配下
「ヴォルケーノが……ここに」
そう呟いたミーランは執務室を出ようとするが、出入り口には先回りしたメイリアが立ちふさがった。
「何処に行くつもりなのかしら?」
「マスター……邪魔をするのはいい加減にして欲しいの。邪魔をするならマスターでも許さない――」
――パァーン!
甲高い音が室内に響いたかと思えば、ミーランはバランスを崩し、よろけていた。
そして、左の頬がじんわりと熱くなってゆく感覚を覚え、ようやく、自分が叩かれた事を知った。
もちろん、ミーランの頬を平手打ちしたのはメイリアである。
「うっ……」
「いい加減になさい! これは子供の喧嘩ではないのよ!」
静まり返る室内に、メイリアの怒鳴り声が轟いた。
「あなたが奴らに恨みがあることは聞いたわ」
優しげな声音に変えて、メイリアはミーランを諭す様に、更に続ける。
「でもね、はっきり言いましょうか。あなた程度の実力じゃあ、あの連中には手も足もでないわよ」
「……」
ミーランは俯き、悔しげに歯噛みした。
「あの連中はそこらの小悪党とは格が違うの。歴史は古く、結成は終戦間もないころと聞いているわ。約六百年よ。それだけの期間があっても、その実体すら、未だにつかめてはいないの」
このホーン列島には、嘗て幾つかの国があった。
それを統一するための戦いが終戦したのが、約六百年前である。
その敗戦国の一つを率いていたある女王は、敗戦を悟ると、数人の部下と共に身を隠し、後にレジスタンスとなった。
それが聖者の怒りの起源だと伝わっている。
「不甲斐ないことだけれどね、今回の検問も、全く成果を上げていないの。すでに主要都市に潜伏していたのか、それとも郊外の町や村なのか。拠点の場所なんて検討すら着いていない状況よ。元々、あまり成果を期待されていなかったのもあって、検問は年内で打ち切られるわ。そんな何百年も掛けて勢力を蓄え続けている奴らを相手に、一体何ができるのかしら?」
「……」
ミーランは何も答えることができなかった。
「この町に来ていたであろう諜報員にしても、すでに町を出ているでしょうね。おそらくだけど、殆ど情報を流さなかったエルアナを調べに来たんじゃないかしら。ダビー・ロンドにもエルアナの戦闘は見られていなかったのでしょう?」
スプリガン討伐の際、エルアナは重力魔法で動きを阻害していただけだった。
とは言え、三つ星冒険者が複数人でようやく相手取れるスプリガンを、たった一人で押さえつけていたその実力は、ダビー・ロンドに警戒を抱かせるには十分だった。
その足りない情報を補うために、今回、諜報員を使ったのだろうと、メイリアは予想した。
「……あなた達は、すでにターゲットになっているようね」
神妙な表情で、メイリアは言った。
「私達が……」
フレイシアにも緊張が走っていた。
「嫌でも、いつか戦うことになると思うわ。今は怒りを抑えなさい。そして、力を蓄えなさい……あなた達は、未だ無力に等しいのだから」
(テアはこれを見越していたのかしら……)
現実を突きつけることでミーランを諌め、そして、フレイシア達を育てた旧友の顔を思い浮かべた。
「この男達は利用されただけだったんだな……済まなかった」
一言謝って、すでにエバンズに諌められ、頭が冷えていたリルバが状況を整理する。
「信じてくだせえ……あっしらは……」
「分かってる、ゴメンね、何も知らずに私達……ほら、ミィも」
「…………ごめん、なの」
フレイシアは、ビル達に頭をさげ、ミーランにも促した。
ミーランは、渋々ではあるが頭を下げた。
ビル達に悪意が無いことはすでに分かっていた、が、やはり気持ちの整理がつかないのであろう。
「――頭を上げてくだせえ! 元後言えば、あっしらが未熟なばかりに……」
「洗脳なんてされたんじゃ仕方ないよ、ほんとにゴメンね」
「止めてくだせえ、姉さん方の怒りは最もでさあ。あっしらが未熟だったばかりに、とんだ迷惑を……この度の失態――」
「――ハイハイ、この件はこれで手打ちにしましょう。ミーランもいいわね?」
