魔術喰らい
「⑥魔術喰らい」
きっかけはとても些細なものだった。
居酒屋。
頼んだ品物がなかなか来ないのはよくある日常。それも、週末の賑わいの中ならなおさら事故は起こるもの。
あたしのテーブルに、頼んだ覚えのないカクテルがことんと置かれる。
酔った頭で疑問符を浮かべて振り返ったが、その店員はすでに厨房に引っ込んでしまっていた。
「あー、どっかのやつと間違えちゃったか」
あたしはビールかハイボールしか飲まない。ましてや甘いお酒はあまり好かない。だから、置かれたこのファジーネーブルをこりゃ僥倖と頂くにもなぁ、とグラスを見つめていた。
──チリン。
鈴の音。
ふと、目が合う。
カウンター席の二つ先。
白くて長い髪。可愛らしい鈴のついた、白い大きなリボン。大きな青い双眸。きっと外国の人だろう。そんな珍しいお客さんが、あたしを見て気まずそうにもじもじとしていた。
「あ、これもしかしておねーさんの?」
カクテルを指差して声をかける。
すると彼女は目を丸くし、控えめに頷いた。
「そっか、席近いし間違っちゃったか店員さん!」
あははと笑いながら、おねーさんの席にファジーネーブルをこんと置き直す。
「えっと……ありがとう、ございます」
「お、日本語上手いじゃん!おねーさんどこから来たのぉ? 旅行ぉ?」
たったこれだけ。
あたしもなんとなく気になって話を続けてみた。
それだけだった。
それが、気が付けば隣同士の席で笑い合っていた。
これがあたしとケイリーの出会いだった。
◆
「で……十影はどうした?」
煙草をすり潰した青紫さんは十時になっても事務所に来ない十影に首を傾げた。
十時はこの事務所の出勤時間である。
「あー……体調不良で……」
「また二日酔いか?」
「…………はい」
「自由なものだな」
ここはそもそも出勤に関してはかなり自由だ。私も訪問の仕事がないなら、だいたい十時から十九時くらいで良いと言われている。なんなら、最近は少ないが暇なときは来なくても咎められることはない。十影なんかはいつも昼前に来るし、こうして休む日もよくある。
これで前職よりも月収も貰えてボーナスも出してくれているのが不思議で仕方ない。
いわく、私は観測、十影は捕食が最大の役割なのだそうで、私の場合はまともだから、あの霊感商法まがいな訪問の仕事も任せられているだけらしい。
……ここに慣れちゃうと、もう普通の仕事はできないよね、これ。
「はぁ……今日はあいつにも会ってもらうつもりだったんだがな」
ため息をつく青紫さん。
ちなみに、今日は青紫さんから直接呼び出しのあった日だ。そりゃあ、さすがに咎められる。
「君も君だ、少し十影を甘やかし過ぎじゃないかい?」
「それは……ごもっともで」
最近は十影のいい加減さに慣れてしまっていることに、自分でも危機感を覚えてるところだ。
「まぁいい、君にも会わせておかないといけない相手だからね」
「あぁ、誰か訪ねてくるんですね?」
言い方を見るにただのお客さんでは無いみたいだけど、ここにそういう来客があるのも珍しい。
カランカラン──。
ふと、背後からドアベルの音が鳴り響く。
「あっ、いらっしゃいませー」
反射的に振り返り、来客を出迎える。
そこにいたのは、顔は日本人なのだが、日本人離れした180cmを超える長身で、着崩したカッターシャツを身に纏い、眼鏡をかけた男性だった。
「ほう……」
彼は、目が合うなり意味深にじっくりと私を見遣った。
「えっと、あの……?」
「84・59・86ってところか」
「……はい?」
見覚えのある数字の並びに嫌な予感がする。
