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亜人の王  作者: バゥママ
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第二章 生活の友

 スライム達の住処(すみか)。中には当時の資料があり、依頼主、金額、受理し成功した者の名前が書き留められた帳簿がある。

 かつては酒場でもあったのか、長い木のテーブルがいくつもあり、木の椅子も多くあった。今となってはスライム達の遊び場になっているが。

 宿泊も出来たらしく、酒場の横を通り抜けた先には、ベッドが置かれてた部屋がいくつもあった。が、現在は村長が使っている一番奥の部屋にしかない。

 元々この地域は、人間が住んでいた場所だった。ギルドの近くには廃家(はいか)がいくつもあり、人が住んでいただけではなく、武器や防具、雑貨を販売する建物があった。少し驚いたのは、近くに鍛冶屋と、調合した薬を販売する薬屋、服屋があった。ただ、現在はスライム達の住処になっている為、機能はしていない。

 少し離れた位置に湖があるし、強い人外はいない。当時は住みやすい場所だったのだろうと考えて良さそうだ。

 だが、今となっては廃屋(はいおく)。人外に襲われたのか、野党に狙われたか、戦争によっていなくなったかと考え推測した。が、全て外れ。真実は悲しきかな、訪問する冒険者がいなくなり、経営がままならなくなったからだそうだ。

 原因は、とある国が冒険者を募らせ、当時の魔王に戦いを仕掛けた。それも強制的にだ。

 いなくなったからと言っても、すぐに廃れるわけではない。冒険者が戻れば、新たな冒険者が現れればいい。だが、冒険者達が戻ることも、新しく冒険者が出ることがなかった。

 それは当時の魔王が、冒険者を皆殺しにし、募らせた国に冒険者の死体を送りつけたのだ。それが原因で、暫くは冒険者がいなくなってしまい、ここに住んでいた者達も離れてしまった。

 資料は、皆がいなくなるまであり、最後の記録によると、魔物を相手に戦う若者が現れた、との記録で締め括られている。

 いったい、いつの記録なのかは分からないが、昔なのは間違いない。長い年月をかけて廃屋となり、スライムが住み着き、現在に至る。

 

            ▼

 

 スライムの住処。昔人間が使われた、繁栄があった場所だが今は廃れてしまい、スライム達の住処になっている。純とスライムは住処からやや離れた位置へと向かっている。スライムは純の上半身を飲み込んでいる、異様な状態だ。いや、ただ飲み込んでいるのではない。スライムが、純の体を調べているのだ。

 先の戦い、ゴブリンを多数相手に勝利したとの言葉を疑うわけではないが確認しに向かった。そこでスライムは驚く。ゴブリンが多数死んでいる事ではなく、ゴブリンの殺され方に。通常、ゴブリンを相手にする場合は、武器を使用するのが好ましい。例え素手だとしても、限られた殺し方しかない。の、筈だった。

 顔を踏み潰されて死亡、首を捻られて死亡、物のように壁に叩きつけられて死亡。形容しがたい殺され方が多数あった。そう、明らかに武器を使用せず、肉体のみでやってのけた証拠があった。疑っていたわけではない、疑っていたわけではないが、実際に見ると凄まじい光景であった。

 人間がゴブリンを、肉体のみで、襲い掛かる集団を殺した。ゴブリンだって連携をとった筈では?

 スライムが考え、洞窟の中から外へ、そこから湖までの道程を見ればすぐに分かった。連携が崩されたのだということが。話を聞く限りでは、計画性がない戦い方をして勝利したのかと考えていた。だが殺され方を見れば、ゴブリンが連携を取る動きを(ことごと)く潰され、一対一の立場へ引き摺り出され殺されたと分かった。いや、そういう攻略の仕方は人間にとっては当たり前だろう。但し、複数人であるか、一人でも武器を使用するかによる。素手で出来たとしても、純がやってのけた事は出来ない。

 つまり純の武術とやらは、一対多数でも対処できる戦闘技術という事だ。

「結構気持ちいいもんだな。溶けそうになる」

「補食なら出来るぞ」

「マジか。食事するのかスライムも」

「一応はする。けど、殆どはエネルギー補給の為だから、食べなくても死なない」

「いいなぁ、それ」

 その体なら、どれだけ働いても大丈夫だったのに。などと考えたところで意味は無い。既に大往生している身だし、そんな人間だったらずっと戦禍に行かされていただろう。いや、(むし)ろ研究対象だな。

「純の体は不思議だな。体型からは考えられない程に筋肉が発達している。いや、進化と言えばいいか? だが、それだけじゃゴブリンをあんな風に倒すのは難しい筈。やはり白濱流という武術が関連しているのか?」

「この世界には武術はないのか?」

「武はあるが、武のみの戦闘法は、少なくとも人間にはない」

「……人外はあるのか?」

「近いものはあるだろうが、それは種族特有の戦闘法。純の元居た世界の言う武術じゃない」

 成る程。この世界では、素手で人外相手に戦う事すら無謀、もしくは一時しのぎだと考えているわけか。その考えは正しい。元の世界ですら、兵器を用いた戦いが主軸だ。昔ならば武術でなんとかなったかも知れないが、今となっては難しい。映画のように弾が降り注ぐ中、刀を持って突撃など、現実の世界では無謀な行動だ。ただ、それが現実でも有効なのが面白いところだとも思う。

「まぁ、昔の儂は太ってたしよく食べてたからな、中々痩せなかったよ。んで、まだ着かないのか?」

「もう見えているぞ、私の研究所が」

 純が歩く先に、石で作られた建物が見える。草木を掻き分けながら歩き、入り口に到着する。

 扉はあるが、スライムが入れる程度の穴が空いている。扉を開けようとするが、動く気配がない。壊れそうなので、下から潜って建物の中に入る。

「研究所というか、家だな」

「失礼だな、私にとっては研究所だ」

 研究所(仮)の内装は、三つの部屋で出来ていた。一つはリビング、一つは研究部屋、一つは寝室。寝室以外の二つはそれなりに広く、昔に何かをしていた建物というのは分かった。特に研究部屋には実験器具があった。といっても、フラスコや試験管、アルコールランプといった、理科室にあるような器具が大半だ。後は研究本や文献といった本が入った本棚、壁際に置かれた机と椅子、中央に大きなテーブルがある。

 リビングにはテーブル、椅子、当時の台所や、食料を保存していたであろう木の冷蔵庫のようなもの、そして棚。寝室にはベッドと箪笥(たんす)があり。

「お、和服じゃん」

 箪笥の中には黒い和服が仕舞(しま)われていた。他にも黒い羽織(はおり)に黒い(はかま)、黒い(ふんどし)に黒い下駄がある。それも一本下駄だ。純は懐かしそうに和服を広げる。

