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騎士の時代  作者: 御目越太陽
第三章「ラ・フルト」
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十、予兆

 敵城内に動きありの報せは諜報連絡役のユーリィによってもたらされた。


 白狼隊隊長代理は長椅子に寝そべりながらその報告を聞き、寝ぼけ眼で尋ね返した。


「確かなのか、そりゃ?」

「確証を出せと言われても困るけど」ユーリィは彼の腰の辺りに寄り添う犬の頭を撫でて答えた。「こいつは俺の犬の中じゃ一番鼻が利くから“(ナリス)”って名前なんだよ」


 ライナーは肯いて、すぐに幹部を集めさせた。その目はすでに爛々と輝き、昼寝の余韻は一瞬で消え去っていた。


 程なく幹部連中が本陣に集合した。


 いの一番に口を開いたのは首筋から白粉の匂いを漂わせた導師だった。


「本当なのかよ、敵が来るってのは? 今朝調べたときには、特にそれらしい動きはなかったと思うぜ」


 エティエンヌは眉根を寄せてユーリィに視線をやった。敵情の調査は彼ら導師連中の仕事の一つではあるが、自身の不手際を認める気はないらしい。真昼間からの逢瀬を良いところで邪魔された苛立ちもあるようだ。


 対してユーリィは素っ気なく答えた。


「俺の犬はあんたらより勤勉だぜ。命令があれば一年中だって見張り続ける。俺たちにとっちゃ今朝の情報なんて三日前のと大差ないね」


 エティエンヌは唇を尖らせて黙った。勤勉さを引き合いに出されたら誰が相手でも自身の分が悪くなる自覚が彼にはあった。


「それにしても」


 と、話の流れを変えたのはクラウスだった。


「隊長殿が陣を離れて三日でってのは、どうにも間が良過ぎるような気がするよな」

「僕も同感だ」同意したヤンは深刻な顔で続けた。「間者が紛れ込んでいるかも知れない。いや、かも知れないじゃないな。まず間違いなく紛れ込んでいるはずだ」


「まあ、そりゃそうだろうな」


 あっさりと肯定した隊長代理にエンリコは目を見開いた。


「おいおい、それ、まずくねえのか?」

「誰彼構わず片っ端から受け入れてたからな、十や二十、いや百や二百はいたっておかしかねえだろうけど、まあこんだけの大所帯じゃあ仕方ねえんじゃねえの? 隊長殿だってそこらへんは分かってたと思うぜ」


 間者の存在を承知で頭数を優先させた、ヴァルターの考えがライナーには理解出来た。まず以って武威を示すには数が必要だった。実際の強さは戦場で刃を交えて見なければ分からないが、数が多ければとりあえず手強そうな相手には見える。一人ひとり選り好みして作った精強な軍勢では、戦に至らなかった場合の脅しとしては弱いのである。要するに強さを演出する分かりやすい方法として兵の増員をヴァルターは選んだのだ。


 また、敵に情報が漏れると言う事はこちらの意思だって伝えやすくなると言う事でもある。面倒な交渉使を立てる手間も省けるし、上手く扱えば意図的に情報を流すことで相手を誘導することも可能だった。


「遅かれ早かれ隊長殿の不在は相手にも伝わってただろうし、とにかく今問題にするべきなのはそれじゃあねえ」


 ライナーはユーリィを見て尋ねた。


「奴ら、いつ仕掛けてくるって?」

「そこまでは分かんねえよ」ユーリィは頭を振って“鼻”の茶色い頭に手を乗せた。「こいつに感じ取れるのは戦まえの物々しい雰囲気だけだ。剣を研いだり鎧を磨いたりする鉄の臭いや、興奮する馬の汗の臭いとか、急に飯の匂いが多くなったりとか、そういうのを嗅ぎ取ったら教えるようにしつけてある」


