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亜人の王  作者: バゥママ
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第十一章 行動第一

 強き人に弱き人は惹かれ、強き人を尊敬し慕う。これはどの世界でもある、しきたりとも常識ともとれる風潮に近い現実にある現象。

 だが、それだけでは慕われはしない。他にも要素があり、その要素は細やかな要素でも成り立つ。人とは簡単に騙される生き物であり、騙されないよう学べる生き物。それは人外にも当てはまる要素。

 そう、学ぶのだ。どんな状態でも傾向でも、それが良し悪し分かろうと分からなかろうと関係なく人は学ぶ。そして学んでから理解する。尊敬する者がどういう者なのか、尊敬すべきか軽蔑し疎遠するか。

 それは、戦時中でも変わらない。いや、戦時中は更に学べばならないだろう。故に敵がどういう種類なのか、経験という学んだ事が発揮される。

 それが、最悪な敵だとしても……逃げなければならないと分かっていても、逃がしてはいけないと、逃がせば大変なことになると学んだ結果が、最悪な敵を前にして立ち止まらせる。

 その場合、学ぶことが大事なのだろうか、逃げることが大事なのだろうか。

 周りは前者を勧めるだろうが、学ぶ本人は違う。後者こそ学ぶを凌駕する、経験だ。



            ▼



 現在、人外と人間の戦いは、日を跨いだ瞬間に戦況は一変。当初、コボルトのみを討ち果たす予定であった人間側は、コボルト以外の勢力の夜襲を受け、中間に置かれた兵糧を焼かれ、余りにも比べられる対象が皆無に等しい程の巨大なオーラにより、本拠点並びに四ヶ所の拠点は混乱に落ちる。

 その混乱に乗じ、コボルト、オーク、ダークエルフ、狼族が四ヶ所の拠点へ攻める。もはや浮き足立ち連携が取れない人間達が出来る事は、逃走するか死かの二択。いや反撃は可能であろう。そう、それが所謂兵士ならば、一般兵ならばまだ反撃は出来ただろう。

 だが、王と副王がいる場合――希望など無いに等しい。

「なんでダークエルフの王が、ここにいるんだぁ~!?」

 一人の兵士が武器を構え、泣きが入り交じった声を絞り出す。その兵士の――いや周りの兵士は、空に浮かぶ巨大な炎の玉を見上げる。その炎の玉は、炎系魔法の中では上位に入る魔法。その炎の玉の下には、玉を作り出した者が右手を空へ掲げ、投げるような態勢をしている。その玉を作り出した者は、ダークエルフの王にしてクラリスの父親であるキュートスその人である。

灼熱球破(プロミ・キューハ)

 キュートスは落とす、炎の玉を、四ヶ所のうちの一つに向けて落とす。仲間達は拠点の周りへ配置し、一つの結界を作り出す。本来はある箇所を守るための魔法だが、発現者達が外におり敵が中にいた場合、逃がさない為の檻になる。そう、王が作り出した玉を最大限活かす為の――檻だ。

 炎の玉が地面に触れる。触れた地面にいた人間には、焼かれ、熔け、潰される結末が訪れる。その被害に遇わなかった人間には、炎の玉が弾け、周りへと熔解を起こす飛沫が降り注ぐ。飛沫から逃れようとする人間は、ダークエルフ達の檻により出れない。

 この場合、どんな死に方が幸せなのだろうか。

 焼かれ、熔け、潰される死か。飛沫により徐々に体を焼かれ、溶け、酸欠による苦しみによる死か。

 いや、どんな死に方をしても、死に方なんてしたくない。生きたい、そう願うのは当たり前だ。

 中には友が、親友が、彼女が、妻が、家族が。周りにいる者と相も変わらない明日を迎えたい。そんな願いは炎と共に焼かれ熔け死んでいく。

 キュートスは浮上し、頭頂部の結界を一部壊し結界外へ。結界は直ぐに修復され塞がるが、キュートス王は死んでいく人間達に目を向けず、今も尚燃えている中間兵糧拠点の更に先を見る。

 大事な娘が友人と共に中間兵糧拠点へと飛んでいき、そのまま本拠地へ向かった事だろう。父親としては、顔には出さないがハラハラする展開だ。

 先程燃やした拠点は、上から見て一番上に位置する拠点。一番下はドルウ率いるオークが攻め、コボルトが残り二つの拠点を攻め、狼族はコボルトの支援に回っているだろう。

「成る程。誰かを率いる力を持つ人間となると厄介だが、味方となると頼りにはなるな。娘の件は納得しないがな」

 まだ実力は分からないが、あのオーラは本物。クラリスのオーラが変化した事実は受け止めきれないが、少なくともクラリスとネルちゃんの二人がいれば、敗北は有り得ないだろう。

 ……クラリスには辛い選択をさせてしまった。我らダークエルフを逃がす為に奴隷になる決心をしたクラリス。王として、父親として、実に情けない。

 それを、まさか人間に救われるとは、余計に情けない。

「いや、娘離れが来たのかも知れないな」

 なにかあれば娘の味方をすればいい。それによく考えれば、娘が恋をしたなんて初めてではないだろうか? 少なくとも、あそこまであからさまな恋心を可視出来るのは、心から恋をしている証拠。

 ただ相手が人間なのが一番厄介なところではあるが……。いや、それは偏見か? あの人間、他の人間とは違うみたいだが。

 いかんいかん、毒されてはならない。あの人間は人間だ。いくら強くとも規格外であろうと娘の初恋相手だとしても人間だ。憎むべき人間だ!

 だが奴隷商人は渡されたし、今もコボルト達を、理由はともかく助けようとしている。ただの人間とは違うと考えるべきだろうか?

 いかんいかん、駄目だ駄目だ! だがしかし!