「わふく? 純の世界の服なのか?」

「まぁ、儂の産まれた国の服だな。別の国から服が持ち込まれそれが流行りになっても、儂はずっと和服を着ていたなぁ。これ、使ってるか?」

「いや、使ってないよ。何の服なのか分からなかったからそのままにしているだけ。丁度服がないことだし、その和服は贈呈しよう」

「マジかありがとう」

「ただ、その服の分だけでも手伝ってもらうからな!」

 衣食住を暫くさせてもらうのだ。一度頷き、肯定の意思を伝える。和服、袴、羽織、褌、一本下駄をベッドの上に置き、更に箪笥の中を見る。いや、取り出している時に、異様な物が多くあったのだ。それは、巻物。

「ゲームの世界だし、有り得るな。ただ……」

 純は箪笥の中を調べる。そう、後は巻物のみしかなかったのだ。中身は、正直に言えば興味ない。

「これの中身、見たことある?」

「あるが、何も書かれてないぞ? 記録する為の紙だろうからな」

 成る程ね。見る前に知れて良かった。よし、先ずは。

「和服を洗濯しないとな」

「それは不要だ、純。その和服とやらは常に綺麗だ」

 スライムがベッドの上に飛び乗り、純を見る。目は無いが、多分見ている。

「何で常に綺麗なんだ?」

「私が開発した洗濯と乾かし機能が合体した水晶がある。その中に入れれば、服の汚れを水で洗い流すだけではなく、風を起こして乾かせるのだ!」

 スライムがゆっくりと縦に伸びながら自慢してくる。

「乾燥機能付き洗濯機か」

「なんと! 純の世界では既にあったのか!?」

 縦に伸びたスライムが、今度は横に揺れる。子供が見たらトラウマになる動きだな。

「機械の力だけどな」

「なんと。機械が純の世界に存在していたとは……」

「先に言うが、人外じゃないからな?」

「分かっている! 人間の世界には人外は存在しない、文献のみの存在だとね。だが、まさか機械が人間の手によって作り出されていたとは」

 スライムの言う機械とは、ロボットの事だろう。ただ、完全に人外として成立しているロボット。そして、女性型ロボットは子供を身籠れるらしい。血筋とか体の構造はどうなんだと思うが、いつか知れるかもしれないので聞かないことにする。

「にしても、全部黒だな」

「私も当初は、悪魔に関係する代物だと見ていたが、調べた結果、ただの丈夫な布だと判明してな、今の今までは私の洗濯の実験台として使っていた。だが、純には協力してもらう立場にあるし、服がないのは不便だろう」

「ありがとう、スライム」

「気にするな。そうだ、さっき言った私の発明品を見せたい。その和服とやらに着替えたら、外に出て裏手に来てくれ。私は準備に取り掛かる」

 スライムがベッドから跳び、床を跳ねながら寝室から出ていく。純は早速、和服を着始める。褌を着け、和服を羽織り、袴を穿いて、一本下駄を履く。正しい和服の着方みたいなのを都会では礼儀正しくしていたし、代々伝わる伝統やら仕来たりやらあるところでは厳しく教えられていただろうが、こちらは関係ない。着れればそれでいい。いいのだが、着てみて分かった事がある。

「帯無しで着用出来るなんて、凄く便利だな。まぁ作られた世界であるし、そこまで細かい設定が無いんだろう」

 子供が着物の着方を知っているのも、今となっては少ない。ならばこうなるのも頷ける。ゲームだって細かい所までは再現出来なかったのだろう。

 あれ? けど、パパは似たようなやつだったな。道服とか。まぁいい、和服が着れただけでも十分だ。

 最後に羽織を肩に掛ける。それだけで羽織が肩にくっつく感覚を得る。試しに両腕を広げたり、体を動かしてみたが、落ちる事がなかった。装備されている証拠だなと理解する。

 ふと、箪笥が軽く揺れる。純は揺れる音を聴く。なにか虫がいるのか?

 まだ引き出したままだった事に気付き、引き出しを仕舞おうとする。

「……巻物がない?」

 純は全ての引き出しを調べた。全ての引き出しに入っていた巻物が無くなっていたのだ。少々疑問に考えるが、すぐに切り捨てる。それにゲームの世界だし、気にしなくていいだろう。

「まぁ何も書かれていないらしいし、捨てる作業がなくなったからいいか」

 そう言い引き出しを仕舞う。腕を組み寝室から出、建物の裏手と言っていたスライムの言葉を思い出し、リビングから裏手に通じる扉を見つけ、外へと出る。

 草木があるが、通れるようにか分からないが、裏に通じる道が石で作られていた。下駄独特の音を鳴らしながら裏手へ向かうと、向かった先に高さ一メートル程の水色の水晶があった。

「来たか、純。似合ってるじゃないか」

 水晶の横にスライムがおり、純の格好を見て感想を口にする。

「ありがとよ。んで、これが例の洗濯機か」

「洗濯水晶と呼んでほしい。これには水と風の魔素が込められている。その魔素をそれぞれ起動させることにより、魔素を持たずとも水と風を扱える仕組みになっている」

「ん? 魔素とは、取り込めるのか?」

「取り込めるのだ。特にこの近辺には魔素が少なからずある。つまりは魔物が生まれる訳だか、その魔物は野良魔物となる。人間が討伐対象にしている殆どは、こういった野良の人外達だ」

「その野良人外達は、人外から見てどうなんだ?」

「同族ではあるが、知能が発達していない。意志疎通が出来ないんだ。意志疎通が出来なくても、怒らせたらマズイ相手は本能で分かるから手出しはしてこない。それに、野良人外は私達にとっても練習台でもある。無論、戦うための技術を身に付けるためにね」

 ゴブリン達だって、最初から連携が取れていたわけではない。野良人外と戦い身に付けてきたのだ。それはどの人外だってそうだし、人間も同じ。純も元の世界でもそうやって技術を磨いたに違いない。

 生まれながらの天才は希にいるが。

「この水晶って、どうやって作ったんだ? ここに作る為の材料と道具は無いだろ。それに魔素を取り込む事が可能なのか? 確か、魔素は魔物がいなければ作られないんだよな。けど、魔素の塊が魔物だとも言っていたが、なら魔素に変化する事はないんじゃないのか?」

「いい質問だ。前に言ったように、魔素の塊が魔物であり、個体として産まれた人外は魔物ではないと説明した。そして、魔物が子を産んだ場合、その子は当然魔物に入る。竜族が子を産めば竜族だし、獣族が子を産めば獣族だ。更にここから詳しく分類されるが今は省く。質問に戻るが、実はこの○○族という分類が出来る前は、皆同じ魔物として一括りになっていたんだ」

