燻る火種は豪炎の欠片
ここは、ブレの町から東へ進んだ林の中。
フード付きの地味なローブを纏い、数人分の冒険者の遺体を足蹴にしながら、一人でなにやら呟いている人物が居た。
「久しぶりに来てみたが、やはり大した餌はなさそうだな。この連中もひどいものだった、一年も待ってやったのにこのザマとは。さっき見逃してやった奴が、少しはマシなのを寄越してくれるといいが――ん、誰か来たか」
遠くから近づいてくる馬の足音を聞きつけたその人物は、平坦な口調でそう言って、少し離れた木々の間に視線を向けた。
視線の先に居たのは、馬に跨り、険しい顔で辺りを見渡し、血眼になって何かを探している女性だった。
更にしばらく進んだその女性は、ある場所に差し掛かると馬を止め、地に降りると俯き、その顔には影が差した。
女性は、しばしそのままだった。
「偵察にでも来たか? それとも偶然通りがかったか? しかし一人とは。冒険者のようだが手練には見えんな……まあ、多少は足しになるか。……喰ってこい」
フードを目深に被り直し身を隠したその人物は、言葉を発しない何かに指示を出し、単独で行動している女性の元へけしかけた。
◆◇◆
少し前のこと。
馬を走らせ林に到着したリルバは、ギルドに駆け込んできた冒険者を問い詰め、聞き出した情報を元に移動してきたのだが、この場に残っていた筈の冒険者も、スプリガンの姿もなく、痕跡を探してあちらこちらに視線を巡らせていた。
「クソッ! 何処だ……何処に居るんだ!!」
苛立ちのためか、この一年、討伐系の依頼を受けなかったことで鈍ってしまったのか、リルバは些細な痕跡などを見落としてしまい、中々スプリガンを見つけることが出来ないでいた。
そんなもどかしさの中で馬を進めるリルバは、自然と、ある場所へ進路を取る。
そこは、目につくような目印もなく、なんの特徴もない、ただの雑木林。
通る者も少なく、仮に通りがかったとしても、気にも留めないであろう場所。
一年間決して近づかなかったが、迷わずたどり着いてしまうその場所。
獣道を外れ、木々をかき分けて進んだ先は、かつての仲間たちと別れた、あの場所。
凶悪な敵と出会い、そして、自分意外は逃げることすら叶わなかった処刑場。
この場所だけは、忘れることが出来なかった。
最後にこの場所に来た時、そこには変わり果てた姿の仲間達が横たわっていた。
リルバはその光景に耐えられず気を失ってしまった。
そんなリルバと仲間達を町に連れて帰ってくれたのは、当時集められた討伐隊の者達だった。
ショックのために、仲間達の弔いはガジル達に任せてしまった。
弔ってあげることさえ出来なかった事も、リルバの心に残ったシコリの一つだった。
だから本来なら、林に来ることも、この場所に来ることも出来ない筈だった。
しかし昨日、フレイシアと接することで、リルバの心に変化が起こった。
――前を向こう。
そう思う切っ掛けをもらったリルバは、勢い半分ではあったが、この場所に来た。
馬を降り、黙祷を捧げた。
心のなかで、自分の手で弔えなかったことを詫び、そして僅かに微笑み手向けの言葉を口にする。
「変な奴に会ったんだ……不思議な奴でさ、あたし、あの日の事を話したんだ。……ふふ。そしたら自分のことみたいにヒクヒク泣いたんだよ。ズカズカと人の心に踏み込んでくるくせに、不思議と嫌な気はしなかったよ。アイツはとんでもないお人好しなんだよ。会ったばかりの他人にあそこまで入れ込むんだから……」
先程まで、血眼になってスプリガンを探し回っていたとは思えない程に優しく微笑んで、リルバはそう呟いた。
突然のスプリガンの再来によって頭に血が登ってしまっていたが、林に入った辺りから、どうしてもこの場所に来たくて仕方がなくなってしまっていた。
“スプリガンが見つからないんだから仕方がない”
そんな言い訳を自分にしながら、彼女は初めから、ここを目指していた。
「……また、前を向けそうなんだ」
自分はもう大丈夫だと、兄姉に告げた。
そして力強い真っ赤な瞳で言葉を続ける。
「ここにはケジメを付けに来たのさ――」
――ガアァァン!!