彼は彫りの深い顔を崩して笑い、迷いなく私の目の前にやってきた。
「君が新妻未耶ちゃんか、めっちゃ可愛いじゃねぇか。このあとおじさんとお茶でもどうよ?」
「えっ、はい? ええっ!?」
いきなりのナンパに思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。それを見るなり、彼はケタケタと笑い出した。
「うちの従業員を引き抜かないでくれ、阿門」
「わりぃわりぃ、あまりに珍しいお嬢さんだったからよ」
阿門と呼ばれた男性は陽気に答えた。
「あぁ、紹介がまだだったね。彼は阿門だ。とある協会のエージェントでね」
「……エージェント?」
「ああ、怪異や遺物の回収、保管……まぁ私と似たことをしてる連中だ」
「……ええっと、メン・イン・ブラックみたいな?」
思わずぽかんとしてしまう。映画や都市伝説みたいな組織の存在を突然明かされれば、誰だってこんな顔をするだろう。
「正式には聖遺物保存協会だ。ほら、宗教法人のCMのすみっこの方に書いてあるだろ?」
「……覚えてないです」
「ありゃ、そうか……最近の娘はテレビとか見ねぇか!」
阿門さんは、あっはは!と笑い飛ばしてくれた。
「まぁ、今日は彼から声がかかってね。そろそろ君も十影も慣れてきたろうし、紹介するつもりだったんだよ」
ああ、と呼び出された意味を理解する。なんだかんだ、私が前職からここに移ってもう半年も経っている。青紫さんなりに、私や十影を信用してくれているのだろうか。
それに……。
「もしかして、青紫さんが集めた怪異って、阿門さん達に渡していたんですか?」
「「いいや?」」
きょとんとする二人。
「……息ぴったりで」
「こいつは趣味優先の偏屈ババアだからな。分け前くれるなんてちっとも思っちゃねぇよ」
「いいじゃないか、いつも対処は手伝ってやっているだろう?」
「抜かせ。こないだお前が広めた怪物、処理して回ったのは俺らだからな」
「はっはっは、その節はどうも。ようやく落ち着いてきて助かっているよ」
飄々と笑いながら煙草に火をつける青紫さん。と、阿門さんの方も合わせて煙草を取り出す。
……っていうか、ババアって。
二人は煙を一吹きすると、ふと真剣な表情になる。
「それで阿門、今日の元々の用件っていうのは?」
「……M市にあるこの新築マンションは知ってるか?」
彼は、懐から写真を取り出す。そこには、コンクリートの大きなマンションが映し出されていた。そのマンションに見覚えがあった。
「あれ青紫さん、ここって」
「あぁ、失踪者が何人か出ていると言っていたところだろう」
そう、同じマンションでこの一ヶ月間に失踪届が集中しているとして、先日共有してもらっていたマンションだ。
ただ、ここ最近は青紫さんが忙しくて依頼も避けていたので、すぐにその内容を引き受けることはしなかった。
「お、二人とも知ってるなら話が早い。警察の連中から違和感があるってのでうちまで話が回ってきてな。そんで、俺たちも視察に向かったんだよ」
「へぇ? 」
「そしたら、何も出なかった」
「え?」
素っ頓狂な結果に、思わず私が声を上げてしまった。
「その……話の流れ的に、怪異とか幽霊が関係しているって話じゃないんですか?」
「そうじゃないんだな、これが。ビックリするくらい何もなかったんだよ」
「じゃあ、本当にただの偶然……?」
「いいや」
私の疑問に答えたのは、話を聞いていた青紫さんだった。
「隠れている奴がいる。だから私に話が回ってきたんだろう、阿門?」
「そーゆーこと」
話が見えない。
怪異じゃない? 隠れている?
