ファニー・ポップ
フレイシア・ミーラン・エルアナの過去のまとめです。
――中林凛。
それがフレイシアの前世の名前である。
仲の良い友達には、林と凛で、りんりんと呼ばれていた十歳の小学四年生。
田畑の多い田舎町で育った彼女は、母親に買ってもらったばかりで、お気に入りのピンクのコートを纏って友人の誕生日会に向かう途中、浮かれていた彼女は、ついつい橋の欄干に登り、いつものようにスイスイと渡っていた。
しかし、吹き付けた突風によってバランスを崩し、それにより脚を踏み外して、冷たい冬の川に落ちてしまった。
そうして幼くして命を落としてしまった彼女は、気がつけばこの世界に転生していたのである。
この世界で彼女を産んだエルフの女性、ノーリン・ハート。
ノーリンは病弱で出産に耐えられる体では無かった。
しかし、ノーリンは出産に挑み、その命と引き換えにフレイシアを産んだのだ。
父親はおらず、生みの親を失ったフレイシアは、ノーリンの妹であるステリア・ハートに引き取られた。
そして、ステリアを見たフレイシアは驚いた。
髪の色や耳の形は違うが、ステリアの顔は生前の母親と瓜二つだったからだ。
生前の母親に似たステリアは、フレイシアの唯一の心の拠り所だった。
そして二歳になった頃。
訳が分からず、不安で泣いてばかりだった彼女の元へ、神が顕れた。
神が管理する二つの宇宙、一つには地球、もう一つにはこのファウンテンが。
片方で生を終えた魂は、別の世界に送られ輪廻を巡っている。
別の世界に魂を送るのは、同じ世界で魂を巡らせるのは、その世界に良くないという神が設定したルールである。
それに従って、中林凛の魂はファウンテンに送られたのだが、神は時折、前世の記憶を維持させたまま転生させることがある。
それは世界に刺激を与える為だ。
その刺激は強すぎてはいけない為、転生者に選ばれるのは子供のみである。
今回白羽の矢が立ったのは中林凛だった。
二つの世界の文化には似通った部分が多い、これは転生者に対して、神なりの心のケアの為である。
言葉や文字も似通っている。
それによって、ある程度早く順応出来る。
自分が管理する世界と、そこに宿った生命を、神は慈しんでいる。
フレイシアにも少しだけお節介を焼いていた。
体は弱いが、子供を欲しがっていたノーリンに直接頭を下げ、中林凛の魂を受け入れ、子を宿し産んで欲しいと頼んだこと。
ステリアの事、生前の友人が中林凛の墓前に備えた手紙をフレイシアへ届けたこと。
フレイシアが気付いていないだけで、他にもなにかお節介を焼いているかもしれないが、それこそ、神のみぞ知るというところだ。
そんな神との対話の際、フレイシアは己の才能を知らされた。
それが“調和の資質”。
フレイシアは、その資質を駆使して独自の魔法を作り上げている。
資質を持ったフレイシア本人にしか行使出来ない特異魔法、『調和魔法』である。
主に、触れた相手の魔力に干渉し、調律を施せる魔法だ。
ミーランとエルアナの魔力の波長を調律し、同調させているのもこの調和魔法によるもので、フレイシアに抱きつかれたリルバが違和感を覚えなかったのも、この魔法の余波のようなものである。
ともあれ、神とのやり取りはこのようなところである。
今、共に旅をしているミーランとエルアナに出会ったのも二歳の頃だった。
――ミーラン・ダイス。
この世界で、フレイシアに初めて出来た親友。
元冒険者で錬金術師の母親を持つ、人族の少女。
ミーラン・ダイスはこの世界でも希少な存在である魔道士だ。
男性はウィザード、女性はウィッチと呼ばれる。
通常、血液中にて発生する“気”は、細胞を経由する際に“魔力”に変換される。
その変換は一方通行であり、魔力を気に戻すことは出来ない。
しかし、彼女達魔道士は、その理から外れ、変換された魔力を、再び気に変換し直すことが出来る。
気には、肉体を若く健康に保つ効果があり、意図して肉体に気を充実させることが出来る彼女達は、寿命で死ぬことは無いと言われる程に肉体を超越している。
魔道士というのは、偶然、そういう体質で生まれてくるもので、通常の赤子よりも自我の芽生えが早く、知らない言葉こそ理解は出来ないが、音声も映像も、かなり早い段階から記憶が残る。
