里帰り
ホイープ森林の奥地に築かれた、平和の象徴ともいわれるミクスの町。
そこには、エルフを初め、様々な種族が共存している。
エイド王国に所属してはいるが、元々はどの国にも所属していなかった。
ホーン列島を統一する大戦の折、エイド王国とエルフ達は盟約を結び、現在に至る。
その為、ミクスの町は、エイド王国内でも治外法権となっている。
侵略されたわけでも、征服されたわけでもなく、信頼関係によって結ばれた盟約は、エルフ達の意志を最大限尊重されたものだ。
盟約と合わせて、フレイシアの曾祖父母が営む、チョコレート工場で生産されるハートショコラが、王族にも好評につき、この町で怒る犯罪行為には、王家お抱えの精鋭騎士が派遣され、王家の名にかけて制裁を加えられる。
それは、国内で裁かれる犯罪者への制裁とはかけ離れた、無慈悲なものだ。
恐れからか、軽犯罪すら滅多に発生することはなく、どんな凶悪な犯罪者も手出しは出来ないと言われるほどに、治安が維持されている。
世界で一番平和な町と噂されるミクスは、いつしか平和の象徴となった。
善良な者達にとっては、まさに理想郷と言っても過言ではない。
そんなミクスの町で、年に一度開催されるハートショコラ主催の祭り、感謝祭。
十二月後半に一週間に渡って開催される感謝祭は、開催数日前から、その期間中、町中に特別な演出が施される。
街道からリルバ達の眼を引きつけた色とりどりのハートがそれである。
これは、町中に設置された投影の魔道具によって映し出された幻影だ。
見惚れるリルバ達に、エルアナは誇らしげに語る。
「すごいでしょ! お姉ちゃんたちが作ったんだよ!」
「「エッ……!?」」
「これもお前達の仕業か……」
この感謝祭だが、二年前までは一日だけの開催であった。
そして、一年前から一週間掛けての大規模な祭りへリニューアルされた。
それに伴って演出も一新しようと、フレイシアの曾祖母は、何かいいアイディアは無いかと、何気なくフレイシア達に聞いてみたのだ。
あくまでも、柔軟な発想を持つ子供なら、どんな事を思いつくのかという好奇心から、軽い気持ちで聞いただけだったのだが、中々どうして、それは妙案だったのである。
以前はただフワフワと漂うだけだったハートの幻影は、今は地面から湧き出て、しばらく宙を漂ってパチリと弾ける。
そしてカラーバリエーションも増えた。
それはフレイシアが出したアイディアだった。
しかし、それまで使用していた幻影の魔道具では、あまり複雑な幻影を投影することは出来なかった。
そこで名乗り出たのがミーランである。
修行の一環として、母親であり、錬金術の師であるカレット・ダイスの指導を受けながら、完成に漕ぎ着けたのである。
故にエルアナは、自分の事のように誇らしげなのだ。
「「えへへへぇ~」」
溺愛する妹に褒められたとあって、フレイシアとミーランもご満悦である。
十年来の付き合いは伊達ではないと言わんばかりに、見事なシンクロで照れてみせた。
(こいつらは……なんでこう、無駄に可愛いんだ……)
揃って頬を赤らめるフレイシアとミーラン、そして無邪気に微笑むエルアナの三人の様子に、さしものリルバもときめいてしまったようだ。
おそらくは、町の演出もあいまった場酔いではないだろうか。
(くそッ……心が萌えて火傷しそうだ……)
一月に満たない付き合いではあるが、フレイシア達の色に染まりつつあるリルバは、いつか口にしたセリフにも、僅かな変化があったのだった。
ともあれ、一行は町の入口の関所を通過し、町に入った。
件の検問は未だ実施されてはいるが、この町は除外されている。
理由はいくつかあるが、やはり治外法権であることが大きな理由である。
そして、無駄な争いを好まないエルフへの信頼と、この町には、嘗て名を挙げた冒険者達が引退し、隠居している事も知られており、いくらなんでも、この町で何かをしでかすことはないだろうという楽観もあってのことだ。
その御蔭というか、フレイシア達は仮設の小屋で服を脱がされることはなかった。
「……つかの間の平穏でなければ最高なんだがな」
主要都市の一つであるミクスに、身分証の提示だけで簡単に入れた事で、リルバはしみじみと言った。
水面下で力を蓄えていると噂される聖者の怒り。
その行動はいつ活発になるか分からない。
直接の被害を被ったリルバにとっては、常に頭を悩ませる存在なのである。
「つかの間だったとしても、笑える時は笑っておかないと、きっと後悔するよ」
「フレイシア……」
フレイシアは何気なく言ったのだが、その言葉に、何故だか重みを感じたリルバ。
(こいつは時々……こういう顔をするんだよな)
何を思っているのか、極稀に、何処か遠くを見ているようなフレイシアが気になっていた。
そんなリルバの想いは知らず、フレイシアは話を戻す。
