けーわい!
「さて、リルの方は大丈夫かな」
「時間は掛かってるけど、苦戦してるわけじゃないみたいだよ」
「そうだね、多分、気持ちの整理をつけてるんだと思う」
消えていった下位精霊達への祈りを終え、フレイシアとエルアナは未だ戦闘を続けるリルバを見やった。
◆◇◆
時間は少し戻って、赤黒い炎の剣と盾を作り出したリルバは、更に走る速度をあげ、左手の盾を前に構えて勢いに任せて氷のスプリガンに突っ込んだ。
その炎の盾には一体どれほどの温度があったのか、接触した瞬間からスプリガンの体から湯気が立ち込めてた。
――ガアアァァ!?
驚いたスプリガンはバックステップで距離を取った。
「やっと……届いたんだな。この時を、どれだけ待ったことか」
『主よ……』
この一撃は、リルバにとって大きな意味を持っていた。
嘗てのパーティメンバーを奪われてから、何度もこの日を夢見ていた。
その思いは、深く繋がっているホムラも同じであった。
『我らはもう、無力な弱者ではない。彼奴のあの表情をみたか?』
「ああ、見たさ」
そこで言葉を区切ったリルバは、炎の剣を前に突き出し、スプリガンを指し示した。
「我が精霊ホムラ!」
『誇り高き我が主よ!』
「『共に怨敵を打ち払おう!』」
その口上に呼応するように、スプリガンの周囲には数十本の氷柱が形成され、リルバめがけて発射された。
「芸が無いな、それしか出来ないのか?」
迫りくる多数の氷柱を、リルバは避けることはおろか、防ぐ様子すら無く、肩に剣を担ぎ、仁王立ちで待ち構える。
目の前の精霊と宿主を引き裂かんと迫る多数の氷柱は、その役割を果たす事無く、その体に届く前に、すべてが水蒸気へと変わった。
――ガアッ!?
訳が分からず呆けた声を上げるスプリガン。
「《魂の炎》」
それが、氷柱を蒸発させた魔法の正体であった。
今リルバの周囲には、陽炎の様なゆらぎが生じている。
飛来した氷柱を蒸発させてしまう程の高温に包まれているリルバ。
当然だが、その中にあっても、自分が火傷をするような事はない。
リルバの魔装《モード・サラマンダー》は、ただの見掛け倒しではなく、熱に対しての耐性が半端では無いのだ。
己の攻撃が全く通用しない事実を見せつけられたスプリガンは、忌々しげに歯噛みしながら、リルバを睨みつけるだけだ。
力をつけ余裕の出たリルバは、ここに来て、ある事に気がついた。
「本当にそれしか出来ないのか」
そう、これまでの攻撃を思い出してみても、スプリガンの使う魔法は、氷柱を飛ばすばかりあった。
確かに、エレメンターではない者達にとっては、ただの力技でも、その力は強大に見える。
事実、それだけで幾人も手に掛けてきているのだ。
『成長途上なのではないか?』
「どういうことだい?」
ホムラは、このスプリガンは未だ成長の途中で、力をつけるために人を襲って来たのではないかと予想しているようだ。
そんな時、儚げな声が聞こえてきた。
「今の声は……?」
ちょうどこの時、フレイシアが猿型のスプリガンを討伐したところだ。
そこから開放された下位精霊の声が、リルバにも微かに届いていた。
声が気になり、そちらへ顔を向けてみれば、猿型スプリガンの亡骸から、下位精霊達が立ち上っているのが見えた。
『あの者達は下位精霊だ』
「何だと!? あれだけの数が……」
期せずして、ホムラの予想が裏付けられたような形だ。
「どれだけ命を弄べば気が済むんだ!」
歯をむき出しにするほどに、リルバの怒りは膨れ上がっていた。
『彼奴の中にも、きっと囚われた者達が居るはずだ……主の誇りもな』
「……」
奪われた仲間達の魂も、目の前のスプリガンの中に捕らわれているとなれば、なおさら穏やかではいられない。
「返してもらうぞ! それはあたしの、大切な家族だ!」
高らかに叫んだリルバは、囚われた家族を開放すべく、陽炎を纏い、力強く地を蹴り、突撃した。
瞬時に距離を詰めたリルバは炎の剣を振りかぶる。
「だあぁ!!」
振り下ろした剣は、身を守ろうと反射的に体の前に出したスプリガンの腕を焼き切り、スプリガンは肘から先を失った。
たとえ体の一部を失ったとしても、その腕は間もなく再生される筈である。
リルバはそれを悠長に待つことはしない、更に畳み掛ける。
「はあ!」
振り下ろしていた剣を、今度は下から斜めに切り上げた。
その剣は胴体に深い傷を付けたが、それは胸元にあった生命核と、腹部にある魔石の間を切り裂いていた。
「ッチ……外したか、だが生命核は見えた!」
すかさずトドメを刺そうとするリルバだが、スプリガンも抵抗をする。
腕が再生するにはまだ少し時間が掛かる。
したがってやむなく蹴りを放つが、その蹴りはリルバの炎の盾に防がれ、くるぶしから下を失った。
更に陽炎を纏っているリルバの周囲は尋常ではない高温であるため、再生が追いつかないのだ。
「知能まで幼稚か……こんな奴に!」
こんな奴に嘗ては手も足も出ず、あろうことか、家族までも奪われてしまった。
スプリガンへ対してもそうだが、リルバは自分自身に対しても腹を立てていた。
片足も一部を失ってしまったスプリガンは、通常よりも再生が遅いことも手伝ってバランスを崩した。
リルバがそれを見逃すわけはなく、そのまま押し倒し、馬乗りになって、その胸元に剣を突き立てた。
「これで終わりだ」
――グエアアアァァ!?