「当てになるのか、そんなのが?」


 なお疑わしげなエティエンヌの問いに、ユーリィはにべもなく答えた。


「しつこいぜ坊さん。夕べあんたが誰と寝て何回イッたかも当てて見せようか」


 ひゅっと短く口笛を吹く。指示を受けた“鼻”は飛ぶような速さで導師の黒い僧服に駆け寄り、股ぐらに鼻を押し付けた。堪らず机上に非難し「悪かった、俺が悪かったから」と繰り返すエティエンヌを尻目に、クラウスは尋ねた。


「で、そいつが嗅いだのは何の臭いだったんだ?」

「ほとんどだな。いや、飯以外の全部って言った方が早いか」


 クラウスはヤンを見、次いで隊長代理を見た。彼には判断の出来ない情報だった。ヤンにとっても同様だったらしく、自然視線はライナーに集まる。ライナーは思うところを述べた。


「戦支度の真っ最中って感じかね。上が出陣を決めて、その触れがちょうど下にも行き渡ったってところだろ。今日明日でもおかしくねえし、遅くても二、三日以内には出てきそうだな」ライナーは腕を組んで天井を仰ぎ見た。「城内には少なく見積もっても四万弱。対してこっちは二万五千くらい。さすがにこの前の戦ほどじゃねえけど、相変わらず俺らのほうが分が悪いや」


 加えて頼りになる隊長殿は不在で騎兵も二割方そのお供でいなくなっている。冷静な状況分析は一同の顔を暗くするばかりだった。


「何にしたってやるしかねえだろ」


 深い溜め息を吐いてクラウスは言った。流石にこの隊での仕事も長いだけあって彼はすぐに頭を切り替えていた。


「さしあたって最前面の投石機がまずいぜ。柵が全然足りてねえ。それから各自の営所も散らばり過ぎててまとまりがねえし、兵糧庫と一緒に配置を変え直したほうがいい。投石機の並びを前線の基準にして、二陣を前に詰めるだろ。三陣を解体して二陣に統合すれば、陣全体の規模を三里四方くらいまで小さく出来るけど」


 地図上に走らせていた指を不意に止め、クラウスは忙しなくその指先で卓を叩き出した。脳内に再現した自身の構想に思わず苦笑する。


「それでも全体的に備えが貧弱過ぎるな。つうか、一日二日でどうにかなんのか、これ」

「さっきテメェが言ったんじゃねえか、やるしかねえって」


 エンリコは珍しく真剣な表情で机上の地図を見下ろした。


「ぶっ壊した城外市の瓦礫を積み上げて防塁にするか。そうすりゃ横の防備は一応解決だ。すでにあるもんを移動するだけだから半日もありゃ終わるだろう。問題は頭と尻だな」


 エンリコの発言を受けてヤンが肯いた。頭と尻、つまり正面と背後に防衛上の問題は集約されている。ヤンは地図を指でなぞりながら説明した。


「さっきクラウスが言ったように、現状だと投石機を守る馬防柵が不足している。設置した投石機が多過ぎたせいで柵と柵の間に二間近い隙間が出来てて、横隊の突撃くらいなら多少防げるだろうけど、隙間を縫うように縦陣で突っ込まれたら簡単に敵の侵入を許してしまう。そうでなくても柵だけの防備は不安が大きい。騎士の突撃に耐えるにはせめて空堀でも作っておかないと厳しいだろうね」


 クルピンスキィは難しい顔で地図をにらんだ。否定の言葉は発さなかった。


「そして後背。こちらは端から敵の攻撃を想定していなかったためやはり何の防備もない。当然兵糧等の物資は陣の中心部に移すけど、それだけでは防御の薄さを解決出来ないね。後ろに回りこまれたら一巻の終わりだ。防塁を前後にも展開出来ればどちらも問題なくなるけど」

「そりゃ時間をかけりゃあ不可能じゃねえよ。ただ、俺が敵なら目の前でせっせと陣地作ってるような相手を放っときゃしねえけどな」


 エンリコは答えて工兵頭を見やる。


「その投石機、動かせねえのか? 横一列に並べっから柵が足んねえなんてことになるんじゃねえか。横幅を半分にして前後二列に配置し直せば隙間作らずに柵で守れるんじゃねえの?」

