第六章 プログラム
一つの職業が消える。それは、その職で働く者達には辛い現実だろう。だが、無くなる事により助かる者達がいる。
純は助かる者達に感謝される行いを、知らずの内に完遂する。これにより、世界は違う方向へ動き出す。純という歯車が世界の完成された歯車に組み込まれ、違う動きへ、新たな動きへ、バランスが変わり始める。
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午前九時過ぎ、ナイカカ街の商店街を純は一本下駄が鳴らす独特な音を立てて歩いている。周りはこの街に住む人々、貴族っぽい人達、冒険者達が歩いており、周りでは商売家業の方々が声を出して客寄せに勤しんでいる。
ここの商店街は街の中心に近く、辺境の地とは逆方向にある区画。純は店々を見て周り、どういうのが売られているのか、相場はどうなのか調べてみた。
とりあえず分かったのが、まずは物価。簡単な丸っこいパンが五つ入りで十イン。一つが二インになる。一インが十円だから、十インで百円だと換算すれば納得は出来る。値段表記の認識を変えれば、本来の生活のまま過ごしても大丈夫だと小さく安心する。個人が経営している手作りパン屋というより、チェーン店価格だと考えれば、まぁ納得は出来る。
但しここで問題が起きた。味が不味い、非常に不味い。パサパサしているのはまぁ仕方ない。儂も昔はパサパサパンを食べていたから批判はしない。パンがあるだけ嬉しいと考える、が、味が酷く、食べるには汁系が必要で飲み込むのに躊躇いがある。これは儂が作った方がまだマシだと言える代物。材料が確保出来るなら作ってみるか。
次に食料だが、パンは勿論だが米があり野菜があった。名前が違えど形が類似しているが、味の方はどこか薄い。いや、尖った部分が無いに等しい。ただこれが普通らしく、大きな国で販売されている作物ならここより味が濃いんだとか。場所による流通の悪さがあるのか分からないが、安く量を得られる事と冒険者達の存在が大きいかも知れない。この場所の事情が事情なだけに贅沢は言えないのだろう。
次は道具と調理器具だが、それなりに揃いはあったが良き物ではなかった。木はこれから大量に手に入るだろうが道具が無くちゃ仕事にならない。が、残念な事に、この場所で売られている斧や鋸、鍬は壊れやすいように見受けられる。上質な鉄を使用できないにしても、刃零れしやすいのは作業の障害になりかねない。これは、一度スラ君に相談するしかない。
他にもまだまだあるが、これだけは抑えたい事がある。そう、冒険者ギルドだ。この存在が今後、どう影響を及ぼすか知らなくてはならない。本当なら人間とは敵対したくはないが、避けるためには必要な事だ。昨日倒した騎士も、今は病院……いや診療所か? そんな場所にいる可能性があるし、儂の容姿が知られている人間だ。冒険者かどうかは分からないがそれなりに有名なら、情報が回っている可能性が高い。回っていてほしいかな、うん。
「(この世界には、どんな回復手段はあるんだ?)」
ふと気になる事を頭の中に向けて言葉を出す。ゲームの世界ではないが、魔力や魔法の名前があるんだ、あるに違いない。
「(薬草と回復薬、それと魔法の三つが主流と考えられます。薬草は液体にしなければ体の回復はしませんが、外部でしたら濡らした薬草を貼れば回復するようです)」
シロが答えてくれるあたり、仕事が出来るだけではなく広い視野を念頭にいれて行動しているのが伺える。多分だけど、白猫達が動いていて情報交換を意志疎通的なのをしているんだろう。
やはりシロとクロでは仕事に違いがあった。儂の外部担当がクロ、内部担当がシロ。この場合の外部は、儂の周りに実像する物に対する働きであり、内部は情報関係だろう。儂だけ働いてない気がする。
「(それじゃ、ゲームでいう回復系統と同じか?)」
「(この世界にもポーションがありましたが、何分この街のみの情報ですので、深くはまだ)」
「(いや、いい。ポーションがあるならそれでいい)」
玄孫のしていたゲームには必ずといっていいほどあった回復薬。ポーションは定番中の定番で儂でも覚えている。まぁ、知識がないからなんとも言えない。もしかしたら、スラ君の力を借りれたら作れるか? 作れるなら資金源になるな。よし、そこも調べていくか。調合師の場所を探さないとな。
あと、これはお土産として本が必要だろう。どんな本がいいのか聞いてはいないが、知的好奇心があるスライムだからな。歴史は必要かな? そうだ、調合書があるかも知れない。それがあればポーションの生成方法が分かるかも知れない。今考えれば、一つの村を作るなんて馬鹿みたいな事をしようとしているんだよな、儂。開拓かぁ……。経験して損はないよな。
果物屋の店員さんにギルドと本屋の場所を聞き、先に本屋に寄る事にした。この街で一番大きな本屋は、辺境の地方面の反対側にある。確かに本屋というより小さな図書館の広さだ。儂の近くの本屋の数倍はあるな。
人もそれなりにいるから、見られる。見られた要因は和服だろう。昨日からそうだしな。まぁそんな事は今はいい、必要な本を探して購入する。
本を探すにあたり文字が読めない問題が起きるかと思ったが、なんと我が母国語と同じなのだ。言葉の意味は分からなくても文字が同じなら十分だ。まぁ母国語といっても、他国から来た言葉も多数あるから母国語と言いにくいが。よく分からない言葉も新しく作られたりしてるし、母国語の筈なのに似た言語の別の国の言葉に聞こえるし。自由の国とはまた違う自由の国を遠慮なく発揮している。
「開拓するのに必要な事が載った本は……見つからないか。そんな狙い目な本があると考えるのがやや浅はかだったかな」
一つの村を作る為に伐採や開墾や建築を纏めて開拓というんだから、開拓の本は必要ないだろう。それに、あったとしても分厚いし読むのが嫌になるに違いないし、投げ出しもするだろう。
とりあえずこの件は保留にして、スラ君用の土産を何冊か探して買って、ギルドに行くか。ギルドの場所は中心地から近い所だったな。
「……魔法の歴史か」
純が元素のコーナーに入り、魔素に関する一冊の本を見つける。人間の歴史に興味はない。教訓にすべき対象だとは思うが勉強は嫌いだ、今は選択肢を広めるために必要かも知れないが、儂の時代には選択肢は極端な仕事しかなかった。幸せなのか違うのか分からないが、現代の子は普通以上に努力をしなければならない。しなかったら後で痛い目を見る。まぁ、こちらとしては年功序列よりも実力主義になるのなら勉強してもいいと考えているが。
ただ、この魔法の歴史とやらは少し興味がある。正確には魔法のみで歴史に興味はない。魔法が使えればいいなと思った事は、まぁ、ないな。そんなの存在しない物だと分かっていた。ただ、使えるなら使いたいなくらい。
いや、今考えれば欲しいな。生活には火、水が絶対必要だし、電気が使えれば生活に幅が広がる。まぁ儂が使えるかは不明だが。魔法の本はスラ君の土産候補にしつつ、儂が使えるかどうか調べられる場所に行こう。
思い立ったら即行動。ギルドもあるが、今日中に終わるだろうな。帰宅は明日くらいか?