「……それじゃ、元々この世界は魔素のみだったというわけか?」

「そうだ。スライムもゴブリンも、竜も獣も巨人も、そして魔王も、皆同じ魔素から産まれた同族だと考えられていた。だが、今から数千年前。ある一人の魔物が、私達魔物の姿、形が違う理由を調べ始めたのだ。その結果、その魔物が見つけ出したのが――」

元素(がんそ)か?」

「その通り、理解が早くて助かる。私達人外は、確かに元々は魔素から作られた存在だったかも知れない。だが、長い年月が経つにつれ、私達種族からは、特有の素に変化していった。所謂、進化だ!」

 スライムが再び縦に伸びる、純の身長を越える程に伸びている。興奮しているのか熱が入ったのか分からないが、このスライムは研究者みたいな奴だから、喋りたいのだろうと適当に解釈する

「進化した者はもはや魔物ではない。それは一個の種族なのだと当時の魔物は宣言し、それぞれに国と王を作った。その調べた魔物こそ、現在の魔物の王である魔王の先祖である魔王なのだ!」

「元素を発見したのも、その魔王なのか?」

「そうだ。当時の魔王は好奇心旺盛で、気になることは調べていたらしい」

「なら……元素はどこから来るんだ? 変化する前の素は?」

「好奇心があって私は嬉しいぞ!」

 スライムが嬉しそうに伸びたまま揺れる。一種のトラウマになりそうだが、慣れれば平気になれると考える。

「元素とは、他の素に結合する前の細胞のような物だとされている。つまり、変化が起こる前の何らかの性質だという事だ」

 元の世界でも元素記号があったし、まぁそんな感じか、と楽観的に考える。

「ただ、完全には立証されてはいない。現在も立証されていない究極の謎として残っている」

「……じゃあ、この水晶は?」

「この水晶は、実は魔素で出来ているんだ。塊ではあるが魔物にはならない程度の魔素がな。作り方は簡単だ。この水晶は、元々は石なんだよ、純」

「石? この透き通った水晶が?」

 そういえば、石英と言われる鉱物が水晶になる為の材料だったな。

「元々は濁った石ではあるが、特殊な石達だった。重なり合わせると一つになる性質があり、魔素を送ることでその魔素の種類の色に変わる。丸い形は私が削った」

「どうやって削るんだ?」

「溶かしてだが?」

 そこで人外要素が出るのか。溶かすとか怖いな。やはり人外は人外かと思った瞬間。

「深くは聞かないことにする。ただ分からないのが残るぞ」

「分かっている。水の魔素と風の魔素だろう?」

 スライムの言葉に頷く。ただ、これは予想はできる。先程の話を聞く限りだが。

「先の魔王が提唱した理論が本当なら、何故変化したのか。それは、環境が大きく関わり幾度の進化が関わっていたからだ。だが、その考えが正しいのなら、その魔物になる為の要素があった筈だ。私はそこに目を付け調べた。結果、その場所、その地域、その環境によって、魔素には種類があると判明したのだ! 水の近くには水の魔素が、風が多い所には風の魔素が、火がある所には火の魔素が、と。この水晶はそんな魔素を取り込む性質があった。いや、これが元素の一つであると私は考えた。大発見だろ!?」

 スライムが興奮しているのが分かった。少なからず、解明をしたからだろう。魔物とはなんなのか、ではなく、そもそも魔物はどうやって違う魔物になったのか、という進化論に近い理論を叩き出したからだ。

 他の人外も辿り着いた理論かは分からないが、スライムが辿り着いた事が凄いと言われるだろうと思う。頭良いんだな、このスライム。だが、一つだけ気になることがある。

 あるが、今は聞かないことにする。懸命な判断。

「確かに大発見だな。そんな洗濯水晶があるなら、これから洗濯するには申し分ない。ここで生活していいんだよな?」

「勿論だ。ただ、純が必要とするのが分からないから言ってくれ。私はスライムだから、人間の必要とするのが分からない」

「悪いな、気を使わせて。そうだな……」

 建物の裏手には、この水晶以外は無かった。だがある物がない。

「トイレはないのか?」

「おぉ、トイレか! 確かにスライムには不必要な物だったが、純には必要だな! 地下にいくつもこれと同じ石がある。すぐに用意しよう。確か近くに、小さな小屋があって穴が空いていたな」

「それ、トイレじゃないかな。和式だったらきついな……洋式が凄すぎて、あれじゃないと排泄出来ん」

「よく分からないが、近くに穴の空いた椅子があるが、トイレらしき物か?」

「それだ、多分それだ。よし、ちゃっちゃと探して取り付けよう」

 

 研究所(仮)の裏手の奥に、小さな小屋があった。中を開ければ、確かに床に穴が空いていた。小屋からやや離れた位置にトイレがある。穴の周りに割けたような跡があり、過去に誰かが引き剥がしたのだと判断。トイレはそこまで損傷は無いが、汚れが媚り付いていて取れそうにない。

 どうしたものかと考えているとスライムが一言、洗濯水晶なら一発、とのこと。ただ、トイレを丸洗いするのに抵抗があるから、却下してもらった。

 洗うのに必要なお掃除セットは、この世界にはない。少なくとも、人間の世界にはあるんだとか。買いに行こうか悩む。

 空の天気が夕方になっているのを見て、今日一日が終わりになるんだなと楽観的に考える。今日は疲れる一日だなぁ、と。

 食事もしたいが、今からではやる事が多すぎるな。ただ、思い出す。

「あいつらを子供にした時は、もっと苦労したっけ。子供がいれば赤ん坊がいて、夜も眠れなかったっけ……。家の増築もしたっけなぁ」

 空を見ながら昔のことを思い出す。不自由な思いをさせてしまったと思うし、遊んでやれなかったな。儂は少し、遊んだ方がいいのかも知れない。

 生涯仕事をし続け、大往生。生きてきた中では、まぁ、楽しい部類には入らない人生だな。こんなゲームの世界に飛ばされたが、仕事が出来るのは良いことだと感じる辺り、既に精神はおかしくなっているのかも知れない。

 ……子供と遊んでやらなかった罰か。痛い罰だよ、本当。


            ▼

 

 夜の食事だが、人間用の食材がなかった。代わりにではないが、ゴブリン達がいた洞窟に、殺された人間の私物を発見した。中にはお金があり、結構集まっていた。問題は、そのお金だ。基準や価値が分からないのだ。

「食料買うにもお金が必要だな。トイレも必要、台所も必要だ」

「純の元居た世界の技術はワクワクするな! 再現してみたいぞ!」

 リビングの椅子に座り、純がテーブルを人差し指で小さくつつき、スライムは純の話してくれた世界の家を聞かされ、ワクワクしているのか左右に揺れている。もし再現出来るのならしていただきたい。出来たらクリアしなくても生きていける自信がある。そういう努力は惜しまないぞ。

「再現するには材料が必要だ。だが儂はその辺の知識は分からないときた。困った……」

「材料か……。私の発明した水晶は役にたつんじゃないか!?」

 スライムが嬉しそうに言う。うむ、確かに役には立つな。だが、どう役立てればいいのかが分からないのが……いや、待てよ?

