悲壮のサラマンドラ
我の意識が芽生え始めたのは、冒険者として活動している主の、ある戦いの最中だった。
僅かに芽生えた意識の中で見たものは、打ちひしがれ、絶望に染まりながらも、同胞を守らんとする主の姿だ。
我は何をしているのか、我が主が窮地にあるというのに、誇りを汚されようとしているというのに。
ただ見ていることしか出来ないのか。
もどかしい。
未だ名も無きウィスプであり、主との繋がりが希薄であるが故に、存分に力を振るい、其方の誇りを穢さんとする悪しき輩を討ち滅ぼす事が叶わぬ。
口惜しい。
誇り高き我が主よ、いつの日か、真の意味で其方と共に歩めんことを、我は願う。
あの戦いが終わり、主だけは生き延びることが出来たが、同胞を失った主は、暫くの間、心を病んでしまった。
自棄になり、己の無力を嘆く主の姿を、我はただ、見ていることしか出来ない。
言葉を掛けたかった。
我が居ると、主は決して一人ではないと、知ってほしかった。
だが届かなかった。
何時までこうして居なければいけないのか。
誰か居ないのか、我が主を、闇の中から救い出してくれる者は居ないのか。
もう主は、光の中を歩むことさえ許されないのか。
誰でも良い、主を救ってくれるなら、我でなくとも良い。
無力な己を呪いながらも、我は願った。
己を攻め続ける主であったが、生きることを辞めることはなかった。
出来なかったのかもしれない。
同胞により残された命を無為に散らすことは、彼らに恥ずべき行為だと思ったのだろうか。
しかし、ただ生きるだけでも金が必要だ。
主は冒険者として生きることしか知らなかった。
故に冒険者としての活動を続けていた。
だがやはり、再び戦いに赴く事も、再び仲間を作ることもなかった。
採集などの依頼と、住み込みで働いている宿屋の仕事で日銭を稼いでいたようだ。
そうした、ただ、生きているだけの日常を過ごしていたある日、あの娘達と出会った。
始めこそ心を許さず、距離を置いているようであったが、我は感じていた。
僅かだが、主の心が揺れている事を。
これまで、幾人か主を慰めんとする者たちも居たが、主は決して心を開かなかった。
そして、次第に主に歩み寄る者は減っていった。
だが、この娘達は違った。
特に、恐らくはリーダー恪であろう娘だ。
誰もが躊躇い、踏み込めなかった主の心に、踏み込んだのだ。
嬉しかった。
我の意識が芽生えて後、一度として見ることが叶わなかった主の笑顔を、我は初めて見ることが出来た。
この娘には感謝してもしきれない。
この頃からだろうか、我と主の繋がりが、これまでと少し変化し始めたのは。
些細な変化でしかなかったが、確かに何かが変わり始めたのだ。
そうして、新たな同胞との交友を深め始め、いつか過去を乗り越え、穏やかな生活が訪れると思っていた時。
彼奴が再び現れた。
それを知った主は正気を失った。
報告に来た冒険者を問い詰め、位場所を聞き出し、一人で町を飛び出してしまった。
仇を討とうというのか、それとも、無謀に挑み、嘗ての仲間の元へ逝こうというのか……止めねばならない。
だが、たかがウィスプである我には止めることは必ず、またしても見ている事しか出来ないのかと、己を攻めた。
彼奴を前に、感情に任せて特攻してどうなるというのか。
何より、我が主は、彼奴から逃げ延びてからというもの、一年近く、戦闘を行っていないのだ。
万に一つも勝機は無かろう……。
何故だ主よ。
やはり主は、死に場所を求めていたのだろうか。
ようやく、僅かずつだが、穏やかな心を取り戻そうとしていたというのに。
……止まらぬのか。
そして戦いが始まり、主の命に危険が迫った時、あの町の冒険者達が現れた。
もはやこの者たちに賭けるしか無い。
どうか、守ってあげて欲しい。
死に急ぐ主を、守ってくれ。
しかし、この者達でも、力は足りなかった。
あろうことか、我が主の目の前で、またしても……。
貴様は、また我が主から笑顔を奪うのか、友を奪うのか、誇りを穢すのか!
