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彼女に似合う赤  作者: あやさと六花


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2話 潜入調査

「へぇ。君たちは従兄弟なのか」


 執事が眼鏡を押し上げ、ジャシントとナンドールを見やる。値踏みするような鋭い視線に、隣のナンドールが身を竦ませる。

 

 ジャシントも嘘がバレないか内心冷や汗をかいていた。だが、表情には一切出さず、執事に頷きを返す。


「あまり似ていないでしょう? 僕の母が異国出身なんです」

「なるほど。その髪と顔立ち……西方の人間だな」


 執事はジャシントの銀髪と顔を一瞥した後、とある国の名前を口にする。

 ジャシントはひどく驚いた。母の祖国だったからだ。

   

「よく分かりましたね。似たような小国がいくつもあるのに」

「城主様が異国に関心があるからな。自然と多くの国について詳しくなる。よく旅行にも行かれていて、今も旅行中だ。……話が逸れたな。それで、君たちが下働きを志願した理由だがーー」

「家が火事で焼けてしまって、急遽、奉公先を探してたんです」

 

 ナンドールが食い気味に答えた。

 執事の視線がナンドールに向けられる。

 

「家が燃えたのか?」

「ええ。幸い、みんな無事だったのですが、家計の余裕がなくなってしまったんです。それで、家を出て行くことになったんですけど、当てがなくて……そんな時にこいつがここの城の話を持ってきてくれたんです」

「なるほど。……わかった。しばらくは試用期間として雇おう」

「ありがとうございます!」

 

 ナンドールは嬉しそうに声をあげ、ジャシントに視線を向ける。ジャシントも表情を和らげ、頷いた。

 

「では、早速君たちには仕事に移ってもらおう。えーと、ドーイは私の補佐を、ジャンは庭師の補佐を頼む」

 

 城に潜入するにあたり、ナンドールはドーイ、ジャシントはジャンという偽名を使っていた。ユトカがナンドールたちのことを城の者たちに話していれば、調査に来たのだと疑われてしまうかもしれないからだ。

 

 ジャシントはナンドールと別れ、庭師に案内で室外へと出た。

 

「ジャン。見習いのお前には雑用を頼みたい。管理する庭は城のあちこちにあるから、まずはそれを覚えてくれ」


 庭師は城内を巡り、ジャシントを案内する。どの庭も美しく手入れが施されていた。


「こんなに広い敷地を管理されてるなんて、すごいですね」

「慣れればなんてことないさ。お前も初めは苦労するだろうが、時期に慣れるから安心しろ。……ああ、そうだ。ひとつだけ、手入れしなくていい庭があるから覚えておけ」


 庭師はあごひげをさすりながら、北の方を指差した。

 

「ここからは見えないが、あっちの方にある薔薇園は立ち入り禁止だ」

「薔薇園なのに、僕らが手入れをしなくても良いんですか?」

「問題ない。あの薔薇園は城主様が管理してるんだ」

「城主様が自ら、ですか?」

「ああ。珍しいだろ? 貴族夫人は普通庭仕事なんかしない。だが、うちの城主様は好んで薔薇の手入れをしてるんだ。侍女たちと一緒にな」


 庭師は楽しそうに笑った。その表情には、変わり者の女主人への嫌悪感は一切ない。むしろ、慕っているように思える。

 執事も同じような態度だった。

 

 エレオノーラは世間で噂されているような人物像とは正反対の人物なのだろうか。

 そう思いながら、ジャシントは初日を終えた。

 

 

 はじめの一週間程は、城の地図や仕事を覚えるので精一杯だった。ナンドールともろくに顔を合わすこともできていなかった。

 潜入調査である以上、周りの人間に不信感を持たれるのは避けねばならず、そのためにはまず仕事をこなすことが先決だったからだ。

 

 ようやくナンドールとゆっくりと話ができたのは、城に来てから半月を過ぎた頃だった。

 

「だいぶ、疲れた顔してるな」

 