「早速ハズレを引いたな、新妻君。今回の君は留守番だ。それに十影もね」
「えっ? 十影も?」
「ああ、今回は怪異ではなく、人間同士の話だ。それも、私や阿門のような人種が関係している厄ネタなんだよ」
◆
夕方、いつものようにパーカーを羽織り、外出用のキャスケット帽を深く被って黒マスクを付ける。
未耶や青紫の前ではもう気にしてないが、やっぱりあたしの火傷痕は悪目立ちする。そのまま街を出歩こうものなら、好奇の目は避けられない。それではお互いにいい気はしないだろうな。
そうして早足で街を通り過ぎ、いつもの居酒屋に滑り込む。ここまで来たらあまり気にしなくてもいい。ここの店ならもうお互い慣れてるだろうし、そもそも酒が入ればどうでもよくなる。
そんで……、
──チリン。
鈴の音。
「お、先に着いてたんだ、ケイリー」
「トカゲさん、こんばんは」
ボックス席で待っていたケイリーは、控えめに小さな手を振って挨拶をしてくれる。
一昨日知り合った彼女だが、こうして連日飲みに来ている。昨日は少し飲み過ぎてしまったが。
「ナニ飲みます?」
「あたしビールから!」
「トカゲさん、いつも最初はビールですね」
「そっちは何飲むー?」
「私は……うーん、ファジーネーブルをお願いします」
「ケイリーもいつもファジーじゃん?」
「オレンジ好きなんです」
「まじかぁ、あたし柑橘系の酸っぱい感じ苦手なんだよ〜」
「カンキツケイ、ですか?」
「あぁ、オレンジとかグレープフルーツとかレモンとかそーゆー果物のこと」
「おー、シトラスですか。日本だとカンキツケイって言うんですね」
「逆に、そっちだとシトラスっていうんだな……なんか響きオシャレじゃない? シトラス」
「うーん、スタイリッシュというよりはキュートなんじゃないですか?」
ケイリーとの会話は、いつもこんな取り留めのないものだ。あたし自身、赤の他人とこういう話をするのはそんな珍しいものでもないけど、外国人の友人ができた物珍しさが少しだけ嬉しい。
それに、彼女はきっと素直だし良い人なんだと思う。大半の連中は酒が深くなると話がしょーもなくなる。そいつの自慢とかならまだいいけど、仕事の愚痴とか、自虐風な身の上話とか、誰かの悪口とか聞いててもつまんねぇ話ばかりになる。けど、ケイリーからそういう話はあまり出てこない。かといってプライベートな話をしてくれないわけでもない。きっと、そういう奴なんだなと。
「そういえばトカゲさん、今日お仕事ちゃんと行けたんですか?」
「んー?」
「ほら、昨日帰り遅かったじゃないですか。次の日お仕事、大事な話があるのかもって言ってたから、どうだったのかなと思いまして」
「あー……」
あたしも大概、こういう奴らしい。
「起きれたけど、二日酔いになっちゃってさ」
「おう……死にかけてるじゃないですか。上司のアオムラサキさん、怒ってました?」
……あたし、仕事のこと話しすぎじゃね? たしかに深酒すると歯止め効かなくなるし記憶も吹っ飛ぶ方だけど……、そろそろ青紫の奴に本気で怒られるんじゃないかこれ?
◆
煙草の火をもみ消し、側溝へと投げ捨てる。
時刻は深夜二時ちょうど。
日本には丑三つ時という文化が浸透している。私のコレクションをここの主にお披露目するにはちょうどいい時間というわけだ。それに、この時間ならわざわざ人避けに気を使わなくてもいい。
M市の某新築マンション。
私はキャリーケースを引いてそのエントランスへ向かう。オートロックを阿門の話した番号で開け、ロビーへと向かう。
一人暮らし用の少しお高いマンションだとは聞いていたがなるほど、たしかに無駄に広いロビーには思わず感心してしまう。
視線をあちこちに向けてみる。
先ほど通り過ぎたエントランスには石造のオブジェ、現代アートのように複雑に絡み合う内装物、その中にはわざわざ小さな青い宝石まで組み込まれている。
これらを見て確信に変わる。なるほど、特に怪異を専門としている阿門には荷が重いかもしれないな。
石造のオブジェはガーゴイル、内装物のところどころに組み込まれた十字架のシンボルと、青い瞳のイービルアイのシンボルが隠されている。
どれも魔除けや視線避けの役割を持つシンボルであり、それらを組み込んだ西洋式の人為的な結界だ。間違いなく怪異の仕業ではない。私のような魔術師、それも、かなり結界魔術に精通した者のやり口だ。