「鉄の製造方法が分かればいけるな……。確か、この村には鍛冶屋があったな。そこには資料はないのか?」

「多分あると思うが」

「あったら最高だな。それと、水晶に込められる魔素はどのくらいだ?」

「大きくすればそれだけ込められる魔素が――」

 そこでスライムが縮み、体を震わせる。純が考えていることが分かったからだ。

「いけるぜ鉄製造」

「確かにいける! 必要な魔素が多いが、一度成功すれば量産は可能だ!」

 純は、スライムの嬉しそうにしゃべる姿を見て、小さく口元を笑みにする。子供のようにはしゃぐ姿は、いつ見ても微笑ましい。それが、自分の発想と言葉で表現されているから余計に微笑ましいと感じる。

「それじゃ、先ずはスラ君の家族に挨拶をしよう。友好的になれるかは分からないが……」

 何だかんだ言っても人手が足りない。何かを成す為には、どうしても数が必要だ。畑を開墾(かいこん)する時だって、近所の人達に助けてもらったからこそ開墾出来たんだ。

「(子供を引き取っていなかったら、儂はどうなっていたんだろうか)」

 多分だが、長生きはしなかっただろう。死に急ぎと言われていたかもしれないなと考えていると、スライムがピタリと止まっている事に気づく。

「どうした?」

「……今、なんと言ったんだ?」

「挨拶をしようと言ったんだ。儂がこの場所で生活するには、一人じゃ無理だからな」

「違う違う、その前だ。私の事をなんと言ったんだ?」

「ん? スラ君」

「――な、名前か?」

 そうか、王様以外は名前を貰えないのか。忘れていた訳じゃないが……。

「名前じゃなくアダ名だよ、アダ名」

「……アダ名?」

「そうだ。これから他のスライム達に会うんだろ? けど全員がスライム呼びだと儂が大変だからな。せめてスラ君と呼ばせてくれ」

 こちらが本音である。似たような人外が多く名前が分からない、スライムだけだと皆反応しそうだしな。せめて、今日出会ったばかりでも、衣食住の恩人外だ。スライム呼ばわりは失礼に当たる

「スラ君……スラ君か、はっはっはっはっはっは!」

 スライムことスラ君が笑い出す。何が可笑しいのか。まさか、アダ名を付けるのも駄目な対象なのか?

「いやすまない。確かにアダ名なら、名前の範囲には入らないな。けど、アダ名でも付けるのには勇気がいるんだがね」

「なんで仲良くなるためにアダ名を付けることに勇気が必要なのか、儂には理解できないな。こっちの世界のルールは知らないが、儂の世界では名前を付けるのは当たり前になっている」

 ペットに名前を付けるように、愛用の人形に名前を付けるように、自ら造り出したロボットに名前を付けるように。中には冷蔵庫に自転車、自動車に名前を付けている者達だっている。当たり前は言い過ぎかもしれないが、少なくとも、その存在を認識させるには名が必要だ。誰の物でもない星や惑星に名前を付けるように。

「人外にとっては(おそ)れ多いかもしれない。だが、儂には関係ない。それに、名前がない事は悲しく寂しく、周りから可哀想と言われながらも誰も相手にはされず傍観(ぼうかん)されるんだ。そんな毎日を過ごせば、体より心が死ぬ。結果、歪むしかない。その点だけを見れば、人間と人外の名前に対する大切さは同じだろう。だが、大切の方向は違う。人外にとっては誇りだろうが、人間にとっては存在意義に等しい。名前ってのは、それだけ大事なんだ」

 若い頃に親のいない子供を育てる決心をしたあの時から、儂の生活はガラリと変わった。今の歳くらいに名前の重要性は、そこで初めて理解した。両親からは先端部分しか教わっていなかったと分かったのもその時か。もし会えたなら真っ先に殴りかかってもいいだろう、両親から教わった武術でだ。

「――やっぱり純は凄いな、人外の世界のルールに文句を付けるなんて。人間にとって名前付きの人外は、レベルの高い人外として知られている。その意味も込めて名前がつけられるんだ」

「そんなの知らん。儂なら気にせずに名前を付けるぞ」

「純の言いたい事は分かるし理解できる。だが純の言うように、人外にとっても名前は証明でもあるんだ。そこだけは気を付けてほしい。純に歴史があるように、こちらにもそうなった歴史がある」

「……そこは分かる。ただ、ちょっと熱くなっただけだ」

「いや、少なくとも私には分かるよ。純と会話するのは楽しいな、私の中の常識が変わっていくよ!」

 スライムがブルブルと震えながら伸びたり縮んだりしている。ちょっと慣れた。

「とりあえずだが、水と食料と火と調理道具が必要だな。じゃないと儂が死ぬ。明日、お金の知識を教えてくれ」

「いいだろう。私は寝なくても大丈夫だから、その間にやれる事をやっておこう」

「……本当にありがとうな。人間よりも分かり合える奴でホッとするよ」

「人外の世界は実力だけじゃ生きてけないからな! ただ、短気な者達がいるのも確かだが……。そこは完全に脳筋な者達だしな……」

 スラ君が揺れと伸縮を止めて、溶けるように潰れる。なんか嫌そうだな。そうか、性格と思考がただ単に合わないだけか。儂も脳筋の部分があるから分かるぞ、うん。

「それじゃ、儂はあのベッドで寝かせてもらうが、いいか?」

「あぁ、構わない。ゆっくり休んでくれ。そうだ、体は洗わなくていいのか?」

「さっきこの和服と共に洗濯水晶に入ったから大丈夫だ」

「は、入ったのか!?」

 スラ君の体が膨張する。驚いているのは分かるな、これ。

「あの中は、一言で言えば嵐だぞ!? それを着たまま!?」

「いや裸だが? 衣服を着て風呂には入らん。それにこの服は凄いな、体には付くし、裸になりたい時は消えるし、何より汚れてないんだからな、便利だな」

「……その服にそんな力は無い筈だぞ? それにあの中に入るとは……」

 スラ君は純を見ながら、ここに来て呆れる。独特の思考を持ってはいるが、多分だが脳筋であると。唯一助かるのは、理解できる脳筋だという点のみ。

 衣服の事は気になるが、今は違うことをしよう、少しでも住みやすくするために。

 

