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騎士の時代  作者: 御目越太陽
第二章「ルオマ」
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五、遠方の友人

 夜の砂漠は獣の世界だった。少なくともこの砂漠で生まれこの砂漠に骨を埋める砂狐たちはその事実を疑っていない。


 故に彼らは闇夜に揺らめくあの篝火(かがりび)を見て忌々しげに唸りを上げていた。今宵の獲物を求める砂狐の眼前を我が物顔で通り過ぎるその炎は、彼らが自らよりも下等と信じる人間の群れなのだ。


 人間たちは逃げるでもなく、焦るでもなく、彼らの縄張りを悠然と進み続けた。まるで砂狐たちの姿など目に映っていないかのように。


 堪えかねた若い狐が鋭い牙を剥いて篝火に飛び掛った。しかし、人間たちの歩みは変わらない。


 それも道理だった。血気盛んな若狐は飛び掛った勢いそのまま篝火の手前で体勢を崩し、砂埃を巻き上げてのた打ち回る。敵意の唸りはくしゃみに変わり、牙も爪も最早人間に向ける余裕はない。


 人間の撒き散らす臭いに理由があることを狐たちは知っていた。人間たちは狐の鼻を駄目にする臭いで自らを守っているのである。


 彼らよりも劣るはずの生物はなお止まらない。屈辱を噛み締めながらも、狐たちは次々と道を譲るしかなかった。





 ラフィークは馬速を落として振り返った。


 四十余名からなる巡礼者一行は馬に乗る者も徒歩の者も例外なく足並みを揃えて先導者である彼の後ろに続いている。ほんの数間の距離に獰猛な砂狐の唸りを聞いているとは思えない整った隊列だ。


 が、その最後尾にひと際遅れている者が一騎だけ見える。振り返るラフィークにその表情が窺えないのは相手も彼と同じ方向を向いているからだった。


 先導を護衛役のナーゼルに任せ、ラフィークは最後尾を待った。


「すでに、国境は越えただろうが」


 ラフィークの声に、振り返ったのは不機嫌そうな顔だった。ラフィークはわざとらしく目線を外して続けた。


「戦に負けたばかりのラ・フルトがエスパラムからの移民を受け入れるとも思えんし、順調なら今頃はルオマかな」

「何の話だ」アティファは仏頂面で答えた。

「随分と気にかけているようだからな、彼らのことを」

「気になどかけていない。これがやたらと休みたがるだけだ」


 アティファに後頭部を小突かれた馬竜(ばりゅう)は抗議するように小さく鳴いた。


 サラサン人の、特に貴族階級の者が好んで騎乗する馬竜は賢い生き物である。乗る者を選ぶというだけでなく、乗る者の意思や危険を察知して騎乗者のために行動する、犬のように忠実で馬のように温厚、そして竜のような力強さを(あわ)せ持つ、サラサン人にとってはかけがえのない友と呼ばれてきた。


 そんな彼女の愛馬が自らの都合で足を止めることはまずあり得ない。それは知っていたが、ラフィークは苦笑しただけであえて追求しなかった。





 彼らが旅の途上で出会った客人たちと別れたのは三日前のことだった。


 酒宴から一日を経た次の夜。


「俺としてはまだまだ長居してもらっても構わないが」


 ラフィークの提案に客人たちは未だ酒の残る青い顔を横に振った。聞けば彼らは罪を犯し追われているのだと言う。一刻も早くエスパラムから出たいと思うのは自然なことだった。


 迷惑をかけるわけにはいかない、とはエイジと名乗った青年の言葉だ。名残惜しさを感じたが、ラフィークは旅装を手伝った。


 ラフィークが餞別(せんべつ)に送ったのは馬竜三頭に水と食料五日分、それに魔除けの香でいぶした外套だった。香炉ほど広範囲に効き目はないが少人数なら十分に身を守れる代物だ。日中は日除けにもなる。


