表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜人の王  作者: バゥママ
6/17

第五章 解放

 本来の目的から外れてはいるが、目的以上に成果が出せそうだと判断した純は、奴隷として捕まり逃げてきたダークエルフのクラリスから話を聞き、スライム達の信頼を得るために、奴隷商人と奴隷として買われた人外を救うため行動に出る。

 クロの仲間と思われる黒猫の動き。その動きは瞬く間に動き、一人の奴隷商人を捕獲。奴隷商人達の頭は、異常事態を知り逃亡をするが、恐怖と相対回避によりナイカカ街の中心に逃げてきた。

 商人の頭の傍にいる騎士は、商人の頭を護る役目を担いながらも、頭に対する目は、酷く冷たい目を向ける。

 それ以上に冷たい何かが来るまでは。

 

            ▼

 

 ナイカカ街の中央、噴水の傍。時刻は午後十一時。あと一時間後には日を跨ぎ、新たな一日が始まる。基本的に働くものは、朝の六時過ぎからが次の日と認識している為、零時を過ぎても前の日と見るものは少なくない。

 それは奴隷商人も一緒、護衛するものも一緒。奴隷商人も護衛するものも同じ人間には変わりない。どんな仕事をしていようとも。

 ただこの仕事は、人外に殺される確率が高い。が、お金も相応に高い。人気ではないが、一攫千金(いっかくせんきん)を狙って始める者も多い。それだけ金も人も動く。それが人外の奴隷商売だ。

 だが、それが今、崩され始めた。それも人外かどうかも分からない相手に。

「……」

 商人の傍にいる騎士は、ある方向を見る。その方向とは、辺境の地がある方向。そこから、なんとも言えない圧が近づいてくる。いや、こんな風に圧を感じるのは、人外の副王と対峙した時以来。

 ……その副王以上の圧を感じる。まさか、王の襲来か? 左手を左腰にさしている剣の柄頭に添え、近づく得体の知れない圧に対して、いつでも対処できるようにする。いや、今から正体が明かされるのだから、得体の知れない何かではない。

 圧が近づくと共に、一つの音が聞こえ始める。それは、木で地面をつついているような音。一定の感覚で聞こえるその音は……歩いている音?

 辺境の地方面の街道、暗く奥までは見えないが何かの形は見えてきた。小ぶりではなく大きくもない、人間と同じサイズの何かが近づいてくる。

 商人も気付いたのか、足音がする方向へ顔を向ける。

「……人外か?」

「分かりません」

 それだけ答え、商人の前に立つ。いきなり襲いかかろうとも、これなら商人を守る事はできる。ただ、相手によっては守れないが。

 音が強くなるにつれ夜を照らす光が、近づくものを照らす。

「……人間?」

 商人が姿を現した音の正体に安堵する。騎士は、柄頭から手を放す事はせず、こちらに向けて歩いてくる人間をじっと見る。

 こちらに向けて歩いてくる人間は、一定の感覚で歩く。聞きなれない音だが、服装も見慣れない服。いや、あれは東大陸にいる民族衣装に近い服装か。何故ここに、東大陸の人間が? いや、東大陸の人間とは限らないか。

 向かってくる人間は男性であると断定、目的は不明。ただ歩いているだけの可能性が高い。

 ――と、普通ならそう考えて声を掛けないのがいいだろう。だが、その歩いてくる人間から圧が来ている場合は、その考えは適さない。

「下がってください」

 騎士は左手で左腰の剣を抜く。細い剣の刃は途中で無くなっており、束の半分しか刃がない。

「な、何をしている? 相手は人間だぞ? 殺しはまずい」

「その人間から、殺気に近いモノを感じるんですよ」

「なんだと?」

 商人は歩いている男性を再び見る。距離は五十メートルはあるが、数分後には縮まる距離。何が目的なのか知らないが、今は相手をしている場合ではない。

 現在、理解出来ない事態から逃げている途中だ。人間に恨まれる事があるかと言えば否定できない。こんな商売だ。売られた人外に身内を殺される事もあるだろう。その恨みを商人にぶつけたいのも分かる。だが、それはお前達が上手く使えないのが原因だ。

 それに、今は非常事態。やむおえない。

「……殺れ」

「いいんですか? 人殺しはまずいのでは」

「この街にもう用はない。邪魔だけはされたくはない」

「……了解」

 この商人を守るのが仕事。恨むなよ、誰か知らない人間。

 

 二人の前に現れたのは、純。純は、構えた騎士の左手の剣を見る。途中で刃がなくなってはいるが、それでも殺傷能力はあると判断。いや、小太刀のような武器なのだろうと考えれば納得出来る。

 クロの情報では、奴隷商人の頭はあらゆる道を使い外に出ようとしたらしい。だがその周りでは、黒猫達が行動を起こしていた為に、その道を潰されたらしい。ただ気掛かりなのは、潰されようとも黒猫の網に掛からずに回避してきたこと。それを実現させる程の人間がいる。

 まさにそれこそ、頭がいる場所であると判断できる材料だった。ただ、この世界で最初の人間との戦闘になる可能性が高い事だと分かったのもその時だが。

「(先ずは前の騎士を無力化して商人を押さえる。後は考える)」

「(脳筋発想だけど、話し合いは無理そうね。ツッキーが作ったクロちゃんの友達のおかげで、ここに移動させちゃったし)」

「(どじっ子ねぇ~)」

 頭の中のあまちゃんとツッキーに話しかけると返ってくる。返答があるのはいいな。そういう意味では、頭の中にいるのは助かると考える半分、妄想癖がある奴だと見られる可能性が大。

「(まぁ、儂の為にしたんなら仕方ないだろ。それに商人を守る騎士、あんまり強そうじゃないし)」

「(ゲームなら中盤あたりに出てくるボスに見えるけど)」

 確かにそうだな。だが、死と隣り合わせの状況で、中ボスだのラスボスだの考える暇はないのも事実だからなんとも言えない。昔のように一騎討ちがあれば分かるが、数多の中で最初から最後まで一対一の状況ほど珍しい事はない。

「(儂からしたら、そんなのは関係ないがな。勝てばいい)」

「(勝負ではなく勝ちにいく。意味合いが違いますからねぇ)」

 ツッキーが肯定してくれた。そうしている間にも、距離は三十メートルになった。その時点で、右手で剣を抜く騎士。右手の剣も途中で無くなってはいる。二つの剣の特徴は、途中で刃がないところか。ただ、途中で折られたような刃にも見える。何かあるのだろう。

 この世界は魔法がある世界だ。ゲーム感覚に考えた方がいいだろう。

「(能力使う?)」

「(能力は使わない。勝ちに行くんだ、能力を使う必要はない)」

 距離が二十メートルになると、騎士は即座に構える。左の剣を中段、右の剣を下段。変わった構えだが成程、対人戦闘では理に適っている。武器を使用しての戦いでは、動きが重要になる。