「分からん! 私には分からん!」

 頭を抱えるキュートスを、地上から部下であるダークエルフ達が見上げている。どうして我らが王が頭を抱えているのかが分かる。

 あれは娘だな、と。


            ▼


 その場所は本拠地と兵糧拠点の、やや本拠地寄りの場所。そこに数名の人影がおり、一名はある事を考える。

 一体の人外にシルバーランク冒険者四名、同じくシルバーランク相当の実力者が私を含めて三名の計七名。七対一ではあるが、それでも尚、向こうが強いのだと分かる。ただ、分からない事がある。辺りは暗いが月夜の明かりで姿形が分かる。

 姿は、腰には皮布が巻かれ、顔には皮ベルトが巻かれ目のみ見える。それだけだ。

 オーク? いやトロル……より小さい。ならトロルドか? だが肌の色は人のそれ。なんだ、この人外は。

「おいおい……。見た目と違って、ヤベェ相手がいるじゃねぇか、王国騎士さんよ!」

「分かっている」

 王国騎士の隊長はゆっくりと剣を抜き構える。いや、構えというより迎撃態勢か? どちらにせよ、目の前にいる人外は予定外の存在。まさかコボルトの加勢か? なんとも笑えない冗談だ。

 目の前にいる人外が纏っているオーラの色は薄水色だが、その形は形容できない。抽象的に言うならば、触手のような棘のような針のような物が、ねっとりしているオーラから出たり引っ込んだりしている。なんだあれは、見たこともないオーラの形状……いや話しですら聞いたことない。

「隊長。あれは、未知なる人外という認識で宜しいでしょうか?」

 部下の一人である騎士が弓を構えたまま、目線を人外から外すことなく質問をしてくる。

「私もその認識には賛成だ。昔から、未知なる人外が出没してきた時は、暫くは被害が出るのは定番になるな」

「おいおい、王国騎士さんよ。その定番通りなら、オレ達は最初の犠牲者か? 笑えねぇ話しだ」

「大丈夫だ。最初の被害者はそちらの冒険者が既に経験済みだ。私達は途中だよ」

「はっはっは! 確かに、奴が来た方向は例の巨大なオーラが出たところ。その後に前線拠点が襲われたっつぅ報告。前線はオレ達冒険者しかいねぇから、最初の被害者は冒険者だな。ったく、手柄が大きい分被害もデカイのは知っているが、こりゃないぜ。見ただけで分かる。ありゃ、低く見積もってもゴールドランク級だ」

 シルバーランク冒険者の一人、格好は盗賊みたいだが実力者である。武器はブロードソードのみだが、そのブロードソードのみで数多の人外を斬ってきた。他の三名は魔法使い、槍、鎌。騎士達は剣、弓、短剣。短剣は二本あるため両剣でもある。

 接近に特化した編成ではあるが、目の前にいる人外にはいいだろう。何せ魔法を軽々と避ける人外だと報告が来る相手。ならば魔法は牽制として扱った方が倒せる確率が上がる……と考えていた。

 別に悪くはない。牽制じゃなく主戦力としても優秀な魔法は勝率を上げてくれる、立派な役職だ。だからこそ、実力が高い魔法使いは狙われやすいという欠点はある。

「どう動く、王国騎士の隊長さん。正直、後ろにいる王子様は死んだと思うぜ。あの人外より先に行った二体は、強い」

「それも分かっている」

 ……王子には、早く逃げてもらいたいものだ。報告はするよう伝えたが、あの王子の性格、逃げようとするにも時間が掛かるだろう。我儘ではないが上から物を言うしか出来ない奴だ、周りにいる警備兵と私兵に命令をしているだろう。

 アレは前に出て、兵達を鼓舞するような器ではない。兵糧拠点にいるのがその証拠。恥ずかしい王子である。

「迂闊に前に出れねぇ……。おい! あいつにデカイ魔法をぶつけろ!」

「無茶言わないで下さいよ。大きい魔法を使わせたいのなら、私が詠唱出来る時間を稼いでください」

 槍使いと魔法使いの会話は、どちらも正しい事を言っている。が、やるとすれば後者だなと考えつつ、隊長はベルトの人外を見ながら横へと移動。ブロードソードの冒険者も隊長とは逆の方向へゆっくりと移動。

 ベルトの人外の横に位置する箇所へ距離を保ちつつ移動するのを、ベルトの人外はこちら七名を見つつも動かない。いや、オーラが反応している。移動しているこちらにオーラが反応、触手がこちらを捉えている。

「(なんて異様な人外だ。オーラはこちらに反応出来ている、にも関わらずいとも簡単に突破出来る程に纏まっていない。見たこともなければ聞いたこともない歪なオーラ。なのに、何故こんなにも攻めやすい心象が出るのだ)」

 隙だらけ。そう、今の奴は隙だらけにしか感じられない。異様だ、異様な空気だ。なんだ? 何かが違う。

「隊長! このままでは王子が!」

「分かっている」

 弓騎士が今にも射ちそうになっている。そう、射ちそうになっているのだ。あのオーラを見てもそう感じてしまう、その事実。おかしい、この感覚は――気持ち悪い。

「王子が大事なのは分かるけどよ、今大事なのはこいつをどうするかだろ? 正直、逃げたいんだが?」

 槍使いがどこか呆れつつも、素直な感想を述べる。確かに、一番は逃げるのが大事なのだろう。逃げていいのなら、いや逃がしてくれるならそれでもいい。

「あんたら、逃げたいんなら逃げればいいよ。儂は止めんし追いかけん」

 ふとベルトの人外が体を伸ばし腕を組み、こちらの会話に答えてくれた。何故、答えた? いや違う、会話をしてきた?

「置いていくもんは置いて早めに退却した方が、賢いと思うけどな。儂が言うのもなんだけど」

「――へぇ、まさか対話可能な人外とは、驚いたぜ」

 槍使いが会話をし始めると隊長、ブロードソード使いの二人は場所を更に移動。槍使い、双剣使いも移動し囲み始める。ベルトの人外は動かないがオーラだけはこちらを捉えたまま。迂闊には動けない。

 不気味だ……。なんだこの人外は。

「儂が言うのもなんだが、今の戦況を考えれば君達が敗北なのは喫す。後ろの兵糧は君達の言う人外が赴き押さえている。ここは、逃げる事が得策だとは思うがね」

「まぁ、その通りだ。まさか、人外が連合で来るとは考えもしなかったよ。完璧、虚を突かれた」

「戦いは虚を突く連続だろう? 言い訳にもならん。虚を突かれてもどう対処すればいいか、対処法が判明し実行出来るか、それら全ては経験と予測が解決してくれる。つまりそんな言い訳を言う奴はただ単に、経験不足なだけだ」

 ベルトの人外のオーラの形が変わる。いや、増えたというべきだろう。オーラの周りがゆらゆらと歪み始めた。あれは、オーラの炎?