 丸腰だったエイジには特別に短剣も送った。ラフィークの家の紋が刻まれたものでサラサン人にとってはこれ以上ないほどに有効な身分証だった。


「本当に、ありがとうございました」


 馬に頬をなめられながら、エイジは頭を下げた。他の二頭も新たな乗り手を認めたらしい。髪を食んだり匂いを嗅いだりと各々の方法で親愛を表現している。


「このご恩は必ずお返しします。どれだけ、時間がかかっても」

「必要ない」ラフィークは頭を振った。「善意に見返りを求めるべからず。俺たちの神の教えだ」

「でも」

「それよりもエイジ、俺にはとても残念なことがある」


 ラフィークのわざとらしい仕草にエイジは背筋を正して身構えた。


「俺は君の友人にはなれなかったようだ」

「へ? 何を」

「ペペやボリスに感謝を述べる時も、ありがとうございましたと君は言うのか?」


 エイジはぐっと言葉を飲み込んだ。ラフィークはなおも悲しそうに振舞う小芝居を続けた。


「礼を言う相手が友人なら、ございましたはいらない。残念だよエイジ。俺は君の恩人ではなく友人になりたかったのに。ああ、残念だ」

「そ、そんなことは、ないでしょう。親しき中にも礼儀ありというか」


 エイジの抗議にラフィークは取り合わなかった。袖で笑みを隠す仕草はエイジから見れば涙をぬぐっているように見えたかもしれない。ちらりと盗み見たエイジの顔は照れのためかほんのり赤みがさしていた。


 やがて観念したようにエイジは答えた。


「わかった、ラフィーク、ありがとう。また改めて御礼をしに行くから、今日は感謝の言葉だけで別れることを許してほしい」

「了解した」


 ラフィークは小芝居をやめてエイジに向き直った。


「それくらいの気安さでいい。俺も妹も対等の友人には恵まれないからな。そんな相手が欲しかったんだ」

「そうか」笑みをこぼすエイジの表情が不意に曇った。「妹?」

「酒の飲み過ぎで忘れたのか? お前の傷を治しただろう。あれは自身で認めた相手にしか名を教えん女だぞ」

「……アティファ?」エイジは首をかしげてつぶやいた。

「そうだ」ラフィークは肯いた。「覚えているじゃないか」

「妹?」ラフィークを指す。

「そうだ」ラフィークは首をかしげた。「何だと思ったんだ?」

「……てっきり、奥さんだと」


 言葉の意味を理解した瞬間、ラフィークは笑わずにはいられなかった。





 ラフィークの追憶を妨げたのは頬に走る鋭い痛みだった。見れば隣の馬上から鞭をくれる妹と目が合った。


「おい、鞭はないだろう、兄に向かって」

「くだらないことを思い出しているからだ」


 何に腹を立てているのかラフィークには分かっていた。兄の嫁と間違われていたこと、それを知った時の砂漠中に響き渡るのではないかという兄の大笑い、その後兄が客人に話した「あの行き遅れを嫁に求めるのは相当な物好きだけだ」という発言、おそらくその全てだろう。


 自分に非があるという自覚はあったのでラフィークは痛みをこらえた。


「旅程が」アティファは兄から視線を外して馬速を上げた。「遅れているな」


 誰のせいだと言ってやりたくなったが鞭の痛みが彼を自制させた。馬一頭分の距離をとってアティファの横に並ぶ。


「別に構わんさ。彼らのおかげで急ぐ理由もなくなった」


 アティファは答えず、不機嫌そうな顔を前に向けた。反論はないようだった。


「それにしても」ラフィークはわざとらしく明後日の方を見て口を開いた。「正直驚いている」

「何がだ」

「お前が人を助けるなんて、珍しいこともあるものだ、とな」

「お前が助けてやれと言ったのだろうが」

「俺が頼めば何でも聞いてくれるのか。これはまた驚いた」


 鞭が風を切る。ラフィークも今度は予想していたらしく、馬腹を蹴って軌道から逃れていた。


「くだらん」吐き捨ててアティファは馬を促した。


 妹の後姿を見送った後、ラフィークは改めて東の空を振り返った。


 白み始める砂漠の向こうに、友人たちの姿を見た気がした。





 ラフィークがエスパラムの砂漠で友人たちに思いをはせていたちょうどその頃、当の友人たちはというと、彼の予想通り南方侯領ラ・フルトと南東公領ルオマの国境にたどり着いていた。


