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彼女に似合う赤  作者: あやさと六花


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3/7

3話 薔薇園

 その日は城中が慌ただしかった。いつもはのんびりとしている使用人たちはあちらこちらへと動き回っている。


「城主様がもうすぐ帰られるそうだ」


 だから迎える準備をしているのだと、庭師が植木の選定をしながら教えてくれた。


「城主様はどのくらいの期間旅行に行かれてたんですか?」

「今回は三月くらいか。海外に行かれていたから、少し長めだったな」

「そうなんですか……」


 庭師が切り落とした葉や枝を集めながら、ジャシントは何気ないように尋ねた。


「そういえば、城主様が不在の間、薔薇園の管理はどうされてるんですか?」

「侍女たちが管理しているよ。城主様に直々に手入れの方法を教わってたらしい」


 薔薇園は庭師ですら立入禁止だ。そんな場所に足を踏み入れる事ができるのは、城主に近しい侍女たちだけ。

 それほど、城主にとっては大切な場所なのだろう。


「おい、ジャン。ぼーっとしてる暇があるのなら、とっととそのゴミを捨ててきな」

「あっ、はい」


 ジャシントは慌ててゴミを集め始める。だが、仕事をしながらも、薔薇園のことが頭から離れなかった。






 深夜、ジャシントはふと目が覚めた。

 再び寝ようとしたが、どうにも眠れない。


(……薔薇園に、行ってみようか)


 あの場所は、城主にとって大切な場所だ。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない。


 いつもは警戒心の強い城の人間たちも、城主の帰還に備えて忙しくしている。こんな夜半なら、尚更監視の目は緩くなっているだろう。


 またとない機会かもしれない。

 そう思ったら、ジャシントの足は自然と薔薇園へと向かっていた。


 満月のおかげで、灯無しで歩くことができた。その分、自分の姿を他人に見られやすいため、なるべく物陰を選びながら進む。


(ここが、薔薇園か)


 辿り着いた薔薇園には赤い薔薇が咲き乱れていた。辺りには芳しい香りが漂う。

 月光に照らされた幻想的な光景は夢のようだった。どこか現実味がない中を歩く。


 ふと、ジャシントは薔薇園に人影がいるのに気がついた。

 女性のようだ。侍女ではない。何故なら、その人物は上品なドレスを身につけているから。


 ジャシントは身体を竦ませる。

 この城でドレスを着る人物はただひとりしかいない。


 ――城主だ。城主エレオノーラが、帰ってきたのだ。


 ここで見つかってしまえば、ただではすまない。 

 幸い、彼女はこちらに背を向けている。月を眺めているようで、ジャシントには気づいていないようだ。

 今すぐ立ち去れば問題ないことはわかっていた。


 なのに、足は地面に縫い付けられたかのように動かない。


 視線はエレオノーラの後ろ姿に向けられる。その凛とした佇まいから目を離せない。冴えざえとした月光に照らされ、鮮やかな赤い薔薇に囲まれた彼女は、この世のものとは思えないほど美しかった。

 海に住むセイレーンは美しい声で人を惹きつけるというが、彼女はその麗しい姿でジャシントを惹きつけた。


 風が吹いた。たなびく美しい髪を抑えようとした彼女が、ふと振り向く。

 彼女の赤みがかった瞳が、ジャシントを捉える。


「……!」


 ジャシントの心臓が跳ねる。

 ここにいることを、どうにか誤魔化さなくてはならない。


 けれど、言葉が出てこない。

 ジャシントは呆然と城主を見やる。


 エレオノーラも静かにジャシントを見返す。だが、その顔にはなんの感情もなかった。

 見知らぬ男と夜半に遭遇した驚きも、立入禁止の場所に足を踏み入れられた怒りもない。


 沈黙が気まずく、ジャシントは目を逸らした。

 逸らした視線の先に映った赤に、息を呑む。


 それは血だった。見間違いだと思いたかったが、風に乗る鉄の匂いが紛れもなく血であることを証明する。


「あなたは……」


 ジャシントの声が震えた。

 