 薄水色の炎のオーラとは、見たことはない。いやそもそも――

「痛いところを言うね、まぁその通りだ。けど、こうなった時の対処法と結果は知ってる」

 槍使いがゆっくりと態勢を低くし、呼吸を整える。魔法使いも既に詠唱を終えたらしく、杖の先がチカチカと鳴っている。あれは電撃魔法だろう。

 電撃魔法の次に槍使いの技が放たれる。そこからが戦いの開始だ。騎士、並びに冒険者は戦いの経験により理解した。

「嘘つきだな」

「あ?」

 ベルトの人外が腕組みを解くと、左手で空を指差すとオーラも同じように空を指す。皆がふと空を見てしまう。

「経験不足だ」

 ベルトの人外が即座に振り返り、ブロードソード使いへと突撃を仕掛ける。皆がベルトの人外の動きに目を向ける。それは真っ正面にいるブロードソード使いから見ればこちらに来ているのだから、迎撃は出来よう。ただ二つ、理解が出来ない事がある。

 一つは、あんなにも禍々しく不気味なオーラが一瞬にして消えたこと。そして二つ目は――ベルトの人外が振り返りブロードソード使いへ走り出した直後、ベルトの人外はブロードソード使いの背後へ移動し、ブロードソード使いの首が胴体と切断されて宙へと舞い始め、武器であるブロードソードがベルトの人外に奪われていたことだ。

「――!」

 皆が動き始めたのは、一人の冒険者の首が胴体と離れた光景を見た後。弓使いが弦を引き、双剣使いが前へと走り出し、魔法使いが溜めていた電撃魔法を放とうとし、槍使いが突進し、鎌使いが飛翔、隊長はベルトの人外が行動した際の遊撃として注意を払う。

 その行動の後にベルトの人外が行動したのを隊長は見る。そう、後から行動したのだ。にも関わらず、ブロードソードは魔法使いの顔に突き貫き、突進をした筈の槍使いが弓矢を掴んだベルトの人外の顔面による弓矢の串刺しと叩きで地面に叩き落とされた。

「はぁ!」

 短剣使いが斬りかかるが、ベルトの人外は短剣使いとの距離を即座に詰め、顔面を殴り飛ばす。殴り飛ばした方向は弓使いがいる方向。弓使いに短剣使いがぶつかり、共に倒れる。

 ベルトの人外は殴り飛ばした後に槍使いの槍を持ち空へと投擲。空から攻撃を仕掛けた鎌使いの腕に突き刺さると、鎌使いは鎌を手放し地面へ落下。ベルトの人外は鎌に向けて跳躍。

 鎌使いが地面に背中から落ちる。口から痛みの声が漏れるが、ベルトの人外は鎌を空中で掴み、地面に着地後、腕を抑えて振り向く鎌使いに接近し首を跳ねる。その後、殴り飛ばした双剣使いと巻き添えにあった弓使いに向けて鎌に回転を加えて投擲、起き上がろうとした二人の体に突き刺ささる。

 そこでベルトの人外は動きを止めた。そう、騎士隊長を残して。

「――」

 隊長は、動けなかった。横から見たベルトの人外の動きは、言葉に表せない。ただ一つ言葉に出来るのは、十秒足らずで六名の人間が迎撃された事だ。

「経験不足のまま強い奴に挑んだら、こうなるのは目に見えていただろうに。お前さんは儂の忠告を聞いてくれたみたいで助かるよ」

 ベルトの人外が、死体となって横たわる元魔法使いの元へ歩き、顔からブロードソードを抜き取り、次に鎌の方へ。

 部下である二人は鎌が腹部に刺さっただけでまだ動けるのか、足や手が微かに動いている。のだが、ベルトの人外は何も言わずに二人の首に向けてブロードソードを振り落とし、首を落とした。死んだのだろう、先程まで動いていた足と手が、斬られた時に真っ直ぐ伸び、ぐったりとしている。

 淡々と処理している姿は、成る程油断はしない、といったところか。部下が殺られシルバーランク級冒険者が四名、一瞬にして殺された事実。力の差を思い切らされたようだ。

「私は、動けなかっただけだ」

 構えを解き、剣を納め、戦う意思を出さない。命が惜しいのもあるが、惜しくないといって戦いに出ても、勝てはしない。そもそも、ベルトの人外の動きは私達の動きよりも速い。そう、ただただ単純に速いのだ。純粋なる身体能力で敗北した。身体強化をすればいけるか? いや、よそう。

「いやいや、やりたい事は知っていたし君が主軸になるのは分かったからね。ただまぁ、連携がとれていれば良かったんだろうけど」

 ベルトの人外はブロードソードを捨て、鎌を死体から抜き取り、こちらを見る。その姿はまるで、死神だ。

「逃げないのかい?」

「……逃がしてくれるのか?」

「無理に挑み死ぬことはない。それに、優秀な部下と冒険者を一体の人外に(ほふ)られたんだ。逃げるのは当たり前」

 鎌を肩に掛けこちらに近づいてくる。近づき私の首を撥ね飛ばすか? いや、よそう。強き人外から逃げれるとは考えられない。

「それに、君には迷いが見えた。死ねない理由があるのか、消えるわけにはいかない理由なのか。儂の……いや、先に行った二体の人外を追いかけるわけでも、戦いに必須な兵糧を守りに特攻をかける訳でもない。それに、あそこには王子とやらがいるんだろう? にも関わらず、冷静に儂との戦いの為に王子を切り捨てた。ともなれば」

 ベルトの人外が私の前で止まり、こちらを真っ直ぐ見る。そう、真っ直ぐ、こちらを真っ直ぐ見てくる。

 ……何とも言えない感覚だ。先程まで禍々しく不気味なオーラを出し、十秒足らずで六名の人間を亡き者にした張本人だと言うのに、恐ろしさは、今はない。

 それは……そう、かつて私に戦いとはなん足るかを教えて下さった、今は亡き前騎士隊長殿のように、叱りを受けているかのような。

「君にとって王子とはその程度という存在か?」

 ベルトの人外が鎌を私の肩に掛けてきた。鎌を持て、と? 逆らうことは今の私にはない。今は亡き冒険者の鎌をベルトの人外から受け取ると、ベルトの人外は私の肩を叩き、横を通り過ぎる。目的地は、兵糧?

「全軍に退却を命じ荷物を持たず逃げた方がいい。んで、王子よりも大切な人がいるのなら護りな。王様か王妃か恋人か分からないけど」

 その言葉に王妃様の顔が浮かぶ。そう、護らねばならないお人を。

「んじゃ、儂は行くが、全軍に撤退を命じた方がいいよ。統率がまともにとれない軍隊程、掻き回しやすい事はないからね」

 背後から風が吹き、私の体に風が当たる。きっと走り出したのだろう。まさか、僅かな時間で戦局が代わり敗北するとは……夢なのか? なら覚めてほしい。

「いや、覚めないでほしい。王妃に悪夢を見せられない」

 鎌を投げ捨て、本拠地へ走り出す。まだ戦いは続いているのだ、撤退命令を出さなければ。あのベルトの人外の言う通り、私は王子になんの関心も持たずにいた。国に仕える騎士としてあるまじき考えだろう。

