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騎士の時代  作者: 御目越太陽
第三章「ラ・フルト」
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二十一、立場

 「パエザナの稲妻」が「エッセンベルクの白狼」に吸収合併されて以来、二人はすっかり馴染みの飲み友達となっていた。年齢的にはアマデオの方が三つ上であり、率いる隊の規模も白狼隊よりずっと多かった。それが評判高いとは言えまだまだ若年のヴァルターの傘下に入るとなった際、隊内では少なくない反発の声が上がったが、その反発が程なくして収まったのは、両傭兵隊の隊長同士が何のわだかまりもない付き合い方をしていたからだった。


 陽気で気さく、典型的なルオマ男と言った性格のアマデオはヴァルターより年上であることや元四千人の部下を抱える傭兵隊長であったことなどかさに着ない、温厚で親しみやすい人柄だった。負けて卑屈な様子もなく、事実上隊を乗っ取られたようなものなのにそれを恨む素振りもない。戦に負けても命があるのだから幸運な方だとはしばしば当人が口にしていた嘘偽りのない心境だった。

 一方ヴァルターは倒した相手だからと言って(おご)らず、稲妻隊の面々に対しても白狼隊古参の者たちにするのと同じように接した。それは特別意識しての振る舞いではなかった。人格の根底にあるゲルジア人らしい真面目さと実直さが彼にそうさせたのだった。


 二人はすぐに意気投合し、上司と部下の間柄になって三日目には敬語をやめた。元々事務処理には人並み以上の能力があるアマデオは、その才能を見出されて白狼隊の庶務全般を任される事務役に抜擢された。隊長の人を見る目はもとよりアマデオの人柄や能力に疑いを持つ者はいなかったため、この抜擢に異は唱えられなかった。


 城代となり多くの権限と責任を担うことになったヴァルターは自然事務役と話す機会も多くなった。それでなくともアマデオは元傭兵隊長である。同じ苦労を分かち合う相談相手として彼以上の存在はヴァルターの身近にいなかった。


 行政庁舎を出ると、二人はヴァルターの屋敷へ場所を移した。気楽な居酒屋を提案したアマデオだったが、人目を気にしたヴァルターがそれを却下したのだった。ヴァルターは帰るなり使用人に葡萄酒を二瓶用意させ、書斎までの道中にもそれをがぶ飲みした。椅子にどかりと腰掛けるや一気に一瓶飲み干し、酒臭い息を吐いて口を出るのは先ほどまで相対していた同僚への悪態だった。


「くそ、石頭爺、回りくどいまねしやがって。言いてえことがあるんだったら文に書いてよこせってんだ」

「何度か文書で打診したけど返事が来なかったって、軍監殿から聞かされてるぜ、俺は」


 アマデオは後ろめたげな小声で口を挟んだ。その件で軍監殿からたっぷり二刻も詰問されたため多少根に持つ感情があることは否定できなかった。


 ヴァルターは眉根を寄せてアマデオから視線を逸らした。こちらも多少の非は自覚していた。


「そりゃあ、俺にも悪いところはあったかも知れねえよ。けどだからって補給止めたりするか 普通。飢えてる間に攻撃受けたらどうなると思ってんだ。事の重大さが全然分かってねえんだよ、あのおっさんは。前線じゃ皆命がけで戦ってんのによお」

「その件に関しちゃ俺も耳が痛ぇな。いや、本当に申し訳ない」


 アマデオは頭を下げた。前線からの補給要請は全て軍監のところで止まっていたため現象だけ見れば彼に非はなかったが、いくら知らなかった事とは言え、十日も補給が止まっていることに気づかなかったのは確かに失態と言えた。責任を感じているのか、ヴァルターに勧められた酒瓶に彼はまだ口をつけていなかった。


「謝罪はいいから飯、頼むぜ」


 ヴァルターは軽く手を払って答えた。前線に出ていない者を非難するような言い方をしてしまい、少し反省する。しかし、冷静になってみてもやはり腹が立つのはどうしようもなかった。


