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騎士の時代  作者: 御目越太陽
第一章「エスパラム」
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七、傭兵隊長-2

 フォン・バレンティン領は結局ひどい泥沼と化した。


 二十の狼は、激戦の中で半分に減った。残された内の半数は敵方の工作によりフォン・バレンティン家の軍門に降った。最後の五人は徹底抗戦を掲げた。


 戦端が開かれてから三年。最早乱の鎮圧も目前と迫ったある日、戦いは意外な形で幕を閉じた。


 フォン・バレンティン家の当主であるハンス・フォン・バレンティンが死んだのだ。


 彼の命を奪ったのは胸に深々と突き立てられた一本の短剣だった。それを刺したのは彼が最愛の妻と信じた女性。イザベラ・フォン・ノイラートその人だといわれている。


 彼女の凶行はその動機や具体的な経緯にいたるまでの全てが今もって謎とされている。宗教に傾倒する者が概してそうあるように、イザベラ・フォン・ノイラートは弱い人間だった。つまりは人を殺せるような人物ではないともっぱら評されているのである。

 怨恨(えんこん)や黒幕の存在など諸説ささやかれているが、結果から推測するに生家であるフォン・ノイラート家の意向というのがもっぱらの噂だった。


 ハンスの死から程なくしてフォン・ノイラート家の侵攻は始まった。名目はヨアヒムの保護と後見だったが、ヨアヒム母子の身柄を抑えた後も当然軍勢は止まらなかった。長きに渡る内乱に疲れきっていた領民は積極的に彼らを受け入れ、民の支援を受けたフォン・ノイラート軍は調停を称してフォン・バレンティン領各地に駐屯した。


 未だ幼いとはいえ当主を盾に取られたフォン・バレンティン家の各将は進駐軍の元に降った。


 抵抗を続ける五人の元にも進駐軍の使者が来た。彼らとて疲弊は同じだった。フォン・ノイラート家には挙兵してからこっち支援を受け続けた恩もある。加えて本領安堵の条件まで出されては矛を納めぬわけにはいかなかった。


 空位十四年、こうしてゲルジアの片田舎を騒がせた「剣狼の乱」(フォン・バレンティン家の家紋が二対の剣を交差させたものであるためこう呼ばれる)は終結した。


 ハンスの遺児ヨアヒムは弱冠四歳にして家督を継いだが家名はフォン・バレンティン=ノイラートと改められ、実質的にはフォン・ノイラート家の傀儡(かいらい)となった。

 直轄地縮小のため伯爵位は返上となり、元フォン・バレンティン領は二十余りに分割され、それぞれを乱で手柄を立てた貴族が統治した。主と仰ぐのは変わらずフォン・バレンティン=ノイラート家のままだが、その主家がフォン・ノイラート家の傘下にあるため、彼らもまたフォン・ノイラート家に対しての臣従を余儀なくされたのである。


 本領を安堵された五人も立場としては同じだったが、彼らはよりフォン・ノイラート家と近い間柄、フォン・バレンティン領の監視役として直臣扱いを受けることになった。

 これにより領内には根深い確執(かくしつ)が生まれたが、ヴァルター・フォン・エッセンベルクにとっては瑣末(さまつ)な問題だった。


 乱後まもなくフォン・エッセンベルク家の正式な養子となったヴァルターは、一年余り領内をぷらぷらと遊び歩いた後、数名の家臣を引き連れて家を出た。喧嘩別れというわけではなく自発的な出奔だった。


 四年もの間悩まされてきた御家騒動の経験から、ヴァルターは家や血統というものに嫌気がさしていた。フォン・エッセンベルク家にはすでに当主の座を継いだ義兄がいたし、半分だけとはいえ元主家の血が流れている自分がこの地に留まっていてはまたいらぬ騒動を巻き起こすことになりかねない、と足りない頭を絞って考えついた結論であった。


