フレイシアの過ち・リルバの決意
――トントン。
「お母さん」
「入りなさい」
僅かに臆しながらも、母の私室の扉をノックしたフレイシアは、扉を開け、中に入った。
待っていたのは、艷やかしくゆるいウェーブの掛かった長い頭髪で、美しいプロポーションのエルフの女性が、長い脚を組んで座っている。
女性の名は、ステリア・ハート――フレイシアの母である。
カレットは少しと言っていたが、随分と体から電気が溢れ出しており、すこぶる不機嫌そうな表情をしている。
部屋の片隅には、銀色の美しい毛並みに黒い雷の模様の入った気高き狼が――尻尾を丸めてプルプルと震えていた。
狼の名はサンダーボルト、ステリアのエレメントだ。
身を震わすサンダーボルトは、心配するような眼差しでフレイシアを見つめている。
しばしの沈黙の後、フレイシアは恐る恐る口を開く。
「あのぉ……ただいまですぅ……」
「フレア、そこに座りなさい」
「はひ……!」
髪の間から覗く鋭い視線、そして底冷えするような声音で、フレイシアに椅子に座るよう促したステリア。
フレイシアはピクリと肩を震わせながらも、進められた椅子に腰掛けた。
「何故怒っているかは、分かっているわね?」
「……はい」
「何か言うことはあるかしら?」
「……連絡が遅くなって、ごめんなさい」
「そうね、でも、それだけじゃないでしょう?」
「心配かけてごめんなさい」
恐怖からなのか、フレイシアは次第に目尻に涙が浮かび始めていた。
その様子にフレイシアが反省していると見たのか、ステリアは一つため息を吐いて立ち上がった。
釣られて更に萎縮するフレイシアへ歩み寄り、手を伸ばしたステリアは、俯いて目をそらすフレイシアを抱きしめた。
「ぇ……?」
拳骨の一発は覚悟していたフレイシアだったが、不意に抱きしめられたため、腑抜けた声を上げた。
「……余り無茶はしないで頂戴。私は、二度も娘を失いたくはないの」
ギルドからの通達で、フレイシア達がスプリガンと聖者の怒り相手に戦った事は知っていた。
そして、二度娘を失いたくないと言った意味は少し複雑で、転生者であるフレイシア以上に、ステリアという存在は特殊なのだ。
というのも、現在も地球で生活している中林楓という女性と記憶を共有している。
この中林楓こそ、フレイシアが中林凛だった頃の生みの親なのである。
こちらの世界に転生したばかりの頃のフレイシアは、泣いてばかりであった。
転生したばかりの頃、心が不安定で瓦解寸前だったフレイシアを見かねた神は、中林楓と、魂の波長、そして容姿さえも似通っていたステリアが、寝ている間に互いの記憶を同期、共有するように調整したのだ。
それにより、ステリアは好きなだけ地球の知識を持ち込むことが出来るという、反則的な存在になってしまった。
だが、ステリアはそれを悪用すること無く、ただ娘との間接的な再会を喜ぶに留まった。
その人間性の信頼もあってか、母子は神の慈悲を賜ったのである。
姉の忘れ形見であるフレイシアを娘のように想い接してきただけだったステリアだが、フレイシアが十歳になる頃、この記憶の同期が完了し、本当の親子になった。
二度娘を失いたくないというのは、こういう事情があってのことだ。
だからこそステリアは、今回の一件で迂闊に危険に飛び込んだフレイシアに憤慨したのである。
「ごめんなさい……お母さん」
「まったくよ……メイリアから大体のことは聞いたわ、でも、フレアの口からも、ちゃんと聞いておきたいの」
「……うん、あのね」
そうして、フレイシアはブレの町での出来事をあら方聞かせた。
「そう、それで後先考えずに行動したのね」
「うん……リルが危ないと思ったら我慢できなくて」
ステリアはまだ色々と言いたいこともあるが、一先ずはフレイシアの気持ちを汲んだ。
「ねえフレア、そのドワーフの子を呼んできてもらえるかしら」
「リルを?」
「そうよ、家に来てるのでしょう? 大切な話があるの」
「話? 分かった、呼んでくるね」
一度首を傾げたフレイシアだが、ステリアの指示に従って、リビングで待っているリルバを呼ぶために部屋を出た。
程なくフレイシアはリルバを連れて戻ってきた。
