ギルドマスターとの対面
「な、な、な、な……」
リルバが、狼狽えるのも仕方がないであろう。
なにせ、原則として、守護精霊は一人につき一体までという大前提がある。
一人に五体もの守護精霊を宿しているなどという話は聞いたことがないのだ。
「どや!」
「あほー!!」
――パーン!
リルバは、フレイシアの頭を叩いていた。
一発は仕方がないのではないだろうか。
「ッツー……痛いよ何すんの!」
「あたし達の涙をかえせ! アホ! アホー!!」
興奮しているのか、リルバはその後も何度かフレイシアの頭を叩いていた。
程なく落ち着いたようで。
「はあ……はぁ……。まったく……まったくもう……!」
「うぅ~、喜ぶと思ったのにぃ……」
フレイシアは頭を抑えうずくまっている。
『コラ、リル。お友達をそうパンパン叩いちゃだめでしょ』
「でも……おねえちゃん……」
『ほら、ごめんなさいしなさい』
「う……ごめん……なさい」
「むぅ……」
ヒーラーの女性に咎められ、渋々であるがリルバはフレイシアに頭を下げた。
そのフレイシアは、頭を抑え、リルバを見上げながら頬を膨らませている。
「ううッ……ああ……まあ……感謝はしてるさ。ありがとう」
「ふふん、どういたしまして!」
少し頬を赤らめながら礼を言ったリルバに、かがみ込んだままのフレイシアは、無邪気な笑顔でそう言った。
『なんか、スゲー友達作ったんだな、リル』
剣士の男性は色々な意味でフレイシアの能力を評価した。
「まあ、悪いやつでは、無いんだけどさ……」
『まあまあ、今はこの奇跡を喜んでおこうよ。ね?』
弓術士の男性も、特に不満は無いようである。
『フレイシアさん、だったね、改めてお礼を言わせてもらうよ。ありがとう。これでまた、危なっかしい妹を見守っていけるよ』
そんな事を言ったのはリーダーの男性だ。
「いえいえ、どういたしましてー」
実に満足気なフレイシアは、頭を掻きながらだらしない笑顔で言った。
「嬉しいはずなのに……なんか釈然としない……」
一度は諦めた、家族同然だった元パーティメンバー達との未来を、多少歪んだ形ではあるが取り戻したというのに、何故こんなに複雑な気持ちになるのだろうと、リルバは頭を抱えていた。
そんなリルバを尻目に、フレイシアは氷のスプリガンの亡骸から砕けた生命核と魔石を拾い集めリルバに差し出す。
「とにかくお疲れ様だね……はい、リル」
「ああ、ありがとう」
手渡された生命核の残骸と魔石を見て、リルバはようやく達成感を感じた。
「ほんとに終わったんだな。このあたしが、アイツを倒せるなんてな」
『主よ、親父殿達も待ちわびているようだぞ。胸を張って凱旋しようではないか』
「そうだな」
『おやっさんかぁ、懐かしいなあ』
『親父さん達もびっくりするでしょうね』
『それに、僕達はちゃんと謝らないとね』
『さあリルバ、連れて行ってくれ』
リルバの戦いを見守っていたガジル達は、リルバが戻ってくるのを今か今かと首を長くしている。
「よし、帰ろう!」
リルバの音頭で、フレイシア、そしてエルアナも合流してきてガジル達の元へ向かう。
◆◇◆
リルバを迎えたガジル達三つ星冒険者達はお祭り騒ぎである。
氷のスプリガン討伐を称える事に始まり、リルバの胸元に輝くペンダントの正体が、四つの精霊を宿したものだという話に驚き、そこから聞こえる懐かしい声に涙したりと、大忙しであった。
リルバの元パーティメンバー達の声を聞いたことで、ガジルの涙腺は限界を超え、あまりの興奮にリルバを抱きしめ泣きじゃくるものだから、エバンズ達に無理やり引き離されるという一幕を終え、一行はブレの町へ帰還する運びとなった。
