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亜人の王  作者: バゥママ
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第十四章 十王の立場

 力ある者とない者と分ける者達がいるが、それは正しくはない。力は皆にある、それがいかに非道であろうと悪であろうと、その者の力であることには変わりない。

 それでもなお力はないと言うのならば、近くにある物を使い、あらゆる方法を用いて自分の敵を殴り続け刺し続けろ。相手が降参しようとも逃げようともしても逃がしてはならない。

 何故ならそれこそが力であり、意識の変革の時でもあるからだ。



            ▼



 純はこの十数日間は非常に満足した日々を過ごしていた。というよりは、母国で生活していた日々と然程変わらず、実に田舎暮らしが我が人生であると言わんばかりに充実感を持っている。それに拍車をかけたのが、地下農園だ。後で知ったがトーウという名前らしいトレントの王率いるトレント達が無事移動を完了したとのこと。

 純達がいる場所から離れた位置にいたが、今は辺境の地の中央に移動し、トレントの力を強く発揮している。それがトレントの持つ力の一つ、幹を周りへと張り巡らせ、辺境の地内部の監視をしている。何かあればトレントが対応、駄目でも他の者に知らせられるので非常に便利な力。最終的にはドリアードが相手をする。

 ちなみに、ドリアードは非常に強い種族とのこと。というのも精霊というのは素の塊であるため、ある種のその素の純粋なる使い手であるとされている。そんな精霊は人外ではあるが、自ら人間と戦おうとはしないし、その素の精霊に明確な王は存在しない。種族として暫定的な王、女王は一応いるが正しくはない。

 もしいるのなれば、その王は全ての精霊の王である、と語られているが、精霊達からすれば聞いたことも言ったこともない嘘になるのだが、使える情報と勘違いなので、現状使わせてもらっているのが正解である。純からすればどうでもいい話しである。

 地下農園では、スライムのスラ君が作り続けた魔石を使った畑が試験運転され始めた。水の魔石、光の魔石だけでなく、狼族の協力のもと風の魔石も製作に成功。本来入らない風が地下に作られた。そんな地下農園を一から作ったのは純、ではなくコボルト達。

 地下を掘り、木を使い道を張り巡らせ土が落ちてこないように固定、畑となる部分を大きく掘り木で固定。

 ある程度完成したら開墾作業にはいるが、コボルト達は昔から畑仕事をしていたせいか、純が率先してやらなくとも作業は進む。それに純は非常に満足な顔をする。

 元いた母国では地下農園なぞ出来なかったが、都会でも地下農園が出来ていると聞いて羨ましかった記憶がある。が、今はそれが実現しているのだ。蟻の巣のような構造で畑を張り巡らせられるとのことだが、下にいけばいくほど上からの振動に土が耐えられず落ちてくるんじゃないかと心配になる。

 それは今後にしよう、今はこの状態で農園として機能させなければならない。焦らなくても時間はまだまだたっぷりある。

 コボルト達の住む場所だが、現在は町へ来て、元々冒険者が使っていたであろう宿舎に泊まっている。それはダークエルフも同じだが、ダークエルフは木の上に家を建てて生活していたので、彼らには家造りを優先させている。ということで、ダークエルフ達も現在は町に泊まっている。といっても人数が人数、全員が部屋に入れるわけではない。そこは交代で朝と夜に分かれて作業をしている。

 力仕事と家事仕事の二つに分け、更に朝と夜に分けた。トレント達の仕事もほぼ休みなし。いくら木を生えさせられても限界はある。故にトレント達は四つに分け、六時間交代で活動をしている。純曰く、これはブラックだな、とのこと。

 そんな純は畑仕事、瞑想は常にオーラを維持し、常に集中している。それこそ周りから見れば毎日十数時間もの間、集中し続けている純こそ驚異であると人外達は見て思う。

 そんなある日、蛇人のネルが村へ戻るとのことになった。理由としては、本来はクラリス救出の為に出てきたのだが、こうも長くなるのは良くないとのこと。元々は救出し終えた時に戻れば良かったのだが、親友であるクラリスが人間に恋をしたという心配があるが為に現在に至っているが、一応は認めてはくれたらしく、一時戻るとのこと。


 辺境の地の外。ネル、クラリスは外を見て、小さく風に靡く髪の毛を一度触れる。

「行くのか、ネル」

「妾の仕事は終わった。本来の目的はクラリス救出だったからのぅ、それが終えれば家に戻るのは当たり前じゃ。まぁ、救出以上に大変なことになっているがのぅ」

 傘を地面に刺し、クラリスを小さい笑みで見ると、クラリスも小さく笑う。

「余も驚いている。が、余の考えは間違いではない。純様は人間だがただの人間ではない、こちら側の人間であると。ネルも安心してほしい」

「安心か。確かに心配ではあるのぅ。クラリスの真っ直ぐさは、純殿を困らせる」

「む? 純様と添い遂げるのであれば必要な事よ? ネル。ネルも余と同じように恋をすれば分かる。ここは余と同じように純様に恋をすればよいのだネル」

 自信満々に言い放つ親友クラリスに、ネルはやや考える。確かに蛇人とは、同じである筈の蛇族から余り良いようには思われてはいない。人間からも、強大な敵としか見られていない。

 まぁ他の人がつく人外よりかはマシか。

「そうだのぅ。少なくとも、クラリスと離れ離れにはならないのぅ。じゃが、クラリスはいいのかい? 妾と純殿が恋仲になっても」

「問題ではない。親友と共に共有出来るのだ。まぁ嫉妬はするだろうが、泥々(どろどろ)とはしない。余達は本音で話せるだけではない、解決だって出来る。そうだろう?」

 自信満々に問う親友は、気高きダークエルフの姫として相応しい。ネルは小さく笑い前を見る。

「もしも、もしもじゃ。この地を人と混ざりし人外を連れ、純殿と暮らせるのであれば、妾達人外は幸せになれるのかのぅ?」

「それは素晴らしい考えだ、ネル。ネルは特別だが他の者達は違う。きっと肩身が狭い想いをしているだろう。もしも連れてくるのであれば余から純様に進言し、居住区と職場を確保していただくよう頼む」

 クラリスが楽しそうに答え、その言葉にネルも内心で喜ぶ。

「妾のような人外であり人である者達は、純殿の世界では亜人と分類されるらしいぞ?」

「ほう? それはまた面妖な分類名ね。何をもって亜人となるの?」

「人の姿をし、人と違う姿をしているとのことだ。妾のように人ではあるが、鱗や尻尾といった人外の特徴を持つ者達の事らしい」

 クラリスが自分の耳に触れ、同じではあるなと思う反面、その分類は曖昧な部分があるなと思う。それに、クラリスからすれば余り良しとは思えない。

 純という人間は受け入れられるが、他は受け入れられないのが現状。純と共にいる者達も人ではあるように見えるが、あれはあれで人とは言えないが。

「もしそれが世に知れ渡り常識になるのならば、良くも悪くも、妾のような人外は堂々と出来るだろう」

「ならば、ネルがその筆頭となり前へ進めばよい。余も協力する」

 真剣な顔でそう言葉にする親友は、本当に良き親友だなと思う反面、親友の純殿に対する想いが強過ぎて、純殿の事になると癇癪持ち並みに破裂するなと思う。これはこれで新たな発見、いや前々からそうだったか。

