世界最大の森林
リルバが体中を弄られ、マルティがペロペロされた翌日夕方。
一行はフェアリーファームへ到着した。
ホイープ森林の入り口まで目と鼻の先と言う距離ではあるが、今から向かうと、ミクスの町に到着するのは夜中になってしまうということで、ヤマンバ族の好意で一晩泊めてもらうことになった。
その翌朝、フレイシア達は実家への土産を買い込んだ後、昼前に出発した。
草原を歩く彼女達の眼前に、件の森がその姿を現す。
様々な木々が鬱蒼と生い茂り、昼間だと言うのに、街道から伺える木々の奥は薄暗く、森に踏み込んだ者達の不安を煽る。
そこは、世界最大の森林と言われている。
とはいえ、森の中の街道はきちんと整備されているため、順調に行けば夕方までには町に到着出来るはずである。
今はホイープ森林について、フレイシアが軽く説明をしながら歩いているところだ。
「この辺りにもモンスターはいるけど、道の周りには魔除けの結界が張ってあるから街道には近づいて来ないはずだよ」
「はぁ……よかったぁ、ちょっと心配してたんだぁ。前に来た時は乗り合い馬車の中に居たから、町に着くまで外を見てなかったんだよ」
「強力な結界なんでしょうねー……それにしてもいい空気です、獣人にとってもいい環境ですねー」
ルーリーは、街道沿いに広がる薄暗い森に不安を抱いていたため、結界があるという言葉に安堵し、マルティは単純にすんだ空気を堪能していた。
そんな二人にクスリと笑い、フレイシアは更に続ける。
「この森は三つの区画に分かれていてね、森の最奥は保護区って言って、エルフ達のお墓や、世界樹って言う大きな木があるの。ドライアドと妖精達が管理してくれてるんだよ」
「なあシア、あたしらを保護区に連れて行ってくれるって言ってたけど、そこはエルフにとって神聖な場所なんじゃないのか?」
ブレの町を発つ前、フレイシアはリルバに、ミクスの町の滞在中の予定を大まかに説明していた。
その一つが保護区の見学である。
ドライアドや妖精の話は聞いていたリルバだが、今エルフたちの墓所があるという話を聞いて、そんな所に自分たちが立ち入って良いのかと疑問を抱いた。
「大丈夫だよ。町に住んでる獣人の人達も、時々、森林浴に行ったり、妖精達と遊んだりしてるくらいだから。保護区の動植物に危害を加えなきゃ怒られたりもしないよ」
「そうなのかい」
「私は、妖精さんといえば、ヤマンバさん達しか知らないですから、ちょっと楽しみです」
「お友達になれるといいなぁ」
この世界の各地には、様々な種類の妖精達が存在している。
とはいえ、そう滅多に遭遇出来るものではなく、フェアリーファームのヤマンバ族や、ホイープ森林の妖精の様に、人々と共に生存している事はまれなのである。
マルティはもちろん、リルバもルーリーも、ヤマンバ族意外の妖精とは出会ったことがないのだ。
「保護区を管理してくれてる妖精はコロポックル族でね、ドライアドもコロポックル達も甘い物が好きだから、差し入れを持っていくと、すぐに仲良くなれるよ」
「ほんと!? ……楽しみだなぁ!」
妖精達と仲良くなれると聞いて、ルーリーは頬を高揚させ、期待に胸を躍らせた。
「次は居住区だね、森の中心から保護区寄りの辺りにあって、そこがミクスの町なんだ。それ以外の森全体は狩猟区だよ。とはいっても、町には家畜がいるから、動物を狩りに行く人はあんまり居ないんだけどね」
「凶悪なモンスターも殆ど居ないの。特に今、トレントはほぼ狩り尽くされてるの」
と、フレイシアが一通り説明を終えた頃、ミーランが補足を加えた。
「トレントって言えば、あの厄介なモンスターだろ? ミクスの冒険者は優秀なんだな」
「凶悪では無いらしいですけど、生命核を破壊するのも一苦労らしいですね」
冒険者であるリルバとマルティは、トレントについての知識もあら方持っており、その討伐の難易度の高さも、聞き及んでいた。
トレントの体である木材は非常に優秀で、少ない量でも高値で取引される。
ところが、トレントの生命核は幹の中心の何処かにあり、その体は、魔法が通りにくく、更に、生命核に到達するほどの傷を与えようとすれば、刃物などは刃こぼれするし、打撃も中々効果がなく、放おって置いても然程害にはならない事もあって、あまり討伐されないモンスターなのである。
