視線が自分に向かうのを待ち、更に続ける。
「よかったら、ルーも一緒に来ない? お料理とか手伝ってくれる人が居てくれると、助かるんだけどなあ」
「ぇ……!?」
一瞬、鳩が豆鉄砲を食らった様な表情になったルーリーだったが、少しずつ、その言葉を咀嚼して、ようやく口を開いた。
「良いのッ?! 私ッ……良いのッ?!」
「「「うん!」」」
驚きでうまく言葉を発せないでいるルーリーに、フレイシア、ミーラン、エルアナは、笑顔で頷いてみせた。
「やったですね! ルーちゃん!」
「ああ、一緒に行こう! ルーリーの料理は、あたしも好きだよ」
「マルちゃん……リル……でも私、戦えないよ……?」
マルティとリルバはルーリーが加入することを喜んでいるが、やはり戦えない事に引け目を感じている様子のルーリーに、今度は、カウンター席に座っているウルが声を掛ける。
「良いと思うッスよ? うちにも四人、非戦闘員が居るッスからね」
「そうだよ、一緒に戦うだけが仲間じゃないよ。支えてくれる人も、大切な存在だからね」
ウルの言葉に更に重ねて、フレイシアも、サポート要員の必要性を説いた。
ルーリーがフレイシア達の顔を見渡せば、皆、温かい笑顔を向けてくれている。
気づけば、先程までの心細さが無くなり、胸の中も暖かくなっていた。
「あの……不束者ですが、よろしくお願いしますッ!」
「「「「「よろしくッ!」」」」」
マルティが正式にパーティに合流するのは、まだまだ先になるだろうが、ルーリーがメンバー入りしたこの期に、メンバーに加入しておく事が決まった。
こうして、ファニー・ポップのメンバーは六人になったのであった。
「シアちゃん、いいメンバーを揃えてるッスね」
「ええ、これなら団長が心配していたようなことにはならないでしょうね」
フレイシア達がルーリーを囲んで笑い合っている姿を、カウンター席でドリンクを飲んでいるウルとリグレット、そしてカウンター内の三つ子も、温かい目で見守っていた。
「とっても信頼できる仲間が居れば、不安で潰れたりはしない」
「限りなく仲睦まじくてうらやまし」
「究極に様子を見に来て正解だったもん」
ウルがここへやって来たのは、もちろん、ただ会いたかったという気持ちもあるが、追い返せたとはいえ、犯罪組織に関わってしまって不安を抱えているだろう、という心配があっての事だった。
フレイシア達は、自分達の置かれた現状をよく理解していながらも、身を縮めて怯えたりはせず、前を向いて強く生きようとしている。
その姿を見られただけでも、来た甲斐があったと安堵していた。
◆◇◆
「長居しちゃったッスね。年明け位までは滞在してるッスから、また会いに来るッスよ」
「うん! いつでも来てね!」
時刻は夜の九時を過ぎている。
余り長く居座るのも迷惑だろう、ということで、この日は解散となり、ウル達を玄関先の門まで見送っている所だ。
「そうそう、宿はここッスから、何かあったらいつでも来て欲しいッス」
そう言って、ウルはメモを取り出し、フレイシアに渡した。
とそこへ、リグレットが付け加える。
「昼間はパークでショーをやると言っていたじゃないの」
「アッ、そうだったッス、宿に居ない時はパークを探して欲しいッス!」
ウル達が言っているパークとは、マーケットパークの事だ。
「分かった、ありがとね」
「それじゃあ、また!」
「またねー!」
そうして、投影の魔道具により幻想的に照らされる夜の町へ、ウル達は消えていった。
明日はいよいよ、マルティの弟子入りが試される時である。
◆◇◆
少し遅い時間になってしまったが、翌日に寝坊をしないように、さっさと入浴を済ませようという事で、フレイシア達六人は脱衣所に来ている。
「あたし達のレベルアップもだが、まずは明日だな」
医師のミケット・ハートの診療所に向かうのは、フレイシアとマルティの二人だけという事になっている。
病人が集まる場所へ大勢で押し寄せるのは迷惑になる為、他の者達は遠慮したのだ。
だからといって、やはりマルティが心配ではある。
診療所について行かない面々は、それぞれがマルティにエールを送って激励している。
「皆ありがとです! なんとしても、第一歩を踏み出してみせるですよ!」
「その意気だ!」
「マルちゃんならやれるよ!」
特に付き合いの長いリルバとルーリーに励まされると、マルティにも力が湧いてくるようだ。
緊張はしているが、それよりも気力が充実しているように見える。
余り心配はいらなそうだと、皆肩の力を抜いていた。
さて、新しいメンバーも加入し、マルティへの激励も終わり――服も脱ぎ終わった。
「――クソッ! またか!」
フレイシアが、リルバの後ろから抱きついたのである。
なぜかと問われれば、そこに、スタイルの良い女性が居たからである。
引き締まった肉体に惹かれたからである。
必死に引き剥がそうとするリルバだが、今日のフレイシアは、なにか様子が違っていた。
「ダメッ! 離れたら見えちゃうッ!!」
頬を赤らめてそう叫びながら、リルバの背中に、執拗に胸を押し付けているのだ。
名付けて――水着が流されちゃった作戦である。
「――ッ!? …………ん? ……!! 別にいいだろ! 女ばっかだぞッ!!」
一瞬なるほど、と思ったリルバだが、ここには女性しかいない事を思い出した。
そんなリルバの太ももに、今度はエルアナも抱きついてきた。
「だめッ! 離れたら見えちゃう!!」
エルアナも真似したくなったのである。
「もうその時点で見えてるからなッ!」
リルバの太ももがたくましいとはいえ、エルアナのは辛うじて隠れていないのである。
と思ったが、ミーランがそっと、後ろから手を回して隠してあげている。
「ミィお姉ちゃんのエッチ!!」
「――誤解なのぉ~!」
姉妹同然に育ってきたとはいえ、直に触られるのは、流石に恥ずかしいようであった。
そこで、傷心中のミーランを養護すべく、フレイシアが助け舟を出す。
「でもね、エル。ミィが手を離したら、リルに見られちゃうよ?」
「――!? うッ……」
フレイシアが指摘すれば、エルアナは頬を赤らめ、恥じらう様子を見せる。
ちなみに、未だにフレイシアはしがみついたままである。
「いや……もう何度も見たことあるんだが……」
そんなリルバのセリフは、この姉妹達には聞こえていない――事になった。
「でも……リルになら……いいょ?」
「ぬッ……」
桃色と紫の双眼で上目遣いしながら、モジモジと言葉を紡いだエルアナ。
恥ずかしいけど頑張ったのである。
リルバは確信した、エルアナがこうなってしまったのは、主にフレイシアのせいだろうと。
「私だって……いいよ?」
肩越しにリルバを見つめるフレイシアが便乗してきたことから、それは間違いないであろう。
「――やめんかァ!」
そんな具合に戯れている四人の脇で、マルティはすでにペロペロされている。
「マルちゃん……シュルッ……これからも、ペロしくね」
「よろしくされるのはイヤですぅぅぅぅ!!」
漠然とした不安を押し殺すためか、六人それぞれが、日常を満喫していた。
Tips:ミクスの住人は、十一月中に大掃除を行い、年末をのんびりと過ごす。