「余は純様の、人外最初の妻として、ネルは亜人最初の妻として純様に全てを委ねるのだ」

「妾を含めなくてよい」

「……嫌なのか?」

 悲しい表情の親友、純殿に関わる事にはコロコロと表情が変わる親友だ。小さく溜め息をしつつ、嫁ぐなど考えたこともないなと思う。が、考えとしては悪くはない。

 そもそも、人と交わり産まれた妾のような人外は、昔はともかく今では同じ者同士しか結婚しないし、妾の他の蛇人は見たことがない。居たとしても結婚は考えはしない。が、仮にいないとした場合、妾とて子供に興味がないわけではないのだ。

 ならば、形と子だけを授かるだけでも構わないかとも考える。それに同じ人外と人間の子と結婚する可能性もある。保険として純殿、と考えてもいいだろう。

「……分かった、そんな顔をするな。一応はそのように考えてもよい」

「そうか! 余は嬉しいぞ!」

 嬉しそうに抱きつく親友に、やれやれと思う。一応こちらが年上なのだが、関係はない……か。

 胸の辺りが押し当てられているが、成長したものだとも思う。これが純殿の物となる、か。いや、その考えはきっと純殿は否定するだろう。物ではないと。

「余の親友であり亜人代表のネルよ。余はいつでも待っている。必ずこの場に来てほしい。これは余の我妻だ」

「分かったよ、親友クラリス。妾は再び戻って来よう。手紙は必ず出すから、読んでこちらの事を把握していてくれ」


            ▼


「儂、辺境の地の主になるのか?」

 朝の食事を我が家で食べつつも、共に食事をしているキュートスを見ながらそう答える。椅子に座り箸を使うキュートス、妻のセリナ。隣にはクラリスが座り、皆が我が母国が誇る和服を着ている。

 ダークエルフ族、コボルト族が辺境の地に来て二週間程が経過、基本的に畑と家の建築に取り掛かっている面々であるが、やはりと言うかなんと言うか、住み慣れた家で生活したいのだろうと考える。

 ちなみに、クラリスの命令により運んできた元イルナイ街は無事、トレント達の協力のおかげで森林の中に出すことに成功。使える物を選別し使えない物は素材として分解している。スライムのスラ君はこれに参戦し、必要不必要を選別する係として働いている。

 スライムは、面白い事に純の提案に乗ったのだ。提案というより推測だが、他の素を含めば違うスライムになるのか、姿形を変えられるのかの二つ。これはラストが担当する事になった。

 元々ラストはこの世界で最初に作られた者であり、知識はある。それにこういうのが好きみたいだ。好奇心旺盛なだけかもしれないが。

 母国の話しを聞いている時のラストとスラ君は似たような反応をしていたから、まぁ楽しいのだろうな。この世界で興味があるとすれば、機械の存在だろうか。というのも、畑仕事をしていると機械という便利な道具が欲しくなる瞬間がある。出来れば冷蔵庫とか洗濯機が欲しい。

 トレントの仲間を探しながら機械の者達も探すか。

「うむ。純殿はこの地を見守るスライム、トレント、コボルトを支配下にしゴブリンを退かせた。事実上、この辺境の地を守る者になるだろう。ただし、これはまだ未確定。魔王にこの事を教え、正式にこの地を純殿の支配下になれば、少なくとも純殿が辺境の地へ住むことは認証されるだろう」

 和服が非常に似合うキュートス。この和服は白猫が一から作った物で、妻のセリナとお揃いの色と柄。深い紫色にダークエルフの横顔のような絵柄がキュートスには男性、セリナには女性と分かれている。クラリスは純と同じである。

「領土権か」

「まぁ、そこは大丈夫でしょう。ドリアードがいないところを見ると、先に行動しているみたいですし」

 鮭を綺麗に箸の先で分けて口に運ぶセリナの言葉に、出掛けていたのは知っていたが、そんなことをしていたのかと思う。

「あのドリアードの女王が今何処にいるのか分かるのか?」

「わたくしには分かりませんが、少なくともドリアードの女王は先を考え行動する方ですわね。それに、根はとても恐ろしい方ですし」

 目を細めるセリナの顔に、まぁ誰しも意外な一面はあるだろうなとも思うのは当然かもしれん。

「ちゃんと話しはしてなかったが、そんなに悪そうには見えなかったな。頭は良さそうだが」

「頭が良さそう? ドリアードの女王が? ほっほっほ、それはまた面白い」

 わざとらしい笑い方に小さく違和感がある。頭、良くないのか?

「ご主人様、ドリアードの女王がお帰りになりました」

 白猫が純の前に湯呑みを置き、肩を揉み始める。老人ではないが気持ちいいのには変わらない。うむ、素晴らしく日々だな、メイドという和ではなく洋だが。

「戻っても儂が行ったところで何の話しもないだろう」

「いや純殿。一応純殿は、ゴブリンを除くこの地を統べる者達から信頼と少なからずの忠誠を得ている。それにドリアードとは、云わばこの辺境の地の支配者に近い」

「ん? でも辺境の地は誰も治めてないんだろ?」

「便宜上はそうだが、ドリアードは昔からこの地に住む者達、固有種とも言える。それに発言力は十王(とうおう)に匹敵するのだ。そのドリアードの女王がこの地を、周りからどう言われ思われようとも離れなかったのは、この場所が魔物時代の分岐点だったからだ。人間がこの地を攻め込まないのは、コボルトにゴブリンが守っていただけではなく、ドリアードが暴れないためであるとされている。といってもこれは昔からそう言われていただけで、魔王もそれに則って守らせているだけの事になっているが」

 このダークエルフの王がそうまで言うところを見つつ、王妃があのドリアードの事を少なからず知っているところを見ると、確かに話しはしなければならないなと思う。第一、儂は部外者で侵略者でもあるんだ。更に話しを聞かないというのは余りにも身勝手。

 この地を統べるつもりはないが結果的にそういう事になる今の状況を察するに、儂は王的な立場になるのだろうか?