そんな、討伐しようと思えば厄介なモンスターが殆ど狩り尽くされていると聞けば、リルバもマルティも驚きを禁じ得なかった。
「そうじゃないの、ミクスには冒険者があんまり居ないの」
「ん? じゃあ一体誰が……まさか狩人がか?」
「あぁ……えっと……それはね……」
首を傾げるリルバ達に、フレイシアは言葉を濁して、曖昧な返事をする。
どこか所在なさげであった。
だが、ミーランは構わず口を開く。
「シアが乱獲しちゃったの」
「「はぇ?!」」
たった一人の少女が、トレントを討伐しただけでなく、乱獲したいう話に、思わず素っ頓狂な声をあげるリルバとマルティ。
そしてミーランはすべてを語った。
「フ・レ・イ・シ・ア・銃・乱・射・事・件」
――てれれれ~ん♪
「ててっ、ててっ、ててっ、ててっ、てってって~ん、なの」
フレイシアに教わった、某怪盗アニメ、マルパン三世のサブタイトルの様なノリで、ミーランの語りは始まる。
「あれは一年くらい前の話なんだぜ~ぃ」
「なあ……どうでもいいが、その喋り方はなんなんだ……」
「ミラ~ン三世なの……だぜぇ~、リルバのとっつぁ~ん」
「――もう普通に喋れ!」
少し鼻についたのか、リルバはミーランに普通に話すよう言いつけた。
「リルん、落ち着くでござる」
「エル……お前もか……」
そして五エル門が場を引っ掻き回す。
誰が何役とかはどうでもいいのである。
少し手こずりながらも、リルバは二人を窘めて、普段の口調に戻すことに成功した。
随分疲れたようすではあったが、気を取り直して続きを促した。
「切っ掛けは、ミーがシアのサマー・ナイトを強化したことなの」
「結局はあんたが原因なのかい……」
「そういえば、シアちゃんは、変わった武器を使ってたですね」
やはりミーランが関わっていたのかと、リルバはため息を吐き、マルティはスプリガンと戦闘するフレイシアの姿を思い浮かべ、その時に使っていた白と青のコントラストが美しい武器の事だろうと当たりをつけた。
「サマー・ナイトにはフィックスルートを設定してあるの」
「フィックスルート?」
ミーランの言葉に、リルバは首を傾げた。
「ミーの空間魔法は、頭の中で格子状のラインを引くことから始まるの」
「ん? ……うん……」
いまいち容量を得ていないリルバだが、一先ずは飲み込んで、聞き手に徹した。
「そのラインが交わった座標に、ミーはポイントを設置出来るの。今回はAとBというポイントを使って説明するの」
「うん」
「Aを到達地点として、Bを動かす時に通過するルートがフィックスルートなの。このポイントの移動は、あらゆる抵抗を否定できるの。つまり、何があっても、必ずそのルートを通って移動するということなの」
「ほぉ、そりゃすごい」
「てことは、敵の急所にA地点を設定しておけば、勝手に当たるですか?」
なんとなく理解できたリルバは一言感心して、マルティはその有用性を見抜いた。
もしそんなことが出来れば、ただ弾を発射するだけで、容易く急所を打ち抜けてしまう。
サマー・ナイトの恐ろしい性能に、少しだけ背筋が冷たくなった。
「たしかにそうなの、でも、サマー・ナイトはシアが使う武器なの」
「あ、なるほどです。ミィちゃんが一々設定し直す暇なんて、戦闘中にはないですね。なら……」
そう、ミーランが扱うのであれば、適時到達地点を設定し直すことが出来る。
だが、目まぐるしく状況が変化する戦闘中に、度々フレイシアの武器を調整するなど、手間でしか無い。
ではサマー・ナイトの到達地点はどうなっているのか、というのが、マルティの次の疑問である。
「そうなの。サマーナイトのA地点は、銃口の六十メートル先の真正面なの。銃口っていうのは弾の発射口のことなの」
「じゃあ、Aに向かって動くBが弾に設定されてるですね」
「ビンゴなの」
「なあ……移動中は抵抗を受けないって言ってたよな? ってことは、その六十メートルの間にある物は必ず貫通するってことなのか?!」
理解の早いマルティはすでに通り過ぎた疑問ではあったが、そこはミーランに確認していなかったため、黙ってリルバの疑問への返答を待った。
「それはポイントに限った話なの。仮に、弾のルートに対して直角な向きから強い衝撃を受けたら、衝撃を逃がすことが出来ずに、弾は破壊されてしまうの。跡には実態のないポイントだけが残って、そのまま進んでいくだけの」
