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亜人の王  作者: バゥママ
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第四章 寄り道

 あまちゃんこと天照(あまてらす)と同じ厚生プログラムの一つであるツッキーこと月読命(つくよみのみこと)が、魔湖の中に眠る最初の王にして天使であるロスト様の銅像の中にいるのを純が発見。互いの考えの違いによりツッキーは純の中に移動してしまう。

 ツッキーの作りし二人の女性も純に仕えるとのこと。悩みの種が頭の中に居座ってしまったが、人の街に今後必要になるであろう情報を手に入れに向かったのだった。

 

            ▼

 

 純は午後六時半頃、辺境の地から近い街へと訪れ、一番安い宿を借りることが出来た。

 今は宿の亭主から教えてくれた飲み屋を目指して歩いている。容姿は羽織を消しただけ。歩く道は外と違い舗装されており、街灯が道を照らしている。やや広い道で、時々荷車を引く馬とすれ違う。

 服装だが実に様々であるが、昔の西洋のような服装が多い。ただ、時々だが、冒険者のような鎧を着ている男性、女性を見る。下半身が軽装だがそれなりの防具をしている。見た限りだが、剣と弓、槍を持った冒険者を見た。

 ただ、儂の服装が特殊なのか、市民か貴族の方々、冒険者のような方々に見られている。まぁ下駄だから盛大に音が鳴るわけで……。

 見られながらも目的地に到着はした。それなりに大きな建物で、入り口はウェスタンドアと言われる形の扉だ。純が入ろうとするが、扉の横に冒険者ギルド専用と書かれた看板を見つけた。どうやら亭主が教えてくれたのは、冒険者が集う酒場だったらしい。これは入れないと思い別の酒場を探し始める。

 出来れば宿屋から近いところがいいが、外側に近いからか、ギルドの関係上なのか、外側付近の酒場は冒険者のみの酒場が多い。情報の交換なり仲間集めなりしているのだろうな。つまりは登録のようなのがあるのかも知れない、冒険者カードみたいなのが。なら冒険者のみというのも納得する。

 折角、それなりに情報を得られる場所があるというのに、結果は入れないときた。

 最初の酒場を合わせて六件見つけたが、何れも冒険者のみ。流石の純も溜め息しか出ない。遂には壁に寄り掛かりながら地面に座ってしまった。

「ここは、どれだけ冒険者向けの飲み屋があるんだ。辺境の地から近い場所とは思えない立派な所じゃないか」

 確かに大都市とは言えないが、それでも街としては立派だ。冒険者向けの飲み屋がそれなりにあると言うことは、それだけの数がいると見込んで店を開いているんだろう。理由は考えれば分かることだ。辺境の地でも、ここは人外とは非常に近い目と鼻の先とも言える距離だ。そこに冒険者然り兵隊然り常駐させるのは当然。非常事態に対しすぐに行動出来るようにするのも当然。考えられているな。なら、ここには登録所があるのだろうが、どちらかと言えば人外派なので登録は絶対にしないが。

「ウダウダしても時間の無駄使いだ。この格好なら、それなりな場所でも通用するかな」

 純は立ち上がり、服を両手で叩く。通用するとは、冒険者ではなく普通の食事場。庶民、貴族が入るような店だ。

 冒険者なら冒険に関する事が聞けるし、冒険者ならではの話も聞けた。庶民、貴族が入る店は逆に政治や情勢が冒険者より聞けるだろう。視点が違うから、最初は冒険者のような実践と外に詳しい人を見つけて話をしたかったんだが、仕方ない。

 純は再び歩き出す。次に目指す場所は食事処。但し、居酒屋みたいな食事処がいい。離れていると会話が聞こえなくなるという欠点が普通の店では起こる。居酒屋みたいな店なら、気軽に話し掛けられる。出来れば庶民が集まるのがいいな。まぁ庶民と貴族に分けてみたが、貴族がいるのか分からないんだけど。


            ▼

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 街灯(がいとう)に照らされていない路地裏。表は綺麗な街でも、その裏では働けない、家がない人達がいる。中には仕事が貰えない冒険者もおり、毎日誰かが死んでいると言っても過言ではない。

 生きるためには稼がなければならない。例え、自分の体を売ってでも。綺麗な街、なんてのは存在しない。綺麗な外観、鮮やかな内装でも、見せられない部分がある。人間の世界なんてのはそんなのばっかだ。そして、その対象が人外であっても。

「待ちやがれ!」

 人外は人間の世界では、討伐対象か、練習台、もしくは実験体でしかない。人型ともなれば道具ともなる。高貴であれば高くなり、道具としても高くなる。

 人間なんて大嫌いだ。人外は、人間が大嫌いだ。魔女も、機械も、人型も、皆々、人間が大嫌いだ!

「きゃ!?」

 表へと走って出ると、一人の男性にぶつかる。後ろに倒れそうになるが、その男性に手を掴まれ、引寄せられた。

「ごめんよ、儂が急に出てきたからぶつかったんだよね?」

 男性が手を放し、こちらに向けて軽く頭を下げる。人間のくせに礼儀を知っていたのかと思った。

「すまなかった」

「い、いえ…」

 その男性は顔を挙げる。その顔は、人の顔ではある。けど目が細い。頬と顎にやや肉がある。肥満ではないがそれに近い体なのだろうか。いや待て。

「(こやつは人間に化けているのではないか?)」

 そうだ。醜い人間は沢山見てきたが、この男性は醜いわけではないがカッコいいとも言えない。だが、何処か頼りになるような雰囲気を持っておる。

 これは人外の、ある種が放つオーラと似ている。いや、そのものと言っても過言ではない。

 天の助けか、暗い空間の中に細長く光の道が照らされたような。

「おい!」

 背後から追いかけてくる者の声がする。余は、目の前に現れし黒き希望に(すが)るしか、逃げ道はない。

「余を、余をお護り下さい!」

 

            ▼

 

 街の屋根を、黒猫が縦横無尽(じゅうおうむじん)に駆け巡る。暗い世界に(うごめ)く黒猫の数は、最初は十匹だったが、今では千匹へと増えている。その千匹の黒猫を操る者はクロ。いや正確に言えば、従えているといえばいいだろう。

 クロの目的は情報収集。その為に必要な猫の数は千匹。短時間とは言わないが、半日の間に情報を集めて純に報告をする。我が主から許しを頂いたのだ、生半可な情報は渡せない。故に走る、クロは屋根の上を走る。颯爽(さっそう)と駆け巡り、街の隅から隅まで壁の中の情報を全て得たとしても止まらない。

 千匹の黒猫がそれを可能としたとしても、まだまだ足りない。我が主が満足する為に、我が主が新たな道を示す為に。

 そして、我が主から信頼され、愛され、寵愛(ちょうあい)され、溺愛(できあい)される為に。私の気持ちはプログラムによって作られているのだろうか。いや、そうだとしても構わない。構わないのでお願いがあります。