「……分かったよキュートスさん。ドリアードの女王は何処に?」

「はい。集会場へ向かっていきました」

「集会場ね。食事を終えたら向かうとしよう」

「ならばこのクラリス、第一妻として同席させていただきます」

 父親であるキュートスが咳き込み、母親であるセリナが微笑する。正直、こういう空間は嫌いではない。人ではないが会話ある食事とは実に安らぎを与えてくれると思う。


「ちょっと爺! この場所、私がいない間に何があったのよ!?」

「見て分かる通り、辺境の地だよ?」

「見て分からねぇから聞いたんだよこのボケ!」

「キュル様!? トーウ様を蹴らないでください!」

「どうせ分身体だ痛くも痒くもねぇよ! 私が聞きたいのは、どうしてダークエルフとコボルトが辺境の地に居て共に生活しているのかとか! スライムがどうして他の魔素を取り込んでいるのかとか! そういう小さくて将来的に大問題になることが発生しているのにも関わらず何も対策をしていないのかを聞きたいのよ! 私吃驚だわ! というか私の仲間吃驚してたわ! なんか快適な空間作ってるし!」

 ドリアードの女王キュルが、仲間のドリアードに取り押さえられながらもトーウを蹴る中、魔王の秘書であるウルクはこの変化に内心驚いていた。嘗ての仲間は外にいるが、その外では好きに動けない状況になっている。

 簡単にドリアードのキュル、魔王秘書のウルク、そして仲間の関係を答えるのならば、女性だけの魔物達が立ち上げたチームで、木と蔓で作られた二輪車をそれぞれの元素を燃料として燃やし走らせるバイクチームであり、キュルのような前向きで荒々しい者達が大半を占めているレディースでもある。

 ウルクとはその見た目からして魔物であるが特定の魔物はいない、世にも珍しい唯一の個体である。ただ種類としては判明している。異質同体、キメラである。

 キメラが誕生する理由は完全には解明されてはいないが、魔物が出来る行程で出来損ないとして出来たのがスライムであり、出来損ないの状態で出来てしまったのがキメラであると考えられる。

 キメラには多種多様の魔物の構造をその身体に宿している。別々の羽を複数所持させていたり、四足歩行であるが顔が人のようであったり、中には別々の腕を持つ多腕の者もいる。

 ウルクは魔物時代に生まれたキメラであり、数種類の魔物の特徴を持つ魔物であり、ドリアードのキュルが率いるレディースの二番である。

「純殿のおかげだよ? それと畑は荒らさないようにね? 荒らすと純殿が容赦せず殺すからね?」

 木のお化けのトーウが口を笑みにしつつも楽しそうに答えると、キュルは蹴るのを止め、抑えているドリアード達を放し椅子に座る。

 スライム達の住処であり集会場となったこの場所、この場所も離れる時と比べると格段に綺麗になっているのが見て分かるだけではなく、メイドがこの村ともいえる場所を動き回り、男装女性や変態女性がこの辺境の地を警備している。

 さっき畑を見てきたが、無断で入った仲間達がメイドに首を絞められて殺されかけていた。止めに入り話しを聞けば、盛り上がった土の部分を誤って踏んだらしく、それを畑を荒らした行為として肥やしにする段階だったとかなんとか。正直、ここまで発展するとは考えもしなかった。

「その純殿の前に仲間がメイドに殺されかけたわ。まだここは純の領土じゃないわよ」

「けどウルクを連れてきたってことは、そういう事でいいんだろう? ただ彼女がここにいると、現魔王が大変そうだけど」

 トーウの元にウルクが近づき、小さく会釈。キュルと共に生まれた魔物でありキュルの父親的存在であるトーウ、挨拶をするのは当然である。

「お久し振りです、トーウ様。その件でしたら問題ありません。私はただ一時的にこの場に来ているだけですので」

「そうか。いや、君が来てくれて助かるよ。純殿を安静に表に出さないようにするには、魔王の力が必要となるからね?」

 トーウが笑みで答え、相変わらずだと思うウルク。そもそもこのトーウ、あのキュルの父親的存在にして最古参の魔物の一体。それに未だに謎なのは、トレントとドリアードが共に生まれるということ。そんなの本来では考えづらいのだ。確かにドリアードという魔物の性質とトレントの性質は似ている。が、似ているだけで中の機能は真逆、別種なのである。

 別種なのに生まれるときは共に生まれるとは、何が原因なのだろうか。そこもいつかは解明されるのだろう。

「魔王を利用しようと考えるとは、相も変わらず恐れない方ですね」

「私でも恐ろしいのはある。それが今は純殿ってだけだよ。ロスト様以上に厄介で、素直な方だ」

 トーウ様がそこまで仰るとは、相当の子供のような方なのだろうな。ふと、集会場に二人の者が入るのをウルクは見る。

「川はあるかい? 鮭を食ってたら魚釣りがしたくなったよ」

「あのやや塩味がある焼き魚ですね? 余もとても気に入りました。川魚が生息している川は、ここからですとかなり離れていますので気軽には行けません」

「そうなのか? やっぱ名産品とかあるんだろうなぁ。というよりも、あの魚は何処で仕入れてるんだろうな。なんか母国の食材なんだけど」

 入ってきた者にキュルが目を向ける。

「来たわね、ロストの男版」

「……なんか口調が悪いぞ。あんた、完全に素じゃな? まぁその方が話し易そうだ」

 入ってきた二人は、片方はダークエルフの姫クラリスと分かる。クラリス姫とは数回ほど王会議で拝見した。あの時はエルフ族の王子に求婚されながらもあしらっていたが、今のクラリス姫からはその時の覇気というか威厳がない。緩和? いや違う、柔らかいのか。

 そして、そのクラリス姫が柔らかくなった原因であろう、こうなった原因の人間を見る。

「――」

 目の部分を布で、口を拘束具で塞がれ表情は変わらないが、ウルクの四つある尻尾がそれぞれ動く。


「どうぞ、こちらへ」

 もはや慣れてしまったメイドの対応に、純は引かれた椅子に座る。クラリスも隣の席に座り、隣の純との距離が近いことに満足顔を示すと、メイドも表情が柔らかくなる。

 対面する席を二つメイドが引き、キュルとウルクを双方見る。

「ありがとう。座りなさい、ウルク」

 やや口調を大人しめにするが、素というのは中々に取れないらしい。

「いえ、私は立たせてもらうわ」

 そういうウルクにキュルは小さく息を吐く。座らずに判断をするか、ウルクらしい。

「まぁそれでもいいわ。純さんに紹介するわ。彼女はウルク、現魔王の秘書をしている私の旧友よ」

「魔王の?」

 ウルクがキュルという名前らしいドリアードの女王の元へは行かず、何故か純の後ろ斜めに立ち純を見下ろす。

 尻尾が動いているが誰も気にしていない。いや一名、クラリスだけがウルクをゆっくりと睨むように横目で見ている。

「とりあえず純さん、手短に話しをするわ」

「それは助かる」

「純さんがこの地に住むことだけど、それは勝手に出来ないことなのよ。この地は不可侵領域だけど人外の領土でもある、人間である貴方が住むことは本来ならば侵略者として対応しなければならない……んだけど、それは本当に人外の領土ならばの話し。この地は暗黙の了解で誰も支配も領土にもしなかった。いや、ウルクがそれを止めてたの」

