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亜人の王  作者: バゥママ
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第十章 進行

 その世界ではよくある人間と人外の戦い。当事者からすれば辛い戦争でも、離れた場所にいる者達からすればありふれた喧嘩。

 人間とコボルト族の戦いもまた、そんなありふれた喧嘩であり、人間の勝利という結末が待っている戦争。かつて人間の、ゴールドランクの冒険者が均衡を崩した過去がある。それによりコボルト族は敗北の道を辿り始めた。そして、とうとう敗北の時が来た。

 もしここに、冒険者でいうゴールドランクがコボルト族側に現れ均衡を崩したらどうなるだろうか?

 もしここに、王に匹敵する何かがコボルト族側に現れ均衡を崩したらどうなるだろうか?

 もしここに、均衡など関係なく押し潰す程の力が流れたらどうなるだろうか?

 それが出来るとすれば、それは、自然災害である。



            ▼



 同じ人間である、同族である、共に手を取り合い生活をする仲間である。純は、言葉の中に一文字足りないなと考え修正。

 同じ人間で"は"ある、同族で"は"ある、共に手を取り合い生活をする仲間で"は"ある。

 これが現状、正しい言葉であると判断。何故なら同じではないからだ。儂の考えと相手の考えが、最終地点は一緒だとしても過程がまるで違う。いや、それが普通だろう。そこに人間も人外もありゃしない。いやこれも訂正。同じなのは軍隊か宗教くらいだろうか? かつて非国民呼ばわりされた記憶があるが、国のための戦いから逃げるのは、非国民なのだろうか? 儂には理解できない。

火の矢(ファイヤー・アロー)!」

 もう一つ、理解できない事がある。何故、態々、技名みたいなのを叫ぶのだろうか? これはゲームではない、戦争だ。

 火の矢が数本飛んでくるが、最小の動きで回避。相手はそれだけで驚いている。これくらいで驚くのは如何なものか人間。人外相手なら兎も角。

 右手には今は亡き冒険者から頂いた盗難品である槍を持っている。一応、理由はある。

 純は零時を過ぎた辺りでケッテ隊長を含めた十二体の狼族と共に本拠点へと襲撃へ向かった。ただ、森林から出て土が剥き出しとなっている、かつては森林があったであろう場所に出ても、相手が行動を起こさない。明日の、いや今後の事を考えれば、敵が十数体突出すれば慟哭(どうこく)なり迎撃なり行動を起こす筈だ。だが、そんな動きはない。

 ケッテ隊長と走りながら、本拠点に向かう前に一つの過程を追加する事にした。

 純・動きがないみたいだから、二つの拠点で暴れてそのまま本拠点へ行くってのはどうだ。

 ケッテ・了解した、意義はない。

 簡潔な問いと解でお互いがやるべき事を相互理解。純は四ヶ所のうちの一つ、上から二番目の拠点へ。ケッテ隊長は部下を引き連れて下から二番目の拠点へ。

 本拠点へ行くための砦とも言える位置にある拠点へ攻撃を仕掛け、ある程度暴れたのちに本拠点へ、相手が分かるように移動を開始。それなら、いくらアホでも事態を把握し何かしらの方法で後ろに知らせるだろう。

 そうする事により、外側にある二ヶ所の拠点も動かさせ、防備を薄くさせる。(もっと)も、本来ならもう少し戦力を率いて実行するのが常套(じょうとう)。ただ今回は仕方がない。それだけ相手の戦力が多いのと魔法使いがいる。遠距離攻撃が可能で、しかも魔法だ。火だの水だの電気だのを降らせる連中、厄介なのは確定だ。

 話しを戻す。この二ヶ所を動かせば、自ずとコボルト族のいる森林に対する目は少なくなる。更に、中間地点にある兵糧を焼く事で、本拠点に知らせられる。これから行くぞ、覚悟しろ、と。

「ひぃ!?」

 魔法使いが数人、横並びに揃っている。まぁ確かに驚異ではあるのだろうが、戦争ではなく戦の時代からある隊列なだけに、むしろ鉄砲隊の方が魔法よりも恐ろしい事に気づいた。

 数人の内の一人の前まで行き、心臓に向けて右拳を叩き込む。相手は衝撃により背後へ飛ぶ。盗難品である槍を構えて、横にいる魔法使いに槍を向けて刺す。

「がぁ!?」

 そのまま奥まで槍を貫き、刺した魔法使いを槍と共に持ち上げ、そのまま走り出し他の魔法使いを刺していく。

 刺した魔法使い越しに他の魔法使い達から苦痛の声が発せられるが、構わずに刺す。全員刺し終えたら、魔法使いを刺したまま槍を持ち上げ、槍から手を放しその場から退避。

 刺された魔法使い達は地面に落ち、一番下の魔法使いは、潰された時に出るような声を漏らす。

「おらぁ!」

 左から冒険者が接近し剣を振り上げている。即座に接近し左手で振り下ろしている手の右腕を掴む。相手が虚を付かれたような顔をするのが見えるが、直後に苦痛の顔に変化。

 相手の金的に右拳を叩き込み、強制的に剣を放させ、掴んだ腕を引き寄せつつ、殴った右手で相手の腹部に当たる位置を掴みある方向に放り投げる。その方向には、串刺しになった魔法使い達がいる。更に言えば、槍の先端が真上に向いている。そこに投げた冒険者の背中に突き刺さり、見事串刺しの仲間入りを果たす。

 冒険者を投げて刺さるまでに放した剣を取り、冒険者が突き刺さる時には体を反らしながら振り構え、突き刺さり終えた時には冒険者達の首を一番上から一番下まで両断。地面に剣が突き刺さるが構わずに振り抜くと、(つば)から剣身が根本から折れ、ただの鍔が装飾された筒になる。

 筒を捨て、地面に落ちている杖を二本拾い、本拠点方面に逃避している者達のみを狙いに定め走り始める。

 魔法使い達は杖を使わないと魔法が使えないのかと疑問に思いながらも、本来の使い方の一つであろう叩きで、逃げる者達の頭に振り落とす。やはり想定された使い方ではなかったのだろう、一度相手の頭を潰しただけで壊れてしまう。先程の槍も質が悪いのか、数人刺して持ち上げただけで悲鳴を上げていた。あのままでは折れていただろう。

 槍も剣も杖も、殺す事は出来ても殺し続けるには程遠い。安い武器だからか、量産品だからかは分からない。ただ、どれも適していなかったのは確かだ。

「やっぱ歯痒いな、武器ってのは。素手素足の方が実感がある」


 ケッテ隊長は、純とは逆の拠点を部下と共に攻める。木で作られた、広さはあるが防備が薄い、簡易テントと櫓、木の椅子に長机、木の柵があるだけの簡単な拠点。

 よくこんな汚い空気の中を平気で過ごせるな、人間は。私なら数日いるだけでも嫌になる。ただ、今は汚い空気と人間の血の臭いが混ざり、幾分かマシ程度な臭いにはなっている。人間の血も好きな臭いではないのだが。