魔道書とは、人間が扱う力の中でも比較的使われる力を魔法として発動する方法が記された本である。扱う者により魔素以外の力を持つ者が少なからずいるが、大体は魔素を扱い魔法を使用する。魔素以外の素を使うのは、勇者かそれに近し者だ。そういう人物は、大切にしなければならない。その者は、生まれた頃からある特質な力を有している、まさに生まれつき選ばれし人間である。
逆に、全くの力を持たない人間も存在する。まぁ、持とうと思えば努力で持てる事はできる。中には、努力をしても実らずに終わる者もいる。
魔法使いが経営している一つの店に、実らずに終わった者と思いし人物が入店してきた。現魔法使いにしてブロンズ冒険者でもあるハルロ・クシィルは、入店してきた人物を見て、諦められない人間が来たかと思う。
ハルロ・クシィル、年齢は二十三、冒険者よりも司書、もしくは資料科で働いていた方が似合う男性。薄い黄緑色の後ろで束ねている髪の毛を持ち白のシャツにズボン、サンダルとラフな格好をしている。顔は本来ならイケメンと言われるのだろうが、徹夜仕事が続き髪の毛はボサボサ、目の下にクマを付けて今にも寝そうな顔つき。
中堅冒険者でありながら魔道書を販売、もしくは教育、育成する事が認められた魔法使いである。彼は国が認めた立派な魔法使いではあるが、条件さえ満たせば慣れる職でもある。条件は実績と年齢、指導者としての最低限の基礎知識の修得、最後は実力。まだ細かい条件があるが、大まかな条件はこの四つ。
ハルロ・クシィルはこの四つをクリアし職にしている、ブロンズ冒険者の中でもそれなりに知られた魔法使い。人並み以上に相手の元素保有量は分かり、それを武器に一時的なチームと組んだ時は相手の詠唱による元素使用を察知し止める役割を担う中距離型魔法使いだ。
「これ、購入出来ますか?」
休憩がてら会計席に座り本を読んでいたハルロ・クシィルは、入店してきた諦めない男を見て、規約を知らない人か? と小さくため息をして答える。
「貴方は冒険者ですか? でしたらランク称号を見せてください」
「あ、冒険者のみなんですか? 困ったなぁ……」
男は頭を掻いて本棚を見る。新人に頼まれて買いに来たのか? それは残念な事だ。魔道書は冒険者でなければ購入出来ず、またブロンズから購入が許されている。知らずに言われた通りに買いに来たのなら新人くらいだろうな。
見たところ、保有量はほぼなしに見える。つまり、元素は扱えない……か?
「仕方ない、今回は諦めよう」
男が本棚にある魔道書に触れる。ハルロ・クシィルは、触れた一つの魔道書から魔素が漏れるのを、その目で見る。
「――」
ハルロ・クシィルは数秒間、頭の中の思考が停止している事に気付かない。魔道書が光る現象は、本来は魔素に反応した場合のみ光る。だが、ハルロ・クシィルは先程、元素保有量はほぼなしと査定した。間違える事はある、ハルロ・クシィルも一流ではない。だが、その男が触れている魔道書はシルバーランクに匹敵する魔道書。それもその人物の魔素により使える者と使えぬ者に分かれる。ここまでくればその人物の魔素が何属性なのか分かる。正確にはビギナーの時点で大体は分かるのだが、使う魔法により属性が変化する事も多々ある。
つまり、黒い服に包まれたその男は、魔道書の反応を見ればシルバーランク適合者といえる。が、その光が何属性なのか分かる前に消える。
男には光が見えていないのか、出入り口方面へ歩き、頭を掻く。そのまま外へと出ていくのを見ると、ハルロ・クシィルは男が触れた魔道書に慌てながらも躓かないように注意をしながら近づき、魔道書を手に取りタイトルを見る。
「これは……魔素の魔道書?」
この本は属性関連に分かれる本ではなく、数ある属性の中から選んだ、シルバーランクで使える魔法の中で比較的覚えられる魔法を集めた合同本だ。成る程、本を見ても属性が分からないか。
「気になる。元々使える者だったのかも知れない。けど、そうなるとあの質問の意味が分からない」
あの男は、魔道書を購入出来るのが冒険者のみであると知らなかった様子。演技か? 可能性はあるが、する意味が分からない。
ハルロ・クシィルは徐に本を開くと、そこである異変を目の当たりにする。
「――真っ白!?」
ハルロ・クシィルは慌てて隣の魔道書を開く。開いた魔道書には、文字が消失していた。魔方陣も文言もない。隣の魔道書、更に隣の、上の下の、遂には別の棚の魔道書を。だが同じく文字も魔方陣もない。
ハルロ・クシィルはカウンターに戻り、カウンターの中にある杖を取りだし、掲げる。木で作られた真っ直ぐの杖の先端には緑の玉が付けられている。
「ウィンド!」
緑の玉が光ると、お店の中央に風が発生。発生した箇所に近い本が風に吸い寄せられ、吸い寄せられた本がパタパタと開かれ捲られていく。本来はやってはいけない行為だが、ハルロ・クシィルは間違いであると確信を得るためなら、風で飛ばされた魔道書は後日輸入すればいい。そう、間違いである事が確定ならば。
「……!」
ハルロ・クシィルは出入り口に向けて飛び出す。あの男がやったのかは分からない。少なくとも、こんな芸当が出来るような男ではなかった。ならばあの光はなんだったのか? それは、第三者の介入があった可能性がある。第三者が外部からあの男を操っていたとしてもしてなくとも、あの男が協力者として本に触れたのだろうが、それならそれでも構わない。今はただ――捕まえるだけだ。