 純がウルクを見ると、ウルクは腕を組み純とは違う方を見る。

「前に話したように、人間の領土になろうが人外の領土になろうが別にいいのよ。ただここで問題なのは、人間と人外が共に住むという部分。これだけは、双方が納得しないわ」

「ならばどうする、ドリアードの女王。余は純様と離れるつもりはないぞ」

 クラリスがキュルを睨み、紫色のオーラを出し威圧を仕掛ける。ドリアードは左手を振り引っ込めるように指示。

「え、なに? あんた達付き合ってるの!?」

「夫婦だ!」

 真っ直ぐに答えるクラリスに、キュルは左手で頭を抑える。なんか大変そうだなぁ、この子。

「ま、まぁいいわ。昔なら有り得ていたからね。それでね?」

 抑えた手を離し純を見る。

「この辺境の地を、魔物の地にしようかと思うのよ」

「……魔物の地?」

「えぇ。純さんもヌルヌルから聞いてるから知ってると思うけど、この地はロストを筆頭として魔物が立ち上がった場所であり、魔王誕生の場所でもあるわ。まぁ魔王誕生なんて、人間が勝手に呼び出したんだけど。けど、それを知らない人外世代はこの地をそこまでは認識してはいない。それは現魔王も同じよ」

 ドリアードが地図をテーブルに広げる。この星の全体図だろうか、あやふやな部分もある地図だ。大まかな大陸が五個あり、その内大きな大陸が下の部分にある。

「この大きな大陸が私達がいる大陸で、この一番下にあるのが、ここ辺境の地ですわ」

 クラリスとは逆の位置からウルクが身を出し、一本の尻尾が地図の一部を指す。上半身が純の肩に触れているが純自身は気にしていない。気にしているのはクラリスと、キュルだ。

 キュルが不思議そうな顔をしているがウルクはキュルを見ない。

「この五個の大陸に人外の王がそれぞれいますが、その中でも魔王様を含めた十王(とうおう)という者達がいます。魔王、竜王、天王、海王、獣王、蜂王(ほうおう)、巨人王、闇王、光王、死王の魔物時代に生まれし王、それが十王です」

「……成る程なぁ」

 変だとは思っていた。それぞれの種族の王がいるのに十王と呼ばれる者達がいて、特別みたいな話しは聞いてはいないが人外達が敬う十人の王みたいな特別な立ち位置でいる。

 特別というより伝統か、成る程な。

「けどまぁ、結構あれなんだな。安直というか雑というか。なんか一種類の王で代表みたいな王じゃないんだね」

「はい。例えば、コボルトはどちらかと言えば獣王、ダークエルフは闇王、エルフならば光王とそれぞれの種族と属性に該当する王の配下のような立ち位置があります。ただこの十王の中で異端と言われているのは、巨人王ですが」

「巨人王……。人が入ってるけど」

 純がウルクを見ると頷く。つまりは、魔物と人が混じった者か。

「あれ、確か人と魔物の間に産まれた、ネルちゃんみたいなのは好かれていないんじゃ?」

「蛇人のネルですね。彼女は功績と立場がありそこまでではないですが、昔はともかく今では好かれていません。それに巨人王は、そろそろ限界かと」

「限界? それは初耳よウルク」

 キュルが立ち上がり両手をテーブルに付ける。

「私は会う機会があるからね。けどそうね。今の時代、巨人王の必要性が人外達から問われているのよ。人と交わりし穢れた王だとね」

「ちょっと待って。巨人は確かにそう言われるかも知れないけど、その個人の戦闘能力は竜と渡り合うのよ?」

「彼らがあまりにも大人しすぎるのよ。毎日のように畑仕事をしているのよ? それに気が弱いわ。今の巨人にはそこまでの見込みは出来ない、そう判断されても仕方ないわ」

「なに? 畑仕事だと?」

 会話が弾み始めたところに、畑仕事という単語だけに反応した純から橙色のオーラが出現。即座に集会場を覆うが、キュルはそのオーラに小さくだが目を見開く。

 確かに純という人間のオーラは知ってはいる。知ってはいるが、前と比べると密度が違う。元々密度が濃いオーラを持っていたが更に濃くなっている。それは成長した証ではあるが、キュルが驚いたのはそこではない。

 クラリスの体から桃色のオーラが出ている。これも確かに驚く要因ではある。クラリスの言葉は純の考えはともかく、確かに恋をしているのだろうと分かる。純のオーラに反応して出たのだ、彼女からして夫婦と信じているのか、そうなると決意しているのだろう。だが、それでもない。

 問題なのは、レディースの副総長であるウルクからも桃色のオーラが出ているところだ。

 ウルクの本来のオーラは赤、青、黄、緑、茶の五色が混じった粘っこい性質を持つオーラで、それがキメラに現れる特徴ではあるのだ。だが、そんなキメラであるウルクから、本来ないはずの桃色のオーラが、単体で出ているのだ。それはクラリスと同じ色で、ふわふわとしているオーラだ。

「巨人は畑仕事をするのか?」

「えぇ。彼らは昔から大人しく自分から戦いには出ません。争いにも興味を示しませんし、自分達より小さい人間相手にも逃げます。戦う意思がないのです。ただ、戦いになると確かな力がありますので、誰も手を出してはいないのです」

「ふむふむ。戦いを好まず畑仕事を好むとは、その巨人とやら興味がある。会いに行けるか?」

「ちょっと待った!」

 ワクワクしだした純をすかさずキュルが止める。キュルはロストの事を知っている為、どういう行動を取るのか直感的に分かる。ただロストと純は違うと言えば違うのだが、その行動原理は似ている。好奇心で動いて、その者のその後の人生を変えてしまうような事をする、自分が良ければそれでいいみたいなところがある。

 それは後を考えない適当な行動原理とも言える。それでいて実質、その者達を救う事になる。実際に巨人を引き入れようとする事は、彼らにとっては利点になる。が、ただ引き入れただけでは欠点になるのは明白。

「その巨人達は私に任せて。巨人王は私の知り合いでもあるわ」

「なんか、妙に協力的だな……」

 当たり前でしょうが。こっちは昔からロストの馬鹿に振り回されてきたのよ? 振り回され、その度に問題が起きては私達が沈静化させてきたんだから。

 そう心の中で訴えるが口にしない。したところでこの人間には関係ないのだから。それに、確かに巨人達を助けにという意味では間違いではない。彼らにしてみれば嬉しい話しになるだろう。