断末魔をあげ、氷のスプリガンの生命核は粉砕された。
「皆……あたし、やったよ……」
絶命し、動かなくなったスプリガンの亡骸を見下ろしながら、万感の思いを込めて、そう呟いた。
どれくらいそうしていたのか、じきにその亡骸から、囚われていた下位精霊達が開放され始めた。
その精霊達から投げかけられる感謝の言葉。
やり遂げたという達成感と、無理矢理に引き裂かれていた精霊たちへの想いが、心の中を満たしていく。
そして、焦がれたものが目の前に現れた。
四つの光が、リルバの前に留まっている。
『ありがとう、リルバ』
内一つの光から、その声は聞こえた。
忘れる筈がない、リーダーの声だった。
「あ、ああ……」
驚いたリルバは、まともに言葉を紡げない。
『ちゃんと見てたぜ! カッケーな、それ!』
リルバの魔装を褒めたのは別の光。
剣士だった者だ。
さらに。
『ふふっ。少し見ない間に、泣き虫になったんだね』
知らず涙を流していたリルバへ、弓術士の男性の声がそう言って。
『ごめんねリル。私達、約束したのに、待っていてあげられなくて』
この世界では数少ない回復魔法の使い手、ヒーラーだった女性の声まで聞こえた。
「違うよ! あたしが、もっと早く……」
特に慕っていたヒーラーの女性からの謝罪に、リルバは反射的に答えた。
しかし、そんなリルバに対して、ヒーラーの女性は、どこまでも優しく語りかける。
『何を言っているの? あなたは私達を信じて、必死に走ってくれたんでしょ? 謝ることなんて何もないわ。むしろ、謝らなければいけないのは私達』
「そんなこと無い! あたしにもっと力があれば、こんなことにはならなかった!」
『うふふっ。じゃあおあいこね』
「……うん」
ヒーラーの女性もリルバの正確はよく知っているので、落とし所を弁えている。
『本当はもっとお喋りしたいけど……そろそろ時間みたい』
「――やだよ、おねーちゃん、行かないで!!」
懐かしい声に触発されたのか、リルバは少し、子供っぽい駄々をこねる。
『ダメよリル』
駄々をこねるリルバに、いつかのように、優しく語りかける。
『本来なら、もう、こんな風に話をすることも出来なかったのよ。私達は、十分幸せだわ』
「……うん。分かったよ、おねーちゃ――」
「――どぉーーーーーん!!」
名残惜しくも、リルバが別れを覚悟しようとしたその時、空気を読まない美少女、フレイシア・ノーリン・ハートが、ドドンと降臨した。
「な!? なんだってんだい!?」
突然隣に降ってきたフレイシアに、リルバも、四つの光も、困惑しっぱなしである。
「私を誰だと思ってるの?」
「フレイシア……だろ……?」
どう考えても場にそぐわないフレイシアの言動に、僅かに青筋を浮かべながらも、リルバはなんとか言葉を絞り出した。
「ちが~う! そういうことじゃな~い!!」
リルバの顔には影が差し、額からは今にも血が吹き出そうになっている。
そんなことには目もくれず、バババッと四つの光を右手に握って、更に左手でリルバの肩に触れた。
『『『『「――なッ!?」』』』』
場の混乱は留まるところをしらない。
「ホムちゃん、後は分かるね?」
無茶ぶりであった。
『ぬええッ!? ……なるほど、そういうことであったか。任せておけ!』
ところが、その意図するところを、何故だかホムラには理解出来た。
意外なほどに、力強く、ホムラは答えた。
「だからなんだってんだい!!」
未だリルバにはこの言動が理解できていない。
そんなリルバには構わず、フレイシアは続ける。
「《飽和する者達》|《歪みの飽和》」
フレイシアは立て続けに魔法を行使する。
どちらもフレイシアの特異魔法《調和魔法》である。
自分を介して四つの光とリルバの波長を瞬時に整え、更に四つの下位精霊とリルバの繋がりを強く、太く、確かなものへ変化させた。
ここまでくれば、後はホムラの領分である。
そして、四つの下位精霊はフレイシアの右手からするりと抜け出て、リルバの胸元へ。
「これは……いったい……」
リルバの胸元に集まった四つの下位精霊の淡い輝きは、しだいに強く、そして輪郭を持ち始める。
程なくして、光が収まったそこには、四つの玉が埋め込まれたペンダントが形成されていた。
『『『『えええぇぇぇ!!』』』』
天に召される覚悟をしていた、四人の魂を携えた下位精霊達は驚愕している。
これに伴い、リルバは、五つの守護精霊が宿るという、奇異な存在になってしまった。
そんなありえないことを仕出かした主犯はといえば。
「バットエンドはお腹いっぱいだからね☆」
などと供述している。
Tips:仕組みは違うが、この世界にもバイクがある。