 つまり、私はもう騎士ではない。剣を構えるも動けなかった私には、剣を握る資格はない。

 いや違う、国に仕える資格がないが正しい。だが今はまだ騎士で、この戦いの全体を指揮している者だ。最後に撤退命令を出す、それが私の最後の仕事になるだろう。

 その後の事は――まだ考えないでおく。



            ▼▼▼



 戦いが始まり、中間の兵糧拠点を奪った純からお米の苗を貰ってくるよう頼まれ、現在戦っている相手の国の上空に止まって見下ろしている一人の少女がいる。少女の名はラスト。人間からも人外からも無視される存在。

 そんな存在を無視せず受け止めた純に興味を持ち見たくなったラストは、今後の事を考える。そう、辺境の地に目を行かせない為の考え。

 あの戦いで敗北した人間がここに戻るとして、次に戦いを起こすのは時間がかかるだろうが、少なくともあの地は奪えなかった。

 そもそも、あの地を狙った人間達が愚かである。確かに戦いに勝ちあの地を得て開拓をしたとしても、コボルト族に信頼を持つダークエルフ族が黙ってはいない。そうなれば、疲弊した兵士達は瞬く間に敗れる。

 今までダークエルフがコボルトに助けに行けなかったのは、人間側が出したゴールドランクの存在が大きかったと言える。それだけゴールドランクとは恐ろしい人間、王と一対一で戦える。別種族、それもダークエルフが参戦していれば、この国は再びゴールドランクを呼んでいたであろう。そう、いくらダークエルフであろうとダークエルフ王が出たとしても、必ず王と戦う事が必須な戦いならば頃合いを見てゴールドランクを呼べばいい。ゴールドランクとはそういう使われ方が可能な存在。

「何ともまぁ、莫大なお金さえ払えば戦局を崩す事が出来るとは、簡易的克つ恐ろしい者ですねぇ」

 まぁ最も、ゴールドよりも怖いのがプラチナであるんですが。

 そんな事を考えつつ、国にある城を見る。円形に作られた国の中央にある、一般的な城が建っている。夜分遅く働いている方々がいるみたいだが、空から接近し近づき、必要な事を言えばいいだろう。

「そもそもあの戦いのコボルト側の目的は迎撃と復興、他の方々もそれに近し目的。が、純さんの目的は謂わば食料奪取。それに復興と簡単に言えるが木というのは早くは成長しない。トレント達の力を借りれば良いかもしれないけど、そのトレントは辺境の地、つまり純さんの元にいる。ともなれば純さんの協力が必要」

 純さんのあの寛大な心ならば簡単に承諾するだろう。だがそれは、辺境の地とコボルト達を繋げてしまう結果に至る。それが敵国に知られてしまうのは、非常にまずい。人間であろうと人外であろうと。

 幸いこの近くに、それをネタにして狙ってくる種族は……ゴブリンくらいかな? あそこは前の王ならば大丈夫だったろうが、その前王に良い思いをされなかった野心家である家臣が、今の王を導き駄目にしている。純さんがあの地を自分の物にしたと聞けば、辺境の地を我が物にする為に襲いかかるだろう。

 まぁ、ゴブリンは今も行動に出ていないから、上のゴブリンが無視しているんだろう。ゴブリンとは、決して知能が遅れている種族ではない筈なのに。偵察を出していない様子から、今は内部が荒れている?

「今は考えないでおこう。考えるべきなのは、あの国にどういう釘を刺せば良いのか、か。いや、釘じゃなく視線を違う方へ向ける?」

 現実、それが安心だろう。ならば、それならば、違う人外へこの事をお知らせし、この国を滅ぼさせればいいか?

「いや、この国の為を考えるならば、同じ人間に断罪していただければいいかも知れないですねぇ~」

 よしそうしよう。手頃な国が近くにあるから、そこと争って頂きましょう。それには誰かを失わせなければならない。そう、姫様が妥当だろう。

「両国から王妃様、姫様を失わせ、互いに争う種を蒔く。現状、それが妥当でしょうね。視野を向けさせないという考えを現実にするに、わ!」

 ラストがその場から城に向けて急降下。この国の王妃の顔は知っているし、どのような職場にいるのか分かる。

 体が透け始め、城の登頂部に接触。そのまま城を通過し地下へ。そう、王妃の寝床は、地下に設置された一部屋だ。その部屋に着くまでに各部屋を通過し寝ている事を確認。

 王妃様という立場の人間が地下で過ごしているなんて、なんともまぁ面白い事でしょう人間とは。

 地下へ続く道に到着。石で固められた道に数ヵ所の扉、小さな光を出す蝋燭(ろうそく)が壁に空けた小さい穴に設置されて道を照らす。いや、もう城内だから廊下か?

「(さて。前に遊びに来た時と同じ場所なら、あの部屋になるでしょうね)」



 一人の女性が簡易に作られたベッドに座りながら、日々が過ぎていく事に溜め息を漏らす。この城に仕えて早数年。いつ私がこの城の王に嫁ぎ、いつこの部屋で住んできたのか分からない。

 元々村娘だった筈の女性は、この国の王が若い女性を集めるよう命じさせ、その命を受けた兵士が集めた女性の一人。集めた女性に綺麗な衣服を着させ、王様に見事選ばれた。だが彼女が元々領土内に幾つかある村の娘であった事と、年貢の納めが滞っていた村の出身であった事から、王妃の立場でありながら使用人程度にしか使われなくなっていた。

 王様の相手は共に集められた女性の一部。王妃という役職を与えられただけ、仕事が積み重なり精神が磨り減らされる仕事が彼女の役割。

 赤みがかった髪の毛で、服は寝巻きなのか一枚だけ。疲れ顔な彼女は、朝になれば長きに渡る戦いが終わり、更なる重責が始まり、どんな重責が来るのか不安な気持ちを持つ。

「私、このままだと……」

 涙が出ない。枯れたのか? いや、枯れてなどいない。最後に泣いたのは、故郷である村がこの国によって消された時だろうか。

 あれから涙が出てこない。きっと泣けない程に精神が参っているんだろう。

「見つけましたよぉ~、王妃様」

 女性は顔を上げ扉を見る。唯一ある扉、そこには一人の少女が立っている。

「誰!」

「まぁ待ってください、王妃様。僕はただ、王妃様を助けに来たんですよ?」

 女性、いや王妃は立ち上がり少女に体を向ける。少女は両手を左右にブラブラ振りながらこちらの全身を見る。

「王妃という立場だけを与えられ政治的に利用されながら給仕程度の仕事を設けられた悲しき女性。そんな貴女を助けに来ました」

 王妃は警戒する。この少女はいつ、部屋に入った? 扉が開いた音はなかった筈だ。それにどうやってこの部屋まで?