ハルロ・クシィルは店から出てすぐに周りを見る。自分の店がある場所は街の中央にやや近い位置にある。人通りもそれなりに多い。この中から一人を見つけるとなると、低くはないが高くもない確率で相手を探し出しはできる。これで元素反応さえあれば用意に発見できるが、相手はほぼなし、いやないに等しい男だった。
ハルロ・クシィルが杖を振ると風が服から発生、上へ向けて跳躍すると、風の力が働きハルロ・クシィルを空へと持ち上げる。
上からならば、少なくとも見つける確率は上がるだろう。それに今回の相手は特徴的だった。やや肥満体型な黒服の男は、この辺りでも珍しい相手だ。見つけるのは容易である。
だが、見つからない。店を出てからまだ数分足らずなのにも関わらず見つからない。突然魔法使いが空に上がれば、大抵の者達は何事かと足を止めこちらを見るために顔を上げるだろう。それである程度は絞れる。歩いていたら発見は容易、止まっても服装から見つけられる。
それでも見つからない。物陰に隠れたか細い街道に入ったか。ただ、ハルロ・クシィルがやるべき事は、盗人を捕まえる事だけだ。本来街中で魔法を使うのは禁止ではないが罪にはなる。ただ、理由が理由ならば少しは軽くなる、もしくは免除になる可能性があるのだ。そして今回は軽くなる案件だろう。
そう考えた末に、ハルロ・クシィルは杖を振り、風魔法の力で店の周りを飛び始める。この魔法は長時間飛び続けるのは非常に難しい魔法だが今はやるしかない。何故なら、文字が消えた本はシルバーランクの本でありそれなりに高額なのだ。経営者からすれば非常に赤い数字を作り出してしまうレベルの損害である。
生活する為にはなんとしても捕まえて事情を聞き、どんな理由であれ代金でもいいから支払ってもらわなければならないのだ。生計を立てる事は、野良人外を駆除するよりも難しい。
これは明日から、おかずの量を減らさないとな……。
そんな事があった事を知らない黒い服を着た男である純は、魔道書が販売している店の隣である調合屋に来店しており、冒険者じゃなくても買えると聞いて必要な本を探している最中だ。
「なんの音ですかね」
「隣のハルロだねぇ。何かあったかな?」
老婆が薄緑色の液体が入ったガラス製の瓶をカウンターと思われる場所に置いて、純の疑問に答える。
調合屋はハルロ・クシィルの隣の店で、店の半分は調合部屋、半分は薬草やポーション、調合のための材料、調合のための道具が売られている。以外と明るい店内で、純は勝手に暗いイメージをもっていたので少し驚いた。調合器具も昔ながらっぽい物みたいでやや親近感が湧く。今でも理科の実験でも料理でも使われる様々な形をしたすり鉢に、ビーカー、フラスコ、あとは完成された実験器具。最近は技術が発達して、宇宙からの、みたいなのが検出されている。この世界ではまだまだ難しいかも知れないが、魔法ならば可能なのだろうなとふと考えてしまう。
「ポーションが一つ三十イン……。でもこっちのポーションは五十イン?」
ポーションコーナーに置かれているポーションの値段に違いがある事にやや違和感を持つ。効能の差か?
「おや? ポーションの値段の違いが分からないのかい?」
老婆が値段表記の違いに疑問を持つ純に近づき、両手を後ろで隣に立つ。老婆は身長が低く純の胸部辺りまでしかない。服装は調合師というより家政婦みたいなエプロンを着けた優しそうな老婆だ。ただ、生前の純よりは年下だろうが。
「何分縁がないもので」
「仕方ないよ。基本的には冒険者かそれに関連する人しか購入しないからね。この二つの値段の違いが気になるんだろう?」
「えぇ」
純は三十インと五十インするポーションを取り見比べる。分かるとすれば、三十インより五十インのほうがやや濃い色をしているくらいだが……。
「色の違いもそうだが本当の所は、薬草と水の割合の違いだよ。薬草を一として水を三で混ぜれば小さな傷程度を治すポーションに。薬草を一として二の水を混ぜれば弓の傷程度を治すポーションに。薬草を一として一の水を混ぜれば剣の傷程度を治すポーションにと変わる。三十インが水を三、五十インが水を二、今は売り切れだけと百インが水を一となっているんだ」
ほうほう。回復薬にすると人体に出来た傷を治せるのか。この場合は飲めば人体に影響を及ぼすのか?
「ちなみにさっき言ったのは外部に掛けた場合、飲むと外部に振り掛けるでは少し違いがあるからね?」
「飲めばどうなるんですか?」
「単純に体力が回復するよ。内側から細胞を活性化させて筋肉に即座に効果が出る。聞いているだけじゃ、結構怖い現象だろ?」
老婆が微笑気味に言うから、あんたが怖いよ、と言いそうになる。ただ、ポーションにも掛けると飲むの二択に分かれるんだなと分かっただけでも上出来だ。ゲームの考えなら飲んで回復だから、飲めば切れた腕でも復活するのかと、ゾンビ映画的な結末を想像していた。
簡単な説明を受けたが、このポーションについて気になる事がある。
「ポーションには種類がありますか?」
「あるといえばあるが、基本的にはポーション。その上がハイポーションと呼ばれる非常に高い成分が含まれた薬草を使用してのみ作られるポーションだね。私ですらまだ見たことがない代物だよ」
ハイポーションという単語があるのには驚いたが、まさか見たことがないレベルだとは。薬草によって違いがあるのか?