 ジャシントが声をかけると、ナンドールは大きくため息をついた。

 

「あの爺さん、かなり厳しいんだよ。いっつも俺のこと監視してるし、少しでも作法を間違ったら叱責してくるし……はあ。ったく、参っちまうよ」

「執事の補佐なら、相当大変だろうな。お疲れ」

「……お前は庭師見習いだっけ。重労働だろうに、平気そうだな」

「僕は元々農作業してたからな、肉体労働には慣れてるんだ。植物の世話も好きだし。……それより、調査のことなんだけど」

 

 ジャシントは周囲に人がいないのを確認したあと、声を顰めてこの半月の成果を報告した。

 庭師の補佐であるジャシントは、仕事柄城のあちらこちらを行き来していた。その際に怪しいところなどはないかをさり気なく観察してみたが、それらしいところは見当たらなかった。


「あくまで、外から見てだけど。君が言うような誰かを監禁してそうな場所はなかったよ」


 ナンドールはユトカがこの城の何処かに閉じ込められているのだと信じこんでいる。だから、ジャシントの報告に納得できないように渋面を浮かべた。


「城の奥深くに隠されてるのかもしれない。俺たちが入れないようなところになら、閉じ込めるのも可能だろ?」

「可能ではあるけど、確証はない。それに、もう半月経つけど、外から連れてこられた人だっていないだろう?」


 噂では、吸血鬼であるエレオノーラは週に一度は使用人見習いの名目で少女を連れてきているらしい。

 だが、ナンドール達がこの城に来てからそれらしき少女を見たことがない。


「使用人の子らにも聞いてみたけど、使用人は滅多に増やさないらしいよ。希望者がきても、大半が面会で断られることが多いって」

「……ここの奴らのことの言うことなんて、信じられるか? 侍女なんて、顔を隠してんのもいるし」


 この城の侍女達の中にはヴェールをつけている者も何人かいた。庭師に聞いたところ、特別な侍女だと教えてもらった。どこか憐れむような口調だったため、あまり立ち入ってはいけないのだろうと察し、詳しくは聞かなかった。


 一瞬だけ、顔を隠している者の中にユトカがいるのではないかと考えたが、すぐに否定する。ユトカは貧乏な村出身の平民だ。侍女になれるはずがない。

 侍女になれるのは、身分が良いか、裕福な家の女性だと決まっているのだから。


 平民は使い捨ての使用人としてぞんざいに扱われ、無用となったらとっとと捨てられることも多い。


「使用人の手配って執事の仕事だよな? それとなく、王都に行った使用人がいないか探れないか?」

「とっくにやってる。ここ数ヶ月で王都に行った使用人もいるらしいが……それを信用できるか? 執事なんて主の都合のいいように動く駒だろ」


 ナンドールが苛立ったように首筋を搔いた。


 一向にユトカの行方がわからない現状を不安に思う気持ちは、ジャシントにもよくわかる。

 できることなら、城の人間にユトカのことを尋ねたかった。

 だが、彼らがユトカの失踪に関与してる可能性がある以上、彼女を探りに来たことを悟られてはいけない。


「こうなったら、夜中にこっそり探ってみるか? 城主は旅行中で城にいないんだし、絶好の機会だろ」

「いや、もう少し調査を続けよう。万が一見つかったら、大変なことになる」


 この城の人間は妙に警戒心が強い気がする。

 噂の真偽がどうであれ、使用人が許可もなく城内を歩き回れば、咎められるだろう。解雇されて城を追い出されるならいい方で、下手すれば処刑だ。

 

「……わかった。なら、地道に探っていくしかないな」


 ため息を付いて去っていくナンドールの背中を見送りながら、ジャシントは彼の忍耐があまり持たないだろうと察していた。


 ナンドールは気の良い男だが、堪え性がない。

 このまま何の情報も掴めないままだと、何をするかわからない。


(その前に、なんとかユトカの手がかりを見つけないと)

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