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『華燭』

げに美しきは花の末路なりき【1000文字】

作者: 本宮愁

 誤解のないよう申し上げますが、私は死を望んだわけではないのです。生に絶望したわけではないのです。これより先も生きつづけ、老いさらばえていくことよりも、いまこのときフツと世を去ることの方が、よほど自然に思えた、それだけのことにございます。


 つまるところ私は、もっとも美しい瞬間を切り取って、もっとも美しく死にたいと思ったのです。


 己への手向けに、花を一輪手折って胸に抱き、諸共沈もうと思ったのです。せつなの盛りを謳歌した花々は、みな美しく散ってゆきます。花の散り際というものは、どうにも人の心を掴む、せつなる美しさを備えているようでした。私はつまらない人間ですが、散りゆく花を胸元に飾りさえすれば、昏き水底にあって、私もまた美しく映ゆるのではないかと、浅ましくもそう思ったのです。


 もうひとつ、誤解のないよう申し上げましょう。あのとき私が、袂へ呼びよせた娘を連れて逝かなんだのは、あの子が私の知るかぎり、もっとも好ましい香を秘めた蕾であったからに他なりません。私どもの姿を見て、あの子は、さぞや驚いたことでしょう。傷ついたことでしょう。やがて痛みを昇華するが如く、みすぼらしい殻を破りすて、さぞや美しく、清らに花開いたことでしょう。


 私は、どうしようもない人間です。私は私の美学を、私の知るかぎりもっとも美しいものに、もっとも美しい形で引き継いでもらいたかったのです。


 一目、美の深淵を覗いてしまったばかりに、あの子は苦しみ、いま一度おなじ美に相見えんと、芳しい才のすべてをもって挑んだことでしょう。世間はあの子のこぼした作品を高く評価するやもしれませんが、それはどうでもよいことです。いかなる称賛も褒美も、決してあの子の虚を満たしはしないのだから。哀れにも、届くことのない理想を追いつづけ、あの子は深く絶望し、心を病んでいったことでしょう。


 私は、私どもの最期を、私とあの子だけが共有する最上の美として飾り、虚なる美に憑かれたあの子が、破蕾しつつも秘めやかに腐っていく様を、どうしても見たかったのです。あの子は生にまつろわず、私の囚うる深淵に、きっとたどり着くことでしょう。私は、そのときを待っているのです。この水底に、あの子もまた沈む、そのときを。


 私のことを先生と呼んだ、可憐な白侘助がほころび、結実を待たずして水面へと落つる――どうしようもなく歪んだ私の美学は、そのときをして漸くの完成を見るのだと思います。

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