「薬草が特殊とかですか?」
「それもあるが、あとは水だね。薬草は抽出方法の違いにより効能が変化する不思議な草でね、育った環境、抽出の仕方、使われた水により効能が変化する。ここに出されているのは誰でも出来る抽出方法で作られた一般的なポーションだよ。すり鉢で潰して水に入れて加熱。成分を出しきったら薬草だけを取り除き完成。一般的なポーションはこんなもんさ」
成る程、ポーションの作り方で効力が変わるものなのか。ゲーム基準で考えるのは良さそうではないな、うん。
老婆の話を聞く限り、ポーションは自分でも作れそうだな、よし。
「ではこの二つのポーションと本、あとは道具を買いたいんですが、オススメはありますか?」
「おや? 若いのに興味があるのかい? 嬉しいねぇ。最近の若い子は調合をやらないのに君は凄いねぇ。よし、おばあちゃんに任せな。良いのオススメするからね」
儂の方が年上だけどな、と心の中でツッコミを入れる。老婆がゆっくりと道具と本を選び始めると、少しでも手伝おうと老婆の傍に付き、道具と本を代わりに取る。取るなかで、純は先程の会話を聞いていたと思われるシロに話しかける。
「(ゲームとは違うな)」
「(そのようですね。ポーションを作られますか?)」
「(スラ君ならやりそうだと思ってね。お土産は多い方がいいでしょ)」
魔道書は買えなかったが、ポーション関連ならどうだろうか。研究所(仮)には実験器具があったし、もうやっている可能性がある。まぁ人間が作ったってのがポイントかもしれない。外国人が昔の母国の服を着て喜ぶみたいな感じで。
それにスラ君なら、効能が高そうなポーションを作りそうだしな。そしたらこちらの生存率は確実に上がるし、利益を得るための手段になるかも知れない。
まぁまだポーションすら出来てない段階だから夢はここまででいいだろう。
「(純さん純さん、一つ宜しいですか?)」
「(なんだ?)」
月読命ことツッキーが会話に介入してくる。そういえば儂、ツッキーの姿は見たが、どうしてこの世界にいるのか詳しくは聞いてない。飛ばされて運よく初代王のロスト様像に着地したとしか知らない謎多き女性。
「(私の力でポーションを出すことが出来ますよ?)」
「(……そういえば、この和服もツッキー製だったな。ツッキーは製造専門か)」
「(あまちゃんも製造出来ますよ? まぁ元々、私達はある種のゲームマスターであり創造主みたいな存在でしたから、無から有を造り出す事は出来ます)」
本を落としそうになるが堪える。老婆が苦笑してくれたので、慌てん坊みたいな見方で済んだだろう。こちらとしては神様以上な存在が体の中にいる現実をどう解釈すればいいのか分からない。
とりあえず、聞きたいことを聞くとしよう。
「(一つ聞きたいんだが、聞いてもいいか?)」
「(内容によりますよ?)」
「(ツッキーはなんでこの世界にいたんだ?)」
先程の疑問をそのままぶつけてみる。あまちゃんは儂と共に来たから仕方がないが、ツッキーはその前からいる。
ロスト様時代から居たとすると、相当昔なのだろうが。
「(私の場合、自らのシステムを改造し過ぎて爆発してしまったんです。その影響で私は飛ばされてしまい、この世界に機能として落ちました)」
「(自身を改造? そんな事が可能なのか?)」
「(えぇ。月読命プログラムに限らず天照大御神プログラムは成長するプログラムです。といっても、今では使われなくなったプログラムなんですが)」
「(――なに? 使われていないだと?)」
ツッキーの話では、確かにあまちゃんとツッキーの厚生プログラムは使われてはいたがそれは昔の話。今は使われていない旧文明の代物に近い。何せ初代に作られた制限も何もない無制限なプログラム、ある条件下では無敵に近い力を発揮する。だが、制限なしのプログラムは余りにも危険だと、それまで基盤となった天照大御神プログラム、月読命プログラム、他に四つあるプログラムを合わせた六つのプログラムは、その力を制限させようとした。
だが、その力は作り手すらも手の施しようがない程に成長してしまっていた。残された手は一つ。プログラムを一枚の紙に納め、解放する事がないようにしなければならない。それを知ったツッキーは自らの力を抑えるように改造しようとしたが、等の本プログラムも想像だにしない力に何も出来ず、爆発という形で自分で自分を壊そうとした。が、結果的には壊すこと叶わず違う宇宙へ飛ばされたとのこと。その影響かどうかは分からないが月読命プログラムは成長を停止、現在に至る。
天照大御神プログラムとまだ知らぬ四つのプログラムはその後どうなったかは分からないが、制作者が作り出した制限付きの一枚の紙に六つのプログラムを移動させ成長をしようとも紙から外には出ず無理矢理成長を止め、機能を停止させるのが目的だったとのこと。
いったい何があったのかは分からないが、今では純の中に天照大御神プログラムが組み込まれている状態。
「(時期閻魔の子供の悪戯に使われたのが、その紙だったわけか)」
「(考えられるのはそれだと思います。だからあまちゃんも、曖昧な回答しか出来なかったんだと)」
必要な道具を店主である老婆に揃えてもらい、全部を購入。少しまけてくれた。未来ある若者の為にとの事だが、何度も言いたいが儂が年上だ。口に出したところで冗談と思われておしまいだろう。なら言わずに思うだけに留まらせるのがベストだ。
「(一枚の紙と言うことは、まさかあまちゃんとツッキーの他に四人いるのか?)」
「(みたいですね。ただ……)」
ツッキーが言い淀む。なんだ、なにか問題でもあるのか? 調合に必要な器具と材料を蔦のような紐で編まれた買い物篭に入れてもらい、店から出る。この篭というには手が込みすぎるこの篭は老婆の善意から頂いた貴重な篭だ。愛用させていただこう。背負えるように丈夫な革で作れた肩紐が作られている。
ヤバイ、茶畑を思い出した。作れたら作ろう。
「(なにかあるのか?)」
「(……まだ確定したわけではありませんので、分かったらお話します)」
「(そうか。分かった、待つよ)」
分からないなら仕方がない、分かるまで待つよ。何せこちらは静かに暮らすんだ、いくらでも時間はある。分からないまま死にたくはないけど。
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ナイカカ街の冒険者専用診療所。冒険者ギルドがある街には必ず設置されており、ギルドの数よりも多い施設の一つでもある。冒険者専用診療所と普通の診療所には違いはないが、冒険者専用診療所には本来では診療所に置かれていない薬や薬草が常備されており、それを扱う医師の者達もランク持ちが多い。理由は素材を集めるのにはギルドに入り最低でもブロンズランクを持たなければ、外に行き薬の材料を手に入れられないからである。
中にはランクなしの医師も勿論いるが、その場合は冒険者を雇い代わりに材料を手に入れてもらう。その代わり薬は格安で販売、もしくは治療費免除といった特典がある。初心者にとっては一番最初に雇われ冒険者として付くべき仕事場として先輩からアドバイスを賜るほど。