「助ける? 何故私を助けるのですか?」

「決まってます。この国は人外との戦いに敗れ、多大な被害を受け、近い内に内部分裂と一揆により滅びる運命にあるからです」

「な!?」

 王妃が驚く。驚くのも無理はない。今まで優勢だった戦いに、急に敗北すると言われれば誰でも驚く。

「そうなる事を避け、僕がお世話になる方の邪魔になる事をしようとするかも知れない。そうなる前に、貴女には王妃としてのお仕事をして頂きたいと思い、助けに来ました」

「……それは誘拐に来ました、と言ってるのと変わらないんじゃない?」

「おっと。僕が優しく言葉を包んだのにハッキリと答えて下さるとは、流石王妃様です」

 両手を軽く上げてブラブラ振りながら、表情も喋り方も適当な少女の態度。本気では言ってない印象がある。

「残念ですが、私を誘拐したとしても痛手にはならないわ」

「でしょうね」

 再びハッキリと答えた少女は宙に浮き、王妃に接近。フワフワしながらゆったりと近づく様は、不気味だ。

「ですが、そんな貴女でも役に立ちますよ? 隣国の姫様を連れていけば、更に役立ちます」

 瞳孔がない目が女性の目の前に位置し、口許を笑みにし歯を見せる。この少女は楽しんでいる、と。

「貴女、人外ね」

「人外? う~ん、ちょっと違いますがそう考えて頂いて結構です。では王妃様、朝が近付いてきますので連れていかせて頂きます」

 少女が突如地面の中に落ちる。王妃が落ちた場所を驚きの顔で見ると、急に両脇を持たれ浮き上がり天井に接触するが、そのまま天井を通過。持ち上げられる感覚があるだけで、物体を通過している感覚はない。

 ものの十秒で城を縦に通過し空へ。雲を通過し終えると急停止するが、急停止の反動がない。文句の一つでも言ってやろうと顔を上げ少女の方を見ようとした。が、ある光景が目に入る。

「強制ではございましたが、連れ出させてもらいました。僕の目論見の為に、従って下さい」

「……綺麗」

 少女の声が聞こえなかったわけではない。ないのだが、目に映る光景につい言葉が出る。

 空には一切の雲がなく、あるのは星々と月。今まで見てきた月と星も綺麗だったが、光が月と星のみになるとこんなにも多くの星があったのか。

 涙は出ない、出ないが感動する光景。そうか……昔村で見た景色と似ているのか。

「気に入って頂いて良かった。では次の王妃様を連れ出して、互いの国に連れ出した事を送り喧嘩をして頂きましょう」

「……私は殺されるのかしら?」

 使われるのだ、それくらいは覚悟しなければ。いや、あの国では生殺しみたいな環境下と変わらない、か。

「殺しません。とりあえずは違う場所へ運び、そこで適当に生きてもらおうかと」

「なにそれ。名前だけ借りるだけかしら?」

「現状は。もう一つの国にいる姫様も、現状から脱して違う世界で生きたいと考えている方みたいですので、実に扱いやすい環境下に過ごしていただこうかと」

「詳しいのね」

「気になる事は自ら見に行きますから。まぁ見に行けない場所もありますが」

 最後の言葉がやや小さくなるところを見ると、警備が厚いところは見に行けなかったと解釈しよう。けど、確かに先程の透過があれば、何処へでも侵入出来るし、浮けるのだから泳ぐように移動も出来る。

「私が今抵抗しても、落ちて死亡するだけね」

「それもいい作戦にはなりますが、流石に血を流させるわけにはいきませんよ」

 少女が両脇から手を抜く。一瞬死ぬのかと体が浮いたが、実際は落ちずにその場に留まる。背後から小さな笑い声が聞こえた。ちょっとだけムカつく。

「では行きましょう、王妃様。あ、そうだ、忘れるところでした」

 少女が前に移動してこちらを見る。深い闇を纏ってそうな少女が、口許を笑みにし、一言。

「米畑、あります?」



            ▼▼▼



 日を跨ぎ、朝になる頃には戦いが終えていた。結果は人外達の勝利である。純が先に戦場を乱したおかげか、人外側の被害は最小限に抑えられ、怪我人は出たが死傷者はいない、一種の完全なる勝利を得た。

 兵糧拠点での話しだが、純が着いた時には人間は一人も居らず死亡していた。王子が居たか聞いてみたが、前線での被害報告とベルトの人外こと純の接近報告に、先に逃げたとのこと。殺す前に得た情報らしいが、純からすればどうでもいい話し。

 ちなみに狼族の隊長であるケッテは、純に接近したクラリスとネルの二人の元素を察知し、仲間の救援に切り替えた。内部から人の壁を壊し内部へと侵入させれば、後は純により乱され足並み揃わない人間の処理のみ。連携が取れず強者がいない烏合の衆となった敵は、敵ではない。

 それに合わせ、ダークエルフ、コボルト、オークが接近している時点でケッテ達の勝利は目に見えたも同然。

 相手も悟ったのだろう、次々に逃げ出し始める者も現れ始めた。少しして退却命令が出たらしい。その時点で、人外側の勝利が確定した。

 そんな勝利した人外達は、人間が作った本拠地に集まり、高台の上に立っている者を見ている。

 高台には純の他にコボルト族の王、シュナイダーがおり、純の前で片膝を付け、片手を握り拳に、もう片手で握り拳を握り頭を下げている。他のコボルト族も、副王であるホチ、モコ、レイの三体も同じ体勢でシュナイダー王の後ろで、コボルト達も地面の上で同じ体勢でいる。

 ダークエルフ、オーク、狼族も同じく地面に立ち純とコボルト族の行方を見る。

「今回の戦い、本当に助かりました。感謝の言葉しか今は出ません」

「いやいいよ、気にしないで。儂が欲しいのは手に入ったし、これからもお話ししたいしね?」

 ベルトを顔から取りつつ、来る前の事を考える。トレントの王こと爺の言っていた米とやらは、この敵拠点のことかと思うと、上手く乗せられたと後悔すると共に、燃やしてやろうかとも考える。

 いや、まぁ一応目的が達成したからいいか。後はまぁ、お願いかな。

「話しというのは、俺達を辺境の地へ呼ぶ件か?」

 立ち上がり、口調を社交から普通へ戻す。あ、もうホチから聞いたのか。

「まぁなんの為の闘いだったんだと言いたいんだろうけど、それが本音かな」

「その件、受けよう」

 即答。その即答に純の体から橙色のオーラが出現、即座に広がり本拠地を覆い隠し、本拠地よりも巨大に膨らむ。

 そのオーラにクラリスが反応、クラリスから桃色のオーラが出る。それは昨日の夜分に出たオーラとは色の濃さが違う、より濃い桃色に変化している。その色に父親であるキュートス王は深い溜め息をする。