           ▼▼

 

 丸い木の卓袱台(ちゃぶだい)と、三畳の畳。卓袱台には湯飲みが二つと急須が一つある。それ以外は何もない、全てが闇、黒で統一されている。その世界に純はいる。卓袱台の前で胡座(あぐら)をかき、体を真っ直ぐに伸ばして純は周りを見る。

「……夢か」

 純はすぐに理解した。これは明晰夢(めいせきむ)に違いないと。生前何度も経験した現象。つまりは……起きても疲れが取れないという事か。いや、ゲームの世界に飛ばされたけど、閻魔パパが呼び戻してくれた可能性は否めない。だがそうなると、スラ君とせっかく仲良くなったのに別れる事になる。それだけは寂しいな。

「残念ですが、ここは夢ではありません。私と貴方の意識を、私が作り出した世界に導いたのです」

 前の方から声が発せられる。純が前を見ると、卓袱台の前に一人の女性が座っていた。

 裸体姿の金髪の美女、顔立ちが整っている、美人とはこの事を言うのだろう。一部不似合いな程に大きな部分があるが、髪の毛がドレスのように胸を隠している。

「私は、貴方の――」

「っふ!」

 純は即座に湯飲みを女性に向けて、横回転を加えて投擲(とうてき)。女性は体を反らして回避に成功。外した事に純は舌打ちをする。

「ちょっと!? いきなりコップを女性の顔に向けて投げるなんて酷いじゃない!」

「安眠妨害を促す明晰夢の対処法は、体に力を入れて目を瞑り全力で目を上に上げて覚ます事だ。だがその前に、絶賛妨害中の元凶を潰す。年寄りはな、深く眠らないと次の日が辛くなるんだよ!」

 純が卓袱台の上にうんこ座りをして、体を猫背の態勢にして女性を見ている。確かに綺麗ではあるが、ただそれだけ。生前の頃は綺麗な女性は世界中にいた。家族が一番だから興味はなかったが。

「ちょっと見えてる!? でかいモノが見えてるから!?」

 下半身に向けて頬を赤らめながら指を指す女性に、自分自身も裸だった事に気付いた。だがこれは夢であり、現実ではない。つまり今最優先すべき事はただ一つ。

「今度は深く眠る、だから儂に潰されろ」

「直列回路みたいな回答ね!?」

 

 小休止

 

「悪いな、へんなモノを見せちまって」

「い、いえ。大変良いものが見れて幸せですありがとうございます」

 再び卓袱台の前に二人が座り、お互いを見る。純が本気で殴り掛かろうとしたが、女性が必死に弁解をし、矛を静めた。

「それで、儂がなんか邪魔しちまったみたいだな。悪い、話を聞こう」

「まさかこれ程のアグレッシブな方とは思いませんでした」

 もう少しで漏らすところだった、と顔を下に向けて小さく言葉にする。聞こえてはいたが、言わない方がいいだろうと判断。

「それでこの何もない場所は、お嬢さんが作った世界だと」

 お嬢さんの言葉に反応したのか、やや髪の毛がピクリと揺れる。

「確かに私が作った世界です。あと、もう一度言いますが、夢ではありません。いえ、夢に近いと言いましょう」

「っふ!」

 急須をフリスビーのように投げる。女性は全力で体を反らし回避、純は舌打ちをする。

「あぶな!? 今のはあぶな!?」

「夢なんだろ?」

「夢じゃないから!」


 小休止

 

「すまん、夢から醒めたい一心の行動をした、許してほしい」

「アグレッシブな直列回路思考とか、完全に野生ね、貴方」

 再び、元の位置に戻る二人と急須。女性は軽く咳払いをする。

「では、単刀直入に言います。ここは貴方の精神世界です」

 女性が両手を軽く上げ、高らかに口にした。が、純は嫌な顔をする。

「宗教は間に合ってます」

「違うから。私が貴方と会話をする為に、貴方の体を借りて、私の世界を作らせていただきました。こうして会話をする為に」

 女性が真剣な顔でこちらを見て話を始める。純は女性の雰囲気に気づき、体を真っ直ぐにする。

「貴方の今の現状をご説明します。この世界は、次期閻魔大王の子供が作り出した世界ではありません。現実です」

 その言葉に純は、何回目かの思考回路停止を経験する。まさか、そんな。

「あの閻魔パパは、次期閻魔だったのか。本物に会いたかったなぁ」

「あ、そこ? 今私、凄い重要な事を言ったんですよ? この世界は現実だと」

「分かってる。気持ち的に、現実かどうか分からない位置になっているの。えっと、つまりだ。あの子供達がやった事は何なんだ? 確か、白い紙の上でなんか始まったんだよな。それで、なんかが始まった後に目の前が真っ暗になって、気づいたら今の世界にいる。だよな?」

「えぇ。先ず結果から言いますと、当初は貴方のお考え通り、ゲームの世界へ行く事が目的でした。飛ばされる前に、色々と設定されていませんでした?」

 そういえば、あの女の子が別の紙を持ちながら何かをしていた。名前、年齢、欲しい能力。だが、後は適当に決められていたような気がする。

「確かに設定みたいなのはされたが、後からは適当だぞ?」

「はい。それが貴方のゲームでの設定です。そのゲームは主人公となった貴方がレベルを上げ、仲間と出会い、魔物が起こす事件を解決し、最終的にはラスボスを倒してゲーム終了という、罪を持つ者を厚生させる為に作られた仮想世界です」

 ……よく分からないが、厚生させる方法が時代に合わされているようだなと理解するしかない。

「つまり儂は、世界を救う勇者になる主人公となる予定だったと」

「その通りです。ですが、貴方の場合は想定外の事態が起きたんです」

 想定外。過程に含まれていない事があった。まぁ、子供のやる事なんて想定外な事ばかりだけど。

「それは、貴方が魂だった事です」

「……魂が想定外?」

 意外な材料が出てきた。魂が想定外というのはどういう事だ? 人は、亡くなれば魂になるんじゃないのか?