「ごがぁ!?」

 部下達が人間達の足か腕を噛み、その間に喉を噛み千切っている。連携のとれた動きかつ二体編成のため、効率よく人間を殺せている。私は部下達よりも一回り大きい分、単体で十分。それに、それだけではない。

「こいつら狼族か!? 狼風(ウル・ウィンド)を纏ってるぞ!」

 人間が言ったように私達狼族は風を纏い、ある程度の攻撃を耐え、走る速度を上げられる。戦いにおいて……いや私達にとって、速度こそ武器。

 更に細かく言えば、狼族には使える力が分かれており、私達は風狼族と呼ばれる種族、いや部族でもある。

「切り裂け! お前達! 風切(ウィンド・エッジ)

 狼族達の体に纏う風が回転し始めると、狼族達が飛翔する。自らの出す風の力で回転しながら浮くことを可能にさせ、人間、物、柵を切り刻む。特にケッテの風は大きく、広い範囲に攻撃を与える。

「縦横無尽に動きつつ、目的地の方角へ飛べ!」

 皆が隊長の言葉に、自由に飛ぶ。ただ、ケッテだけは純がいる拠点の方角へ飛び始める。風を強くし、通る道を吹き飛ばし、少しでも早く合流をする。

 純殿を一人にしてはならない。あの人間は……いや、あの時出した二つ目のオーラは、人外でも限られた者にしか備えられていないオーラ。それに、人間には持てないオーラでもある。あの人間――いや純殿は、人間なのか?

 拠点から脱し風切(ウィンド・エッジ)を解除。斜め方向に走りながら、純が出てくるであろう場所まで走る。ただまぁ、分かる事がある。微かにだが、薄く淡く、純がいる拠点に橙色のオーラがある。

 あのオーラの色こそ、クラリスが共鳴したオーラ、暖かいオーラの色だ。前へ、前へ、前へ進んでいる橙色のオーラは綺麗な球体の形を保っている。それは今の純の気持ちを表している証拠でもある。

 そうだ。綺麗な球体のまま保ちながら。それはまさに純という人間が異常という証明。

 今現在何をしている? 仮にも殺しているんだぞ? にも関わらず、薄く淡くなってはいるが暖かいオーラは健在で、歪がない。それは、つまり。

「殺しなどしていないかのような感覚でなければ成立しない。あり得るのか? そんな感覚が」

 自分自身が出した結論に疑問をもつが、それしか考えられない。

 暖かいオーラはある場所で急激に進み始める。その場所は、拠点から離れた位置だ。ケッテは進行方向を本拠点方面に修正、純の位置はオーラで確認出来る。

「あの人間が、もしあのオーラを自在に使えるようになったとすれば、驚異では済まされないな」


            ▼


「……シュナイダー王? あのオーラはいったい」

「あれが、ホチが連れてきた人間の持つオーラだ」

「いやいや……いやいやいやいや!? あれオーラ!? 人間の勇者クラスでも見たことないんですけど!?」

 コボルトの森から出て荒れ地となっている場所に、シュナイダー王と三体のマントを羽織るコボルト、そして残りの戦える部下達が、人間達がいる方向を見ている。

 シュナイダー王の背後には三体のコボルト。一体はホチ、あとの二体は雄と雌。

 冷静に、かつ変な物を訪ねたのが雌。驚きを大いに表現したのが雄。雌はゴールデンレトリーバー、雄はシェパード寄りの顔。どちらもやや人寄りだが、人外であると分かる顔立ち。

「俺も驚いたが、純殿はあれ以上にヤバいオーラを持っているぞ?」

「複数持ち? 人間で複数って……勇者なの? ホチ」

「それは違う、モコ。純殿は勇者ではない。現に純殿には元素がない」

「元素無しであのオーラって……人間じゃないでしょ。あ、人間じゃないとか?」

「レイ、純殿は完全な人間だ。いや、思考は人外だな」

 ホチが腕を組み、ゴールデンレトリバーのコボルトをモコ、シェパードのコボルトをレイと呼ぶ。それが二体の名前。レイは頭を抱えながら戦場にでかでかと出ているオーラを見ながら、小さく溜め息をする。

「誰であれ、助かったよなぁ。いや、最初はホチが殺されるんじゃないかと心配だったよ。トレントの王には悪いけど、人間に騙されていると思ってた」

「そうね。私も反対だったし、貴方が死んでるんじゃないかと考えたわ」

 二体は、ホチが辺境の地を訪れた事にやや反対派であった。いくらトレントの王の言葉でも、直訳しても"人間と会ってくれ"と言うような人外は怪しさしかない。最悪、今回の戦いでホチを失わさせ攻める人間の作戦であろう。そう考えるのが妥当。

 だが結果は、まさかの真実。だけでなく、その問題となった人間が同族の人間に襲撃を仕掛けた。それも狼族のケッテ隊長を率いて。

「他にも信じられない事があるが、それはこの戦いを終えてからにしよう。純殿が短期決戦を仕掛けているこの状況。成功させましょう、王」

「あぁ、俺達が生き残るにはそれしかない」

「生気が満ちているな、シュナイダーよ」

 背後で部下達が道を空けるような動作音、副王三体が道を空けるような動作音。シュナイダー王が振り返ると、副王並びに部下達が片膝を地面に付け、片手を握り拳にその握り拳を包んでいる。

 頭を下げている相手は、ダークエルフの王であるキュートス王だ。

「これはキュートス王」

 部下等と同じように片膝を地面に付けようとするが、キュートスが手で制す。

「今は同じ王だ、シュナイダー」

「同じ王ではなく、仕方のない王です」

「だとしても、今は一族の王として皆を率いている。前王の急死は残念に思うよ」

 キュートス王が顔を小さくだが下げる。それだけでもありがたい。前王は、王として勇ましくはなかった。ただ父として逞しかった、それに尽きる。それが、我らコボルト族の前王。