「お母さん、リルを連れてきたよ」
「ありがとうフレア、あなたがリルバね」
「はい、初めまして、リルバといいます。娘さんにはお世話になりました」
そう言って頭を下げるリルバに、ステリアは頭をあげるよう促した。
(誠実そうではあるわね……)
ステリアはリルバの人となりを見極めるように、リルバの言動を観察していた。
というのも、ステリアはあることを危惧していたからだ。
だがその前に、確かめなければならない事がある。
「あなたは五色精霊になったと聞いたけれど?」
「はい、おかげでまた、家族と一緒に暮らせるようになりました」
少し間を置いて、ステリアは神妙な顔つきで口を開く。
「不満はないの?」
「え……それはどういう……」
ステリアの問に、リルバは困惑を見せる。
隣で聞いているフレイシアもだ。
「分かりにくかったかしら。ならはっきり言うわね」
と、ステリアはそこで言葉を区切ってリルバとフレイシアを見回し、確信に触れる。
「フレアは、スプリガンと同じことをしたのよ?」
「「――ッ!?」」
ステリアの言葉に二人は絶句した。
そして、フレイシアの動揺はリルバ以上のものだ。
リルバの兄姉であり、嘗てのパーティメンバー四人の魂を宿した精霊を、フレイシアはリルバに縛り付けた。
良かれと思ってしたことだが、他者の精霊を縛り付けるという意味では、まさにスプリガンがやったことと同じなのだ。
「……そんな」
そんな風に考えたことはなかったフレイシアは、顔から血の気が引いてその場にへたり込んでしまった。
「私は……ただ……」
深く考えもせず、ただリルバの笑顔が見たくてやったことではあるが、現実を突きつけられた今、自分は取り返しのつかない過ちを犯してしまったのではないかと泣き崩れた。
そんなフレイシアを見て、リルバはステリアに講義する。
「待ってくれ! こいつはスプリガンとは違う!! 確かに初めは驚いたが、今ではフレイシアに感謝してるんだ! 無理やり宿主から引き離して縛り付けるスプリガンとは、全然違う!!」
『そうです! 私達は彼女に救われました! 妹やギルドの皆ともまた話が出来たのは、全部フレイシアさんのお陰です!』
『嬢ちゃんを悪くいうなよ! スプリガンなんかと一緒にすんじゃねえ!』
『僕達は彼女に救われました! 過ちなんかではありません!』
『娘さんのお陰で、俺達はまた、妹を見守っていけるんです! 責めないで下さい!』
リルバに釣られるように、兄姉達も続けてステリアに講義した。
「リル……皆……」
俯いて泣いていたフレイシアは、リルバと兄姉達の言葉を聞き顔を上げた。
娘の心を追い込んだステリアは、表情を変えずとも、リルバ達の必死の呼びかけを満足気に聞いていた。
「いい友人を作ったわね、フレア」
「お母さん……?」
たった一言でフレイシアの心を追い込んだ張本人とは思えないほどの優しい顔で、ステリアは微笑んでいた。
その変わりように、フレイシアは困惑を深めるばかりである。
それはリルバ達も同じだった。
「あたし達を試したのか?」
「ごめんなさいね、本題に入る前に、どうしても確かめておきたかったのよ。五色精霊になったことを後悔していないか、そして、フレアの力を言いふらすような人物かどうかをね」
「後悔なんてしてないさ。それに、フレイシアの変わった力は誰にも言わない。ギルドの皆だってそうだ。マスターの指示もあるが、身内を蔑ろにするような奴は一人も居ない」
「リル……」
リルバは真っ直ぐな眼差しでステリアに言い放った。
そんなリルバの姿を、フレイシアはどこか熱っぽい表情で見つめている。
落ちたのかもしれない。
(いい子なんだけど……この男気はフレアには毒かしらね……)
ちょろい娘の姿に、ステリアは一抹の不安を抱いたのだった。
「ゴホン……」
ステリアはわざとらしく咳払いをして、話を続ける。
「あなたが信用できることは分かったわ。だからあなたを信用して、聞いて欲しい事があるの」
ここからが本題である。
「あなたを覚醒させた力も、他者の精霊を繋ぎ止めた力も、異端なのは分かるわね?」
「ああ……確かに特殊だとは思う」
「特殊……なんてものではないわ。よく聞いてちょうだい」