 距離を詰める、距離を空ける、重心移動。攻撃には必ず動きが発生する。その動きを作り出しているのは、足。その足を守るのは、昔の真剣時代では当たり前だったが、現代の剣道では下段の構えは存在していても使い手はいないに等しい。それゆえ下段の構えは、剣道では不要の構えである。

 騎士が戦い慣れしているかは定かではないが、少なくとも足を守る理由は認識しているのだろう。ただ、小太刀程の剣では、足を守るにしても短すぎる。

「(私の存在理由が否定された……)」

「(少なくとも、能力は儂のだろ。存在理由は否定していない)」

 天照が項垂れた声を出すが、能力の所有権がこちらにある事を言っておかねばならない。いつまた無断で使われるか分からない。

 そうもしているうちに、距離は十メートルに迫る。純は一呼吸、ゆっくりと息を吹く。出来ればだが戦いを今からでも避けられないだろうか? こちらが降伏するように言えば、降伏してくれるだろうか。いや、無理だな。儂を迎撃するつもりだ。

「(若い体というのは、得だな。そう実感させられるよ)」

 頭の中にいる者達の返答を聞かずに、純は前へと跳躍する。

 

 騎士は、真っ直ぐに突っ込む純に対し、慌てる事なく左の剣の切っ先を純に向ける。同時に左の剣の先から赤い光が発せられ細長く伸び、一つの完全な剣の形となる。これは伸剣(しんけん)と呼ばれる武器を、魔素を利用して属性を付与させた剣。正式名称・魔伸剣(ましんけん)

 そもそも伸剣とは、振ることにより中にしまわれている剣身が露になり射程範囲が広がる、どちらかと言えば非力な者が扱う武器として使われている。

 直剣と比べると耐久性に難があり、折れやすい。そのため、伸剣は他の武器とのセットで使われる事が多い。

 伸剣の最大の利点は、やや離れた位置からでも斬る攻撃が出来る事ではなく、急所をやや離れた位置から突く事が可能なところだ。

 先ほどセットで使われる事が多いと説明したが、伸剣とは非常に技量が試される武器である。何せ、伸剣とは特性ゆえに脆く、他の武器と比べると攻撃力も耐久性も低く防御にも向かない。多人数向けでもないので戦いでは使われない。

 だがこの伸剣、技量が高い者が使った場合は強力な武器へと変貌する。急所を狙う事により確実に殺す事が出来る。過去に伸剣で王を討ち取った者がいた。その者には力はないが技量、技術があった。それは力や魔法だけじゃなくても勝てると証明した瞬間でもあった。

 そして、騎士が扱う魔伸剣は属性を付与した伸剣だが、本来の伸剣とは事なり伸びる部分がなく、もはや伸剣とは呼べない剣。その無い部分を補うかのように、赤い光の剣身が作り出された。

 純にはその知識がないためそういう武器かと見るしかないと同時に、魔法の剣かと考える。この世界には元素という変化する素があり、大体が魔素に変化する。つまりは魔法だ。そしてあの武器は魔法剣であると認識すればいい。ゲームの知識があって良かった、流石曾孫だ、感謝する。

 騎士の左手がピクリと動くと、純は右足を地面に着地させ、更に前へと踏み込む。その動きを見て、騎士は左伸剣を前に突き、体を右に捻りながら更に左伸剣を前に押し出す。その動作と共に右伸剣から赤い剣身を出し、次の攻撃に備える。

 この騎士の伸剣から出ている赤い剣身は、魔素によって作られた剣身。属性は火、伸縮自在の剣身である。

 そう、態々伸びる部分を排除したのは、魔素による剣身を作り出すためだった。魔素のみならば、その者の技量に加え魔素保有量が関連してくる。特に保有量は大事で、保有量が多ければ多いほど単純に強力な攻撃力に変換出来る。

 特に騎士は、かつてとある副王と戦い勝利した強者。これも単純にレベルの高い戦闘力である。ゆえにこの騎士は非常にレベルの高い者である。

 一撃目で相手の動きを制限、ある程度行動を制限させ、右の伸剣による二撃目で確実に倒す。接近戦を仕掛けてくる者に対する対処法としては定石。

 更に魔力を剣身にする事により、剣身の長さの制限をほぼ無くす事が可能。これで、一対一でも一対複数でも戦えるように、少なくとも可能となった。

 

「――!?」

 だが騎士は、接近する純との距離が三メートルになった瞬間、無意識と言えばいいのか本能と言えばいいのか分からないと考える前に、後ろへ向けて跳躍。守るべき対象の商人からも離れた。純は、騎士がいた場所で足を止め、体を真っ直ぐにする。

「お、おい!」

 商人が後退りしながらも、守るべき対象から離れた騎士を睨む。ヘルムで顔は見えないが、肩で息をしているのが分かる。

「何をしている! 早くこいつを殺せ!」

 騎士を見ている純から更に離れ、騎士に命令を下す。だが騎士は、肩で息をしながらも前に出る事はない。

「貴様はなんだ!」

 突然の怒声。それなりに離れている商人が驚く程に、その声は周りへと響いていた。だが、純は動じる事なく首をかしげる。いったい何を言いだすんだと言わんばかりの表情。商人もその表情には賛同する。いったい何を言うんだ、この騎士は、と。騎士は答えない純に対し体を真正面に向け、右伸剣で自分のヘルムを斬り飛ばす。

 顔は体格から察しるとおり、漢字の漢を〈おとこ〉と言えるような顔。時代が時代なら番長と呼ばれてもおかしくはない。そんな男が、額に汗を流し純を睨んでいる。睨んではいるが、表情がより厳しくなる理由を純は理解できない。

「直接肌に当たって、余計に混乱している」

「……よく分からないが、貴方が儂に近付きたくない事は分かった。貴方の武器は、所謂マジックソード?」

 魔法剣かと聞いているのか。知っているのに聞くとはどういう事か。いや分かっている。俺の魔法剣などただの棒きれじゃないのか? と聞いているのだろう。

「(副王クラスかと見たが間違いだ。嫌になる時間が来たな。まさか、王クラスが来るとは)」

 あの時、三メートルに距離が縮まった時に本性を少しだけ出した。圧が急激に高くなったのだ。それも副王などのレベルではない。王。それも稀に見ぬ王クラス。

 本来種族の王は、一部を除き自ら前には出てこない。王という看板はそう簡単に表には出せない。人間でいうならば、ある国と国が戦争をする際、一番最初の戦いの火種を王様が戦場に出て行う程の愚行。王とは種族の頭であり大黒柱なのだ、普通は前には出ない。

 だが目の前にいる者は、一人。王クラスの者が一人で直接、商人を攻めに来た。それでも副王クラスならば商人を逃がす事は出来たかもしれない。だがこの圧は、副王が可愛く見える程の圧。

「そうだな。確かにこれはマジックソードだ」

「へぇ、実際に見ると感動するね。簡単には攻められないね」

 よく言う、それはこちらの台詞だ。これが未知なる圧ならいいが、シンプルな圧だと実力に大きな差がある事を現実に分からされる。いや、待て。人間が相手なら会話が出来る。無論、人外相手でも会話は可能だが理解はされないだろう。

「貴様は、なんのためにここにいる?」

「あ、聞くんだ。いきなり武器を抜くから強制戦闘かと思ったよ」

 純は左手で自分の顎を掴む。顎に付いた肉を数回揉み、左手を降ろす。会話は可能、敵意は……あるか不明だが、いきなり敵と認識するのはよくなかった。

「質問に答えるけど、儂はただ、そこの男に用があるだけだよ」

 純が顎で商人を指す。用は奴隷商人か。このタイミングで商人に用がある?