「受けてくれるってことは、畑仕事手伝ってくれるのかい?」

 橙色のオーラの形は歪みの無い球体。純は気づいていないが、性格が分かるオーラをしている。

「折角の勝利で俺達の土地を取り戻したのはいいが、余りにも荒れてしまった。森ってのは悲しきかな、長い年月が掛かる。それが当時の半分以上の森が無くなっているのであれば、子供達には長い苦でしかない。それに戦力、単純に戦える奴が少ねぇ。このまま維持し続けるのは、残念だが無理だ」

 シュナイダーは振り返り、コボルト達を見る。戦いには勝利したが元々は負け戦、死んでもおかしくない状況。

 トレントの王は頭の切れる方だ。昔から生存しているのは伊達ではないな。そのおかげで純という強者が現れ、戦局を覆した。

「奇跡的に俺達は誰も死んじゃいない。生存したのは全て純殿のおかげと言える。いや、純殿のおかげだ」

「儂はただ、真っ直ぐに向かっただけだ。途中で目的が変わりつつあったのが間違いだった」

「戦いの中、目的が変わるのは仕方のないことだ。いや、純殿の力なら目的が変わろうと関係はなかったであろう。オーラが全てを物語っていた」

 そう、あのオーラは全てを物語っていた。今出ているオーラと同じように揺るぎない気持ちのままに。

 そしてあの黒きオーラ。あれは殺す類いのオーラであり性格を表す。というよりも、複雑な性格をしているのだろうな。複数持ちは繊細だと聞いたが、嘘だなと確信を得る。

「儂にはオーラなんぞ分からん。いや、今はいい。今日は清々しい朝になって良かったよ。食料は得たし、家族が増えたし、仕事場も広く出来る。トレントの爺さんにお願いすりゃ森を広げられるし最高だね。よしじゃ早速帰ろう! 荷物持ってすぐ帰ろう! 戦いなんてつまらない事から退散!」

 純は後ろへ飛び地面に着地すると後ろに用意していた、頂いた食料達を乗せた数十はある荷車達を、これまた現場から頂いた紐で全ての荷車を連結させた一番前の荷車の取っ手を掴む。

「ま、待て! どこに行くんだ純殿!」

 シュナイダーが慌てて純の後を追うが、高台から下りずに見下ろす。ホチ、モコ、レイの三体もシュナイダーの後に続き純を見る。

「辺境の地へ、戻る!」

 一度体を反らしながら前へ突きだし、片足を上げつつ両腕を曲げる。上げた片足を地面に着け、曲げた両腕を伸ばし、荷車と共に走り出す。

 連結させている為、荷車群が車輪を回して引っ張られる。その荷車、数と積み荷の量が多いにも限らず、速度は戦闘中とは同じとは言えなくとも十二分に速い。土煙を地面から舞い上がらせつつも止まる事なく進む光景にいち早く便乗したのは、言うまでもないクラリスだ。

「純様ーー!」

「ぬぅ!? クラリス! 父から離れるでないわぁ!」

「キュートス王! 行ってはなりません!」

 クラリスが地面を蹴り前へと進み、ネルがその後を追うように駆ける。クラリスの父であるキュートスも追いかけようとするが、部下達に防具を掴まれて阻止される。

「クラリス様が望まれた事を承諾したのはキュートス王ですぞ!」

「まだ認めてはおらん!」

「恋とは違いますこれからの生活の事です!」

 その言葉にキュートスが止まる。そう、これからの生活。ダークエルフ族が住んでいた場所は人間により侵略され、仮住みとして精霊の森へと避難させてもらっている身。その精霊の森には、妻である王妃だけでなく非戦闘員並びに置いてきた部下もいる。これから生活する為には、いつまでも精霊達に迷惑を掛けるわけにはいかない。

 そこでクラリスが出した解が、故郷を捨て純殿が住み始めた辺境の地を第二の故郷にすること。それはつまり、人間と共に生活をすることに繋がる。

「クラリス様が提示した内容を、渋々ながら了承なされたではありませんか。それは父という立場ではなく王としての立場で。付け加えるのならば、純殿に紋章を渋々ながら付与したという事は、信頼できる者である、と王が認めたも同然の処置です」

「ぬ、ぬぅ」

 部下達がキュートスから離れ、キュートスは両腕を組む。確かにその通りだ。

 いくら娘の為とはいえ、あそこまでする必要はなかったかも知れないが、結果的には被害を最小限に抑えられた。被害は人間側のみ、こちらに死傷者はいない。圧勝というべき戦いであった。

「一度、純殿を人間ではなく人外として、クラリスの想い人という項目を排除した場合、純殿は稀有な存在だ。力を持ちつつも隔てなく会話をし目的に一直線。言葉にすれば一直線な馬鹿としか言いようがない」

 クラリスがいない時で良かったと思う。いたら絶対殴ってきた。

「だが、真っ直ぐながらも臨機応変に感情が露に出る。嬉しさ、感情の(たかぶ)り、期待。それらの感情が出た場合にあのオーラが出る」

 荷車が全て走りきると橙色のオーラも離れる。そう、あの規格外のオーラがいつでも出るのだ。

「更に、シュナイダーのいう黒いオーラ、数時間前にクラリスとネルちゃんから聞いた薄水色のオーラ。どちらも負の感情とも言える」

「キュートス王、一つ質問いいですか?」

 ドルウがキュートスの前へ移動。キュートスは頷き、質問を許可する。

「確かオーラって、実力と性格が関連していると聞いています。が、今の発言を聞きますと、あの人間は複数の実力と性格がある、という結果になりますが?」

「オークの若、ドルウのいう結果にはならん」

 その場にいる皆がキュートスとドルウを見て、話しを聞いている。特に純に対する会話は、気になる。

「実力と性格が複数あるのではなく、複数を持つ実力と性格の持ち主だ。優柔不断な性格ではあるが、それをも補う力を持っている」

 ドルウが何かを考え始めると、ケッテが走り去る荷車を見る。あの速度ならば余裕で勝てるだろうが、本来ではないな。

「人外ではいるんですか?」

「私の知る限り、そんな人外も稀少だ。それに、例えオーラが巨大であろうと実力が伴わなければ力の持ち腐れだ。今の純殿がそれに該当する、が」

「……力を使わずとも戦える力がある?」

 ドルウは頭が悪いわけではない。が、こういう事は経験していないのだろう。まぁ本来は、こうならないように鍛える、もしくは小さい頃からその様に育てられるのが当たり前だ。宝の持ち腐れの者も、大抵は扱えずに死ぬ事が多い。