 どうかこのプログラムを、無くさないでほしい、と。

「ニャー」

「!?」

 一匹の黒猫がクロの頭に乗り、鳴く。それだけでクロは目を見開く。屋根に左足が触れると、その場で真横に跳躍。屋根の一部が破砕するが知った事ではない。

 今大事なのは情報収集。それよりも更に大事なのは、我が主を護ること。

 クロは走る。屋根の上を滑るかのように走る。跳躍は平行、走りも平行、目的地へ到着する障害は回避。

 踏み込む度に屋根は壊れ、着地の度に屋根は壊れ、走る度に屋根が壊れる。まるで怒りを表す子供のように。

 

            ▼

 

 純は、今日までがどんな日なのか考える。閻魔子供の時を一日目とすると、中々の詰め込んだ展開の三日間ではある。異世界に飛ばされて、人外に捕まり、スラ君と出会った二日目。

 三日目は朝から精神的に疲れる事続きではあったが、儂がどういう立場なのか分かった。分かったからこそ、新しい生活を静かに過ごそうと考えてはいる。ただまぁ、女性四人が儂の中にいて会話をしてくるんだが。

 そして現在は、冒険者向けの飲み屋以外の飲み屋、もしくは店へと向かう途中だったんだが、口元以外は全身を黒い布で包んでいる、声からして女性であろう人物が、路地裏に繋がる道から突然現れた。こちらが謝罪をしたらこれまたいきなり。

「余を、余をお護り下さい!」

 といって、儂の後ろに隠れた。少しは休ませてほしい展開ではある。

「おい、お前。そいつをこっちに――」

 路地裏から三人の男性が顔を出し、一人が声を掛けてきた。この場合の選択肢だが、護るのが正解だろう。同時に引き渡すでも正解だ。この子の人生が壊れるだけで儂の人生には関係ない。むしろ護れば面倒な事になる。ならば引き渡すのが正解だろう。

「(……純?)」

 だが、引き渡した場合は最悪な事態になるだろう。ダークファンタジーにはよくある展開だ。現実でダークファンタジーのような時代で生きてきた。出来れば、そんな展開にはしたくはない。だが、護ればそれで面倒な事になるだろうし……考えなければな。

「(純ってば)」

「(なんだ。今、面倒な選択肢を選んでいるんだ)」

「(……もう選択してるわよ)」

 天照の言葉に、純は足元を見る。そこには、先程の男性がおり倒れている。右手と左手にも、足元にいる男性と共に現れた男性を掴んでいる。

 三人共、冒険者達のような格好……いや盗賊寄りの格好をしているが、見た限りでは三人共、気絶している。

「(前々からだけど、頭より体が先に動くタイプよね)」

「(そういう世界で生きてきたんだから仕方ない)」

 純は両手に掴んでいる男性二名を前に投げ捨て、振り返る。どうやら路地裏のやや奥まで三人を連れてきたようだ。改善すべきなのか、しないほうがいいのか悩むな。いや、この世界では必要か。

 先程の女性が路地裏の出入口で両手を祈りの形にして待っていてくれた。

「大丈夫か?」

「は、はい!」

 元気よく返事をしてくれた。両手を上げている為、少し黒い布の中が見える。一言で言えば、裸だ。服はおろか下着すら着けていない。足元を見れば靴はなく裸足だと分かる。ここまで走って来たのか、足から血が出ており、所々が傷だらけだ。

「……体は大丈夫か?」

 この質問を投げ掛けるのは(やぶさ)かだが、相手の安否を心配するのは当たり前だ。例え答えがどちらであろうと、この子は保護した方がいいだろう。いや、そういう選択をしてしまったんだが。

「だ、大丈夫です。何もされていません」

 質問の意図が分かったらしく、すぐに答えてくれた。辛い質問だとは思うが、どうやら警戒なく答えてくれたので嬉しく思う。

 純は、この場合の行動を選択しなければならない。つい助けてしまったが、本来この子と儂は無関係である。助けたからもう無関係ではないが。ただ、この場を去るという選択肢があるのも事実だ。その場合、人として最低な判断ではあるから、お勧めはされない。

「きゃ!?」

 だが、これ以上事が大きくなるのは理想的ではないし、避けるべき案件だろう。ならこの子を救いある程度の衣服と食料と金銭を与えて自分の家に帰宅してもらおう。精神的なダメージは想像以上ではない、むしろ以下の可能性が高い。

 この子には悪いが、必要以上は関わらない事にするよ。

「(あらあら。やっぱり積極的な方ですね、この方は)」

 月読命がなんか言ってるが無視しよう、うん。

「(だから先に体が動いてるって)」

 天照が呆れ声でツッキーと同じ事を言ってる。何を言っているのかと思えば、目の前に答えがあった。いや目の前というより、一種の行為だろう。

 女性の両膝の裏と胸部に当たる背中に両手があり持ち上げている。これはお姫様抱っこと呼ばれる持ち方で、正式名称は横抱き。素直に持ち上げられた女性は両手を口元に持っていっている。

 ただ純から言わせれば、この持ち方は怪物が人間を拐うシーンでよく使われた持ち方だから、メルヘンチックではない。むしろ誘拐のシーンか、または介護か。若い頃ならば知り合いの亡骸を抱き抱えて、火葬場へと運んだくらいの持ち方だ。

 余り良い思い出ではないが、昔に学んだ生き残った者が生き続ける意味を諭してくれた思い出でもある。

 それに、子供、孫、曾孫、玄孫はこの横抱きで抱えて移動させていたから、恥ずかしい気持ちはない。逆にやってくれと言われていた。この子も、本来の儂の年齢より若いであろうし。

「ここにいたら、また変な奴が現れるだろうな。一旦避難するけど、いいか?」

「は、はい!」

 元気の良い返事だな。元気があるのなら、これ以上は何も言わない。儂の方は情報収集出来なかったか。まぁ時刻は大体九時くらいにはなるのかな? 時計がないから詳しくは分からないが、二時間くらいは歩いた気がする。

 クロには偉そうに言った割りに、儂は収穫は無しか。これはクロに謝らないといけないな。とりあえず、この子を宿まで連れていって考えるか。

「(実はこの子も厚生プログラムの一つとかじゃないよな)」

「(だったら実体は持てないわ。もしいたとしたら聞きたいくらいよ)」

「(でも、今は純さんの力があれば、私達も実体化出来るわよね?)」

「(出来るけど、勝手にやったら怒るのよ。夫が働いた稼ぎは全て嫁である私が管理するのに)」

「(待ってあまちゃん。それは私にもある権利よね?)」

「(勿論よ、ツッキー)」

 重婚罪に引っ掛かっているんだがと言ったところで、ここは存在しないとか返されそうだから言わない事にする。多分だが、正しい選択だろう。

 というか、まだツッキーの容姿を知らないからな、儂。

 

