もう一人のミーラン
ちょっとだけグロいとこがあるかもです
「……ヴォルケーノ」
林の奥に潜んでいたフードの者は、リルバのインフェルノによって、ピンポイントにローブを焼かれ、その姿を晒された。
そしてその男は、ミーランの父の仇、“聖者の怒り”のメンバーと思われる。
男を見たミーランは、もはやスプリガンなど眼中には無く、視線だけで殺せそうなほどの眼力で、ヴォルケーノの男を睨んでいた。
それは、普段のおっとりとしたミーランからは想像もつかないような、鋭い目つきであった。
ミーランが手を止め、男を睨んでいる為に、今はエルアナが、スプリガンの体を重くし、地面に押さえつけている。
「ミィお姉ちゃん……今なんて……」
エルアナはミーランの側に控えていたたので、その小さな呟きを拾っていたのだ。
エルアナも話だけは聞いたことがあった。
ミーランの過去――ヴォルケーノのとの因縁を。
『ミィ! 返事して! 何を見てるの!! ああもう! エル、ミィはどうしたの?』
ミーランの様子が豹変してから、フレイシアは念話でミーランへ話しかけていたのだが、一向にミーランが反応を示さず、しびれを切らして、エルアナへ返答を求めた。
『…………ヴォルケーノって言ってた。多分、あの人の入れ墨が……』
『今なんて……こんなとこで遭遇するなんて……』
付き合いも長く、ヴォルケーノに対するミーランの恨みを、一番良く知っていたフレイシア。
まさか、旅に出て、たったの数日で遭遇するとは、夢にも思っていなかった。
フレイシアとしては、三人笑顔のまま、楽しく旅をしていきたかった。
あんな顔のミーランなど、見たくは無かったのだ。
仇を目の前にした時、ミーランがどのような行動に出るのか、それはフレイシアにも予想出来なかった。
「ヴォルケーノって、あの犯罪者集団のか? あの子と何か関係があるのかい?」
状況の変化に戸惑うリルバは、近くに居るフレイシアに口頭でそう聞いた。
「アイツじゃあないと思うけど、ミィのお父さんは……ヴォルケーノに……」
「そうか……そうだったのかい……調子に乗って余計なことをしてしまった」
「リルのせいじゃないよ! そんなことは、絶対に無い!」
もののついでと、潜んでいた男のローブまで焼き払ったリルバだったが、ミーランの豹変ぶりと、フレイシアとエルアナの動揺する姿を見て、余計なことをしてしまったかと後悔していた。
そんな風に自分を責める、責任感の強いリルバの言葉を、フレイシアは否定した。
「――あッ!? ミィ! 待ちなさい!」
そうこうしている内に、ミーランが動いていた。
周囲に浮遊させていた武具を一度グリモワールに収納し、己が出せる最高速度で、男の元まで飛んで行ったのである。
道中にいたスプリガンとはすれ違い、無視してそのまま移動している。
頭に血が上っているミーランは、他のことなど考える余裕が無かったのだ。
そういう風に躾けられているのか、飼い主に害をなそうとしているであろうミーランを追いかけようとする二体のスプリガン。
男の戦闘能力は分からないが、もしこのままスプリガンが追いついてしまった場合、三対一で、しかも挟み撃ちにされてしまう。
ミーランの力を疑うわけではないが、万が一があってはいけないため、フレイシアは比較的近場に居るエルアナに指示を出す。
『エル! とりあえず、その二体のスプリガンも止めておいて!』
『分かった!』
エルアナに指示を出しながらも、フレイシアはリルバを伴って走り出した。
エルアナの魔法により自重を数倍にされた二体のスプリガンは、身動きが取れなくなり、それ以上ミーランを追うことは出来なくなった。
