不惜身命
フレイアシア達は、ブレの町ギルドマスター、メイリア・ルーンの発言にひとしきり呆れ終えたことで、一度落ち着いたところである。
一応メイリアの名誉のために言っておけば、これは、フレイシア達にやんわりと警告を与えることと、無理に自分の頭越しに勧誘に来る者がいれば、いつでも相談に来いという回りくどいメッセージでもあったのだ。
嘗て、気を使った若手が自分で対処をしようとして、より話がこじれてしまうような事もあったために、メイリアはあえて道化を演じたのだった。
こんな彼女だからこそ、この町の冒険者達は彼女を慕い、何かあれば気楽に相談を持ちかけることが出来るのだ。
支部を預かるということは、その器も評価されてのことである。
「さて、いつまでもあなた達を拘束しておくわけにもいかないわね。この件は本部にも判断を仰がなくてはいけないから、報酬については数日後になってしまうと思うわ。それでいいかしら?」
メイリアが言っているのはお肌の件、ではなく、もちろんスプリガンとダビーの右腕の件だ。
「はい、もちろんです。ミィもエルもいいよね?」
「オーライなの」
「いいよ~」
それを聞いてメイリアは優しく微笑み、詳細は追って連絡すると伝えた。
「リルバはもちろん、今回参加した三つ星冒険者達にも報酬を用意させるわ」
実際に氷のスプリガンを討伐したリルバは当然として、フレイシア達が到着するまで命懸けで奮闘した者達への報酬もメイリアは約束した。
長らく手配中の聖者の怒り絡みの案件であるため、メイリアは冒険者ギルド本部へ掛け合い、報酬を用意させる腹積もりである。
メイリアはこの手の交渉事についても得意としているのだ。
「そうそう、さっきヘレンがメモを置いていったけど、下の酒場では宴会の用意をしているそうよ。主役が居なければ始まらないわ、行っておあげなさい」
少し前に机を運び込む際に受付嬢のヘレンが来て、報告の邪魔にならないようにメモだけを置いて退室していたのだ。
そのメモには、スプリガン討伐のお祝いと、長らく塞ぎ込んでいたリルバの快気祝い、ついでと言っては何だが、フレイシア達の歓迎会を兼ねた宴会の準備中だと記されていた。
「おう、そりゃいい!」
「パーティーなの!」
「楽しそうだね、お姉ちゃん!」
「エル、私達はお酒のんじゃダメだからね?」
「分かってるも~ん」
単純に酒が好きなガジルはともかく、自分たちが主役の宴会と聞いて、ミーランもエルアナも嬉しそうにしていた。
「それじゃあメイリアさん、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
そうしてフレイシア達は執務室を後にしたのだった。
◆◇◆
ギルドの二階にある執務室を出て、一階に降りた一行の耳には賑やかな声が聞こえてきた。
「もう、初めてんじゃねえか!」
待ちきれなかった冒険者達は、一階カウンターから少し離れた場所に併設されている酒場で飲み食いを初め、すでに出来上がっている者達までいた。
「遅いぜおやっさん、もうとっくに初めちまってたぜ」
「馬鹿野郎! 俺の分は残ってんだろうな?!」
エバンズの発言に触発され、ガジルは弾かれた弾丸のように飛び出して行った。
「うわー……乗り遅れた感がすごいね」
「ったく、ここの連中と来たら」
どうしようかと肩をすくめるフレイシアの隣で、身内を恥じるリルバ。
そんな彼女達に、酒場の一角から声が掛かる。
「シアちゃ~ん、リル~、こっちよ~! ほら、ミ~ちゃんもエルちゃんも~!」
声の主は兎獣人の男性――
「あ”ん?」
――もとい、兎獣人のオネエさん、パトラスである。
「どーしたですかー?」
「何でもないわ~♪」
そのテーブルには猫獣人で介助人のマルティを初め、数人の女性冒険者達がいた。
なんとなく入りそびれていたフレイシア達は、ありがたくその申し出を受けた。
「助かりました、なんとなく入りづらくって」
「ここの男達はガサツでやんなっちゃうわよね~」
「……あはは~」
パトラスの物言いに返す言葉が見当たらず、フレイシアは乾いた笑みを浮かべるのがやっとであった。
ともあれ、無事宴会の席に着くことが叶ったフレイシア達は、用意してもらった料理をつまみながら、この喧騒を楽しんでいた。
