玄関の攻防戦
この世界の冷蔵庫は、地球のものより利便性が高く、棚のような見た目で、その中は、冷気の膜で冷やされており、扉がないため素材が見やすい。
「マーケットにいる間にメニュー決めとくんだったなぁ」
「とりあえず何が良いか決めて、足りなかったらまた買いに行くとかでどう?」
「う~ん、また出かけるのも面倒なんだよね~、有り合わせでなんとか……」
――トントン、トトトンッ! トトトトトトトトンッ!
「居るのは分かってるッスよ~!! 大人しく出て来るッス~!」
この日は秘密基地で夕食を摂るということで、フレイシアとルーリーがキッチンに入り、何を作ろうかと相談をしていた頃、玄関のノッカーが叩かれた。
扉の向こうからは、来訪者が大声で何事かを叫んでいる。
「ねえ、シアちゃん、誰か来たみたいだよ?」
「あの声、ウルちゃんだ。ほら、昼間に見たマジシャンの」
「あー、ほんとに来たんだね。どうする? お料理作るのは後にする?」
「そうだねぇ、ルーにも紹介するから、みんなのとこにいこっか」
「うん」
フレイシアとルーリーがそんな事を話している間に、遊び部屋と化していたリビングで寛いでいたミーランが、来訪者を出迎えた。
――ガチャッ。
「ノイジーなの」
扉を開け、開口一番、ミーランが言った。
「あ、ミィちゃん! 久しぶりッスねぇ、相変わらずちっちゃいッス!」
扉を叩いていたのは、シルクハットに燕尾服姿の猫獣人の少女、ウル・クローヴ。
いたずらっぽい笑みで、目尻に施された黄緑のクローバーのフェイスペイントを歪めている。
「大きなお世話なの! 前に会った時よりは大きくなったの!」
「そうッスか? まあ、誤差みたいなもんッスよ」
「誤差じゃないの! 大差なの!」
顔を合わせるなり押し問答を繰り広げる二人。
ミーランと問答をしている少女の後ろには、更に四人が控えている。
「それより、シアちゃんは? シアちゃんを抱きたいッス! 抱きしめたいッス!」
「ウル、もうあの頃のシアは居ないの。今のシアは大人モードなの」
二年前のフレイシアは、まだミーランと同じくらいの身長で、年相応の子供らしさがあった。
だが、この世界のエルフは、十歳を過ぎた頃から急激に成長が始まり、あっという間に成人の姿になり、人生の殆どをその姿で過ごすのだ。
嘗て可愛がっていたフレイシアが居ない、というのはそういうことである。
「分かってるッスよ……私は、シアちゃんの将来性を見抜いていたッス!!」
「クレイジーなのぉ~! この嘘つき猫はヘンタイなのぉ~!!」
「ふあっハッハッハ~ッ!」
どうあっても引かないウルの態度に、ミーランは頭を抱えて唸っている。
と、そこへ、献立の相談を中断したフレイシアがやってきた。
「どうしたの? そんなに大騒ぎして」
「ダメなの、シア! 出てきちゃダメなの!!?」
「うわっ!?」
動揺しているミーランを見てフレイシアが首を傾げていると、不意に黒い影が抱きついてきた。
「ウップス! 抜かれたの!」
フレイシアに気を取られている内に、ミーランは隙を作り、ウルの侵入を許してしまった。
「大人っぽくなったッスねぇ~、何処もかしこもいい感じッスぅ~!」
「やんっ!? ウルちゃん!? ダメェ……! 変なとこ触らないでぇ~!」
口ではそんなことを言いながら、フレイシアもまんざらでは無さそうな、だらしない表情をしていた。
ちなみに、ウルの身長はフレイシアと同じくらいだ。
秘密基地の玄関は、日本家屋のような段差がないため、二人の顔は、とても近い場所にある。
「バカ猫、離れるの! シアも流されないの!」
「だってぇ~……だってぇ~!」
「ここッスかぁ~、ここがいいんッスかぁ~?!」
「ああっ……ウルちゃ~ん……♪」
「なののののの……」
秘密基地の玄関が混沌としてきたその時、フレイシアとウルの脳天に拳骨が落ちてきた。
――ゴツン!
