ヤマンバは怖くない
エイド王国が統べるホーン列島の南端にあるホイープ森林。
その森には、エルフ達が築いたミクスの町がある。
その町から今日、三人の少女達が旅に出る。
物心付いた頃から、同じ屋根の下で苦楽を共にした仲だ。
草原へと抜ける道を歩いている三人の少女達の眼前に、とうとう草原が見え始めた。
「……流石にドキドキしてきたね。もうすぐ森を抜けるよ! ……って……あのぉ……」
一人目はエルフの少女、三人組のリーダーだ。
銀青の長い髪を襟足で二つに縛り、胸元に流している。
キリッとした目元には、青空のような碧眼が伺える。
そしてその凛とした立ち姿は、さながらクールビューティといった風体である。
「ヤム……ヤム……なの」
二人目は人族の少女、白衣を纏った錬金術師。
ブラウンのミディアムヘアの彼女だが、頭頂部のくせ毛が獣耳を思わせる。
百四十センチ程の身長と、少しタレ目な目元が更に愛らしさに拍車をかける。
甘いものが好物な彼女は、エルフの少女の話も耳に入らないほどに、チョコレートを味わっている。
「あ~! ミィお姉ちゃんだけずるぅ~い! エルもほしぃ~!」
三人目はディアブロ族の少女、巻角と蝙蝠のような羽が特徴だ。
三人の中で一番年下の彼女は、先の二人に、妹のように可愛がられている。
身に纏うゴシックドレスも手伝って、さながら、甘えん坊なお姫様のようだ。
今も人族の少女が食べているロリポップ型の棒付きチョコレートをおねだりしている。
森を出る感動を分かち合いたかったエルフの少女だったが、今はガックリと肩を落としていた。
「いいよ~だ……どうせ私なんて、チョコレート以下だも~ん……」
力なく地面を蹴りながら呟いたエルフの少女の名は『フレイシア・ノーリン・ハート』。
長い名前の彼女、実家は多少裕福であるが貴族というわけではない。
黙っていれば凛としている彼女だが、実は寂しがりやである。
「シアがメランコリーなの。……エル、シアにも分けてあげるの」
フレイシアをシアと呼んだ彼女の名は『ミーラン・ダイス』。
幼い頃から錬金術師である母親から教育を受けてきた。
錬金術師のサラブレットである。
「うん! ……シアお姉ちゃん、エルのチョコレート分けてあげるよぉ~」
甘えん坊なディアブロ族の少女の名は『エルアナ』。
お利口な彼女は、ミーランから多めに渡されたチョコレートをフレイシアに分けてあげている。
フレイシアの元へ向かう彼女は宙を浮かんでいた――が、その話はまたいずれ。
「あのね二人共……私は別にチョコレートが欲しかった訳じゃ――」
「……そっかぁ。じゃあエルが食べるぅ!」
「――――ッ!?」
「オーライなの。シアがいらないならエルが食べていいの」
「――私も食べる~!!」
結局フレイシアはチョコレートを手に入れた。
◆◇◆
特に何の感動もなく森を抜けた三人は、草原の街道を移動している。
「酪農家が居るっていってたよね。…………あれかな?」
と言ったのはフレイシアだ。
フレイシア達が暮らしていたミクスの町は、この草原の酪農家から、ミルクなどを仕入れていた。
森を出て最初にたどり着く集落である。
「イエス。確かフェアリーファームって言うの」
「妖精さんが切り盛りしてるんだよね? ちょっと楽しみだよ」
「エルも妖精さん大好きだよぉ!」
それぞれが初めての集落に思いを馳せていた――
――なのにどうして。
「嘘だよ……こんなの嘘だよ……あんまりだよ……」
「クリーチャー……なの……」
「エルが大好きな妖精さんじゃないよぉ~……」
「なんばぼさっとしとっとね? はいんなら早うはいらんね」
――まんまヤマンバそのまんまだった。
◆◇◆
ヤマンバ族。
それがこのフェアリーファームを切り盛りしている妖精である。
子供のように小さな背丈、ボサボサのロングヘアー、吊り上がった目元、鋭い八重歯。
そして何故か、手には包丁を持っている――標準装備である。
ヤマンバ族を注文すれば、セットで付いてくる。
それはさておき。
妖精には様々な種類がいるのだが、このヤマンバ族は、特に見た目が凶悪なのである。
初めて見た者達には、きっと戦闘民族に見えることだろう。
しかしながら。
その凶悪な見た目に似合わず、ヤマンバ族には仁義があるというか、とにかく優しい。
気遣い名人なのである。
「どがんしたとね?」
集落の入口で唖然としていた三人は、ようやく気持ちを持ち直した。
ミーランとエルアナに横腹をトントンとされたリーダーのフレイシアが、意を決して話し掛ける。
「えっと……あなたが、ここを切り盛りしてる……妖精さん……?」
「そがんばい、見たらわかっやろ?」
「????」
この生き物は一体何と言ったのかと、フレイシアは思った。
この生き物のどこが妖精なのか、一体何を言っていたのか、何もかもが分からなかった。
完全に見た目となまりに翻弄されている。
彼女は冒険史上初の危機に瀕していた。
冒険は始まったばかりだというのに、出鼻をくじかれてしまった。
「シアは情けないの……ミーが変わるの」
と、絶望の淵にいたフレイシアに、ミーランが助け舟を出した。
ミーランには言葉が通じていたようだ。
「ミー達はミクスの町から来たの。冒険者になったばっかりなの」
「あ~、そがんね。森ん外は危なかとこもあっけん気ぃつけんばよ」
「サンクスなの。ここにはフェアリーファームが見てみたくて寄ったの」
「よかよ。変わったもんはなかばってん」
そんなこんなで。
三人はヤマンバ族の案内で、集落を見て回った。
この集落には、ヤマンバ族だけが生活しているのかと思っていたフレイシア達だったが、人間などの、他の種族の姿も、ちらほら見受けられた。
集落自体は至って普通であったが、途中でヤマンバ族から差し入れがあった。
この集落で放牧されているグラスムッカ――牛のような生き物から採れたミルクで作ったソフトクリームだ。
甘いものが好きなミーランはもちろん。
この期に及んで萎縮していたフレイシアとエルアナの心も鷲掴みにした。
「あま~い!! やっぱりとれたてミルクは濃厚だね!」
「おいしいねぇ~! エル、こんなの食べたの初めてだよぉ!」
「……ゲンキンなの。でもおいしいの」
スイーツで胃袋を掴まれた三人は、いつの間にかヤマンバ族が大好きになっていた。
楽しかった時間はあっという間に過ぎ去り、フレイシア達は集落を出る――。
「ヤマンバさん、ありがとうございました。お陰でとっても楽しかったです!」
「ソフトクリーム美味しかったの。絶対また来るの」
「エルも! ヤマンバさんも、ソフトクリームも大好きだよぉ!!」
「あはは、そうねそうね、気に入ってくぃたない良かったばい。またいつでもこんねね」
愛すべきヤマンバとの別れの時である。
「「「またね~!」」」
「まっとっけんね~!」
――三人の姿が草原に消えて行く間、ヤマンバは手を振り続けていた。
ヤマンバの生活は始まったばかり――――ではなくて。
フレイシア達の冒険は、こうして始まったのである。
Tips:ミーランはいかなるセリフでも語尾を強調しない。
ルビが多くてすみません。
三人の幼少期は別タイトルでシリーズ化してありますので、興味がお有りでしたらそちらも是非!