「お前を倒して、あたしは前に進む!!」
何処からか飛来した氷の棘を、リルバの盾が弾いた。
「もうあたしは逃げない! ここでケリを付けてやる!!」
炎のように赤いポニーテールをゆらりと揺らしながら、リルバは宿敵であるスプリガンと対峙する。
一瞬、そんなリルバの背後で、ボワっと、人魂のような、小く淡い炎が上がった気がした。
◆◇◆
「この前言ってたスプリガンなの?」
「ええ、おそらく。外見は人形の氷だったそうですので、その可能性が高いかと」
ここはブレの町の冒険者ギルド。
町に戻ってきたミーランとエルアナは、その足で早速ギルドに来ていた。
情報を仕入れるために、二人は、受付のヘレンと話をしている。
「あの子に関係しているなら、シアがキレてしまったのも分かるの」
「ミィお姉ちゃん、スプリガンってどんな精霊なの?」
「ミーも直接見たことは無いから、はっきりとしたことは分からないの。それにスプリガンの事はあまり研究が進んでないらしいの。普通、宿主が死んでしまった精霊は、自然に消滅するの。ただ、何かの切っ掛けで宿主を失った精霊が実体を持ったものがスプリガンと言われているの」
「スプリガンって、実体を持ってても、上位精霊とは違うんだよね?」
実体を持たない下位精霊とは違い、エレメンターと共に生きているエレメントも、スプリガンの様に実体を持っている。
だがエレメントは、独立して存在することは出来ない。
それは、宿主の魔力を糧に存在を維持しているからだ。
エルアナの疑問は、宿主を持たないスプリガンは、どのようにして、その存在を維持しているのかという事であった。
「元は同じ、誰かに宿っていた守護精霊なの。独立して存在を維持している理由は生命核らしいの」
「コアって、モンスターの心臓の事だよね? ……どうして精霊にコアがあるんだろう」
この世界のモンスターは、生命を維持する生命核と、肉体を動かす力を持つとされる魔石を持っている。
宿主の魔力を糧に存在している守護精霊達にとっては、宿主こそがコアと言える。
故に、精霊自体がコアを持つことは無いのである。
本来持たないはずのコアをスプリガンは持っているらしいと聞いて、それではモンスターと同じではないかと、エレメンターとして精霊と強い繋がりを持っているエルアナは、少しだけ寂しそうな表情になった。
「エルの気持ちは分かるの……でも、スプリガンは宿主を持った精霊に憎しみを持っているらしいの。その憎しみから、手当たり次第に人々を襲ってしまうの。だから――」
だからコアを破壊し、殺すしか無い。
そう言おうとしたミーランの言葉を、エルアナが遮る。
「殺すしか……無いんだね」
「エル……」
スプリガンに対して同情を寄せながらも、エルアナはその存在の危険性を理解していた。
そう簡単に割り切れないかもしれない、と、ミーランは危惧していたが、その予想に反して、以外にもエルアナは、スプリガンの討伐を決意したような表情であった。
もう少し情報を整理して、二人は林へ向かうことにした。
――そこに待ち受ける宿命の出会いがあるとは知らずに。
◆◇◆
「――クッ! 相変わらず、ふざけた攻撃力だ……」
やはり、というべきか、リルバはスプリガンとの戦闘で苦戦を強いられていた。
ただでさえ、覚醒した上位精霊よりも協力と言われるスプリガン。
そんな相手に、エレメンターですら無いリルバは、防御に徹するだけで精一杯、防戦一方だ。
この一年、討伐系の依頼こそ受けなかったリルバだったが、訓練だけは一人で行っていた。
その御蔭で体は鈍っていなかったが、やはり戦闘の勘というのは、どうしても衰えており、しかも、あれから更に力を蓄えたのか、スプリガンは当時より更に強力になっているようであった。
今リルバが生き残っていられるのは、弱いものを弄ぶように、スプリガンが手を抜いて攻撃を仕掛けているからである。
余程、宿主を持った精霊が憎いのか、スプリガンは獲物をいたぶり、苦しめて殺す習性がある。
じわりじわりと恐怖を煽り、体を傷つけ、弱い主が死んでいく様を精霊に見せつけるように殺すのだ。