「何の用だ?」

「話じゃ、人外を捕まえては売ってるそうじゃない。それは儂的に非常にまずいんだなぁ。だから、商人を捕まえて情報を聞き出して、まぁ言い方が少しだけ酷いが廃業させていただく」

「な!? な、何故だ!?」

「だって人外を捕まえてるんでしょ? それで高いお金で販売しているわけだ。それだと儂にとって困るんだ。儂の今後の生活には、お前らのような人間は邪魔でしかない」

「な、何を言う! 人外を捕まえ売ることの何がおかしい! 貴様も人間だろうが!」

「さっきの儂の言葉を聞いてないのか小僧。儂の生活の邪魔になるって言ったんだ」

「会話になっとらん!」

 純の言葉には受け答えがない。必要な情報はこちらには渡さないというわけか。ただ、一つだけは確定したい。

「貴様、先程から人外を譲歩する発言をしているが、まさか人外を味方すると?」

「あぁそれね。味方するかどうかだと、別に味方じゃない。あんた達の味方でもないけど」

「……生活のためだと言ったな。その生活に、人外の奴隷商売が邪魔だと。つまり、貴様の生活に人外が関わっているって事か」

「そうだな」

 商人は騎士と純の会話を聞くだけだが、驚きの発言を聞いた。人間と人外が共に住む? 何をバカな。その発言は人類を敵に回す発言だぞ!

「てなわけで、儂は静かに暮らしたいから、そこの人を渡してくれないか?」

「守るのが仕事なんでな、やれん」

「まぁ、戦うだろうね。仕方ない」

 純が一歩前に進むと、騎士は合わせるように構える。が、合わせるように構えた筈なのに、構えをした時には純の姿を逃していた。代わりに、両足が何かによって足払いをされ、体勢が崩れる。

 騎士は驚きの表情を作り、体勢が崩れるのを体だけが認識し、目はゆっくりと視界が下がる光景を捉えている。次に来るのは後頭部の衝撃。何かが後頭部に当たり痛みが来る。そこで目の前が暗くなり、意識が切り取られる。

 

 純は、相手が構えをした時を狙った。左の短剣を構えを取るとき、僅かにだが切っ先と対象を合わせるように調整する為に動かす癖がある。だからこそ、その癖を利用する。というよりも注意深く観察をしてきているところを狙ったと言えばいいだろう。

 懐からお金の入った茶色い袋を取り出し、横へと遠目に、相手に気付かれない程度の動きをもって投げる。相手の顔は動かないが目は動く。無意識の癖は、非常に突きやすい弱点でもある、これは生活の中で非常に役に立つ。友人関係や社会的交友にも非常に役に立つ。尚且つ、喧嘩にはもってこいの誰もが出来る必勝法。

 茶色い袋を投げた後に、純は投げた方向とは逆の方向に走り出す。斜め右前に向けて走り途中でジャンプ、着地と同時に左斜め前に向けて跳躍。やや暗いこの状況とこの服装なら、少なからずだが視界に捉え難いと踏んでおり、見事それは成功した。

 今相手は、突然純が消えたと驚いているだろう。そうなるようにしたんだが上手くいった。

 相手の左側まで潜り込むように移動し、低い位置から左足で相手の足を右へ向けて水平に蹴り飛ばす。相手の体勢が崩れ、頭の位置が下がる。純は体を左に捻ながら立ち上がり左裏拳を相手の後頭部に叩き込む。

 相手の体が前へと傾き、両手に持たれた武器を手放して地面に倒れる。

「(この状況だからこそ出来た結果だな)」

「(いやいや、普通に凄いわよ?)」

 天照が褒めてくれる。まぁ本当は褒められる技術ではない。暗殺に近い倒し方だし。

「ば、バカな…!? に、人間の動きではない!?」

 商人がいる方向を見ると、商人が腰を抜かして地面に座っている。あの位置からなら儂の動きは見えていただろうな。それに見た通り肝が座っていない。この男一人で、この商売を始めたわけじゃなさそうだ。つまりは、黒幕がいると考えるべきか。

「まぁ、大人しくはなるだろうな」

 いや、これから大人しくさせるが正しいか。何せ利益がある奴隷商売を廃業していただくんだ、こちらとしても手を抜かずに追い込むしか手がない。いや、悲しいかな。大企業一つを潰すというのはそこで働く者達の職場を無くす意味に繋がる。これは恨まれても仕方ないだろうが。

「儂の生活には不要だなっと」

 両手を軽く振り、商人に向けて歩き出す。保険に加入してなさそうだけど、こいつのように稼いだ奴等は暫く慎ましやかに暮らせるだろうな。お金持ちはいいねぇ。

 

            ▼

 

 奴隷商売は、仕事の内容としては難しく、それだけ多額のお金が払われる。その奴隷とする人外によって払われる金額が大きく変動する。労働として、護衛として、家畜として、商売として。多種多様な使われ方があるが、一番大きくお金が動くのは、観賞用の奴隷が多額のお金が動く。過去最高でも十億イン、日本円にして百億のお金が動いた。それだけ奴隷商売には夢がある。ホームレスが億万長者に現実的になれる商売。逆に億万長者であろうとホームレスであろうと失敗は死のみ。まさにハイリスク・ハイリターンの仕事だが、夢があった。

 そう。あったのだ。

 その日は突如、現れた。奴隷商売の廃止。それも第三者の手によって。その日より一つしかなかった奴隷商売が終わり、夢のある仕事は儚く終わった。それにより強く前に出始めたのは人間。ではなく、人外。

 奴隷となった者達を救わんと、一部の王達が立ち上がり強く言葉を発した。

「今こそ、我ら同胞を救う時だ。人間共から家族を救う時だ」

 その日より、より一層、人間と人外の間に深い溝が作られ、激しい戦禍を生む種が作られた。その情報が人外側から流され、奴隷を持つ人間は、次々に奴隷となった人外を捨て始めた。