許さん、断じて許さん!
いつまでも我が何も出来ぬと思うな!
いつまでも無力な我自身と、貴様という存在を、我は許さん!!
そんな時、あの娘が現れた。
来てくれたのだ。
不安と恐怖に塗りつぶされそうな主の前に。
あの娘は来てくれた。
そしてあの娘が再び主に触れた時、変化が起こった。
その瞬間、これまでに無かった程に主を感じた。
これまでは、希薄で、か細かった繋がりが。
深く、確かな繋がりへと変化した。
――我は形を成した。
感じる……主の息吹を!
感じる……主の想いを!
感じる……主の全てを!!
未だ嘗て、これ程の高ぶりが有っただろうか、これ程の高揚が、これ程に心躍ったことが有っただろうか……否だ!
話したい事はいくらでもある、伝えたい想いはいくらでもある。
だが、先ずは彼奴を打ち破ろう。
我らの初陣に相応しいではないか。
『ようやくだな、我が主よ』
『我は焔、炎のサラマンドラ』
~・~・~・~・~
「そうか! よろしくな、ホムラ!」
『ええッ!? いやそれは名前じゃ――』
「早速で悪いけど力を貸してくれ!」
『しょ――承知した!』
覚醒しハイテンションなリルバは、ホムラの口上を勘違いして、それを名前だと思ってしまった。
ホムラはリルバの勢いに飲まれて、訂正する機会を失うのであった。
リルバは、そんなホムラから一度視線を切って、炎が漏れ出した際に、少し離れた位置に移動したフレイシアへと視線を向けた。
「ありがとうフレイシア。あたしは、一人じゃなかったんだな」
「どういたしまして。それと、シアでいいよ。……ホムちゃんもよろしくね!」
『ホムちゃ……ッ!?』
リルバに礼を言われたフレイシアは、そんな呼び方水臭いと、愛称で呼ぶように告げ、横に控えるホムラにも改めて声を掛けたのだが、それを聞いたホムラは、白目を向いて固まっている。
誇り高きサラマンドラの愛称はホムちゃんになった。
一方、リルバの覚醒を見守っていた冒険者達も活気だっていた。
「……あれがリルバか。存在感がまるで違うじゃねえか! 大したもんだ!」
そう言ったガジルの目は、娘の成長を喜ぶ父親のようである。
「あら~ん? おやじさん泣いてるのん?」
「ったく、空気読めねぇな、お前。おやっさんはリルバを娘みたいに可愛がってたんだ、当然だろうが。無粋なこと言ってんじゃねぇよ」
「それにしても不思議な顔してますよー。笑ってるのか泣いてるのかー。あれが男泣きって言うんですかねー?」
感極まっているガジルの姿をみて、パトラスが茶化し、エバンズがそれを咎め、マルティはマイペースに言葉をこぼす。
そんな三人の会話はガジルに聞こえており。
「――ッせーぞ、お前えら! お前らにとっても妹みてえなもんだろうが! なんでそんな冷静なんだ! 感動はねえのか!? お前えらの血は何色だ!!」
ガジルの照れ隠しはいつもこのような感じである。
「照れ屋さんね~♪」
「おやっさん……」
「顔が真っ赤ですよー」
照れるガジルは、更に茶化されることになるのであった。
ミーラン達がスプリガンを抑え、リルバが力を手に入れ、この場の者達から危機感が薄れた時。
林の奥でリルバの覚醒を見ている者がいた。
リルバにスプリガンをけしかけたフードの者である。
「辺境の田舎町にエレメンターが四人だと……クソッ! どうなっている!」
氷のスプリガンが手も足も出せず、完全に抑えられており、あまつさえ新たに覚醒した者まで現れた。
フードの者は忌々しげに言葉を吐き捨てる。
「……流石に一匹では分が悪いか。止む終えん……さあ来い! お前たちも、あいつらを喰ってこい!」
フードの者は、数体の何かを召喚し、再び戦場へ送り込んだ。
~・~・~・~・~
フードの者が潜んでいる場所はミーランのレギオス内。