 だがそれは、今まで長く続いた十王の一つが消える事になるかも知れない。いや、ウルクの言うことがそのまま続けば……九王になる。別段なろうが構わないというのが本音だが、悲しいかな、それだけで息巻くのが同じ人外。その阻止を考えるのも大事である。

「まぁ、ほら。同じ人外を助けてくれてるんだし、この爺が協力してるんだから、しないとでしょ?」

「助かる、ありがとう」

「礼はいいわ、というより言われる立場でも言う立場でもないからね。貴方が多方面から言われる立場だから、それを知ってなさい」

 これだから、無意識に新しい兆しを考えもせず入れようとする奴は困るのよ。それを利用しようとする奴だって現れるのに悪意からだと気付かないし、外からの軽い助言や冗談で捜査に動き始めるし。

 それで黒だと分かれば、皆から信頼されている奴でも、長年側に居た奴でも容赦なく断罪し晒し首を行うし。ロストには確かに単純の部分があったけど、それ以上に愛があるという欺瞞に満ち、自己満足の塊であった。自分の目指す形、理想の図、それから外れるのならば容赦なく切り捨てていた。

 ロストの馬鹿ほど愛を謳い、ロストの馬鹿ほど自己顕示欲を持って行動していた奴は、昔は居なかった。今では耳に入る程度に自己顕示欲を殊更に晒している者はいるが、当時はロストが中心であった。故に魔王と言われる原因の一つになった。

 いや、当時の魔物事情を考えればロストのした事は非常に前向きで、魔物を守るための戦いをしてくれていた。おかげでその時代より生きている私やウルク、爺やヌルヌルといった旧世代は今もこうして生きているわけだが、あれはもうウン千年前も話し。ダークエルフやエルフといった真新しい種族がいなかった時代の話しだ。

「ほっほっほ。キュルも私も、長く生きてきて良かったよ。まさか今になってこんな風に活動的になれるとは、考えもしなかった」

「本当よ。ウルク、この辺境の地だけど、先に話した通りにこの地を認めてもらえるように動いてほしいのよ。魔物の地として」

「魔物ではない、この地は亜人の地として統治することを望む」

 会話に割って入ったのはクラリス。立ち上がり会話の中に無理矢理単語を入れる。

「亜……人? なにそれ」

「人と人外の間に産まれた者の総称。人ではないが人でもある、人外ではないが人外でもある、どちらにも片寄れない者達の総称であり、ここにいる純様に準ずる者達の総称でもあるのだ」

 純に触れ、周りに言い聞かせるような発言に、キュルは首をかしげる。

「既にネルが亜人集めを開始している。いや、亜人集めというよりは救済であるわ。歴史あり亜人を忌み嫌う者達から救い、共に生活する。この地を亜人の地として声明し、人と人外から断ち切り共に生活する。それに」

 ゆっくりと純を見て、今度は体をソワソワさせ顔をやや赤らめる。

「じ、純様との間に産まれる子供はきっと亜人になる筈。その子の為に亜人の地を作り上げたいのだ」

 桃色のオーラが揺らいでいるのをキュルは見つつ、その隣の隣にいるウルクの桃色のオーラもソワソワしている。なんだこれ。

「……理由はともかくとして、その案はいいわね。初めて聞いた単語だけど、他方と差別化をするのならば大事な事。ならばより一層、巨人王に掛け合わなくちゃならないわね。ただ、その巨人王がいる場所が遠いのよ」

 ウルクがすかさず尻尾で指し示す。その場所は、辺境の地を南としたら北東方面。海を渡らなくては行けない道を通らなければならない。つまりは違う大陸なのだ。

「遠いなぁ。どうやって行くんだ? 海を越えなくちゃならないじゃないか」

「そう。だから巨人王の元に行く間に、貴方のいう亜人達に声を掛けておくわ。新しい地を持つにもそれなりに理由が無くちゃならない。その理由付けにはピッタリよ」

 彼らには悪いけど利用させてもらうとする。そうしないと周りから攻められて、純という人間が暴れ始める。単体ならともかくダークエルフの姫がいる今の状況、実によろしくない。それに周りにいる純関係者であろう女性達、あの女性達が厄介。

 面倒だが、やらなくてはならない。でないと、生態系だの種族だの関係なく喧嘩を売るぞ、この人間は。ロスト以上に厄介だ本当に。

「なんか悪い考えだなぁ」

 そうさせているのはあんただろうが! と言いたいのを我慢するキュルにトーウが小さく笑う。

「キュルも大変だねぇ」

「爺が招いた事だろうが!」

「キュル様!? トーウ様を折ろうとしないでください!」

 人型のトーウの上半身と下半身を折ろうとするキュルを、ドリアードだけでなく純の知らない、二足歩行する者達が止めに入る。

「まぁともかく、亜人の地を作るって言って許可を得られれば、儂はこの地に住めるわけか」

「そうです純様。純様から賜りし亜人という種族の名を持って、世界に発信しましょう」

 まぁ亜人って言葉も、あまちゃんから教えてくれたのを、クラリスちゃんに言っただけなんだけどね。というよりも、左右からピンクのオーラが出ているんだが。クラリスちゃんは分かるとして、このウルクという者からは何故?

「では、私は早速魔王様へご報告に行きます」

 純から離れ颯爽と歩き出したウルクの後ろ姿を見て、今も尚桃色のオーラが出ているのを確認。折り畳まれている羽を広げ集会場から出ると、外で何かが羽ばたく音がし、羽ばたく音が小さくなり聞こえなくなる。

 その音が消えるまで誰も言葉にしなかった。純からすれば初対面であり、第一印象は真面目な子だと思った。ただ仲間か友達かのキュルの反応は、ちょっとだけ違和感があった。といっても表情がやや驚いていただけなので何とも言えないが、予想外の反応だったとして見るのがいいか。

 まぁ関係ないがな。

「話しは終わりかい? キュルさん」

「終わりじゃないわ。終わりじゃないけど、純さんと話すよりクラリス姫と話した方がいいわね。純さんは畑仕事をして下さればよろしいですわ」

「お、そうか。ならクラリスちゃんに、後は頼めるかい?」

「お任せください純様。純様が自適悠々に畑仕事が出来るようにこの妻クラリス、純様の為に働かせていただきます」

 言葉こそ迫力はないが桃色のオーラが膨れ上がるのが周りから見て分かる。純から見れば既に桃色のオーラが体を覆い、自身のオーラと混ぜ合わさっているのでよく分からない状態。

「いや、無理はしないでくれよ?」

 行ってもいい雰囲気であると勝手に判断した純は、集会場を後にした。去る際にクラリスの頭を撫でたが、桃色のオーラがグルグル回転しているのを、やや離れた位置で確認した純。