 すでに隠居していたフォン・エッセンベルク家の前当主、つまりはヴァルターにとって育ての親にあたるヘルマンが、落ち着きのない養子のために幾度となく縁談を持ちかけてきたことも、この際ひとつの理由にはなっていた。


 ともかくも、ヴァルターは惜しまれつつ家を出た。ちょうど二十歳になろうという年だった。


 たった一人での旅ならば商いをするなり物乞いをするなり、はたまた聖職者にでもなってみるというのでもよかったが、家臣を連れて歩く以上彼らを食わせていかなければならない。そしてヴァルターにできることといえば戦うことぐらいしかなかった。


 故にヴァルターは戦場を求めた。当時食い詰めた貴族の次三男坊がそうしていたように、どこかの貴族の下に奉公して食い扶持を稼ごうと考えたのである。


 初めヴァルターは家への影響を考えて母親の姓であるヴァルター・ベレを名乗った。本来の名を伏せておけばヴァルターが何か失態を犯した際、フォン・エッセンベルク家に迷惑がかかることはないだろうと言う配慮だった。


 しかし、これを耳にした義兄であり現当主でもあるフランツ・フォン・エッセンベルクは大激怒した。すぐさま家紋の縫いこまれた羽織と直筆による推薦状をよこしてきたため、以降彼はヴァルター・ベレ・フォン・エッセンベルクを名乗るようになる。推薦状のおかげで仕官の口にも困らなかった。


 最初に仕官したのは恐れ多くもゲルジア公の軍勢だった。フォン・ノイラート家の直臣家ということもあって騎兵隊の末席に数えられたヴァルターは、サン・ジョルジュ大伯の麾下(きか)にて激化し始めていた王位継承戦争の最前線に出た。


 二年ほどの時間をそこで過ごした。瞬く間に頭角を現していったヴァルターは中隊長に任じられるほどの信認を得ていた。敵味方に名を知られ、ゲルジア公軍にその人ありと謳われる新進気鋭の将となった。


 二度とは得がたい恵まれた環境ではあったが、長期の休戦を機に、ヴァルターは独立を思い立った。


 ゲルジア公の下は確かに居心地がよかった。金払いもいいし飯も美味い。しかし、ここはあまりにも実家に近すぎた。なんとなれば率いる中隊の半数以上がフォン・ノイラート家(ゆかり)の者。それ以外はエッセンベルクの出身者だった。要するに過保護な兄が手を回したのである。


 結局のところ家の中にいるのと大して変わらないのだとヴァルターは気づいた。ここで立てた手柄はフォン・エッセンベルク家の、ひいてはフォン・ノイラート家の手柄になる。だからこそ失態は許されないし部下たちも必死になって戦うのだ。それは時に戦場での生き死によりも重きを置かれる。

 家のための戦争、家のための命、なんとも面白くないとヴァルターは思った。


 そもそもがヴァルターは先の戦乱においても名誉のために戦ったわけではなかった。彼を衝き動かすのはいつだって単純な感情。即ち、どうすればより楽しめるか、なのである。


 要するにヴァルターは飽きていた。名誉や出世といったわずらわしいものに足を引っ張られる家名の重さに疲れていたのだった。フォン・エッセンベルクの主の、フォン・ノイラートのそのまた主のゲルジア公のご厄介になっていては、いつまでたってもこの問題から離れることができないのだと二年の時を経てようやく気づいたのである。


 さりとて孤高の傭兵を気取るつもりもなかった。戦場で求められるのはまず以って頭数であるとヴァルターは知っていた。


 そこでヴァルターは広く仲間を(つの)った。中隊の面子はいわずもがな、驚くべきことに休戦中の敵陣営にまで声をかけて回った。

 彼の呼びかけに集まったのは騎兵十、歩兵四十の合計五十人あまり。元々指揮していた中隊に比べれば四分の一ほどにも減ってしまったが、ヴァルターは満足だった。


 志願者は彼の見知った者たちばかりだった。騎兵は当然のこと徒歩で参陣した平民上がりに至るまで、皆気心の知れた仲間だった。見慣れぬ顔は敵勢からの志願者だった。話してみればすぐに打ち解けた。敵としてのヴァルターを彼らは尊敬していたのだった。