その最中、リルバの元へひっきりなしに冒険者達がやって来て、一言二言言葉を交わして去っていくという一幕があったのだが、なんと、すべての冒険者がリルバと顔見知りだったようで、フレイシアは驚いていた。
酔っ払ったガジルが酒を片手に、リルバの肩を抱いてわんわん泣いていたのは余談である。
そんなガジルをエバンズが引き剥がして連れて行ったのは言わずもがな。
「いいギルドだね」
「ああ、そうなんだよ」
この町に常駐している冒険者の数は百に届かないほどであるが、その御蔭か皆で協力し、助け合いながら日々を過ごしている。
リルバはアットホームなこの町の冒険者達の温もりを改めて感じ、目頭を熱くしていた。
非凡だが基本を抑え、なおかつ人当たりの良い冒険者が揃っている事で、この町を出た冒険者達はどのギルドでも暖かく迎えられ、重宝されるのだ。
この町を旅立った者達の中には、ガジルのように、外で経験を積んでこの町に戻り、後進の育成に尽力する者まで居るほどだ。
そう言った諸々を含めて、ブレの町のギルドは一目置かれている。
ともあれ、ひとしきり食事を堪能し、冷たいドリンクを飲んで一息ついていたフレイシアの元へ、林からの帰路で少し打ち解けていたマルティがやって来て隣に座った。
「おじゃましますよー」
「あ、マルティさん」
ミーランはパトラスという不思議な生き物に興味をもったのか、楽しそうに歓談しており、エルアナはやはり、年上の女性冒険者達にかまってもらって楽しそうに過ごしている。
「改めてありがとうですよー、あの子とまたお話出来るなんて、夢みたい」
マルティは少し酔っているようで、目がトロンとしている。
あの子というのは、リルバの元パーティメンバーのヒーラーの女性である。
「どういたしまして、って、これ何回も聞きましたよ?」
「何回言っても足りないですよー、大きい借りが出来ちゃいましたねー」
ヒーラーの女性とマルティは同い年で、ライバルであり、親友だったのだ。
その親友との再会というのは、言いようのない喜びがあったのである。
「あれは、私が勝手にやったことで、借りなんて思わなくていいですよ」
「それでもですよー」
そう言ったマルティの顔には、僅かに影が差していた。
「今回のことで痛感したですよ、介助人には限界があるって」
「そんなことは……」
ない、そう続けようとしたフレイシアをマルティが静止する。
「あるんですよ、介助人に出来るのは応急処置、悪化を遅らせるのが精一杯なんです。今回はよかったですけど、いつか、取り返しのつかない事があるかもしれないです」
「……」
フレイシアは黙ってマルティの言葉を待った。
話している内に、マルティは酔が冷めてきたようだ。
そしてマルティはフレイシアを真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。
「私は、回復術師を目指すことにしたですよ。ミケット様を、紹介して欲しいです」
フレイシアはマルティの瞳に、確かな覚悟を見た気がした。
回復魔法を習得するには二通りの道がある、一つは才能、マルティの親友はこちら側であった。
才能がある者は、誰に教わることもなく、その力を行使することができる。
だがこれは、生まれ持ったものであり、望んでも手に入らないものだ。
そしてもう一つの道。
それは口伝を授かること。
とはいえ、それは簡単なことではない。
まず問題なのは、口伝を授けられるほどの達人が少ないこと。
運良く師を見つけ、教えを受けたとしても、その頂は果てしなく高い。
千人に一人いれば良い方と言われている。
そんな茨の道を、マルティは進もうとしている。
伊達や酔狂で言っているわけではないと、フレイシアは感じていた。
フレイシアの祖母、ミケット・ハートは、その資格を持った数少ない達人の一人である。
医療界のスペシャリストであるミケットは、国内でも五本の指に入るほどの実力者だ。
そんな彼女を紹介して欲しいと、マルティは言った。
「本気なんですね」
「愚問ですよ」
少し考えた後、フレイシアは応える。
「分かりました、おばあちゃんはあんまり弟子をとる人じゃないから、必ず入門出来るかは分かりませんけど、口添えはしてみます」
「シアちゃん、ありがとうですよ。いつか必ず、義理を果たしに行くです」
マルティはフレイシアの手を取って、力強く言った。
Tips:この町のメディカーは、マルティ以外男である。




