大きなお世話
翌朝。
フレイシアは口の中に柔らかく、何処か甘い感覚を覚えながら意識を覚醒させた。
「んっ……ハァ……なの」
「ミィ……? 今日は朝から激しいね」
ミーランの朝は、まだ寝っているフレイシアとエルアナに、軽く口づけする事から始まる。
「今日はエルが居ないの、やっぱり変な感じなの」
「まあ、気持ちは分かるけどさ……舌まで入れなくても」
「エルに配ってた分が余ったから仕方ないの」
「もう、しょうがないなぁ」
しかしこの日は、エルアナがリルバと一緒に寝ており、部屋に居ないため、その分を持て余してしまっていた。
昨夜フレイシアと慰め合っただけでは足りず、早朝からフレイシアを襲うことにしたのである。
「二人っきりは久しぶりなの。これはこれでいいの」
再びそっと唇を重ねた二人は、いらぬ心配を巡らせ始める。
「そうだね、エルが八歳になってからは、ずっと三人で寝てたもんね。エル、ぐっすり眠れたかな? リルには懐いてたから大丈夫だとは思うけど」
「ひょっとしたら、大人になってしまってるかもしれないの」
「いやまさか……だってリルだよ? そんなことしないって」
「でも、エルの可愛らしさは国宝級なの。一線を超えてしまっても仕方がないの」
それは、本当にいらぬ心配である。
「私がいくら誘惑しても、少しも揺らがないリルが、そんなことするかな?」
「最近のシアはリルにばっかりくっついてるの……ちょっとジェラシーなの」
「だってリルってカッコイイんだもん。でも、ミィの事も可愛いと思ってるよ?」
「ついでみたいに褒められたの……それに、このパーティはシアのハーレムじゃないの」
そうやって、久しぶりに二人きりの時間を満喫した二人は、着替えを済ませ寝室を出た。
◆◇◆
フレイシアとミーランが洗面所で顔を洗っていると、他の者達も起きてきた。
「おはよですよー」
「おはよ~」
「早いな、もう起きてたのか」
「お姉ちゃんおはよぉ~!」
「モーニングなの」
「皆おはよー、よく眠れた?」
そんな具合に挨拶を交わし、それぞれが身だしなみを整えている時に、リルバがある疑問を口にした。
「なあ、アンタは寝癖を直さないのか?」
それは、ミーランに向けたものだった。
彼女の頭頂部には、二束の、ぴょこんと立った毛束があるのだ。
「ん? 寝癖ならもう直したの」
「いや、でも……まだ残ってるじゃないか。だらしないな、寝癖くらいちゃんと直せよな」
「――直らないの!!」
「そっ……そうか」
触れてはいけないことだったかと、リルバは少し罪悪感を覚えた。
「これはミーのアイデンティティなの」
そういうことにしているのである。
「……そうか。そうだな……悪かったよ」
「分かればいいの」
ルーリーとマルティも聞き耳を立てていたのは余談であり、この二人の獣耳が本物であることは、更に余談である。
「ははは……ミィのそれは子供の頃からだもんね。あ、そうだ。今朝はおうどんでいいかな?」
「うん!」
「オーライなの」
「おうどんって、確かエイド本土にあるステラの料理でしたっけ」
「ステラって街は、結構独特の文化があるんだったな」
ステラという街は、ホーン列島中央の島、北東から南西に向かって伸びる本土に栄えている和風の街だ。
「シアちゃんステラ料理作れるんだ!? 私も手伝っていい?」
「もちろんだよ、それじゃあルーにも手伝ってもらうね」
「やった! これでレパートリーが増える~!!」
ここらでは余り食べられていない和食――通称、ステラ料理を自分のレパートリーに加えられるとあって、ルーリーは尻尾を振り、はしゃいでいる。
◆◇◆
今はフレイシアがルーリーに手ほどきをしながらのうどんを作り終え、配膳をしているところ。
「はい、エルのちゅるちゅる」
「……むぅ!」
と、フレイシアは冷ますための小皿に取り分けたうどんをエルアナの前に差し出したのだが、エルアナは頬を膨らませ、フレイシアに不満げな視線を向けていた。
「もぉ~! エルはもう子供じゃないんだからね! おっきいお皿で食べれるもん!」
――ビカーンッ!