「無理だ」即答したクルピンスキィは重ねて言った。「……車輪式と違って、据え置き式は解体しないと動かせない。……組む時に伝えたが、それで構わないと隊長殿が言った。……あそこが、城の弩砲の射程から外れたぎりぎりの位置だ」

「ならいっそばらしちまうか。城への攻撃より、今はいつ出てくるか分からない敵への備えが優先だろ」


 クラウスの提案にクルピンスキィは憂鬱顔で答えた。


「……解体には、一日かかる」

「ばらすだけだろ? 何でそんなにかかるんだ?」

「……不慣れな者がやると、木材を傷めてしまう。……再び使えるようにばらすのは、熟練の手が必要だ。……工兵全体を見ても、任せられるやつは、そう多くない。……それに、西側と東側で作業場が離れ過ぎている。……一つの現場を片付けて移動するだけでも、それなりの時間を食う」


「いっそ火でもつけて燃やしちまうのも手だよな。楽にばらせるぜ」

「断る! ……絶対に嫌だ」


 冗談めかしたエンリコの提案に、クルピンスキィはすごむような剣幕で答えた。隊にとっては資源の無駄遣い、工兵頭にとっては誇りを傷つけられる行為に他ならないが、しかし皮肉なことに防御力の弱さを解決したい現状では破棄してしまうのが最も有効な意見と言える。どうせ全てを守れはしないのなら、敵に壊される前に破壊して薪にでも変えてしまうべきだ。もしくはこのまま放置して敵の攻撃の的にしてしまう手もある。どちらにしろ工兵頭にとっては面白くない話だった。


 クルピンスキィは青白い顔をさらに青くして議場を見回した。誰かもっと話の分かる相手に救いを求めた。ヤンはその視線の先を追って、ふと思い出し、先ほどから一言も発さずに地図を眺める弓兵頭に声をかけた。


「エイジ、この前の要領で何とかならないかな? 馬車を並べて防壁代わりにすれば、そう時間をかけずに脆い部分を補える」


 あごに手を当てる弓兵頭は眉間の皺を深くして答えた。

「前か後ろ、どっちかだけなら」エイジは地図に視線を止めたまま続けた。「両方の穴を塞ぐのは、無理だと思う。馬車が足りない。時間もない。今はあの時より兵員も増えたから、構築する陣地も大きくなってるし、それに」


 エイジは半端に言葉を切って思考に没頭した。何か根本的な問題を見落としている気がする。ぼんやりとした不安が、軍議への積極的な参加を妨げていた。


 オートゥリーヴ平野での戦において構築された陣地はエイジが考案したものだった。素案としたのは十五世紀フス戦争で活躍したヤン・ジシュカのワゴンブルク。実際の設営にあたっては秀吉の一夜城を参考にしている。ブリアソーレにて出陣の準備をする段階で構築する陣地の規模や具体的な場所を決め、必要な資材を用意して採寸。すぐ組み立てられるように切り出しておくことで完成までにかかる時間を短縮したのだ。


 苦労の甲斐あって華々しい戦果を挙げたのは事実である。しかしエイジはその価値を過大評価しなかった。エスパラム軍を大勝に導いた要因の半分がラ・フルト軍の失敗にあると理解しているためだった。


 実際、対陣する敵が逃走を装うエスパラムの騎兵に釣られて不用意に戦端を開かなければ、あそこまで被害が増えることもなかったはずだし、全兵力の集結を待たず構築中の陣地に攻撃をかけていれば、野戦築城による迎撃計画が頓挫していたことだろう。


 勝利それ自体は無論喜ぶべきことだが、状況が変わった今もまた、同じ結果を期待して同じような作戦を取ることが、果たして最善の策と言えるのだろうか。自分自身への問いかけに対して、エイジは容易に肯定出来なかった。