 戦うのは苦手だが戦いを避けるのは上手かった、これは稀な才能であると考える。実際に今回の戦いみたいな規模で、長期に渡る戦いなどなかったのだ。

「奴が生きていれば、こんな事態にはならなかっただろう」

「それだけで十分です。ただ、まさかこのような事態になるとは、こちらも考えられませんでしたよ、キュートス王。あの人間、恐ろしく強く……我が儘ですな」

「そうだな……」

 キュートス王が遠くでも見える純のオーラを見て、小さく溜め息をする。

「どうしました?」

「いや……うむ……」

 威厳があり、どんな場面でも立ち向かうキュートス王が、悩んでいる。悩むとすれば、大体は娘に関する事になるのだが。

 ホチは知っているため、小さく微笑する。

「ホチ、何か知っているのか?」

「えぇ、父親としてとても複雑みたいで」

 微笑しながらの発言に、副王とシュナイダー王の三体が疑問の顔をする。

「それはこの戦いの後にしましょう。そろそろ出撃みたいですので」

 人間達の拠点から火の手が上がり始めるのを、シュナイダー王はその目で確認。暫くすれば火の手は更に広がるだろう。

「次の火の手が、奇襲の合図ですね」

 ホチが火の手が上がっている方向を見ているシュナイダー王を見る。シュナイダー王は一度頷き、口元を笑みにしてキュートス王を見る。

「まさか、あのキュートス王が奇襲をするなど、面白い事もあるものですね?」

「言うなシュナイダーよ、私とて前線にも奇襲にも出る。娘の為ならばな」

 その娘が原因で胃を痛めているんでしょう、と言ってやりたいが、流石に首を飛ばされそうで怖いからやめておこう。

 キュートス王が振り返り歩き始める。

「正直に言えば、もっと早く加勢がしたかったよ」

「その言葉、前王の前でもう一度言ってください、キュートス王」

「……そうだな。言ってやろうぞ、人間達を(ほふ)ってな」

 その勇ましい後姿は、前王が王の立場を弁えずに膝を付けた背中。いや、前王はそもそも、ダークエルフの王、キュートスに強い尊敬の念を抱いていた。種族関係なくあの者に仕え働きたいと、強く願っていた。

 今ではもう、叶えられない。だが王よ、見てくだされ。過程は驚くばかりで、なぜそうなったのか分からないままですが、きっと王はこう考えるでしょう。

 共に戦えて光栄です、と。

「この状況を前王が見たら駄々を捏ねるだろうな。僕も参加したいよぉーってな」

 皆から小さくだが笑いが起きる。前王を慕うからこそ、言いそうだ、あるある、きっと泣きながら言ってくるだろうよ、と口々から出る前王の言いそうな言葉が部下から漏れる。

 それを王は咎めない。副王達は咎めない。代わりに咎める存在がある。

 人間達の拠点から橙色のオーラが膨れ上がり、合図とした火の手よりも分かりやすい合図がコボルト達の目に飛び込む。

 部下達は立ち上がり、副王達も立ち上がり、シュナイダー王は振り返り、そのオーラを視認する。

「ここからは俺の言葉になるが」

 シュナイダー王が今にも前に飛び出そうとする体勢になると、皆も同じような体勢になる。

「助けに来た奴が人間であろうが――あんな馬鹿でかく暖かいオーラを見せられちゃ、意地でも勝たなくちゃならないだろうが! 行くぞ!」

 シュナイダー王が飛び出すと、副王が後を追い掛け、部下達が飛び出す。きっと……いや、もっと待てば良いのだ。火の手が上がるのを待つのが正しい、そうだそれが正しい。だが、シュナイダー王はそれとは関係なく走り出してしまった。

 もう少し待てばいいのに、血気盛んな子供じゃないのに、待てが出来ない犬じゃないのに。

「進め! 進めー!」

 飼い主を追い掛ける飼い犬のように走り出してしまった。いや、いい。それが俺達じゃないか。

「俺達らしい戦いの始まりじゃないか!」


「あいつら、血気盛んにも程があるな」

 コボルト達から離れた位置にドルウ率いるオーク達がいる。向かう拠点は一番下の拠点、コボルト達は下から二番目の拠点を攻めに向かった。

 狼族は一番上でダークエルフ族は上から二番目。蛇人であるネルは狼族と共に攻める予定。

 ドルウは武器を持ち背後を見る。背後には十数日前に共に戦った仲間がいる。誰も欠けちゃいない仲間だ。

「あいつらは攻撃力が足りないが、移動力がある。俺達には出来ない、付き離れが出来る。俺達には無理な事だ。が、あいつらには負けてられねぇな」

 あの人間にもな。と言いたいが、あのオーラ、目的地が近付くたびに大きくなっている。敵には回したくない人種だが、味方だと安心する。

 人間相手に安心感を覚えるなんて、考えもしなかったがな。

「俺達も行くか」

「若、一ついいですか?」

 一体のオークが手を上げる。そのオークはドルウと大体同じ年齢であるがやや身長が小さい。顔はやや幼く見えるが、何をどうすれば幼い顔になれるのか気になるなと、小さな疑問をつい投げたくなる。

「なんだ?」

「どうして、人間の手助けを? 確かにあのオーラは凄まじいですが……」

「……そうだな。なんていうか、あいつからは人間の感じがしねぇって言うのかなぁ」

 ドルウが左手で頭を掻きながら、純の姿を思う。そう、アイツのあの雰囲気。それに肩に手を置かれた時のあの感覚は、妙に優しかった。

「言うなら、父親みたいな奴だからか?」

「父親?」

 皆が疑問の顔をしている、当然か。俺も自分の言葉に疑問があるくらいだ。

「今はやらなくなっちまったが、昔に良く親父に肩を叩かれたなって思い出したんだ。あの人間と親父じゃそりゃ別なんだけど……なんてんだ? 親父が王じゃない時を思い出したって言うのか?」

 自分で言っていて、昔の事を思い出す。皆の為に一生懸命戦う親父の後ろ姿はカッコ良かった。王となってもカッコ良い親父、憧れであり目標だ。

 ただ、一緒に戦うことは、王になる前と比べれば無いに等しい。一緒に戦うといっても戦場は別々、一緒とはいえない。

 ただ、親父のように家族を守り救う。それが種族が違くとも同じ人外、助けるべきだ。

 だからだろうか。元締めの奴隷商人を捕まえ、奴隷商売を壊し、仲間を救った人間を。目的が違くとも単体でコボルト達を救おうと、同じ人間相手に戦いをしに行くその姿は。

「負けたくないだろ? あぁいう奴に」

 やや困り顔で聞くような回答に、皆の表情が小さくだが笑みになるのが分かる。

「若は単純だな」

「あぁ。若らしい」

 オークの中でも中年と言えるオーク達が懐かしむように話し合う。ドルウは、この中年オークを昔から知っている。というか、親父の友達だ。

 実力的には俺より上。だが、俺の率いる部隊に入ってくれている。一重に親父からのお願いだそうだ。

「昔から俺を知ってる奴は何も言わないように。言ったらぶん殴る」

 ドルウは振り返り、暖かいオーラが変わらずに球体のままかと考え、グレートアックスを肩に掛ける。

「予定が狂ったが、こうなりゃ構わねぇ。お前等! 突っ込むぞ!」

 走り出したドルウの後を、応の一言と共にオーク達が追い掛ける。


 戦いが始まっている地域の空。空には雲が少しだけ漂っていて大きな星の優しい光が地上を照らす。空には一人の女性が宙に浮いて地上を見下ろしている。

 見下ろす先は人間の兵糧拠点を覆い包むような橙色のオーラ。

「凄いですねぇ、感動ですねぇ。まさかただの人間があのようなオーラをお持ちとは。いや、ただの人間ではない?」

 あの橙色のオーラ、人間目線ならば恐怖のオーラに見えるでしょうと考えつつも、その女性は自らを美乳と賞する胸部の前で腕を組み、口元を笑みに。

「成る程成る程、実に興味がありますねぇ~。あのオーラ、実に人間離れしていますねぇ~」

 その女性は、少女。辺境の地にて黒猫の一人に追い出された、人間、人外から相手にされない存在。その少女が橙色のオーラをじっと見つめている。色は変わらずだが。少女は自分自身が出す風の力で宙に浮いている。