 純が女性を連れて現場から去ってから三十分が経過したその現場で、一人の男性が左手を口に当てながら、ある光景を目にする。

「……なんだこりゃ……。魔物でも現れたのか? いや、こんな芸当が出来る魔物がいるわけがねぇ」

 男性は、ある人外を捕まえに向かった三人の男性を探していた。いや正確には、逃がした人外を捕まえに行った三人だ。あの人外は、他の人外と位が違う。あの人外は莫大な金が動く商品であり奴隷だ。買い手は金持ちばかりの豚共、人外を奴隷として扱っている変わり者集団。どういう扱いをしているかは想像出来るが、そもそも人間と人外が共同するなど考えられない。だが金持ち共の中には、人外を美しいと賞する発言をしている。

 頭がおかしい連中だ。確かに綺麗ではあるが、奴等は敵。共にするなど論外極まりない。

 そして、目の前の光景も理解が出来ない。何故数十分前まで会話を交わした手下三人が、今となってはバラバラになっているのか。それも切れ口が鮮やかだ。噛みきられたわけでもなく、刃物で斬られたわけでもない。こんなにも鮮やかな断面図は初めて見た。ただ、鮮やかすぎて、現実味がない。得体の知れない気持ち悪さがある。いや違う、今はそれを考えている場合ではない。

 この街で得体の知れない何かがいる。そしてその何かが殺人を行った。それがどういう意味なのか。この街は、人外と非常に密接な場所に作られている。つまりは、人外がこの街に入っているという仮定。有り得てはならない仮定だ。

 もしこの仮定が確定だったら、この街を攻めるつもりなのかも知れない。それは、今まで微妙だった二つの関係が壊れる瞬間だ。

「ボスに報告してここから離れた方がいいな」

 男性が死体から離れつつ振り返る。直後、男性の肉体がバラバラになり、地面へと落ちる。

 バラバラになった場所に光で何かが一反射する。その何かは、線。複数の線が一瞬だけ光る。光が無くなると、次に起こりのは足音。固い地面にコツコツと音を立てて足音を鳴らしている者が、先程まで生きていた男性の死体を踏まずに歩き過ぎる。三人の死体をも踏まずに通り過ぎ、表へと出る。表へと出た後に道なりの方向に体を向けて歩き始める。

「こちら黒猫、主の障害を排除致しました。遺体はどうしますか?」

 声を出す者は、黒いトレンチコートに身に纏い、これまた黒いハットを被っている。声は中性的で、男性とも女性とも捉えられる。

「分かりました。では、排除しておきます」

 黒猫と名乗る者が右手で軽くトレンチコートを数回叩く。それだけ、それだけの動作を歩きながらしただけ。

 数十秒後、男性達の死体があった場所から数人の騎士が現れ、周りを見回す。

「見つけたか?」

「いや、見つからないな。本当に死体があったのか?」

「うーん……。悪戯か?」

「悪戯なら悪戯で構わないよ。にしても、ここはちょっと悪臭があるな」

 見回りで来た街の騎士達。先程まで死体があった場所から出てきた。その会話を距離があるにも関わらず、黒猫は赤い口紅を引いた口元を笑みにする。

「排除完了。引き続き捜索を致します。主の邪魔をする者は、排除するのみ、ですから」

 黒猫の笑みが深くなり、赤い口紅を引いた口元から歯が見える。その歯はギザギザしており、白い。汚れもなく真っ白な歯を誇張するかのような笑み。

 暗い街を歩く不吉な黒猫が、近くの裏路地へ通じる道に入る。主の障害となる者達を排除するために。

 

           ▼▼

 

 純がいる街から数キロメートル離れた位置にある街。この街は、純がいる街と比べれば小さい街だ。それでも人口は一万人を越える。そしてこの街はある種の流通ルートでもある。ここを絶たれた場合、ある国にとっては食料問題に発展してしまう。故に、ある国から兵隊が出陣した。その兵隊には、魔素を扱う者達も当然含まれている。

 この街を襲った者はオーク。比較的人の顔に近い種族で、特徴的なのはその肉体。筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の体を持ち、鍛えられた肉体を駆使して戦う生粋の戦闘種族。

 人外には戦闘種族が多くはあるが、オークはその中でも攻撃力が高い部類に入る。その次に柔軟性、もしくは防御力、速度といったものが高い。オークにとって二番目は、攻撃力をいかすためのプロセスに過ぎない。それは雄、雌共に同じである。

 オークは武器を使用する。到底人では扱えない武器であり、人間を軽々殺せる代物。種類は多岐にわたり、人間と同じように武器を扱える。

 オークには鎧がない。オークには出身地があり、その村の伝統工芸とも言える皮で作られた物を身に纏い、自分がどこの村出身なのかを示している。つまりは、その村のオークと認識されると同時に、その皮が防具でもある。

 戦いにおいては、オークは先行部隊として前へと出る事が多い。そして、個体により体格が違うのも特徴的。体格が大きければ強いわけではないが、少なくとも体格が大きければ有利ではある。

 人間からすればオークという人外は厄介である。理由は明白、個々の力の差だ。一体のオークに対して前線に二人、支援に一人、遠距離に一人の計四人のパーティーで戦うのがセオリーとされている。但しそれは、野良オークの場合。人外は人と同じように考え行動する為、野良オークに対する対処法に人間に対する対処法も含めなければならない。

 だが、オークから見れば、人間の中にいるレベルが高い人間は驚異だ。特に一対一で真っ向に戦い、オークより強い人間。中でもレベルが違うのは、元素を巧みに扱う人間。人間が人外に勝つには元素を扱う技術と保有量が必要不可欠。ただ、中には肉体的に対等の人間もいる為、油断はできない。

 オーク達は油断しない。油断すれば、こちらが負ける。それはオーク達の王に対する信頼を裏切る行為。

「はぁ!」

 一体のオークが、自身の体の二倍はあるグレートアックスを片手で持ち上げ、盾を構える人間数人に向けて薙ぎ払う。人間は盾と共に真っ二つになる。

「若が道を切り開いたぞ! 進めー!」

 数体のオークが開かれた道を進み、先にいる兵士を次々と殺していく。若と言われたオークはグレートアックスを軽々と肩に掛け、軽く目線を上げる。今いる場所とは反対側から、狼の声が微かだが聞こえ、人間の悲鳴が聞こえる。奇襲が成功したのだろう。若は口元を笑みにすると、グレートアックスを高らかに上げる。

「俺達の勝利までもう一息だ! 俺に続けぇー!」

 若が勝利を確信し、更に仲間の士気を鼓舞する。若の言葉に周りのオーク達が叫び、その叫びが周りへと伝えられる。

 