「「――はぎゃっ!?」」
フレイシアには、騒ぎを聞きつけてやって来たリルバが、シルクハットがひしゃげているウルには、副団長らしき、黒い両翼を持つ堕天使族の女性が、それぞれ拳骨を落としたのだ。
堕天使族の女性の年齢は二十代前半頃だろうか、センスの良いドレスも手伝って、大人の女性という雰囲気を醸し出している。
「「ッツー……!」」
「……うちの団長が騒がしくてごめんなさいね」
「いや、うちのバカエロフも済まなかったよ」
頭を抑えてその場にへたり込んだフレイシアとウルは、それぞれが拳骨を落とした者を見上げて、抗議の視線を送っている。
「あら? あなたは初めて見る顔ね、私はリグレット・ダルク。改めて、うちの発情猫がお騒がせしてごめんなさい」
(……発情猫って言われたッス)
「気にしないでくれ……うちのも似たようなものだし。あたしはリルバ、最近、このエロフのパーティに加入したんだ」
(エロフって何さ……)
「よろしくね、リルバ」
(なんスか、あの二人……やけに仲良さそうッスよ)
「ああ、こちらこそよろしく、リグレット」
(あやしい……)
何やら通じ合っている苦労人の二人は、意気投合し、自己紹介の後、握手を交わしている。
それを見ながら、フレイシアとウルは、小声でブツブツと文句を言っていたのだ。
「「うるさいッ!」」
「「――ひぃッ!?」」
少しも反省していないフレイシアとウルに、リルバとリグレットから厳しい喝が入る。
不意に怒鳴りつけられた二人は、身を寄せ合い震えていた。
ところで、いつまでも盛り上がっているフレイシア達にしびれを切らしたのか、ウルに同行していた残りの三人も敷居をまたぎ、中に入って来た。
「とっても盛り上がってるとこ悪いんだけど、私達も上がっていい?」
「限りなく放おって置かれて寂し……」
「究極に置いてけぼりんぬ」
この三人はミーランよりもテンションが低く見えるが、口癖だけはハイテンションである。
とっても長女な、ミスティ・スクイーズ。
限りない次女の、ルシアン・スクイーズ。
究極に三女である、マンディ・スクイーズ。
黒豹獣人の三つ子の彼女達は、ショーでジャグリングを披露していた曲芸師だ。
黒く濃い目のアイシャドウが、金色の眼球を引き立て、美しくもある。
年の頃は十代後半で、身長はウルより少し低い。
「あ、三つ子ちゃんなの……バカ猫に気を取られてしまったの。ソーリーなの」
リルバとリグレットの登場で、少し暇していたミーランは、三つ子を招き入れた。
「気にしないでミーちゃん、とってもお騒がせな団長でゴメンね」
「ミーちゃん、今日も限りなく可愛……」
「二人共、ここは究極に土足厳禁だよ、靴は脱がなきゃメッ」
ミスティとルシアンがそのまま土足で上がろうとするのを見て、三女のマンディが注意を促した。
「そっか、忘れてた。マンディはとってもしっかり者」
「限りなく床を汚すとこだった……マンディいい子」
「究極に褒めても、何も出ないんだゾッ」
姉二人に褒められて、プイッとそっぽを向くマンディだが、その頬は紅潮している。
「スリッパを出すの」
ミーランと三つ子の会話は、トーンが低いために、感情が読み取りづらくもあるが、不思議と微笑ましくもある。
「相変わらず大人ぶってるッスねぇ~、ぶってるッスねぇ~!」
三つ子とリグレットにスリッパを用意したミーランだが、そこにウルの分は無く、拗ねたウルはミーランを茶化し始めた。
この二人は妙な対抗意識を抱いているのだ。
「喧嘩を売ってるなら買ってやるの! 表に出るの!」
「ふっふっふ~、良いッスよぉ~、シアちゃんがどっちのものか、決着を着けるッス!」
「やめてッ、二人共!? 私のために争わな……ぁ」
玄関の外をビシリと指し示すミーランとすれ違う間際に不敵に笑って、ウルは、先に表に出た。
すると、なんと、ミーランは扉を閉め、鍵を掛けた。
独り浸っていたフレイシアは絶句している。
「――ずるいッス~!!!」
「ミーの作戦勝ちなの」
玄関の扉は内開なので、閉めやすいのだ。
「さ、流石に汚くないか……?」
「この勝負は高度な頭脳戦だったの……騙される方が悪い、なの!」
――バァァァァン!