 先程まで真っ直ぐに動いていた橙色のオーラが兵糧地点に留まり動かなくなる。何かあったのだろうか。

「気になりますねぇ気になりますねぇ。非常に気になりますねぇ、あの人間は」

 少女がどこか楽しそうにワクワクしながら、橙色のオーラの中心に素早く降下する。体が橙色のオーラに包まれ、少女の身体から灰色のオーラが出現し橙色と混ざり合う。それだけで少女の表情が深い笑みになる。

「オーラの相性は抜群ですねぇ~、いいですねぇ~」

 少女が橙色のオーラを出す人間の目の前で急停止。人間は布で作られた袋に小さな種のような物を袋の中に入れている。

 その袋は小さいながらも数個あり、まだ未使用であろう袋も地面に落ちている。近くには車輪が四つ付いたそれなりに大きな荷車が一台。本来は馬が二頭引いて歩く荷車であり、その為か人も乗せて歩けるように設計されている。所謂、馬車だ

 それを、(ながえ)と呼ばれる馬車から平行に出た二本の棒に縄を巻き付けて、一人でも引けるように工夫されている。

 明らかにあれは、何かが引くように足された馬車で、引く物は現在人間一人のみ。

「君は素っ裸の子じゃないか」

「……忘れてください」

 顔が赤くなるのが一発で分かる、顔が熱い。目の前にいる人間の姿は、確かに人間にしては体型が太い。顔はベルトを巻いて余計に不気味に見える。それが目的ではあるのだろうが。

「綺麗な体だったじゃないか、自信を持ちなさい」

 人間は再び作業に取り掛かる。というよりも人間がしているのは、盗みじゃないのか? 窃盗は犯罪ではないのか?

 いやこの場合、戦利品と言えばいいのだろうか? まだ勝利した訳ではないから戦利品ではない。ならこれは……勝利した時に頂く物を纏めている?

「戦いの最中だというのに品定めとは余裕ですねぇ」

「余裕も何も、ここにいる奴等が急に逃げ出したんだ。逃げない奴も何人かいたけど邪魔だから殺したよ」

 人間から橙色のオーラが弾け飛ぶように消滅すると、体に何かの重圧がかかる。その重圧は、殺気ではない何かだ。ただその何かが分からない。少女は、このような重圧は例を見ないと即座に判断。魔物時代から現在に至るまで該当するものはなしと即座に判断。

 邪魔だから殺したよ? なんて異常なんだろうか。暖かく惹かれる巨大なオーラを歪ませることなく球体を維持しつつ殺せるとは。それだけでも興味対象になるのに、この例を見ない重圧はなんだ? 本当に人間か? 人間じゃなければなんだ?

 人外? いや、目の前にいるのは人間で間違いがない。ならば、この人間はなんだ?

「いいですねぇいいですねぇ~。僕、非常に貴方に興味があります。暫く観察していてもいいですか?」

「儂は観察されるのは好かん」

 袋に詰め終わると口を紐で縛り、荷車の中へと放り投げる。少女は後ろで手を組み、楽しそうな顔で人間に近づく。

「では、僕を貴方の作る領土で住まわせて下さい。勿論、お仕事はしますよ?」

「……怪しいなぁ」

 少女は人間から出る重圧の変化を察知。重圧から絞扼(こうやく)へ、身体中を絞められる感覚が襲う。圧力にも様々な種類があるみたいですねぇ、と考える。

 殺気ではなく圧力、それも普通ならば逃げたくなる程の圧力。オーラだけでも恐れ入るのに、更にこのような力も備えているとは。どんな生活をすればここまで成長するのだろうか?

「では味方である証明として、貴方のお手伝いをさせてください」

 ゆっくりと頭を下げ、人間から不信感を少しでも取り除くよう励む事に専念。

「一先ず、何をしましょうか? 火の手を大きくしますか? それとも敵を殺しますか?」

 顔を上げ人間の顔を見る。人間が空を見上げ何かを考える。敵情視察だろうか。

「苗に出来る米が欲しいんだが、探しだしてくれないか? 最悪、相手の国まで行ってもいいか」

「米? なんのために?」

「米畑を作る、それだけだ」

 人間の顔はベルトにより見えないが、目と口だけで真顔であると分かる。いや、問題はそこではない。

 米畑を作ると言った。耕すという事か? まさか、それが目的?

 つまり、つまり、つまりつまり? この人間が同族を人外と共に戦っているのは――私利私欲の為?

「いいですねぇいいですねぇ!」

 多分だが、僕の顔はきっと笑みになっているだろう。だがこれは、笑みになるしかない。私利私欲で戦うのは良くある、そういう人間がいるのは昔から知っている。

 だが、この人間の場合は私利私欲ではない。強欲であり、貪欲だ。じゃなければ、人間とコボルトの最終戦を()()()()()()()()()()に捉えるなんて考えられる筈がない。戦いは目的の"終わり"に行き着く道にある"障害物"程度である。

 この認識は、明らかにおかしい。明らかに"戦い"を認識していない認識だ。

「自己紹介が遅れました、僕の名前はラストといいます。その役目、担わせてもらいましょう」

「儂は白濱純。無理しなくていいよ? 儂がやる予定であるわけだし」

「いえいえ。にしても変わった名前……いえ、東大陸出身ですかねぇ~」

 回答を待ちたいが、背後から狼族の元素が近づいてくる。別に遭遇してもいいが、出会いは後々に回した方がいいだろうと判断。

「詮索は後にしましょう。では、僕はこれで。お探しの物を探しましたら、直ぐに辺境の地へ届けます。ですので辺境の地へ入ることを許可して下さい」

「構わない」

「初対面相手でもこの器の大きさ、大変助かります。ではでは」

 頭を下げ、風と共に空へと上昇。ある程度の高度に達した際に頭を下げたまま急停止。

 下げたままでも、先程居た人間の兵糧拠点が見える。手のひらサイズまで小さくなった兵糧拠点に赤い火が出ている。

「さて、では仕事に取り掛かりましょう。信頼を得なければ領域には入れない。領域に入らなければ近づけない。近づけなければ傍にいられない。傍にいられなければ――観察は出来ない」

 また顔が笑みになっているのが分かる。純という人間ならば、僕の欲求を満たしてくれるかも知れない。いい、いいよそれは。

「さて……お米を手土産にするのはいいけど、辺境の地のその後の事を考えないとなぁ~」

 そう。このまま戦いに勝利しても、近い内に辺境の地が狙われる可能性がある。狙われたとしても撃退は可能だが、狙われ続けるのは明白。それだけは回避しなければならない。純という人間を観察するには、戦いの日々は邪魔でしかない。ならば、考えられるのは一つ。