 答えを出せぬままエイジが黙り込むので、軍議の場は再び静かになった。


 その静寂を割ったのは議長たるライナーの暢気な声だった。


「で、結論は出たかね諸君?」


 一同は正気を疑う目で隊長代理を見た。クラウスがその総意を代弁した。


「何聞いてたんだ、出たわけねえだろ。目下問題が山積みなんだよ。このままじゃどうにも厳しい。何か手はねえのか隊長代理」


 その返事を聞いて、隊長代理は意外そうな顔をした。


「お前こそ何言ってんだ? 出てんじゃねえか結論」

「は?」


 想定外の答えにクラウスは眉根を寄せた。白狼隊幹部たちは互いに顔を見合わせて、やはり同じように困惑の色を隠せなかった。ライナーは頭の後ろで手を組んで彼らの疑問に答えた。


「こっちとあっちの状況、数、陣容、目的、全部ひっくるめて考えて、ここで戦うのはまずいって結論が」


 わずかな間が空いた。クラウスは目を閉じ、眉間に刻んだ皺を指先で突いた。ヤンも同じく難しい表情で一度目をそらし、再び隊長代理に視線を戻した。誰もが黙ってその発言の意味について考え、そして同じような時間をかけて匙を投げた。


「……あーつまりどういう」


 我慢出来ずに口を開いたのはエンリコだったが、時を同じくして正解にたどり着いた者が一人だけいた。


「そうか、なるほど」


 つぶやきはことの他大きく響いた。発言者本人にその自覚はなかった。一同の注目が集まる中、エイジは続けた。


「つまり、ここを放棄するってことか」


 エイジの出した答えは一同の疑問を解決しなかった。代わりに先ほど隊長代理へ向けられた「何言ってんだこいつ?」と言う視線が、今度は弓兵頭に集まる。しかしただ一人、隊長代理のライナーだけが口角を上げて肯いた。


「そう言うこと」


 理解し難い答えに対するライナーの反応に、議場はざわつき出した。


「放棄ってことは、逃げるってことか?」

「ああ」


 クラウスの問いにライナーは肯いた。


「攻囲の最中、一戦も交えることなく?」

「そうだな」


 ヤンの確認にも当然と言った風に肯く。


「隊長殿に任された陣地を捨てて?」

「その通り」


 エンリコのダメ押しにも指を鳴らして隊長代理は答えた。軍議はいよいよ紛糾(ふんきゅう)の様相を呈した。


「やっぱこいつ正気じゃねえ」とクラウス。

「無茶苦茶だ」とヤン。

「逃げるってお前」とエンリコ。

「……投石機はどうなる」とクルピンスキィ。


 不平不満が口々に上がる。ライナーは煩わしそうに片耳を塞いだ。


「まあまあ、そう、やいのやいの言うなって。何がそんなに気に入らねえんだよ。皆で散々話し合ってたじゃねえか。今やりあったらやべえって」

「確かに事実だけど、だからと言って逃げていいと言う話じゃないだろう」

「何で?」


 ヤンの返事にライナーは首を傾げた。本当に分からないと言った表情だ。ヤンは珍しく強めの語気でまくし立てた。


「隊長代理の権限が何でも自由に決めていい権利だと思っているなら、君は誤解している。攻囲を解いて陣を払うなんて敵前逃亡と同じじゃないか。隊長殿の戦略が台無しになってしまうぞ」

「そんなことはねえと思うけどなあ。なあ、エイジ」


 ライナーの指名で注目は再びエイジに向けられた。


「そうだ、エイジ。一体君はライナーの何に納得してそんな結論に至ったんだ」

「何って、それは」


 ヤンに問い詰められ、エイジは咳を払った。一つ一つ考えをまとめながら言葉にしていく。


「隊長殿の戦略構想は、敵に心理的な圧迫をかけることと、兵力を他所に回させないことの二つを目的としたものだった。この両方を達成するためにはもちろん戦争状態の維持は必須かも知れないけど、戦線の維持の方なら必ずしもその限りじゃない。敵が気を抜けない状態を続けられるなら、この場所にこだわる必要はないんじゃないか、と思って」