 この二時間後、一つの街が、ある人外の領土になった。

 

 時刻は一時。日を跨ぎ、夜とは思えないほどに街は明るくなっている。それは戦禍が残した火災の火でもあり、松明の火でもある。それ以上に人外達の喜びがより一層明るくさせている。

 今回の戦争で戦った種族は、オーク族と狼族、それとは別にもう一つの種族が参戦していた。その種族とは、蛇族。

「まさか、蛇族の中でも数少ない蛇人が参戦してくれるとはな」

「妾はただ、友人を取り返す道すがらここに来ただけ。その次いでじゃ」

「取り返す?」

 会話をするのは、若と呼ばれたオーク、奇襲に成功した狼族の隊長。そして蛇族(だぞく)蛇人(だじん)だ。

 蛇人は人の形をしている。だが、それは服を着衣しているから。服は黄色を基調としたレース、フリルに飾られた華美な洋服。スカートはパニエで(ふく)らませ、靴は編み上げブーツ。閉じられた黄色い傘を左手で持ち、先端を地面に刺している。黄色い長い帽子も被っており、全体的に黄色い。だが、黄色いからこそ目立ち、危険と知らしめている。

 両手にはレザーの手袋、両脚にはソックスと肌が分かるのは顔の部分のみ。目は細く、瞳の色は緑色。唇は細く、全体的に見れば美人である雌。

 蛇人は生まれながらにして高い能力を所有している場合がある。そもそも蛇人が誕生するのは、過去に蛇族と人間が夫婦となり子を産む。その子が最初の蛇人であり、それ以降低い確率で蛇人が産まれる事がある。

 この蛇人は、そんな低い確率で産まれた子であり、蛇族でも高い地位にいる蛇人でもある。

「……ダークエルフの村が襲われ、クラリスが連れ去られたのじゃ」

 若、隊長の二体が目をゆっくりと開かせる。蛇人は目を細める。

「幸いにも、ダークエルフは誰一人死んではおらぬ。クラリスが全員を庇ったのだろうな」

「それはどこの奴等だ!」

 若が立ち上がり声を上げる。隊長も立ち上がり若を見上げる。若は蛇人を睨むが、蛇人は一度だけ息を吐く。

「落ち着きなさい、若君」

「落ち着いてられるかよ! 仲間が人間に拐われたんだぞ? 動くなと言う方が無理だ!」

「妾が落ち着きなさいと言っているんじゃ、気持ちを楽にせい」

 蛇人も立ち上がり、両手を軽く上げる。その行動に隊長は一度だけ鳴き、若の感情を抑えるように促す。若は隊長の鳴き声にゆっくりと落ち着き始める。

「よいか。確かに連れ去られたのは事実じゃ。じゃが、既にクラリスが連れていかれた場所は特定した」

「……そこは何処なんだ?」

 落ち着いている最中の若の代わりに隊長が蛇人を見て訪ねる。蛇人は両手を下げ、ある方向に体と顔を向ける。

「ナイカカ街じゃ」

「――辺境の地の近くの街か。厄介だな」

 ナイカカ街とは、現在純が泊まりに来ている街の名前である。狼族の隊長の言う通り、辺境の地の近くにある街であり、人間と人外が微妙な関係を持っている地でもある。

「連中、考えたな」

 若が落ち着きを取り戻し、現在の状況を整理する。この街を取ったのはいいが、ナイカカ街へ攻めるほどの体力はない。いやそれ以上にナイカカ街を攻めるのは得策ではない。この地を戦禍にするのは、他の種族達に迷惑をかける。昔にいた人外、いや魔物の救世主がいた地のため、保護目的で戦闘を回避するように言われている。

 人間は知ってか知らずか、この事に気付いているようで、何かあればナイカカ街へと逃げている。逃げる理由は簡単、人外売買だ。

 人外というのは、人間からすれば最高の実験台だ。それ目的で何体もの人外が消えた。人間を恨むのはまさに必然。人間が人外を恨むように、人外も人間を恨んでいる。

「手が出せないってのか、くそ!」

 若が再び苛立ち始めるが、隊長は逆に冷静に考える。蛇人が考えている隊長を見て、小さく息を吐く。

「何かあるか?」

「いや。もしもナイカカ街に連れ去られたとすれば、それはナイカカ街の人間も望んだ事ではないのだろうなと考えてな」

「ほう?」

「それはどういうことだ?」

 隊長の言葉に二人の視線が隊長へと向けられる。隊長はその場で振り返り空を見る。

「私は少なからずだが、ナイカカ街の人間は知っている。あそこにいる人間達は、我ら人外が住む方向の扉を一切使用しない。それどころか辺境の地へ足を踏み入れる者はいないと聞く。少なくとも、ナイカカ街で過ごす人間はな」

 そう。本来ならナイカカ街の人間は、辺境の地に足を踏み入れることはしない。だから、あの時の人間はナイカカ街の者ではない。私の足よりも速く滑空し、未知なる力で踏み出し私を引き離したあの人間は。

「つまりは、余所者が勝手にナイカカ街を利用していると?」

「もしくは根が腐った人間がいるか、じゃな」

 若が隊長の言葉に答えを見つけ、蛇人が即座に補足を追加する。人外にも人間にもそんな奴がいるのは知っている。そしてその人間が、今はナイカカ街で仲間を奴隷にしている。それだけは許されない事だ。

「妾は早急にナイカカ街へと行き、クラリスを探し救う。それが原因で戦いが始まったら、抑止力として駆け付けて欲しいんじゃ」

「……成程。私は承知しよう。あの街に被害があろうと関係はないが、あの地を汚されては困る。部下にもそう伝えよう」

「俺も手伝うぜ。ただ、レベルが高い奴が来たら、流石の俺もキツイ」

「分かっておる。抑止力としてほしいだけじゃ」

 三体の人外は、一つの結論を導き出した。ダークエルフの王の娘であるクラリス救出に。

 

           ▼▼

 

 三種の人外が一つの街を崩す五時間前。時刻は午後八時。

「ま、まさか人間でしたとは……失礼しました」

「いやいいよ、別に。俺の方だって体が勝手に動いて奴等を潰したんだ。えっと……クラリスちゃんでいいのかな?」

「は、はい。余はダークエルフの王である父、キュートスの一人娘、クラリスと申します」

「儂は白濱 純。平和な生活をする為にこの街に来た」

 その連れ去られたダークエルフであるクラリスは現在、純が借りた宿の部屋のベッドの上に座っている。純は椅子に座りクラリスを見る。黒い布で顔が隠れていたから分からなかったが、今は顔が見える。