 これが、血の貴婦人エレオノーラ・バークリー。自身の美のために人を犠牲にすることも厭わない狂人。

 彼女の手を濡らす血は一体誰のものだろうか。

 もしや、ユトカのものでは。彼女を殺めたのかーーそんな考えが掠めたその時、彼女が口を開いた。

 

「おまえ、最近入ってきたという使用人ね?」

「……はい」

「ちょうどよかったわ。何か拭くものを持ってきてちょうだい。久しぶりに庭仕事をしたら、うっかり切ってしまったの」

 

 エレオノーラは血まみれになった自身の手を持ち上げた。よく見れば、彼女の反対の手には血に濡れたハサミが握られている。

 

 あの血はエレオノーラのものだったのか。

 一瞬呆然としたジャシントだが、ぽたぽたと流れ落ちる血に我に帰る。

 

「怪我をなさったのなら、すぐに治療をしませんと。侍女をお呼びします」

「やめてちょうだい。大事にしたくないの。それに、大した傷ではないから。血を拭きたいだけ。何か持ってない?」

「それでしたらハンカチがありますが……」

 

 貴婦人が使用人のハンカチなど使うだろうか。

 だが、予想に反して、エレオノーラはジャシントが差し出したハンカチを受け取った。

 血を拭いとると、エレオノーラは手袋をつけながらジャシントを見る。

  

「悪いわね。おまえのハンカチをダメにしてしまったから、代わりに新しいのを用意するわ」

「いえ、気になさらないでください。かなり使い込んでいるものですし……」

「遠慮する必要はないわ。このハンカチ、綺麗な刺繍があるじゃない。良いものだったんでしょう。……あら? おまえ……」

 

 エレオノーラはジャシントの顔を覗き込む。

 

 何か怪しい点でもあっただろうか。やはり、こんな時間にこっそりと薔薇園に来ていたことを咎められるのだろうか。

 

 ジャシントはどぎまぎしながら、エレオノーラを見つめ返す。

 

「おまえ、異国の血が強く出ているのね。……綺麗な瞳。ここら辺ではあまり見ない色ね。とても気に入ったわ」

 

 エレオノーラは満足そうに言ったが、「でも」と続けた。


「この国の出身ならば、面倒なことも多かったでしょう?」

「……ええ」


 封建的なこの国は異国の人間を嫌う者が多い。

 たとえ、半分はこの国の血を引いていようとも、外見が異国人であれば、差別されることも珍しくなかった。


「ですが、僕には友人がいましたから。彼らが何かと気にかけてくれたので、問題なくやっていけたんです」


 村の子どもたちに避けられがちだったジャシントに声をかけ、一緒に遊んでくれた。

 

 ジャシントが村の子どもたちに暴力を振るわれた時はふたりとも強く怒ってくれ、ナンドールは取っ組み合いの喧嘩まで起こしたくらいだ。


 その一件でいじめっ子たちもはナンドールの反感を買うべきではないと悟ったのか、ジャシントに手を出すことはなくなった。


「いい友達のようね」

「はい。自慢の友達です」

「……そう」


 エレオノーラはふいに、視線をジャシントの背後に向けた。

 つられてジャシントも振り返ると、そこにはヴェールで顔を隠した侍女がいた。


「あら。来ていたの」


 侍女はエレオノーラに近づこうとするそぶりを一瞬見せたが、ジャシントを気にしてか踏みとどまる。

 

 ジャシントは内心焦る。女主人と使用人の男が深夜にひと気のない場所にいるなど、密会を疑われてもおかしくはない。


 だが、エレオノーラはまったく気にしていないらしく、鷹揚な態度でジャシントに目を向けた。


「おまえはもう下がりなさい」


 主の命令だ。ジャシントは一礼をして、踵を返す。


 薔薇園を出る直前、エレオノーラを振り返る。

 彼女は侍女と親しげに話していた。ジャシントの時とは違い、その顔は綻んでいる。


 ふとエレオノーラが顔を上げる気配を察し、慌ててその場を離れた。

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