その時、フレイシアとミーランは雷に打たれたような感覚に陥り、驚愕の表情でリルバを見た。
そして、その眼は血走っている。
「嫌な予感が的中したの」
「まさか……そんな……なんてこと……」
「……なんなんだよ」
そんな目で見られる筋合いは無いと、リルバは二人に怪訝そうな視線を送る。
「エルが一晩で大人になってしまったの」
「リルぅ……私というものがありながら……」
「………………! お前ら! 何を勘違いしてんだ!!」
うどんから、まさかそんな話に発展するなどと思いもしていなかったリルバは、察するのに少し時間がかかった。
そして講義するのは当然のことである。
なにせ、リルバとエルアナはただ添い寝をしただけなのだから。
――やんややんや、なのなの、むぅ!
「あの~……おうどん、伸びちゃうですよぉ……」
「はうぅ……折角作ったのにぃ~……」
にわかに殺気立ってきた食卓に危機感を覚えたマルティとルーリーは、しどろもどろしながらも、止めに入った。
「リルは私の旦那さんになるの!」
「ダメ! リルのお嫁さんになるのはエルなの!」
もう、すっかり話が脱線してしまっている。
どちらがリルバのお嫁さんになるかで、フレイシアとエルアナが火花をちらしているかと思えば――
「――えッ!? エルはお姉ちゃんと結婚してくれるって言ってたでしょ!?」
「あ……」
突然そんなことを言い出すフレイシア。
もはや、脈絡などないのである。
その言葉を聞いて、幼いころの約束を思い出したエルアナは、本当に大切な想いを取り戻したのである。
「おいでエル……大好きだよ……」
「お姉ちゃん……エルも、お姉ちゃんが大好きだよ」
「エル……」
「お姉ちゃん……」
お互いの手を取り、見つめ合う二人。
「「ひしっ!」」
そして抱き合った二人は、揃ってリルバに顔を向ける。
「「ゴメンね、リル」」
「おい、この茶番はなんだ」
これにて一件落着である。
「おうどん、伸びちゃったですよ……」
「うぅ……すっかり冷めてる……」
「ごちそうさまなの」
口論を止めることに四苦八苦していたマルティとルーリーのうどんは伸び、冷めてしまっていたが、しれっと離脱していたミーランは、独り美味しく、うどんを堪能したのだった。
◆◇◆
感謝祭を数日後に控え、盛り上がりを見せているマーケットパークに到着した一行。
忘れない内に済ませたほうが良いだろうと、まずは、リルバのピースに、ミクスの座標を記録すべく、広場に併設されたモニュメントプラザに出来ている、順番待ちの列に並んでいる。
「さすがにこの時期は混んでるね~」
「お祭りって感じがするですねー」
「なあ、あっちに集まってるのが飛ばし屋か?」
「そうなの」
目ざとくリルバが見つけた飛ばし屋というのは、座標を売って小金を稼いでいる者達だ。
座標を記録している者の体に触れていれば、共に転移出来るという石碑の性質を利用して、自分が記録している各地の石碑に共に転移し、送り届けることを商売にしているのだ。
態々自分の足で各地を巡らずとも、金さえ払えば、主要都市に転移出来るのである。
「そういえば、なんであんたらは歩きで森を出たんだ?」
と、今更ながらにそんな事を聞いてみるリルバ。
「なんとなく……かな?」
「特に理由は無いの」
「旅人ってカッコイイもんね!」
「無計画だな……」
どうせそんなことだろうと思ってはいたリルバだが、いざ聞いてみれば、やはり肩を落としてしまうような回答が返ってきたのだった。
ともあれ、順番が回ってきて、つつがなくリルバのピースへの書き込みが完了した。
◆◇◆
広場の露店をひやかしながら、屋台で昼食を摂った一行が更に散策を続けていると、やけに人が集まっている場所を見つけた。
人だかりの奥に目を凝らしてみれば、そこでは大道芸が行われていたのである。
その者達は三つ子のようで、髪型以外はそっくりな黒豹獣人の少女達だ。
金の頭髪に黒豹の耳を生やし、金色の眼球に真っ黒な瞳、肌は色白で、ひょろ長い尻尾が生えている。
「さあさあ! お気持ちはこちらによろしくッス~!!」
三つ子のジャグリングショーを魔法で囃し立てているのは、赤紫の頭髪を引き立てる黒いシルクハットを被り、マジシャンのような燕尾服を身に纏って、演出とともにおひねりを集めて回っている猫獣人の少女と、白く綺羅びやかなドレスを纏った、黒い両翼を持つ、魅惑的な堕天使族の女性だ。
更に、演出の為に小気味いいリズムを奏でるバンドの少女達が四人。
それぞれ、打楽器や弦楽器を持つ獣人の少女達だ。
