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第一章 4話

 山道はどんどん、険しくなっていく。足の痛みが増してきた。

 それでも、律花は躍起になって、何かに取り付かれたように歩く。

 夜の山の中は薄暗くて色々な音がする。何か、動物が吠える声や、ばさばさと何かが木の上から飛び立つ音など。正直、恐くない、といえば嘘になったが、それでも、先ほどのように殺されかけるよりはまし、と自分を励ましながら歩いた。

 だが、とうとう足に限界が来た。

 休むとさらに辛くなる、と分かっていても、座り込んでしまう。

 座って調べてみたところ、捻った足は、熱をもってぱんぱんに腫れていた。律花は大きく息を吐く。

 暗い山の中で1人で座っていると、闇が押し寄せてくるようで、恐ろしい。かと言って、一度座ってしまったら、立ち上がる気力も残っていないように思えた。

 目を閉じて、辺りの音に耳を澄ます。

 人のいる場所の気配を探っている。近くにまた、集落でもないかと。

 でも、例えそういうものが見つかったところで、どうすればいのかは、全く見当が付かなかった。

 また、殺されそうになるかもしれないし、もっと酷いことになるかもしれない。

 考えることに集中し出すと、抑えていた感情が、段々蘇ってきた。

 大体、何で自分がこんな目に逢わなくちゃいけないのだろう?プールで溺れて、目が覚めたら意味の分からない場所、だなんて。

 もしかしたら、自分はプールで溺れて実は死んでしまっているのではないか、とも考えるけれど、では、今ここにいる自分は何なんだ、とも思う。死後の世界と言われて、納得できる場所ではない。

 荒唐無稽なことで、考えられることはある。つまりはアレだ。SF小説で古今問わずに大人気の、タイムトラベルというヤツ。だが、こんな変な話、あるだろうか?プールの中が次元の裂け目だったとでも?そんなの、ドラ○もんもビックリだ。

 もう一度、溺れてみたらどうだろう?

 もしかしたら戻れるかも。

 ―――でも、戻れなかったら?

 泳げない自分は確実に、死ぬ。

 なんだか自分がすごく間抜けなようで、それでいて惨めなようで、泣けてきた。

 おまけに置かれた境遇は現在、最悪だ。

 頼る人もいなくて、場所もわからなくて、夜の山の中で一人ぼっち。孤独。

 もしかしたら、過去にもこうやって突発的タイムスリップに巻き込まれた人もいるんじゃないだろうか?迷宮入りした行方不明事件の中の何割か、とか。それで、飛ばされた人は、こうして、自分のように、どうしていいかも分からずに、途方に暮れながら死んでいったのだ。

考え出すと、本気で怖くなってきた。律花は、そんな考えを無理矢理頭から追い払う。

 ―――何か、明るいことを考えなければ。

 律花は必死に思うが、そういう時に限って良いものは思い当たらない。

 仕方なしに、律花は小さく唄を歌って恐怖を紛らわせた。


 しばらくして、段々落ち着いてきた時に、どうも、なにか聞き慣れない音が聞こえるのに気が付いた。それは、動物や木々が立てる音とは、明らかに違っていた。何か、篭った様なうなり声のようだった。

 律花はピタリと歌をやめ、息を潜めて、辺りを探る。

 確かに、聞こえてくる。音の出所はすぐ近く。

 注意深く探っていくと、どうも地面から聞こえてきているらしい、と気づいた。

 律花のいる場所から2,3メートル離れた場所。そこに、不自然に地面から突き出た竹筒のようなものがある。

 音はそこから、漏れていた。

 律花は引き寄せられるように、這って近づいていく。

 注意深く、すこし筒に触れてみると、筒はグラリと傾いた。それと同時に、憤慨したような唸り声が聞こえる。

 ―――人が、埋まっている?