「町の案内は明日からでいいよね。もう日が暮れちゃうし、家に招待するよ」
「なあ、実家に帰るのは久しぶりなんだろう? あたしらが居たら邪魔なんじゃないか?」
そんな風にリルバは遠慮しようとするのだが、フレイシアはリルバの手を取って真剣な表情で見つめる。
「お願いリル。一緒に来て」
「シア……」
フレイシアの青空の様な空色の瞳に真っ直ぐ見つめられ、こうやって遠慮することは野暮だったかと思い直した。
「分かったよ、そこまで言うならお邪魔させてもらうよ」
リルバがそう言うと、フレイシアはリルバの手を取ったまま、実にいい笑顔になった。
「よかったぁ! お母さんすごい怒ってるみたいだから、リル達が居てくれると――ぁ」
「……おい」
至近距離で見つめ合う二人。
不意に口走ってしまったフレイシアは、気まずそうに視線を漂わせ、そんなフレイシアにリルバはジト目を向ける。
「いやぁ……その……エへッ!」
「――あたしらを盾にするつもりか!?」
可愛らしく首を傾げてみたフレイシアだが、リルバには通用しなかったようである。
「おでがいじばず! いっじょにぎでぐだざ~い!」
「おいやめろ! しがみつくな!」
泣きながら追いすがるフレイシアを引き剥がそうとするリルバだが、フレイシアはリルバの腰にしがみつき、決して離そうとはしない。
そしてリルバの方が先に折れたのである。
「あ~もう、分かったよ、分かったから離れろ」
「リル~! ぐへ……」
「こいつ……」
嘘泣きであった。
フレイシアは、終始リルバの腹部に顔を押し付けて、だらしなく口元を歪めていたのである。
「まあまあ、いいじゃないですか」
リルバが握りしめた拳をフレイシアの頭に落とそうとした時、マルティが口を挟んだ。
「私達はシアちゃん達に借りもあるですよ?」
「うぐっ……それは……」
そんな風に借りの話を持ち出されてしまえば、リルバは言葉を詰まらせるしか無かった。
そしてリルバは、腰にしがみついてニヤけているフレイシアの脇を、子供にするように抱え上げた。
「絵面がすごいです……」
逞しくも美人なリルバが、クールビューティと言った風体のフレイシアの脇を抱えている姿は、マニアックな如何わしさを漂わせていた。
しばし見つめ合った二人。
そしてフレイシアは、そっと瞼を閉じた。
「――何勘違いしてんだ! この色ボケエルフ!」
「えッ!? 違うの!?」
「違うに決まってんだろうが! ああもう……一緒に行くから、早く案内しろ……」
「うん!」
一悶着あったが、一行はフレイシア達が育った実家に向かい歩を進めた。
◆◇◆
「お家だぁ~!」
その後順調に移動した一行は、家の門に入り、入り口の前に来ていた。
久しぶりの実家に、エルアナははしゃいだ様子である。
――シィィィィィ。
その時、先頭にいたエルアナの体に、赤い瞳の真っ黒な蛇が絡みついた。
「はわっ!?」
「エルちゃん!?」
「なんだこの蛇!? じっとしてろ! すぐに取ってやる!」
エルアナが襲われていると思ったブレの町組のリルバ達は、焦りを露わにした。
『おかえりバンビーナ。元気そうだな』
「「「――喋った!?」」」
「ただいま、カプリスゥ~!」
『マンマが心配してたぜ、怪我はしてないな?』
「うん、大丈夫だよ!」
『モナ坊、バンビーナをちゃんと守ってやったみたいだな、シ、シィィィ』
『もっちろんだよ!』
驚くリルバ達を置き去りにして、エルアナとエレメントのモナ、そしてカプリスと呼ばれた黒蛇は、至って普通に会話をしている。
「あの子は、エルのお母さんのエレメントだよ」
「エレメントだったのか」
「びっくりしたですよ」
「はあ……よかったぁ」
リルバ達への説明はフレイシアが行い、それを聞いて肩の力を抜いた。
そこへ、家の中から足音が聞こえてきて、勢い良く扉が開かれた。
出てきたのは、グレーの長い髪に巻き角を生やし、背中には蝙蝠の羽があり、桃色の瞳を持つ、ドレスを纏った魅惑的な女性である。
「エル!」
その女性は、エルアナを見るや、その小さな体を抱きしめ、肩を震わせていた。
「怪我は無いのね?」
「マンマ……大丈夫だよ。お姉ちゃん達も一緒だったもん」
母と呼ぶ女性をエルアナも抱き返しながら、無事を告げ安心させた。
すると女性はエルアナの肩に手をやって、体を離し口を開いた。
「おかえりなさい、エル」
「ただいま、マンマ!」
互いに笑顔を向け合いながら、親子は約二ヶ月ぶりの再会を喜んだ。
少しして、女性はフレイシア達に目を向けた。
「シアちゃん、ミィちゃん、おかえりなさい」
「ただいま、お姉ちゃん」
「ただいまなの」
『嬢ちゃん、ちょいと耳貸してみな、シ、シィィィ』
フレイシア達とも挨拶を交わした時、黒蛇のカプリスがフレイシアを呼んだ。
その声音は、どこか含みのある笑いを浮かべている。