 エイジは言を止めて皆の顔を見た。納得と不承が相半ばしている様子だ。ライナーが肯いて促すと、エイジは続けた。


「それに、実際どれくらいの規模になるかは分からないけど、敵は今攻撃の意思を表してきている。戦闘が避けられない以上、可能な限りこちらにとって有利な条件で戦いたい。敵との戦争を維持出来ても、五分の勝負をされたんじゃ目的の一つを達成できないから。

 現状の陣地にはどう考えても利がないってのはこの話し合いで十分に理解出来た。兵力も拠点の防御力も敵のほうが優勢。真っ当にぶつかり合ったら分が悪いのは目に見えてる。だからまずは場所、それから戦い方を工夫してこっちの不利を消していかなきゃならない」


 エイジが言い終えると、ライナーは満足げに肯いて補足した。


「多分だけど、敵が出てきたら陣を払うってのは隊長殿の予定の中にもあったと思うぜ。でなけりゃこんないい加減な布陣にしねえだろう。いつ取っ払うことになるか分からなかったから、手間をかけたくなかったんだろうな。逆にいつでも出て来いよって挑発の意味もあったかも知れねえ。まあ、何にしたって」


 ライナーは勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。机上の地図に手をついて皆に告げる。


「俺たちはここじゃあ戦わねえ。陣払いして場所を変える。意見があるやつは?」


 ライナーは順番に全員の顔を確認した。クラウス、エンリコ、ディルク、概ねの顔が首肯を返した。ヤンも苦笑して答えた。


「なるほど、理には適ってるな」


 若干悔しそうなのは、隊長殿はともかく知略でライナーにもエイジにも先んじられてしまったためだろう。必要とされる能力が違うと言っても頭脳労働担当としては複雑な思いだった。


「それで、場所を変えるってどこに?」

「そいつはこれから考えるところだ」


 クラウスに問われてライナーは机上を叩いた。先ほどからしきりに活用されている地図は諜報役のユーリィが人員を割いて用意したものだ。左上端に敵の篭る城塞ルシヨンを据え、そこから東と南に二十里までの地形や街を簡易な曲線と記号で記している。西と北に関する情報がほとんどないのは、ルシヨンの西側はそこそこ幅の広い河川が流れていて調査するのが面倒なためと、北側は恭順した在地貴族が少なく危険が否めないためだった。必然、戦場とするならルシヨン東南のいずこかの地となる。


 ライナーは地図を眺めてつぶやいた。


「東南十里は平坦だな。見事に何もねえのか?」

「ああ」ユーリィは肯いた。「ちょっとした勾配くらいならあるけど、十里先まで見透かせそうな平地だ」


 伏兵や奇襲、狭隘地に敵を誘い込んでの要撃作戦は取れそうになかった。凡そ倍の兵力差があることから考えれば、真正面からの会戦は当然避ける必要がある。とすれば前の戦に倣って構築した陣地を盾にした迎撃が理想だが、現状そんな猶予はありえない。


 頭の中で思い浮かべたいくつもの方策に一つ一つ×をつけていったクラウスは、何の策も残らない状態になっていよいよ表情を強張らせた。地図を見、他の面子を見、黙り込んだライナーを見て、焦りと不安はますます募る。ヤンもエンリコも助けを求めるような思いで顔を上げて地図から目をそらした。互いの視線が合う。「何かないか」と、言いかけて止めるのは相手の表情から自身と同じものを察したからだった。


 結局誰もが同じ答えを出した。場所を変えたとしても、厳しい状況に変わりはないのだと。


 しかしライナーは、とり付かれたように地図を凝視したまま微かなつぶやきを漏らしていた。


「……相正眼までは同じなんだよな……そこから半歩でどうやって……あ」


 不意に声を上げたライナーは小さく肯きながら徐々に口角を上げた。クラウスは尋ねた。


「何か手が?」

「ああ」ライナーは新しいおもちゃを買ったばかりの子供のような表情で答えた。「方針が決まったぜ。皆耳貸してくれ」


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