 順調にエスパラムを脱出し、順調にラ・フルトを横断してと、ここまでの旅程に問題はなかったが、ここに来て一行は決定的な難題に突き当たった。


 馬を降り、岩場に身を隠した三人は神妙な面持ちで目指すルオマの方角を見やる。


 月明かりの下、微かに視認できるのは石で頑丈に組まれた壁だった。高さは四間程だが上部に返しのための突起が敷設されており、容易には越えられそうにない。夜闇のせいで判然としないが、その壁は数里先の南方で緑の生い茂る山々に突き刺さっていた。山肌は壁の続きを担うよう垂直に削られており、木々の間に立ち並ぶのは櫓のような監視施設だ。昼間確認した限りではその間隔に隙はないようだった。


 北に目を転じればこれまた見る者を圧倒させる威容がそびえていた。そこにあるのはどうやら門のようだった。高さ二十間相当の石造りの門構えに鋼鉄製と思われる十間弱の門扉。そしてその手前には幌馬車二台が並んで通れそうな程分厚く広い跳ね橋が上がっている。橋があるということは当然濠もある。流れは穏やかだが幅が二十間ほどある天然の清流が壁沿いをとどめとばかりに流れているのを見て、一行は足を止めざるを得なかった。


「クソ!」八つ当たりで投じられた石が空しく地面を転がった。


 石の行方は定かではないが、ボリスの苛立ちが実際にあの防壁に与えた損害は皆無だろう。彼らと壁との間には半町近い距離があった。


 彼らの行く手を阻んだのは南東公領ルオマ名物、一般に「ルオマの壁」と呼ばれるものだった。





 領内の隅々を走る無数の河川に由来する肥沃な耕地に加えて、鉱物や木材といった豊富な資源を有していたルオマは、古来よりその土地の支配権を周辺国に脅かされてきた。時代によって各々異なる統治者に支配されていた都市群がガルデニア王国の一端、南東公領ルオマとして現在のような領域を定められたのは、統一王による治世が始まったころである。


 絶対的な王権の元に世界が統一され、諸侯が戦争に明け暮れる時代がひとまずの終わりを見せると、ルオマはようやく本来の輝きを取り戻した。


 麦、野菜、酒に、牛や馬といった家畜から質の高い鉄製農具、宝飾品や硝子細工まで、恵まれた土地の能力に任せてあらゆる物を生み出し、溢れかえる産物を領外へ輸出する。作り、売り、買うという循環が領民の生活を豊かにすれば人口が増加するのは自然の摂理だった。長きに渡る冬の時代が終わりを告げ、繁栄の時代が来たのである。


 そして戦争が過去のものとなり始めた統一後五十年、二代フィリップ王の時代。ルオマの執政を取り仕切る豪商たちは蓄えた財を惜しみなく用いて領地全体を覆うほど長大な防壁の建設を始めた。


 この泰平の時代に馬鹿げた浪費だと、ルオマ以外の国々が嫉妬交じりに嘲笑したのも無理はない。


 まずこの防壁でルオマ全体を覆うのにかかる費用と時間が膨大だった。着工にかかる費用は当時ルオマが国庫に収めていた税額の実に十倍以上、完成させるためには少なく見積もってもそれを五、六十年は捻出し続けなければならないと言われていた。