 そうとしか、考えられなかった。

 たぶん、これは人の声だ。それで無かったら今更こういうことを言うのもどうかと思うが、非科学的にも、妖怪の類だ。

 どうすべきか迷った。

 埋まっている人が、何者か、全く分からない。もし、怖い人だったら。掘りおこした瞬間、殺されてしまったら。

 ―――でも。

 律花は殺されそうになったばかりで、そういう恐さを知っている。今、ここに埋まっている人も、そういう恐さを現在進行形で感じているのだ。

 不思議な、同情心のような物が律花の心の多くを占めていた。

 律花は、姿勢を直して座り込むと、ゆっくりと竹筒の動かないように、手で土を掘り始めた。土は、まだ柔らかい。

 埋まっている筈の人物は、始めは少し唸っていたが、律花が掘り進めるにつれ意図を察したのか、ピタリと静かになった。

 律花はなんとなく、雰囲気で、驚いているのではないか、と感じた。

 掘って行くうちに、とうとう、頭にたどり着いた。柔らかい髪の感触が指に触れる。

 その形に添うように、掘り進めていく。

 顔まで掘り進めると、竹筒は、口に咥えていたことが分かった。掘り下げるにつれて、斜めになっていくのでもしかしたら、とは予想はしていたが。

竹筒を外してやると、その人は、大きく息を吸い込んだ。だが、埋められていて、胸が圧迫されているせいか、それほど息もできないようだった。

 それでも、少し、身じろきをしてから「礼を言う」という言葉を呟いた。

 掠れていたが、まだ若い、男の声だった。どこかで聞いたことがあるような気がした。

 掘り進めるうちに、手が全部出た。両手を手錠のように、鎖で何重にも巻かれている。

 律花が驚いていると、相手は「足も、こうなっている」と事も無げに言って、手を支えにして、自ら這い上がってきた。

 「空気が美味いな」

 男は寝そべったまま、大きく深呼吸して、感慨深そうにそう言う。

 そして、じゃらり、という音をたてながら、手を律花の方へ差し出した。

 「ついでに、これもはずしてくれると嬉しいのだが」

 律花は、少し考えて、まず、足の鎖をはずす。それから、手の鎖に手をかけたまま、相手の居る方向を見つめながら言う。

 「はずす前に約束して。これをはずしても、絶対に私に危害を加えないって」

 「恩人に危害など加えるはず無いだろう。見損なうな」

 その声が、本当に心外そうな色を帯びていたので、律花は思わず笑ってしまった。

 悪い人とは思えない。そう考えて、鎖をほどく。じゃらじゃらという音と共に、段々とその人の手に近づいていく。思ったよりも細い手首に行き着いて、仕上げにそれを抜いた。

 「はい。おしまい」

 相手は「軽いな」と嬉しそうに、2,3度手をひらひらとさせると、立ち上がって、自分の埋められていた穴の中に手を突っ込む。

 何をするのかと訝しがっている律花の前に、長細いものが差し出された。

 「なにこれ?」

 「生憎、持ち合わせているものはこれだけだ。勿体ないが、礼として与える」

 受け取ってみると、本物を触るのは始めてだが、刀のようだ。両手で持っても手にずんと来る重さがある。

 「いらない。こんなもん使えないよ」

 律花は慌てて相手に付きかえす。意外と重いそれは、かちゃりと音を立てて相手の前に差し戻された。

 「だが、それなら礼の仕様が無い」

 拗ねた様に言う相手に、「お礼なんかいらない」と、言おうとして、ふと言葉を止める。

 埋められる時でさえこんな刀を持っている人なら、おそらくそれなりに腕に覚えがあるはずだ。そうして、律花は1人でいるよりもこの人といた方が安全だ。

 「じゃあ、お礼の代わりに、一緒に連れてってよ」

 その言葉に、相手は少し考える風に黙った。

 「それは、どういう意味で言っているんだ?女として?臣下として?客人として?」

 「あなた、臣下とか、いる身分なの?」

 問い返す律花の言葉に、男は少し不機嫌そうに言う。

 「臣下という名の親父の犬ならいた。そいつらのせいで、こういう事体になったのだがな」

 その声は、悔しそうで、だが、悔しいというだけでは終わらせない、それ以上の何かを含んでいるようだった。

 律花は首を傾げる。

 「私、ここのこと、何もわかんないんだ。……あなたはどうして欲しいの」

 男は不思議そうに律花を見る。もっとも、暗闇の中。そんなによく見えるわけでもないのだが。

 「何もわからない?」

 「うん。ここはどこか、とか、自分はどうすればいいのか、とか」

 「忘れてしまったのか?」

 忘れてしまった、とは違う気がする。元々知らないのだから。

 でも、だからと言って、『全然違う空間に住んでた』とか『タイムとリップかもしれない』とか、突拍子のないことを今言って、怪しまれて、折角掴めるかもしれない、この先唯一生き延びる道を、このまま無くしてしまうのはとんでもない話だった。

 もう、1人で山道を歩き回るなんてごめんだ。

 「そうみたい」

 律花は言うと、男はそれで一応納得したようだった。要するに、記憶喪失のような物だと思われているのだろう。

 「大方、こんなところをうろついているというのなら、口減らしのために捨てられでもしたのだろう。もっとも、口減らしをされるほど幼いとも思えないが」

 そう言って、男は立ち上がる。

 「では、一緒に来い。お前には俺の臣になって貰う。名は覚えているのか?」

 ―――「臣」ってことは、家来か。でもまぁ、路頭に迷うよりは。

 「律花」

 律花が答えると、男は頷く。

 「では律、ついてこれるか?山を越える」

 足は、少し休んだお陰でだいぶ良くなっていた。

 「大丈夫」

 律花が言うと、男は頷いて律花に手を差し出して立ち上がらせる。

 「なら行くぞ。ヤツラが戻ってきては、俺はまた埋められてしまう」

 冗談なのか本当なのかつかない口調でそう言うと、男は歩き始める。律花も後に続いた。

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