仕事で怪我をしても安く、もしくは無償で治療してくれるし、数ある冒険者を見てきた医師からアドバイスや人外について為になる話を聞けるし、怪我をした場合に使う薬、毒に侵された際の対処法など、初めての仕事場ながらも知識を得られる最適な場所でもある。
そんな最適な場所に設置されているベッドに一人の男が座って、窓から見える空を眺める。二階に位置するその窓枠から見える景色は、その男にとっては懐かしい景色。まだランクがブロンズに成り立ての頃から幾度ともなく世話になった景色。あの頃はまだ若く魔素の使い方すら発現できる程度で、先輩達に笑われながらも頭を撫でられていた。その先輩達も今ではゴールドランク、かつて同じランクだったシルバーランク、もしくは天へと旅立っていった。
口の中にあるのは、飴玉。微かに甘味がある子供には評判が悪い飴玉だが、この飴玉はここの診療所のみ無償で配られる特性の飴玉で他には売っていない。実はこの飴玉には僅かだが薬草が練られている。まぁその効力は微々たるものなのだが、目を覚ました頭には丁度よい効力を発揮する。昔は何度も怪我をする度に貰ったっけ。
「邪魔するよぉ~」
「これはヒミキさん、おはようございます」
診療所の出入り口に一つの声が入る。それは年季が入った優しさが滲み出る女性の声。その声も昔によく聞いた声だ。
「あの坊主が入ったって聞いてね、顔を見に来てやったよ」
「お仕事はいいんですか? 只でさえ売れないのに」
「余計なお世話だよ!」
いくら強く言っても、口調からは察しえない優しさが出てしまい怖くない。ただまぁ、怒らせたら後で怖いから、先輩達もそこは注意してたな。
……道を誤った俺には、もう顔を合わせられない。
「あら? なんか良いことでもありましたか?」
「おや、分かるかい?」
「嬉しそうな顔をしてますもの。いつもより皺が出来てます。こう、年の功的な意味で」
「毒ポーションあるけど飲むかい?」
「え、遠慮します……すみません」
「分かればいいのさ。なに、うちの店に器具を買いに来た若い子が来てね。材料と本を買っていってたよ」
「あら珍しい」
ほう。若いのに調合に興味があるのか。別段珍しくはないのだが、調合に使用する器具や本は普通の器具、本より高めで、それでいて商売としては並々程度しか利益がでない。ならば冒険者の方がある種安定した収入が見込める。
調合に必要な材料は依頼では受けるが、調合屋に雇われる冒険者はほぼいないと言える。仕事としては楽だが、お金の事を考えた場合、割に合わないのである。だがら冒険者は依頼のみ仕事を受けるし、調合屋も雇うに値する金額を支払えないから依頼のみ。
若いうちからやるのは家系か、はたまたは奇特な奴かのどちらかだろう。
「まだまだ未来あるよぉ。若い奴が一人でも多くをやってくれるなら、おばちゃんもまだまだ生きないと」
「元気すぎますよ。あ、その部屋です」
「ありがとうね」
男がいる部屋の扉が開けられ、中に優しさがある声の持ち主が入室する。なにも言わずに扉を閉めると、男が座るベッドの横に備えられた丸い椅子を移動させ、椅子に座り一息。
「謎の男に瞬殺されたんだって? それも外部に怪我がなく、打ち込まれた頭部にさえ支障がないんだって?」
「……うるせぇよ」
飴玉を舐めながら、力なく外の景色を見て呟くように発言し、入室した人物を見る。家政婦のようなエプロンをつけた老婆。昔と変わらず、相変わらずの顔。再び外を見て、小さくため息。ヒミキという名の老婆は微笑する。
「相手は相当強いんだね。坊主が背後を取られるなんてね」
「……何も言えね」
「あっはっは! 何か言えても負け犬の戯れ言だからねぇ。聞く耳持たないよ」
相変わらずキツい言い方をする婆だなと言いたいが、笑われて流されるから言わない。ヒミキの婆さんには、先輩達も勝てなかったっけ。
「ったく、冒険者を辞めて裏にいってからに。挙げ句に手足も出せずに瞬殺、しかも支障なしときたら、死んだ奴等が泣きたくても泣けないくらい情けないよ。なんの為に裏に行ったんだろうねぇ」
「嬉しそうに言うなよ。こちとら、仕事を無くしたんだぞ?」
そう。目を覚ました時点で、仕事を完遂出来なかった。いや何より、意識を断たれた時点で商人の命運は決まったも同然。俺は、失敗してはならない仕事に失敗してしまった。暫くすれば奴隷商売の廃業が通達される。
だが、不思議と落ち着いている。いや今だけかも知れない。後から徐々に後悔するのかも知れない。落ち着けるのはこの診療所と婆さんがいるからかも知れない。
「相手はそんなに強かったのかい?」
「……あれは、強いとか弱いとかじゃない、人間を殺す技術が秀でているとしか言えない」
じゃなければ、俺の目の前から消えた理由が分からない。いや、そもそも消えるという現象すら理解出来ない。元素の使用は感じれない。今でも、思い出しても理解は出来ない。
ヒミキは右手で自分の顎を触りゆっくりと撫でる。
「暗殺ねぇ。なら、坊主が負けたのも頷けるよ。その相手、黒い服に変わった靴を履いたやや肥満体型の男だろ?」
口許を笑みにしてヒミキが発する言葉に男は目を開かせヒミキを見る。
「知っているのか?」
「さっきの話を聞いていただろう? 私の店に買い物に来た若い子。坊主を倒したのはその子だと思うよ」
やや前に乗り出す男に触れていた右手を開いて男に見せ伝える。止まれ、と。
「悪いけど、あの若い子を追いかけるのはやめておきな。人外の王級クラスを相手にするようなものだよ」
「……やっぱり」
目の前にいる老婆は、かつてゴールドランクを手にしていた魔法使い。年齢を理由に引退、魔素保有量が減ってしまい、戦いに参加できるほどの体力もない。引退したのは四十代、現在は七十代とのことだから三十年前は現役だった計算になる。ただ、慧眼だけは今も尚健在。
戦いの中で基本技能とも言える索眼、その索眼の上位技能。慧眼を使う担い手により慧眼の力が違ってくるが、相手の力を見極める力は索眼よりも上。その慧眼を持つヒミキが止めるのだ、戦うのは得策じゃないと決めたのだろう。
「……一つ聞きたい、いや相談になるんだろうか」
「なんだい? 老兵に答えられるのなら答えるよ」
手を下ろし、再び窓から外を見る男の横顔を見る。この男も今は落ちぶれたがシルバーランクだった男。副王を相手にできる力は健在。ただ今回は相手が悪すぎた。
慧眼で若い子を見た時の印象は……スッキリするくらいの力の無さだった。だが、ある程度の距離に近づいた時の若い子は、苦笑いが出る程の空気が重かった。あれが人間という生物が出せる空気なのかと、深入りはしないほうがいいと直ぐに判断したのは正解だね。それに、本当に調合に興味があるみたいだったし。お金があってうちで使ってくれるなら文句はないし。
「……人外と共に生活する考えを持つ人間をどう思う」
「――それは興味深いね。あの若い子、人外側の人間だったのか」
「驚かないのか?」
意外な反応に男がヒミキを見る。ヒミキは一度咳払い。
「正直に言えば驚いたよ。ちなみに、どんな人外だい?」
「……いや、そこまでは分からない」
男が顔をやや下に向けると、ヒミキは腕を組み考える。本当に人外と共同するのならば、考えられる人外はこの近くで数種類。ゴブリンかトレント、コボルト、後はスライムだが。
「まぁ、ゴブリンはないだろうね」
「……何故ゴブリンじゃないと分かるんだ」