 中にはその力に手放さずにいる者、殺す者も、人間に服従する人外もいるだろ。

 ただ、これだけは言える。

 第三者の手によって、世界は新たに動き始めた。それが、ただ第三者が安定な生活をする為だったとしても。

 

            ▼

 

 純は、ある種の困惑をしている。理由としては奴隷商人のせいである。確かに売り物となって売られた人外の数は、少ない部類に入るのだろう。だが、奴隷商売を始めたであろう時期から今までに売られてきた人外と動いたお金が余りにも大きすぎる。

 中には野良人外が含まれているが、大半は人外、それも力無き子供が多い。これは、余計なことに手を出したの範疇(はんちゅう)を越えている事態ではないか? と、流石の純も頭を抱える。いったい死んでから今日まで何回頭を抱えてしまったんだろうか。

 奴隷商人は、この街に数名いたらしく、その中でも一番上は純が見つけた男だ。クロの仲間が捕まえた商人の情報でもこの商人が元締めだと確定された。

 そこで初めてクロの仲間を見た。黒猫だと思ったが人型で現れたから、黒猫が本来の姿かと聞いたところ、人も猫も本来の姿と説明され、そういうものなのかと納得する。同時に、黒猫達はクロと同じく男装女性だと聞いた。シロが女性的でクロが男性的かと何となく納得。

 話を元に戻すが、二人の商人の他にも関係者を数名拘束。この場合どうすれば分からないし、この商人達がやってきた実績が素晴らしい黒字経営をしていたので、今までの苦労を労う気持ちを込めて、人外に引き渡す事にした。

 それに、商人達を人外に引き渡し、ダークエルフの女の子や助けた人外もきっと後押ししてくれれば、儂が人外の味方であり、大人しくスライム達と暮らすと公言し、関わらない為の誓いを立てれば、辺境の地で静かに暮らせるかもしれない。

 困惑を解消する為に考えたが、意外といいんじゃないか? いやいいじゃないか、うん!

「となったよ、クラリスちゃん。ただ、捕まえられていた人外の仲間がやや多いから、丁度日を跨いだ今ならまだ暗いし、脱出出来ると思うよ」

 純は宿に戻り、事の顛末を話した。それを聞くに、ダークエルフの王の娘であるクラリスはゆっくりと涙を流し頭を下げる。ので、純はクラリスの顔を上げて、目を合わせる。

「頭を下げなくていいって」

「ですが、これは全人外が成し得なかったこと。それが今、達成されたのです。頭を下げるだけでは足りませぬ」

「……いや、本当に大丈夫なんだけど」

 純からすれば、元締めを見つけて護衛の一人を倒して元締め確保という簡単な仕事をこなしただけの話。むしろ感謝すべき相手はクロと黒猫達だ。後ろめたい感が強いから、この話は一旦切る事にする。

「今すべきなのは、クラリスちゃんを含めた仲間全員を外へ出す方法だ。クロ、奴隷としてきた人外の運搬方法は?」

「それは私が説明します」

 クロの隣にトレンチコートを着た男性――いや、女性が片膝を床に付け、こちらを見て言葉を発する。クロと同じく男性に見えるし、声も中性的だ。宝塚に行かなくてもボーイッシュな彼女が儂を見る目は、クロとは違う眼差しを向けてくる。

「私が得ました情報では、荷車に人外を乗せて入ったようです」

「荷車に? バレないのか?」

「黙認、との事です」

「……協力者か。まぁ、だよな」

 地下からって考えたが、この地域と地帯から地下は無理そうだと考えは出来る。理由は、やはりというか人外が該当するだろうな。この街は人外が目とは鼻の先くらいの距離間隔をもって生活している街。人外への目は強く光らせている筈。なら、地下を作ってあったとしても、忘れ去られる、放置している筈はない。それだけ厳しく管理されているであろう。ただ今回のようにお金欲しさに危険な橋を渡る奴等がいるから、管理が甘くなる…か。

「人間、欲には勝てないな。これは反省すべきだ」

 頭を掻きながらの言葉。自分が悪いわけではないが、同じ人間としてその欲は分かる。同じ立場なら、人外を下に見れる欲求が満たされるんだ。だから、その欲求を満たしていた奴を見つけて、この時間帯に人外達を逃がすか。

「クロ。黙認している協力者を見つけて黙認して頂けるか聞いてほしい」

「分かりました。では彼女達も連れていってもよろしいでしょうか?」

「ほう。自信があると?」

「主の考えより先を見ますので」

 なにその返し、イケメン過ぎてこれ以上言えない。クロが立ち上がると、名前はまだ聞いていないが黒猫も合わせるように立ち上がる。

「救出した人外を連れてきますか?」

「勿論だ。他の猫達にも報告しておくように」

「了解しました」

「ではクラリスさん。行きましょう」

「……出られるんですか?」

「私達にお任せ下さい。無事、安全圏までお連れ致します」

 クロがクラリスを見て軽く会釈をする。純は、クロは男じゃないのか? と軽く疑いを持ってしまう。別に元男でも差別はしないから男ですと言っても構わないぞ。まぁ、つまりそれは、男に好きですと告白されたも同然だが。

「(シロはクロみたいに表には出ないのか?)」

「(クロとは違い、私は内側からご主人様をサポートいたします)」

 メイドさんが儂の中で生活している。この文だけで頭がちょっとおかしい人の文のように読める、不思議だ。猟奇系のテレビドラマなら使われそうな言葉ではあるが、何分生前で猟奇殺人なぞ当たり前だった時代を生きてきた。サイコパスなど、当時からすれば戦いの中では百人中百人がサイコパスのような人間が所々にいた時代で生きた人間からすれば、忘れられぬあの日の思い出を思い出す程度の認識でしかない。耳や鼻を削ぎ戦果とする、なんて頭がおかしい思いだ。首を持ち帰るのが大変だから部位にしようぜ! みたいな考えから現実にしてみせた奴等の方が猟奇的だと考える。

 故に、メイドが儂の中で生活している、という文は非常に花が舞っているようなロマンチック溢れる文であると断言できる。

「(儂よりクロと黒猫の方がイケメンだよなぁ。バレンタインとかチョコ百個貰いそうな奴等だ)」

「(安心してください。私はご主人様に本命チョコを送らせていただきます)」

 同情の言葉を頂いてしまった。まぁ、これでも儂はチョコをそれなりには頂いていたぞ? ……家族限定だがな。

 などと言いながらも、純は大きな欠伸をする。ここまで体を動かしてきたがもう限界だ、眠い。そういえば今日は動きっぱなしの一日だ。食事も、考えてみれば二日間食べていない。流石に体力の限界だ。ただ、お腹が鳴らない。空腹の限界を越えたか?