「本来であれば貴方は、霊体として死後の世界へと現れ、裁判をせずに天国へ向かう予定でした。ただ、その霊体の体がまだ不完全の状態のまま死後の世界へと来てしまったのです」

「……体が無いのは珍しいのか?」

「いえ、よくある事ではあります。それは、まだ覚醒していないからです。ゆっくりと意識をはっきりさせれば、自ずと体も出来るんです」

「待ってくれ」

 左手を前に出し、話を中断させられる。そうだ、この方からすれば、自分がどこにいるのか分からない、有耶無耶な状況なんだ。ゆっくりと説明を――。

「貴女の名前を教えてくれ。あと、なんでお互いに裸なのかと、貴女が誰なのかも頼む」

「事の真相よりも私が気になるとかドキドキする嬉しい、じゃなくて! 今!? 今聞くのそれ!?」

「さっきから気になってたんだ。教えてくれてもいいだろ?」

 前に出した左手で軽く手を振り、卓袱台に置く。この男性の考えがあちらこちらに行くから掴めない。女性は軽く咳払いをする。

「確かに自己紹介がまだでした。私は天照(あまてる)、貴方がゲームの主人公となった際の天の声として――」

 純は即座に卓袱台を掴み投げようとするが、天照と名乗った女性も同じタイミングで卓袱台を掴み、投げるのを阻止する。

「来ると分かれば防げるのよ!」

「何が天照だ天照(あまてらす)だろうが! 日本神話持ち出すな!」

「そういう設定なのよ理解しなさい! あと裸なのは、ここは精神世界だからよ! 精神が服着てるわけないでしょ!?」


 小休止

 

「ぜぇ…ぜぇ…。あ、貴方の相手は疲れるわ……」

「それで、どうして儂は魂だけだったんだ? 気付いた時には舟の上だったが」

 天照(あまてる)がゆっくりと深呼吸をし、ゆっくりと落ち着く。

「次期閻魔大王の子供の一人が、魂となって現れた貴方と共に、三途の川を渡ってしまったからなんです」

「……渡ると、人になれないのか?」

「そもそも、三途の川に来る前にも裁判があるんです。その行程をすっ飛ばしてしまったのが原因です。霊体ではなく、魂として定着してしまいました。ただ元の場所に戻れば、霊体になる事が出来ますが」

 そういう力が働いているという事か。そういう世界なのかどうなのか分からないが、霊体というのが大事なのは分かった。

「儂は魂のまま子供に連れてかれ、ゲームの主人公にされたというわけか」

「その通りです。ただ、このゲームに入る前に、歪んでしまいました」

 歪む。確か閻魔パパが入ってきた時だったな。

「本来であれば失敗した場合、何事もなく終わるようになっているんです。ただ貴方の場合、魂が弾のように別の世界へと飛ばされてしまった。いえ、別世界ではなく、別の宇宙と言うべきでしょう」

 天照の言葉に、純は肩をゆっくりと落とす。今、別の宇宙と言ったのか? つまりそれは、そう。

「異世界?」

「その認識で良いかと」

 ゆっくりと顔を上げる。天井はない真っ暗な世界だなぁ、これは儂の精神世界だったなぁと少し考え、ある結論に達する。

「生きていけるかな」

「まぁ、そうですよね。私も何故こうなったのか不思議です」

 溜め息をつく天照を見る。そういえば。

「天の声の天照さんが、なんで儂と直接会うんだ? 天の声らしく語りかければいいじゃないか」

 姿形を出さなくても、脳内なり幻聴なり話しかけてくれてもいい筈だ。態々姿を出さなくてもいいのに。

「声だけだなんてつまらないじゃないですか! 私だって動きたいし歩きたいし人の体でやりたい事があるんですよ! ほら、恋愛だってしたいじゃないですかぁ」

 両手を使って表現している。なんでこんなにも喋るんだろう。いや、待てよ。

 確か本来なら、罪人の厚生を目的としたゲームだと言っていた。だとすればこの天照は、このゲームの天の声をやっていたわけか。

「人間より遥かに偉い存在が人間に憧れるなよ……」

「私だって女として作られたんです。貴方の能力を使ってこの姿になったんです」

「……待て。儂の力を使ってと言ったな?」

「あ、はい」

「勝手に使うなよ」

 

           ▼▼

 

 純が暴れまわったゴブリン達の洞窟。その洞窟に、甲冑を装備したゴブリン達が数十体来ている。顔は晒されているが、その顔つきは人間側に近く、純が殺したゴブリンよりも表情が柔らかい。その立ち姿も真っ直ぐで人間らしい。腰に剣をぶら下げ、殺害されたゴブリン達を調べる。

「これは、野良にやられたのか?」

「いや、野良にしては鮮やかだ。鮮やかすぎると言えばいいか。相手を一撃で絶命させる技術がある野良など驚異でしかない」

 二体のゴブリンが、首を折られたゴブリンを動かす。純の首を折る技術に驚きを隠せない。そもそも、人外の首を折るという行為は人間側でも可能だろう。ただ、調べた結果だが、明らかに混戦の中で殺られたとしか考えられない状況。いったい何が起きたんだ、この辺境の地で。

 

 洞窟の奥、純が捕まっていた場所に先程のゴブリン達がいる。だがその中に一体、ゴブリン達よりも体が二回りほど大きいゴブリンがいる。他のゴブリン同様、同じように甲冑に身を包んでいるが、その甲冑は他のゴブリンが着けている甲冑よりも白く輝き、騎士甲冑に近い装備をしている。

「ルーキン副王、先程全ての遺体を調べ終わりました」

 一体のゴブリンが副王と言った。このゴブリンこそ、ゴブリンの王に名前を付けられ、副王の席に座っているゴブリン。ルーキン副王は報告に来たゴブリンを見ず、洞窟内の現状を観察している。

「結果はどうだ?」

「はい。ルーキン副王の言葉通りです。信じられませんが、相手は武器を使用した形跡がほぼありません。一部使われてはいましたが、それは見廻りの者達が使用する武器でした」

「そうか、ご苦労であった。下がってよい」

「っは!」

 ゴブリンがそそくさと下がる。ルーキン副王は、本当の意味での力で殺されたゴブリン達を見て、一種の尊敬の念を抱く。それは殺し方ではなく、殺すまでの仮定に対してだ。見事の一言に尽きる。

 このゴブリン達は、正確に言えば自分の部下ではない、他の副王の部下達だ。人間を食料とした野蛮なゴブリン達。その野蛮なゴブリン達の副王とは仲が悪い、言わば対立する仲とも言える。

 この領域をあの副王が担当すれば、人間が攻める事はないだろう。ただ、食す事に異議がある。戦いにはならないだろうが戦いになる火種にはなる。それは非常に恐ろしい事なのは、先の勇者達によって理解した。人間は誰かの為に強くなるのだと。だからこそ、この惨状を見て思う。これは、信じられないが、人間がやった事なのだと分かった。