 黒い髪の毛は長く、耳も長い、美人な顔。人間では出せない顔付き。これが気品あるエルフのダーク版か。現実で見ると確かに綺麗な存在だ。

「こんな綺麗な子だったら、確かに側に置きたいね」

「え? き、綺麗だなんてそんな」

 小さく両手を挙げつつ振る。この世界の女性の中では一番美人に入るんじゃないか? まぁ、人外で初めての女性型の人外だから、言い過ぎなのかも知れないが。

 比較できる人外ならスライムしかいないが、雌がどんなのかなんて分からないから、多分初めての人外女性だろう。

「儂はよく事情を知らないんだが、クラリスちゃんを連れ戻そうとした奴等はなんなんだ」

「……奴隷商人の仲間です」

 奴隷か。この世界では人外を奴隷にするのか。言ってはなんだが、同じ人種を奴隷にした方がいいだろうと身勝手に思う。まぁ同じ人間でも、未だに奴隷が存在するくらいだし、強くは言えない。一個人としては静かに、心の中で言わせてもらう。口は災いの元という素晴らしい言葉があるくらいだし。

 ただこの場合、非常にまずい展開ではないだろうか。この街は平和そうに見えるし、近くの人外とは接触したがらない。辺境の地方面の門番の様子を思い出せば分かるが、警戒に対する意識が強い気がした。それは簡単に、人外とは関わりたくはないという事だろう。

「奴隷商人がこの街にいると?」

「余の知る限りですが、奴隷商人は余りいないと……。余を……いえ、余達を買おうと競売に来た人間の数は、少なくとも百以上はいましたが」

「……金持ち連中か?」

「分かりません。ただ、余が買われた値段が五千万インだったので、お金持ちだと考えるのが妥当です」

「……そりゃまた、スゴい金持ちだな」

 儂の考えを当てはめれば、日本円だと五億円か。けどまぁ、そういう趣味とか願望があるわけじゃないが、この女性を買うとしたら五億を出してもいいだろうな。ダークエルフとか言ってたし。

「……五千万インを支払える人間が、この街に?」

「……恐らくは。昔から人間は、余ら人外を奴隷にする最悪な種族です。許されるなら今からでも、この街の人間を殺したいです」

 怒りが込められている言葉がクラリスの口から発せられる。相当、怒りが溜まっているのか。いや、昔からとか言ってたな。こりゃ相当だな。人間と人外が仲良くなる日は無さそうな気がする。これは人種の問題ではなく、尊厳の問題でもあるだろう。 

「も、勿論! 純様はそんな人間には比べられないくらいに素晴らしいお方ですよ?」

「え? あ、うん。儂は別に気にしてないから大丈夫だよ」

 急に焦り始めたと思ったら、儂もその最悪な種族と同じだと気付いたから焦り始めたのか。正直に言えば、儂はこの世界の人間ではないから気にしてはいない。

「――なんと心が広いお方なのでしょう……」

 クラリスが右手で自分の頬に手を当てて、軽く首を傾けながら優しい目で言ってくる。まぁ確かにこの世界の人間ならば儂は相当に心が広いのだろうが、子供でもあると解釈出来るので余り嬉しくはないと考えるのは、素直じゃない人間なのだろう。

 というよりも、認識の違いが一番大きいな。こちらは比較的、人外――いや魔物に対して〈倒す敵〉は共通だとしても〈共有する仲間〉の考えにはなる。というのも、漫画やゲーム、小説、アニメではよくある設定だし、共存するなどありがちだ。

 だがこの世界では〈倒す敵〉のみの認識だろう。中には共存する者もいるだろうが少数派かも知れない。人外と会話が可能なら、争い無き解決が出来るとは思うんだが……。まぁここは、まだ考えなくてもいいかな。

「(純の事を純様って言ったけど、気にしないの?)」

 天照がクラリスの言葉にあった気になる単語を聞いてくるが、別段気にしなかった。そうだな、確かに純様というのは些か違和感がある。

「その、純様は、他の方々とは違うみたいなのですが、本当に人間なんですか?」

「そう聞かれても、人間ですって答えるしかないな。まぁ確かに、他の人間とは違うかもしれないけど。というか、その本当にってのは何? まさか儂が人外だと?」

「い、いえ! 決してそのような!」

 慌てて両手を振るその姿は、図星を隠しているようにしか見えない。正解か。

「いや、まぁあながち間違いじゃないかもな。儂は、スライム達と共存する為にこの街に来たんだ。まぁ街に来たのは、物価調査と本と、その他色々だな」

「――共存!?」

 クラリスが、共存の部分に驚く。どんだけ人間と人外が共存する事が驚くべき事なのか教えてくれ。

「夜だから静かに」

 声がやや大きくなったクラリスに軽く注意をすると、両手で口を小さく塞ぐ。クラリスは見た目に反して女の子っぽさがある。見るだけなら出るところは出ている美人さんなんだがな。

「まぁ、驚くのは無理もないかも知れないな」

「……普通ならありえないと言わせていただきます」

「構わないよ。ただまぁ、初めて出来た友人がスライムでね。村長に住処に住む許可も頂いたし」

「彼らが……。確かに無害と言えば無害ですが……」

 クラリスは純を見て考える。この者が言っている事には、先程から嘘偽りがないように見える。どこか適当に言っているようにも見えるが、あまりにも真っ直ぐにこちらを見て答えるその姿は、あの時余が見た光と同じ。同じでいて、とても暖かい。人間でも人外でも稀にあるオーラを感じる。あの時は分からなかったが今は分かる。稀の中でも数少ない、とても暖かいオーラの持ち主なのだと。

「まぁ信じなくていいさ。儂はただ、スライム達と静かに暮らしたいだけだし。君達他の種族には手を出さないよ」

「い、いえ。信じないわけでは…」

「我が主」

 純の前にクロが片膝を床に付けて現れる。突然の登場に一瞬純とクラリスがビクリと驚く。

「ク、クロか。もう調べたのか?」

「いえ、まだ継続中です。ただ、小耳に入れておきたい事がありまして、我が主の前に現れた次第です」

「小耳に?」

「はい――!?」

 クロが後ろに気配があると分かり後ろを見て、目を開ける。クラリスの存在と、今の容姿。そこから判断できる答えはただ一つ。

「我が主! 抱くのでしたら私を抱いてください!」

「説明するから声を大きくするな近所迷惑」

 

 小休止

 