 この距離か。


「ということになってる」

「純が言いたい事は分かるが、自分のはともかく相手のオーラの範囲を知るのは至難だぞ?」

 辺境の地の内部に出された元イルナイ街、全体の四割程を解体し終え現在は休憩中。この手伝いにダークエルフとコボルトの一部が手伝っており、コボルト側からは王であるシュナイダー、副王のホチ、レイが参加している。モコは地下農園で雌のコボルト達と子供達と共に働いている。

 その子供のコボルト達は、故郷では味わえなかった走り回りをしている。一部の子供は戦いが起きている時に産まれ、森を走り回るなんて事は出来なかった。

 が、今は違う。交代制で休みになっているトレント達が、子供コボルト達が危ない目に合わないように見張っている。この地がいくら故郷の森よりも広く安全性があるとしても、野良人外というのがいる。

 その野良人外だが、コボルトとダークエルフ達の狩りの対象となっており、狩っては食材にしている。一部の部位は他種族への交換品に使えたり、武器、防具の材料になるとのことで村とは反対の方へ赴き、トレントと協力しながら狩猟しているとのこと。

 この辺境の地は、世界から見れば小さい部類に入るのだろうと思っていた純だが、地図を見た時に意外と大きい事に気付いた。つまり、奥地には純の知らない野良人外がまだいる可能性がある。といってもこの辺境の地、推測段階だがそこまで濃いわけではない。濃ければ濃いほど、野良人外の出現する率や強い野良人外が生まれるらしい。

 その仮定で人外が生まれるらしいが、どちらかといえば魔物だろうなとも思う反面、生まれるのか? のような疑問もある。構造がまだ分からないなぁと純はおにぎり片手に思う。

 働いている皆の手にはお弁当と竹に似た水筒があり、栄養補給中。お弁当があるのは実にありがたい。ちなみにお弁当に使用されている箱は滅菌が施された木製弁当箱、箸もあるのだが大体が先が枝分かれしたスプーンである。これも木製スプーン。全て、メイド達が作成した。

 将来的に純銀、ステンレスを開発して、洗って使えるようにしてやりたいと心に誓う純。銀メッキでもいいけど。

「シュナイダー王とかホチ君は分かるのか?」

「俺は分からないが、ホチは分かるんじゃないか? こういうの得意だろ」

「王よ、私でも難しいですよ。相手が隠しているのならば当然見えませんし、見せたとしてもそのオーラは王も知っての通り身体に運用されます。その大きさを知っても、全ては身体へ。ですから、大きさを知るというのは本来は無意味です」

 ホチの意見はもっともである。ラストのようなオーラユゥースを相手にする場合のみに価値が出るのだが、オーラユゥース自体稀有なのだ。大きさなど無意味に近い見解。

 ただ純のように巨大なオーラは、無意味であろうとも驚異である。何故ならその巨大なオーラを身体に割り振れば、何が起きるのかは明白。戦局を引っくり返す事が出来る、どうやっても敵わない存在になるのだ。だからこそ人間も人外も恐れる。その巨大なオーラを全て身に纏い振るったらどうなるのか、明白だから。

「レイ君はどうだい?」

「オレ? オレは基本的に逃げてるからなんとも言えませんよ」

 あっけらかんと言うレイだが、ちょっとだけ共感できる軽さだ。ただ逃げている発言は冗談であるだろうなとも分かる。ただ逃げるのではなく成果を得る逃避であるだろうと考えつつ、おにぎりの塩さ加減が絶妙で安心している。

 日本人であることを誇りに思える米ではないが、将来的には自信作の米をと願うのは、農家の自然な考えであろうか。

 何故かホチ君に頭を軽く叩かれたレイ君。

「レイ、純殿に対してその態度はなんだ」

「でもよぉホチ、純殿はそんな小さい事では怒らない方だぜ? 確かに人間ではあるけど、オレ達よりも人外寄りじゃないか。ねぇ純殿」

「お前さんが軽いコボルトなんだなと分かってるからな」

「あらら。ほらホチよ、構わないだろ? こんな感じでくるからそこそこ遠慮なくでいいんだよ」

 シェパード顔なのに軽いなぁと考えるが、シェパード自体優秀な犬だから、レイというコボルトも優秀であるのだろうと考えつつ、食事を必要とはしないスライムのスラ君におにぎりを一つ入れてみたら、溶けるように無くなっていく過程を眺められた。

「おにぎりとは美味いものだな!」

 意外な発言をするスラ君に驚く一同。え、美味い?

「あれ、スライムに味覚あるのか?」

「そりゃあるぞ失礼な。私達スライムにだって五感があるが、皆知らないだけだ」

「食事必要としないんだろ?」

 レイ君の言い分はスライムを知らない者達からすれば当然の疑問であるが、スライムからすれば質問の意図が分からないと思うのは当然である。

「スライムにも味覚はある。ただこの物体は危険か危険じゃないかを判断する時以外には使用しないだけだ。それに周りには既に周知済みの物しかないから、どんなものなのか判断しなくてよかっただけだ」

 そうなのか。スライムにも五感があるのならば、姿形を人にすれば完全なる人と成り得るのではないか? それこそスラ君が望む人間の街へ行けると思うのだが。

「はぁ~、驚いたぜ。まさかスライムに味覚があるなんて。新しい発見、か? ホチ」

「いや、そうはならない。私達が知らないだけで当たり前であったことだ、新発見とはならないだろう。それに他のスライムからしたら当然の答えを今更広げられているだけにすぎない」

「そっかぁ、なら仕方ないねぇ」

 スラ君の体の構造が気になるのは儂だけか? 視覚、嗅覚、触覚、聴覚、味覚の五感だろ? 味覚とか視覚とか嗅覚とかどうなってるのか気にならないのだろうか。触覚と聴覚は、まぁ会話とか儂に触れている時点で"ある"と判断出来ていたが、五感となると、基本的に他の人外や人間とは変わらないようだ。

「スライムって、儂の知識だが結構強い筈なんだよなぁ。魔法使えるし形変えられるし」

「いやいや純殿~、スライムがそんな強いわけないじゃ――」

「ふん!」

 シュナイダーが即座に殴り、殴られたレイは真横へ吹っ飛ぶ。何か声を出していたが何を言っていたのか分からないが、多分奇声だろう。

 軽く十メートル程飛んでいるみたいだが、この世界では大丈夫なんだろうな。

「レイ。お前のその軽さは時に役に立つが、発言だけは役にたたん事が多い。この辺境の地に住むスライムは共に住む者であり純殿の家族であり、特にこのスライムは唯一無二の親友であると見受けられる。そのスライム達を軽々しく言うものではない」

