親の心
フレイシアはが祖母を紹介することを約束した後、少し話をしてマルティは席を立った。
「それじゃあそろそろおいとましますよー」
「はい、それじゃあまた」
「またー」
この宴会も、始まってから随分と時間が経っている事もあって、ちらほらと帰り始める者達も出始めた。
主に女性冒険者達だ、それにともなってエルアナもフレイシアの近くの席に戻ってきた。
「おかえりエル、楽しかった?」
「うん! 見て、お菓子もらったんだよ!」
「そっかあ、よかったね」
「へへへ~」
今回は料理が沢山用意されていたため、女性冒険者達は、お土産用にお菓子を準備していたようである。
「それじゃあ、ミィが戻ってきたら私達も宿に戻ろうか」
「分かったぁ~」
「リルも一緒に戻る? それとももう少し皆に付き合う?」
と、二三人分離れた席に座っているリルバにも声を掛けたフレイシア。
「あたしも一緒に帰るよ。酔いどれ共はほっとけばいいさ」
どうせ夜中まで騒いでいるから、と言ってリルバもフレイシア達と一緒に宿に戻る事にした。
フレイシア達が宿泊している宿屋では、リルバが住み込みで働いているのだ。
そんな風にフレイシア達が帰り支度を始めた頃、ミーランも戻ってきた。
「実に有意義だったの」
「あ、戻ってきたね」
「世の中にはまだまだ不思議が溢れていたの」
うさ耳のオネエさん、パトラスとの遭遇は、ミーランにとって得難いものであったようだ。
「そろそろ宿に帰ろうと思うんだけど」
「オーライなの」
ミーランも戻ってきた事で、フレイシア、エルアナ、リルバは揃って席を立ち、ガジルに一言告げてギルドを後にした。
どれだけ飲んだのか、ガジルはベロベロに酔っており、終始リルバ、リルバと泣きじゃくっていた。
そんな光景を思い出しながら、フレイシア達四人は夜の町を歩いている。
時刻は夜の十時過ぎ、先程までの喧騒とは打って変わって、静かな夜道には心地よい風が吹いていた。
「ふぅ、なんか急に静かになった気がするね」
「風が気持ちいいの」
頬を撫でる夜風を楽しみながら、フレイシアとミーランはしみじみと言った。
「帰ったら、女将さん達とも話をしないとなあ」
今夜の仕事については、ギルドマスターのメイリアが気を回して使いを出し、リルバを宴会に参加させる旨を伝えてあるはずだ。
それとは別で、これまで心配を掛けて来たこと、そして何より今日の出来事をじっくりと話さなければいけないと、考えていた。
「きっと喜んでくれるよ」
「そう、かもな……女将さんはそういう人だ」
恰幅がよく、屈託ない笑顔を見せる女将の顔を思い浮かべるリルバは、自然と頬を緩める。
「こんなに濃ゆい一日は初めてだったよ」
そう言ったリルバは、フレイシア達の前へ小走りで出て振り返る。
「改めて言わせてくれ、今日はありがとう。あんた達と出会えて、本当に良かった」
そう言って頭を下げたリルバの顔には、出会った頃の暗い面持ちは無く、晴れ晴れとしていた。
「「「どういたしまして!」」」
そんなリルバの笑顔を見れば、フレイシア達も自然と笑顔になるのだった。
こうして穏やかに一日が終わると思われたのだが。
「後は、ミィお姉ちゃんのお仕置きだけだね!」
天使のような微笑みで、エルアナは言った。
「エルは、あの黒い本の事も聞いてなかったしねぇ~」
「そうだよ! ちゃんと説明して貰うからね!」
聖者の怒りメンバーのダビー・ロンドとの戦闘で見せた黒いグリモワール。
それは家族同然に育ってきたフレイシアもエルアナも知らないものであった。
あんなものを見せておいて、お咎めなしとはいかないのである。
「あぅ……あれは……申し訳ないと思ってるの……」
ミーランとしては、大切な家族であるからこそ心配を掛けたくなく、叶うならばずっと隠していきたいと思っていたものであった。
しかし、不意に現れた仇を前にして、平静を保つ事が出来ず、その力を使ってしまった。
軽いお仕置きでは済まされないと感じたミーランは、リルバに目をやり口を開く。
「見てないで二人を止めて欲しいの!」
「あ……あたしはほら、女将さん達と話さないといけないからね」
「薄情者なのおぉ~!」
「そう言われてもなぁ……」
リルバに助けを求めるも、軽くあしらわれるミーランであった。
そんなリルバは、そそくさと宿へ向かって歩いてゆく。
震える手を歩き去るリルバの背中に伸ばすミーランだったが――
「ミ~イちゃん、今夜は寝かさないよ?」
「いっぱい可愛がってあげるよぉ~」
がっしりとミーランの肩を掴むフレイシアと、空気を揉むように指をふにふにするエルアナに挟まれ、とうとう逃げ場を失った。