いくらなんでも可哀想に思ったリルバだが、ミーランは少しも悪びれもしない。
それどころか、効果音が着くほどのポーズまで決めている。
「あんまりッス~! ひどすぎるッス~!!」
「やれやれなの……」
ミスディレクション――それは、マジシャンが用いる手法で、観客に情報を誤認させるというものだ。
今回、ミーランが用いたのはそれである。
ミーランが狙っていたのは、初めから、ウル一人を締め出すこと。
ウルが誘いに乗った時点で、すでに勝負は決していた。
誤った情報を握らせることで、まんまと、マジシャンであるウルを出し抜いたのだ。
「入れて欲しいッス~! こんなの生殺しッス~! 我慢できないッス~!!」
扉を叩きながら講義するウルの叫びは、放おっておけば、ご近所さんに誤解を受けそうなものになってきた。
家に入れて欲しく、思っていた勝負が出来ず、独り閉め出される孤独感を叫んでいようとは、ご近所さんには想像もつかない、かもしれない。
これもまた、ミスディレクション――かもしれない。
戦いはまだ、終わっていなかったのだ。
「おい……あれ放おっといていいのか……? 誤解されるぞ?」
「まずいよ、ミィ……このままじゃ、お隣のマキちゃんが怒鳴り込んでくるよ!?」
秘密基地と呼んでいるこの家だが、実のところ、普通の民家であるため、当然ご近所にも住人が居るのである。
「なんて狡猾な猫なの……これじゃあ扉を開けるしか無いの……お隣のマキちゃんに怒られてしまうの」
「……マキちゃんって誰なんだよ」
お隣のマキちゃんに怒られるとあっては、さしものミーランも、扉を開けざるを得ない。
渋々ながら、ミーランは玄関の鍵を開けた。
「酷いッスよ……こんなのあんまりッス……」
再び秘密基地に足を踏み入れたウルは、眼に涙を溜めて、今にも泣き出しそうだった。
「今日のところは引き分けにしておくの。早く靴を脱いで上がるの」
「ほら団長、いいから入んなさいよ」
イジケているウルをリグレットが宥めて、一先ず玄関での騒ぎは終わり、来客をリビングに案内した。
お昼寝をしていたエルアナを起こし、リビングで待っていたマルティとルーリーにウル達を紹介した後、お茶を入れて一息ついた頃には日が暮れそうな時間になっていた。
三つ子の長女の膝にエルアナが座り、右腕と左腕に次女と三女が抱きついて、ちょっとしたハーレムのようにも見える夕暮れ時である。
「そうそう、お土産をもってきたんッスよ」
そう言って、トランク型のマジックバッグを漁り始めたウル。
しばしガサゴソと物色して、取り出したのは大きな麻袋、膨らみからして、中には丸いものが詰まっているようだ。
「おじゃがッスよ~」
「「「「おおぉ~!」」」」
ウルが言うおじゃがというのは、ジャガイモの事で、ウェストエイドの特産品である。
いくつかの作物は、育つ土地が決まっている。
これは、この世界の自然の法則で、ウェストエイド以外の土地では育たない、おじゃがのような作物があるのだ。
今でこそ、列島が一国に統一され、流通も盛んになってはいるが、嘗て、いくつかの国に分かれていた頃は、土地の奪い合いも珍しくはなかった。
約六百年前の戦争の要因の一つで、共存か、侵略し、支配するかでの対立もあったのである。
「こんなに一杯、ありがとうウルちゃん!」
「おじゃが、おじゃがぁ~!」
「すごいな、こんなに」
「このへんで買うと、少し割高ですもんねー」
「ねえ、ねえ、シアちゃん! 何作る!?」
「なののののの……おじゃがに罪はないの……」
大量のおじゃがを前に頬を緩めるフレイシア達、ミーランも悔しげにしながらも、おじゃがを使った料理が好きなため、胸が高鳴っていた。
「何が良いかな、ねえ、ウルちゃん達も食べていくでしょ?」
「もちろんッス! でも……今日はちょっと話したいことがあって来たッス」
そう言って、ウルは少し真面目な顔になった。
「手間がないようにと思って、これも、来る途中に買ってきたッスよ」
次に取り出したのは、大きな紙の箱。
「これって……まさか! どんどこドーナッツのヘブンズパック!?」
「そう……! そのまさかッス!!」
「「「「「おおぉ~!」」」」」
ヘブンズパックには、数種類のドーナツとパイ等が詰まっている。
少しお高いパーティーセットである。
「夕食はミートパイでどうッスか?」
「うんうん! みんなもいいよね?」
そういう訳で、夕食はウルが買ってきたミートパイに決まった。
ドーナツは食後につまむのである。
「話は食後にしたいッス」
「オッケー」
皿と飲み物を用意して、ちょっとしたパーティーが始まった。
Tips:ウルはノイジーなの。