「辺境の地へ目的を向かわせないように。これが最良の一手」

 その一手に必要なのは……国だ。


 純はラストと名乗った少女が急に空へと飛び立ち風を吹かせて消えた空を見ている。

 急に現れたかと思えば、興味対象的な発言をされたが、悪い娘ではないだろう。

「何をしている」

 狼族のケッテ隊長が火の手を広め終わり、純の元へと戻る。純はある程度積み終えた荷車に行き、荷車を叩く。

「ここの戦利品だ」

「……いや、避難させる意味では正しいな」

 火の手を広めた今では、副収入品も焼かれてしまう可能性がある。非難はしない。

「これを少し離れた位置に置いて、本拠点に向かおう」

「部下達に先行させている。今は、背後にある四ヶ所の拠点から来る皆を待つのが定石だろう」

 純殿のオーラが見える人間は逃げ、見えない人間にも、見える人間が恐怖の顔をし逃げ惑う姿と、まるで紙のように千切られるように簡単に死んでいく仲間を見れば大抵は逃げ出す。

 他の拠点も仲間が攻めつつ、極力無駄な戦闘はせず本拠点へと向かってくるだろう。特にクラリス嬢は真っ直ぐに純殿へと向かってくる。

 忠誠心とやらではなく恋心、か。だが、この人間の力は敵にしてはならない驚異を持っている。ただ、今尚分からない事がある。

 人間とは、人外以上の動きが出来るように作られているのだろうか?

「儂は早く本元の兵糧拠点を攻めたいんだが。それに、仲間を先に行かせたらより警戒が高まるんじゃないか?」

「心配ない。中央ではなく左右から接近し、削るように攻めさせている。中央を狙うなら、少しでも戦力を分散した方がいいだろう?」

 狼族は足が速い、逃げは臆病行為ではない、撹乱させ空いた隙へ入り内側から壊滅させられる事が出来るならば、臆病と言われても仕方がないだろう。

「まぁ、中央にはより強い奴等がいそうだけどな」

 その言葉に否定はない。純殿の言う通り敵の本拠地には、敵にとっての最大戦力が存在している筈だ。

 構えているからこその存在、いや本来はそうなのだろう。ただ、こちらの最大戦力であろう純殿が前に出るのは、普通の戦いならばありえない。

 だが純殿は目的地に向かって行っているだけ、進んでいるだけ。子供の頃は夢見た単体突撃。大人になればそれは夢物語か、もしくは選ばれた存在だけが出来る、一部の人間、人外のみが可能な一対千以上の戦い。

「純殿は、敵の力を知る術をお持ちか?」

「ん? んーー。まぁ佇まいとか動きとかで分かるかな。ただ、ほら、魔法? あれは分からん。何か来る! みたいなのはあるけど」

 純殿の言いたい事は分かる。ようは野性的感覚に近いもの。魔法に関しても、元素反応がなければその感覚になるためそれも分かる。

 だが、それを知っても尚前へと出る。それが出来るから、相手が大勢でも戦えるのだろう。

 たが、あの跳躍だけはどう考えても人間が出せる跳躍ではない。だが元素反応がない、なら足に何か秘密が?

「まぁいいじゃない、倒せれば問題ないし」

 荷車を引っ張る縄を掴むと、その体から出るとは思えない力をもって荷車を引っ張り始める。後を追うように歩き、兵糧拠点の端で停止、荷車から離れる。

「んじゃ、儂は行くぞ。米があるんだろう?」

「……私も行く」

「お目付け役か? 大変だなぁ」

 やれやれと両手を振る純殿に、子供を相手にしているように思える。

「死にはしないと思うが、軌道修正役が必要になるだろう」

「軌道修正ねぇ。儂には分からん」

 分かって欲しいな。まぁもういい、慣れろ私。

「よし、兵糧に向かうよ」

 純が直立の状態からなんの動作もなしに走り出す。それを察知していたからこそ同時に走り出せた。

 初速は私が速いが、距離を走る度に私よりも速くなり、途中からは背中を追い掛ける形となっている。離されまいと速度を上げるが、向こうの方がやや速い。全く、風の力を借りなければ追い付かないとか、本当に人外なんじゃないかと疑う。

 十数分ほど経ち、本拠地が見えてきた。何やら本拠地が騒がしい。いや、騒がしい理由は分かる。この暖かく巨大なオーラ、これこそ騒がしくなる理由。

 私は人間には同情しないが、不幸だなと小さく思う。ただ、思う程度。


            ▼


 人外が強襲を仕掛けてきた。その一報の後に、四ヶ所の拠点を支える兵糧が燃え始めた。その直後、実際に燃えている兵糧よりも巨大な熱が、一つの領域を燃やした。

 その巨大な熱の正体がオーラだと気付くのに時間は掛からない。ただ、現実を受け入れられない気持ちがあった。いや、気持ちではなく願望か?

 いくらオーラが微かに見える程度の冒険者でもあのオーラはハッキリと分かるだろう。空間が歪む程のオーラなぞ、見たことがない。

「――」

 人外の中に、あのような大きさのオーラの持ち主は僅かにいる。だが、あのような大きさであのような形のオーラは見たことがない。

「配置に付け! 配置に付け!」

「なんだよなんだよありゃ!? 聞いてねぇぞ!」

「貴様逃げるな! 契約違反により処断するぞ!」

「あんな化け物みたいなオーラの奴が来るんだろ!? 死ぬのはごめんだ!」

「隊長! 敵はコボルトではないんですか!?」

 部下が、逃げようとする一部の雇った冒険者達を逃がさないと言わんばかりに退路を断っていき拘束。部下は、奥から来る恐怖を聞きに来ている。

「慌てるな! あれが虚偽である可能性を考慮しろ! だが、敵が攻めてきたのは間違いない。迎撃準備をしろ!」

「は!」

 聞きに来た部下とは違う部下が力強く返答、慌てている部下達と冒険者達を静まらせるには、戦う準備をさせること。

 冒険者の中には仲間達を冷静にさせるべく鼓舞する者、共に打ち破ろうと雄々しく叫ぶ者がいる。彼らこそシルバーランクの冒険者、単体で人外と戦える者達。

 彼らが立ち上がるだけで、ブロンズランクの冒険者達は声を上げ立ち上がる。人間の結束力が高い証拠である。貴族であり王子の傍に居た騎士は、睨むように遠くにあるオーラを見る。

 虚偽にしては有効な手じゃないか、コボルトよ。だが人間を舐めてはならない。

 舐めてはならないのに、なんだこの悪寒は。何故、こんなにも寒い?