「簡単に言えばこうだ。クラリスちゃんに服を着せてない儂が悪いな」

「いえ、私の早とちりです。申し訳ありません」

「勘違いが解消したならそれでいいよ」

 クラリスが純とクロの二人を交互に見る。

「えっと、どういうご関係で?」

「私は我が主の忠実なペットだ」

「言葉が違う。付き人だ」

「いえ、ペットです」

「儂はペット扱いはしたくない」

「ここは引けません」

 我儘をいう付き人だな。まぁ儂だけが違うと思えればいいか。

「この件は保留にするが、小耳ってのはなんだ?」

 純が腕を組み、中断した話を再開するよう促す。クロは純の側に近づき、服に触れる。

「お怪我はされてませんか?」

「……してないよ。それが小耳?」

「小耳の始まりです。少し調べさせていただきます」

 クロが純の和服の中を見始めたと思えば、中に手を入れ、上半身を触り始めた。真剣な顔をしているので何も言わない。クラリスもクロの行動には何も言わない。

 上半身を触り終わると、何も言わずに袴の中に手を入れ、下半身を触り始める。余程大事な事なのだろうから邪魔はしない。

 下半身が終われば次は足、最後に両腕を見て、何もなかったようで安堵のため息をつく。

「何かあったのか?」

「調査は現在進行形で続けています。ただ、我が主が怪しい者達に攻撃されたと聞き、現在調査しているのと共に、我が主に危険を脅かした下劣者の後ろを調査しています。何事もなく安心しました」

 再び純の前で片膝をつき、真っ直ぐに純を見て言う。心配させて悪いなと思う反面、調査しているのはあの黒猫達かと思う。

「心配してくれてありがとう。体が勝手に動いてね。後ろの子を助けちゃった」

「ダークエルフの女性ですね。一部の黒猫が調べました」

 後ろを見ずに、すでに分かっていると言わんばかりな発言。いや、調べたのだろうな。早い。

「こうなっちまったけど、確認したいんだが、いいか?」

「この街には、後ろの方の他にも奴隷として買われた人外が、少なくとも百はいます」

 聞きたい事を察したのか質問を確認せずに答える。なんて優秀な子、逆に言えば怖いとも言えるんだけど。

「クラリスちゃん。それは本当かい?」

「は、はい。それくらいはいました。今回は素材がよく、お金持ちの方々が多数来たとか言ってました。といっても、先程言ったように百以上はいました」

 クラリスがこちらを見て答える。顔と言葉遣いがちょっと違うように見える。王の娘って感じではないよな、今は。

「この街はそんな街なのか? クロ」

「今はなんとも言えませんが、少なくとも、裏はそういう組織があるのでしょう。人外と人間は相容れない考えは根強いみたいですから」

 そこは調査から出した答えだろうな。なら、表は知らないというやつか。全く、面倒な事になるとは思ったが、まさかこうなるとはね。こうなっちまったのは運命なのかね。

「……はぁ。儂はまだここに来て三日目だ。それもあと数時間で終わると言うのに、こうなるとはね」

 小さくため息をする。クロはこちらを見ているだけだ。純はゆっくりと立ち上がり、腕を組む。

「クロ。その金持ち達は今何処にいるのか分かるか?」

「半分ほど特定いたしてます。売られた人外もそこに」

 純はクラリスを見る。こんな子が奴隷として売られるのは、少なくとも人道から外れてはいる。まぁだからといって、この子に関わった時点で、儂がすべき選択肢は決まっているもんだな。

 現在じゃなく未来を考えれば、人外を見捨てるわけにはいかない。拠点場所が人外だから、余計に出来ない選択だ。

 むしろこれは良い機会だと考えればいい。スライム達の儂に対する認識を改めるには丁度いい材料だ。

「なら、助けに行くか」

 その言葉に、クラリスが驚きの顔をする。

「一声言ってくだされば、黒猫達が行動を起こします。この街は広く、お一人で行動するのはお勧めはしません」

 こちらの意図よりも先の話をしてくる、優秀な付き人だな。

「なら、見つかってない奴を相手にするか」

「そちらも数時間で終わらせられます。出来れば我が主には待っていただきたいんですが」

「それは出来ないな。儂が行動する事に意味がある。なら、頭はどうだ」

「……奴隷商人ですか?」

 慎重に伺うクロに向けて純は頷き、クラリスを見る。

「クラリスちゃんみたいな子がいるんだろう? それにクラリスちゃんはダークエルフの王の娘だ」

 その言葉にクロは振り返り、クラリスを見る。純は、クロの頭の回転の速さならすぐに分かるだろうと踏んでいる。儂が偉そうには言えないのも事実だが。

「……成る程。流石我が主、先の事を考えての行動ですね。分かりました、そういう事でしたら、お手伝い致します」

 クロがこちらを見て頭を下げる。どんな結論になったのかは分からないが、とりあえずは行動出来るな。

「ま、待ってください!」

 クラリスが純とクロを見て、ハッとした状態で言葉を発する。

「どうした? クラリスちゃん」

「純様は人間ですよね? 何故人間が余達、人外を助けるのですか?」

 クラリスの質問に、純はキョトンとした顔になる。

「助けるのは普通じゃないのか? 困ってたり泣いたりしている子を助けるだけだぞ?」

 その答えに、クラリスが目をゆっくりと見開かれる。信じられない言葉を聞いたような顔になる。

「確かにこの世界では、人間は人外を、人外は人間を嫌っているのだろうな。ただ、儂から言わせてもらえば、そんな考えは儂には必要ない。仲良くすれば、今の生活が楽しくなると考えるべきだ」

 そう断言する純だが、すぐに困った顔になる。

「まぁ、儂の性格というか、性分が入ってはいるんだがな」

「……性分?」

「昔話はあまりしたくないから詳しくは言わないが、小さい頃から困ってる人を助けていたからな。昔は力で解決出来たから楽ではあったよ。それに、助け助けられての毎日を過ごして分かったが、人間はそうやって信用を得て、信頼をとり、助け合いの形が作られるってな。まぁ人外ともそれが出来るかは分からないが、今やるべき事を見逃すほど、腐っちゃいないからね」

 前々からそう考えてはいた。人と言うのは簡単に信用するし疑う。他者からの言葉だけで判断し、正にも悪にもなる。人間とは単純な生き物だと思う反面、信頼と信用を得られれば、そうなる事は低い。それは商いにとっては第一条件であり絶対条件であるように。

 スライム達との共存を可能にしたまではいいが、信頼は得られてはいない。今は全ての行動を進め、行動の先にある信頼を得るために動かなければならない。

 そしてこの奴隷商売の件は、信頼を得る切欠としては十二分以上の働きをするだろう。上手くいけば他の種族からも好印象を受け、儂とスライム達との共存の邪魔をされないで済むだろう。

「だからじゃないが、クラリスちゃんのように望まれない運命を消し飛ばしたいと考えている」

 この台詞に純は真剣な顔でクラリスを見て言うと、クラリスは目をゆっくりと細くし、うっすらとだが涙を流す。

「(なんと、器が大きい方なのだろうか……。憎き人間である筈なのに、余達人外を救おうとするその姿は、救世主そのものではないか……。自分の立場を顧みずに……。大きい、余りにも大きすぎます、純様)」