ことの深刻さを思い知らせるためか、ステリアはどこまでも真剣な表情だ。
「あのねフレア、条件付きではあるけれど、あなたには死者の魂を、この世界に縛り付ける力があるのよ」
「……!?」
「元の宿主の魂を宿した下位精霊を、別の人物と波長を合わせ、飽和させることでね。これがどういう意味か分かるわね?」
「……道理に……反してるんだね」
ステリアはフレイシアが自分で考える余地を残しつつ言い聞かせる。
なんでも簡単に答えを教えないのがステリアの教育方針で、今回もそうであった。
フレイシアは、ステリアの言葉を噛み締めながらその答えをだしたのである。
「迂闊にあの力を使わないように言ってたわよね?」
「……はい」
「今回はメリィが情報が広がらないようにしてくれたからいいけれど、口の軽い連中の前であの力を使ってしまえば……」
「……」
ステリアが言う“メリィ”とは、ブレのギルドマスター、メイリアの事だ。
フレイシアもリルバも、瞼を閉じて自分なりに考えているようだ。
二人がしっかりと聞いて、考えている様子を確かめたステリアは、フレイシアが出した答えを否定も肯定もせず、更に続ける。
「少し飛躍して考えれば、噂が広がっていく内に情報が歪んで、死者を蘇らせる事が出来る、なんて解釈する人達も出てくるかもしれないわね」
楽観視するよりも、悪い方に考えて警戒心を持たせる方が得策と考えたステリアは、このように二人に告げた。
「リルバ、あなたも迂闊に人前で兄姉と会話をしないように」
「はい、気をつけます」
「それとフレア」
まずリルバに注意を促した後、ステリアはフレイシアに向き直った。
「いいわねフレア、今後、誰がどうなろうと、他者の精霊を、魂を、この世に繋ぎ止めることを禁じるわ」
「誰が……どうなっても……」
「そうよ。たとえそれがミィでも、エルでもよ」
「…………」
絶対に使わない、とは答えることが出来なかった。
そんなフレイシアの肩に手を置き、リルバはある決意を込めて言葉を紡いだ。
「守ればいいじゃないか。仲間を、家族を」
「……リル?」
「あたしだって、お前達に傷ついて欲しくない。だから、あたしにも守らせてくれないか?」
「それって!?」
「ずっと考えてたんだ……フレイシア」
「……ハイ」
(あ~、これはもうダメね……落ちてるわ)
すでにフレイシアは乙女の顔になってしまっている。
ステリアは頬杖をついて、乙女顔の娘にあきれていた。
「あたしもパーティに入れてくれないか?」
「ぇ…………ほんと? 一緒に来てくれるの?」
一瞬あっけに取られたフレイシアだが、パーティに入ってくれるというリルバの想いも、それはそれで嬉しかったようで、リルバの手を取って頬を緩めていた。
プロポーズを期待していたのは余談である。
「もちろん、ミーランとエルにも相談してからだけどな」
「二人も絶対喜んでくれるよ! リル、これからもよろしくね!」
「ああ、よろしくな」
ミーランとエルアナも、リルバがメンバー入りしてくれることを期待していたため、フレイシアはリルバの加入を二つ返事で承諾したのである。
と、話がすっかり脱線してしまったので、二人が落ち着くのを待ってステリアは念を押す。
「ハイハイ、ごちそうさま。とにかく。わかったわね、二人共?」
「うん、あの力を使わなくて済む様に、大切な人達は、絶対に守る!」
「あたしは戦士だ。兄姉に誓って、必ず守ってみせる」
「ふふっ、良い答えだわ」
今度こそ、フレイシアとリルバは力強く応え、誓ったのである。
大切な娘を任せられるいい友人を連れてきたことに、ステリアは随分と安心していた。
正直な所、あの三人だけでは不安だと思っていた。
パーティのバランスを考えても、前衛が居なかったことは大きな不安要素であったし、なにより、精神的にふわふわした三人の娘達をまとめられるような人物が現れることを切望していたのだ。
「それじゃ、そろそろ皆の所に戻りましょうか。他にもお客さんが来ているのでしょう? 紹介して頂戴」
「うん!」
娘との再会と、大切な説教を終え、ステリア達は、皆が待つリビングへと向かうのであった。
Tips:フレイシアはサンダーボルトに乗ったことがある。




