4話 意外な才能
「城主に会ったのか!?」
ナンドールが身を乗り出して、ジャシントに尋ねる。
ジャシントはナンドールに声を落とすように言いながら、辺りを見回す。誰も聞いていないようで、ほっと胸を撫で下ろした。
ひと気のない場所とはいえ、昼間の城内はいつ誰が通りがかるかもわからない。万一話を聞かれてしまったら、今のように自由に動き回ることができなくなるのかもしれない。
ナンドールもその可能性に気づいたのか、周囲を伺いながら声をひそめた。
「それで、どんな女だった? 噂通りの危険な女か?」
「わからない。少し話をしただけだから。気品があったとは思うけど」
「……お前、まさかあの女に惚れたんじゃないだろうな?」
ナンドールが眉根を寄せる。
思いもしない疑惑を向けられ、ジャシントは目を瞬かせた。
(惚れるって……僕があの人に恋をしたってことか?)
月光に照らされるエレオノーラは噂通り美しかった。魅入ってしまったのは事実だ。
「その反応……やっぱり!」
ジャシントは慌てて首を振って否定した。
綺麗なものに目を止めてしまうようなもので、さすがにこれは恋ではないことは恋愛経験のないジャシントにもわかる。
「会ったばかりの人だぞ」
「一目惚れってのもあるだろ。見た目は相当いいらしいからな」
「だとしても、僕はそんなに惚れっぽくはないよ。よく知らない人は、好きにならない」
「確かに、お前は昔から警戒心が強いし、色恋の方も……」
ジャシントの過去を思い出したのか、ナンドールは苦笑した。
村人からは倦厭されがちだったジャシントだが、成人を迎える頃には周囲の反応も変わり始め、村の女性から熱烈なアプローチを受けたことがあった。その女性は裕福な家の娘で、美しかった。
だが、ジャシントはきっぱりと断った。ナンドール達に勧められてデートのようなものをしたことがあったが、好きにはなれなかったからだ。
抱きつかれ、泣いてすがられたが、ジャシントの心は動かなかった。
「城主様のこと、やっぱり好きじゃないよ。あの子の時と同じような気持ちだし」
「……そうか。まあ、あんなに美人だったあの子に全く靡かなかったしな」
ナンドールは納得したように頷いた。だが、すぐにその顔を曇らせ、考えるようにつぶやいた。
「それはそうとして……なんで城主は薔薇園にいたんだ?」
「花の手入れをしていたみたい」
「……わざわざ夜中に?」
「それは……」
言葉に詰まる。ジャシントも同じ疑問を抱いていたからだ。
何故あんな真夜中に、彼女は薔薇園にいたのだろう。
「でも、あの薔薇園は元々城の奥深くにある上、普段から立ち入りが禁じられている。どの時間帯でも、ひと気はないと思う。城主はたまたま目が覚めて、気分転換にしただけだと思う」
ジャシントは我ながら、あまり信ぴょう性はないなと心の中で思う。
けれど、ナンドールが動き出さないように釘を刺しておかなければならない。
「あの場所は侍女も管理している。下手に動けば、見つかる可能性が高い」
だから余計なことはするなと、ジャシントは言外に訴える。
長い付き合いからそれを察したナンドールは苦笑しながら頷く。
「まあ、今のところは薔薇園に行くつもりはない。まだ他にも怪しいところはあるからな。それに、街の方も探りを入れたいし。……ほら、ユトカって街のブティックとかに憧れてただろ? 何がいいのか俺にはわかんねーけど」
「ああ。確かに、前に行きたいと言っていたな」
以前、ナンドールが用事で街に行ったことがあった。その時、ユトカが自分も連れて行ってくれと頼んでいた。
普段はあまり自己主張をしないユトカが珍しく食い下がっていたので、よく覚えている。
「馬車に余裕あったのなら、連れていけばよかったのに」
「……お前、あの時もそう言ってたよな。あいつ方向音痴だから下手に連れて行くと迷子になりかねないんだよ」
「過保護だな。それでよくチェルス城に送り出せたな。迷子になるとは思わなかったのか?」
「この城までは俺が送ったし、城の生活は厳しくて使用人は一切外出できないと聞いてたからな」
ナンドールはため息を付き、頭をかいた。相当苛ついているようだ。
顔色や目の下のクマも以前より更にひどくなっている。ユトカが心配でろくに眠れていないのだろうか。
ジャシントが少しためらいながらも口を開いたその時、遠くからナンドールを呼ぶ声が聞こえた。
「……っと、そろそろ戻らないと。あの爺さん、少しでも遅れるとガミガミうるさいんだよ」
ナンドールは執事への愚痴をこぼしながら、立ち去った。
ナンドールを見送ったジャシントは庭作業に戻った。
いつものように手入れを行った後、庭師の許可を得て、花を摘んで小さな花束を作った。よく話をする使用人に頼まれたものだ。
「素敵! やっぱりあなたに頼んで良かったわ。ありがとう」
受け取った使用人は顔を綻ばせた。
ジャシントは時折、頼まれて簡単な花束を作ることがあった。
初めはただ庭師の代わりに室内で飾る花を積んだだけだった。適当にまとめては足していたのだが、思いの外出来が良かったらしく、こうして花束を頼まれることが増えた。
「あら。綺麗な花束ね」
背後から聞こえた声に、ジャシントは振り返った。
そこにはエレオノーラが立っていた。
ジャシントは慌てて一礼する。彼女に会うのはあの薔薇園の時以来だ。
遠くから姿を見かけることはあっても、またこうして話をするとは思わなかった。
侍女を従えたエレオノーラは使用人が抱えた花束を興味深そうに見ている。
月光に照らされたエレオノーラは吸血鬼と言われるのも納得するほどの美しさだったが、陽の光の下でもその美貌は翳ることないようだ。