体の自由を奪われた二体のスプリガンは、もがきながらも、少しずつ向きを変え、エルアナの方へ向き直ろうとしており、ターゲットを変えたようである。
その頃になると、ミーランは男の眼前に到達し、その容姿を目に焼き付けていた。
背は高いが大柄ではなく、引き締まった体型で、紺色の髪からは犬獣人のものと思われる耳が生えており、黄色い瞳で、忌々しげにミーランを睨んでいる。
人間であれば二十代後半程に見えるが、獣人も長命であるため、実年齢は不明だ。
「ゲホッ……ゴホッ……。クソガキ共が」
「そのエンブレムには見覚えがあるの。お前は、ヴォルケーノ」
悪態をつく目の前の男に向かって、確認するようにミーランは冷たく言い放ち、男は己の右肩のタトゥーを見た。
「これを見たことがあるのか。よくもまあ生き残っていたものだ」
「……」
ミーランの想いを知ってか知らずか、その男は言った。
というのも、ヴォルケーノのエンブレムというのは、余り知られていない。
そのエンブレムは、刃を胸元に抱いた儚げな聖女。
これを知っている者は、ヴォルケーノのメンバーか、それに通じる裏の者達と国の有力者達、そして、一部の生き残りである。
一般人で、これをヴォルケーノと結び付けられる者は多くないのだ。
あまり表立って動くことをしないヴォルケーノだが、この男のように単独で秘密裏に動き、何かを企てていたりするか、何かをやらかす時は、大抵組織だって動き、姿を見た者は殺されてしまう。
仮に生き残ったとしても、メンバー達に刻まれたエンブレムは、目立つ場所に彫り込まれているわけではなく、腕の立つ盗賊などと思われていることも珍しくはない。
だが、ミーランはこのエンブレムを見たことがあった。
嘗て、自分と母親を逃がすために、ヴォルケーノに一人立ち向かった父の背中越しに見た男の腕にも、そのエンブレムが刻まれていたのだ。
当時は、そうとは知らなかったミーランだが、後になって、元冒険者の母に教えられた。
(あの程度のスプリガンでは簡単に押さえられるか……アレを起動出来るまでもう少し掛かるな。エルフとドワーフの女もこちらへ向かっている。時間を稼がねば)
ミーランと向かい合う男は、容易く身動きを封じられているスプリガンを横目に見ながら、何やら考えていた。
「お前、名は?」
時間を稼ぐためか、男は唐突にそんな事を聞いた。
「まずは自分から名乗るものなの」
「ハッ……これは失礼した」
ミーランの言葉を鼻で笑い、男は大げさに一礼してみせた。
「俺はダビー・ロンド。ご明察の通り、ヴォルケーノの団員だ」
「……ミーラン・ダイス」
あからさまに演技臭く、タラタラとしたダビー・ロンドと名乗った男の語り口は鼻についたが、ミーランも名乗り返した。
「ダイス……ダイスか。あー、錬金術師にそんなのが居た気がするな」
ミーランの母親であるカレット・ダイスは、質の良い魔道具を作るため、国内でも一部で名が知られており、ダビーにも聞き覚えがあったようだ。
「お前なんかに知られていても虫酸が走るの」
「随分な言い草だな。俺が何かしたか? あんな雑魚では相手にもなってなかったじゃないか」
何かしたかというダビーの言葉、それがミーランの逆鱗に触れた。
「――パパはお前達に殺されたァ!!」
「――ぐッ!?」
毛が逆立つほどに膨れ上がったミーランの殺気に当てられ、目の前に居たダビーはひどい悪寒を感じた。
なにかまずい、そう思った時、ダビーの右腕は根本から切断されていた。
「ぐあああああぁぁぁぁぁ!!」
(なんだ!? 何をされた!?)