配置的には、オートロックドアのすぐ隣にある管理人室に視線が留まらないように造られているのだろう。
建築物として結界が取り込まれているとなると、間違いない。ここは初めから魔術師が自分の工房を用意する為に設計されたマンションだ。
「あの……何を、されてるんですか?」
ふと、背後から女性の声がする。
おおっと、まだ出歩いている住民がいたのか。
振り返ると、そこにはこちらに怪訝そうな目を向けた女性がいた。
──いや、違う。
私は即断でキャリーケースを開いた。
「食め」
キャリーケースから口を出した水甕の中から、半透明の犬のようなものが牙を剥く。
──ばきんっ。
牙は、躊躇いなく女性の頭部を喰らい潰した。
犬神が口を離すと、そこには血が飛び散り、骨が砕け、脳髄が垂れ落ちる……ことはなかった。その代わり、黒いタールのような液体が垂れ落ち、白い合金が砕け、電極だらけの脳髄が露見する。
ああ、やはりな。
これは女性ではない。文字通り、操り人形だ。それもただの人形ではない。人間を素材とし、非常に精巧に作られた自動駆動人形だ。人皮で覆われてはいるが、中身はこの通り。それによく見れば手首に不自然なくびれがある。おそらく人皮の裏では手首が球体関節になっているのだろう。
「……これはこれは」
人形は倒れるどころかゆっくりと口を開き、無機質かつ機械的な声音で話し出す。
「協会に目をつけられてしまったとは思っていたが、まさかここで貴方が来るとはな。青紫紫陽花」
「……なるほど、君だったか。相変わらず悪趣味な人形だね、黒黄時雨」
そう言ったものの、この人形は彼の魔術の精巧さを表している。たしかに注意深く見れば不自然な痕跡は残っているが、これが人間社会に混ざっていてもそれが目立つことはないだろう。それに、本人はおそらく管理人室、そのさらに奥で座しているのだろうが、この距離でも術者との精神接続が問題なくできている。これも簡単なものではない。
黒黄時雨。
かつて、私が海外のロッジに所属していた頃にいた人形術師。人体の呼吸器官の構造にヒントを見出し、永久機関を研究している人物だった。
「だが、表社会に痕跡を残すとは君らしくない」
「痕跡……?」
「そのお人形がまさにそうだ。彼女のご遺族から失踪届が出されている」
「……あぁ、そうか。道理で、即決で壊しにきたというわけか」
人形は、淡々と感情のこもっていない言葉を吐き捨てる。
「製作過程で記憶情報が壊れていたようだな」
概ね、人体を素材にした部品の錬成、人形の組立には問題がなかったが、人形の自律化の術式に穴があったのだろう。以前話した時もそうだった。人体構造やエネルギー変換の理論には意欲的であったが、精神支配の理論はおざなりだった。それは今も変わっていないようだ。
「まぁ、君には悪いがね、協会にも目をつけられている以上、大事になる前に処理しなくてはならないんだ」
淡々と告げる。実際、黒黄に対しては私は因縁も恨みもない。ただ、表社会で目立ってしまったというだけだ。
すると、人形はため息をついた。
「そういう貴方は、そんなところで油を売っていていいのかね?」
「ん?」
「聞けば、お友達と仲良く探偵ごっこをしているそうじゃないか。神の存在証明とやらはもうできたのか?」
「……証明ができているのなら、それこそこんな事はしていない。遠回しだがこれも研究の一環だ」
「随分と悠長だな」
「そうかもね。だが、君のように生き急いで始末リストに載るような真似はしないとも」
ほぼ同時であった。
私が手を下ろすのと、人形が手を上げるのは。
次の瞬間、犬神がさらに口を広げ、左の肩口から胸部を抉る。すると、傷口から歯車の回る心臓が露出する。
「……は、やい……な」
「こいつは特別レア物でね」
人形で攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。上げた手からは黒い液体に塗れた刃が飛び出ていたが、振り下ろすことなく、その場で倒れてしまった。
もちろんこれで終わりではない。
黒黄という男は人形師だ。“これら”の人形を操っている黒黄本人がこのマンションにいる。それを食い殺さなければ、この件は解決とならない。
不意にロビーの方からチンッと場違いに明るい機械音が響く。
「……エレベータ」