「まぁ、あとは任せたよクロ。クラリスちゃん達を無事、返してあげて」

「お任せ下さい」

 クロと黒猫が純を見て会釈し、クラリスも会釈をする。

「本当にありがとうございます。必ずお礼はさせていただきます」

「気にしないでよ。ほら、早くしないと逃げられないよ?」

 左手で軽く手を振りながら、軽く発言する。明日は食事をし、調理器具と食料と本を見なければならない。あとは、ギルド。ギルドの存在は確認したい。いったいどうなっているのか把握が大事だ。なにせ住む場所がスラ君達がいる場所だからな、出会いたくはない。

「(それに商人がいなくなり奴隷商売がなくなったとしても、黒幕がいるんじゃあな)」

「(でしたら、そこは白猫が調べましょうか?)」

 シロが調査の提案をしてきた。確かに黒幕を調べて排除しなければ、またいつか始まってしまう。芋づる式になるだろうが、全ての根を文字通り根刮ぎ取らなければ解決しないだろう。

 それに、関わってしまったんだ。こういう悪党とはもう関わり合いたくはないし、また出てこられても困る案件。人外とは多少関わってもいいだろう。

「(確かあの黒猫が、黒幕を知る手懸かりを得たんだよな。黒と白で行ってくれ。やり方は任せる)」

「(かしこまりました)」

 これで、少なくとも邪魔な相手を知れるだろう。とりあえず、今は寝る。寝かせてほしい。若いからこの時間まで起きてられたが爆睡不可避だろうな。まったく……第二の人生の方が、最初の人生よりも苦難になるのか? 戦争が起きた場合、人間だけでなく人外を相手にする場合も含めれば、最初の人生より奇妙奇天烈な時間が待っている事だろう。

 楽しむべきか悲しむべきか分からないな。まったくもって、遺憾である。

   

            ▼ 

 

 時刻は一時三十分。イルナイ街が人外に占領されてから三十分。一人の人外がナイカカ街から一キロメートル離れた位置を、走っている。フリルを蹴らず汗を流さず、やや蛇行気味に走るその姿は美少女によって表されている。月の光が美少女を照らし、黄色の服が輝いているように見える。

 きっとこの現状を離れた位置で見れば、それは一枚の絵となるだろう。月明かりの下で走る黄色い妖精。その絵だけで一時の心の癒しになるに違いない。ただ、走る少女の表情は憤怒に近い。地獄の釜を蹴飛ばして開け、釜をガラスに叩きつけても怒りが収まらないであろうその表情は、一枚の絵画に載せるべき表現だろう。

 彼女はただ、ナイカカ街にいる友人を連れ出すだけ。勿論、状況により他の者達も来る手筈を控えている。イルナイ街を制圧したオークと狼。この二つの種族が背後にいる。

 蛇人である彼女には、忌まわしき人間の血が色濃く出ている。それが蛇人として生まれてしまった彼女にとっては関係のない事だが、それでも蛇人を少なからず嫌う人外がいる。

 蛇人は、人のように二本足で立ち手を使う、人のような構造をしているだけであり人間とは全くの別物。血の色も筋肉も肌も臓器も人間とは比べ物にはならない程に。

 蛇人とは、生まれながらの天才が多い。それは人間の血を持っているからこそだと言われている。理由の一つとして蛇族にも関わらず、元素を蛇素だけではなく他の素に変えその力を使用する事が出来る。それはまさに、勇者のスキルと言えるだろう。故に蛇人とは天才が多いと言われている由縁であり、嫌われる要因の一つでもある。

「?」

 蛇人は先端が二股に分かれた舌を出し、チョロチョロと動かした後に口の中に戻し、空気中のある成分を取り込む。

 それは元素であり、他の素であり、匂いであり、振動であり。空気中にある成分と現象、地面からの現象から、自分から離れた位置に何があるのかを察知する事が可能な蛇族。蛇人も例外ではない。

 蛇の機能を持つ蛇族は、戦いの中では主に索敵として機能している。暗闇の中でも振動と熱、赤外線を用いて行動出来るため、隠れている、もしくは偽装をしている敵を見つける事が可能。蛇系統の人外特有の力でもある。

「あれは、まさか!」

 蛇人がその力を使い見つける、ある者達。そのある者達とは、人外である。数は百体ほどおり、様々な種族がナイカカ街から離れている。その種族達の一番前に、見覚えのある体温と匂い。間違いはない、間違う筈がない!

「クラリス!」

 蛇人が跳躍し、人外一行の前に着地する。着地した前には、純が助けたクラリスがいる。それも変わった服を着ている。いや、それは後で聞く。

「ネル!」

 クラリスが空から降ってきた蛇人を見て、喜びの笑みで迎える。ネルと名前を呼ばれた蛇人は、クラリスの元へと近づくと、持っている傘と被っている帽子を捨ててクラリスを抱き締める。

 ネルの名前を聞いた他の人外達は、慌て気味に腰を低くし、礼の姿勢になる。ネルとは、それほどに有名な人物だとすぐに分かる光景である。ネルは抱き締めるのを止め、すぐにクラリスの顔を見る。

「大丈夫? 怪我はない?」

「えぇ、大丈夫よネル。助けに来てたのね?」

「当たり前じゃない。妾の大事な親友じゃ、助けにいくのは当たり前。じゃが、その必要はなかったみたいじゃな」

 流石はクラリス、頭を働かせ仲間を連れて逃げてきたか。ダークエルフの姫であり、頭の回転の早さには他の人外をも退かせる。妾から見ても、クラリスは人外にとって必要不可欠な存在だ。彼女がいれば、人間との戦争があっても敗北はしないだろう。それほどの頭脳の持ち主だ。

 クラリスから手を離し、周りの仲間を見る。皆奴隷として連れてかれた者達だ。彼らの家族は彼らを待っている。皆が力を合わせてナイカカ街から脱出したのか。流石クラリス、流石仲間達。だが、クラリスの服装はなんだ? 人間の服装か?