 加えて、平和を謳歌し始めたこの時世にこんな大それた防衛施設が必要になることはまずない、というのが大方の見立てだった。統一後の五十年は大規模な反乱もなく、国体を危うくするような事件や飢饉もなく、まったく平和に過ぎていた。統一王時代最精鋭とされていた王宮近衛騎士隊がここ五十年の間で三分の一にまで減員されたという事実もある。最早暴力が民の生活を脅かすような事態は現実のものとして想像できなかったのである。


 さらに言えば、この防壁は防衛施設としての欠陥を抱えていた。防壁を根拠とする長大な防御線は、いざ外敵の侵攻に備えるにあたってあまりに長大過ぎ、当時のルオマが有する軍隊規模ではその能力を活かしきれなかったのである。反面、平均の高さがせいぜい四間程度では大隊規模のまとまった兵力であれば容易に突破できてしまう。壁自体の厚みも注目するほどではなく、投石器や弩砲等の攻城兵器を効果的に用いれば中隊規模でも突破は可能だといわれてきた。


 このように、利点を見つけることの方が難しい防壁建設事業だったが、当のルオマ領民はといえば誰一人執政府の施策を非難しなかった。


 この「ルオマの壁」は、平和と繁栄の象徴であり、彼らルオマ領民が屈辱の過去を忘れないための戒めだった。たとえ機能性のない無用の長物でも、金の無駄遣いでも構わない。その程度の支出では傾かない富を、泰平の時代はルオマにもたらしたのだ。


 湯水のごとき散財は、戦乱の時代に割を食ったルオマ領民による、彼らなりの復讐だった。他国には到底できないような豪遊をこれでもかと見せ付けることで、ルオマ人たちは自らの存在を誇示していたのである。





 さて、周知の通り「ルオマの壁」には特段の軍事的な価値も認められてはいないのだが、軍事以外の点においてこの防壁は評価すべき効果をもたらした。それはルオマ領内における匪賊(ひぞく)の減少である。


 壁の存在は野盗や山賊の類にとっては死活問題となった。王侯の招集する軍隊とは違い、質や能力のまちまちな彼ら程度の装備や規模で「ルオマの壁」を突破することは事実上不可能だったのである。少人数なら監視の目をかいくぐって領内に侵入することも可能だが、小勢は取り締まる側にとっても都合が良かった。不法に入国した賊の一党は、ほぼ全て仲間と落ち合う前にルオマの都市民兵隊によりあるいは駆逐され、あるいは捕らえられることになった。


 結果として、防壁完成後のルオマは匪賊、つまりは無法者にとって生き難い土地となったのだから、ルオマ人の防壁建設事業は長期的に見れば彼らの領国の財政を助けたといって良い。事業に一切の異を唱えなかったルオマ領民は、その先見性を高く評価されることとなったが、その評価の影で多くの匪賊が怨嗟の言葉をつぶやいたであろうことは想像に難くない。




「どうする」誰にともなくボリスはつぶやいた。


 じきに夜も明ける頃合いだが岩陰に身を潜める一行の周囲は暗かった。人目につく恐れがあるため火はおこせない。夜風が実際以上に冷たく感じられた。


 彼らが昼過ぎにこの国境線で足を止めてから、恐らくは半日が経とうとしている。商人か聖職者にでも成りすまして関を通過する計画は、英二に言われるまでもなく無理を感じて止めにした。よしんば怪しまれなかったとしても通行料など持ち合わせていないのだからどうしようもない。


 残る手は夜陰に紛れて忍び込むことだった。そして、そうと決まれば最大の難関は幅二十間の川である。エスパラム生まれには珍しいことでもないが、ペペとボリスは泳ぎを知らなかった。日の高い内から手分けして彼らでも渡河可能な地点を探したが、周囲を警戒しながらでは十分な探索もできず、結局適当な場所を見つけるには至らなかった。


