3.女
「凄い良いオトコじゃん。なんでこんなところに?ま、変な森に迷ったと思ったけどこれならラッキーラッキーかな♪」
女は品定めでもするように自分を見る。その見方、そして女の話し方に悪寒を感じる。まるで自分を食物かなにかのように見ているかのようだ。そして気になるのは彼女の腰に提げられている剣のことだ。女性は『魔法』を使うとの話だが、それ以外に武器も使うのだろうか。対して自分は文字通り丸腰である。自分には力があるらしいが、それについて全く無知なのではなんの意味がない。とにかく今は慎重に、平穏な解決策を考え出すしかない。
「さあて、変に抵抗しないでね。まあ私はオトコを痛めつけるのも好きだけど、あんた高く売れそうだからね。できるだけ無傷で持って帰りたいのよ。」
言いながら、じりじりと距離を詰めてくる。ゆっくり後退しながら、必死に言葉を紡ぐ。
「な、なあ。あんた俺をどうするつもりだ?」
「そんなの決まってるジャーン。まあひとしきり『楽しんだ』後、奴隷商にでもうっぱらうのよ。…まあ、あんたなら私の『種』になってもいいかもね。」
ゾクッ、と背中に冷たいものが走る。最後に付け足した言葉の時の女の目は、まるでカエルを睨む蛇のようであったからだ。思わず女から背を向け全力で逃げる。
(冗談じゃねぇッッ!!!!俺には力があるだなんだは知らねえが、あの目はマジでヤバい!!養豚場の豚かよ俺は!?)
相手は『魔法を使える』とは言え所詮は女。男の自分なら走力では負けないだろうし、この森なら適当に走り回ればうまく身も隠せると考えた。
が。その『魔法を使える』ということが、どれだけ大きな意味を為すかをわかりかねていたことは大きな誤算であった。
突如。ドガッ、と大きな衝撃を背中に受ける。
「ゴッ―――――プッ!?」
そのまま何バウンドかしながら数メートル前へと吹っ飛ぶ。まるで水面を駆ける小石のように。そのままぬかるんだ地面を滑り、木に激突してようやく止まる。
(何・・・だ・・・?)
「こら逃げるなってー。せっかく見つけたイイオトコ、逃がすわけないジャーン。」
霞む視界に、女が近づいてきているのが写る。先ほどの衝撃は、女が超スピードで激突してきたことによるものだ。常人では生み出せないほどの速度で。これが『魔法』。男が女に屈する理由。
(ほ・・・ほとんど化け物じゃねえか・・・強すぎる・・・)
なんとか顔を上げることはできたが、手足に力は入らない。それどころか今にも内臓が口から出てきそうな圧迫感を感じる。しかし何とか目の前の脅威から逃れようと、無様にも地面を這って逃げようとする。
「こら逃げるなって。」
「ぐッ・・・!」
背中を踏まれ、這うことすらできなくなった。絶対絶命である。転生してもらって間もないのに再び死ぬのか、と思ったその時。
オオォォォォォォッッッ!!!という雄叫びが聞こえてきた。その数は一つではなく、軽く十は超える数だ。それらは一斉に女へ襲い掛かる。
「チッ!!」
女は舌打ちをしながらそこから飛び退く。そして腰の剣を鞘から抜き取り、臨戦態勢に入る。影は、アドルフを守るように囲み、女と対峙する。
「大丈夫かね。もう安心だぞ。」
遅れてもう一つ影がアドルフに歩み寄り、優しく声をかける。その影の正体は人間の『男たち』だった。
「あ、ああ・・・悪い。助かった。」
「礼はまだ早い。あの女をまずはどうにかしないとな。」
アドルフに歩み寄った男は立ち上がり、女の方を向いて叫ぶ。
「女よ!今すぐここから立ち去れ!!」
「うるさいわね。これだけの男、みすみす見逃す訳ないでしょ。あんたらこそ、死にたくなかったらおとなしくしなさい。」
数では圧倒的な差があるにも関わらず、女に焦りは見えない。それほどの自信があるのだろう。
「我々はお前が手出しをしないのであればこちらも手を出すつもりはない。しかし、もちろんだが一人もお前らの手に渡そうという気はない。」
「ふーん。じゃあ痛めつけてからお持ち帰りするしかないわね。」
女はそう言うと、何やらぶつぶつと唱え始める。
「詠唱をさせるな!!いくんだ!!!」
その言葉に、男たちは一斉に女の方へと向かう。しかし。
「【風刀】!!」
女は掛け声とともに、剣を一閃横に振るう。ビュオッ、という女と男たちの間には幾分か距離があったにも関わらず、男数人から血しぶきが上がる。女の攻撃を受けなかった男たちは急いで足を止め、崩れ落ちる男たちのもとへとかけようとする。しかし、女は再び詠唱を始めていた。
「ッ!!気を付けろ、また何か来るぞ!!」
「【雷撃】!!」
今度は女の掌から数本の稲妻が男たちへ襲い掛かる。稲妻の動きはコントロールできていないのか、咄嗟に飛び退いた者はかわすことができ、またなんとか身を反らしたものは足や腕にあたるだけで済んだ。しかし先の攻撃を受けた者、それをかばおうとしたものは直撃を受け、煙を上げながら倒れる。
「あ、やばい。死んじゃったかな?まあちょっとくらいはいいか。」
対する女は何の気兼ねもしていない様子だ。目の前に転がる男の死体を剣先でつついている。
(なんだよ、アイツ・・・)
せっかく自分を助けに来てくれた男たちであったが、女には手も足も出ないでいた。数人は恐らく絶命している。
「君!!私たちのことはいいから早く逃げるんだ!!」
しかし、先ほどアドルフに声をかけてくれた男はなおもアドルフを助けようとしていた。自らは雷撃を右腕に受けているのにも関わらず。
その姿を見て、アドルフはふらふらと立ち上がる。
「あんたは絶対逃がさないわよー。こいつらより絶対価値あるからね。」
女がアドルフを見て言う。それに対し、男たちはわずかながらに武器を持つ手に力が入る。意地でもアドルフを守ろうというのだろう。
「なさけねー…ホントになさけねー…女一人に何もできねえのかよ…」
アドルフはつぶやく。そして足を動かす。女に背を向けて。
「ったくよ。転生とか訳がわからん上に、敵は強すぎ。俺の力はよくわからん。最悪じゃねえか。」
ブツブツとつぶやきながら、歩みを進める。なぜか、その場の全員がその姿を見つめていた。なぜなら、
「クソがァァァァァァァァッ!!!」
ゴン!!!と、アドルフは自らの額で木を打つ。額が切れ血が流れ出す。しかしおかげで、朦朧としていた意識は醒めた。
「本当に情けねえよ、俺。」
アドルフは振り返る。その瞳には、先ほどはなかった光が満ちている。
―なぜなら、その場にいた全員が彼からただならぬ恐怖心を感じ取ったからである。
技名って難しい・・・
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