「その服はどうしたんじゃ? 見たところ、人間の服じゃな? 人間の匂いが付着しているぞ?」

 そう言うと、クラリスの体温が上昇。ネルの目に映るクラリスの熱に変化が発生、主に顔の部分だ。

「こ、これは、純様から頂いたの」

「……純様?」

 クラリスの口から聞いたこともない名前が発せられた。他の人外を見れば、皆が顔を上げてネルを見ている。

「その方が、我々を助けて下さったのです!」

 助けた? いや待て、その純様とやらは、何者だ? それのみが頭の中を駆け巡る。ナイカカ街は、いくら辺境の地に近い所だとしても人外が住んでいるとは考えにくい。ならば人間が助けたのか? いや、余計にありえない。人間は妾達人外を敵と認識している。それは歴史が証明しているし経験している。人間とは、愚かな種族だと。だがそれでは説明がつかない。クラリス達が脱出した理由にはならない。

「聞いて、ネル。余達を助けたのは、人間だ」

「な!? 人間が!?」

 ネルが驚きの顔を作る。当たり前だ。人間が人外を助けるなど考えもつかない。いや考えられないのだ。

 まさか騙されているのか? それか催眠術にでも掛かっているのか? もはやそれしか考えられない事態だ。

 

 ネルはクラリスから聞いた。クラリスが捕まった経緯も、売られた経緯も、逃げた経緯も。そして純と出会い助けられた経緯も。それだけで、ネルの頭の中は混乱の渦になっている。何より驚いたのは、奴隷商会の重役が数時間前に捕まったこと。その捕まえた重役の人間は、捕まった人外を乗せた荷車に乗せられていた。その純様とやらが引き渡したようだ。

 クラリスの服もナイカカ街から出た際に、クロという純様の付き人が渡してくれたとか。直接渡されたわけではないが、それでもクラリスに服を渡し風邪を引かないようにしたのだろう。時間も時間だし、眠そうだったから仕方がないと残念そうな顔のクラリスに、小さくだが純様とやらに会いたくなった。

 ただ……というのだろうか。人間は信用できない存在だ。奴等は卑怯な手を平気で使う野蛮な連中。まぁこちらも強く言えない。一部の人外も野蛮な連中がいるから、ここはどっこいどっこい。

 だが、奴隷売買をしていた首謀者を渡したのは素直に感謝するべきだろう。これは、人外の新たな一歩になる。いや、大きな一歩だ。

 

「スライムと共存?」

「えぇ。純様はそう言っていたわ」

「……騙してるんじゃないのかい?」

 感謝すべき対応をしてくれた姿形を知らぬ人物に、まだ疑いの目がある。当たり前だ、罠かも知れないからだ。ただ、メリットがない罠でもあるから、あながち嘘ではないだろう。

「余は純様と話しその気持ちを聞いた。余達は純様に感謝しなければならないのだ。それも大きな感謝を」

 両の手を合わせて祈るように言うクラリスの目は真剣そのもの。騙される筈がないと、ネルはクラリスの力を知っているからこそ、嘘は言っていないだろう。だが長い歴史になかった人間と人外の会合に信じられないと疑いの目を持つことは仕方ないとしか形容できない。歴史は繰り返す。妾の先祖が人間と結婚した歴史があるが、敵対してしまったのだ。今回もそうなる可能性が高い。

 今の内に関係性を切ればいいと言ってやりたい。だがその人間の功績は、人外から見て非常に進展がある功績なだけに、切ればいいと言えない。何よりもクラリスが嬉しそうなのだ。言える筈がない。

「分かった。妾はこれ以上は言わぬ。クラリスが無事なら、これ以上は言わぬよ」

「ありがとう、ネル。確かに信用できないのは分かる。余もネルと同じ立場ならそう考える。だがこれだけは分かってほしい。純様だけは信用できる人間だと」

 真剣な顔で訴えるように発言するクラリスは、なんて献身的なのだろうか。それだけ嬉しいのだろう。ならば、少なからずだが、その人間を信用しよう。

 それに、その人間の戦闘力は話を聞く限りだが……殺し慣れているとしか言えない。躊躇いもなく人間三人を十秒足らずで制圧するなど、それこそ実力がある証拠でもある。確かに実力があろうとも、不意打ち気味に行動されれば撃退されるだろう。だが、だからといって、喉を狙うのか? それも同族相手に、喉という急所に向けて平気に攻撃が出来るか?

 信用するしないは関係ない。そんな人間、こういう形で知り得なければ、確実に無視をしている。関わり会いたくはないとな。

「皆の元へ帰ったら、お礼をしに辺境のへ向かうと思う」

「そうか。ならばその時は妾も行こう。お礼を言いたいのでな。今は皆を無事に送り届けるのが最優先だ。あとは……捕まえた人間の処罰だな」

 

            ▼▼

 

 この場所は知っている。丸い卓袱台と六畳の畳。周りは暗闇の一言に尽きるこの場所は、精神世界だ。昨日来た場所だし、天照と出会った場所でもあり、白濱 純という人間が現在どういう状況なのかも知った世界。

 純は思う。欠伸をして、クロと黒猫にクラリスちゃん用の服をこさえてもらって、外まで無事に送り出したクロが儂の中に消えた。最後の文だけ意味が分からないが事実なので何も言わない。

 眠くて寝た筈なのに、この世界では眠くない。精神世界だからだろうか。ただ熟睡は出来なさそうだな。起きたら気だるさで精神が苦痛になる。まぁ今回はこの世界に来た理由はあるといえばある。そう、月読命ことツッキーの姿だ。

 多分だが天照ことあまちゃんのように儂の力を使って人の姿をしているに違いない。そしてまた裸だ。何故裸なんだ? 服をくれ、服を。

「来ていただきありがとうございます。月読命ことツッキーと申しますぅ」

 胡座状態の純の前に、卓袱台を挟んでツッキーが軽く会釈をして顔を上げる。裸状態だから分かる。あまちゃんよりも体のスペックが高そうだな。

 銀髪の長髪。綺麗な顔つきだがどこか甘えが抜ききれてない。とろんとしている目とはこの子の事を言うのだろう。そしてあまちゃんよりも大きなものが銀髪で隠されている。

 あまちゃんとツッキーの二人が揃って座ると、席替え方式の出会いカフェとやらに行ったら、こんな女性達と同じ席になって話をするのかもと考えたら……肩身が狭い重いなだけである。それに正直に言えば、儂には手の届かない領域の美人だ。だから逃げ出したいのだが…。

「これはまた、またえらく美人さんが出てきたな」

「ありがとうございますぅ」

「ちょっと。私の時はそんな台詞無かったわよね?」

「覚えがありません」

 黙秘権を行使しつつ、ツッキーを見る。よし見た、どういう容姿か判明した。後はもういいや。

「ちょっと純。貴方、何者なの?」

 あまちゃんが純を指差して言う。急になんだ? 人に指差しするなと教わらなかったのか? まぁ厚生プログラムだし、知らないのも無理はないだろうな。

「儂を調べればいいだろう?」

「本当なら準備をして、今回の物語の主人公の人生を振り返り、どんな設定のゲームにするか決めて始めるの。結構手続き大変なんだからね?」

 あまちゃんの指差し確認に純は素直に頷く。実際大変なんだろうなと考える。何せ罪人は多くいるだろう、何人か何十人か何百人か分からないが、その数字だけでも分かる。捌ききれないだろうなと。

「胸が見えとるぞ」

「いいじゃない、夫婦なんだし恥ずかしくないわよ」

 呆気らかんという奴だな。儂は決めてない……が、別にいいやとか考えてるあたり肯定しているようなものか、と。否定する時は否定しないとダメだな……。まぁ、否定したらしたで面倒だからしないが。