生まれつき上位精霊を宿し、ウィッチとして生まれてきた彼女と、フレイシアが出会ったのは、ある事件が切っ掛けだった。
魔力と気を自在に操る事が出来、生物としての格が違う彼女達は、その戦闘能力もずば抜けており、より若く、未熟な者程、犯罪集団に狙われる傾向がある。
かく言うミーランも例外ではなかった。
ミーランを出産した際、母親であるカレット・ダイスとその夫は、生まれながらに上位精霊を宿していた意味を理解し、ミーランに伸びるかもしれない魔の手を危惧して、ミーランが魔道士である情報の拡散を出来る限り押さえ込んだ。
結果から言えば裏切った者は居ない。
だた運が悪かった。
それだけの事で、家族三人はどん底に叩き落されたのだ。
生まれてから、殆どの時間を家の中で過ごしていたミーランだったが、日に当たらなければ発育に関わる、その為、庭までは出ることがあった。
魔道士とは言え、まだ幼い二才児であり、油断していたミーランは、人が見ているとは知らずに、リス型のエレメントであるノアを体外に出し、庭で一緒に遊んでしまったのだ。
その姿を見ていた者は、ミーランが魔道士であることに気づき、その情報をある組織に売ってしまった。
革命を謳い、殺人、強奪を繰り返す犯罪集団――『聖者の怒り』である。
神出鬼没で規模も不明、数人ずつのグループに分かれて、国内の至る所で目撃されている。
ミーランは、そのうちの一つのグループに目を付けられた。
最初のうちはミーランの引き渡しを拒む両親に悪辣な嫌がらせを続ける日々であったが、とうとうしびれを切らした奴らは強硬手段に出た。
ミーランを拉致するために、ミーランと両親が暮らす家に数人で押し入ってきたのだ。
押し入ってきた奴らは怒鳴り散らし、辺りにある家具を破壊し続けた。
愛する妻と子を守るために、父親は苦渋の決断をする。
自らが奴らを引き受け、その間に妻と子を逃がすというものだ。
父親は勇猛に戦った、複数人を相手に善戦していた。
母親に連れられ逃げ出すミーランの目に写ったのは、勇猛に戦う父の背中と、醜くあがく虫けらをあざ笑うような、リーダー格であろう男の悪相であった。
囮になった父親とは、あれ以来会ってはいない。
生存を望める状況ではなかったためにミーランもカレットも諦めている。
父親の犠牲を無駄にしないためにも、確かめに行くわけにはいかなかったのだ。
そうして逃げ出したミーランとカレットは、ヴォルケーノの追跡を逃れるべく、半年かけて各地を転々とし、カレットの元パーティメンバーであるステリアの元へ逃げ込んだのである。
かくしてミーランとフレイシアは出会い、転生者と魔道士という特異な存在である彼女達はすぐに打ち解け、親友になった。
二人が出会った時、すでにエルアナの母親であるベアータがステリア家に身を寄せており、エルアナの出産を終えていた。
そんなエルアナも八歳の頃、一つの問題を抱えていた事が発覚したのである。
――エルアナ。
フレイシアとミーランに可愛がられている妹。
人族の父親とディアブロ族の母の間に生まれたハーフだが、人族の血は殆ど受け継いでいない。
フレイシアとミーラン、二人の姉と共に旅に出るべく、エルアナは早い段階からベアータの訓練を受け、エレメンターへの覚醒を目指していた。
ところが、どれだけの訓練をこなそうと、魔力を高めようと、一向に覚醒することはなかった。
エレメンターへの覚醒は二通りの方法がある。
一つは常人より多量の魔力を扱えるようになる事。
そしてもう一つは精霊との親和性を高めること。
ミーランは魔道士であり、生まれつき並外れた魔力を保有していた。
フレイシアは調和の資質により精霊との親和性を高めることで、それぞれ覚醒している。
通常、精霊との親和性というものは簡単に高めることは出来ないため、エレメンターに覚醒した殆どの者達は、魔力の鍛錬によってその力を手に入れている。
それに従ってエルアナも魔力を鍛えていたのだが、何かが覚醒を邪魔していたのだ。
父親の血を殆ど受け継いでいないのも、エレメンターに覚醒出来なかった事にも理由がある。
それは、彼女が先祖返りだったからだ。
何世代も前の事。
現在のディアブロ族は巻角族と呼ばれており、最も臆病な種族であった。
奴隷制度が禁じられる以前。
