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彼女に似合う赤  作者: あやさと六花


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1話 音信不通の友人

 ジャシントが彼女と出会ったのは、満月の美しい夜のことだった。


 赤い薔薇が咲き誇る庭園で、彼女は背筋を伸ばし、月を見ていた。ジャシントに背を向けているため、その表情はわからない。


 ここに立ち入ったことに気づかれれば、ただではすまないだろう。

 本来ならばすぐに姿を隠すべきたった。だが、何故だかジャシントはその場に立ち尽くしていた。


 背後から吹き抜ける風が、彼女の髪をたなびかせる。

 不意に、彼女が振り返った。

 

 白く透き通るような肌に、通った鼻筋。長いまつげに覆われた赤みを帯びた瞳が、ジャシントを捉えた。


 夜間に初対面の男と遭遇したのに、彼女は眉ひとつ動かさなかった。道端の石ころを見るように、無感情にジャシントを見やる。


 ジャシントは咄嗟に視線を下げた。

 そして、息を呑んだ。


 下げた視界に映る彼女の手。折れそうなほど細いその華奢な手は、真っ赤に染まっていた。


 非現実的な光景に、ジャシントは自分が夢を見ているのではないかと思った。

 この美しい女性と不穏な赤があまりに似合わないからだ。


 不意に風向きが変わる。風に乗り、湿った鉄の匂いがジャシントの鼻をくすぐった。呆けたジャシントに、これは現実なのだと教えるように。


「あなたは……」


 恐る恐る彼女を見返す。

 彼女の表情は凪いでいた。冷淡なその目を見て、ジャシントは彼女が誰だったか、改めて思い知る。

 

 ――エレオノーラ・バークリー。チェルス城の主にして、数多の女性の生き血を啜ったと噂される『血の貴婦人』。


 




「チェルス城に一緒に行ってほしい?」


 ジャシントは手にしていた桑を置き、友人のナンドールを振り返る。

 ナンドールは暗い表情で頷いた。


「ユトカの顔を見に行きたくてな」


 ユトカはナンドールの彼女だ。ここから馬車で二日ほどかかるチェルス城で働くため、十ヶ月前に村を旅立った。

 ナンドールは最後まで離れ離れになることを渋っていたが、ユトカが必ず手紙を送ることを約束したため、渋々見送った。

 

 ユトカの手紙は頻繁に送られてくるので、ナンドールはどうにかこらえていた。

 だが、やはり長期間会えないのはつらかったのだろう。


 ふたりは物心つく前からずっと一緒だった。数年前にユトカの家族が亡くなってからは、同棲もしていたくらいだ。


「気持ちはわかるけど……使用人の家族は面会禁止なんだろう?」

「ああ。もし会いに行ったら、その使用人は罰を受けるらしい」

「なら、やめておいたほうがいい。ユトカが罰を受けるのは嫌だろう?」

「そうも言ってられないんだよ」


 ナンドールは一枚の紙を差し出した。


 それはユトカからの手紙だった。ナンドールに宛てて書かれたもので、日付は二週間前のものだ。


「ユトカが、王都で針子に……?」

「行商にスカウトされたらしい。十年に一度の逸材だと」


 ユトカの針仕事の腕が良かった。ボロ切れと化した服も綺麗に修復してくれたし、刺繍の腕も見事だった。王都の店にスカウトされたのも納得できる。

 

「けど、俺は嘘だと思ってる。俺に消息を探らせないようにしてるんだよ」

「……ユトカが君に嘘をついてるってこと? なんのために?」

「わからない。だけど、ユトカが俺に何の相談もなく遠くへ行くはずがないんだよ。あいつが城で働くのも、持参金を稼ぐためだぜ? 俺はそんなのいらないって言ったのに、あいつは負い目を感じることなく俺に嫁ぎたいからって。そんないい女が、こんな手紙ひとつで事後報告するなんてありえないだろ」