彼女達が気づいていない訳がなかった。
『ねえ、ミィ。あそこに居るのって、やっぱり敵だったんだね』
『みたいなの。はあ……こっちに何か来てるの』
『うわっ!? なんだこれ!? 頭のなかに声が!!』
『念話だよ~! あ、覚醒おめでと~』
『あ、ありがとう……念話?』
この念話もフレイシアの調和魔法である。
思念を魔力に載せて相手に譲渡するものだが、通常は接触している相手としか念話を使えない。
しかし、今この場には、レギオスによって魔力が充満している。
それはつまり、同じ波長の魔力でつながっているということだ。
リルバもこのネットワークに入っているのは、覚醒の際、フレイシアがコソッと調律をしていたからである。
そもそも、『歪みの飽和』は、波長の合わない者には行使出来ないのである。
そこで、初めにリルバを包み込んだ魔力、あれが『飽和する者達』という、接触した者との波長を瞬時に飽和させる調和魔法なのだ。
ともあれ、レギオスを発動した時点で、フレイシア達は林の奥に潜むフードの者の存在に気付いていた。
動かずじっとしていたために、一先ずは放おっておいただけだ。
そして今、一人しかいなかったその場所に複数の気配が現れ、こちらに向かってくるのを感じ、改めて敵として認識したという訳だ。
『あ……大事なことを忘れていたの』
『ん? どうしたの?』
敵の反応が近づいてきた時、ふいにミーランが何かを思い出した。
『ミーとエルは、まだ自己紹介をしてなかったの……』
――ドカッ!?
フレイシアとリルバがズッコケた音である。
「どうしたんだ? 急に二人してズッコケたぞ?」
先程までリルバの覚醒を喜んでいた冒険者達には、念話が聞こえていない。
突然フレイシアとリルバがズッコケたため、一体何事かと首を傾げていた。
『『今言うことかー!!』』
フレイシアとリルバは、見事なシンクロでミーランに念話を飛ばした。
『そんなわけで、ミーラン・ダイスなの。ほら、エルもなの』
『え? あ~、エルアナだよ~!』
このタイミングで本当に自己紹介をするのかと、さすがのエルアナも一瞬戸惑いはしたが、思えば、確かにリルバとは話したことが無かった為、名乗ることにしたようだ。
『ああ……よろしくな、リルバだ。なあ、シア。いつもこんな感じなのか?』
『うん、まあ……大体こんな感じ……だね……はは』
自分だけ名乗らない訳にもいかず、リルバも名乗り返した。
フレイシアも力なく笑うだけであった。
今更ながらに自己紹介も終わった所で、現状の確認である。
『近づいてくる反応は二つなの』
氷のスプリガンを牽制しつつ、ミーランが言った。
今、ミーランの周囲には複数の剣や盾など様々な武器が漂っている。
ミーランはグリモワールから取り出したそれらを操り、スプリガンの攻撃をいなしているのである。
『うーん……あの辺りは木が多くて戦いにくそうだね、リル、近くに広場とか無い?』
『この辺りには無いね。……そうだ! 折角だからあたしに任せてくれないか?』
『……? いいけど、どうするの?』
森で育ってきたフレイシアではあるが、彼女は死角の多い木々の間で戦うのは余り好きではない為、どこか開けた場所はないかとリルバに問いかけたのだが、リルバには他に考えがあったようだ。
そしてリルバはホムラへ言葉を掛ける。
「ホムラ、あたしにも魔装が使えるのか?」
『ああ、もちろんだ主よ。望む力があるのだろう?』
「望む力か……あるさ! この一年、望み続けた力がな!」
『ならば主よ。目を閉じ、意識を集中するのだ。後は我を信じ、任せてくれ』
「信じてるさ、相棒」
そうしてリルバは目を閉じ、自然体に見える立ち姿で意識を集中し始めた。
求め続けた力を明確に思い浮かべ、己の魔力をホムラに託す。