 出立の朝、ヴァルターはできたての隊旗を頭上高く掲げた。青地に描かれた純白の獣は、在りし日にゲルジアの山中で咆哮を轟かせた白き狼に他ならない。


 傭兵隊「エッセンベルクの白狼」は、こうして産声を上げた。





 それからは転戦に次ぐ転戦の毎日だった。サン・ジョルジュ大伯領を出て後は北東侯領ラ・セルダを経て内乱の多い東方公領ノラヴドに入った。その地で名を上げると更なる戦を求めて南下し南東侯領ラ・ピュセル、南東公領ルオマ、南方侯領ラ・フルトと戦い続けて、今落ち着いているのが南西公領エスパラムである。


 兵員は五百を数える大所帯となっていた。「エッセンベルクの白狼」といえば南部の諸侯界隈ではすでに知らぬ者とてない名うての傭兵隊だった。


 そんな彼らが何故エスパラムの、なかでもとりわけ田舎のベルガ村まで出張ってきているのかというと、突然現れた魔人のため、ではないのだった。


「諸君、これを見たまえ」芝居がかった身振りでヴァルターはそれを示した。


 一同はヴァルターの持つ物体に注目した。それは土気色の見た目に相応しい異臭を放つ人間の前腕だった。いうまでもなく彼らに見つかるまで隊長殿自身が玩具にしていたものである。


 ヴァルターは皆が(いぶか)った目で見るそれを突然ほいっと放り投げた。放物線を描いた腕はライナーの掌に収まる。


「こいつがどうしたってんです、隊長殿」しばし眺めてライナーはエティエンヌにそれを渡した。

「お、俺に渡すなよ」


 顔をしかめたエティエンヌはすぐさま馬上のハインツへ、と思ったが鬼のような目で睨まれて手を引っ込めた。放り投げるというのも職業柄抵抗があり、仕方なく捧げ持ってみる。


「俺が調べたところによるとだな」部下の困惑も怒りもどこ吹く風と、隊長殿は得意げにふんぞり返った。

「そいつの持ち主は、つい先日死んじまったこの村の領主、ギョーム・デ・ベルガで間違いないらしい」

「聞いてるよ。魔人にやられたんだろ」


 視線を投げかけられたエティエンヌはうへぇと声を漏らした。


「そういや腕が片方なかったな。あんたが持ってってたのか」

「ちっちっち、そんなこたぁどうだっていいんだ今は」やれやれ、という言葉が聞こえてきそうな顔でヴァルターは頭を振り振り舌を鳴らした。

「なあおいエティよ、そのベルガ卿の葬送の祈りはもう済ませたよな」

「もちろん」肯いて、ふと思い出す。「っていうかあんたも立ち会ってたじゃねぇか」

「あれ、そうだっけ?」ヴァルターはわざとらしく首を傾げた。「すっかり忘れちまった。お前はもちろん、祈りの言葉も覚えてるんだろ、導師エティエンヌ」

「まあ一応」怪訝な顔でエティエンヌはまた肯いた。「それがどうしたんだよ隊長殿」


 良くぞ聞いてくれましたと鼻息を吐くヴァルターの饒舌(じょうぜつ)を、


「さっきから」馬上からの一言が(さえぎ)った。「何の話をしてるんだあんたは」


 堪りかねたハインツは馬を下りた。噛み付かんばかりの勢いでヴァルターの胸倉をつかむ。


「あんたが働かないせいで仕事が山積みだ。慣れない土地で馬は疲れてるし、昨日からの強行軍でまともな飯も食えていない。魔人が出たと聞いて大急ぎで来てみれば肝心の領主とその弟が揃って魔人にやられて死んでやがる。何だったんだ俺たちの苦労は」

