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騎士の時代  作者: 御目越太陽
第二章「ルオマ」
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二十一、白犬隊

 月明かりが赤黒い血痕を照らし出す。一面を見渡せばおびただしい血の跡、跡、跡。天井にまで飛沫(ひまつ)の跳ねている様は、まず惨劇と言って良かった。


 ライナー・ランドルフは改めて足元を見下ろした。喉を十字に掻き切られ、四肢を切断されているが、そこに転がっているのが人の亡骸であることに間違いはない。


 しゃがみ込んで傷口に触れてみる。乾いて久しいその切り口にはハエとウジがたかっていた。惨劇が上演されてから、少なくとも数日は経っているようだ。


 それに、


「素人の仕事じゃあねぇな」ライナーはつぶやいた。

「これをやったのは農民じゃねえって?」クラウス・クラマーは問いかける。死体を踏まないよう差し足で近づいて、ライナーの指す先を覗き込んだ。

「傷口が鮮やか過ぎるぜ。迷いのねえ、訓練された切り口だ。最初に利き手、次に目を潰して、抵抗できなくしてから残りの手足、って順番だろうな。喉は最後だ」ライナーは再び辺りに目をやった。「骸は……五つ。関所を守るには少ねえ。ここにいないのは外でやられたか、さらわれたか、だな」

「目的は? それに、一体誰の仕業だってんだ」

「わかんねえよ、そんなの」ライナーは苦笑して立ち上がった。「ただ、人数はそう多くないぜ。せいぜい十人かそこらってところだろ。それに多分、恨み辛みじゃあないと思うぜ」

「へえ、何で?」

「憎くてやったなら、こんなことろに置きっぱなしにはしねえだろ」

「なるほど、一理ある、かも」クラウスは素直に感心した。長い付き合いだけあって、物の見方が隊長殿に似ている。


 そんな友人の心を読んでライナーは笑みを浮かべる。


「犬の鼻だって利くもんだろ?」


 白犬は彼らゲルジア時代からヴァルターに付き従う者たちのあだ名だった。ライナーをはじめとしたヴァルターの幼馴染や近習といった連中は、白狼を名乗る隊長殿に敬意を表して自らを白犬と称した。隊長殿には遠く及ばないが、その薫陶(くんとう)を受ける自負が彼らにはあった。

 名称だけで考えるとおかしな話だが、ライナーの率いる白犬隊は「エッセンベルクの白狼」の中でも最精鋭の小隊と目されていた。


「で、これからどうすんだい、小隊長殿」

「そうだなあ」


 問われたライナーが腕を組んで思案すると、程なく彼を呼ぶ声が上がった。


「ライナー、来てくれないか」


 声は関所の外、ルオマ領内の側から聞こえてきた。


「どうした」駆け出しながら、ライナーは尋ねた。


 関所を出てすぐの所でしゃがみ込んでいるのは、博識で知られるヤン・ヴェンツェルだ。ヤンは人の良さそうな微笑をたたえて足元を指差した。「何だと思う、これ」


 ライナーは目を凝らした。ヤンが示す先には、特段注目に値するような珍しいものは見受けられない。縦横凡そ六寸の敷石の間に指二本分程の地肌が露出している、なんのことはない普通の石畳があるのみだった。


 ライナーが困惑顔を向けると、ヤンは地面を指していた人差し指を立てて、したり顔で答えた。


「いいかねライナー君。石畳の様子から察するに、この街道は数日来人の通行がほとんどないようだ。わずかだが表面に土を被っている。人の行き来が激しければこうはならないだろう。加えて興味深いのはこの土だ。周囲は見てのとおり草原。風の穏やかなこの時期に、石畳を覆うほどの砂が運ばれてくるとは思えない。恐らくは、雨の仕業だろうね。この街道は敷石の大きさにばらつきがあり、石同士の間隔も広い部分が多い。この露出した地面が雨を吸い、雨水に流された泥が石の上に残ったんだろう」


 つかの間、言葉が途切れた。ライナーは安堵の吐息をはいたが、この一呼吸はヤンにとって論を結ぶための小休止でしかなかった。


 わざとらしく咳払いをして、ヤンは続きを語りだした。


「さてここで注目して欲しいのは先ほど僕が言った言葉だ。僕は何と言った? 数日来、人の通行がほとんどない、と言ったんだ。何故全く、ではなくほとんど、と言ったのか、それに対する答えがここにある」


 辟易していたライナーは改めて示された石畳に視線を落とした。そして、ヤンが長広舌をふるって言わんとしていることにようやく気づいた。


「なんだこりゃ?」


 妙な、足跡があった。ぼんやりとではあるが、確かにそれは足跡に見えた。欠けた楓の葉を思わせるような四本の線。上に三本、下に一本。見ているうちにライナーは思い直した。楓と言うよりは鳥の足に似ている。少なくとも馬や、人の、足跡ではない。


 ライナーは顔を上げた。一歩、二歩と足を進めながら、足跡を探してみる。点在するその跡は街道を東に進んでいた。規則正しく、道の上を。明確な意思に基づく行動のように思えた。野生の動物のような、無軌道な動きではないように思えた。


 白犬隊の面々が集まってくる。頬に当たるのは雨滴の感触。小雨のようだが、それでもこの足跡を消すには十分の雨量だ。


「ここでうだうだしててもしょうがねえし」ライナーは振り返り、口角を上げた。「追ってみるか、とりあえず」

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