ここは黒黄が人形を作り、自分の研究を進める為に作り上げたマンション。そうなれば当然、ここに運悪く住み着いた人々は無事なはずがない。
エレベータが口を開くのと同時に、数人の人々が俯いたままぞろぞろと現れる。ほぼ同時、ガチャリと扉を開く音もした。エレベータの脇から、階段から降りてきた人々も湧いて出てきたようだ。
彼らはふらふらと歩み寄ってきたかと思えば、俯く顔を、虚ろで無機質な眼を一斉にこちらへ向けてくる。全て、黒黄の人形だ。彼の意思で動いている。
さて、あれら一体ずつなら犬神が速度で勝るのだが……このマンションの住民は何十人いたのだったか。
ならば、私の選択肢は一つしか無い。
「引き裂け」
犬神へ一言。
瞬間、我が使い魔は管理人室への扉を鋭い爪で引き裂いた。
これだけ丁寧に結界を張って隠してあるのだ、本人が潜む工房はこの管理室の地下にでもあるのだろう。
残念なことに、私の手駒は都市伝説の類がほとんど。精神を破壊する怪異ならいくらでもいるのだが、物理的な破壊力を持つものは、手持ちに多くはない。人形相手に持久戦はできない。
ともなれば、できることはスピード勝負。術者である黒黄本人を早急に八つ裂きにすること。
すると、奴の方も状況を理解したようで、管理人室の奥の床が扉のように開き、数人の人形が顔を出した。
やはり地下に工房があるようだ。おそらく打って出て挟撃を仕掛けたいのだろう。あくまでも駒の数で勝負をしたいらしい。
「ふむ、たしかにその手は正解だとも黒黄。だが、相手が悪いね」
今回、キャリーケースに押し込んできたものはこれだけではない。相手が魔術師なのだ、こちらだって駒は用意してきている。
ケースを蹴飛ばし、管理人室の人形数体に中身を向ける。
──トンカラトンと言え。
突如、耳奥を這い回るようなくぐもった低い声が飛び出た。
「……は?」
突飛な言葉に、人形の一人が首を傾げた。
至極当たり前の反応だ。研究分野が違いすぎて、黒黄が知っているわけがない。子どもたちの中で有名だった怪異の存在など。
刹那。
目の前の数体の人形は、一文字に薙ぎ払われて真っ二つにされる。
怪異の名を“トンカラトン”。
全身を包帯で包み、日本刀を持った人型の怪異だ。本来は自転車も持っているが、今回はこちらで預かっている。勝手に走り回られても困るのでね。
そして、こいつは口裂け女に代表されるような、独自のルールを持つ怪異でもあり、「トンカラトンと言え」と命令し、従わないものを斬りつけ、斬られた者はトンカラトンになってしまう。
そのルール通り、斬り裂かれた人形たちは包帯ですぐに絡め取られる。しかし、新たなトンカラトンにはならない。あれは、ちゃんと人間じゃないと発動しないのだ。検証済である。
「ちっ……!」
ロビー側の人形達から舌打ちが聞こえた。
私はトンカラトンをすぐに格納し、犬神に掴まって先を急ぐ。ロビーでは人形の大群が溢れている。すぐに黒黄本人を処分しなければこちらが先に圧殺されてしまいそうだ。
あちらもそれに気付いているようだが、人形の歩く速度では私の犬神には追いつけない。
さて、決着をつけようか、黒黄。
そのときだった。
──チリン。
それは、鈴の音だった。
「──っ!? 止まれ!」
私の叫びと共に、ガラスが割れる破裂音。
背後の壁にタンッ、と無機質な音が穿たれる。
スローイングナイフが、深々と壁を抉っていた。犬神を止めていなければ、壁ではなく私の喉に風穴が空いていたことだろう。
そして、私はピタリと動きを止めた。いや、動けなかった。新たに現れた女は、こちらが下手に動こうものなら詠唱すら押し殺す速さで刺し返されると知っていたからだ。人形も動きを止めたのを見るに、工房の奥から様子を見ている黒黄としても、無為に駒を減らすのは不本意なのだろう。
結った白く長い髪。何の変哲もない黒のビジネススーツ。どこか幼く可愛らしい容姿には似つかわしくない冷たく無機質な瞳、そして大きな白いリボンと結目に小さな鈴。
彼女を、我々は知っている。とりわけ私はよく知っている。彼女を語る名はいくつかある。“魔術師喰らい”、“詠唱殺し”、そして最も有名な通り名は……“鈴鳴らし”。
「まさか、君が出てくるとはね。久しぶりだな、ケイリー・タバナクル」
ご意見ご感想罵詈雑言、いつでもお待ちしております。