「私とも夫婦ですよぉ」

 ツッキーが両手を合わせ、顔を軽く横に傾けながら言う。分かってるよ神話レベルの名前を持つ女性よ。

「それよりもこれ!」

 あまちゃんが左手で卓袱台を叩くと、中央に薄型テレビが出現し、ある映像が流れている。これは、あの怖い騎士の戦い……というか不意打ちの映像だ。そう言えば、儂の動きがどうなっているかまだ分からなかったな。この体であの動きは、生前よりはまだまだ遅かったが…。

「この動きは、人間の体の構造上不可能に近い動きよ。出来たとしても体に負荷が掛かる。けど純は平然とやってのけている。どうして?」

「出来るんだから仕方ないだろ?」

「いやいや、出来るのがおかしいのよ」

 天照は、死んだ人間を何百年単位で見てきたし、それこそ何万人規模の人間を相手に厚生ゲームをさせてきた。だからこそ分かる。人間はどこまで行っても人間だ、不思議な力を有しているのもたまにはいるがそれは恩恵なだけ。中には天才も多くいるが、人間としての天才だ。神、仏からすれば、簡単に与えられる技能の範疇にすぎない。

 だが、純のこの動きは人間ではない。神でも仏でもこんな動きは出来やしない。考えられるのは人体の構造が他の人間とは違う、と考えるしかない。実際に突然変異遺伝子を持つ者や特殊な力を有するものがいる。ミオスタチン関連筋肉肥大という、所謂超人体質と言われる病気が存在してもいる。だが、純の体を見る限りはそれはない。お腹が出てるし。

「(まぁ、細くて身長高くてカッコいい男性の方がいいけどね。とか言いつつ、純に決めたわけだけど)」

 何せカッコいいと思う男性の本性の酷さをその男性の死後を見た、それを何百年も見てきたんだ。見た目と中身が最高なのは少ないだろう。まぁ罪人しか扱わなかったから、ゲスしかいなかったのが本音。

 後は、いやこれが本当なんだけど、恋人やら結婚やら出来るのは現状純だけだ。いや力を使えば外には出れるだろうが、それは流石に純に対しては酷い仕打ちになるだろう。

 ……一応、どんな人生を送った人物なのかは小さくだが知っているし。

「物心ついた頃から両親と修行みたいなのしてたしな。数年後に両親は消えるんだが」

「……純の体が気になるわね」

「あらあら、あまちゃん? 欲求不満?」

「――そうか! 私、人の体を持ったからムラムラとか欲求不満とか出来るじゃない! 子供も出来る!?」

 あまちゃんがツッキーを見て、驚きの顔で聞く。誰かに聞く時の顔じゃないのは確かだな。

「出来るわよぉ。必要な臓器が揃ってるでしょ? それに種だってそこにあるじゃない」

「よっしゃー!!」

 あまちゃんがその場で立ち上がり、両手を天に向けて突き上げる。卓袱台の中央に出現した薄型テレビが突然消え、あまちゃんの姿がより見える。全裸だから全部丸見えなのに。いや、そこよりも気になる言葉がある。

「……臓器って……」

 ツッキー意外と言葉のチョイスが生々しい。純は小さく息を吐きつつ、話がズレているのに、と思う。

「子供はいいから、儂の事を知りたいんじゃないのか?」

「子供が大事よ純! 純は不妊検査とかしたことある?」

 話がズレているどころか、純の人間とは思えない動きの謎を解明せずに子作りの話をし始めた。なんだかゲームとか漫画みたいなハーレム展開に、純は深い溜め息をする。リアルでこんなのに遭遇すると、後々が面倒で嫌になるんだなと分かった。

「……ないよ」

「ならしてちょうだい。今ここで検査しなさい」

「……一つ聞くが、ここは儂の精神世界なんだろ? 現実なら分かるが精神世界とやらじゃ出来ないんじゃないのか?」

 ここは純が作り出した世界ではなく、天照が純の能力を使用して作られた場所。当然だが肉体は無い。精神で子供が出来た場合、実態の純は不必要と考えられる。

 純からすれば、それが可能だったとしても精神世界でしか子供に会えないのはちと寂しい。子供のおかげで今の純がいるようなものなのだ。

「……ツッキー医師?」

「はい。ツッキー医師の見解ですが、私達は肉体を持ったと言っても純さんの言う通り精神世界での話しです、子供は許容範囲外だと考えられます。この場合、実態を持って現実世界で子供を授かれば精神世界で子育ては出来ますが、育つかと言われればなんとも言えないと、ツッキー医師は発言させていただきます」

「つまり、現実世界なら出来ると?」

「えぇ。ただ、現時点では難しいかな。私達は元々、精神生物みたいなものだし」

 ツッキーの話を聞きながらその場に座って真剣に聞いているあまちゃんを、純は卓袱台に肩肘を置き、二人の光景を見る。今まで声のみでコミュニケーションをとっていたのだろう。どこまで作られた厚生ゲームなのかは分からないが、どちらにしても精神のみで肉体を持たない天の声だった二人。肉体を持ったというのは、嬉しい事なんだろうな。

 確かに美人二人だが、儂が不釣り合いの相手だな。今はこちらの生活環境を整えるのに手一杯だが、安定したら肉体を持つ方法でも考えるか。多分、この世界にもイケメンでスペックが高い奴がいるだろうし。

 儂に対する気持ちは、一種の諦めも含まれているんだろう。だって、まだ会ってから二日目だもん、性急過ぎる。スピード結婚とはこんな感じなのだろうか。だとすれば、祝いも糞も出来ないじゃないか。同棲してから決めてくれ。

 あ、今同棲中か。洒落にならん。洒落にならんが、長い間、精神体みたいな存在だったし、それに……。

「それにしても、ここは寂しいなぁ」

 周りの景色を見ながら言葉を発する。周りは暗いまま、あるのは卓袱台と畳だけ。いくら精神世界だとしても、寂しすぎる。今考えれば二人はこの暗い環境だったのかも知れない。流石にそれは……可哀想だな。少し反省。

「変えられないのか?」

「出来るわ。出来るけど……その……」

 あまちゃんがモジモジする。言いたいけど言いにくそうだ。仕方ない、助け船でも出すか。

「変えるのに儂の力が必要なら使えばいい」

「――え!?」

 即座に反応する天照。両手を卓袱台に叩きつけるように置く。どこか目がキラキラしているし、もう何も隠してない。恥も外聞もないな。

「今考えればお互い被害者。なのに儂だけ力がありあまちゃんにはない……かは分からないが、少なくとも自由に生活が出来ないくらいの力しかない。だが儂は、飛ばされた世界では能力とやらは使わん。けどそれだと宝の持ち腐れっちゅうやつだ。だったら、使い方を理解できるやつに使わせた方がいい」