巻角族を愛玩用に乱獲しようとする者達がいた。
一族は窮地に陥り、臆病な種族達の心を恐怖が満たしていった。
そんな中、一人の巻角族が自らの精霊を取り込んだ。
その結果。
精霊を取り込んだ巻角族は、桃色だった瞳が深い紫色に変化し、背中にはコウモリのような羽が生え、心優しい臆病な種族のたかが外れ――狂人となった。
その力は絶大だった。
恐怖に怯え、縋るものがなかった他の巻角族も後に続いた。
後は散々なものだ。
絶大な力を以て他種族を蹂躙していった。
ディアブロ――悪魔と呼ばれるようになるまで。
虐殺に虐殺を重ね、殺しに殺した。
だがそんな時代もいつかは終わる。
代を重ねるごとに血が薄まり、ディアブロ族は本来の在り方に近づいてきた。
羽こそ失くなりはしないが、狂人の血は確実に薄まっている。
長い時間を掛け、失った信頼を取り戻していった。
よほど愚かなものでない限り、ディアブロ族を虐げるものもいなくなった。
一時は忌み嫌われたディアブロ族だったが、信頼を取り戻してからは平穏な日々を手に入れた。
現在を生きるディアブロ族は、平穏な日常に身をやつしてさえいれば、心穏やかに生涯を終えることが出来る。
それ程までに、その血は浄化されている。
ところが、何にでも例外というものがある。
先祖返り。
いく代か前の先祖の血を色濃く受け継いだ者。
それが何代前を差すのかは分からない。
数代前ならまだよかった。
だがエルアナが受け継いだ血は――初代ディアブロの血だった。
狂人となった巻角族は、自らの精霊を無理やり取り込んだことにより、拒否反応を起こし、その結果、膨大なエネルギーを生み出しはしたが、精神は暴走し、暴れまわることしか出来なかった。
巻角族が狂人となってから数代の間、新たに生を受けた者に宿った精霊は、その宿主に決して心を許さなかった。
初代ディアブロの血を色濃く受け継いでいるエルアナも、その血を拒む精霊との親和性が極端に低く、覚醒することが出来ないでいたのだ。
とはいえ、常人の域は出ないものの、八歳の時点で相当な戦闘能力を身に着けていたため、フレイシア達との旅にはついていける筈だった。
だが、何かの切っ掛けで、エルアナの理性を恐怖が上回ってしまったら、かの狂人の血が目覚め、暴走してしまうかもしれない。
最悪の場合、共に旅立つフレイシアとミーランの命に関わるかもしれない。
本当ならミクスの町に残り、平穏な生活をしていたほうが安全である。
それでも、ベアータはエルアナを送り出してあげたかった。
一人残されたエルアナが後悔しないように。
だからベアータは、エルアナを除いた家族、フレイシア、ステリア、ミーラン、カレットに、ある相談をしたのだ。
ディアブロの血を制御させる為に、あえて暴走させる、と。
これまでにディアブロの先祖返りが、その力を制御出来たことは無かった。
だが、調和の資質を持つフレイシアなら、拒否反応を起こしているエルアナと精霊の波長を整えることが出来るのではないかと、ベアータは考えた。
しかし、暴走したエルアナをベアータとフレイシアだけで押さえつけるのは困難であるはずで、しかも、母親であるベアータ自身はともかく、フレイシアまでもが命懸けでの戦いになる。
そのリスクを少しでも分散するために、家族全員の協力を取り付けたのだ。
人気のない森に、事情を聞かされていないエルアナを含めた家族全員が集合し、心を痛めながらも、ベアータがエルアナの恐怖を煽り、ディアブロの血を目覚めさせた。
協力を取り付けた甲斐もあって、滞りなく事が運んだ。
エルアナが暴走しているとはいえ、その場には五人のエレメンターが存在したのだ。
膨大な魔力を撒き散らし飛び回るエルアナを捉え、押さえつけて、フレイシアがエルアナに触れ、拒絶し合う二つの魔力を調律した。
右目は紫色のままだが、この事が切っ掛けで、エルアナは無事、エレメンターになった。
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エルアナが冒険者登録を出来る十歳になるのを待って、三人はパーティを結成した。
――ファニー・ポップ。
それが三人のパーティ名である。
Tips:ホーン列島は、歪な角のような形をしている。