林を抜ける前に、冒険者達が連れていた鳩を使い、目標は達成、増援の必要はない、というメッセージをギルドへ飛ばしていた。
早朝から大わらわで出発の準備をしていた二つ星以下の冒険者達はすでに出発した後だったようだが、ギルドが早馬を向かわせ、今は引き返している。
ちなみに、魔装を常時発動させることに慣れていないリルバは、胸元のペンダントを残して、全身の魔装を解除した。
◆◇◆
リルバを含む冒険者一行は、その日の夕刻、ブレの町へ到着した。
ギルドで帰還を待ちわびていた者達は、先程のガジル達のように大騒ぎになり、少し落ち着いた頃合いを見て、フレイシアを初め、ミーラン、エルアナ、リルバ、そしてガジルは、ブレの町の冒険者ギルドを預かるギルドマスターの執務室へ呼ばれた。
受付嬢のヘレンの案内で、執務室に入ったフレイシア達を待っていたのは、薄い桃色のふんわりとした頭髪に巻角を生やし、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだボディラインの、人懐っこい笑みを浮かべた羊獣人の女性だった。
「ご苦労様、ヘレン、下がっていいわよ」
一言ヘレンをねぎらった羊獣人の女性は、フレイシア達に向き直る。
「おかえりなさいガジル、リルバ。そして初めまして、ファニーポップの皆さん」
恭しく頭を下げた羊獣人の女性はそこで言葉を区切って顔をあげた。
「私はブレの町のギルドマスター、メイリア・ルーンよ」
「美人さんなの」
「コラ、ミィ」
メイリアと名乗ったギルドマスターの見目麗しい容姿を見て、ボソリと呟いた。
ミーランは若々しく見えるメイリアの容姿と、醸し出す色気に見惚れてしまったのか、つい口に出てしまっていた。
「うふふ、ありがとう。あなた達も可愛らしいわよ。ところで、あなた達の自己紹介もしてもらえないかしら?」
少し緊張して見えるフレイシア達へ、メイリアは先を促した。
「はい、私はフレイシア・ノーリン・ハートです」
「ミーラン・ダイスなの」
「エルアナです」
と、至ってシンプルな自己紹介である。
「うふふ、緊張してるのかしら。ステリアはもっと堂々としてたわよ?」
メイリアは意地悪な笑みを浮かべフレイシア達へ言った。
どうも、フレイシアの母親と面識があるようである。
「――うがっ……やっぱり、メイリアさんもお母さんのこと……」
「さすがテアママなの」
「会ったことあるの~?」
フレイシアは母親であるステリアの名前が出た瞬間、ピクリと体を震わせ、すぐに肩を落とした。
そんなフレイシアを尻目に、ミーランはまた新しい武勇伝が聞けるかもしれないと期待をつのらせ、エルアナはメイリアとステリアの関係が気になるようだ。
「昔ね、同じ時期に冒険者活動をしてた頃、時々顔を合わせることがあって、歳が近いのと、名前が似てるのもあって、結構仲が良かったのよ」
「歳が近いって、確かお母さんは八十――」
「――フレイシアちゃん」
母親の歳を口にしようとしたその瞬間、突然目の前にメイリアが現れ、立てた人差し指をフレイシアの口に当てていた。
フレイシアは名前を呼ばれるまでメイリアの動きに全く反応出来ていなかった。
「それ以上は言っちゃダメよ?」
「は、はいぃ……!」
影が差し、輝きを失った瞳で見つめられ、体の奥に響くような低い声でそう言われたフレイシアは、ガタガタと震えながらもなんとか声を絞り出した。
「やっぱりあの世代はレベルが違うの……」
ミーランはつい零してしまった。
もちろんその声はメイリアにも聞こえており。
「ミ~ラ~ンちゃ~ん……?」
「な、な、な、な、なんでもないの! ナッシングなのぉ!」
ギロリと睨まれたミーランは、ブンブンと必死に首を振りながら、先程の失言を撤回した。