「今まで何処にいたのか分からないが、敵だと考えた場合は厄介な存在となるのは明白であろう。クラリスは、そこも少なからず考えて純殿の傍にいるという結論を出した。それを先に読んだのが――」

「トレントの王、ですか」

 ケッテが走り去る方向を見つつも、辺境の地に生息している人外の一種であるトレントを思い出す。あそこの王は昔から存在している種族の一種、年の功とはなんとやらのような人外だ。

「あの王は、数多くの経験を得ている。そして、種族としては弱いが知恵を持っている。確か純殿がコボルト達を助けるよう促したのだな? ホチよ!」

 高台にいるホチを見て叫ぶように質問すると、ホチは頷く。

(あなど)れん種族だな、トレントは」

「あそこは、昔からいる方々が住まう場所ですから」

 ケッテの発言で一先ず話しを終わらそう。今はコボルト達と私達ダークエルフ族が住むための移動をしなければならない。

 にしても、のちのちだが面倒な事にはなるか。

「少なくとも、辺境の地には三種族……いやスライムも入れて四種族が住むことになる。一つの箇所に四種族、うち王が三名となると、人間からも同族からも怪しまれる事態にはなるな」

 キュートスの悩みの種は増え続ける。いや、王ならば当たり前か。事柄は常に流動的に流れている。

「シュナイダー、民を集め移動の準備を。私達も仲間を連れ森へ向かう」

「了解しました、キュートス王」

 頭を下げずとも良いものを。さて、私達がいなくなる前にこの場所を明け渡す事にはなるな。

「だったら、コボルト族の住んでいた森は俺達オークが貰いたい」

 ドルウがシュナイダーを見てハッキリと発言。それにシュナイダーは軽く片眉を下げる。

「それはまた、どうして?」

「貴方達は知らないだろうがつい最近、俺達はある街に侵攻し、助けもあってその街を手に入れた。入れたのはいいが、ダークエルフのお姫様であるクラリス姫が、あの人間に献上する為に街一つを魔法で回収しちまったんだ。王には悪いが、完全なる搾取だよありゃ」

「ぬ、ぬぅ。すまない」

 娘の行動力の高さは尋常ではないなと考えつつも、嫁ぐ気が露骨な行動。父として王として、申し訳がない。

「頭は下げないでほしいキュートス王。別に怒っちゃいねぇ、あの人間にはデカイ借りがある。まぁ俺達の方からは街一つ渡す事で借りを返す事にさせてもらいたい」

「構わない。いや、それで済ませてもらえるならありがたい」

 今この場で話せる内容は一通り話したと判断したキュートス王は、左手を振りマントを揺らす。

「では各々、辺境の地への移動、帰郷へ分かれよう。体制と生活が安定したのちに各種族の元へ赴き、感謝の意を述べたい」

「了解しました、キュートス王」

「分かりました」

 ドルウ、ケッテは即答。共に辺境の地へ赴くコボルト達は返答しないが、後に合流する。その時に、改めて感謝の意を、と。問題は山積みだなと楽観的に思えるのは、戦いが無事終えたからだろう。



            ▼



「という事になったから、ダークエルフ達も住むみたい、村長」

「……これは、また……。言葉が出ないですね」

 人間との戦いを終え荷物を引いて辺境の地へ戻った当日の昼前、大体一日ぶりの純がスライム達が住む建物へ、ダークエルフのクラリスと蛇人のネルを引き連れて戻ってきた。

 荷物はトレント達が回収中の整理整頓中。木のオバケと形容したい容姿だが、頼りになる。

 村長はテーブルの上に、トレントの王は椅子に器用に座っている。人の形ではないが二足歩行する二つ手がある。

「初めてお目にかかる。余はダークエルフ王キュートスの娘、クラリス。この御方純様の傍に置かせていただく一人の女です」

 クラリスがテーブルに乗っている村長ことヌルヌルに挨拶をすると、ヌルヌルも体をややへこませて挨拶を返す。

「こちらこそ。いや、まさかダークエルフのお姫様が来られ、それが純殿と恋仲になっているとは」

 トレントの王が楽しそうに喋る。トレントの王とは反対側の席に座って対面しており、蛇人のネルは座っている純とクラリスの背後に立っている。

「いや、恋仲じゃないんだが……」

「いやいいんだ純殿、恥ずかしがらずに。手が早いね?」

 この木の爺、分かってて言ってるだろ。悪いがこっちはもう結婚相手がいるんだぞ? まぁ、結婚相手は儂の中にいるけど。

 まぁ女性に好意を抱かれるのは嫌いじゃないが、中身は爺だしなぁ。あ、でも子供作る約束をクロとしたっけか?

「人外同士とは言わないが、同族での複数婚は珍しくはないからね?」

「いや、ダークエルフと人間だぞ?」

「そんなの関係ないと思うけどね? 蛇人の方もそういう方ですかな?」

「妾は違う、クラリスの親友じゃ」

 ネルがやや疲れ気味に答える。純は一度咳をし、トレントの王とヌルヌルを見る。

「話しを変えるが、これからコボルト族とダークエルフ族が訪れ共に生活をする。それにあたり、この二種族が住む場所が重要になるのは明白。儂の勝手な価値観だが、コボルトはこの町のような作りの家、ダークエルフは木の上や横に家を建てて、木々に橋を設置している印象だが」

(おおむ)ね間違いではないです、純様」

 直ぐ様肯定されると、安心があるな。まぁ嘘の可能性も否めないが、それは考えすぎだとしよう。

「これらを建てる場合、優先すべきはコボルトから、か?」

「それに関しては二種族が来たら決めましょう。人数次第では変わりますし、そもそもダークエルフ族が来るなんて、スライムである自分達が知る良しも無かったので、そこの説明もしなければなりませんから」

 トレントの王、ヌルヌルと会話をしている純の姿を横から恋する乙女の顔で見ているクラリス。ネルはそんなクラリスに近づき、小声で耳打ち。

「クラリス。イルナイ街の件、話さないのか」

 その言葉にクラリスの表情が一瞬崩れる。そう、純の為にドルウから譲ってもらったイルナイ街。街よりもその素材を提供したいのだが、街というのが少しまずい。仮にも純は人間、同じ人間の街一式を渡したところで喜ばれるかどうか。

 クラリスがネルを見ると困った顔をしている。再び純を見るが真剣に居住区の話しをしているので、この話しが出来そうな雰囲気でもない、のを察したネルが、クラリスとは反対の純の横の席に座り、純を見る。