相棒と呼ばれたホムラも、リルバの全服の信頼に応えるべく、実体を崩し、リルバと同化していった。
魔法によって発生する炎は、使用者の魔力によって、その色が変わる。
ホムラがリルバと同化していくに連れ、リルバの体を、赤黒い炎が包み込んでいく。
先程までよりパートナーを近くに感じるリルバとホムラ。
その距離が近づけば近づくほどに、充実感に満たされ、やがてその時が来る。
『……待たせたな主よ。さあ、唱えよ。『「《モード・サラマンダー》」』』
赤黒い炎の中で共鳴した言霊。
その声が辺りに響けば、燃え盛っていた炎が、リルバの身に纏わり付き、形を成していく。
真っ赤な瞳に、赤毛のポニーテール。
引き締まった体を包み込むのは赤黒い特攻服。
そして何より目につくのは、手足や首筋に窺える赤い鱗だ。
「うそ…………全身魔装……」
不意に溢れるフレイシアの呟き。
先輩エレメンターの彼女を以てしても、覚醒したばかりで全身に纏う魔装など、常軌を逸していた。
フレイシア自身、初めは、武器を作り出すだけで精一杯であった。
他の箇所は、数年掛けて、少しずつ作っていったのだ。
「……これが精霊の力か。ハハッ――心が燃えて火傷しそうだ!!」
力強い立ち姿で、リルバはそう叫んだ。
それを見ていたガジルは、更に目頭を熱くしている。
「力を手に入れたんだな……仲間を守る力を……誇りを守る力を。へへッ……カッコイイじゃねえか」
「「「親ばか……」」」
そんなガジルを見守る冒険者達は、もはや茶化す事も忘れ呆れていた。
そうこうしているうちに、全身魔装を発現させたリルバに動きがあった。
「要は障害物がなければいいんだろ?」
「え? うん、まあ」
「よし……」
フレイシアに確認を取ったリルバは魔力を高めていく。
「……『インフェルノ』!」
不敵に笑ったリルバは左手をかざし、言霊を紡いた。
――パァァァァァァァァァァァン!!
強烈な破裂音と共に、氷のスプリガンの位置から、フードの者の周辺までに生い茂っていた木々が、蒸発するかのように、一瞬で消滅した。
『――!? 何なの!? 何が起こったの!?』
『――ッうわ!?』
何の前触れもなく、突如として目の前の景色が激変した事で、ミーランとエルアナは動揺していた。
『っとお、済まなかったね、集中してたから言うのを忘れてたよ。それと、アンタの魔法も利用させてもらった』
驚かせてしまったミーランとエルアナにぶっきらぼうに謝罪するリルバ。
驚きはしたものの、ミーラン達は特に怒っている訳ではない為、それ以上言及することは無い。
ミーランの魔法を利用したというのは、レギオスの事である。
リルバはレギオスによって充満している魔力を活用し、そして完全把握された空間内の木々と、ついでとまでに、潜んでいた者のフード付きローブを、正確に焼き尽くしたのだ。
そう――フードの者の姿が、ついに顕になった。
「新しいスプリガンが二体!? ……それにアイツぁなにもんだ」
木々が蒸発するという異常な光景を目の当たりにした一同だったが、一息つけば、それによって開かれた空間に残る存在に目が行く。
それはガジル達も同様で、その場に立ち尽くす二体のスプリガンと、ローブを焼かれ、むせ返っている何者かを初めて認識した。
氷のスプリガンよりも更に林の奥手に位置しているその何者かは、距離があるために、はっきりと窺うことは出来ない。
しかし、ミーランの位置からはおぼろげにだが見えるらしく、ローブを焼かれた男の、ある部分を一点に見つめ、その小さな体から、異常な殺気が溢れ出した。
「……ヴォルケーノ」
ローブを焼かれた男の右肩に刻まれたタトゥー。
それは、ミーランの父の仇、“聖者の怒り”のエンブレムだった――。
Tips:守護精霊の加護が無くとも、ほとんどの属性の魔法を行使できる――ただし弱い。