 王の言葉の最中に戻ってきて、殴られて吹っ飛んだとは思えない程に平然と食事を続けている。

「けどさぁシュナイダー」

「おい」

 ホチが軽く小突くが、レイが微笑し返す。

「だってさ、元々はオレ達と同じ副王で特攻隊長じゃん。王様が死んじゃって跡取りがいないから、繰り上げで王様になっただけじゃん」

「へぇ」

 短く返事をしながらも、つまりは四天王みたいな感じだろうかと思いつつ、いや四副王とか四天副王とか? とやや間抜けな事も考える。確か四天王って神様じゃなかったかなと、昔友人が教えてくれたなぁと懐かしさを思う。

「俺も今は王様の立場だが、今となっては王様よりも足軽な気分だよ。跡取りがいれば良かったんだが、そうなる前に亡くなっちまった」

 シュナイダーはある方向を見る。その方向は現在コボルト達が住んでいる村の方角。ここにある物を使い、前よりも豊かな生活をと思っている。その村の一部屋に、前王の遺骨が納められた棺桶がある。

 あの土地あの森は別に思い入れがないとかではない。生まれ育った故郷である、それは変えることが出来ないものだがこれからの事を考えれば仕方のない選択肢。

 ただ単に、戦力がなく食料もない、基本的な生活水準を大きく下回ってしまった。だからこそ、純という人間の提案を飲んだ。幸い、本当に仲良くしようとしてくれているし、生活は戦う前と同じくらいの暮らしには戻った。それにダークエルフという、前王が憧れた種族と共同生活をしている、この驚くような事実。

 前王が入れば泣いて喜んでいただろうな。

「もうさ、ここはシュナイダーとかホチが誰かと結ばれて、その子を跡目にしようよ。その方が後々シュナイダーは楽になるし、前にだって出れるしさ」

「無茶を言うなレイ。結婚してる暇があるなら働いてるよ。王だって暇じゃない、毎日が大変なんだよ」

「私もそこまでの望みはない。それに結婚し子供が出来たとしても、私の子では王にはなれない。レイ、君が結婚したらいいじゃないか」

「いやいや、ほらオレってモテるからさ、特定の雌だけを愛するなんて出来ないんだよ」

 純の前だというのに昔のように会話をしているシュナイダーとホチとレイ。純はその会話に懐かしさを思う。

「モコならどうだ?」

「モコはそういうの興味ないだろうな。雌を捨ててるし」

 シュナイダーが元も子もない事を言ってしまったが二名が納得しているので、そんなものかと考える。

「あ。だったら純殿とモコが結婚して、その子を王として育てればいいんじゃね?」

 レイというコボルトは、我が母国でも十二分にとけ込めそうである。

「なんで儂の名が出る」

「だって純殿は人外であるダークエルフのクラリス姫とご結婚なされるんでしょ? それに複数婚なんて、オレ達には余りないけど他の種族なら普通にあるし、人間の世界にも一部許されてるって話しだから。それにいくら人間でもこの辺境の地に住む人外達の主として君臨するんですから、そういうのは必要だと思うんですよ。立場を考えるならですけど」

 その提案に純はつい、え~? と疑問の声を出してしまった。というよりも、それだと問題が発生するというか、いいのかそれ。

「確か人外って、人との間に生まれて人の部分を得た人外を仲間外れにするんじゃないのか?」

「それについては確かにありますが、まぁレイのいうように立場を考えれば、構わないかと。ですよね? 王」

「俺か? まぁ、俺達の選択肢には他にも、純殿から軽い援助をしてもらい違う地へ向かうのが妥当だろう。が、それにはリスクがある」

 シュナイダー王のいうリスクとは、種族間の立場と考えの違いだそうだ。純の知るドルウがいるオーク族はそこら辺は寛容で話しが分かる者達だが、他のオーク族がそうとは限らない。あの狼族でも、ケッテが比較的優しいだけで、他の同族はそうではないのもいる。つまり、人外同士でも敵同士であるのだ。そこだけは人間、人外とも変わらないのである。

 もしもシュナイダーの案のように、こちらが物資を渡し同族の元に助けに行っても、共に生活してくれるとは限らない。むしろ下に見られるだけでなく、奴隷の用に扱われるだけでなく、一部の雌は子作りの為に飼われる可能性がある。同族が同族を飼う、そういう事が人外の中にもあるらしい。

 その話しを聞く限り、人間も人外も変わらないな。

「それに純殿は、そういう者達も集めるとか聞きましたし」

「あれ? 誰から聞いたんだ? その話し」

「オレですよ、オレ。さっき集会場で話してたじゃないですか」

 居たのか? 見なかったが、居たのか?

「仕事疲れたんで休憩に集会場へ行ったんですが、そこにドリアードの女王と魔王秘書と話していた純殿がいましてね? いやいや、オレからすりゃすげぇ話しだなぁと思って聞いてましたよ。クラリス姫がほら言ってたじゃないですか。そういう者達を集めて国を作る的な」

「いやいや、国だなんて」

 レイ君の考えは飛躍し過ぎている部分があるみたいだ。が、誰も同じように反論してくれない。何故?

「国は言い過ぎだとしても、俺達が世話になるのならばそう考えてもいいかも知れないな。それに純殿とモコであろうと違う雌であろうと、このコボルト族を率いてくれるなら俺は別に構わない。本当なら王の権利を純殿に渡したいくらいだ」

「王よ、自身が楽をしたいからと言ってその提案は余りにも……」

 ホチが注意するが、弱めの注意である。スラ君と話そう。

「スラ君はどう思う?」

「む? 別に私は構わんぞ? そういう文化の中枢に居られるのなら構わない。それに純とスライムの間にも子が産まれるのか気にはなるしな!」

 嬉しそうに。いや興味本意で気になってるだけか、このスライムは。

 とは言うものの、ダークエルフだって形は人間だが人外である。他の人間から見れば恐れる対象なのだろう。

「それじゃ、ちょいとモコに聞いてきますわ!」

 レイが即座に立ち上がり走り出す。

「おい! まだ仕事があるだろ!」

 ホチの言葉は、虚しくも走り去るレイの耳には届かなかった。彼の性格は嫌いにはなれない。寧ろ必要な人材であるなと、一種のムードメーカーのような役割を担っているなと考える。

「まぁいいじゃないか、ホチ。アイツはアイツで、俺達の事を考えてるんだよ」

「王はレイの行動を阻止すべきです。アイツは軽すぎるんですよ。まぁ、だからこそ助かる事もありますが」

 信頼、信用はしているんだな。四天王みたいな関係だからだろうか? いや、共に生活していたからか?