「なに、カプリス?」
『シ、シィィィ、ステリアはカンカンだぜ? お説教部屋で待ってるってよ』
「――んげッ!?」
『シ、シィィィ!』
「コラ、カプリス! 人を煽るのはやめなさいと言ってるでしょう!」
明らかに動揺するフレイシアの様子を見て楽しげに嗤うカプリスを女性が叱る。
そして女性はフレイシアの肩に手を置き、まっすぐに見据える。
「シアちゃん、きちんと話せば、ステリアさんもきっと分かってくれます」
「やっぱり怒ってるんだ!?」
女性は励まそうとしたのだが、フレイシアは白目を剥いてしまった。
「シア、ドンマイなの」
ミーランは、白目を剥いて固まったフレイシアを突きながら、他人事のように言った。
「ミィ! 一緒に来て!」
「嫌なの」
「薄情者ぉ~!」
意識を取り戻したフレイシアは、ミーランも一緒にお説教部屋に着いてくれと懇願したのだが、簡単に拒絶され、ミーランをポコポコと叩いた。
「うわぁ~ん、ミィのバカぁ~!」
「後でミーが慰めてあげるの、オーライなの」
「オーライじゃないの!」
駄々をこねるフレイシアの元へ、置いてけぼりにされていたブレの町の三人が歩み寄った。
「な、なあ。そろそろあたし達も紹介してくれないか?」
と言ったのはリルバである。
いつまでも放おっておけば、文字通り日が暮れてしまいそうだったためである。
「あ! そうだった、お姉ちゃん、この子達はブレの町で出来たお友達で……」
フレイシアは気を取り直し、女性に向かってリルバ達を紹介した。
「冒険者のリルバです」
「同じく冒険者のマルティです」
「宿屋で働いてますルーリーです」
フレイシアの紹介に続いて、三人は簡単に自己紹介をした。
「で、この人はエルのお母さんのベアータさんだよ」
「エルの母です、歩きっぱなしでお疲れでしょう、さ、中へどうぞ」
「皆、入って入ってー」
エルアナの母であるディアブロ族の女性、ベアータが一行を中へ招き入れ、フレイシアも促した。
「「「おじゃまします」」」
「「「ただいまー! (なの)」」」
玄関を抜けた一行は、まずリビングに向かった。
そこで待っていたのは、人間の女性である。
「あ、おかえりー。待ってたんだよー?」
「ママ、ただいまなの」
ミーランに母と呼ばれたその女性は、白茶色の長い頭髪で、ミーランによく似たタレ目を細め、無邪気に微笑むその姿は、三十代とは思えないほどに若々しく、可愛らしい女性である。
そんな女性は、ミーランの頭を一つ撫で、二つ三つと撫で初め、結局はミーランの頭をクシャクシャに撫で回した。
「ママ……撫で過ぎなの」
「あーん、だって久しぶりなんだもーん」
そんな具合にじゃれている二人の元へ、フレイシアとエルアナが歩み寄った。
「カレットおばさん、ただいまー」
「ただいまぁ~!」
「二人もおかーえり」
この女性の名はカレット・ダイス。
ミーランの母親で、国内でもトップレベルの錬金術師である。
フレイシアは、カレットと軽く挨拶を交わした後、リビングへリルバ達を招き入れ、ベアータにしたように、両者を紹介した。
「色々話は聞きたいけどー、シアちゃん、ステアが奥で待ってるよー」
「ねえおばさん……お母さんどのくらい怒ってた……?」
フレイシアは恐る恐る、カレットにも質問した。
「ん~、ちょびっと放電するくらいかなー? 連絡が遅くなって、心配掛けたことに怒ってたみたいだよー。やっぱり、シアちゃん達からの連絡より、ギルドからの通達の方が早かったからだと思うよー? 私達も心配したもん」
「そうですねぇ、私も通達で知った時は寿命が縮まるかと思いましたし」
「そ、それは……メッセージって使ったこと無かったから、すっかり忘れてて……」
この世界には、特定の相手へ文章を送信する技術がある。
一般にメッセージと呼ばれるこの技術は、親和性を持たせたピースを持つ相手に対して、ギルド等の施設が保有している魔道具を使い、情報のやり取りができる。
ヤマンバ族がミーランに送った信号とはまた別のものである。
ともかく、スプリガンや聖者の怒りの一件の後、すぐにメッセージを送らなかったということに対して、フレイシアの母は憤慨しているらしい。
ブレの町を出る前、家に帰ることを連絡するついでにスプリガンとの事をメッセージに書き込んで送信したのだが、そこで母からメッセージが来ていた事に初めて気が付き、その内容に怒りが見え隠れしていた為、フレイシアはそわそわしていたのである。
「ちゃんとお話した方がいいよー。ステアは心配してただけだからねー」
「そうですね、頑張ってください、シアちゃん」
「うん、行ってきます」
カレットとベアータに背中を押されて、フレイシアは母の私室へ向かうのだった。
Tips:ハートショコラは、毎年一つ、新作を発表している。




