SHOW just goes Act1
side:日下部光輝
「おおお…………!」
「う、わ……」
「ひゃああ……」
はじめが岸内、次が俺、最後が徒花だ。
文化祭公演の脚本は、言い出しっぺの前島が書くことになっていた。古語と現代仮名遣いの兼ね合いがどうとか変なところにこだわるせいで、結局脚本が仕上がったのはつい昨日のことだ。
題材が難しいので早めにイメージを作っておきたいという徒花の意見で、これまた前島の家にあった、なんとかって監督の曽根崎心中のDVD(もちろん人形浄瑠璃だ)の鑑賞に3人で来ている。こいつの家は探せばびっくりするほどなんでもある。
「さぁーて、どうだよ、ご感想は?」
別に自分の手柄でもなんでもないのに、やけに自慢気に前島が言う。
「ど、どうっていうか……」
「これ、本当に俺達がやるのか……?」
正直、思っていたのの10倍は凄かった。それも斜め上の方向に。
当たり前すぎてバカみたいな感想で申し訳ないが、プロの——聞いた話じゃ人間国宝だとか——人形師は本当にすごい。後ろで人が動かしているのを頭ではわかっているのに、人形が生きているようにしか思えなかった。動きのひとつひとつがとても人間らしくて、人間らしすぎて、それだけに、こう。
「あの……足のやつ、どうなるんだろ……」
「それだよな……」
徒花も俺と同じことを考えていたらしい、お互い顔を見合わせた。
お初が徳兵衛ののっぴきならない事情をすべて悟り、「これでは心中するよりほかに身の潔白を証明できない」と決意を固めるシーンがある。人目を避けるため床下に隠れている徳兵衛は、心中の覚悟を確かめ合うためにお初の足を……あの時代だから素足を……刃に見立ててこう、首に撫でつけるっていう……
「やるに決まってるでしょぉ!? うちの曽根崎は本格派なんだから。そうよね前島!?」
「おう、バッチリト書きに書いといてやったぜ!」
「ナイス!」
「お前ら……他人事だと思って……」
ハイタッチしてるんじゃない。こいつら面白がってるだけじゃないか?
仕方がないから持ってきてもらった麦茶に口をつける。DVD再生中は集中しすぎて存在を忘れていたので、氷は全部解けてしまっている。喉は乾いていたが、さっきのをふと思い出してしまって飲むのに難儀した。アレを俺と徒花がやるんだよな……ああ、なんか今変な事考えた! もういい、飲むのやめよう!
「頑張れば多分なんとかなるだろ、あのへんの舞台再現。机とか椅子とかは使えるんだし。いくつか積んで固定して、見栄えだけ段ボールで塗装すりゃいい」
「安全性を上が認めてくれるかが問題だよね……本番って、実際は着物なわけでしょ。歩幅も小さくなるよね? マジで極限までリスクを減らすこと考えないと」
「どっちみち大道具班と要相談だな。衣装着て動くのにも早めに慣れといたほうがいい気がする」
お前らがこんなに一致団結してるところ今まで見たことないんですけど。
前島と岸内はもう完全に舞台監督の顔してるし、ふと見ると徒花はいつの間にか脚本を読み込む作業に入り始めてるし。なんだか一人だけ置いて行かれてる気分だ。
「えーっと……そうだ、衣装。今日決めてしまうって話だったよな?」
「おお、そうそう! いくつか候補を絞って持ってきたんだけど。お前らも選ぶの手伝えよ」
さすがこいつは切り替えが早い。言うや否や立ち上がり、俺たちを自分の部屋に案内すべく立ち上がった。
「……稽古場見学!?」
「おねがいッ!」
数日後。それぞれ衣装を持ち帰り、前島が書いた脚本の読み込みも進み始めたある日。岸内がいきなりこんなことを言いだした。
最近は台詞を覚えるほか、作業を手伝ったり、監督側の相談に乗ったりするのが主だった。夢幻座に行くこと自体久しぶりなのに、いきなり無関係者を連れて行くってどうなんだろう。
「見学するって言ったって、あの人たちだって忙しいんだぞ。行って何する気だよ」
「そりゃあだって……知りたいことたくさんあるじゃない! 練習の仕方とかさあ、大道具だってこっちがやろうとしてる動かし方に似たようなのがあったら参考になるし!」
「今度の演目ミュージカルなんだけど……」
「いいのいいの! ちょっと本物が見られるだけでいいから!」
やっぱり本音はそこか。徒花も困惑顔だ。
「あのなあ、夢幻座の人たちも練習も見せ物じゃないんだ。正直迷惑になるだろうし、俺と徒花のコネを使ったみたいで他のクラスにも失礼だろ」
「へえ、失礼って言ったな?」
と、そこで黙って聞いていた前島が割り込んでくる。
「つまりお前は、オレ達2-Cだけの特権として、クラスメイトであるお前らの持っている夢幻座とのコネクションを利用するのは不公平になると、そう言いたいわけだ」
「なんだよお前……そうだけど」
……嫌な予感がしてきた。思わず唾をのむ。
「冷静に考えろよ? たとえば、去年のコーラス発表だ。オレ達の代の1-Aに、確か中学の頃合唱部で賞取ったことがあるとかいう奴居てさ、最初からあいつらのモチベーションだけ異様なほど高かったろ」
「あ……滝沢さんたちの」
「ここでお前に聞くぜ徒花、その滝沢さんたちがクラス発表のために全力を尽くしたことについて、お前は不公平だと思うか?」
「えっ? それは……違うと思う、けど」
「お前の屁理屈に徒花を巻き込むなよ!」
こうなると面倒臭いんだ、前島は。昔から仲がいいぶん、こういうところに灯兄さんの癖が移っている。
「そう! 何処のクラスだって元をただせば構成員は人間なんだ、それぞれにポテンシャルを持っていて当然。クラスメイトの持つ技術や強みは、まあクラスのものだよな?