「た、隊長! 前衛からの報告です!」

 走って近寄ってきた部下が、慌てながらも前衛からの貴重な情報を寄越しに来る。離れた場所でもある一定の距離ならば情報を共有出来る。魔疎通(まそつう)と呼ばれる基本的な魔法でもある。

 魔法とは便利なものだ。いいタイミングで情報を与えてくれる。いい情報も……悪い情報もな。

「貴重な情報だな。相手がコボルトであるのは確実だろうが、戦力を知りたい」

 報告に来た部下の顔を見れば、顔を青ざめさせているのが分かる。

「て……敵は! コボルトだけではありません!」

 信じられないような顔をしたまま訴えるように発せられた言葉に、疑問の箇所がある。

 コボルトだけでは、ない? だけでは?

「敵はオーク、ダークエルフ、狼族を加えており、敵全体が一体の人外に率いられるように強襲を仕掛けてきているとのこと!」

 ――言葉を失った。それは、戦力からして、同等になったのではないか?

「その一体は、中継兵糧拠点を強襲しこちらに接近中! 少なくともその一体は――」

 部下の言葉を遮るように、左右から獣の声と人間の悲鳴が響き渡る。騎士は左右から突如響く獣と人間の声に、やや目を開かせる。

「この獣の声は……狼族」

「や、やっぱり情報は正しかったんだ……。イルナイ街から来たんですよ!」

 イルナイ街。数日前に人外に落とされた街。その街に住んでいた者達非戦闘民達が各方面へ非難したらしい。その一部がナイカカ街へと逃げ込み、直ぐ様ギルドが対応。数日間の準備を終えてイルナイ街へ向かったが、そのイルナイ街自体が消滅していたとの報告を受けた。

 ありえない。それはイルナイ街が消えた事ではなく、その場所を拠点にしなかった事がありえないのだ。あの場所は、人間からすれば交流場になるが、人外からすればどの人間の街、国へと向かえる重要拠点になる場所。その分、とられたとしても対処がしやすい場所でもあった。

 なのに、イルナイ街が消えていたのだ。そう、その街が消えたことが重要になる。

「慌てるな、というのは難しい話しか」

 あの王子は、本兵糧拠点だったか。このまま戦えば追い込まれるのはこちらだ、皆を引かせるのが一番いい。だが、それをあの王子が良しとするか?

 いや、しないだろう。先ずは自分が逃げるために我々を殿(しんがり)に使うつもりだ。

「状況が飲み込めないが、今は左右から来る狼族の対処が必要か。伝令はいるか!」

 少なくとも今は狼族の対応が先。が、直ぐに中間兵糧拠点から新たな人外が来るだろう。

「ここに」

 数名の伝令部隊が騎士の前に片膝を付く。騎士は、確かに驚異ではあるが対応は可能と見る。少なくともシルバーランクが数名、手練れのブロンズランク多数。勝てなくとも、一時退かせればそれでいい。

「全部隊に、現在襲撃中の狼族の対応と、これから来る人外達の迎撃体勢を、()()()()()で動けと伝えろ」

「お、各々ですか? それでは個人で動かれ収集が付かなくなります!」

「無理ならば退却もしていい。まだ私達と冒険者達には連携の文字はないからな。ならば、冒険者達は冒険者達の戦いをしてもらった方がこちらとしても指揮する負担が減る」

 悪い言い方をすれば責任逃れも出来ると聞こえるだろう。だが、現状はそれが正解であると判断。何よりも、自由にさせた方が彼らにとっても楽であろう。

「……例のオーラの存在はどうしますか?」

「あれはハッタリである、と考えず真実であると受け止めた方がいい」

 過去にもハッタリであると判断し迎撃された歴史もある。今回もそれに該当するかは怪しいが、否定の考えを持たずにいれば対処は可能。

「ハッタリでないとしたら……我々に勝ち目はないのでは?」

「不安な気持ちになるのは分かる。今やる事は、生き残る事をするだけだ」

 結束力があれば、戦う意思も生きる気力も高いまま。これは経験則だが、強く思う。

 そう。なまじ経験を多くしているからこそ、何が危険で何が危なく……何が駄目なのかを知っている。

「た、隊長! 二体の人外が真っ直ぐ、こちらに突っ込んできます!」

 前衛から必死にこちらへ向かって走ってくる部下の一人が報告する姿もその内容も、駄目なのを知っている。

 戦いとは団結力、結束力である。どんな相手でも十二分に太刀打ち出来る。

 そんなのはまやかしであると嘲笑いながら走ってくる存在相手には通用しない事も――知っている。



 ケッテ隊長は、本拠地からの魔法攻撃に対し最小限の回避をしつつ、その速度を落とすことなく進む純の姿に、勉強になるなと思う。反面、その回避方法には勘に近いものがある為、より多くの経験を得なければ出来ない代物でもあるとも考える。

 そう考えるのなら、純という人間のあの動きは戦いの中で、もしくはそれに近い環境下で訓練をしてきた事になる。どんな環境下だとも言いたいが。

「魔法とやらは便利だな。儂も使えたら使ってみたいもんだ」

「私としては、魔法を使わずにここまでの技術を得ている方が便利だとは思うがな」

「まぁ確かに。素手の方が感触あるからな」

 本拠地との距離が百メートル切った所で、一人の男が雄叫びを上げ、こちらに向かって走ってくる。それに合わせるように、兵士ではない者達が後を追って向かってくる。

「冒険者か。先頭は、ゴールドか?」

「いや、シルバーだろう。ゴールドがそう簡単に前には出ない」

「残念だ」

「突っ込むのか?」

「突っ込むかな!」

 純の速度が急激に上昇したと思えば前に向けて跳躍。やや浮きながらの平行飛翔の純の姿にケッテは、初めて見たあの光景を思い出す。純粋なる自力の力のみの跳躍。それでいて私より速い。狼族としては悔しく憤るが、私としては羨ましく見える。

 私も自力で、あんな跳躍をしたいものだ、と。


「はぁ!」

 先頭を走るシルバーランクの軽装装備の男が、接触前に武器を振るう。その武器は剣であると認識し、平行飛翔している純は左手を軽く回し、相手の剣の側面に触れる。

 触れた瞬間、剣が触れた面とは反対方向に弾き飛ばされる。相手の顔が一瞬真顔になるが、その真顔に向け左手で触れ、そのまま通過。

 後から付いて来た冒険者であろう者達の真上を通過し、本拠地から魔法攻撃をしてきていた兵士達の前に着地。直ぐ様左手にある物体を兵士達の前に向けて投げる。その投げた物体は、先程のシルバーランク冒険者の頭部。表情は真顔のままで、頭を取られたなんて考えもしていないような時間が止まったままの顔が、兵士達の目に入る。それもその筈、その頭部と繋がっていた体は今も尚走っているのだから。