 ボリスのつぶやきに、返事をしたのはペペの腹の音だった。「ごめん」と謝るぺぺを無視して、ボリスは頬杖をつく。もとよりペペの存在は当てにしていない。


 ボリスは熱心に防壁を見つめる英二の意見を待った。いい加減腹の立つ話だがボリスにはやはり妙案が浮かばないのだった。


「そうだな」英二はおもむろに立ち上がった。手綱を取って馬竜を引き寄せるとボリスが止める間もなく騎乗する。

「おい、どこ行くつもりだよ」

「ちょっと、様子を見てくる」


 英二の馬は走り出した。無人の荒野に足音を響かせて、忍ぶ気配など一切なかった。あっという間に濠の際まで来ると、英二は馬を止めて川向こうの壁を見つめた。


「馬鹿野郎、何の真似だ! 関所のやつらに見つかるだろ」


 大慌てで追いついたボリスが英二の肩をつかむ。声を抑えながらも青筋を立てるボリスに対して、英二はなんとも涼やかな表情で口を開いた。


「やっぱり、おかしくないか?」

「あぁ?」

「国境を守る関所だ。不寝番がいてしかるべきなのに、人の気配がまるでない」


 英二の言葉に促されて、ボリスは月明かりに照らされる防壁を見た。川のことばかり考えていたせいで今の今まで気づかなかったが、蝋燭一本の灯りもないこの防壁は、確かに奇妙なほど静かだった。


「昼間、二回だけこの関所の前に隊商が止まってた。離れて見てたからどんなやり取りがあったかはわからないけど、半刻くらい立ち往生した後北の方に引き返して行ったよ。その二回とも、跳ね橋は上がったままだった」


 まさか、とボリスは英二を見る。英二は肯いた。


「あの関所、無人なんじゃないかな」





 壁越えには存外労を要さなかった。渡河を含めて半刻もかからぬ内に、英二は防壁上の連絡通路に到達していた。近場の水深がどこを探しても二間以上あったので英二単独の潜入となったが、万一を考えれば皆で行くよりは都合がいい。


 身を低くして周囲を窺う。やはり人の気配はない。通路上には炬火台(きょかだい)と思しきものも存在したが、当然ながら熱は感じられなかった。


 英二は忍び足で壁上を駆けた。目指すのは跳ね橋の可動が行える関所の内部だ。防壁はその性質上防御正面たる関所に直通しているはずだった。細心の注意を払いながら走り続けると、程なく関所の(ひさし)までたどり着く。案の定通用口らしき扉があった。


 英二は通用扉に耳を押し付けた。聞こえるのは自身の鼓動だけだった。念のためラフィークから譲り受けた短剣に手を伸ばす。二度、深く呼吸して、そっと扉を開いた。


 英二は息を呑んだ。動悸と震えを抑えたかったが、どうにもならない。全身から汗が噴出し、ひどい渇きに目眩がする。それでも英二は闇の中に足を踏み入れた。


 月明かりのほとんど届かない関所の内部は闇に包まれていた。遮る物のない見張り窓から射しこむ微かな光がおぼろげに屋内を照らし出す。倒れている椅子がある。床には何かの破片が散らばっている。争った形跡だろうか。しかし誰が、何故、を考えている余裕は英二にはなかった。


 足を踏み入れた瞬間、いや、扉を開けたその刹那から英二は気づいていた。そこに充満し横溢(おういつ)する、紛れもない死の臭いに。


 闇に慣れ始めた目が屋内の全容を映す。見れば酷い有様だった。

 喉を十字に切り裂かれ、手足を切断された男の死体が、少なくとも三人分。乱雑に転がる彼らの表情は皆一様に苦悶のまま固まっていた。恐らくは、生きながらにして四肢を切断されたのであろう。流す涙の色は赤い。なんとなれば、彼らの両目には三(ルプス)余りの鉄釘が突き立っていた。壁一面をまばらに染める赤い斑点は、彼らの必死の抵抗、あるいは怨嗟の叫び、その跡だった。


 我知らず、英二は口を押さえていた。即座に胃液がこみ上げる。慌てて引き返した英二は、空腹が幸いして彼らの死体を汚さずにすんだ。

作品内単位

寸=約5cm

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