「分かると言うより、あの若い子の性格と戦闘能力からかね。少なくとも坊主が見失う移動力と坊主を気絶させる手際の良い処理の力を有してなお、目的以外を狙わない真面目。あれはゴブリンのような食人を嫌うだろうね。まぁあそこの副王の一人が率いるゴブリン限定だけどね」
男は考え、頷く。平穏に暮らせればそれでいいと言っていたような気がするし、何よりも余り事を荒立てたくないとも言っていたような気がする。
ゴブリンの、特に布一枚のゴブリンは人間を食べる害だ。本気で殺さなければ食べられる結末になる。それだけじゃなく力も強くなる特典付き、非常に厄介極まりない。それだけにあの男がゴブリン側に付くとは考えにくい。嘘を言っている可能性はないわけではないがこうして俺は生きている。それが証拠とも言える。
「だけど、人外と共に生活ねぇ。まるで、かつての人間と魔族の関係じゃないか」
「……歴史の話は頭が痛くなる」
確かに、まだ人外ではなく魔族と言われていた時代、一地域では人間と魔族が共同に生活をしていた。その証拠に人外側には"人"とつく種族がいる。蛇人、竜人、獣人、鳥人。他にも人がつく種族がいるが全て人外と人間の間に生まれた人外。まさにかつて人間と人外が共に生活をしていた証拠である。
今となっては共同など考えれないが、昔ならば普通の日常に変わらない。だが、今は違う。受け入れられる筈がない。
「坊主。あの若い子に付いて行ったらどうだい?」
「――はぁ!?」
今日一番の驚愕顔を見せる男。まぁ、確かに驚く内容だとは思う。ただ、人外にも話せば分かる奴だっている。私の知っている王は、人間は嫌いだが話せば気さくな奴だった。何度か戦いはし今なお決着せずだが、勉強になる。
人外とは、確かに人間からすれば敵かも知れない。だが、彼らは人間よりも元素を良く理解している。仕組みを感覚のレベルで理解しているエキスパートなのだ。私がゴールドにまで行けたのも、人外を観察し、私との違いを見て改善した結果だ。人外とは敵であると同時に先生でもある。
「どうせ坊主はこちらには戻ってはこれない、冒険者ギルドの契約上ね。まぁ審問で大丈夫と判断されればまた冒険者には戻れる。けど坊主は元シルバーランク、知名度は無いにしても同じシルバーランクだったもんから見られる目は痛いよ」
男は何も言わず顔を背ける。確かにヒミキの言葉はその通りだ。一度ギルドの契約に背けば評価が落ちる、当たり前だ。こちらから辞める意思を伝えてランクを返上すればいいのだが、俺は返上せずに落ちてしまった。待っていたのはランク剥奪と裏の仕事。
表でもそれなりに実力があったから仕事を手に入れられるのに苦労はしなかった。が、今は違う。仕事を無くしただけならまだしも……多分だが、商人は死んだかも知れないな。
そうなると、信用も無くしたか。良い仕事はもう入らないと考えれば……盗賊紛いしかないか、ひっそりと一人で暮らすしかない。
「だけどあの若い子に付いていけば、坊主も今より強くはなれるんじゃないのかい?」
「……強くなろうがならないが、どちらにしても人外と共同しようとする奴の元に行く来なんて――」
「素直じゃないね!」
ヒミキが座っていた椅子を持ち上げて立ち上がり、怪我人である男の頭に思いっきり落とす。
「ごがぁ!?」
頭が固いのか椅子が脆かったのか判断つかないが、椅子が壊れる程に男の頭に落とし、男は床へと倒れる。
「ちょっとーー! 壊さないで下さいよ!」
「後で代わりの持ってくるよ!」
診療所の医師はこの状況に慣れているのか声のみの注意。ヒミキも慣れた回答をするのみで、医師が入ってくる様子ではない。
ヒミキはベッドにゆっくりと腰掛けると、倒れた男を上から見下ろす。
「こりゃ、付いて行っても足手まといになるかねぇ」
とりあえず、怪我が増えたなぁと他人事のように考えた後、特性の飴玉を診療所に置いてそそくさと帰宅する。
▼
時刻は午後一時、元人間が住んでいた街、イルナイ街。かつては流通ルートで使われた街だが、十時間ほど前に人外との戦争に敗北、人外の街へと変わっている。まだこの事実は世界には知られていないが、数日後には人外世界にも人間世界にも認知される事だろう。それは人間の領土が減り人外の領土が増えた事になるが、実際は他の場所では人間に奪われているため、どっこいどっこいである。
現在のイルナイ街は、戦争の勝利者であるオーク族、狼族、そして蛇人がいる。この場所は発端者の領域になるためオークの領土になる。今はまだ瓦礫だが、これから整地をしつつ拠点として利用するための資材を持ち込む予定だ。
このイルナイ街は流通ルートの核であるため、どの街にも行けるルートがある。ここを拠点とすれば、各街への侵攻の中間地点になる。オークの目的は、まさに中間地点を会得する為にあった。それはオーク王の命令でもある。
その役割を機能させる為に、今からでも作業に取りかからなければならないのだが、一人の女性人外の嬉しそうな動きと、何度も違う服を体に当てて鏡で見て、不満があれば違う服、見比べてより良い服を。が、最終的には変わった服を抱き締めてクネクネ動いているその姿に、他の人外達は作業を出来ずにいる。
「クラリスよ。その、考え直さないか? 相手は人間なのだろう?」
「違うぞ、父上。余が恋した純様だ。人間ではなく純様という種族だ」
純が助けたダークエルフの王の娘、クラリス。倒壊した家から一枚の鏡を見つけ瓦礫に立て掛け、私物であろう服を布の上に盛大に広げている。その傍には一人の男性。クラリスが父上と呼ぶ男性こそダークエルフの王、キュートス。濃い紫色の甲冑を身に纏う目力がある灰色が混じる銀色の短髪。
クラリスが無事保護されたと狼族のものから聞き、全ダークエルフ達が急ぎイルナイ街へとやってきた。クラリスは同胞を助けるべく自ら囮にキュートスが知らずのうちに実行された計画を遂行。父であるキュートスはその事実に涙を流したが、娘は無事脱出出来た。再び会えたなら、無事で良かったと頭を撫でて抱き締めてやりたい。そういう気持ちでイルナイ街へ到着し、いざクラリスと対面すればご覧の有り様。
人間の服と思いし生地に包まれたクラリスが父親そっちのけで鏡の前で何度も嬉しそうに、鏡に写る自分の姿にウットリとしているではないか。
近くにいた蛇族の姫であり蛇人でありクラリスの無二の親友であるネルに話を聞けば、助けてくれた人間に恋をしたなどと言うものだからクラリスに説教をしてしまった。人間は忌むべき存在だと。
その結果、娘に張り手をされる結末。娘に甘い父親は、王であろうと甘い。張り手をされた王は膝から崩れ落ちる。それは見事な崩れっぷりだったと見ていた同胞が後に語る。
「確かに純様は人間だが、純様は純様だ。それに余達人外の味方でもあるのだ父上」
確かに話を聞く限り、味方と捉えられる成果を見せてくれた。奴隷商人引き渡しはまさにそれに該当する。この吉兆を他の同胞に知らせれば新たな道が開かれる可能性が高い。
何より、無償で助けただけでなく悩みの種であった人間の奴隷売買の根幹たる人間を引き渡した事実は、驚くべき功績。それだけ見れば、人外の仲間だと言える材料はお釣りが返ってくるレベル。
ただ問題なのは人間という事だけだ。いや大きな問題だ。人外が人間に恋をするなど考えられたものではない!
