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騎士の時代  作者: 御目越太陽
第二章「ルオマ」
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二十三、とりあえず北へ

 その傭兵は名をエミリオ・バラッキと言った。南都レノーヴァで長らく仕事にありついていたが、けちな隊長の私欲により職を失い、長らく無聊(ぶりょう)をかこっていた者の一人だった。


 レノーヴァの街角で管を巻いていたある日、ジャコモの蜂起を耳にした。当然喜んで参加した彼は流石に元傭兵、南都攻略で人並みの手柄を立てることに成功した。


 しかしながら根の不真面目なエミリオにはおよそ向上心、功名心と呼べるものがなく、公都進軍には当然のように同行しなかった。以来もっぱらレノーヴァで享楽の毎日を過ごす、まあ、ありていに言って普通の男だった。


 エミリオは南都代官のウーゴが発した公女再捕縛の命に従って五人程からなる追捕隊を率いていた。隊と言ってもその実は手柄に目をくらませた荒くれものを適当に集めただけのもので、やっている事と言えば各々酒瓶を片手にした愉快な遠足だった(代官の権威の表れか、追捕に出た者の数は多かったが指揮系統は全く機能していなかった)。


 空位二十一年初夏の九日、宵の口のことである。レノーヴァから十里ばかり離れた街道の一角で、エミリオ隊は酔い覚ましの小休止をとっていた。


 揺れる世界を千鳥足で泳ぎ、エミリオは革帯を外して草むらに小便を垂れる。不意に右隣を見れば、いつの間にか同じように小便を垂れる男がいた。


「よお、兄弟」癖毛の男は気さくに話しかけてきた。「狼の調子はどうだい」


 エミリオには言葉の意味が分からなかった。自身もかなり酔っているし、相手だって酔っているのだろう。そう解釈し、答えた。


「ああ? 何言ってやが」


 それがエミリオにとって最後の言葉だった。エミリオはめまぐるしく回転する世界を見た。今までのような横の揺れではなく、縦にぐるぐると、彼の視界は突然回り始め、やがて衝撃と共に静止した。一物が見えた。形も大きさも見慣れた、自身のそれと全く同じものに見えた。それが頭上にぶら下がっていて、エミリオはそれを見上げている内にやがて意識が遠のいた。


 自身の体が草むらに倒れこむ音を、彼の耳が聞くことはなかった。





 ライナーは小便を終えると、逆手に抜き放っていた長剣を軽く拭い、隣の死体を一瞥してそこを離れた。焦るでもなく夜空を眺めながら、背後に聞こえる笑い声は今しがた首を刎ねた男の仲間だろう。


 半町ほど歩いて街道の脇へ。暗闇の草原をさらに半町も歩けば草陰の中に隊の面々が(たむろ)している。


「どうだったよ」問いかけてきたのはクラウスだった。

「ばっちり出たぜ。もうすっきりよ」ライナーはぐっと親指を立てた。

「んなことは聞いてねえって」

「ああ、やっぱうちの隊じゃなかったらしい。符牒が通じなかった」

「だから言っただろう、確かめに行くまでもないって」ヤンは当然とばかりに膝を叩いた。「地理的に考えて本隊がこんなところまで入り込めてるはずがないんだ。恐らく南都の警備隊か何かだろう。都市まではまだかなりの距離があるものと思っていたけど、こんなところにまで監視の手を伸ばしていると言うことは、やつらただの烏合の衆というわけでもないのかも知れない」

「するってえとヤン先生は」クラウスは顎鬚を弄りながら尋ねた。「あの関所はやつらがやったもんだって思うのかい」

 ヤンは肯いた。「その可能性もあるだろうね。目的は不明だが、激情の赴くままに暴れただけなのかも知れないし」

「ええー? そいつはどうかと思うぜ俺は」ライナーは間延びした声で異議を唱えた。「だってあいつらすげえ弱かったもん。関所を襲った奴らは、俺の見立てじゃかなりの手練れだね。間違いねえよ」