文化祭は一大イベントだ、どのクラスだって全力だぜ? 持ってる強み……ここで言えばお前らの夢幻座とのつながりをわざわざ封印するってことは、いわば武士が刀を抜かずに戦うようなもんだ。他の奴らが持てる全部を出し切って作品を作るっていうのに、お前らはここで手を抜くのか? それって、逆に他のクラスに対して《失礼》にならねぇか?」
「うっ……」
穴だらけの理屈だとは思うけど、とっさに反論も思いつかない。女子二人もこいつの話術にすっかり納得してしまったようだし、どうしようもなさそうだ……屈服するしかないらしい。
「お前ほんと、口だけは達者だよな……」
「一応、先に確認は取っといたほうがいいんじゃないかな。……ええと、ダメって言われたら諦めてね?」
二人の気合いに気圧されながらも、控えめに徒花が言う。確かにその通りだ、夢幻座のほうから直々に拒否されたら、流石にこいつらだって仕方ないと思うしかないだろう。ひとつ息を吐いて、携帯から座長さんの番号に電話をかけた。
あえて外には行かないで、コール音に耳をそばだてる三人の前で話すことにする。俺の反応を見て、流れでなんとなく察してくれるだろ。
……
『いいよ?』
「マジすか!?」
しかし。
「だってあの、本当にいいんですか? そっちの練習に迷惑かけるんじゃ……」
『へーきへーき。今日は大地来てないし、ちょうどスタッフの奴らも最近暇らしいし。ホント何のもてなしもできねーけど、そこだけ勘弁してもらったら……あー、おれはいいけど、大地にバレたら色々面倒だから内緒な。内緒』
そうだった。忘れてた。座長さんってこういう人なんだった。
既に岸内と前島は勝利モードで各々ガッツポーズ、期待を裏切られたのは俺の方だったらしい。諦めてスピーカーをオンにすると、徒花が寄ってくる。
「なんかすみません、久々に顔出すくせにご迷惑かけて……」
『いやほんと、つかこっち的にはむしろ来てもらった方がありがたいってゆーか……ごめんってば律心ー、すぐ戻るからぁ!』
「あの」
『そんじゃーな、おれは第一にいるから!』
切れた。
「……座長さん、よっぽど歌の練習するの嫌なんだね……」
徒花は俺の携帯を見つめながら苦笑いした。
「お、連れてきたか」
徒花と二人を連れてわらわらと入室すると、しばらくして座長さんが俺たちに気付いた。 持っていた楽譜を置いて立ち上がると、意図的にか否か、後ろを全く振り返らずこちらに声をかける。
「えーっと。とりあえず、いらっしゃいませ? 二人とも。座長で演出家の風巻です」
「あ、どうも、はじめまして」
「よろしくお願いしますー!」
前島と岸内もつられて挨拶。そういえば、座長さんがちゃんと名乗るところって初めて見たかもしれない。風巻……さん、下の名前はなんて言うんだっけ。
「見学だよな。ここの他は一つ隣でダンス練、その向かいの部屋で芝居の方の立ち稽古やってるから、適当に見てっていいよ。他どっか見たいとこある?」
「徒花高嶺さんは何処にいますかっ!?」
「違うだろ!」
迷わず岸内が手を挙げたので即座に突っ込んだ。見学って体で来てるのに、仮にもプロの稽古場で野次馬根性発揮してどうするんだ。何より奥にいる例の作曲家さんの顔が怖すぎる。あれ、完全に怒らせてるよな。
「あの、話してたのは、大道具の使い方に悩んでるんで、こっちのを見せてもらえたらいいかなーって……て、お前が言い出したんだろ!」
「なによ、冗談なのに」
「あっはは、高嶺だったら今は未麗たちと教会んとこの立ち稽古やらせてるから、そっちに居るんじゃねーかな。
なるほど、スタッフワークな……おーい、陽希!」
と、さっきすれ違ったあと暇そうにしていた柊さんを呼ぶ。柊さんはすぐに立ち上がって、その場で返事した。
「はい!」
「この子らアトリエに連れてってやってくれる?蛍がびっくりするかもしれねーから、お前から説明つけてやって。見学の子だって」
「わかりました!」