「ひぃ!?」

 兵士の一人が小さく声を漏らした。その声は純からすれば微かに聞こえる程度であるが、その声の発声場所は特定した。

 今見ている光景は兵士で作られた壁であるが、左側から先程の声が聞こえた。つまりは、慣れていないんだ。背後からは頭部の無い体が地面に倒れる音が響く。何名かの兵士が頭部無き体へと視線を向けた。その何名かの一人と声を微かに漏らした兵士のいる場所がおおよそ同じだと分かり、そこが入り口であると感覚的に分かった。ここは経験から分かる。

 何も言わずある地点を右足で踏み方向転換。中央にいる兵士から見たら、急に右側へと方向転換したと言わざるおえない光景が目に入る。

 純は、声がした箇所の前に来たと同時に左足で地面を踏み右側にいる兵士達に飛び込む。兵士と兵士の間に両手を入れ、手のひらを付け左右へと押し出すと、簡単に左右にいる兵士が押し飛ばされる。

「がぁ!?」

「な!?」

 押し飛ばされた兵士に巻き込まれて崩れる兵士達。純は兵士達の壁を崩し通過、見事本拠地の入り口に入った。背後からはケッテの吠える声と冒険者の悲痛な叫びが聞こえる。

 数十秒後にケッテも本拠地に入り付いてくるだろう。左右にはケッテの仲間がいる。このまま攻めれば左右を守る兵士と冒険者は、内部に侵入した純達の対処に回る者達が来て手薄になる可能性がある。

 だが、純の目的は本拠地ではない。その先の兵糧が純の最終地点、本拠地は通過地点に過ぎない。この本拠地も簡易に作られている為に、構造は前の拠点と然程変わらないように見える。違うとすれば、手練れがいるくらいだろう。

 ただ純は、手練れであろうが無かろうが関係ないと考え、目的地の道筋にいる敵のみを排除と決め走り出す。

「(敵の兵糧は真っ直ぐか?)」

「(うわぁ!? い、いきなり話し掛けないでよ!)」

 天照が驚くのも無理はない。基本的に、純から天照大御神並びに月読命に話し掛ける事は少ない。ただこの二人は最近なんか頑張ってるから、話し掛けないでいたというのが正しい。

「(悪いな、いきなり話しかけて)」

「(ま、まぁ別にいいわ。それにしても、極力頼らないんじゃ無かったの?)」

 極力を付けたか? と疑問に思うが今は無視。目的地が外れてほしくないから聞いてみただけだが…。

「(安心して、私は純の嫁よ? 場所くらい衛星からの映像よりも鮮明な映像を入手出来てるわ?)」

「(それは助かる)」

 両手に兵士、または冒険者から奪った剣や槍を使い殺しながらも天照と会話し目的地から外れないようにする。こういう時に、昔培った経験というのは役に立つ。思考と体が分離しようとも動き続けられるのは、まさに経験と言える。

「(……嫁を反対しないの?)」

「(もうせん。反対しても儂の中にいるんだ、気まずくなる。それに思考と声のみのまま、作られたのに危険とみなされ封印。可哀想だろ)」

 全容はまだ知らないし、天照が喋らないならこちらも聞かないから、何一つ分からない。ただ個人的に分かることがある。

「(女性として生まれたのなら、幸せになりたいと願うのは当然だ。現時点で儂しかいないのなら、儂は諦めるよ)」

「(……納得出来ないわね、それ。私みたいな美人をお嫁に出来て嬉しいなぁ~って気持ちはないの?)」

 一人の冒険者が剣に炎を纏わせ、天高く切っ先を真上へと向ける。その冒険者はシルバーランクの一人、炎剣使いと呼ばれる冒険者でも手練れに位置している。

「ここから先には行かせない、人外!」

「(悪いが、儂は嫁がいなけりゃ彼女もいない不細工な男。嬉しいと言う前に不信感が前に出る、(こじ)らせ爺だよ)」

 左手には槍、右手には剣があり、炎剣使いに接近中。炎剣使いは構えこちらに飛び出してきた。さっきの天高く掲げたのは何か理由があるのか?

 炎剣使いが横薙ぎを仕掛けてきた。ので、純は槍を投擲、炎剣使いの踏ん張っている足の太股に命中。バランスを崩した炎剣使いの横薙ぎの攻撃を前に進みながら身を屈み回避。本来であれば、そこから次の攻撃に備えるのだろうが、バランスを崩した炎剣使いには備えさせまいとする、喉に向けての剣による突きにより、首を貫通。

 槍と剣を炎剣使いに贈り、前へ前へと進む。

「(過去を見たから分かるわ。ただ、経験してない事には驚いたわ)」

「(縁がないからな。小便以外は使わん)」

「(大丈夫よ。使う先が今はあるわ。私とかツッキーが相手よ? 美人を相手に出来るなんて、幸せねぇ純は)」

 自分で美人言うのか。まぁ確かに美人だったが。

「三段突き!」

 前から槍を持つ冒険者の突きが襲いかかるが、一段目の槍の突きを左手で掴み、折る。

「なぁ!?」

「(そうだな。儂の初体験が美人相手で、自慢できるよ)」

 もはや話を合わせる対応になっているが、その方が何と無く面倒にはならないと判断しての対応。折った槍で冒険者の胸部へ突き刺し、前へ飛び込みながら冒険者を横へ押し飛ばしつつ、冒険者の腰に差している剣を抜き取る。

 他の冒険者、兵士は前へと出ないあたり、今は儂への恐怖と進む方向が分かっているからこそ前に出れない、といったところだろう。

 今はそれでいい。多分だが、儂に挑んでくるのは実力がある者達であろう。その相手が殺されていくのだ、儂の前にいる者達は向かってくるか逃げるかの選択肢があるが、儂から離れた位置にいる者達は、向かっていかなければ自分は安全だと考える。

 魔法を使うにも仲間に当たる可能性が高い。それに弓矢が時折飛んでくるが、その弓矢を掴み取り他の冒険者、兵士に刺し前へと進むので、どちらにせよ仲間に当たる。

 弓矢も先端は鋭利な刃物が付いている、立派な武器。人間を刺し殺すには十分だ。

「(しかもクロとシロもいるわよ? もうハーレムね、純)」

「(前に一夫多妻制度がある国へ訪問した事があるが、妻問題がややあるみたいで黒かった記憶がある。そんな面倒なのは御免(こうむ)る)」

「(その言葉の意味は、断るか許しを得るかに分かれるけど? 私的には後者がいいわねぇ)」

「(ノーコメント)」

 ある程度の距離を頭の中で会話をしながら進み終えた。すると一部に高台のようなのが作られたやや広い空間に出てきた。その高台に複数の人がおり、前には人がいない。

 直感だが"罠が張ってある"と感じ、敵から奪った剣を高台に向けて投げる。

「はぁ!」

 一人の騎士姿の人間が剣を振りかぶり、投げた剣を斬る。成る程、あの騎士だけ実力が高い。そして背後には杖や杖に似た武器があるところを見ると、魔法か。

 前からの疑問ではあるが、ゲームでよく見る魔法に関する職業の代表的武器である杖、どうしてあんな奇抜なデザインの杖が多いのだろう。戦闘をしても攻撃力が低いせいでダメージが入らないのも屡々(しばしば)