 第一に、見廻りがこの最新部、つまりは人間を食べる場所が戦いの始まりだということ。

 第二に、ゴブリン達の殺害方法。殺され方は至ってシンプル。顔を捻られ、首を斬られ、頭を潰され。相手は相当ガタイのいい人間だったからこそ可能となる殺し方だ。

 第二に関して言えばそういう相手でいてほしいと思うが、第一は合っているだろうと考え、第二は考えにくい。いくらゴブリン達が連携をとったとしても、このような殺し方をする相手を捕まえるとは考えにくいからだ。このゴブリン達だって、戦う相手は選ぶ。きっと戦わずにいた筈だ。だが実際はこのような結末を迎えた。つまりは――

「こいつ等が餌として捕まえた人間に哀れにも殺されてしまった、という事か」

 だとすれば、その人間はただの人間ではない。まさか、勇者か? 結論はまだ出せないが、もしこれが勇者の仕業なら、近い将来、人間と人外との戦いが始まってしまう。

「……王に報告するべきか、否か」

 ただ、本当に勇者としての人間がやったのか分からない。ゴブリン達の殺され方は確かに普通ではない。同時に、勇者の者とは思えぬ殺し方でもないように感じる。

「周辺を調べるとしよう。まだ確定されていない事を報告して騒ぎにするのは得策ではない」

 ただ、もし勇者の力を宿す者が現れたのなら、消すしかない。

 

           ▼▼

 

 晴れ晴れとした朝。空には雲がなく、湖には青い空が湖岸と木々を装飾にして綺麗な一枚絵のように水面に写し出されている。その湖の近くにスライムの住処がある。スライムしかおらず、他の人外は存在しない。いや、誰もスライムに興味がなく、見つけたとしても無視をしているのが本当の理由。

 その住処に一人の男性か訪ね、スライム達の前に正座をしている。スライム達は、男性から避難するように離れ、隠れつつこちらを見ている。村長と二体のスライムは男性を上から見れる位置、テーブルの上から男性を見る。

「お話は先程伺いました。自分はここのスライム達の村長をさせてもらっています」

「儂は白濱 純。どこまで話を聞いたのか分からないですが、人間です」

「お話では、子供の悪戯で異世界から来たと」

 そこまで話したか。いや、話す手間が省けたから良しとしよう。

「正直に申し上げますと、その話を最初から信用は出来ません。ただ、若者が嬉しそうに言っている事から、あながち嘘ではない、と言わせてもらいます」

「それはまたどうしてですか? 彼を騙している可能性がありますよ?」

「あの若者が楽しく語りましたよ。常識が進化するとか、知識が溢れるとか。つい先程まで一方的に話し続けられ、今は純さんの生活のための道具作りを考えるとかなんとか」

 村長が嬉しそうに話す。まぁ、好奇心があるスライムだこと。村長も其程警戒してはいない様子。一応人間なんだが、大丈夫なのか?

「こちらとしては、敵対とか邪魔をしたいわけではありません。聞いた通り、別の場所から来ましたので、家も何も無い状態で来ました。出来たらですが、仲良くしていただければと考えています。勿論、なにか手伝うことがありましたら仰って下さい。出来る限りですが、お力をお貸しします」

 この手の会話は正直に言えば苦手だ。共に仕事をし愚痴を言い合い酒を飲めば大抵は仲良くなる、という独自の理論で生きてきたからな。まぁ儂、酒は全然飲めないけど。

「お力を……ですか」

 村長は純の姿を見て、小さく息を吐く。まさかあの服を着る者が現れるとは。

 最初、若者が喜びながら部屋に来て語りだした時は、疑念しかなかった。とうとうここまで来てしまったかと心配になった。だが、話の内容はどれも驚くばかり。最初の出会い、ゴブリンの惨劇、異世界、武術、そして――服。どれもこれも嘘に聞こえるが、服に関しては別問題。

「でしたら、信用する為に一つ頼まれてはもらいますか?」

 信用する為に、か。これは贅沢な条件だ。それに、先に出来る限りと制限をこちらはつけた。そんなに大変な頼み事ではないだろう。ただ、覚悟だけはしなければならない。頼み事の種類は明示してはいない為、個人的に辛いものになる可能性がある。

「純さんは、この領域は誰が治めているか分かりますか?」

 村長の言葉に、一瞬だけ頭が真っ白になる。予想しなかった切り出しだ。が、スラ君が昨日説明してくれた内容をすぐに思いだす。

「人間が住む場所と、人外が住む場所の丁度中間あたりでしたよね。治めている者はいないんじゃないですか?」

 スラ君が言うには、この場所はゴブリンが見廻りをしている場所だとか。ならば、ゴブリンの王が治めているのか?

「確かに、ここは誰も治めてはおりません。いえ、正確に言えば統治してはならない場所です」

「……してはならない? それは、天使の領域のような不可侵地帯という意味ですか?」

「えぇ。といっても、人間には忘れられ、人外にとっては過去の産物に過ぎませんが」

 純は腕を組む。過去の産物、人外にとって、人間には忘れられている。つまりは、人外にとってこの場所は歴史がある場所で、人間にとっては歴史の教科書に書かれている程度の認識というわけか。

 ただ、人外にとっても認識になりつつある。今の口振りからするとそう捉えられる。

「率直に聞きます。この儂に何を頼みたいんですか?」

 右目をピクリと動かし、村長を見る。村長は純をじっと見る。十数秒沈黙が流れ、村長が言葉を発する。

「この近くの湖、魔湖(まこ)と呼ばれる湖の真ん中にある一つの銅像を、持ってきて下さい。そうすれば、自分達は純さんを受け入れましょう」

 銅像を持ってきて下さい。つまり回収か。スライムの体では銅像を運ぶことは出来ないという事か。だが、銅像?