「ったく、エスパラムの大将も、どうせならもっと話の分かるやつを遣してくれりゃあなあ。そうすりゃ総督だって面倒くさがらずに引き受けてやってもよかったんだぜ、俺は。面倒なことになりそうな気がするなって、勘働かせてみた結果がこれじゃあ、頑張る気力も失せるってもんだ」


 政治的な立場の違いはもちろん対立の原因となったが、もっと根本的な問題として城代と軍監は人間性、価値観が全く合わなかった。赴任して間もないころから両者の関係は険悪で、人目をはばからない口論も庁舎勤めの役人たちにはすぐ日常の光景となっていった。


「荒れてんなあ」


 アマデオは苦笑した。身近で軍監殿の仕事ぶりを見ている彼にとっては少々返事のし辛い話題だった。一方、相手の微妙な反応にもヴァルターの不満は止まらなかった。


「荒れたくもなるぜ。遠路はるばる出向いてみりゃあ小言と嫌みの波状攻撃だ。おまけに順調だった戦に的外れな口出しなんぞしてくれやがった。西側の問題だ? 分かってんだったら補うのが筋じゃねえか。息合わせて戦わねえなら挟撃なんて何の意味もねえっての」

「いや、まあでも、軍監殿の意見にも一理あるっつーか」


 止まらない愚痴に、アマデオはつい口を挟んでしまった。もちろんいい気などしないヴァルターは(たち)の悪い絡み方でアマデオに詰め寄る。


「何だよ、おめぇさっきからどっちの味方だ」

「いや、どっちのってこたないけど、一応、ここ生まれここ育ちの地元民としてはさ、あんまりブリアソーレが苦しくなるのも見てられねえし」


 ヴァルターは不意に真面目な顔を取り戻して尋ねた。


「そんなにまずいのか、ここの財布事情は」

「一年くらいなら余裕って見積もりだったけど、実際のところ読みが甘かったなって思ってるよ。夏か秋、下手すりゃ両方で臨時の徴税が要る。正直それだけしても来年の秋までがいいところだ。巷じゃ今でも不平が後を絶たねえし、市議会が懐の暖かい聖教会と結託して二頭会議の開催を企んでるって噂も聞いたぜ」

「独立独歩のルオマ魂ってやつか。確かに面白くねえ話だ」


 二頭会議とは平民と貴族二つの身分の代表者が会し、重要な問題について議論する場である。後年、聖職者の権利拡大に伴って三部会と名を変えるこの会合は、多くの場合法によりその開催が認められており、都市では主に市議会でその開催の是非が問われる。一度開催が議決されればその出席を拒否することは法律上許されておらず、従って合法的に市井の側から貴族を糾弾する手段として殊にルオマではよく行われていた。


 ヴァルターにとって面白くないのは、もしその会議に欠席することとなった場合、代理の者が彼に代わって平民の側の代表者と対峙することになるためだった。序列に従えばその任にあたるのは軍監である。


 ラ・フルト侵攻にあたって戦備の縮小と計画の見直しを執拗に訴えてきた市議会が、軍監カリストと親密な関係にあることはヴァルターも知っていた。そんな彼らの話し合いがヴァルターの気分を良くしてくれることなど、期待できるはずもなかった。


「なあ、実際どうなんだよ? 来年の秋までにけりは着くんだよな」

「そいつは、何とも言えねえ話だ」


 難しい表情で頭を振ったヴァルターは、しかしすぐに口端を上げて続けた。


「けどまあ、金に関しては心配すんな。どう転んでも赤字にはならねえってうちの会計役が豪語してる。それに、今回のことで思いついたこともあるし、会議の話もとりあえず冬までは待ってくれるように説得しといてくれよ。俺も一通り声かけてなじみの連中を回ってみるから」


 ヴァルターの明るい返事にアマデオは感化されなかった。


「まあ、できる限りはやるけどさ」


 相変わらず不安げな面持ちで酒瓶の栓を抜く。一口呷ってみても、まだ表情は晴れなかった。


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