「弱かったってお前、手ぇ出したのかよ」


 呆れ顔で尋ねるクラウスに、ライナーは満面の笑みで胸を叩いた。


「おうよ。抜き打ち一振り。我ながら綺麗に決まったぜ」


 あからさまな溜息が一つと言わずに次々と聞こえた。


「どうすんだよ。人死にが出たんじゃ警戒はもっと厳しくなるぜ」とクラウス。

「僕らの任務は一体いつから威力偵察になったんだ」とヤン。


 ライナーは口を尖らせた。


「何だよ何だよ、別に何も悪いことじゃねえだろ。斥候だって威力偵察だって、隊長殿に正しい情報を伝えるって意味じゃ同じことじゃねえか。隊長殿にはこう言やいいのさ。南都の敵は大したことねえってよ」

「そら結構なことだけどな」クラウスはぼりぼりと頭を掻いた。「これからどうする気だよ。こんな敵地のど真ん中で、隊長殿が来るまで夜盗の真似事でもする気か、お前」


 ライナーはふんと鼻息を吐いて、人差し指を立てて見せた。言うまでもなくヤンの真似をしているのだった。


「いいかねクラウス君。先ほど僕が何と言ったか思い出して欲しい。僕は何と言った? 地理的に考えて、隊長殿がこんな所まで来れるはずがないと、そう言ったのだよ」

「僕の発言とは細かい部分が相違している。物まねのつもりでやっているなら認識を改めるべきだよ、ライナー」


 ヤンの冷静な突っ込みを無視してライナー先生は続けた。


「隊長殿は近いうちに北都を落とすだろう。しかしだからと言ってすぐさまこの南都を攻略に来るわけではない。地理的に考えて、ここは北都とは一番離れている大都市だからだ。つまりはこれ以上南の情報を集めたところで、隊長殿にとって意味のある行為にはならないと言うことさ」


 クラウスは眉根を寄せて肯いた。言い方はともかく、内容については理解できる面があった。


「あー要するに、河岸を変えるってことか」

「そうよ、そう言うこと」ライナーは大きく肯いた。「雨であの妙な足跡も消えちまったし、遊びは終わりにして、そろそろ真面目に働こうぜってことさ」


 どの口が言うんだと誰もが思ったが、小隊長の顔を立てて皆黙った。


 ライナーは続けた。


「地理的に考えて、だ。北都を落とした隊長殿の、次の目標はどこだと思う?」


 その質問に答えたのはヤンだった。「西都か、公都、だろうね」


「甘いね、ヤン先生」ライナーは立てた指を横に振って舌を鳴らした。「次の目標は西都さ。賭けてもいい」

「何で言い切れる?」クラウスが尋ねた。

「一言で言えば、勘、だね。まあもっと詳しく説明するなら、隊長殿は大胆に見えて慎重なところがあるから、危険な近道より、安全な回り道を通ろうとするんじゃないかと、俺は思うわけよ。ほら、地理的に考えて」

「気に入ったのか、それ?」


 苦笑するクラウスは頭に地図を思い描いた。危険な近道と言うのは、この場合公都のことだろう。首魁を討ってしまえば反乱などは時を置かずして沈静化するものだ。しかしルオマ中央部に位置する公都に軍を進めると言うことは、敵の勢力圏に突出することを意味した。当然未だ敵の拠点となっている西と東から攻撃を受けることは予想できるし、こちらの拠点からは離れることになるので補給面にも不安が生じる。


 比して、西都の方は段違いに安全な目標だった。北都からの距離だけなら公都の方がわずかに近いが、東都からは当然距離があり支援は困難。北都との間に都市も少なく、それらを落としてしまえば補給線も安定するはずだった。


 こいつは隊長殿のすぐ後ろを歩いているのかもしれない。クラウスは自分よりも年下の小隊長に敬意を抱いた。


「さあ、支度をしようぜ」ライナーは食事にでも誘うような軽さで命じた。「南のやつらが騒ぎ出さないうちに、とりあえず、目指すは北だ」


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