……と言えばまた叩かれるかも知れないから言わない。
「ネルちゃんから何か言ってくれないかい?」
「妾からは何も言えぬ。解決策としては、スライムがいる辺境の地へ行くしかない」
「だけどよ、あそこはゴブリンが警戒しているんだろ? しかも外れ者の」
オーク族の若が地面に刺した大きな斧の柄に座って、ネルを見つつ辺境の地のゴブリンを思い出す。あそこは昔から外れ者がいる種族で、それで強くなる確率は低い、ただ人間から嫌われるだけの種族。特に一人の副王が外れ者でありながら低い確率を引き当て力を得た。そんな奴等が警備している辺境の地に足を踏み入れる気は更々ない。人間を食すゴブリンは、穢らわしい。
「大丈夫よ。余の考えでは、近々外れ者のゴブリンは――全滅させられる」
嬉々としていたクラリスの表情が真へと変わると、雰囲気も同時に変わる。それは純の知らない姿であり、王の娘としての威厳というものが出る。いや、これが本来のクラリスなのだろう。
「全滅? 人間がか?」
「人間じゃない純様だ。純様の考えならば当然だろう。スライムとは余達から見ても最弱、弱き存在と認識している。故にゴブリンにも舐められる」
「つまり弱い同士、傷の舐め合いでもさせればいい」
若が足を組み何処か笑いながらの言葉に、クラリスは鼻で笑う。それが聞こえたのか若は笑うのを止め、クラリスを睨む。
「なにがおかしい」
「純様を弱いと形容する言葉が笑えるよ、ドルウ」
若を見て、いやドルウという名の若を見て睨む。若は立ち上がりクラリスを睨む。意思が戦闘体勢に移行すると、クラリスを守るべく男性ダークエルフがクラリスの斜め前に立ち弓を構える。ドルウの後ろに体躯が大きいオーク一体が付き、ダークエルフの男性を見下ろす。
「何が笑えるんだ、おい」
「お前も対面して見れば分かる。純様は――王としての力を持っている」
クラリスの言葉に、殆どの人外達の目が開かれる。人間側に人外の王としての力を持つ人間に該当する存在は一つだけだ。
「クラリス! その人間は勇者なのか!?」
ダークエルフの王であるキュートスが問い掛ける。勇者しか持ち得ない力を有しているのならば、早めのうちに消しておかねばならない。
「勇者ではない。純様は、純粋なる元素を一切持たない人間だ」
「――――はぁ!?」
ドルウは更に驚く。それは他の者も同様に。クラリス、ネル、そして狼族の隊長は驚かない。隊長は逆に納得する。あの動きは人間が出せる動きではない、だが元素を使った形跡もない。つまりは純粋なる身体能力のみでやったとしか言えない。
特徴的な服装からあの草原で見た者だと判断。そしてクラリスが貰った変わった服もその人間と同じだと分かる。つまりはクラリスの話が本当で俺が見た男の人間とは思えない脚力は、あの距離を跳躍する脚力はゴブリンでは一撃で絶命するだろう。
「元素を持たなくても王としての力を有している人間と言えば確かに驚異。じゃが、その人間は妾達人外と共存を……いや正確には、スライム達と静かに暮らしたいと言っている。それが本当ならば妾達に実害はないだろう」
ネルは左手を軽く振り、純様とやらの立ち位置を曖昧ながら中立寄りに決める。ただ今の言葉通りなら、静かに暮らせる環境を作るならば行動するの意味が含まれる。それを色濃くさせたのが、やはり奴隷商人を捕まえた事だろう。
「現に悩みの種である奴隷商人を引き渡し、要求ではないが望みは静寂な日々ときた。まぁ一度会って話をしなければならないがな。人間であろうとクラリスだけではなく、妾達の仲間を助けてくれたお礼を言わねば」
「そこは、まぁ……分かるが」
ドルウは筋肉馬鹿ではない、必要最低限のマナーと礼が出来る者だ。じゃなければ、年齢関係なく慕われはしない。
「確かに礼はしなければならないな。だが相手が人間となると……むむう」
キュートスが腕を組み眉をひそめる。仲間同士なら礼の仕方が異なるとしても対処は出来る。だが人間となると話は別だ、何をして礼となるのか分からない。
「それよりも父上。余達の住む場所は決まっているのか?」
「今は仮として、妖精達の森へ避難している。大丈夫だ、私がすぐにあの場所を取り戻してみせよう」
ダークエルフの住む場所は木々が生い茂る場所。ここからはかなり離れているが、現在は人間の手により場所を奪われている状態。代々守られてきた場所だ。
だからこそ、すぐに取り返して見せると豪語するキュートス。
「あの場所は捨てましょう」
クラリスは父親であり王であるキュートスの豪語を即座に切り捨てる。
「代わりに辺境の地を、余達の第二の故郷としましょう」
クラリスの満面の笑みから出た言葉に、キュートスとダークエルフ達が口をあんぐりと開ける。クラリスは笑みの顔のままドルウを見る。その顔にドルウは苦い顔をする。
絶対に面倒な事が起きるな、と。
▼
「え、今入れないんですか」
「すまない。この近くのイルナイ街が襲われたらしいと情報が入ってね、詳しい話は出来ない。後日、また来てくれ」
純はこの街のギルドに赴いていた。コンクリートのような材質で作られたやや縦に長い建物。ギルドの紋章なのか盾から剣が二本左右へと突き出て、盾がなかったらバッテンになっているだろう紋章。
果物屋さんの話によれば、冒険者ギルドは確かに多数存在するが、国から定められた冒険者ギルドにまず登録をして、ランクとやらをブロンズにしなければならないらしい。
そうして他の冒険者ギルドに加入が出来るとのこと。市役所みたいなのかな。
その国から定められた冒険者ギルドに来て話を聞きたかったのだが、緊急事態だったらしく、今は忙しいらしい。仕方ない。