「んなこといわれても、最後のは俺のせいじゃねえだろ」

「うるさい、馬鹿め!」


 ハインツの八つ当たりには同情できるものがあった。彼ら傭兵隊が遠路はるばるやって来たその用向きは、先日不幸にも命を落とした領主兄弟にあったのだから。





 仕事を探して南西公領に入った「エッセンベルクの白狼」は、早速エスパラム公に謁見(えっけん)する運びとなった。公の話によればなんでも近々大規模な戦を仕掛ける予定があり広く兵を募っているのだという。「エッセンベルクの白狼」の名は当然聞き及んでおり、共に戦えることを頼もしく思うと、とんとん拍子に話は進んだ。


 しかし、話題が給金、つまりは金の問題に触れた際、両者の意見が相違した。


 己と部下の実力に絶対の自信を持っていたヴァルターは一等級の待遇で自分たちが雇われるものだと当然のように思っていた。


 が、エスパラム公はこれに異を唱えた。


 公曰く、「エッセンベルクの白狼」の噂は確かに聞き及んでいる。しかし、その実態については全くの未知数である。なんとなれば我がエスパラムの軍勢は貴公らの部隊と一戦たりとも交えていないのだから、と。


 当代エスパラム公は実力主義の男だった。下級貴族の身から成り上がってその地位を獲得した彼にとり、重要なのは輝かしい栄光ではなく実際の能力だった。


 真っ向から過去の功績を否定されたヴァルターは腹を立てたが、筋の通ったその意見には納得した。


 どうすればこちらの要求する等級で雇ってもらえるのか、尋ねると公は条件を提示した。


 エスパラムには現在十名の正騎士がいる。その内の半数から推薦と承認を得ることができれば一等級の待遇に連隊指揮の権限と兵二千を貸し与える、と。


 騎士とは王侯の御前で騎乗することを許された者に授けられる位である。権能はそれだけでもらえる禄も多くはない。階級的には男爵の下位で貴族の爵位としては最も下にあたる。いわゆる名誉職のようなものだ。


 しかしこの爵位、とりわけ正騎士というものが実際に許された権限以上の意味を持つことは、当時戦場を()せる者なら知らぬはずがなかった。


 騎士の爵位は一般的に三段階に分けられる。


 最も数が多いのは戦場で臨時的に叙任される準騎士。禄はなく御前での騎乗のみを許された、要するに騎兵部隊の認可証のようなものである。

 この爵位は大抵の場合戦争が終われば返上される。持っていても得があるわけでもないし、下手をすれば徴兵があった際優先的に声をかけられることにもなるからだ。


 次にあたるのが騎士。世襲制ではないため食い詰めた貴族の次男三男が箔付けに(たまわ)ることが多い。平民でも武功を立てれば(じょ)せられることがあり、この爵位を持っている平民は準貴族と呼ばれる。準貴族には一部税の免除という特権があるため金でこの爵位を買い取る富豪がいるというのは珍しくない。

 つまりはこれも大して珍しくもない爵位である。


 そして、騎士位のうち最も数が少なく最も敬われるのが正規の騎士を意味する爵位、正騎士である。王侯自らに叙任されたこの爵位は、有する権能自体は騎士と変わらない。しかし伝統的に武功格別な者のみに叙せられるため、正騎士とは即ちその領地で最も優れた騎士の証でもある。


 この時代、武功といえばまず以って首級であり、あまねく正騎士は皆敵味方双方に一騎当千の(つわもの)と目されていた。


 エスパラム公が出した条件とは、そんな相手五人から実力を推薦されて来いという、早い話が腕試しだった。中々に、というより、一度でも戦場で正騎士の戦いを見たことがある者なら誰もがしり込みするような難題である。