目上の女性に対して、年齢の話は決してしてはいけないのだと、フレイシアとミーランは心に刻んだのであった。
「なあマスターさんよ……そろそろ報告を聞いてもらえねえか……?」
助け舟を足したガジルであったが、やはり随分と腰が引けている。
一連の流れを見ていたリルバは、やれやれと肩を竦めていたのであった。
ともあれ、ブレの町ギルドマスターとの顔合わせを終えたフレイシア達は、やっとこさ今回のスプリガン騒動の報告を初めたのである。
ガジルが大まかに流れを説明しながら、フレイシア達が時折補足を加え、メイリアが質問をはさみながら、一時間ほど掛けてじっくり伝えたのである。
執務室の中央には、説明の途中で用意された装飾のない簡素な机が用意され、その上には、スプリガン三体の生命核と魔石、そして、腐らないようにフレイシアが氷漬けにしたダビーの右腕が置いてあった。
それを見ながらメイリアが口を開く。
「まずはお疲れ様、よくやってくれたわ。駆け出しのニュービーが二体のスプリガンを討伐。しかも聖者の怒りに手傷を追わせて追い払い、なおかつそのエンブレムを手に入れたと……」
フレイシア、ミーラン、エルアナを労いつつも、少し呆れを交えながら状況の確認をするメイリアは更に続ける。
「そしてリルバに至っては、エレメンターに覚醒し、この町の宿敵である氷のスプリガンを討伐しただけでなく……五つの精霊を宿す母体になってしまったと……」
喜ばしい成果を上げたのは確かなのだが、メイリアは頭を抱えずにはいられなかった。
「ステリアは過保護すぎるのよ……旅立ちの餞別に持たせるには強すぎる力だわ……」
それなりに年輪を重ねているメイリア(年齢不詳)だが、十代前半の少女がスプリガンや犯罪者を相手に、しかも、終始優勢で完遂するという話は中々聞いたことが無い。
「なあマスター、何がそんなに問題なんだ?」
迂闊にもガジルは脳天気な質問をしてしまった。
「問題大アリよ!」
ダンッ、っと机を叩いてメイリアはガジルを睨む。
「将来有望な若者ってのは何処に行っても引っ張りだこだわ。国中の支部やら何やらにしつこく勧誘される羽目になるかもしれない。しかもリルバは五色精霊よ?」
そこまで言って、メイリアはビシっとガジルを指差し問質する。
「ハイ、ガジル君。このギルドのモットーは?」
「ええと……前途ある若者を導き、巣立ちの日まで守ること……です」
少々萎縮しながらも、ガジルはブレの町のギルドの冒険者心得を口にする。
「そう、それよ」
メイリアが危惧していたこと、それは――
「この町の冒険者を引き抜く時は、必ず私を通すことになっているの。人生経験の少ない若者をたぶらかして非道な扱いをさせないためにね。そして、面談の際は私も立ち会って不正がないように目を光らせなければいけない」
「そこまで世話を焼いてくれるマスターは中々居ないと思いますぜ」
ガジルは目を閉じ、腕を組んでうなずきながら話を聞いている。
「私も、ここまで有望な新人を抱えるのは初めてよ。きっと寝る間も惜しんで対応に追われることになると思うの」
「そうだろうなあ、この子等は十年に一人、いや百年に一人の逸材だろうからなあ」
イメリアの話の合間に、ガジルは律儀にも相槌を打つ。
そして。
「絶対お肌が荒れちゃうわ!」
「うんうん、お肌があれちゃ――ってえええ!?」
全員がガクリと力を失った。
「……そんなこと、気にしてたのか」
「あー……なんか済みません……」
ガジルは呆れ返り、フレイシアも肩を落としながらとりあえずの謝罪をしたのであった。
Tips:メイリアとガジルには、親と子程の歳の差がある。