 この世界でも、やはりというか奇抜なデザインの杖があるらしく、高台にいる魔法使いとおぼしき冒険者には、先端が丸く十字と輪が組合わさった杖が手に持たれている。

 ……あからさまだ。まるで儂の目的が、この本拠地の壊滅であると踏んでいるかのようだ。いやそう考えるのが自然か。

「(ねぇねぇ純)」

「(なんだ)」

 即座に進む方向を切り替え横に移動、冒険者、兵士達がいる所へ突っ込む。剣だの槍だので攻撃してくるが、儂の方が速いせいかタイミングが合わない者達が多々いる。その相手には柔道宜しく地面へ投げさせてもらい武器を奪った後に、その武器で殺す。それだけで武器が調達可能。

 高台から距離を離した事を確認し、再び進行方向を兵糧へと向け走り出す。

「(純は、手違いとは言え、私達のような存在が純の中にいるのって、嫌?)」

「(別に嫌ではない。離れているよりも近くにいた方が何かと安心するからな、いろんな意味で)」

「(っそ。なら、他の子とか起こしても大丈夫?)」

 右側から怒声が発せられているが、無視して行こう。

「(他の子? あぁ、他のプログラムか。儂には分からんが構わない。昔の友達と話しでもして、楽しく過ごせ)」

「(え? いいの?)」

「(断らないよ。君達は不遇な環境下に無理矢理押し込まれたんだ、節度をもって自由にしていい)」

「(――やっば、男前過ぎて何度も惚れる。任せて純! 私が絶対に純を幸せにしてみせるわ! 最強少女であるあまちゃんにお任せよ?)」

「(そうか、楽しみにしてるよ)」

 前に立ちはだかる人を斬り伏せながら進むと、とうとう本拠地から出て荒野へと出てこれた。後は真っ直ぐ進み、兵糧を奪うのみ。

「(その最強少女だが、ツッキーも最強少女じゃないのか?)」

「(各分野での最強少女だから大丈夫、領域が違うから。あ、最強人妻よね? うふふふふふ)」

 あまちゃんと会話をしていたら、いつの間にか兵糧へと続く道へと入っていった。彼らを相手にしなかったわけではない、目的地に真っ直ぐ向かっているだけだ。まぁ相手からすれば、相手にされなかったと思われても仕方がない。

「純様!」

 荒野を走っていると、空から二人の人外が純に向けて降下、着地すると前に向けて跳躍し純に並ぶ。

「お待たせいたしました、純様」

「別に待っとらんよ」

 クラリスとネル。この二名は人外であるが、クラリスはダークエルフのお姫様で、ネルは人と蛇の間に生まれた蛇人の一人。どちらも人の姿をしているが人外である。

「にしても、やけに速いなぁ。これでも儂、止まらずに走っているんだが」

 途中、中間兵糧拠点にて物資集めをしていたが、それでも完全に停止したのはその時で、あとは止まってはいない筈だが。

「ダークエルフは魔力と軸とし身体的能力を上げれるのです。蛇人は人の形をしていますが中身は蛇、人間の筋肉とは比べ物になりません」

「……成る程の。儂からすれば未知な事だがな」

 確かにネルは、やや蛇行気味な走り方をしているのだが汗をかいていない。傘を手にしているとは思わなかったが、武器なのだろうか。

 クラリスも、贈らせてもらった未だに慣れないであろう和服を着ているのにも関わらず、(つまづ)くことなく走ってはいる。ただ、流石に儂が速すぎたのか、汗がやや流れている。

 儂に追い付くのは厳しかったろうに。よくここまで来たものだ。

「純殿、クラリスを心配してくれるのは助かるが心配無用だ」

 純の考えを見抜いたのかネルが先に答える。

「クラリスは並みのダークエルフとは違い元素保有量が多く、自己の回復も――」

 説明をし始めるが、背後から数人の人間が接近してくる気配を感じ三人は走りつつも背後を確認。人数は七人、騎士と冒険者の複合衆。

「シルバーランク程度が四名、王国騎士が三名か」

「見ただけでシルバーランクとか分かるのか?」

 純から見ればただの冒険者だが、ネルからすれば違うように見えているようだ。ネルが説明しようとするが、そもそも元素を持たずオーラすら見えてないところを見ると、説明は難しい。

「ある程度は分かる。純殿の感覚に言わせれば、威圧はないが手練れである、のような感覚じゃ」

「そうか、成る程。ただまぁ、邪魔にはなるな」

 純からオーラが出てくる。ただそのオーラは、暖かな橙色ではなく、冷たい薄水色。そう冷気だ。

 ネルは純のオーラが複数ある事は知らないが、納得はした。問題はそのオーラをダダ漏れにしていて、当の本人が気付いていない事実。オーラの使い方を教えるつもりはない。ないが、クラリスの考えが分かるからこそ、使い方を知らなければ安心出来ない。

 それに、純殿の最重要項目が米だとしてその確認に来たのだろう。だが、妾達からすれば一番大事なのは、コボルトの将来、安全が大事だ。それにコボルト達に認められるには、何としても純殿が人間達を圧倒しなければならない。まさか、忘れたか?

「純様、兵糧は余とネルにお任せ下さい。純様は人間達を圧倒し、コボルト達に威厳をお見せください」

 クラリスが笑みの表情を純に向けて、純の頭の中にある優先順位を変更させる。今の純の頭の中には食材、特に米を優先にしているだろうと予測。優先順位を変えるには食材と殲滅の順位を変えれば良い。

 現に純は、クラリスとネルが代わりに兵糧へ向かうと言われ、二人に任せようか任せないかを悩み始めている。

「大丈夫です。余達が兵糧以外の物体を排除し、安全を確保しますので」

「……コボルト達の手助けが欲しいし、クラリスちゃんとネルちゃんの二人だけ行かせるのも心配だし……」

「妾達を気にしなくてもよい。もし危ない相手が居れば即座に逃げるし、ちゃんと知らせる。空に妾の魔法を放つ。安心して行ってよい」

 真顔で淡々と答えるネルに、純は頷く。

「なら任せたよ、二人とも」

 一言そう伝えると、直ぐ様反転。背後から追ってきた者達が人間とは思えない速度で走ってくる。いや、人間とは思えない速度は魔法によるものだろうと判断。

 ただ、ネルからすれば純の反転こそ人間とは思えない行動だろう。速度を落とさず百八十度反転するなど、有り得ない動き。

「クラリスの言う通り、あの人間は敵にしてはならないのぅ」

「人間ではない純様だ、ネル」

「すまないクラリス。ただ、勿体無い。果てしなく勿体無い才能じゃ」

 もしオーラを使う事が出来れば、あれは化ける。いや、化物になりえる……か。 

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