よっぽど暇だったのか、いつも以上に良い返事でちょっと嬉しそうだ。歳が近いこともあって、なんだかんだでこいつらのこと気になってたみたいだしな。
「でー……あーそうだ、脚本書いてるって子は」
「はいはい!オレですっ!」
座長さんが軽く挙手する真似をしてみせ、今度は前島が乗っかる。
「良かったらちょっと見せてくれねーかな? おれ、よくここの脚本家の子と相談したりするから。あっちに空き部屋あるから、そことかで」
「マジすか!? やった、丁度いろいろどうしようって思ってるところあったんで! ホントにいいんすか……うわーお」
ホントにいいんすか、に頷いた座長さんの背中に綺麗に回し蹴りが入った。本気のやつだった。
「そんな逃げの手が通用すると思ったか! 貴様の課題はこっちだクズが!」
壊れるんじゃないかと思う勢いで小型キーボード(確か雪町さんの私物)を叩く曲淵さん。そりゃこうなるに決まってるだろ。
「痛ったぁ……だってせっかくお客が来てるんだぜ?」
「そのお客は」
「うん、おれが呼んだ。……痛たたたたたごめんってば! 背中はムリ、背中はやめてマジで!」
柊さんが悪戯っぽい笑顔でもう一度座長さんの背中をバシッと叩いた。
「安心してください座長さん! 大道具と演出の打ち合わせは俺と谷内さんの間でもしょっちゅうしてるんで、俺たちのほうで話しますよ! 思う存分しごいてもらってください」
「おま、そーゆー気遣い……くっそぉ……」
座長さんは背中をさすりながら、すごすごと置いてきた楽譜とキーボードの方に戻っていく。練習を聴かれたくないのか、拗ねた顔で「さっさと行けよ」とばかり出口のほうを指した。
「きゃあああああ!! 徒花高嶺だーっ!」
と、二人のいる部屋を離れたそばから、これだ。
柊さんに連れられて、少し離れにある作業場……曰くアトリエに移動する最中、ばったり出くわしたのだ。慣れているのか向こうより急に隣で大声を出されて俺達の方がびっくりしたようだった。「好きだっつってたもんなあ」という前島の小声に、柊さんと徒花がそれぞれ反応する。
「本当に会えた! あの、あたしファンなんです! まだ雑誌でしか見たことなかったんだけど。
隣にいるの立羽未麗さんですよね? すっごい可愛い、顔ちっちゃい!」
「あら、ありがと! アナタも可愛い子ねぇ、何かここにご用事?」
言いながら辺りを見渡した立羽さんと俺とで、目が合った。まだ若干肩身の狭い思いで会釈すると、頭の上を元気のいい声が通過していく。
「光っちゃんと実結ちゃんと……あっ、同じ学校の子ね!? 二人につられて入団希望とか」
「や、見学だけだって。文化祭の参考にしたいみたいで。今から谷内さんとこに連れていってくるよ」
柊さんの補足で二人とも納得がいったらしい。二人で話をしたことがあったのか、立羽さんのほうも俺達と文化祭のことを分かっているみたいだった。……ところで、みっちゃんて俺のことなのか?
「じゃあ二人も舞台に?」
「いや、オレは脚本書いたのとちょっとだけ出るんですけど、こいつは監督なんで」
高嶺さんの質問に前島が自分で飛び出し、指さしで説明する。
「そうか、じゃあ作楽さんと同じだ。ぜひいろいろ見せてもらって、いいものを作ってくれ。応援してるぞ」
「はいっ!」
岸内が一人で食い気味に返事をするので、俺と前島が乗り遅れた。「単純な奴だなぁ、お前」呆れとも関心ともつかずに言ったが、この様子じゃ既に聞こえちゃいなさそうだ。
「ホントかっこいいよね、お兄さん。あー羨ましいなぁ、実結、うちの弟と取り換えっこしない?」
「あははっ。いいけど、そんな期待したようなのじゃないよ。冴ちゃんとこの弟さんのほうが絶対しっかりしてると思う」
この二人は、いつの間にこんなに仲良くなったんだろう。お互いの名前の呼び方まで変わっていることに今更気が付いた。岸内に高嶺さんの話をする徒花は、いつかとは違ってすっかりさわやかな顔をしていた。