 人間だと聞かされた時は、この後にどうすればいいのか分からなかった。助けたのは恩を着せようとしたからだろう、なんて不甲斐ないと考えてしまった。助けてくれたのは演技で、こちらに弱味を作ろうとしたと疑った事が恥ずかしい。

 それにこの人間は、人間の中でも卓越した力を有している。余を追い掛けてきた三人も弱くはない者達であった。少なくともグレムリン相手なら、あの三人で事足りるだろう。

 だが、この人間は違う。その行動力の速さと、力ではなく技で相手を抑えるその技術は、もはや一種の武。完成された動きではなく、突き詰められた動き。その動きに反応できず、三人の人間は一人の人間に制圧された。彼らは運が悪かったとしか言いようがない。

 

 それは、十秒にも満たない制圧だった。

「おい、お前。そいつをこっちに――」

 一人の人間が純に声を掛けている途中で、純の体は前へと倒れ始める。やや前に倒れると同じ動作でしゃがむ。

 しゃがみ終わりと倒れる角度が、前へと飛び込むのに必要な条件に満たすと、純は躊躇いもなく前へと跳躍。最初の犠牲となったのは、声をかけた男性。純の躊躇いの無い接近に認識と行動に齟齬(そご)が生じ、行動が出来ない。そこを突かれた男性の首を右手で掴み、持ち上げる。

 持ち上げた際に跳躍した勢いと手の平が、男性の首に衝撃を与える。口からは小さく(うめ)きの声が漏れるが、その間にも、もう一人の男性の首に純の左手が直撃。跳躍の勢いが減速せず最後の男性の元へ。

 三人目からすれば、自分からやや離れた位置にいながらも、右前、左前に仲間の男性がいて、ある種の盾にはなっていた。野良人外と戦う時もこの位置、つまりは陣形。三人の場合の基本陣形の一つ。

 前が主に防御し、中が敵を崩し、最後に後が一撃を与える。攻撃力と防御力が強ければ強いほど、連携が熟されれば熟されるほど効力を発揮する陣形。

 だが、それが今や、簡単に崩された。不意を突かれたのが一番の要因だろう。後は、こんな街中で、こんな事になるとは予想などしないところを突かれた、と考えるしかない。

 純は掴んだ二人の首を支点とし、両足を振り上げる。左足が三人目の男性の首に、正確には一本下駄の一本歯が直撃。純は三人目の男性の首を支点とし、両手に掴んでいる男性を持ち上げつつ、三人目の男性の喉の上に立つ為に体を持ち上げる。

 三人目の男性は首と共に上半身を後ろに反らされ、両足が宙に浮いてしまう。まるで三日月のようになった男性の体勢は、そのまま頭が地面に吸い込まれるように倒れる。

 喉を踏んでいる一本歯を倒れると同時に着地地点を変更。腹部に移動させ、バランスを取るために腹部に移動させた足に力を込める。

 この時点の前に三人目の意識は断たれていた為、呻き声は聞こえない。

 これらの動作を、僅か数秒で完了した。

 

「(大胆な発想で繊細な動き且つ、確実な制圧。喉を正確に狙い意識を断ち切った。それだけで分かる。あの動きは格闘ではない、暗殺に近いもの)」

 クラリスは、人間にそこまでのレベルの事が出来る事に、内心だが恐怖する。あの攻撃は、人型の人外が相手でも通用する。もしこの者が敵であるなら、今頃人外は、この人間に容易には勝てなかっただろう。

 全容はまだ分からないが、ただ言えるのは、そんな力を余の為に使ってくれた事。そしてスライムという人外と共に生活する為に、人間でありながら人間を制圧するその心情。感服する。

 クラリスは椅子から降り、ゆっくりと両膝を付き、両手を膝の前に揃えて頭を下げる。

「純様、厚かましいかも知れませんが、余と同じように人間に奴隷として虐げられそうになる者達を、お助けください」

「おいおい、頭を下げないでくれ。クラリスちゃんは王の娘なんだろ? つまりは王族だ。そんな子が儂みたいな一般人に頭を下げないでくれ」

「(一般人?)」

 天照から疑問が投げられるが、無視する。

「いえ、人外では手に負えない大きな問題の解決をお願いするのです。余の頭一つ下げるだけでは足りないくらいです」

 純はクラリスの話を聞いて、仲間思いなんだなと思う。王族の娘が頭を下げるほど、仲間意識が強いのだろうな。

「……頭を上げてくれ、クラリスちゃん。頭を下げなくても儂は個人的に助けるんだから。クロ」

 クロがクラリスの元へと近づき、毛布を掛ける。裸に黒布一枚で頭を下げられる構図は確かによろしくない。

「はい。奴隷商人は数名、護衛にそれぞれ数名付いていますが、商人を纏めている者は十数名ほどいるそうです」

「場所は分かるか?」

「黒猫達の得た情報によると――」

 

            ▼

 

 ナイカカ街の北側。人外達がいる森とは反対側の出入り口。入り口には数名の門番がおり、近くには馬と馬車。綺麗に装飾された数人程度入る馬車に、数十頭の馬。

 馬には冒険者が十数名騎乗。一人だけは馬に乗らず、馬車の前で立っている。

 門が開かれると、三人の男性がナイカカ街から出てくる。

「トルク様、お急ぎください」

「イルナイ街が現在人外と戦争中、敗北が濃厚か。オークがこの近くにいるとなると、この街も終わりだな」

 肥満体型の商人の格好をした男性が、外で待機している男性達と似たような格好をした二人の男性と共に、ナイカカ街から出てきた。ふてぶてしく歩くその姿は、やや急いでいる様にも見える。

 理由は、ナイカカ街から比較的に近い街、イルナイ街がオークと戦闘をしているからだ。理由は分からないが、こちらの商売が原因ではない。

 ただ、これからはそれが原因でナイカカ街が狙われるかも知れない。理由は、今回の収穫の中にダークエルフの、王族関係の人外がいた。

 即座に私は、この人外を高い金額で売り付け、この場所から近寄らない事に決めた。何故なら、王族関係を捕まえる事は、人間と人外の戦争を起こす事に直結するからだ。過去にも王族関係の人外を奴隷として捕まえた時、人外達が王族関係の人外を助けるべく、多種族の人外達が助けに来た記録がある。

 野良人外は大丈夫だが、人外を捕まえるのは危険が伴う。その代わりに、大きなお金が動くから、商売としてはとても美味しい。だが王族関係は劇薬。莫大なお金が動く代わりに、破滅へと繋がる甘い蜜だ。