「……ユトカらしくないと言えば、ユトカらしくないな」


 ユトカは律儀で慎重な性格だった。何か大きなことを決断する時は、必ず周囲の人間に意見を求めた。

 だから、ナンドールの違和感も理解できる。


「だろ? ユトカの筆跡だから、あいつが書いたってのは間違いないが……おそらく、誰かに脅されて書いてると思ってる」


 ユトカはただの村娘だ。刺繍の技量はあるが、脅して何かを得られるようなものは持っていない。


「考えすぎじゃ……」

「本当にそう思うか? チェルス城の主は、あの『血の貴婦人』なんだぜ?」


 血の貴婦人、エレオノーラ・バークリーはこの一帯では有名な貴族だった。

 幼い頃からその美しさを称えられ、二十歳の頃結婚。だが、入婿は一年経たずに行方不明となった。


 不吉な噂が囁かれ始めたのはその頃からだった。


 夫が姿をくらませたあと、エレオノーラは悲しみを慰めるように花の手入れをするようになった。その際、補助として新しい使用人を雇った。

 使用人は皆、若く美しい女性だった。近隣の村から集められた彼女たちは、誰ひとり、家族のもとには帰らなかった。


 夫を失い心を壊したエレオノーラが、己の美に固執して女性たちの生き血を啜っている――そんな噂がまことしやかに囁かれるようになった。


「もしかしたら、ユトカもあの女の餌食に……」

「さすがにそれは考えすぎだろう。そんな猟奇的なこと、貴族女性にできると思うか?」

「気が触れた女なんか何するかわかんないだろ!」


 ナンドールは大きな声を出してしまったことに自分でも驚き、「悪い」と謝った。

 気まずそうに咳払いをすると、話を続ける。


「手紙で問いただしても無視されるか、適当にいなされて終わるだけだ。だから、この目で直接確かめるしかないと思って」


 ジャシントは目を伏せて考える。

 血の貴婦人の噂を信じてはいない。だが、ナンドールがここまで言うのなら、ユトカの身に何かあったのかもしれない。

 彼女は友人だ。放ってはおけない。


「けど、僕たちが出向いたところで、門前払いされないか?」


 ユトカに偽りの手紙を書かせたのなら、ジャシントたちが来たところで嘘をつかれて追い返されるだけだ。

 あまりしつこく食い下がれば、ジャシントたちもただではすまないのかもしれない。

 ジャシント達はただの平民だ。貴族からしたら、消すのは容易いだろう。


「だから、潜入調査するんだよ。あの城、使用人を募集しているからな。潜り込もうと思えば、いつでも潜り込める」 

「長期戦になりそうだな」

「でも、それしかない。じゃないと、ユトカが……」


 苛立ったように、ナンドールは爪を噛む。

 よく見れば、彼の目元には薄っすらとくまがある。あまり眠れてないのかもしれない。


「わかった。僕も行くよ」

「ありがとう、助かる。もちろん、お前の旅費や今年の税はこっちで負担するぜ。親父にも許可もらってるからな」


 村長を父に持つナンドールは、耕しかけのジャシントの畑に目をやった。

 畑はジャシントの大事な収入源だ。チェルス城で働くなら高額な賃金が貰えるだろうが、何があるかはわからない。保証があるのは助かる。


「悪いな」

「いいや、こっちが付き合ってもらってるんだ、当たり前だろ」


 ジャシントはすぐに家に帰り、旅支度を整えた。

 数年前に孤児となったジャシントには別れを告げる家族もいないため、そのままナンドールと共にチェルス城へと旅立った。


 乗合馬車に揺られながら、ジャシントは村を振り返る。生まれ育った故郷。良い思い出も悪い思い出も詰まった場所。

 それが、だんだんと遠く、小さくなっていく。


 ジャシントはふと我に返って苦笑いを浮かべる。

 初めて村の外に出るせいか、感傷的になっているようだ。

 ユトカの無事を確認したら、またすぐ戻ってくるというのに。


 だが、ジャシントの予想に反して、ふたりが故郷の地を再び踏むことはなかった。

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