すでにリルバの体にも、複数の切り傷が出来ていた。
手も足も出ない、活路すら見出すことが出来ない。
それでも、心だけは折れなかった。
むしろ攻撃を受ける度に思う。
――悔しいと。
――強くなりたいと。
――この凶悪な敵に勝ちたいと。
リルバの魂は、嘗て無いほどに燃えていた。
しかし、そんなリルバを面白く思わなかったのか、スプリガンの攻撃が苛烈する。
「ぐうッ……!」
飛んで来る複数の氷柱の一つを受け損ね、脛当てに当たり、体重をかけていた左足を弾かれ、バランスを崩してしまった。
絶え間なく続く氷柱の弾幕を凌ぐべく、膝立ちの状態で盾を前に構えた。
「ここまで力の差があるのか……クソッ……くそぉ!」
悪態をついたリルバ。
先程弾かれた左足は痺れ、立ち上がることも出来ず、正面からの衝撃に耐え続けなければならない。
膝立ちの状態で正面からの攻撃を受け続けていれば、いなす事が出来ず、モロに衝撃が伝わって、盾を構える左腕も、じわりじわりと痺れ始めてきた。
そんな時、突如として弾幕が止み、直後に、強烈な衝撃が盾を襲った。
これまでの氷柱より数倍大きな氷の塊が盾に直撃したようだった。
「――うぐぅぅぅッ!」
歯を食いしばって耐えていたリルバの腕も、その衝撃によって限界を迎え、とうとう左腕を弾かれてしまった。
盾を失い、開かれた視界の先に、先程の氷塊を形成しているスプリガンの姿を捉えた。
盾を失ったこの身で受ければ確実に骨を砕かれてしまう。
運が悪ければ、その骨が心臓に刺さるかもしれない。
――何も出来ずに死ぬ。
そんな言葉が頭をよぎった。
己の死が現実味を帯び、心が恐怖に侵食されていく。
変わっていない。
これではあの時と同じだ。
逃げることこそしなかったが、前に進もうと決意はしたが、その理不尽な力は、否応なく弱い己を蝕んでいく。
氷塊が放たれたその刹那、悔しさと情けなさで生じた涙で、視界がぼやけた。
「どらあァァァァ!!」
――ダアァァァァン!!
ぼやけた視界の中に突如飛び込んできた人影は、己に襲い掛かってきた氷塊を殴りつけ、粉々に粉砕した。
その人物は真っ直ぐにスプリガンを見据え、背中越しにリルバへ語りかける。
「水臭ぇじゃねえかよ……リルバァ!」
「ぉ……おやっ……さん……」
リルバがおやっさんと呼んだ人物、ブレの町の冒険者達のリーダー的存在であり、三つ星冒険者のガジルであった。
「どうして……ここに……」
死を予感した直後にガジルが現れ、満身創痍だったリルバは、状況の変化についていけないでいた。
「どうしてだぁ? お前はほんとに馬鹿なヤツだ…………あいつらの仇を討ちてぇのは、お前だけじゃねえんだぞ!」
ガジルのその言葉を聞いた時、リルバは少し冷静さを取り戻し、自分の後ろにも複数の気配を感じた。
「そうだぞ! 一人で飛び出して行きやがって!」
「まったく……心配したのよ? ちゃんと生きてるわね? 怪我は大丈夫?」
「お前はちょっと下がってろ! 後は俺達がやってやる!」
「よく頑張ったな。手遅れにならなくてよかった……今度は間に合ったな」
などと、十人弱の冒険者達がそれぞれリルバに声を掛けた。
「……みんな……」
リルバはそれ以上の言葉を紡ぐことが出来なかった。
こんなに自分を大事にしてくれる人達が居たことを失念してしていたからだ。
どうして頼れなかった?
前に進むというのは、独りよがりに足掻くということだったのか?
女性らしい男性冒険者に肩を借り、後方に下がったリルバは、自分が憧れ、目標にしてきた、頼れる先輩冒険者達の背中を黙って見つめ、その瞳は生気を取り戻している。
――折れ掛けた心に、再び炎が灯った。
「……ありがとう。後はお願いします!!」
自分を想ってくれる先輩達へ、リルバはバトンを渡した。
「へへッ……聞いたかお前ら! 可愛い後輩を泣かしたヤツだ! 気合い入れてぶっ殺せェェェェ!!!!」
「「「「「おおおおおお!!」」」」」
冒険者達による第二ラウンドが始まる――。
Tips:スプリガンの容姿、属性は多種多様。




