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騎士の時代  作者: 御目越太陽
第二章「ルオマ」
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三十、とある高潔な騎士の事情

 話は少し(さかのぼ)る。


 南東公領ルオマ南部の大都市レノーヴァがジャコモ・レイ率いる農民一揆の手により陥落したと言う報せは、乱の勃発からさほど時を置かずしてラ・フルト侯爵領にも届けられた。


 その報せは大半のラ・フルト貴族にとっては他人事だったが、たった一人だけ、言葉に尽くせぬほどの衝撃を受けた人物がいた。


 バルティエ子爵家当主、アンゲラン・ドゥ・バルティエである。


 何を隠そう、南都レノーヴァにはアンゲランの弟がいた。彼の弟ロベールは南都に雇われ、守備総督として勇名を轟かせていたはずだった。


 そのレノーヴァが陥落したとはどう言うことか。ロベールは一体何をしているのか。


 矢も盾もたまらず使いを走らせたアンゲランは、程なく弟の安否を知る。使いの者が持ち帰った話では、彼の弟ロベール・ドゥ・バルティエは一揆勢に討たれその首をレノーヴァ市内に晒されているとのことだった。


 アンゲランはまず涙した。十年も前、弟が家を出ると言い出した時、もっと強く止めてやるべきだった。くだらない意地など張らず、お前は家にいれば良いと、言ってやるべきだった。


 悲嘆に暮れるアンゲランが次に感じたのは怒りだった。聞けば一揆軍は弟だけでなくルオマ公までをも(しい)し奉る暴挙に及び、その首魁(しゅかい)は恐れ多くも自らを神の国の王などと名乗っているらしい。

 この世の事とは信じがたい傍若無人な振る舞い。それは誇り高きガルデニア王国貴族全ての名に泥を塗る行為だ。


 アンゲランは立ち上がった。直属の主家たるマンス伯の元に自ら赴き、熱弁をふるって一揆征討の軍を是非にと嘆願した。


 それに対し、マンス伯が返した答えは否だった。


 理屈は山ほど並べられた。先の敗戦で兵員が不足している。ルオマ公家とラ・フルト侯家には縁もゆかりもない。停戦中に軍を動かせばエスパラムからどんな文句をつけられるか。


 極め付けにマンス伯は告げた。


「ルオマの土民たちの神をも恐れぬその所業には、必ずや主神エデンが報いてくれるでしょう」


 伯は「これでこの話は終わり」とばかりに手を叩いた。配膳台に葡萄酒を載せて、従者が応接間に入って来る。マンス伯自慢の愛娘たちが綺麗に飾った着物の裾をつまんでアンゲランにお辞儀する。御機嫌よう、バルティエ様。

 聞き終わらぬうちに、アンゲランは席を立った。


 最早誰にも頼るまい。


 固く心に決めたアンゲランは屋敷に戻るとすぐさま領内に触れを出した。両日中に五百余りの男たちが集まった。満足のいく数ではなかったが、時間をかければどこから邪魔が入るか分からない。


 その日の夜に、アンゲラン・ドゥ・バルティエは五百の手勢を率いてバルティエ子爵領を出た。空位二十一年、初夏の十日のことである。





 粛々とした行軍で夜明け前にはラ・フルト、ルオマ間の国境へ抜けた。


 すぐ目に入ったのは名高き「ルオマの壁」を照らすおびただしい数の篝火、そして聞こえてくるのは鬨の声と思しき怒号だった。


 はや見つかったか。アンゲランは思わず神を呪いかけたが、どうやら近くで戦闘が行われているらしいことはすぐに知れた。


 これ幸いとアンゲランは南下する。背後に戦場の喧騒を聞きつつ、人目を避けて目指すはレノーヴァだ。まずはロベールの仇を討ち、そして遺体を弔ってやらねばならない。


 思わぬ僥倖が二度続いた。南都へと続いているはずの関所には番兵の気配がなかったのだ。ご丁寧に跳ね橋まで下ろして、関は一行を迎えていた。


 アンゲランは神の存在を確信した。号令一下、全速力で関所を突破する。





 幸運は何度も続かなかった。


 ルオマに入って程なく、アンゲラン隊は南都のものと思われる部隊と衝突した。初めこそ優位を保っていたアンゲランだったが、レノーヴァは一向に近づいてこなかった。


 まず以って敵は数が多かった。少しばかり蹴散らしても、後から後から湧いて出てくるのだからきりがない。その上当たり前の話だが、南都に近づけば近づくほどその数は増すのである。たった五百の部隊で策もなく突っ切るには無理のある相手だった。


 糧食に不安を感じ始めたのはラ・フルトを出てから二日目のことだった。元々大した準備もできぬまま飛び出してきたのだから早すぎると言うことはなかった。


 しかし現実の問題としてこれは深刻だった。徴発をしようにも周りは敵だらけ。足を止めていたらあっという間に包囲されてしまう。


 一時兵を退くことも視野に入れた方が良いでしょう。


 提案したのは近習のフレデリク・ドゥ・シャロンだった。途端激昂する主を制してフレデリクは続けた。


「このまま闇雲に戦ってもロベール様の仇は取れません。食も尽き、兵もご覧のとおり疲弊しています。ここは恥を忍んで一旦兵を退き、戦力を整えてからまた改めて南都を目指すべきです」


 是非もない。アンゲランは渋々了承し、進路を北に改めた。


 西へ戻らなかったのは敵に背を向けて逃げることがどうしても認められないと言う全く心情的な理由のためだったが、結果的にこの選択がアンゲランの運命を決めた。





 進路を定めたアンゲラン隊はルオマ南部の街道から真直ぐ北上を開始した。途中目に付く集落で手当たり次第に徴発(と言う名の略奪)を行い、追ってくる南都の兵と大立ち回りを演じながら、何とか追手を振り切ったのは空位二十一年初夏の十四日昼過ぎのことだった。


 兵の数は三百ほどに減っていた。徴発をしたと言っても終始追手に悩まされ満足のいく成果は一度として得られなかった。


 アンゲラン隊は疲労困憊の体を引きずって何故かまた無人の関を通過し、程なく、北方に大きな都市を見つけた。吸い込まれるように都市へと近づく。城外市には人っ子一人見当たらない、もぬけの殻だった。


 腹を満たせそうなものもなかった。一行はどこか遠くに戦の喧騒を聞きながらついに市門へとたどり着き、すがるように顔を上げる。


 その時だった。


 巨大な鋼鉄の門が、彼らの眼前で徐々に、徐々に口を開け始めた。人と金属の上げる悲鳴が混ざり合って不協和音を織り成す。微風が砂埃を巻き上げ、門はとうとう全開となって彼らを誘った。


 彼らはそれを天の国へと続く門と見紛えた。号令などかける必要もなく、アンゲラン隊は門に殺到した。


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