「……オーライなの、酷いことしてごめんなの」
互いに誤り合うフレイシアとビルを見かねて、メイリアが仲裁に入った。
「目撃者も居たみたいだから、きちんと周知させる必要があるわね、熱りが覚めるまで……数日は、ギルドの留置場にでも居てもらうことになるけど」
「温情感謝しやす……」
ビルを筆頭に、イワン、ランディも涙目で頭を下げた。
「所で姉さん方」
「姉さん?!」
顔を上げたビルがフレイシア達をそう呼んで、フレイシア達は目を丸くした。
「へい、お話を聞かせていただいたところ、姉さん方は聖者の怒りと事を構えようとしているようですが」
「まあ……いいや、うん、そうだよ。あいつらとは、ちょっとあってね。それで?」
話が進まないだろうと割り切って、フレイシアは答えた。
「あっし等を舎弟にしてくだせえ」
「「「え!?」」」
至って真剣に頭を下げるビル達に、再び目を丸くするフレイシア達。
「ファニー・ポップの傘下に入りたいということ?」
固まっているフレイシアを見かねて、メイリアが続きを促した。
「へい、おっしゃる通りで」
「え……っと、いきなり言われても……」
「もちろん、お嬢にも、そのご友人にも謝罪させていただきやす。あっし等犬獣人は鼻が利きやす。追跡はもちろん、偵察もお手のもんでさあ」
「待った待った! 急にどうして?」
フレイシアは、ビル達が何を思って、危険なことに首を突っ込もうをしているのかを測りかねて、首をかしげるばかりである。
「ケジメを付けさせてくだせえ。奴らの事は、あっしらも腹に据えかねやす。未熟な身の上ですが、汚辱を雪ぐ機会をくだせえ」
「なるほどねぇ、でも、それだけじゃないでしょう?」
嘘では無いであろうが、他にも理由があるだろうとメイリアは感じていた。
そして、少し間があって、ビルが答える。
「姉さん方に惚れやした」
「――!?!?」
まっすぐに目を見てそんな事を言われたフレイシアは、顔が真っ赤になり、言葉を失った。
そして。
「シアに色目を使ったら、今度こそ命はないの!」
ミーランは怒った。
「ち――違いやす! そんなつもりはありやせん! 誤解でさあ! 強さと心意気に惚れただけで、他意はありやせん!」
「な……なんだ、そういうことね、そうだよね、ハハ……」
色恋に免疫が無かったフレイシアは、早とちりだったかと、更に赤面した。
「シアに恥をかかせたの……やっぱり死刑なの」
「勘弁してくだせえ!!」
「「はあ……」」
赤面するフレイシア、ビル達の処刑を目論むミーラン、誤解の撤回を図るビル達の様子を、リルバとメイリアはため息を着いて見ている。
そして、ミーランはフレイシアを抱きしめてビル達に宣言する。
「シアはミーのものなの! 手を出す時は死ぬ覚悟をするの!」
「あ……姉さん方はそういう関係で……」
「そうなの!!」
「――かしこまりやしたぁ!!」
フレイシアは放心しているため何も口を挟まない。
ともあれ、ビル達はフレイシア達――ファニー・ポップの第三の目として、従順に諜報活動に紛争していくことになる。
彼らを総括するのはミーランである。
この数日後、フレイシア達に連れられて、ビル達は孤児院に出向き、平身低頭頭を下げ、一応の解決を見た。
もちろんエルアナにも先に謝罪したのだが、少女達の方に謝れと、珍しく怒鳴ったりもしたのだった。
多少のわだかまりは感じつつも、エルアナの怒りも一先ずは落ち着いたのである。
ファニー・ポップの傘下に入ったビル達であるが、やはり実力不足は否めないため、ガジルの預かりで、しばらくは鍛え直されることになった。
とはいえ、一番張り切って鬼教官を努めたのはパトラスであった。
エルアナを泣かせた事を根に持っていたのかとも思ったが、ファニー・ポップはパトラスも懇意にしているパーティであるし、対聖者の怒りの最大戦力になり得る人材である。
パトラスも何か協力したいと思っていたため、かなり力を入れてビル達を鍛えていた。