 けど、確かホチは若くして副王になったと聞いたが、周りの方が年が上なのだろうか。犬の年齢は分からない時があるからなぁ。気にしてはいないが。

「コボルトとスライムとの間に子供ねぇ~」

 ここでドリアードとか来たら、もう収拾つかなくなるな。少なくとも、あまちゃんにツッキー、クロとシロとは約束してはいるし、クラリスちゃんもそのつもりだった。

 内面を評価されたのなら嬉しいが、残念ながら内面は面倒であると自覚している。のだが、この世界では合ってるのだろうか? どちらでも構わないか。

「レイのいうような状態になるのなら、俺は一向に構わない。それにこの地に自分達の住む場所を作ろうとしてるんだ、もう他の人外からは良い目で見られないだろうよ」

「……なんか、将来を変えちまったな儂。すまん」

「謝らないでくれ。こっちは感謝してるんだよ、助けてくれたことに。それだけじゃなく生活の場を与えもらい、仕事を皆に与えられ、何より子供達が走り回れる場所を与えてくれた。こんな事をされちゃ、物資貰って別の場所へなんて出来ねぇ。共に働かせてもらえて、こちらは感謝だらけだ。ありがとう、純殿」

 王であるシュナイダーが頭を下げるが、これは王の立場ではなく、シュナイダー個人で頭を下げていると分かる、のは何故だろうか。理由としては、儂にもそんな奇妙な過去があったと言うしかない。

 この男、皆から信頼を得る理由がそこにある、か。

「そう言ってもらえると、儂としても助かるよ。儂の我儘から始まった事だが、こうなるなんてね。これならレイ君の言うように国でも作ろうかね。独立国家みたいなの」

「ほう? 国を作るのか純」

 スラ君が一番に反応するが、冗談である。いや、冗談だと分かっている反応かな? スラ君は冗談を交えながら喋れる親友だからな。親友という立場がいるのは実に素晴らしい。

 儂の親友はほぼ天国か地獄、又は世に留まっているからなぁ。世に留まる暇があるならちゃっちゃと天国なり地獄なり逝けばいいのにと思う。

「作れたらね。多分儂は長生きはしないだろうし、跡取りとやらを決めるにしても、前提が磐石(ばんじゃく)じゃなければ後に辛いことになるからな。まぁ民からの弾圧なり抗議なりデモなりは付くだろうがね。ストライキとかも」

「……言葉の意味は分からないが、要は民からの批判的行動、言動は必ずしも起きるということか」

 流石スラ君、儂より分かりやすく短い言葉を当てはめてくれた、天才。

「まぁそこをなんとかしないといけないだろうな。国を作るのならばだけど」

「けど、作れるのなら作ればいいと思いますけどね。私達コボルトもダークエルフも、この辺境の地へ住まうんです。云わば純殿の住む地の住民になります。王としての役目をコボルトの王、ダークエルフの王が乗り換えを表明し許されるのならば、私達は完全に純殿の家族となりますが」

 話しを大きくし始めたホチだが、そこまでは望んでいない。いないが、少し気になる発言がある。

「乗り換えを表明? 誰に表明するんだ?」

「この場合、コボルトは獣王、ダークエルフは闇王になります。この十王が人外達を統べていると言っていいでしょう。この方々に仕えるべき王を換えるよう報告し、それぞれが仕える王に認められれば私達は完全に純殿の家臣になります」

 家臣とかやめてほしいが、要は従属じゃないのか? と思ったが、各大陸にコボルトとかダークエルフ、スライムにトレント、そしてゴブリンがいるのだろうから、統べる存在がいてもおかしくないか。

 システム的には穴がありそうだけど、そこも抜かり無く機能してはいるだろうか。

 ……いや、ゴブリンみたいに人食いの病気が発症して他の人外に迷惑をかける奴等を放っているくらいだ、穴だらけに違いない、うん。

「なら、勝手に家族扱いしたら不味いな、これ」

 まさか王の上にも王がいるとは、なんとも分かりにくいんだ、この世界は。魔物と呼称されてた時代よりかはまぁいいんだろうが、これではもう、うん。まだ未発達だと受け入れよう。

「そうだな。けどこれくらい、トレントの王ならば分かっていた筈だがな」

 シュナイダーのその言葉に、純の思考が停止する。

 そうだ、トレントの王だって十王の誰かに仕える種族の筈。ホチ君の言う事が確かなら儂のやろうとしている事は、その十王のいづれかの戦力を奪う略奪行為に他ならない。それは儂の目指す悠々自適とは程遠い多事多端な日々になる。

 早い話し戦争にでもなれば、この地が荒らされてしまう。まだ慣らしの段階とはいえ手伝ってもらいながらもある程度は進めたのに、戦争にでもなれば、全てがダメになる。

「ん? どうした純」

 急に立ち上がりゆっくりと歩き始めた純に声をかけるが、返事はせず歩みも止めない。その代わり黒いオーラが出現し、その場にいる人外達が純を見る。

「トレントの王を潰す」

「な!?」

 声に出したのはホチだがシュナイダーは即座に純の前に移動、両手を前に片手を握り、もう片方で握った手を包む。

「待て、純殿。トレントの王は既に先の事を考えて行動をしている方、潰すという判断はまだ早い」

「十王とやらと戦うような結末を回避出来るのか?」

 その結末まで真っ直ぐに考えたか。たが、そこから先を考えず危ないと判断した時に、その原因を断罪しようとするその行動力。成る程、危険な人間――いや、安直な子供だな。

 それに即座に答えるあたり、思考が単純でありながら面倒な事にならない方法を考えずに聞いてくる。本当なら自分で考えろと言いたいが、言った瞬間に起こるのは、トレント族の王の死亡のみ。

 オーラの使い方を学んでいるのは分かるが、この数日間の内にまた成長をした。ただ本人曰く、まだ実践向けではないとのこと。あれで実践向けじゃなければ、何が出来れば実践向けになるのだろうかと聞きたい。

「出来る。そもそもの話し、十王と俺達のような他の王は何処かの王に必ずしも所属しているわけではない。厳密、殺されたくないから傘下に入っている。特に獣王は入るも抜けるも自由の王、闇王も表は厳しく言うが抜けるのは簡単だ。だから安心してほしい」

 その言葉に黒いオーラが消滅、純の顔も穏やかに。こちらとしては冷や汗物だ、胃に悪い。

「それならよし」

「納得してくれて助かるよ」

 これはもはや王の立場ではない、友人の立場だなこりゃ。人間の筈なのに、どうしてこう会話が出来るのか不思議でしょうがない。

 いや人間じゃないなこいつ。逆に人間に悪いなこれ、うん。人間でも拒否するレベルだな、うん。

「ようし、ここの仕事手伝うぞい」

「いや、純殿は畑仕事に専念してくれ。ぞい?」

 語尾が変だったが比較的話しやすいから気にはしないが。

「いや、畑仕事ばかりしてても周りとは仲良くなれなさそうだし、少しは手伝いたいんだ」

「その願いですが、少々叶えられません、ご主人様」

 いつの間にか背後に立つシロだが、もう慣れているようだ。誰も驚かない。

「ご主人様に、ゴブリンのルーキン副王が面会を求めております」

「……ゴブリンが?」

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