それだけでも十分に金を取れるレベルの演奏も含め、非常に見ごたえのある、完成度の高いショーが繰り広げられていた。
「あ、ウルちゃんだ」
「ほんとなの、久しぶりに見たけど、前より派手になってるの」
「リル、リル! 肩車してぇ~!」
「はいはい……ほら、見えるか?」
「見えるよ! ありがとぉ~!」
「はいよ……で、あんたらの知り合いなのか?」
人集りを作っている少女達を知っている風なフレイシア達にそう問いかけたリルバ。
「そだよ、ライヤーズ・プライドっていう冒険者パーティなの。ほら、あのシルクハットを被ってる子がウル・クローヴちゃん。あのパーティのリーダーだよ」
「あれで冒険者パーティなのか……」
「芸達者ですねー」
「ほわぁ~」
どう見ても旅芸人にしか見えない一団なので、リルバ達は信じられないようだ。
「去年は来てなかったみたいだけど、今年は来れたんだねー。いつ到着したんだろう」
「多分今日なの。昨日来てたなら、絶対襲撃してきてたの」
「あはは……それもそうだね」
「どんな関係なんだよ」
「その~、仲良し……かな?」
「シアは渡さないの」
リルバの問に、ミーランは僅かに眉をしかめた。
「ウルちゃんはね、シアお姉ちゃんが大好きなんだよ?」
「あー……またそっち系か……」
「私ってぇ~、結構モテるんだよぉ~? (チラッ)」
自分で言ってて恥ずかしくないのかと思えるような発言をしたフレイシアは、リルバに流し目を送っている。
「あっそ」
「冷たい! 炎使いとは思えない冷たさだよ!」
「ねえねえ、リルはどんな人が好きなの?」
軽く受け流されたフレイシアはそのまま放おっておき、エルアナはリルバの好きなタイプを尋ねた。
恋バナである。
「そりゃあ、まあ、男だな」
「「――ひぇッ!?」」
リルバの一言にエルアナとフレイシアが白目を剥いて、恋バナは終わったのである。
◆◇◆
ライヤーズ・プライドのショーをしばらく楽しんだ一行は、広場の中央に位置する時計台に登り、町を一望している。
「やっぱり可愛い町ですねー」
「いいな~、やっぱりここに住みたいな~!」
まるで絵本の中から出てきたようなメルヘンチックな町並みに、マルティとルーリーは改めて感動を覚えている。
そんな二人の横で、リルバは独り首を傾げていた。
「ん? やけに森が広く見えるな。あんな距離を半日足らずで歩いてこれたのか?」
町を一望出来るこの時計台からは、草原へ続く入口側の森が見えるのだが、世界最大は伊達ではないとばかりに、地平線まで森が続いているのである。
そんな距離を半日足らずで、それも、徒歩で踏破したとなれば、この疑問も当然であった。
その質問に答えたのはフレイシアである。
「結界のお陰だよ」
「……? 街道の結界は魔除けだったろう? 何か関係あるのか?」
「それとは別に、空間を短縮する結界も貼られてるんだー。何百年か前に、他種族との交流を始める時、草原からの行き来を楽にするために作ったんだって」
「シアのグレンマは結界のスペシャリストでもあるの」
「グレンマ?」
「ミィが言ってるのは、ひいおばあちゃんの事だよ。グレートグランドマザーの略なんだって」
フレイシアの曾祖母は、現在はハートショコラのチョコレート工場を切り盛りしているが、嘗ては、その結界魔法を駆使して、戦争にも貢献した人物でもあるのだ。
「あー、なるほど。そういえば、英雄譚にも出てくる偉人なんだよな」
「さすがは、かのフォーカードの一人ですね」
「生きる伝説だよねぇ」
「しかし、あんたの身内はスペシャリストばっかりだな……」
「エルフは長生きだからね」
「そういう問題か?」
そして時計台の反対側に回ると森の最奥――保護区の世界樹を見ることが出来る。
「でかッ」
「雲に届いてるですよ」
「あれ、養分とかどうなってるのかな?」
その現実味のない巨大樹は、見るものにリアクションを困らせるほどのインパクトがある。
抱かせる衝撃の大きさゆえ、口を吐く言葉は、自ずとチープになってしまうのだ。
「世界樹って、元はトレントらしいよ。なんやかんやあって、根を下ろして育ったんだって」
「漠然としてるな……」
「大昔のことだもん、ドライアドに聞いたけど、生まれた頃にはすでに生えてたみたい」
「ほえぇ」
「神話の時代ですねー」
「遠い遠い、昔のお話なの」
世界樹を見据え、それぞれが、遠く古い時代に思いを馳せていた。
知らぬ間にしんみりとした気分に浸っていた一行は、空が赤く色づく前に帰路についたのだった。
Tips:Mr.デュラハンにはホクロがある。