「ホッ……」
マルティは何処か安心したようにため息を吐いた。
もしリルバの疑問の通りだったとすれば、銃口を向け、弾を打ち出すだけで、正面にいる者の体を貫通させ、致命傷を与えることが出来るという、常軌を逸した性能を誇ることになる。
それではまるでアーティファクトである。
そこまで強力な武器でなくてよかったと、マルティは胸を撫で下ろした――のだが。
「とはいっても、発射される弾は、シアが作った高硬度の氷で、大抵のものなら貫通出来るし、弾速は早すぎて普通の人には見ることさえ出来ないの」
「「なッ……」」
「ここからが本題なの」
リルバとマルティは絶句するしか無かった。
そんな二人は意に介さず、ミーランは話を続る。
「元々のフィックスルートは二十メートルで、それを六十メートルに改良してあげたら、シアはすごく喜んでくれたの。ミーも嬉しかったの」
そう言って少し頬を赤らめるミーラン。
リルバとマルティは、この二人が出会ってしまったのは、いったいどんな神の悪戯だろうかと絶句していた。
黙って話を聞いていたルーリーは、とうに白目を剥いている。
思いやりのあるエルアナが、ルーリーの体を軽くして背負っているのだ。
さておき、銃がないこの世界で、ミーランがサマー・ナイトを生み出したのは、フレイシアの前世の話を聞いたことが切っ掛けで、元は縁日の射的なのである。
親しく思っているフレイシアが、自分の身を守れるようにと作った兵器。
それが、縁日の夜なのだ。
フレイシアとミーランの出会いは、世界の常識を覆す兵器を生み出していた。
「それで私も調子に乗っちゃってさ……」
当時のことを反省しているのか、フレイシアは頭を抱えながらも言葉を紡いだ。
「トレントの魔石と生命核って、どっちも真ん中にあるんだよ」
位置する高さは違うが、真上から見れば、一直線に並んでいる。
それはまさに、サマー・ナイトの軌道である。
「ミィの改良に合わせて、私も弾を強化したから試し撃ちには丁度いいと思って試しにやってみたら、面白い様に倒せちゃってさ、それで……ついね」
「あー……あんたは空も飛べるもんな……」
もはや呆れることしか出来ないリルバであった。
「でもそれじゃあ、魔石まで一緒に破壊しちゃうですよね?」
モンスター討伐で得られる収入の殆どは魔石だよりである。
トレントのように体まで価値があるモンスターも居るが、やはりもったいないと思ってしまうマルティ。
「そうなんだよねぇ、粉々になった魔石なんてどうせ買い取ってもらえないし、冒険者としての活動は旅に出てからって決めてたから、トレントの体は建築家のおじいちゃんに買い取ってもらったんだ」
「ミケット様の旦那様ですね!?」
「道理で金持ちなわけだ……」
ほぼ無傷のトレントの体は、一体でも相当な価値がある。
しかも、フレイシアが倒したトレントの数は実に三十以上。
身内びいき無しに、正当な価格で買い取ってもらったのだが、すでに遊んで暮らせるだけの資金を持っていることになる。
自力で稼いだということに好感は持てるが、やはり、同世代の冒険者で、しかも後輩のフレイシアの方が稼ぎが多いということを悔しくも思うリルバ。
「あの時のグランパはいつも以上にシアを溺愛していたの」
「…………あれでやっと目が冷めたよ」
森に居た頃、会うのは週に一度程であったが、祖父はフレイシアを溺愛しており、普段から異常なほどに可愛がっているのだが、森に置きっぱなしのトレント達の回収と、買い取りを頼んだ際の喜び様は筆舌し難い。
当時の祖父を思い出したフレイシアは――
「苦虫を噛み潰したような表情をした」
「それは口に出さなくていいの」
◆◇◆
それからしばらく街道を進み、彼女達の眼前にはメルヘンチックな町並みが現れた。
「「おぉ……」」
「うわぁ……」
町を見たリルバとマルティ、そしてエルアナの背から降りたルーリーは、ため息混じりにそう呟いた。
目の前に広がる光景は実に幻想的であったからだ。
地面からは色とりどりのハートが湧き出て、しばしの間フワフワと漂い、建物の屋根の上まで来るとパチリと弾ける。
そんな光景が街中に広がっていたのだ。
空が赤く色付き始めようとしている頃、一行はミクスの町に到着した。
Tips:ルーリーはマルティをペロペロする癖がある。