 これは今考えたんだが意外といいかも知れない。というより、能力が分からないのが本当のところ。確かあの子供は色々とか言っていたな。限度がない能力ほどつまらない能力はないぞ、第三者的には。俺最強系主人公ほどストーリー重視にしなければならない物語はないだろうな。

「まぁ、限度を考えてくれればそれでいいが――」

「ありがとー!」

 あまちゃんが卓袱台を踏み台に純にタックル――ではなく抱きついてくる。

一応は受け止めたが、卓袱台が踏み台にした衝撃で何故か消滅する。

「あらあら大胆ねぇ。羨ましいわぁ」

 ツッキーもよく分からない人だが、よくよく考えれば、儂は運が良いのかも知れない。何せこの二人は、プログラムとはいえ能力とやらが使えるし、クロは行動派だし、シロは……まだ分からないが、フォローしてくれるだろう。

 強くてニューゲームとやらではなく、強くてチートが使えてニューゲームみたいなレベルだ。最悪、儂のレベルが一でも他がレベル百なら、助けてもらうにこした事はない。その代わり、儂は相応の恩を返すわけだが……今のところは生活環境くらいかな。

「当たってるぞ」

「まだ当たってない!」

「胸だよ、子供じゃないよ」

 

            ▼▼

 

 辺境の地で、ある者達が動き始めている。夜、月明かりのような光が森林の隙間から照らし緑色の草が光を帯びる中、数百体規模の比較的小さな物体が群れを成して歩いている。

 体がやや細く、体に対して頭がやや大きい物体。いや、人外と言えばいいだろう。腰には汚れた布、飢餓とも言える体、手には木の棍棒、斧、槍を持つ人外。

 純がこの世界に現れて最初に出会った人外、ゴブリン。純曰くエセゴブリンの軍勢。ゴブリン達はある方向へ歩いている。その方向は見廻りが拠点としている洞窟。純が捕まっていた場所でもあり、ゴブリン達が純によって殺害された場所でもある。

 ゴブリン達の先頭を、他のゴブリンよりも大きなゴブリンが歩く。そのゴブリンは他のゴブリンと違い脂が乗っている、肥満体型のゴブリン。歩きは遅く、汗を流し、やや息切れをしているゴブリンは、体型とは不釣り合いなペンダントを五つ付けており、両手にも値段の高そうな指輪が付けられている。

 姿形とは似合わない肥満体型のゴブリンは鼻を鳴らし、ある匂いを嗅ぎ分ける。

「み、み、水が近くに、あるぞぉ!」

 水の匂いを嗅いだ肥満体型のゴブリンは真っ直ぐに走り出す。鈍重な足音を奏で、奏でる度に小さく地面が揺れるその走りは、森を作る木々を両手を使い薙ぎ倒す。体格からは分からないその力強さをもって、肥満体型のゴブリンは目的地へと到着する。それは川。魔湖へ続くとされる川だ。

「水だぁ!」

 肥満体型のゴブリンは川へ向けて、先程よりも地面が揺らぐ。背後にいたゴブリン達は揺れる地面に倒れないように前進。先頭が川のある空間に到着する頃には、肥満体型のゴブリンは川へと飛び込んでいた。

 大量の水が肥満体型のゴブリンの体重で空へと舞い上がり、周りに撒き散らされる。無くなった水を補給するように水が流れ、肥満体型のゴブリンの体を覆い込む。

「ぷっはぁー! 生き返るなぁー」

 川の岸に体を寄り添い、まるでお風呂感覚で肩まで浸かる。ゴブリン達は入水中の肥満体型のゴブリンの側まで行くと、一体のゴブリンが前に出る。

「お疲れさまです、ドルム副王」

「本当だよぉ、疲れた疲れた。あとどのくらいで着く?」

「このペースでしたら、明日の昼には到着します」

 一体のゴブリンは、ドルム副王と呼ばれた肥満体型のゴブリンを見て答える。ゴブリンだけなら今日の昼には着く予定、いやもう少し早めに到着する。それを阻害しているのが、このドルム副王だ。

 体型で分かるように、ドルムは肥えたゴブリン。それもその筈、ドルムが肥えている理由は野良人外及び人間を食しているから。同じ副王であるルーキン副王と対立している。だがドルム副王はルーキン副王にはない力がある。その力で副王の座に付いたと言っても過言ではない。

 ドルムもルーキンも、昔はただのゴブリンであった。ただ他のゴブリンと違うのは、ルーキンはゴブリンの中では頭を使い自らの体を鍛えるゴブリン。ドルムは過食症とも言える勢いで死んだ野良人外を食した。野良人外は魔物と言える存在、つまりは魔素の塊である。食す事により僅かだが魔素を取り入れられ、自分の力とする。簡単に言えば回復だが、ドルムは食す事のみを続けた。その過程でドルムは、本来のゴブリンよりも大きく、脂肪が付け始めた。ドルムを怪力とも形容出来る力を得た理由は――人間を食したからである。

 人間は元素を体内に保管するだけでなく、人外同様に肉体に小さく変化を与えていた。その変化によるのだが食す人間と食した人外に、ごく稀にだが相性が合う瞬間がある。相性が合えば食した人外に、その種族の中では到底辿り着けない程の力を得るとされている。勿論、それは逆も然りである。だが、この行為は同種族から嫌悪され、外れ者と言われる。

 ドルムは外れ者でありながら副王に選ばれたのは、元々ゴブリンは昔から人間を食した歴史があるからであり、そういうゴブリンが昔は必要不可欠だった。力無き時代のゴブリン達の武器として食人行為をしていた。今では良しとされてはいないが、そこは暗黙、誰も言わないデリケートな部分となっている。

「明日かぁ、遠いなぁ」

 ドルムが川にプカプカ浮かびながら空を見てダルそうに言うが、近くに来たゴブリンからすれば、お荷物の副王ほど邪魔なゴブリンはいないと思う。だが、強いのも事実。副王たる称号は伊達ではない。

 ドルム、ルーキン。この二体がゴブリン達の副王であり、才能のドルムと努力のルーキンという対極の二人でもある。

「では、私達が先に見てきますか?」

「いやいや、ここは副王であるおれに任せてよ。明日着くなら、明日まで頑張るぞぉ! えいえい、ぐーー!」

 笑顔で右手を上げるが、最後の最後で寝てしまう。その姿に部下であるゴブリン達は溜め息をする。このデブが副王であり上司だとは、不幸であると。それに勝手に行けば殺されてしまう。同族食いという禁忌すら食べる副王ドルム。

 食べられるのは勘弁願うゴブリン達は、共通の気持ちを心の中で叫ぶ。

 明後日に着くな、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