フレイシア達が配下を作った際、リルバの心がチクリといたんだのは余談だろうか。
◆◇◆
孤児院への謝罪を済ませ、ビル達をガジルにあずけた翌日、フレイシア達はブレの町を発つ。
目的地はホイープ森林。
その奥地にあるエルフ達が築いた夢の町、ミクス。
多くの人々が憧れるその町は、フレイシア達の故郷である。
向かうメンバーは、フレイシア、ミーラン、エルアナ、リルバ、マルティ、ルーリーの五人。
ギルドの冒険者や孤児院の子供達、宿屋の従業員達に見送られて、彼女達は町を出た。
全員で飛行出来るわけでは無いため、その移動はのんびりとしたものだ。
昼前に町を出た一行は、未だ草原が見えない位置ではあるが、日が沈みかけてきたため、野営の支度を初めた。
とはいっても、やはり、ミーランがドールハウスを取り出しただけである。
そして今は、ドールハウス内のリビングにいた。
「なあ……これは野営って言わないんじゃないか?」
ため息混じりに、リルバは零した。
「まあいいじゃないですかー。楽しまないと損ですよー」
マルティはすでに悟っているのか、開き直って寛いでいる。
ルーリーもミーランと楽しげに談笑しているようであった。
そこへ、少し席を外していたフレイシアがリビングに入り、皆に呼びかけた。
「お風呂の支度できたよー、夕飯の前に入っちゃおう」
「お風呂まであるですかー」
「ミィちゃんのドールハウスすごいね!」
「あたしはもう驚かないからな……」
三人それぞれ反応を見せるが、このドールハウス内の浴場はそれなりに広く、五人で入ってもまだ余裕がある。
そして浴槽の中心には、一メートル程の高さの柱があり、その先端の窪みに嵌めてある丸い水晶型の魔道具から、絶えず湯が湧き出しているため、また驚くハメになるリルバであった。
そんなリルバは、何故か皆の視線を集めていた。
「シアちゃんもすごいですけど、リルの引き締まった体もすごいですねー」
「……私だっていつか……成長すれば……きっと……」
「何ジロジロ見てんだい!」
同性同士だし、何も気にせず服を脱いだリルバであったが、流石にここまで凝視されると流石に胸元などを隠してしまう。
ちなみに、兄達の魂を宿したペンダントの魔装はリビングに置いてきている。
体を隠し恥じらうリルバに、後ろから誰かが手を回し、そして背中には柔らかい感触があった。
「――うわッ!? 誰だ!?」
「私だぁ!」
フレイシアであった。
驚くリルバの隙を突いて、胸やら、腹部やら、太腿やらを撫で回している。
「コラ! やめろ!」
「フヘヘェ……ちょっとだけ、ちょっとだけだから――ひゃん!?」
「んあっ!?」
中年男性の様なセクハラを働くフレイシアだったが、不意に誰かがフレイシアの胸を後ろから揉みしだき、驚いたフレイシアはリルバに触れていた手に力が入り、リルバまで奇声を上げる羽目になった。
「気持ちいいの。シアのおっぱいは最高なの」
今度はミーランである。
「やっ……ダメッ……つままないで!?」
「おい! んあッ……やめ……」
「ふふふなの……最近充電してなかったから堪能させてもらうの――はうっ!?」
「やんっ!?」
「んあッ!?」
と、色々あって、最近フレイシアとじゃれ合っていなかったミーランが揉みしだいていると、後ろから誰かに臀部を触られた。
先程のようにミーランからフレイシア、フレイシアからリルバへと何かが伝達される。
「ミィお姉ちゃんのお尻かわいいよね」
「エル、ダメなの!」
やはり登場したのはエルアナである。
「あの子達は何やってるですか……」
フレイシア達のじゃれ合いを見て、マルティは少し呆れていたのだが――
「マルちゃん……私……なんか……」
今居るのは脱衣所だというのに、ルーリーの表情は、どこか上気していた。
「まさか……ルーちゃん……ダメですよ! 私はそういう趣味は無いですから!」
「ゴメンねマルちゃん……我慢できない……!」
「イヤですぅぅぅぅぅぅ!?」
乙女たちの夜は始まったばかりである。
Tips:ビル達は数年役に立たない。