現在の時刻は午後二時。買いたいものも無事購入し、荷車も買えた。必要な食料と道具も購入したし、後は帰宅するのみだ。本当はギルドの事を聞きたかったが、仕方ない。一日もこの街にはいなかったが、また来ればいいだけの話だ、うん。
出る場所は昨日と同じ場所から出たいが、どうやら警備が厳しいらしい。まぁ辺境の地に面している方向の扉だ。ならなるべく近くの辺境の地へ行ける門まで行くしかない。和服姿の荷車持ちなんて目立つが、まぁ仕方ないな。
暫く歩くと、出入り口となっている門を発見。購入した品物をこの街の兵に見せて何も怪しくないよとアピール。ただ、東大陸から来たという話が流れていたみたいで、知らない兵に激励の言葉を頂いた。そうだな……東大陸が気になる要因の一つだったの忘れてた。帰ったら調べるか。
なんなく外へと出て真っ直ぐ荷車を引く。街からこちらが見えないと判断したら進路を辺境の地へと変更、それなりに長い草原を歩く。母国と違い草と風と空が一面に広がるこの光景は、絵画にして飾りたいくらいの綺麗さ、いや清々しさがある。
もし生きていたとしても、異国に行かなければ見られない光景であろう。まぁ死んじゃったけど、などと考えながら数時間は歩いたと思える。
「(あら? 誰かいますね)」
ツッキーの発言、見てるのかと思わせれ発言だな。多分だが儂より遠くが見れるんだろうな、だって誰かいると分かっても遠い所にいる。正確には辺境の地と草原の境となる森林だ。そこに数人、人と思われる物体が横に移動している。
「(冒険者か?)」
「(純さん純さん、どうやらゴブリンに追われてるみたいですよ?)」
「(……それはまずいな。儂の今後の活動に被害が及ぶ。というか、ゴブリンて人食うのか。まぁモンスターだし、食うか)」
ただ、ちょっとやめてほしい案件。只でさえ冒険者ギルドが慌ただしくなっているのに、ここでこんな問題を起こされちゃ堪らん。
純は足を止め荷車を置き、即座にゴブリン達の元へと向かう。距離は一キロメートルくらいだが間に合わせなければ面倒な事になるのは明白。
「(荷車は白猫が回収いたしますが宜しいですか?)」
「(ありがとうシロ、そうしてくれ)」
断りたいが、助けた後で戻るのも面倒だ。それに助ける事が出来たとして絶対に話しかけてくる。それだけは回避しよう。あぁ、第二の人生のスタートラインにまだ立ててないのに、面倒事を抱えるなぞ後で後悔するに決まっている。
純は体を前に倒し、走る体勢が前傾姿勢に変化。ある一定の前傾に達すると何かが頭の中でカチリとハマる。といってもそれは純自身の脳内のみで鳴る音。だがそれは、純の行動を加速させる。
「!」
瞬間、純は真っ直ぐに跳躍、ほぼ平行に飛翔する純の見る世界は、目的地に向けて走行している新幹線と変わらない。昨日の夜に使用した走り方とは違い平行に近い跳躍は、足に掛かる負担が少ない。視野範囲と跳躍距離と時間が二つの走り方の違いであり、足に掛かる負担の大きさにも関わる。負担を両足に感じつつ目的を遂行、十数秒後には目的地との距離は三十メートルとなる。
ゴブリンの数は一体だが、純を食べようとしたゴブリンとは手足の長さ、胴の長さ、顔がやや違う。それだけではなく酷く涎を垂らして、まるで食べることが行動理念であるとされるような酷い姿。俗に言う醜い姿とは、このゴブリンなのだろう。
「おい!」
ゴブリンが足を止めこちらに振り返る、のと同時に純の左足はゴブリンの腹部を蹴り上げ終わる。声を出し足を止めこちらに振り返る僅かな時間で純は三十メートルの距離を無くし、上半身と下半身を分離。今までの運動エネルギーをゴブリンに蹴り付けた結果、上半身は上空に向けて粉々、下半身は辺境の地に入る森林にむけて四散。本来ではありえない停止が、ゴブリンの死によって成り立つ。
「大丈夫か」
地面に着地し、襲われていた者達を見る。地面に倒れている者一人に武器を構えている者が二人。仲間からゴブリンを守るために反転し構えたのだろう。直後に儂が殺したわけか。
「貴様は人間か!!」
純は、三人を見てすぐに判断。正確には三体と形容すべきだろう者達。人の形をした犬である。よく犬や猫が人のように二足歩行をするアニメに出てくる、人外だろうな。布や鉄で作られた軽装の装備をしている所を見ると、戦士的な位置か。
というか人外同士で戦いか? いやそれよりも、さっきのゴブリンは様子がおかしかった。飢餓じゃあるまいし。
「聞いているのか人間!」
「おすわり!!」
純が叫ぶ直後、三人の人外が純の言葉に応じて正座で座る。倒れていた者も武器を構えた者も礼儀正しく座る。
「っは!? つい癖で……」
三人の人外の内一人が流れるように正座した事に我に変える。純は三人の人外の前で座ると、和服を消して褌になる。白い肌に年齢のわりに体毛が薄すぎて無いように見えるやや肥満体型の体。
「儂は見て分かるように武器など持ち合わせちゃおらん、君達と戦う気もありはせん」
三人は疑いの目でこちらを見るが、戦う気は本当にないのだ。というよりも、人外と戦っては後々の生活に支障を来す可能性が高い。まぁゴブリンはさっき殺したけど。ただそのゴブリンが気になる。
「ただ、ゴブリンから君達を助けた事実はある。だから一つだけ質問に答えてほしい、それ以上は何も聞かん」
三人がお互いを見る。確かに相手は人間だが助けてもらったのは事実。本来ならありえないが、服を捨て布一枚で目の前に座り話をしてきた。敵意がない証拠と言わんばかりだが、武器がないのなら驚異ではない――とは言いにくい。
先程のゴブリンを消滅させた攻撃は説明できない程の攻撃なのだろう。ただ、何が起きたのか分からないが真実。故に、非常に断りにくい。答えられる質問なら大丈夫だと判断し、頷く。
「何でゴブリンが同じ人外を襲ってたんだ? 仲間だろ?」
「な、仲間ではない! あんな外れ者など!」