 一部の、それを知らない馬鹿のせいで危険な目に合うのは、こちらとしてはよろしくない。だが、もう遅い。こうなっては逃げるしかないのだ。

「お金は先に送金させています。っさ、早くこの場から逃げましょう」

 馬車の前で待機していた男性が馬車の扉を開ける。商人の男性がそそくさと乗り込むと、扉を閉めて、馬車を引く馬に跨がる。

「はぁ!」

 手綱を軽く引くと、馬が前へと走り出す。このままイルナイ街を遠回りし、元締めの元に行かなければならない。

 ナイカカ街はいい街だから、手放すとなると、腕を一つ無くすかも知れないな。それだけこの街は平和で、隠れやすい街だった。

 商人は馬車の中から外を見る。だが、一向に動く気配がない。

「……おい。進んでないじゃないか。どうなっている!」

 商人が馬車から出て前を見る。前を見た商人は、護衛として傍にいた者達が、地面の上に倒れている光景を目にする。

「――な、何が起きた? おい! 何を寝ているんだ!」

 ナイカカ街から比較的近いイルナイ街が現在、人外と戦争をしている。早めにこの場から去らなければ、巻き込まれる可能性が非常に高い。

 どうして倒れているのか分からないが、今は考えている場合ではない。こいつらを起こさなければ、こちらの命が危ない。

「逃げてはなりません」

 馬車の上から、女性とも男性とも捉えられる声が、商人の耳に入る。商人が振り向こうとするが、体の関節に当たる部分が何かに締め付けられ、振り向けない。

「な、何者だ!」

「質問はせず、こちらの質問に正直に答えてください。貴方は、人外専門の奴隷商人ですね?」

「な、何を言うんだ。そんなのは知らん」

 商人がやや焦りながら答えるが、馬車の上にいる者は、数秒間何も言わない。

 が、何か分かったのか、成る程、と小さく声に出す。

「では次の質問です。貴方が各奴隷商人の統括者で間違いないですね?」

「な、何を言っているんだ! そんなのは知らん!」

 動こうと必死に体を動かすが、何かに固定されて動けない。いったい何がどうなっているんだ!

「成る程、成る程。実に分かりやすい方ですね。ですが、いくら頭とも言えども無能ではなんにもならないですね。他の統括者の方がまだ有能と見れる」

 嬉しそうに喋り始めた馬車の上にいる者。その言葉に商人は動きを止め、目をゆっくりと開く。

「さっきから何を意味の分からない事を喋っているんだ」

「どうやらこの件は、根が深い案件のようですね。ですが、そう難しい事ではないのも確かですかね」

「こっちの質問に答えろ!」

 再び動き始めた商人だが、急に動けなくなる。関節が何かに締め付けられ、強制的に行動が制されている。さっきから何が起きているんだ! 説明してくれ!

「ん? あと一人、頭がいるんですね? この街に」

 ――分からない。なぜこの声の主は、こちらが言ったことから本当の事を知れるのか。いや、知る術はなし。考えられるのは一つ。

「こちらの考えが分かるのか!?」

「――ほう、まさか中枢の者がいるとは。これはいい情報だ」

 ダメだ。これ以上は知られたらダメだ!

「させません」

 商人の口が強制的に何かに開かれ、舌にも何かが巻かれる。商人は、情報を奪われる事を避ける為に自害を目論んだ。だが、目論んだ時点で向こうには筒抜け。

 全身を止められ、口も押さえられ、発言すらない。こちらの話も聞こうともせず一方的な情報の略奪。人として扱われず、商人のプライドを崩され、ただの傀儡となる。

「貴方の持つ情報、全て頂きます。その後は知りませんが」

 声の持ち主の言葉に、呆然とする。もはや人ではなく道具として扱われる存在となった。道具の最後は、決まっている。

 捨てられるんだ。

 

            ▼

 

 ナイカカ街の中心部には、大きな噴水がある。ポンプ式になっており、出された水は端の溝から水が地下へ、地下から中央に流れ、中央に設置されている水の魔素で作られた菱形の結晶によって浄化され、再び水が地上へ排出される仕組みになっている。

 ナイカカ街が出来る前は、ただの荒れ地だった。辺境の地から人外が襲いかかろうとも対処できるようにと、とある国が防衛の為に作らせた。それがナイカカ街。

 中央に設置されている噴水は、当初は開拓をしていた人達の為に設置された補給水だった。この水の魔素で作られた菱形の結晶は、汚れた水も浄化し飲み水にするほどの力を発揮しており、働くものの生命線。この結晶が無ければ、ナイカカ街は存在しなかったと証される。

 現在は、昔と違い高度な水の魔素で作られた結晶がある為、観光地の一つとなっている。

 ただ、この結晶がなければ、ナイカカ街は出来なかったのは誰もが知っている。この世界の教科書に載る程に基礎知識として教えられている内容である。

 その伝統ある噴水の前に、二人の人物がいる。一人は商人、もう一人は騎士甲冑に身を包んだ者。

 商人は額から汗を流し、ある方向を睨んでいる。それは、辺境の地の方向。その方向を見ながら、呼吸を整える。

「何が起きている」

「分かりません。ですが、人間でないものの仕業でしょう」

「ならば人外か!」

「可能性は高いですね」

 騎士甲冑を身に纏う者から低い声が発せられ、男性であると推察出来る。騎士は、両腰にやや細い直剣を差し、背中には一際大きな剣を背負っている。

 顔はヘルムによって見えない、全身が甲冑に包まれている。ただ色合いは、やや薄汚い。いや、銀色が血によって変色している。体格は、商人と比べれば二回りは大きい。

「何故こうなってしまったんだ…」

「とうとう見つかってしまった、と言わざるおえないかと」

「……分かっている。だがなんの予告も無しに狙うとは卑怯な奴等め」

 騎士は、吐き捨てるように呟く商人に、一種の軽蔑の目を向ける。こうなる事態になるのは想像し得たであろうに、と。実際この商人は、この商売が始まる前から考えてはいたらしい。でなければ、奴隷商人として動くわけがない。人外とは、扱いを間違えれば爆弾になる代物。現に、人外を捕らえる数より、殺される数の方が多い。だがこの商売には高い金が動く。夢を見てこの仕事に付くのはよくある。成功すれば大金だが、失敗すれば死。なんともシンプルな仕事だろうか。自分自身も大金が欲しくて、この仕事に殉じてはいる。

 だが、今回の件に関してなら、商人が吐き捨てる意味は理解できる。他の街ならばいざ知らず、ここはナイカカ街。人外が手を出せない街で有名だ。いや、こちらから言えば、人外の世界と人間の世界のギリギリのラインにある街。

 お互いに戦争にしたい理由はない。ただ、向こうが辺境の地を破棄する考えにしない限りは。

 ……でも、妙な話だ。現在に至っているこの状況になる前は一時間前。事の発覚でも四時間前にもならない。現状を考えるに、売買が終えてからが始まりだと考えればいいだろう。

 始まりから現在までの短い時間の中で何が起きているのか、それが分からない。ただ分かるのは、命を狙われている恐怖が、商人は不安に感じているくらいだろう。

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