「嫌なのおおおおおぉぉ!!」
物静かな夜の町に、ミーランの悲鳴が木霊する。
まだまだ夜は長そうである。
◆◇◆
はたして、ミーランにとっての長い夜が明け、夜通し騒いでいた一部の冒険者達は、ギルドに併設された酒場で騒ぎ疲れて眠っていた。
「随分楽しんだみたいね」
気持ちよさそうに眠る冒険者を横目に見ながら、一度帰宅して仮眠を取り、再び出勤してきたメイリアはガジルを探した。
「あ、いたわね。……ガジル、起きなさい……(うぐぅ、りるばぁ……)ガジル!」
テーブルに突っ伏して眠っているガジルを見つけ、肩に手を当て体を揺するメイリア。
往生際悪くいつまでも眠るガジルに、とうとうメイリアの堪忍袋の尾が切れ、怒鳴りつけた。
「――なんだ!? どうしたリルバ!?」
すっかり寝ぼけているガジルを見て一つため息を吐いて、メイリアは口を開く。
「まったく……あなたもとんだ親ばかね」
「ん……ああ、マスター……もう朝か」
ようやく頭が回ってきたガジルに、メイリアは要件を伝える。
「まあいいわ。少し話があるの、執務室で待っているから、顔を洗ってらっしゃい」
「話? 分かった、すぐに行くぜ」
席を立ったガジルを見送って、メイリアは執務室へ向かった。
しばし待って、顔を洗い、さっぱりとした顔のガジルが執務室に入ってきた。
二日酔いなどは無いようで、メイリアはホッとした表情だ。
「待たせたなマスター、で、話ってのは?」
「まずは座って頂戴、大事な話よ」
ガジルは首を傾げながらも、メイリアに進められたソファーに座った。
メイリアもテーブルを挟んで向かい合っているソファーへ腰掛けた。
「さて、あなたは回りくどい話は嫌いでしょうから、単刀直入に言うわね」
「おう」
少し間を置いて、メイリアは真剣な顔でガジルに告げる。
「あの子はもう大丈夫よ、そろそろ良いんじゃないかしら」
「……」
単刀直入と言う割には主語の抜けたメイリアの言葉。
だがガジルには、その意図するところが伝わったようで、言葉を濁しながらも重い口を開いた。
「……そうだな、随分待たせちまったしな」
「あの子だけじゃない、他の子達も喜ぶと思うわよ」
「……ああ」
そんなガジルを見て、優しく微笑むメイリアはあるものを取り出した。
「四つ星冒険者の証よ。今度こそ、受け取ってくれるわね?」
メイリアが取り出しテーブルに乗せたのは、四つの星と、冒険者協会のエンブレムである盾と剣が彫り込まれた銀のブレスレットだった。
しばしその銀のブレスレットを見つめたガジルは、僅かに戸惑いながらも手に取り、左手首に嵌めた。
「……受け取らせてもらうぜ」
ガジルは手首に嵌めた銀のブレスレットにそっと触れながら、目をつぶり呟いた。
ガジルのランクアップについては、数年前から打診があった。
しかしガジルは、今受け持っているパーティーが独り立ちするまではと、断り続けていた。
少ししてそのパーティが自分の手を離れ、そろそろ打診を受けようとした頃、スプリガンが現れ、殺されたのである。
そう、そのパーティこそ、リルバとその仲間達であった。
それからというもの、自分へのケジメとして、ランクアップを受け付けることは無かったのだ。
だがそれも昨日までの話。
もはやガジルを縛るものはないと考えたメイリアは、この期に改めて打診したのである。
「よかったわ。これからも皆を導いてあげてね」
「おう!」
こうしてガジルはランクアップを果たし、四つ星冒険者になった。
無事手続きを済ませたガジルとメイリアは、世間話を初めていた。
そんな中、話題は自然とリルバの話になる。
「いい顔で笑うようになったわね」
「そうだな……あの娘達には、感謝してもしきれねえよ」
ガジルが言っているのはフレイシア達の事だ。
「あの子達は旅をしていると言っていたけど」
「……ああ」
メイリアのその言葉を聞いて、ガジルも少し真剣な表情になった。
「リルバが一緒に行くと言ったら、あなたはどうするの?」
顔の前で指を組んだガジルは、目を閉じて少し考えてから口を開く。
「止はしねえよ。あの子達になら、託しても良い」
「そう」
短い付き合いではあるが、ガジルはフレイシア達に対して信頼を寄せていた。
自分たちが取り戻せなかったリルバの笑顔を、彼女達は取り戻してくれた。
そんな彼女達になら、娘同然のリルバを託してもいいと、ガジルは言った。
少し寂しげな表情をしながらも、メイリアはガジルの決意を受け止めたのだった。
Tips:ギルドは24時間営業。