「その銅像は、先程のお話と関係が?」

「お察しがいい。持ってきて下されば、先程のお話の続きをしましょう」

「別に聞きたくはないです。ただ儂は、頼み事をこなすだけです」

 腕を組んだまま立ち上がり振り返り、前に歩き出す。歩く方向に両扉の入り口がある。この扉はスラ君の家の扉と違いちゃんと開くが老朽(ろうきゅう)しているため、小さく軋む音を立てて開かれる。

「ただ、つまみを食べながらのお話でしたらいいですよ? 歴史には興味ありますし」

 振り返らず、前を見たまま言葉にし、建物から出ていく。村長は再び、小さく息を吐く。村長を守るようにいたスライム二体は村長の方へ振り返り、一体が質問をする。

「何故、昔の話をしたんですか? それも人間相手に」

「そうです! 人間とは、俺達スライムをゴミのように扱う連中ですよ! いくら異世界から来たとはいえ…。いえ、異世界から来たというのも信じられません」

 もう一体も村長に、やや強めに否定をいれる。が、村長はゆっくりと視線を上に向け、小さく笑う。

「あの服を着る者が現れるとは、運命の悪戯(いたずら)か、あるいは偶然か。どちらにせよ……懐かしい感覚だった」

 二体の質問に対しての村長の答えは、答えではなく懐かしむかのような返答。その返答には、二体のスライムもお互いを見て軽く傾ける。人でいう首をかしげる行為に近い。

「若者が興奮するのも納得だな」

 

            ▼

 

「魔湖って言うのか、この湖」

 純は村長から頼まれた銅像を拾う為、魔湖なる湖に到着し、腕を組み全体を見る。それほど広いというわけでは無さそうだが、やはり歩いたり泳いだりすれば、それなりには時間が掛かる距離ではある。少なくとも、どこかのアミューズメントみたいな敷地くらいはあるかもしれない。ただ、アミューズメント的な施設に行くことは余りなかったが。

「(ちょっとちょっと、聞こえる?)」

 頭の中に女性の声が響く。その声の持ち主は寝ている間に、この世界はゲームの世界ではなく異世界の本物の世界で、どうして純がこんな場所に来てしまったのかを説明してくれた天の声、天照だ。

「(話しかけるな二日酔いの頭には刺激が強すぎる)」

「(私の声が刺激的とか嬉しいわ)」

 死んだら行っちゃう世界に導入されている、悪人更生施設という名のゲームで天の声をずっとしていた為か、非常に残念な性格の天の声になっている。それでなく、本来は声のみの筈なのに、知らずの内に純に与えられた能力を勝手に使用して人の姿を手に入れるという、本人の許可無く能力使用を実行した天の声、天照。

 本来ならこのように天の声として、ゲームの主人公となった悪人にヒント、アドバイスをし、知らずの内に更生させる詐欺師的な力でクリアさせるのだが、今となってはただの話し相手でしかない。

「(能力は使わないの? 使えば楽なのに。これが食べたいなぁとか、あれが欲しいとか)」

「(そんなわけの分からない力なんか使わん。儂は、儂の力で生きていく)」

「(ちょっと!? 私の存在は!?)」

「(知識、話し相手、後は分からん)」

 この天照に求める物は、現在では知識。なんだかんだ言って流石天の声、あらゆる知識をお持ちらしい。主にゲーム内でだが。

 ちなみにだが、天照が担当している天の声は、冒険物らしい。他にも悪人更生ゲームがあるらしく、ジャンル分けされているとか。

「(ったく、儂に使われたゲームは冒険物か)」

「(……あーー……)」

 歯切れの悪い回答。なんだ違うのか?

「(ほらほら、早く銅像を見つけちゃいましょう。お金も習わないといけないし、食べ物だって必要でしょ?)」

精神世界での会話と違い、えらくフレンドリーな天照。ただ、これが素の可能性が高い。いや、これが素だろう。

 能力とやらは使うつもりは一切無いが、天照の天の声くらいは使わせてもらおう。悪いのが閻魔のチャイルド二人だとしても、このようなズルい力を会得させてもらったんだ。使わせてはもらう。主に天の声だけ。

 頭の中でも会話をする事になるとは。アニメや漫画じゃあるまいし。それとやってみて分かったことだが、頭の中で考えている事と、頭の中で会話する事はイコールではないようだ。

 相手を見て会話をするように、頭の中での会話も相手を見て会話するような感覚。独り言の場合や考え事の場合、相手を見なければ会話は成立しない。

 これは朝起きて、スライム達の住処に行くまでの間、天の声に一方的に説明された。朝からやや疲れてはいる、精神的に。

 純が湖に入り始めると、着ている衣服と一本下駄が消え、褌のみになる。消えたことにやや驚くが、真相は後で考えて、今は村長の頼みを遂行する一点のみ考える。

 湖のどこにあるのか分からないが、それなりに透明度がある為、目視で湖の地面が見える。生き物は――いた。魚だ。見た感じは、秋刀魚とか鮎とかに似たような魚がある。火を通せば分かるな。これは釣具をも考えないといけないな。

 野菜に関しては自分で場所を作り、人間が住んでいる村、町、街に出掛けて種を購入し、自分で育てよう。出来ればモヤシが欲しい、冗談抜きでモヤシがほしい。

 湖の中に入って野菜が欲しいと考えるあたり、お腹か空いているんだと実感する。それもそうだ。何せ昨日から何も食べていないのだから。せめてお金の使い方、知識を先に教わって食事した後に住処に行けばよかったと軽く後悔をしている。

「(綺麗ねぇ。まるで、初めてデートをした日みたい)」

 行ってない。初めて会ったのが数時間前なのに、知らずのうちに彼氏になっている今の現実が受け入れられない。早く銅像見つけよう。

「(あ)」

 今度はなんだ。また何か適当な事を言うつもりか?

「(敵が来たわ)」

 敵? まさか索敵機能があるとは、天の声昇格。ただ、その敵が見えないのが問題だが。

 透明度が高いのか、それなりに遠く、深く見えるのだが、今は全く見えない。本当に敵がいるのか?

「(真下よ!)」

 水中の中、抵抗に抵抗しつつ下を見る。下から二つの物体が、水の抵抗を押し上げながら上昇してくる。

 人間、水中で自由自在に泳げるようには出来ていない。少なくとも、儂は動けん。

「(水中戦はしたこと無いからなぁ。これは死んだな)」

「(諦めるの早!? もう少し抵抗しましょ!?)」

 水に抵抗出来てないのに敵に抵抗しろとか普通に無理な案件だ。出来るとしたら、浮上くらいかな。

「(浮上しても間に合わないな。仕方ない、大人しく殺されよう。人間、いつ死ぬか分からない)」

 その場で動かずに二つの物体が接近するのを確認。このまま突撃したら確実に死ぬ。いや、死んだ。

 純の前まで接近。直後、二体は急停止。押し上げていた水の抵抗も元から無いように、純の前で止まった。

「お初にお目にかかります。私は――」

 中世的な声がしたが、純は構わず浮上を開始。酸素が足りない。

「(南瓜(かぼちゃ)の煮付けが食べたい)」

「(ま、まぁ……今のは仕方がないわね)」

 流石の天照も、今のは不可抗力に近いかは仕方がないと考える。純の前に現れた二体が、浮上する純を見上げている。

「やはり人間ですね」

「人間だからこそ、だよ。あの方が、私達の新たな主だ。挨拶は最後までしなければな」

 一体が純を追いかけるように浮上を開始。もう一体は動かずに見上げている。


 「新たなと言っても、彼が最初の主なんだけど」


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