 が、ヴァルターにしてみればそれもまた大した問題ではない、どころか実に魅力のある課題だった。


 武勇には彼も覚えがあった。ゲルジア公軍時代、正騎士の叙任を推薦されたこともある(間もなく軍を辞したため立ち消えとなったが)。

 我知らず口元をほころばさせるヴァルターを見て、エスパラム公も口角を上げていた。


 この御仁とは気が合いそうだとヴァルターは思った。


 「エッセンベルクの白狼」はすぐさま公都を出た。近在の正騎士三名から実力で推薦状を勝ち取ると残る二名分を一挙に確保するため進路を南にとった。


 南方の果て、ベルガの地には野戦任官で正騎士となった兄弟がいるという。先の三名で思わぬ拍子抜けを食らったヴァルターはまだ見ぬ二人の騎士に大いなる期待を抱いていた。


 そんな矢先、南の地よりもたらされたのが魔人襲来の報であった。




 

「と、に、か、く、だ、領主兄弟がいない以上この村に用はない。事後処理はこの土地のやつらに任せてとっとと次に行くぞ」


 ベルガ領主ギョームとジョエルの兄弟が死んだため、エスパラムの正騎士の数は八名となった。すでに三名分の推薦を受けているため、あと一人から推薦をもらえれば晴れて課題は達成である。


 そんなことは村に到着して早々からわかっていたのだから仕事を(とどこお)らせる隊長の態度にハインツが切れるのも無理はなかった。


「そうそう、それなんだよ」

「はぁ?」期待していない返答に、ハインツの眉根が寄りあがる。

「その領主、ベルガ卿の葬送の祈り。なんて唱えたんだエティエンヌ」


 ヴァルターがいう葬送の祈りとは聖教会の様式で葬儀を行う際唱えられる経文のことだった。

通常聖教会の葬儀は、導師以上の位階を持つ者が故人へ祈りを捧げるという形で行われる。無事神の国へと導かれるように、故人がどういった人間で何故天国へ行くべきなのかを祝詞(のりと)として唱えながらその魂を死出の旅へと送り出すのである。


 エティエンヌは軽く咳を払いつつ記憶をたどりながら祈りの言葉を唱えた。


「えーこの者、勇を奮い義を以って立ち、万軍に向かいて戦うこと無双の勇士なり。あー然れども、武運方せず戦場の凶刃に倒る。願わくば天の国にて主の拝顔の栄に浴することを望み」

「はいはい、先生質問」出し抜けにヴァルターは挙手をした。

「何だよ」

「万軍に向かいて戦う、ってくだりの、万軍ってのは魔人のことか」

「他になにがあるんだよ」

「凶刃は魔人の剣?」

「そうだよ」


 エティエンヌの返答を受けてヴァルターはにやりと笑った。


「それなんだけどさあ、なんかおかしくないか」一同を見回してヴァルターは尋ねた。


 三人は顔を見合わせ一様に「何が?」といった表情を向ける。


 ヴァルターはハインツの鼻面に人差し指を突きつけて続けた。


「だってよお、魔人が出たのは一昨日の朝から夜明けにかけてだろ。俺たちがリポルに着く前に消えちまったから正確な時間は分からねえけど、拾ってきた死体の腐り方からしてまず間違いねえ。けどベルガ卿は昨日の昼まで生きてたって話じゃねえか。魔人が消えた後に死体を集めて見聞するよう指示されたって生き残りのやつらがいってたぜ。なあ骸がいくつあるか、村についてすぐに数えられたろ」