「実は妾達から純殿に、一つ渡したい物があるんじゃが」

「ん? 渡したいもの?」

「イルナイ街じゃ」

 ネルは包み隠さず喋った。街一つ献上すること、その街はイルナイ街という実際に人が住んでいた街であること、オークと狼族、蛇人のネルが合同で攻めて奪った街を、更にクラリスが頂いたこと、全てを話した。

 クラリスがやや居たたまれない様子であるが、純は真剣に話を聞き頷き、腕を組む。

「ちなみにその街は人が実際に住んでいて、生活をしていたんだね?」

「当たり前じゃ。イルナイ街は交易するに最適じゃったからのぅ」

「つまりは、鍛冶屋とかがあったとか?」

「多分あるじゃろ。ある程度の生産はこの街でもしていただろうし、この街の規模なら、冒険者関連の建物も教会もあるだろう」

 ネルの言葉に頷きつつ、トレントの王に視線を向ける。

「交易に最適、つまりそれだけ人が集まり、出入りが多かったわけですね。鍛冶に調合、家だけでなく素材も道具も豊富にあるでしょう。規模は分かりませんが、一時的にイルナイ街の規模ほどの平地を作りましょう。木々を別の場所に移動すれば可能です」

「なんだかんだ、この辺境の地は広いからな。ちなみに、広げられるのか?」

「可能ですが時間は掛かります。栄養分を取り入れる為には、まず土が良くなければ」

「分かった。まずはその街を出す場所を確保しよう。大体の広さがあればいいだろう。ネルちゃん、教えてくれてありがとう」

 ネルは優しく礼を述べる純に小さく笑う。

「妾じゃないクラリスに礼をしてやってほしい。純殿の事を考えの行動だが、自分でやった事に自信が持てず言えなかったからのぅ」

 視線をクラリスに向けるとモジモジしている。純はそんなクラリスの頭を撫でると、褐色の顔が赤くなる。

「ありがとうクラリスちゃん。儂が人間だから言えなかったんだろう、ごめんよ?」

「い、いえ、謝らないでください。余が勝手にした事ですから」

 撫でられながらも嫌がる事なく、顔を赤らめながらも嬉しそうな表情のクラリスと撫で続ける純の姿に、ヌルヌルはトレントの王を見る。

「人間と人外との間に子が産まれるのは立証済みですが、多種族を嫁に迎えるのは大丈夫なんですかね」

「そうだねぇ。誰もしたことがないから分からないけど、いいんじゃないのかな? 賑やかじゃないかな」

「それはそうですが、種族間には享受というのがまとわり付きますし、生活面からも違いますから、難しいでしょうね」

 ヌルヌルがプルプル体を震わせつつ答える。純がプルプル震えるヌルヌルを見て、前々からの疑問を口にする。

「スライムって、魔素の塊なんだよな?」

「ん? えぇ、そうみたいですね。彼が言うのが正しいのならば」

 彼とは純の親友であるスラ君。そんなスラ君は研究所で一生懸命働いている。主に魔石関連。

「なら村長の色が茶色くなったのって、前に言ってた地中での戦いで地の魔素が入って、今もその状態のままなんじゃないのか?」

 純の何気無い言葉にその場から声が無くなった、いや静寂になったというのが正しいだろう。何故、静寂になったんだ。

「純殿、何故そう思われたんですか?」

 静寂を即座に切ったのはスライムであるヌルヌル。純はクラリスから手を放す。

「いや、スラ君が元素の事を教えてくれて、魔石の説明を聞いて思ったんだけど、スライムがもし魔素の塊であるならば、魔素に限らず素によって影響があるんじゃないかと」

 ネルが小さく、ほう、と関心の声を漏らす。

「有り得る話しじゃな。確か違う地方ではファイアスライム、アイススライム、ウォータースライム等がいた筈じゃ。それらは全てその場所で生まれたからそういう個体である、とされていたが成る程、純殿のいう考えは有り得る」

「村長の体が茶色なのは土の魔素が入っているからだと思うけど。んで、この考えが正しかった場合、スライムって違う種族に変身みたいなの出来るんじゃないかな。スラ君がいないからなんとも言えないけど」

 前から気になったことを口に出す。この考えが出た理由は、野良人外の発生条件。魔素ならぬ特定の素があればその種族の生物が誕生するのならば、元々魔素の塊であるスライムが特定の素の影響を受ければ、その生物になれる可能性がある、と考えている。

「それは――有り得ますか?」

「いや、考えれば確かにそれは可能かも知れない。それ自体は考えられは出来たよ。けど、誰も考えやしないだろうね。もしもスライムという種族が多種族になれるなんて突拍子もない考えが現実に起きた場合、スライムという種族は他の種族を寄せ付けない危険な種族になりえる」

 ヌルヌルの質問にトレントの王が答える。ただその答えは、スライムという弱い種族がいなくなり、強い種族であるスライムの話しになる。

 それがもし、もしも現実になったら大発見どころではない。均衡が崩れてしまう可能性もある。

「いや、便利じゃないか? 生活がより豊かになるし、仕事もしやすくなる。まぁ儂の無知な発言で場を混乱させてしまった。謝る」

「いえ純様、謝らなくて大丈夫です。むしろ素晴らしい案をお出しになられました。ただ、ただですが、これは表には出さない方が宜しい案件になります」

 クラリスが純の手を握り軽く持ち上げつつも、視線を純から親友ネルへ。

「ネル」

「分かっておる。純殿、今の話しを現実にするのならば、暫くこの地は交流は持てないし、誰にも近づけることをしてはならない」

 純を横目で見て、小さな忠告を刺す。刺された本人は分からない顔をしているが頷き返す。

 発言した本人になんの意図もないのが助かる。同時に、人間側にも人外側にも聞かせられない内容であると先を見る頭を持つ者達が頷き、秘匿にする事を決意。

 ただ、純自身が考えたわけではなく、元々生きていた地球のゲーム、漫画には人型のスライムがいたから、ここでも可能なんじゃないかと思っただけで、深い意味はない。人型なら一緒に生活するのが楽しくなるだろうし、小さな兵士さんも人型であればそれなりに見栄えが良くなる。

 儂やメイドが作業しているのを手伝ってくれるのはありがたいが、やはり不自由であるかなと思ってしまう。だからじゃないが、一緒に作業した方が楽しいし便利だと思うから言ったんだけど、まさかしちゃいけないのか?

 いや常識じゃないだけなのかも知れない。なら常識にすればいいんじゃないか? 非常識も周りから使われ始めれば数年で常識になるんだ。まぁ、秘匿にするのならもう言わないが。


 この発言を元に、辺境の地が変わろうとし始めた事を、純は知らない。

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