「おまえ、色彩センスがあったのね。知らなかったわ」
「違いますよ! 私はこんなに綺麗に作れません。彼が作ってくれたんです」
「そう。……ジャン。おまえ、こういうのも作れるのね」
エレオノーラは感心したようにジャシントを見やる。
「部屋に飾る花をおまえに頼みたいわ。後で持ってきてちょうだい」
「畏まりました。何かご希望の花などは……」
「おまえのセンスに任せるわ」
それだけ言うと、エレオノーラは立ち去った。
背筋の伸びた品の良い後ろ姿を見送りながら、ジャシントは息を吐いた。そんなジャシントに、使用人がからかうような視線を向ける。
「ふふ。城主様はお綺麗な方だから、緊張したでしょう?」
「え?」
「誤魔化さなくてもいいわ。初めてあの方を見たら、大抵の人は今のあなたみたいになっちゃうもの。……でも、いくら城主様が美しいからってお近づきになろうとはしないほうがいいわ。ここにきた新入りの何人かは、そのせいですぐに追い出されてしまったって聞いてるから」
「……そうか。肝に銘じておくよ」
ジャシントが緊張していたのは不安と恐怖からでエレオノーラの美しさにたじろいだ訳ではなかったのだが、訂正はしなかった。説明することはできないし、ここを去る時の理由にできると思ったからだ。
ジャシントはすぐに花束を作って届けた。エレオノーラに直接渡した訳ではないので彼女の反応はわからなかったが、数日後、侍女から今後エレオノーラの部屋に飾る花束を作るよう命じられた。
(……気に入ってもらえたということだろうか)
エレオノーラや彼女付きの侍女と関わることが増えれば、ユトカの手がかりを手に入れやすくなるかもしれない。
ジャシントは張り切って花の剪定をするのだった。
いつものようにエレオノーラへの花束を作ると、ジャシントは近くで作業している庭師に声をかける。
「師匠、花を届けに行ってきます」
「おう、行ってきな。……今日はガゼポに持っていくのか」
庭師は部屋に飾るには匂いが強い花束に目を向けた。
毎日のようにエレオノーラへ花束を届けていくうちに、ジャシントは彼女がガゼポで過ごす時に飾る花も頼まれるようになっていた。
「午後は庭で読書されるらしくて、それまでに持ってくるように言われてるんです」
「じゃあ、急がないとな。ああ、こっちはもう大丈夫だからそのまま休憩に入ってくれ」
庭師に見送られ、ジャシントはガゼポへ向かった。まだエレオノーラは昼食の時間だとは思うが、万一遅れてせっかく積み上げてきた信用を失いたくはない。
顔馴染みとなった侍女の姿を見かけて、ジャシントは声をかけようと近づく。そして、固まった。
「持ってきてくれたのね、ありがとう」
ガゼポには既にエレオノーラの姿があった。
ジャシントは慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ございません、城主様」
「あら? どうしておまえが謝るのかしら。花に何か問題でもあったの?」
「いえ、花にはなにもありません。ただ、城主様がこちらに来られる前にお届けできなかったので……」
「それを気にしていたの。おまえは真面目ね」
エレオノーラは感心するようにジャシントを見た後、侍女に花束を飾るように指示する。
ジャシントから花束を受け取った侍女は、平謝りするジャシントに耳打ちする。
「エレオノーラ様には変な噂がありますけど、理不尽な方ではないので安心してください」
それだけ言うと、侍女はもう下がっていいとジャシントに告げた。
エレオノーラは本を開いて読み始めていた。もうジャシントへの関心を失ったようだ。
ジャシントは一礼し、その場を後にした。
それから、ガゼポに花を持っていくとエレオノーラに遭遇することがあった。最初は会うたび緊張していたが、だんだんと慣れ、挨拶や軽い雑談を交わすまでになった。
エレオノーラも時折笑みを見せることもあり、彼女も少しはジャシントを信頼するようになったのではないだろうか。
(そうは思っていたが、まさかこんなことになるとは……)
ジャシントは目の前の光景を信じられない思いで見つめた。
「あら。何か、嫌いなものでもあったのかしら?」
「い、いえ! どれもおいしそうです」
対面に座っているエレオノーラに尋ねられ、ジャシントは慌てて否定する。
テーブルに置かれている菓子は見るからに上等だ。貴族の食べるものなど口にしたことないが、とても美味しいに違いない。
「ただこういった席は初めてなので、作法などがよくわからなくて……」
「正式な茶会ではないのだから、気にしないでいいのよ。いつものように食べればいいわ」
エレオノーラはそう言うと、菓子を食べ始めた。
ジャシントも近くの菓子を手に取る。好物のシュトーレンだ。これなら食べ慣れていると、安堵して口に含んだ。
(! 美味しい……)
「気に入ったようね」
「ええ。今まで食べてきたものと全く違います」
「たくさんあるから、好きなだけ食べてちょうだい」
そうは言われても、主人の前で遠慮せず食べるのは気が引ける。とはいえ、全く食べないのも主人の好意を踏み躙ってしまう。
ジャシントはもうひとつシュトーレンを取りながら、話題を変えた。
「城主様は、使用人とよくこうしてお茶をされているんですか?」
「そうね……偶に侍女とはお茶をすることはあるわ。ひとりで飲んでばかりでは味気ないし、じっくり話をしたい時にはこれが一番だから」
ジャシントの手が止まる。まさか、ユトカの関係者だと勘づかれたのか。
恐る恐る顔を上げたジャシントに、エレオノーラは微笑んだ。




