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騎士の時代  作者: 御目越太陽
第二章「ルオマ」
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二十九、開戦

「仕掛けてきた?」アマデオは思わず椅子を蹴っていた。「あいつらが?」

「はい」ヴィンチェンツォは理解できないといった顔で肯いた。「イラーリオには、侮ることなく迎撃に徹せよと命じてありますが」

「そうか」アマデオは腰を下ろした。「まあ、あいつなら、大丈夫だろう。にしても急だねまったく。何考えてんだか」


 東方よりやって来た(法王が言うところの)異端者軍三千は、この二日と言うもの遠巻きに都市を眺めるだけで一切戦闘を仕掛けてこなかった。おかげで市民の避難は完了したが、何を思ったのかそれが突然鬨の声を上げて前進を始めたと言うのである。戦の不得手なアマデオでなくとも首を捻りたくなる話だった。


「矢玉は足りてるんだよな」アマデオは尋ねた。

「まだ一刻も経ってませんよ」ヴィンチェンツォは苦笑した。「まあ念のため、やり過ぎないように伝えておきましょう」


 副隊長の言葉にアマデオは安堵する。一見すればどちらが長かも分からない奇妙なやり取りだが、これが「パエザナの稲妻」のやり方だった。


 将としてアマデオを評するなら愚鈍という言葉が最も適切と言えた。なんとなればアマデオには戦争の才能と言うものがまるでなかったのである。生来の気質も闘争とは遠いところにあったし、何より絶えず目まぐるしく変化する戦場の流れと言うものが、いつだってアマデオの理解力を超えていたからだった。


 彼の非凡なところは己の不得手から眼を背けることなくそれを受け入れ、またそれについて部下を頼ることに全く恥を感じないところだった。


 彼は自分よりずっと部下の才能を信頼していた。作戦の立案と管理は副隊長のヴィンチェンツォに、現場指揮は各門を守備する連隊長たちに丸投げして、自身は戦場から離れた司令部にて「開始」と「止め」の指示だけ出していれば、大抵の戦は無難に収めることができた。


 こうした態度は往々にして部下からの信頼や敬意を失わせるものだが、アマデオの場合はそうならなかった。


 部下が何か失態を犯した時、アマデオはそれを責めなかった。気にすんなよ、俺ならもっと酷い目に遭ってただろうぜ。言って(はばか)らないのは根底にある自己への不信がアマデオを寛容にしていたためである。

 逆に部下の目覚しい活躍を聞いた時は大いに激賞した。さすがだ、俺にはとても真似できねえ。どちらも全くの本心から出た言葉だったが、言われた部下の側もそれを悪くは受け取らないものだった。


 全く頼りにならない隊長殿だ。だからこそ、この男には自分がいてやらないと駄目だ。


 人にそう思わせる不思議な魅力も、アマデオの非凡な才能の一つと言えた。


 忙しなく駆ける靴音が響いてきたのはその時だった。


「北門より注進!」戸口に手を着いて、伝令兵は怒鳴った。「北方十里に騎兵、およそ千」


「旗印は?」ヴィンチェンツォは尋ねた。


 伝令兵は息を整えながら答えた。「赤地に黄帯と六角形、それから、青地に白の狼です」


「本命が来たか」アマデオは下唇を噛んだ。「どうする」

「ダオステのような例もあります」ヴィンチェンツォは答えた。「まず堅守は徹底させるべきでしょう。それから、敵の接近する可能性が低い拠点の兵を北面の支援に向かわせた方がいいかもしれません」


「北に兵を集めるのか」アマデオは珍しく疑問を口にした。「それだと他が手薄になりゃしないか?」

「もちろん守備に必要な兵は残します」ヴィンチェンツォは肯いた。「要は示威と陽動ですよ。簡単には破れまいと言う姿勢を示すことで相手の士気を削ぐのが第一の目的です。そしてなお敵が手薄になった拠点をついてくるなら、それはそれで好都合」

「どうして?」

「うちの城壁はそう簡単には抜けませんから。兵を戻すのは敵が城壁攻略に手間取っている間で構いません。示威で終わるにしろ陽動が利くにしろ、戦の主導権を相手に渡さないことが肝要です」


「なるほどなあ、考えたもんだ」アマデオは腕を組んで唸った。「じゃあ、それで行くか」

「はッ」ヴィンチェンツォは肯き、東西南北の守備隊長たちに伝令を走らせた。


 指令を受けた北門以外の守備隊長たちはすぐに兵を分けた。交戦中の東門からは一個中隊二百、西門からは一個大隊五百が移動を開始し、最も北門から離れている南門からは二個大隊八百が派遣されることになった。


 言うまでもなくこの南門が副隊長の企図する陽動作戦の主戦場に選ばれたのである。


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