何の前ぶれもなく、突然失った右腕が地面に落ちていくのを見つめていたダビーは、それを成したであろうミーランに視線を移した。
そのミーランが手にしていたのは、先程までの純白のグリモワールとは違う、黒い本。
「|《グリモワールver.black》――お前達を殺す準備は、いつでも出来ている!!」
魔道士であるミーランは、古い記憶すら自由に引き出すことが出来る。
それ故に、父親の仇であるヴォルケーノに対しての憎しみも、忘れたことは無い。
しかし、フレイシア達との穏やかな生活の為に、その憎しみは、心の奥に押し殺していた。
だがやはり、日を追う毎、年月を重ねる毎に、憎しみは膨らんでしまった。
それを押さえるために作った新しい魔装、それが|《グリモワールver.black》であった。
それは殺意の象徴、憎しみに染まった人格すら封じ込めた、仇を打つための魔装。
この中には、殺すためのすべてが詰まっている。
親友のフレイシアにすら見せたことがなかった――ミーランの闇だ。
「何……あれ……」
リルバを伴ってミーランの元へ向かっていたフレイシアは、絶句し、立ちすくんでいた。
リルバも同様である。
「あの殺気は、尋常じゃないぞ……それに、いつ攻撃したんだ……」
そう、少し離れた位置にいた二人にすら、ミーランが何をしたのか全く見えなかったのだ。
「ミィ……」
なんとか絞り出したそんな呟き。
フレイシアは少しずつミーランの元へ歩み寄りながら徐々に走り始め、ミーランの十メートル程手前で立ち止まった。
リルバはその場に留まり様子を見ている。
一方ダビーは、片膝をつき、切断され右肩から吹き出す出血を押さえるべく、何やら魔法陣の描かれた紙を取り出し、切断面に貼り付けた。
「ぐうぅ……」
歯を食いしばりながら紙を貼り付けたと同時に、水分が蒸発するような音と、肉の焼けるような、嫌な匂いが立ち込める。
ダビーは、貼り付けた紙に描かれていた魔法陣によって、切断面を焼いたようである。
そんなダビーの姿を、ミーランは冷たい瞳で見下ろしていた。
(くそっ……完全に誤算だ。このガキはやばい。アレの準備は出来たようだな、後は隙きがあれば……)
ダビーとミーランは、互いに油断なく相手の様子を伺っている。
その時、息を整えたフレイシアが、ミーランへ声を掛けた。
「ミィ、もういいよ、そいつはもうまともに動けない。後は、捕まえてギルドに連れて行こう」
事実、ひどい出血によって、ダビーの顔は青白くなっており、意識をつなぎとめるだけで精一杯に見える。
ダビーを見下ろしているミーランにもその声は聞こえたらしく、声の聞こえた方へ、ゆっくりと視線を移した。
そのミーランの視線の先には、悲痛な表情をした親友の姿があった。
「……もうやめよう? そんな顔、ミィには似合わないよ」
「シ……ア……」
封じ込めていた人格を開放していても、親友のその表情は、胸に来るものがあった。
更に歩み寄りながら、フレイシアはミーランに手を差し伸べる。
「シア……ミーは……」
そしてミーランも、伸ばされたフレイシアの手を取ろうと手を伸ばした。
その時。
(視線が切れた、今しかない!)
「発動!」
「――ッ!?」
「……ミーラン・ダイス、名は覚えたぞ」
ミーランがフレイシアに視線を移した隙きに、ダビーは懐に隠し持っていたらしい魔道具を発動させ、淡い光がその体を包み込み、ミーランを睨みつけながら一言発して、姿を消した。
その場に残ったのは、切り落とされた右腕だけであった。
「何処に行った……ダビー・ロンドぉおおおおお!!」
未だ精神が不安定はミーランは、姿を消した敵の名を叫ぶ。
ダビーは、レギオスでさえ感知できない場所へ逃れたようであった。
「殺してやる! 殺してやる!!」
「――ミィ! もういい! もういいから!!」
気が狂ったように取り乱すミーランを抱きしめ、フレイシアは諌めようとしている。
一回り小さなミーランを優しく包み込み、背中を擦りながら、必死に呼びかけるフレイシア。
その甲斐あってか、ミーランは徐々に落ち着きを取り戻し、黒いグリモワールは形を失い、ミーランの中へ戻った。
「シア……ミーは……ミーは……」
「うん。分かってる、もう大丈夫。大丈夫だから」
正気を取り戻したミーランは、フレイシアの胸でひっそりと涙を流していた。
そんな二人を見ていたエルアナも、今すぐに駆け寄りたかったのだが、今は三体のスプリガンを押さえつけており、ひどくもどかしい想いをしていた。
『ミィお姉ちゃん……』
その場を動けないエルアナは、短い念話に、精一杯の想いを乗せた。
『エル……ごめんなの……もう大丈夫なの』
『うん』
Tips:魔力は肉体の延長で、一定量、体の周囲に維持されている。