 話を振られてライナーは首肯した。「そういや、そうだったかな」


 その段になって、エティエンヌは突然「あ」と声を上げた。腕を組み首を傾げて思考する顔面からは、にわかに汗が滴りだした。


「なんだ」不審に思ったハインツが尋ねる。


 言葉に窮するエティエンヌに代わってヴァルターは続けた。


「俺経典はあんま読んだことないんだけどさあ、葬式に関するくだりがあったよなあ、たしか」

「『民生記』四章の五か」

「博識だなハインツ。俺の記憶が確かなら、そこにはこう書いてあったはずだ。『死者の葬送は真実のみを以ってその者の魂を天へと導くべし』」


 死者を送る際、聖職者は神の前で嘘をついてはならない。もしも祝詞が虚偽にまみれていれば、その魂は審判の神により天の国への入国を許されずこの世をさ迷い続ける事になると言い伝えられているからだ。


「つまり」

「やっちまったらしいなエティエンヌ。ベルガ卿は魔人と戦って死んだわけじゃない。嘘の祈りで魂を送っちまったわけだ。審判の神ジェマが、今頃天の国でお怒りだぜ」

「き、聞いてねえぞ」エティエンヌは頭を抱えた。「俺はいわれたとおりに送っただけだ」


 いくら普段ただれた生活を送っていてもエティエンヌはやはり聖職者だった。慌てて経典を取り出し不測の事態の対処法を模索する姿は意外なことに一見まっとうな僧侶にしか見えない。


「わかってる、あんたに責はないさエティ。この件については調べがついてる」


 軽く僧服の肩を叩き、何かいいたそうなハインツを手で制してヴァルターは皆の顔を見た。


「とにかくだ、エティエンヌ、死体は焼いちまってかまわない。葬儀の依頼書もあとで適当に作っとくから早く送ってやんな。ライナーは飯の仕度だ。宿所の割り振りも地元のやつらと相談して上手いことやっといてくれ。それから、ハインツ」


 ハインツの脳裏に嫌な既視感が沸き起こった。彼らの隊長殿が、この日一番の笑みを浮かべていたのだ。


 ヴァルターは腰に吊った長剣の柄頭をいじりながら続けた。


「馬持ちのやつらから元気そうなの適当に見繕って支度させろ」

「支度? 何の」

「追いかけるんだよ、領主殺しの下手人を」


 事も無げに告げてヴァルターは歩き出す。一拍遅れてハインツは追いかけた。


「おい、待て、何の話だ。下手人? 追いかけるって」

「なあハインツ、ここの領主ギョーム・デ・ベルガとその弟ジョエル・ドゥ・パテーは正騎士だった、間違いないな」

「ああ」首肯する。彼らが知る限りそれは事実だ。

「ジョエルの方は魔人と戦って死んだらしい。首を刎ねられてた。他の死体とも同じだし間違いねえんだろう」


 やはりハインツは肯いた。それに関しては全く同じ見解だった。


「だが、兄貴の方は違う」


 ハインツは思い返した。

 腕を切られて胸を一突き。外傷は他に無く胴体には確かに首がついていた。

 凶器に使われたのは何の変哲もない先の折れた長剣。剣身に名を刻まれたその持ち主は中央広場の真ん中で同僚二名と共に事切れていたという。

 切断されたギョームの手は、緩く拳を握るような形で硬直していた。それはあたかも何かをつかんでいるような形だった。筆か、手綱か、いや、やはり相応(ふさわ)しいのは刀槍の柄といったところだろう。

 石畳には血痕、それと何かで砕いたような地割れさえ残っている。


 思考する。推測する。導き出される答えは一つだった。 


「正騎士を相手に戦って、あんな殺し方ができるやつ。気になるじゃねえか、何者なのか」


 ああ、これは駄目だとハインツは思った。ここしばらく見ることのなかったその嬉しそうな笑顔が、エスパラム公の御前で拝んだのと同じであることを思い出したのだった。


「どうした、もっと喜べよ。好きだろ馬乗るの」


 俺もつき合わされるのか。この村で一泊と、どちらがましだろう。


 ハインツの愛馬はぶるぶると頭を振った。彼女の気持ちも主人と同じなのだった。


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